第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章

第三十八話 やり直し人生(最強バックアップ付き)

 稲葉小僧

ここは、とある星の、とある国の、とあるビルの屋上……

うだつの上がらない、と表現すると一番似合いそうな、いかにも貧相な格好と表情の青年が、いまにも高層ビルから飛ぼうと手紙を靴に押し込んで裸足になってフェンスを越えようとしている。

この男、今までの人生において良いことなど1つもなかった。

少し預金に余裕が出来ると寄ってたかってくる友人やら親戚やらに、なけなしの金をむしり取られてしまい、彼女などできるはずもなく毎日のようにブラックな残業時間。

その残業も「サービス残業」とかで半分どころか3分の1も残業代は出ず、肉体も精神もボロボロ。

ついに、その生活に耐え切れなくなった彼は、この世からサヨナラすることを思いつき……


「ああ……短い人生だったよなぁ俺の一生……最後の保険金だけが、俺がこの世に残せる唯一のものになるわけか……ふっ、それも会社や友人、親戚たちによって、あっという間に無くなるんだろうけど……俺の存在意義って何だったんだろうな? イジメしか無かった学生時代と、その続きでしかなかったサラリーマン時代……まあ、俺の心の弱さか全ての原因は……それでも、これで全てが終わりになるさ、終わるんだ。では逝くか……」


虚空へ向けての一歩。

後は数秒間の走馬灯が過ぎれば彼の命の灯は消える。

はずだった……


「あれ? ここ、どこだ? 俺、確か高層ビルから飛び降りたはず……いや! 確かに飛び降りた! ……なのに、なんでこんな広い部屋みたいなところにいるんだ? もしかして、ここが天国とか言う場所?」


貧相な青年は、予想していた「死」という事と全く違う事態に陥った事に未だ納得できずに混乱している。

しばらく喚き散らしていた青年は、ようやくというか何と言うか自分が死んでなどいない事に納得したようで。


「なぁ、俺が死んでないことには納得したよ。何処の誰が、飛び降り自殺しようとした人間を落ちてる途中で助けるなんて器用な事出来るんだってことなんだけど……もしかして神様か? もしもそうなら助けちゃいけないところで助けちゃったね。自殺するずっと前に助けて欲しかったよ……今の俺、死ぬ事しか願いが無いんだから」


自暴自棄とは、こういう人間のことを言うのだろうか? 

助けられてもなお死にたいというのは業が深い……

青年の愚痴が一通り出尽くしてしまい喋るのにも疲れた青年が口を閉じて数分後……

何処にあったのか壁と思っていた箇所に線が出て、それが太くなったと思ったらドアの形になる。

そこから青年よりは少し若く見える男が一人、入ってくる。


「ようやく自分が生きてることに納得したみたいだな、青年。残念だが私は神でもなきゃ天使でもない。君と同じ人間だ。ゴウと言う、よろしく」


生きた人間が自分を救ってくれた事に驚きながらも青年は疑問を口にする。


「えーっと……ゴウさん? 俺、高層ビルから飛び降りたんですが……なんで五体満足で、こんな部屋にいるんですか? 身体、グシャグシャで死んでるはずですよね?」


その疑問に答えるゴウ。


「簡単に言うと宇宙船の転送装置で君を墜落から救った。どうやったか? なんて私に聞いても知らんよ。技術的な事は宇宙船自身か、あるいは師匠に聞いてくれ」


これはファンタジー世界に行ったかと思ったら、おかしなスペースオペラの映画世界にでも飛び込んだかな? 

