第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章

第四十話 とある異星人の子孫(おまけ付き)

 稲葉小僧

%%承前%%


私は、この星に漂着した探検者である。

我が宇宙船は我が属する銀河皇国が盟主になっていた星間連合に属するものだ。

この船で私は幾多の星を訪問し探検し、皇国と連合に貢献してきた。

今、私は、この辺境の惑星にあり船は航行不能になるほどのダメージを受けた。

惑星間を航行するくらいならば搭載艇でも可能なのだが恒星間跳躍は不可能。


原因は不明だが恐らく浮遊障害物レーダーに引っかからないほど小さくて、しかし重いものが衝突したのだろう。

小さくて軽い浮遊隕石の欠片等があっても普通なら障害物排除バリアで航行コース上の小さな物は排除できるからだ。

しかし超空間へ入るときに欠かせない重要機器に壊滅的なダメージを負ってしまうこととなった。

破壊痕を見ると、ごく小さくて、しかしバリアで排除できないくらいに重い特殊な隕石(私の拳くらいの大きさだろう、これは)が最悪のタイミングで最悪の箇所へ衝突したと思える。

もしかしたら中性子星が爆発して、その欠片が飛び込んだのかも知れないな。

まあ、何はともかく私の航行記録は、ここで途切れることとなる。

惜しむらくは、この広い銀河宇宙を全て巡れなかったことだ。


我が宇宙船は今のこの星の文明には完全なオーバーテクノロジーとなる。

搭載艇でも遥か未来のものだろうが。

幸いにも私の肉体には軽傷一つ無い。

この星の生命体に比べて私の寿命は遥かに長く、加えて冷凍睡眠装置を併用すれば更に長い時を過ごせるだろう。

この星に知的生命体が現れて彼らにより我が宇宙船が修復されることが理想だが、まあ、そこまでは望むまい。

せいぜい宇宙船のコンピュータを始めとする技術装置を活用して欲しいものだ……


%%とある奇妙な遺跡発掘現場にて%%



「おーい! 陽も高くなってきたんで、ちょいと休もうぜ! 水分補給しないと熱射病で倒れちまうぞ!」


遺跡発掘の責任者でもある、この探検隊のリーダーが僕に声をかけてくる。

そうか……もうそんな時間になったか。

僕はマトックつるはしとスコップを肩から下し、水筒片手に水分補給する……

あ、塩飴を口に放り込むのは忘れちゃいない。

水分だけだと糖分や塩分が足りずに衰弱するからだ。


「ふぅ……ここまでは何もおかしな物は出てきてない。けど、絶対この地には何か埋まっていると思うんですよ、リーダー。世の中の常識ってやつがひっくり返るような物が」


「まあ、その情熱は買うよ、俊。しかしなぁ、我々も大学から出る予算で動いてるんだ。これまで移動に一月、発掘に一月。そいでもって発掘作業そのものは順調だけど歴史的に重要なものは出てこない。ここが太古の文明跡地だというのは確実だけど四大文明も凌駕するような超科学を駆使したような痕跡もなきゃ、そこまで人員がいた痕跡も見つかってない。これじゃ大学に帰っても予算泥棒と言われるだけだぞ」


リーダーが愚痴を言う。

あ、忘れてた、僕の名は天司俊一あまつかさしゅんいちという。

僕が、この忘れられた地域の事を知ったのはネット検索で冗談に「オーバーテクノロジー遺跡」と打ち込んで検索かけてみたらズラーっと並んだ検索結果の果てに、


“伝説にも残らず神話にもならず、時と共に忘れられた超科学の都市遺跡”


という表示。

気になって調べてみたら、えらく昔に世界各国で噂にのぼったらしいが、あまりに人跡未踏なことと実際にたどり着いた探検隊が試験発掘してみたところ未発見の遺跡ではあるが住んでいた人数が少なすぎるという事で四大文明から追われた対抗派閥の民が逃げ込んだ「隠れ里」に近いのではないか? という結論になった地域なんだそうだ。

試験発掘した考古学チームの調査結果は、その大学のサイトに上がっているらしいと聞いた僕は、ついでに、その調査結果を調べてみることにした。


驚いたのは発掘された資料と遺跡。

かなりの広さにわたって都市が造られていたのは確実だろうと書かれていたが、その割に出土する人骨が少なすぎるということで、広くはあるが、どこかの文明の衛星都市だろうと結論づけられている。

そんなバカな! 