と思う青年。

しかし、両方の手を摘んでみても痛さは感じるので、これは現実。


「えーっと……これって素人を映画の出し物にして楽しむって番組? ダシにされた本人は気分悪いんですけど」


青年は、とても付いていけそうもない世界に拒否姿勢を貫くと決めたようだ。

しかし次に入ってきた人間により、その防波堤も無残に崩されることとなる。


「待ってくれ。殻に閉じこもっちゃいけないぞ、サクラサキオ君」


青年、その名をサクラサキオと言う。

名前を呼ばれて焦る。


「な、何で俺の名前を知ってるんです? その名でバカにもされましたし、散ってからのハザクラなんて渾名もつけられましたよ。名前からして負けてるんだ、俺は」


新しく入ってきた中年男性のような男。

サクラの言葉に対して、


「自分がダメなんて決めつけるには、まだまだ早い! 君は優しすぎるから、つけこまれたんだな。もう一度、人生やり直してみる気はあるか? それも決して負けない人生だ」


サクラ、この言葉に対し、


「そりゃ、そんな人生だったら絶対にやり直したい! でも俺が裕福になったら周りの人間が放っておかないんだよな。寄ってたかって俺から金を巻き上げていく……」


「まあまあ、そんなたかられる人生も、やり直しで切り捨てればいい。どうだ? やってみるか? サクラ君?」


明らかに自信満々で誘う中年男性。

サクラ青年は、どうせ一度は死のうとまでした身だからと死んだ気になって自分の人生をやり直してみる気になる。


「やります……やらせてください! 弱かった自分にも、もう一度のチャンスがあるなら!」


青年、サクラサキオは正にこの瞬間より桜の咲き続ける人生を送ることとなる。

サクラサキオ君、ただいま教育機械にて猛烈な勢いで知識の詰め込み中……


「師匠? ちょっと聞いておきたいことがありまして。あの青年、サクラくんのことですがね。再度確認してもサクラくんにESPの才能はないみたいです。今までの記録をプロフェッサーに精査してもらいましたがガルガンチュアとして救ったり選び出したりした人間や生命体は全て特有の能力やESP保持者だということでした。今回だけ何故に一般人を助けたんです?」


ちょっと困ったような表情をしながら楠見は郷の質問に答える。


「1つは、これから俺達の行動を、より効率的にしようとするなら特殊能力を持たない生命体にもデータや知識を与えていくべきだと感じていたこと。もう1つはサクラ君の思考に邪心がないことかな」


郷は納得がいくような行かないような中途半端な答えに、


「師匠。言わせてもらいますが、サクラくんじゃ再起したって支えてやらなきゃ、すぐにまた一文無しになっちゃいますって。確かにサクラくんには金銭欲も名誉欲も、ほとんどないと思われるくらいに小さいですが、それで救い上げる価値はあったんでしょうか? 問題はサクラくんの周囲の人間ですよ?」


「ふっふっふ……そっちの方は抜かりが無いようにしておくよ。さて今回我々は裏方に回るからね。とは言ってもサクラ君に危害を加えるような者や企業、国家などを相手にするのは我々ということになるんだが」


「ということは……師匠、何となく分かってきましたよ。まあしかし悪どいですねぇ。サクラくんを表看板にするってこと、つまりは私達は裏で暗躍って事ですよね?」


顔を見合わせ、にやりと笑う二人。


「それにしてもゴウ、あなた、我が主に似てきましたよ。その黒い笑い顔なんか、そっくりです」


プロフェッサーが苦笑しながら感想を述べる。

さすがの教育機械といえども、ガルガンチュアの科学技術レベルをサクラサキオに詰め込むのには数ヶ月を要した。

サクラが情報に疎かったわけじゃない。

ただ、サクラの住む星そのものが宇宙に飛び出せるだけの文明程度に達していなかったからの話。


「うー、あまりの科学技術の差に未だに目眩がする……とんでもない宇宙人に助けられたなー俺。この宇宙船にしたって大きさが直径5Kmの球形船だぁ? 小惑星サイズじゃないか! それも、こいつで搭載艇母艦というクラスでガルガンチュア本体は星系の外に待機してるって話……直径1万Km超えの球形宇宙船と独楽状の大きさ5000km超えの宇宙船が合体してるって、もう想像を超える話だけど事実らしい……俺、本当に助けてもらって良かったんだろうか? 絶対に失敗しない人生をおくらせてくれるって話だけど、その代償は? 俺一人の魂じゃ合わないよなぁ……」


サクラサキオの妄想は続く。

あまりに想像を超えた宇宙世界に、いきなり放り込まれたような境遇だから仕方がないとは言えガルガンチュアクルーを悪魔呼ばわりはヒドイ。


「サクラ君、教育機械からの開放、おめでとう。これで君は君の星では得られない知識を詰め込んだ、たった一人の人間になった。これから君の故郷の星へ降りて君の人生やり直しと行こうか」


楠見がサクラを促す。


「あ、クスミさん。えーっと、一つだけ聞いてもよいでしょうか? ここまでしてもらうのは嬉しいのですが、その代償は? 俺、何も支払うものがありませんよ?」


楠見、少し笑って言うには、


「はっはっは、そんな事を気にしてたのか。ガルガンチュアでは金銭は不要だし資源も心配ない。これは、ただの人助け。まあ最終的には君の問題にもなるんで君に無関係ではないんだけど」


代償すら要求しないという一言に、サクラは開いた口がふさがらない。

そのまま合計8人で惑星へ降下する(もちろん、宇宙船など使えないので転送装置だ)


「さあ、ここからサクラ君の人生再出発だ! バックアップは任せてくれ、我々がやるから」


「再出発とは言っても……クスミさん、俺、前の会社に戻って同じ仕事するんですか?」


何をバカなこと? 