僕は痛切に感じた。

遺骨の数が少ないからって都市に住んでいた者が少数だと決めつけることなんかできないだろう。

現に、この国だって葬式は遺体を高温で焼く。

骨壷の習慣を知らない考古学者が遥かな未来に、この国を発掘したら意外にも遺体は出てこなかったと言うだろうに。

とまあ、そういう直感みたいなものが働くような、世に隠されたものがあるのなら僕が光を当ててやろうというような、そんな気持ちでリーダーである助教授に話を持ちかけたわけ。


「まあ見ててください。もうすぐ、もうすぐに全世界の考古学の常識がひっくり返るようなものが出てくる……そんな予感、いえ、直感のようなものを感じるんですよ。あと数m掘れば……」


僕が宣言でもするように言い放つと、リーダーは、


「ふーん、そんな予感がするのかね? まあ、タイムリミットは、あと一週間だ。ここは人跡未踏と言われた地域になるから帰りの日程を考えると、それが限度だな」


リーダーが、こちらも発掘作業の期限を通告してくる。

あと一週間?! 

もう少し、もう少しなのに! 


あれから3日……

もう、あと3日と半分しか滞在できない。

ここまで発掘できたのに! 

あと少し……

本当に、あと少しなんだ! 

リーダーである助教授に土下座覚悟で頼んだが返事は……


「俊、残念だが予定は変更できない。水や食料の残りもそうだが発掘に際して助っ人を頼んだ現地人の日当が馬鹿にならん額なんだ。予算的にも、これ以上の増額を要求するには本当に大発見でもないと無理だ。君の情熱と根性、信念は理解できないでもないが我々も霞を食って生きてるわけじゃないんだ、分かってくれ」


こうまで言われては僕としては何も返す言葉がない。

あと数日、正確に言うと、あと3日と12時間を切った……

焦燥感だけが募る。


「えーい! こうなりゃ、広く浅くなんて発掘は取りやめだ! 一点突破でポイントを深く掘ろう!」


決心した僕はリーダーに懇願する。


「リーダー! あと数日しか無いのなら最後の僕の提案を聞いてください。このまま浅く広く発掘しようとしても無駄だと思いますので僕の直感で、ここ! ってポイントを皆で掘り進めたいと思うんです」


自分でも無茶な提案だとは思う。

普通なら絶対に聞いてもらえないだろうが、


「まあ、このままでは絶対に大したものは発掘できないだろうからな。俊、お前の直感に頼ろう! 一発デカイのを掘り当ててくれよ」


了承の返事が来るとは思わなかったんだが。

まあ、ここまで来たら運と直感に頼るさ。

外れても、それまでのことだし何も変わらない。


「分かりました、任せてください! 僕は、ここぞという時に絶対、当たりを引くんです!」


そう、僕は幼い頃から何故か、ここ一番というタイミングで当たりを逃したことはなかった。

この大学へ入ったのも幼い時に附属幼稚園入学試験で、なぜだか分からないが僕が自分でクジを選び連続で10回の当たりを引き当てて無試験で入学できたらしい(母親から聞いた話。僕には覚えがない)

私立大学附属幼稚園など授業料もバカにならない額だろうがテスト時期になると不思議に直感が働き、出される問題が99%以上の確率で当たる。

そのおかげで幼稚園から小学、中学、高校、大学とテストは常に上から5番以内(トップってのは無理だ、もともと頭の出来が違う奴がガリ勉してるんだから追いつけるわけがない)をキープし、特待生として授業料は無償に近い状態だった。


そんな僕が大学で興味を惹かれたのが考古学。

化石や遺跡発掘などは直感と運が無きゃカスばっかり、という持論を持つ考古学部助教授のリーダーに自分と近いものを感じて今に至るわけ。


「頼むぞ、俊。お前が本気になると、いつも大当たりが来るって有名だからな。今回は、お前の直感と運に頼る! 俺達の調査旅行に、でっかいミヤゲをくれ!」


リーダーは、そんなことを言う。

それから発掘方針が変わった。

僕の直感でポイントを指示して2ポイントに絞る。

そこを徹底的に掘る。

あと数mだというのは、なぜだか直感で理解している。

本当に太古にあった超科学都市の遺品が出てくるのは間違いない! 

いや、遺品というより僕には、それ以上のものが出てくるという確信めいたものがあった。


掘って掘って、掘り抜いた。

時間も限られている、水も食料も。

そんな中、確信が決定事項のようなものに変わる……

その時がきた。


「おーい! シュン、リーダー、来て下さい! マトックツルハシが何か硬いものに当たって欠けました! これ、土じゃありませんよね。金属? それにしちゃデカイような?」


発掘隊の一グループから連絡が来る。

2ポイントのうちの1つで目的のものを掘り当てたらしい。


「すぐ行く! リーダー呼んで来るから、それ以上掘るなよ! 僕達が行くまで待っててくれ!」


出ました! 

という声で呼びに行くとリーダーは、


「ようやくか! やっぱり俊は、やる時にはやる男だね。さーて、当たりは何かなぁ?」


そんなことを言いながら2人して何かを掘り当てたポイントへ急ぐ。

到着して、さっそく圧搾空気で表面の土を除ける。


「何だ、こりゃ?」


リーダーが宣う。

僕も同意見だ。

それは金属のデカイ蓋の一部のようなもの。

とりあえず空気を吹き付けるのと周りの土を取り除く作業を別ポイントで作業してた人たちも呼んで全員で行う。

みるみるうちに、そこを覆っていた土砂が取り除かれる。

出てきたものは……


「リーダー? これって、ひょっとして……天井の一部じゃありませんか?」


そう、いわゆる「ドーム都市」と呼ばれる現在でも建築工学的に難しいドーム型建築の巨大版……ドーム都市。

その一部が太古の眠りから覚めようとしている。


そこにいる全員が夢遊病にでも罹ったかのように非現実的な物を目の前に佇んでいると……


「うわ! 地震?! かなりデカイぞ! みんな、ここから出ろ! 穴が崩れて生き埋めになるぞ!」


周りからゴゴゴゴゴゴゴ……

という低い響きが聞こえてくる。

僕らは、もう無我夢中で穴の外へ出て、そこから揺れに揺れている地面で何度も転けつつも発掘現場から離れる事に成功する。


「ん? おい俊、気づいているか? ここまで離れると、もう揺れは感じないぞ」


リーダーが地震とは違うようだと言っているようだが、その時、僕は別の事で頭がいっぱいだった……


〈我が遺産を引き継ぐべき遠き未来の子孫よ。ようやく我が元へやってきたな。歓迎しよう。この声は一定基準を超えたテレパシー能力の潜在能力者にのみ聞こえるようになっているので他の者が聞いている恐れはない。我が力を受け継ぐべきものよ、この都市に入れる資格を持つものよ、さあ恐れず我が前に!〉


僕の足は自分でも知らぬうちに、とある方向へと向いている。

夢? 

現実? 

それすらも理解できないまま、僕は歩き始めていた……


「俊?! おい待て、何処へ行く?! 一人で未発掘地域へ行っちゃダメだ! しゅーん! しゅんいちぃ! 戻ってこーい! 追いかけな、い、と……あれ? なんでこんな時に睡魔が襲って、く、る、ん……だ?」


僕を除く全員、その場に倒れこむようにして眠りにつく……

僕は半分は夢のような気分で、もう半分は発掘隊の皆が眠ってしまうのを冷たい思考で眺めていた……

正直に言おう。

僕は、もう発掘チームの面々に興味など無かった。

囁くような、しかし抗えない魅惑的な声は僕を見たこともない地点へ誘導する。


「ここ、どこだ? 発掘現場から、ずいぶん離れたな……」


無意識に相当な距離を歩いたらしい。

しかし、その間に躓くとか障害物があるとかは感じなかった。

どうなってるんだ? 