という表情で郷が説明する。


「再出発と言っただろ? 以前の人生とは決別だ。まずは君が社長となって小さいけれど革新的な技術研究所を設立する。そこから少しづつガルガンチュアの科学技術を、この星に定着させるようにしていくのが君の新しい人生だ」


「へ? ガルガンチュアの科学技術って……いやいやいや! あんな超科学に近いもの、1つでもこの星に持ち込んだら大変なことになるんじゃないんですか? 俺の口を塞ぐ方に行くのが普通ですよね?」


「我々は都市伝説の黒服集団やら某結社みたいなものじゃないですよ、サクラさん。マスターは基本どの星にも最低限の科学技術は与えてます。今回は、それを、あなたという個人を通してやるということですね」


彼らは、まず会社設立のために登記事務所へ行く。

必要な書類を作成し、仮でも良いからということで株式会社サクラ技術開発研究所を名称とする会社を設立する。

設立のために必要な資金は楠見が用意していた。

大金を、硬貨を財布から何気に出すかのように扱う楠見にサクラは目を見張る。


「あのー……リスクとか考えてます? 強盗やら置き引きやら色々な犯罪者がいるんですけど?」


「いや、どうせ支払ったら残らない金でしょ? 大丈夫だよ、このくらい、いつでも用立てできるし」


大金を大金と思わない楠見にサクラの顔が引きつる……

研究開発という名称がつくので広い土地と工場、研究のための工房を建てる土地も楠見達が用意する。


「これって、どんなマジック使ったんです? 俺の退職金や死亡保険金使ったって、とてもじゃないけど一部分しか買えませんよ」


回答は、


「ああ、大したことはしてない。大気中に存在してる金や銀の分子を集めて精錬し、固体化した物を売っただけ。昔で言うと、まあ、錬金術だ」


これを聞いたサクラの感想は、


「そ、その技術のほうが凄いじゃないですか! ……あ、でも質量とエネルギーとの相互変換炉の方が凄いか……しかし、錬金術のほうがこっちじゃ有効でしょ?」


「まあまあ、サクラ君。まずは、もっと軽いものから出していかないと世の中には浸透していかないよ。浸透というか売れるものだね」


かるーく言うがガルガンチュアの技術の、どれほど小さなものでも外に出せば超科学の産物と言われること間違いなし。

工場や建物が完成するまでに数ヶ月が経った。

通常の建築方法を使って建てているのだが外側が完成した後は一切、外部業者は建物へ入れていない。

どういうことか? 

外郭だけ通常の建築物になっているが、その内部はガルガンチュアからの超技術で造られたから。

耐震、耐爆、各種放射線の遮蔽も含めた、いわゆる「ビルの中にシェルターがある」ような構造になっているが、外から見ても全く分からないようになっているのは、お約束。

ちなみに、この会社の中を走るデータは全てガルガンチュアの性能を小型化したサーバが管理しており、その鉄壁の守りとカウンターアタックを得意とする地雷型ウィルスによりデータに勝手にアクセスしようとした端末にはキツーイお仕置きが待っているのだった……

それを後で説明されたサクラ社長は、ため息混じりで、こう言ったという。


「あの人たちは何をしたかったんだろうね? 宇宙からの侵略軍を防ぐような要塞だよ、これじゃ……何処が会社なんだろう……」


ここまでガルガンチュアクルーがお膳立てして後は社長であるサクラサキオの出番。

最初は通常社員募集から始まって次は様々な研究職と開発現場のメンバー募集。

これにも数ヶ月かかったが、その後は順調……

とは行かなかった、これが。


「研究所からの報告が、この一ヶ月以上、上がってこないんだが? どうなってるんだ?」


社長室で秘書に向かって問う。


「それがですね……社長がお出しになった研究課題そのものが現実的でないと、あまりの難しさに研究者が一斉に仕事放棄してしまいまして……」


とても言いにくそうに、そう答える秘書。

サクラ社長が役員室(ガルガンチュアクルーの待機場所。一般社員とは別棟のガルガンチュアクルーとサクラ社長以外は出入り不可の建物にいる)にて、その対策を相談すると……


「それは仕事放棄して当然ですよ、サクラ。ガルガンチュアの科学技術と、この星の技術レベルの差を忘れてるでしょ?」


と、こともなげに言い放つフロンティア。

対応策を検討して結論が出たのだが……


「はぁ、やっぱり研究者の再教育だったな、回答が。まあ、一足飛びに銀河を超える世界の技術を理解しろという方が無理だったか」


このところ愚痴ばかりのサクラ社長だった。

ちなみに会社の資金面は順調だが商品は未だ出来ていない。

ただし様々な分野や方面での特許、実用新案などは数限りなく取得済。

以前から、この特許や実用新案での収益が結構バカにならない金額になっていたのは当然だが。

研究職にある者達は最優先で教育機械に入ってもらう。

本来、優秀な頭脳を持つ者達なので社長よりも教育機械に入る時間は少なかった(さすがに最先端の情報に触れていただけのことはある)

3ヶ月後からは研究所からの進捗報告も順調に届くようになる。


次は研究工房にいる者達(開発職)への再教育。

そして最後に一般職への再教育となる。

教育機械が停止するのは再教育プランが始まってから2年以上かかった……

社員全員が、この星で得られる科学技術を超えた超科学を頭の中に詰め込んでから数ヶ月。

ようやく、この星で公開できる超技術の1つが現実的な民生用技術として実用化出来るようになった。


それは全く新しい金属。

合金ではあるが、その配合比率と使用される金属は特許で守られている。

硬度はダイヤを遥かに超え、しかし曲げ強さはバネ鋼以上。

耐熱は太陽表面温度にも理論上は耐え、下限は絶対零度間近。

事実上、これで自動車や航空機を作ったら、あまりの軽さに従来の機体や車体を捨てるしか無いと言われるくらいのシロモノだ。

ただし社会の混乱を招かぬよう、この特殊合金は高価に設定した。

会社の業績は、これ一件だけで、あっという間に跳ね上がる。

特許使用許諾をめぐり大企業の暗躍があったがガルガンチュアクルーの暗躍で全て潰される事となるのは当然……


会社の業績が跳ね上がり、業界内でも有名になると、さっそく「傍迷惑な人たち」が続々と詰めかけることになる。


「なー、俺は社長のダチなんだよ。でね、社長のサクラさんに金貸してるんだ。払ってもらうように取り次いでくれないかなぁ……」


こんなバカヤロウへの対処は1つ。


「お名前は……はい、分かりました。では、そちらに社長がお貸ししている多大なる借金があるはずですね。今、請求書をお出ししますので借金を返してから来てくださいませ。では、おとといきやがれ、です」


受付対応してるのは、エッタとライム。

いつもの少女タイプではなく、ちゃんとOLタイプへ成長させている(ライムは変身能力、エッタは体細胞の成長を少しだけ許可している状態。両者とも、いつでも元に戻せる)のでチルドレンワーカーなどと言われることもない。

請求書を突きつけられて逆ギレする奴も多かったが、そのへんの土木機械に負けない肉体能力を持つ二人に叶うわけがない……

気を失って正門前に備え付けた休憩処へ移される奴が続出する。


「私は社長の叔父だ。私の事業への投資をお願いしたいので、やってきた」


こんな奴もいる。


「万年赤字で借金が増えるばかり。事業改革もせずに他人の金だけを当てにした一発屋ですね。社長は無駄金は使いませんので、お帰りください。お会いするにも過去の借金を全て精算してからですので無理でしょうけど」


これで帰る奴らばかりならサクラ君が自殺を考えることもなかったわけで……

当然ライムの4次元バックドロップを食らい休憩処へ。


「ふぅ、エッタさん、今日午前中だけで強制おかえり処置件数が10件ですよ。サクラ社長って、どれだけ悪い人たちに食い物にされてたんですかね?」


ライムが愚痴る。

エッタも、うんざりしてるわという顔で、


「ホントね。サクラ社長が死にたくなる気持ち何となく理解できるわね。サクラ社長って何でしょうか、そういう寄生虫みたいな人種を呼び寄せるようなフェロモンでも放ってるのかしら?」