ここ、ほとんど人跡未踏の地だぞ。

あっちこっちに背の高い草やら大きな石ころが転がってて何人も転んで怪我してるのに、なぜ僕だけすんなりと、こんな知らないポイントに来られたんだ? 


〈我が遺産を引き継ぐべきものよ、よく来たな。しばし、ここで待つが良い。さすれば道が開けるであろう。我が遺産への道が〉


また、あの声だ。

待てというのか、ここで。

全く見知らぬ地で探検隊すら入ったことのない奥地のようだ。

僕は走った記憶も落ちた記憶もないので、どうやってこんな発掘現場から離れた奥地へ来たのか自分でも分からない。

待つしか無かった。

周りの景色を眺めながらも、不思議と危険を感じなかったのは何故だったのやら……


〈準備は出来た。遠き子孫よ、そなたの声が必要だ。我が声に続けて唱えよ……〉


「! ”##$%%&、=)〜’(&%。|〜〜)’%!」


どういう意味の言葉で、何語かも分からない。

ただ、音の響きを真似ただけで僕自身は何を自分で言っているのかも知らない。

しかし、チェックは通過したようで。

ズゴゴゴゴ……

という響きと共に地面の一画が凹み地下へ続く階段が現れる。

何だ、これは? 

これが太古の遺跡だと? 

何処かの国の秘密組織が造った地底基地だと言われたほうが納得するぞ。

まあ、準備が出来たと言い、発声したら地下への階段……

当然だが、これを降りろって事だね。

仕方がない乗りかかった船だ! 

行ってやるとするか。

最初の数10段は石だった。

年月に耐えた石は脆くなっていて足を滑らせそうになったが、なんとか耐える。

それが過ぎると明らかに階段の造りが異なってくる。

素材は金属なんだろうが何だろうか、この素材。

淡く発光する階段により地下への通路は真っ暗ではなくなる。

それに遠くには明るく輝く出口のようなものが見える。


ちょっと待てよ、変だぞ? 

階段だ、これは。

でもって、階段が発光しているのは、まだ分かる。

しかし、あんな遠くにある出口が光って見えているのは……

これ一本道? 

スペース的に階段は曲がっているものだろうに。

どういう建築デザインで、こんなバカな階段を作るかな。

僕は、そんな事を考えながら一歩々々、出口へ向かって階段を降りていく。

ようやく不思議な階段を出口まで降りる。

そこにいたもの、見えたものは……


「俊一様とお呼びすれば、よろしいでしょうか?」


古風というか何と言うか……

中世の服じゃない、それ以前のギリシャ・ローマ時代のようなトーガ(貫頭衣)を纏ってローブを羽織った古代のメイド? 

がいた。

呼び方を聞いてきているな、答えなきゃ。


「形式張った言い方は好きじゃない。シュン、で良いですよ……貴女の名は?」


こちらが問うと、


「ああ、私の名ですか。正式名は数式と原材料名になりますので、長いです。シュン様に名づけていただければ光栄に存じます」


「じゃあ、ミネルバと呼ぼう。よろしく、ミネルバ」


「はい、シュン様。このミネルバ、全身全霊でお世話させていただきます」


あんた何者? 

という僕の疑問が口を出す前に自己紹介が終わってしまった……

とりあえず、


「これから僕は何をすれば?」


その疑問に答えるように、僕の新しい日常が封印された超古代の都市内にて始まる……


それから僕の毎日は……

半分、眠っているようなものだった。

妙な装置に入り、そのまま横たわるように倒され、そして眠りながら太古の、そして未来の隠された知識を頭に叩きこまれていくのだった。

何日、何週間、何ヶ月、何年? 

その毎日が続いただろうか。

ようやく装置の中から出された僕は、それからリハビリだろうか? 