2人共、いい加減にしてくれーという顔で次から次へとやってくる社長あての有象無象の借金申し込みをさばいていく……

当のサクラ社長は貧乏神や疫病神の呪いが解消したようにバリバリと仕事に専念している。

現在の検討プランは超高効率の太陽光発電パネル開発……

まあ、これも元は地球産の宇宙ヨットの帆からなのだがガルガンチュアの技術で発電能力と効率が数倍になっている。

ガルガンチュアで使うのなら、もっと高性能な物もあるのだが、そこはそれ。

あまりに現在の製品と次元が違う物は、とても出せないから仕方がない。

この開発中のデチューン版製品でも業界がひっくり返りそうなインパクトがあるのだが限度としての最高級品という形で出すなら良いだろうとプロジェクトに許可が出る。

後日、発表会では本当に他社の株価が暴落してしまいそうになったので商品価格を予定より上げざるを得なかった(本当は、かなり安い原材料費と生産費で作れるが経済は他社を潰してオンリーワンになることを認めないから仕方がない)


「はぁ……俺としちゃ、あの質量とエネルギーの相互変換炉を製品として早く出したいんだがねぇ……太陽光発電パネルでさえ性能抑えたやつで、このインパクトだからなぁ……」


サクラ社長が嘆くのは、ごもっとも。

ガルガンチュアのテクノロジーの中で、この星で使ってもいいよと言われているものは多種多様。

その中には、超光速機関は使えないが、ほぼ光速まで出せる宇宙船まであるのだ。

サクラ社長としては一刻も早く自前の宇宙船を造って宇宙へ飛び出したいのだが、そこまで惑星のテクノロジーが追い付いていないので、ゆるゆるとやっていくしか無い。


「次は自己意識を持つロボット……無理だなぁ。この星では未だ便利端末って形でのコンピュータ利用しかやってないから……」


はがゆいのは研究職と開発職も……


「いっそ、我が社だけで別の星をテラフォーミングして移民します? そのほうが、出せる製品を、わざと技術レベル落とす製品にするより楽ですよね?」


等の意見も出てくる。

ちなみにガルガンチュアの実体を知っているのはサクラ社長のみ(現実に見ているわけではないが星系の最外惑星軌道の外に停泊中であるとは知っている。大きさなどのデータは知っているが現実に見た衝撃は経験していないということだ)

研究者も含めて社長以外はガルガンチュアクルーが惑星にいることさえ秘密にしているので超のつく科学技術が、どこからもたらされたかの情報は知らないわけだ。

ちなみに困ったちゃん専門受付を担当しているエッタとライムにしても社長が直々に採用した凄腕の受付コンビという形で社員には告知済。

次々と荒っぽい方たちが気を失って社外へ運び出される光景を目にして、とてもじゃないがナンパ対象にはならないなと思う男性社員たちであった……

数ヶ月に1つづつ、ゆっくりゆっくりではあるが、とてつもない製品を発表する会社として業界を超えて全世界に名が知れ渡るようになってきた数年後……

今や、この星に「株式会社サクラ技術開発研究所」という名を知らぬものなどいないまでに成長していた。


「サクラ君、いや、サクラ社長。基礎的なものの小出しは、ここらへんまでで良いだろう。次は災害救助分野と行こうじゃないか!」


楠見が提案する。


「それは予定表よりも早いですね。数年待って基礎技術が社会に定着してからってストーリーだったはずですけど?」


最初のプランと違うのでサクラ社長は予定を早めた理由を問う。

もう少し発電力や危険性が今までのものとは段違いの発電機とかも発表したかったのだ。


「うん、そうだけど、この頃の震災やら海外でも多発する大規模な火事とか様々な大規模災害があるだろ? それに素早く対応する装備や組織を作りたいんだよ」


そろそろ良いかな? 