肉体を動かす事を中心に教育が変わっていた。


「ミネルバ、この数ヶ月で何とか自分の体を自由に動かすことに慣れて来たよ。最初は殺されるかと思ったけどね」


「いえいえ、何をおっしゃいますやら、シュン様。こんな短期間に体術含めて、ここまでレベルの高い動きを会得されるとは」


ちなみに僕、今現在、重量挙げで500kg超え、ジャンプは5m以上を可能とする。

自分の体が、ここまで動けるとは想像もしなかった(僕は学校以外はアルバイトしてたんで)

いつの間に忍者修行なんてしてたんだろうか? 

まあしかし、スポーツやってなくて良かったような気がする。

こんな奴がアスリートとして出現したら、スポーツ界は大混乱するぞ。


「でもさ、ミネルバ? ここまでの力って必要なのか? 普通に暮らしていくだけなら、これは不必要な体力のレベルだろ?」


当然の疑問を提示する。


「あら、シュン様。敵対する組織や国家が攻めてきた時、私達ではお守りしきれない場合がありますからね。そのための用心です」


おいおい、今何と? 


「今の世の中、そんな秘密組織や敵対国家などあるはずがないじゃないか」


そんな僕の言葉を遮るかのように……


「それはシュン様が世界の裏事情をご存じないからです。この地下都市が、もしも世の中に知られてしまったら、この都市に存在するあらゆるものを手に入れようとして国家や秘密組織が動き出すのは目に見えてますわよ」


うわぁ……

聞きたくなかった裏の世界と闇の事情。

でも、そりゃそうか。

この地下都市は遥か未来とも言うべき超科学のテクノロジーで造られたもの。

あの学習装置で教えられた知識によると……


遥か数万年前、この銀河の中央部付近にある星間連盟から派遣された探査船が、この宙域の付近にて故障し、この星に不時着を余儀なくされた。

探査船のパイロットは銀河中央部の最先端科学のテクノロジーで造られており修理するにも部品すら作ることが出来ない古代の現生人類では再び星の世界に戻ることは不可能と判断したそうで。

数百年の間、古代人に神として君臨した異星のパイロットは、それから長い眠りについたのだそうだ。


「数万年後に先祖返りに近い形で潜在的に強力なESPを持つ僕が選ばれたってことか……ここへ来るのも運命だったのかもね」


僕の呟きにミネルバは、


「ええ、そうです。シュン様の潜在能力の高さは通常人類のレベルとは段違いでしたからね。すこーしですが、こちらから干渉させていただき、この地へ来るように誘導させていただきました」


うわ! 

衝撃の事実。

やけに運が良いとは思ってたけど、そうか、少しづつESP能力も発達させられてたわけなんだ。


「ところでミネルバ。現在、僕のESPは、どこまで到達してる?」


これは聞いておかないと。


「それでしたら、シュン様のESPレベルは相当に上がってますわ。テレパシーは、集中すれば、この星に反対側に住む、たった一人の意識を読めるくらい。通常ですと10名ほどの表層意識なら普通に読めるかと。サイコキネシスですと、そうですね、今の体力と同等、500kgほどの重量なら持ち上げることも可能です。後は……必要時に必要な力が出せるように多重思考の恩恵も受けられるようになってますから」


お、おう。

ほとんど人間やめてるな、僕。

他人から自分の力が異常なほどだと告げられるのは、いささかツライものがあるけど。


「そこまでの力を持ってても危険なのかな? 過剰な気もするんだけど」


「いえいえ、まだ足りません! ESPは使ってこそ成長しますし、肉体の方も同様です。まだまだ鍛えないと、まだまだ」


はぁ……

一個人が国家を脅せるくらいになるのも問題じゃないのかなぁ……

僕は、鍛えまくった末にライバルも敵もいないという場面を想像し、溜息をつくのだった……


いつものトレーニング(今のレベルだとトレーニングも死闘に近いものになってる。どこの格闘家だろ? って感じだね)が終了すると、


「シュン様、それでは今日は、ここまでに。私は、ちょっと外へ出てきますので」


え? 