という感じで楠見たちガルガンチュアメンバーの暗躍が始まるのも、ほぼ同時だった……

徐々に、この星への干渉が増し、それに連れてテクノロジーの飛躍的な発展が加速されていく……


「去年は高効率の太陽光発電デバイスが最先端のテクノロジーのはずだったんだけど……どこでどうして、こうなったんだろうか?」


サクラ社長は段々と自分の手が及ばなくなってきている段階に近づいてきたと感じている。

昨年とは打って変わって今年発表している新製品(というよりも新理論と新技術という方が正しいか?)の数が違い過ぎている。


「強化外骨格という名の簡易型パワードスーツ、思考波で遠隔操縦できる水陸両用車……短時間なら空も飛べるっていう仕様になっているから実質は水陸空か? そして今回の発表で、ついに宇宙船の推進装置ともなりうる新理論の推進装置……発表だけで発売は未定ってことにしてるから、まだ世界には激震だけで企業倒産までには至ってないんだけど……俺、世界にオンリーワンの企業になんて、なるつもりもないし、そんな会社の社長にもなるつもりはないんだよなー。この会社、どこまで行くんだろう? まあ予想としては宇宙開拓時代に突入するまではいくんだろうけどさ……はぁー、社会の底辺にいた頃には、こんな、星の未来を決める立場になるなんて想像すらしなかったよなぁ」


ちなみに、この会社。

テクノロジーの発表と同時に特許もとるが生産と販売は別の会社に委託したり生産・販売する権利を取得したい会社と契約したりして、あまり市場の独占は計画しない。

サクラ社長の思いもあるのだろうが、それよりもテクノロジーの全世界への浸透を第一に考えているからだ。

会社を立ち上げてから業界や全世界から注目されない時はなかった。

発表する製品と技術が、とてつもない未来から持ってきたものじゃないかと言われても不思議じゃないくらいに、この星の最先端技術を凌駕していた。


「ちょっと良いかな? サクラ君」


通常は社長室を訪問しない楠見達が珍しく社長室へやってきた。

エッタとライムは例によって特別受付を担当しているため、この集団には含まれてはいない。


「あれ? どうしましたか。通常なら、こちらから伺ってますよね」


いつもとは違うガルガンチュアクルー達の行動に違和感をおぼえるサクラ社長。


「いや、これから我々は、この会社から出て惑星規模の活動に出ようと決定したんでね。連絡は絶やさないが会おうと思ってもすぐには会えなくなるんで、それだけ事前に言っておきたくて」


「それは構いませんが……具体的には、どういった行動を? ある程度そちらのやってることを知らせてもらわないと、こちらでのフォローができないという事にもなりかねませんが?」


「ん、それはそうだね。基本的には人命救助と災害対応がメインだ。今の複数国家での救助活動には制限がありすぎるから、そこを、ちーとばかしぶち壊してやろうかと……」


何かイヤーな予感がするが無理矢理に押さえつけて笑ってガルガンチュアクルーを送り出すサクラ社長だった。

エッタとライムの二人は、そのまま受付に残す。

この二人以外に特殊訪問者を上手くさばける者がいないので仕方がない。

ガルガンチュアクルー達は社外へ出ると、そのままNGO(非政府組織)でも特殊な医療や災害救助を行う組織委員会の事務所へ向かう。


「こんにちわ。こちら、無償で使える大規模で高速な輸送機などは要らないですか?」


楠見の開口一番、これである。

あっけにとられる職員やボランティアを尻目に事務所の奥へと入っていく楠見。

止めようかどうしようか職員やボランティアが迷っている間に事務室を通り抜けてNGOの事務長室へ。


「何か御用でしょうか? ご寄付の受付なら事務所の方で……」


事務長が明らかに見知らぬ人物、しかし笑顔で入室してきた事に対応を迷っていると……


「あ、事務長さん、いらっしゃいましたね。そちらにお得な情報を持ってきましたが、お聞きになりますか? 話を聞いた後に、それでも不審な点があるなら、ご破算も構いませんよ」


楠見に、こうまで言われては聞かないわけには行かない。

さっそくガルガンチュアクルーのプレゼンテーションが始まる。


「……って仕様になります。例えば被災地が星の裏側にあっても、こいつなら救助器材と人員500名を積んで30分もあれば現地へ到着します。ちなみに無償で運用していただきますが、これを整備・分解しないように。扱うエネルギーが非常に大きなものになるので我々のほうで全てやります。あ、ちなみに燃料の代金も不要ですからね」


この一言が決め手になった。

数日後、地方空港でも狭すぎてセスナ機くらいしか離発着できない小さな空港を買収した(資金はガルガンチュア側が出した)NGO団体は、ここに全ての事務組織と救援設備や人員輸送のベースを作る事になる。

幸い半年ほどの工期の間には大規模な災害は発生しなかった。

ベースが完成し資材も整った頃、待ちに待った(と言うか、この時とばかりに伸ばしていたというか何と言うか)災害救援出動の要請がかかる。


「クスミさん、いよいよですね。ところで専用の大型輸送機ってのは、いつになったら来ます? もうすぐ要請された人員と資材や薬品、医師団が到着しますよ」


事務長は確認するように楠見に問う。

楠見は、にやりと笑いながら、


「あと数分です。お、見えましたよ」


水平線を見ていた大勢には見えなかっただろう、その機体は空から降りてきた。

直径500mの球形で主翼も無ければ尾翼、垂直翼も何もない本当の意味でのボール。

それが高速で空から降りてきて滑走路の50cm上でピタリと停止。

どこにあるのか分からない貨物ハッチが開いたのは次の瞬間。

下から3分の1ほどの機体表面に線が走ったと思うと、それが次第に大きく太くなり数分後にはパックリと開く。

開いた口そのものが積込み用の斜路となり貨物や人員の積み込みを待つ。


「あ、あれって。クスミさん、あれって輸送機ですか? 私は大型の輸送用飛行機を考えていたのですが……」


「はい、大型輸送機つまり輸送用の大型宇宙船ですよ。サクラ技術開発研究所のほうで新規開発したものですが、こういう形での実用試験も良いかと思いましてね。テスト機体ですので、どういう使い方をして頂いてもけっこう。すべてデータ取りです」


実は郷専用宇宙船の所属機体ではあるのだが、ここではテスト機だと説明する。

最高速も亜光速などとは言えず、およそ秒速100km近いくらいだと説明。

大気圏内では、そこまでは出せないので、だいたいの最高速はマッハ15付近。

大気圏内でも宇宙空間でも独自開発のバリアシールド展開をするから衝突してバラバラなどということもない。

事務局長が呆然として機体の性能説明を聞いていると、そのうちに貨物と人員の積み込みが終了する。

激励の挨拶もそこそこに緊急支援と救助に出発する。

そして一週間後には戻ってきていた……


「く、クスミさん! とてつもない性能ですな、あの宇宙船と救助器材! 通常の輸送機じゃ絶対に降りられない森林地帯や砂漠にまで平気で降下して、あっという間に強力な器材でガレキ撤去や救助者の確保と収容……おまけに収容能力が超大型輸送機よりもあるなんて!」


事務局長の賛美にも、そんなに喜びの顔をしない楠見である。


「うーん……やっぱり訓練と使用方法に難があるな。こいつは専用部隊に任せたほうが効率的かも……」


そろそろ自重という言葉から開放されたい楠見とガルガンチュアクルーである。

NGO団体より国家連合(略して国連)組織へ緊急伝として、通達してもらう文章をメールしてもらう。


”……以上の理由により緊急事態への強制参加権をいただきたい。要約すると、この惑星と衛星の、どこへでも自由に行ける事と救難作業に関することは各国政府の口出しを受けないこととし、全くの行動の自由も許可して欲しい」”


文章は長いものになったが、つまりは国境線の縛りを受けない全くの自由組織を国連部隊の一組織として認めて欲しいということだ。

出動するのは災害救助のみではあるが、これに国家独自の縛りを受けたくないので、このような組織形態になっている。

国連では最初は半信半疑だったが、ともかく試験的運用をしてみようとなり……

一ヶ月後には大幅に部隊増強という事となる。

まあ当然。

オーバーテクノロジーに近い最新技術の救助船(宇宙への進出可能)と救助機器を用いた災害救助は例え独裁国家で鎖国政策をとっている国であろうとも人民には大歓迎! 