この地下都市だけじゃなかったのか、行動範囲は。


「ミネルバ、何かあったのか?」


僕が問うと、


「ああ。いえ、ご心配には及びません。今まで隠してきた、この都市の存在が大国に知られてしまったようでして……調査団と言う名目で諜報員を送り込んで来たようなのです。あ、シュン様のお手を煩わせるようなことはありませんので」


薄々は理解できたが僕の発言として、


「殺すなよ? 殺すと後々、厄介だからな」


というのが精一杯。

というのは、またもや情報機器に接続されて特殊なデータを詰め込まれてるところだから。

以前の会話でミネルバが僕について「あまりに平和的な危険意識のない国家」に生まれた人間だと知ったらしく、そのための特別教育なんだそうだ。

しかし、今回も同じ感想……

終わってみないと何の教育データを詰め込まれたのか理解不能ってのが、この装置の欠点だな。

数時間後、僕が装置から開放された頃に、ミネルバが戻ってくる。


「外の件、終わったのかな?」


と聞くと、


「はい、シュン様に直接的・間接的に危害が及ぶ可能性を排除させていただき、ついでと言っては何ですが、これからシュン様を影でサポートさせていただくメンバーをスカウトしてきましたので後日お顔を見せてあげていただけますでしょうか」


僕はミネルバが何を言っているのか分からず、


「ミネルバ、どういう意味だ? この古代都市に、まだ君のような長命生物が多数、残っているのか?」


ミネルバが答える。


「いえ、そうではなくシュン様と同種族と思われる人員たちです。今回、外の国家が複数で諜報員を送り込んできたらしく、かなりの数でした。幸い土着の人間としては、かなり能力の高い者達ばかりでしたのでシュン様から言われた通り殺さずに、こちらの組織を立ち上げるための中核メンバーになっていただきました。精神的に頑強な者も数名いましたが数分で洗脳解除と、こちらへの忠誠を誓わせました。かなり優秀な者達ばかりですよ」


うふ、という笑顔と共に、とんでもない言葉が出てきた。

これに懲りて、その大国連合が本格的な調査隊とスパイ達を早急に送り込んで来ないことを祈ろう。

まあ僕の吸収した知識から分かるのは大国連合が本気になって、こちらへ軍隊を向けてきたとしても、あっけなく叩き潰せるという事実だけ。

この星の現在のテクノロジーと、この忘れられた超古代都市の持つテクノロジーの差は、それこそ現代人と原始人の闘いに例えられるかも。

向こうが棍棒持って大群で攻めてきたとしても、こっちが重機関銃一つあれば大量虐殺となって戦争にならないのは目に見えている。

この地底都市と現代国家群の差は、それ以上。

降りかかる火の粉は払わねばならないとしても、それでも、できるなら僕はこの星の人間を殺したくはない。


そうか。

僕は納得した。

あの万能メイド生命体が僕以外の外部には攻撃的なのも、この地下都市の防衛を第一にしているからなんだろう。

主人がいない時には過剰防衛気味にならざるを得ないということか。

ある程度、僕が抑えないとミネルバは「やり過ぎ」てしまうわけだ。

数週間後ミネルバが、


「ご報告します。シュン様警護組織の初期メンバーが揃いましたので、シュン様のお顔をお見せいただき警護対象への忠誠を高めたいのです」


断ったら、これもえらいことになりそうだったので僕は顔見せ会に出る。

うわぁ……

ゴツイヤツから痩せマッチョ、普通の体格だけど目の光が異常なやつとか、いかにもエージェント! 

ってな人間ばかりだった。

こんな奴らが30数名……

大国連合とは言え結構張り切ってスパイ活動やってたようだ。


「気をつけー! お前たちの主人たるシュン様がお見えになった。シュン様のために命まで張ってこそ、お前たちの生きる意味があるのだ。各員、いっそうの奮励努力を期待する!」


ミネルバ、張り切ってるなぁ。

僕にも一言言ってほしい、とのことで、


「君らの過去は問わない。必要なのは、これからの行動と結果だ。僕は全世界と戦う気はないが相手が襲ってくるなら話は別。その時は万全の活躍を期待するよ」


僕の言葉に感動してるもの、泪まで流す奴もいる……

おい、ミネルバ。

洗脳解除したとは言ったが、まさか、こっちへの忠誠を誓わせるために洗脳してないよな? 