支配者層が苦虫を噛み潰していたとしても、そんなことはお構いなしに助けられる生命は助け、ガレキや倒壊建造物は、あっと言う間に片付け(又は消去。実はエネルギー化)果ては簡易住宅(バラックではない本格的な住居。トイレや風呂も完備する4DKの2階建てだが下手な古ビルよりも頑丈で太陽光発電システム装備)まで無償で建ててしまう……文句を言おうにも自分たちの取れる手段と動かせる軍への行動命令よりも早く災害から復旧してしまうのだから何も言えない。


大きな災害であればあるほど、この問答無用の災害救助隊が大活躍して災害前よりも遥かに良い生活水準となってしまう住民たちが増えるに連れ、

分裂国家ではダメだ! 1つの星に1つの国家が理想だと考える人たちが増えてくる。

ただし、これには総論賛成だが、たった1つという政府はダメだという国家が出てくる……

そう、大国と呼ばれる国々だ。

中小は自分の国へ吸収合併すればいいが、おらが国のような大国は残せ。

言い分はそれぞれだが要するに、そういう事。

しかし、これも宇宙船の建造技術が世界に広まると、そんなことは言っていられなくなると思い知らされる。

初期、中期に頻繁に起こる宇宙船事故のせいで。

ところが出動した国連救助部隊(強制救助部隊と世間は言う)の、とてもじゃないが宇宙に出ていくのが初めてとは思えないスムースな救助と事故船回収により大国といえどもテクノロジーと運用が自分たちのレベルを遥かに超えるものだと思い知らされ、徐々に統一政府の樹立に賛成するものが増えてくる。

独裁国家や独善国家のいくつかが猛反対したが最終的に一惑星一国家体制が樹立され、ようやく宇宙国家としてスタートする準備が整うことになったある日……

サクラ社長の元へ久しぶりにガルガンチュアクルーが揃ってお目見えする。


「お久しぶりです、クスミさん、そしてクルーの皆さん。統一政府の技術開発部門に加わってから我社の規模も一気に大きくなりましたよ。いくら感謝しても足りないくらいです」


「久しぶり、サクラ社長。もう、君も、この星も大丈夫でしょう。まだまだ超光速機関は使えないと思いますが数百年もしたら他の太陽系へ行けるくらいに精神的に成熟するかもですね。我々は、これで、この星を去ります。最後の挨拶に来たんで」


「最後の挨拶? これから銀河の星々を回るんですか?」


「いや、この銀河内も少しは回りますが……話しておきますね。我々は銀河や銀河団を巡って、それぞれの銀河が平和で安全な宇宙になるように手助けしています。この星に来たのも、このままじゃ滅びる未来しか来ないと判断したからです。まあ、俺の昔のサラリーマン時代に似てる境遇にあったサクラ君に同情したってのもあるんだけど」


「銀河や銀河団を巡るトラブル解決旅ですか……お節介宇宙人、ここに極まれりってとこですよね」


にっこり笑うサクラ社長。

久々の笑顔だった、自分でも忘れていたくらいに。


「では、これから、この星系はサクラ君に任せた。俺達はトラブルを探して旅を再開だ。頑張ってくれよ!」


その数秒後、楠見達ガルガンチュアクルーは光に包まれて消えていった。


「星系外にガルガンチュアは停泊中だったな。ご幸運を、クスミさん。宇宙時代に入ったばかりのこの星は、まだまだ小さなトラブルが絶えないでしょうが、頑張って育てていきますよ、俺達が……」


その後サクラ社長はガルガンチュアから公開されたテクノロジーを世界の水準と合わせながら少しづつ世間へ流していった。

真っ先に流したのは教育機械。

これが流通すると地域統制官(昔の国家首脳)の一部、独裁欲求の強い者達は、


「こいつを改造して民衆を洗脳して……」


などと考えるのだが教育機械に使われているのは自我を持つ寸前の高性能コンピュータ。

勝手な改造など受け付けるはずもない。

腕自慢のハッカー達が、どうやっても内部コードを覗くことすら不可能な教育機械を前に心をバキバキと折られていくのだった。


教育機械の普及に連れて、おかしな宗教や似非科学団体などの活動は下火になっていった。

テロや破壊活動なども減少し世界は穏やかに平和へ向かい続けていく。

世の中が平和になった民衆のエネルギーのはけ口は宇宙になる。

軍需工厰が改造され宇宙船が次々と造られていく。

楠見達が最初に使っていた直径500mの球形艦を参考にテクノロジーの高い低いに合わせて直径30mから直径200mまでの宇宙船が大量に造られていく。

数十年後、技術者達は参考とする見本の宇宙船のほうが現在造られている直径250mクラスの宇宙船より性能が上なのを見て不思議がるのだが……


「これは、きまぐれ宇宙人がくれたものだから」


恰幅の良い老紳士、今は経営から退いたサクラ名誉会長は、そう答えて笑うだけだった……