それから数ヶ月……

今じゃ大国連合が送り出してくる諜報員達を根こそぎ逆リクルートし、洗脳解除と手懐け(こちらへの洗脳じゃなくて利益と装備を与えたとのこと。ここの装備だと、ほとんどマジックアイテムみたいなものだ)手段で、こっちの手のものが増えること増えること。

でも、それもいつか知られる。

この頃、大国連合のものと思われる偵察機が一日に数回、地下都市の上空を飛ぶようになってきた。

偵察衛星も使っているだろうから、もうこの地下都市の存在は大国連合首脳部や裏組織にバレてるだろう。

ただし空爆など仕掛けようものなら、ここの自然を破壊するどころか、この付近にある貴重な水源をも汚染・破壊する事となる。

この地下都市を造ったご先祖は、ここまで予測してたんだろうかね、超のつく太古の昔に。

ここは地底都市だけど、この上には貴重な自然環境が構築されている。

たまに地上へ出ると、その環境の見事さに、ついつい目を奪われる。

湖水には渡り鳥が群れ、川にはここだけの固有種だと思われる魚達が群れをなす。

それを狙って様々な小型獣や鳥達が、そこかしこに。

豊富な樹林やら草原には草食獣、それを餌にする肉食獣も。

ここを闘いの場としようものなら、いかな大国連合とはいえ世界的非難の嵐となるだろう。

だから戦いを仕掛けてくるとしたら、まずは裏組織から、か……


「シュン様、護衛組織の立ち上げ完了しました。情報組織としては超一流になったかと思われますが足りぬところは追々、修正と補強をしていきたいと思います。で、最初のご報告ですが大国連合でも過激で知られるアーホ大統領の国と北ヒグマと言われるボケチン大統領の国とが、こちらへ多大なる関心を抱いているようです。いかがしましょうか?」


ふむ……

こちらからのアプローチをどうするか、か。


「そう、ね。すこーしだけ、ほんの少しだけで良いから、こっちの超絶レベルテクノロジーを見せて、敵対するなら潰すよ、でも友好的非干渉なら少しばかり超科学の恩恵を分けてあげるってメッセージを送ってみようか」


「分かりました、そのように致します。では」


ミネルバが消える。

この頃、少し疑問が……


「僕、こんなに上から目線野郎だったっけ? あと、自分がここまで好戦的だとは思わなかったんだが?」


そう、僕のもともとの性格は不戦主義。

徹底的に戦いや争いを嫌う性格だったはずなんだがな。

この頃、トレーニングは朝の一定時間だけで後はデスクワークのように椅子に座って現在の世界情勢に関わるデータを吸収していた。

僕の護衛組織を立ち上げたゆえか、この地下都市にも経済活動が発生し金銭が必要になってきた。

ミネルバに言わせると、


「必要なものは、その都度、本人に渡せば良いじゃないですか。金銭などというものは不要です」


と言うのだが僕はそう思わない。

その結果、今の状態が……


「その会社、吸収合併しろ。業績の下がってしまったところは部門単位で切り捨てて損失は回復させろ。次は株、X、Y社はできるだけ買い、Z社は全て売り。スパッと売って利益確定して国庫へ入れろ」


これで300億$ほどは稼いだ。

元手はどうしたのかって? 

この地下都市、資源だけは豊富でね。

金や銀、プラチナなどインゴットで保管されてたんで、そいつを数kg売って後は倍々ゲーム……

この多重思考ってやつは本当に便利だね。

一ヶ月の売り買いだけで、ここまで稼げるとは。


大国の懸念を避けるために大企業へは手を出していない。

中小企業はいくつも手に入れて裏から手を回してこっちのテクノロジーのいくつかを渡し、その成果で業界をひっくり返すような製品がいくつも誕生している。

ただし完全にひっくり返してしまうと世界が崩壊しかねないため、その手加減が重要なんだが。

我が地下都市国家は国民数に対して保有する金銭の額は世界一だろう。

まあ、もう少しだけ稼いで後は経済を回す方に使おうかな。

こっちの掌握下にある完全子飼い企業、いわゆる国営企業を立ち上げるのも良いかな。

ただし、こいつを実行した場合、数年後に大企業になるのが目に見えているんだけど……

僕は資金をあっちこっちへ動かす指令を出しながらも国営企業を作り上げる計画を準備していく……


「シュン様? なんですか、あのだだっ広い滑走路のような敷地を持つ会社は?!」


一年後、膨大な予算を背景にした国家企業の立ち上げは順調に進んでいた。

背後にそびえる山地を利用して平地から高山の頂上までレールを引き、宇宙船の発射場も作る。

地下都市の上の一部が荒地に近かったため、そこに巨大な企業体に近い国家企業を作ることができるのは都合が良かった。


結局、工場やら付属建築物、打ち上げレールまでが全て完成したのは数年後だった……

ミネルバ、すまない。

やりすぎた……


この頃、何を目指しているのか自分でわからなくなることがある。

僕は国家を作りたいんじゃない。

この超古代に作られた地下都市の全容を解明し、それを全世界に公表して歴史をくだらないと思っている奴らに一泡吹かせてやる……

それだけのつもりだったんだよ、ホント。

それがどうだ、今の状態。

もう経済上では超大国の仲間入り(国庫には数百兆円の蓄えがある。でもって国営企業体は今現在、生産が追いつかないほどに売上がある)してるし国家としての扱いも、もう裏では認可されている状態。

大国連合で今、協議中の案件が通れば、晴れて、ここも一つの国家と認定されるだろう。


「ミネルバ、ちょっと質問が」


「はい、シュン様、どのようなことでしょうか?」


「えーっと。君の、前のご主人、つまり、僕の前任者だけど、亡くなってる? なんだか、そんな印象を受けないんだよね。最初、僕を誘導した時にも疑問に思ったんだけど、もしかして、この地下都市を作った人……かどうか分からないけれど……って今も生きてたりする?」


ミネルバは少し考えるようにしていたが……


「シュン様。これは我が製作者たる御方が私に与えた最後の命令です。シュン様が気づかないようでしたら、これは秘密にしておくようにとのことでしたが、さすがシュン様。実は初代様、バーベール様は、未だ存命です」


やっぱり……


「そうじゃないかと思った。話はできるのかい? バーベール1世? と」


「今は無理ですね。冷凍睡眠状態ですから、お起こしするにしても時間がかかります。下手に目覚めさせますと体細胞が粉々に壊れますし、慎重にしないと」


そうなのか、じゃあ、


「覚醒モードにしてあげてくれ、ミネルバ。初代と話し合うこともあるし、ぜひとも聞きたいことがある」


「はい、分かりました。では、冷凍睡眠装置のモードを、覚醒に切り替えます。数万年の間、眠っておいででしたので覚醒後もかなりの時間をリハビリに使うことになると思います。お会い出来るのは数年後になるかと」


「まあ予想の範囲だ。構わないよ、会える時期になったら言って欲しいんだが」


「かしこまりました」


さて数年後でもいいけど、それまでにやらなきゃならないことは山積みだ。

早速、護衛グループ引き連れて大国連合の本拠地、馬鹿でかい建物に。

警備は慌てて止めようとするが、まあその辺りは護衛たちに任せて(武力や暴力は使うなと言明してあるから彼らも優しいものだ。そっと逆関節取ったり、痛覚のツボを押したりして無力化してるだけ)僕は本会議場の観覧席へ。

え? 

議場へ乗り込まないのかって? 

そこまでしなくても我が国のテクノロジーの凄さは身にしみてる人たちばかりですから。

様々な議題が上がり最後に我が地下都市国家の国家承認案件が出る。

我が国の恩恵を受けてる国は賛成の立場に回り、それが邪魔だと思ってる国々は反対の立場を取る。


ふー、まずいな。

東洋の似非民主国家(一党独裁で国民に自由な投票権もない国)だけど強大国が反対の立場をとってる。

ヒグマと拝金主義の両白豚大統領は賛成だから議決としては大丈夫だろうけど。

後で総書記とやらが軍を派遣するかもしれない。

僕は、なんとか国家承認は通って一安心したあと某総書記と面会をしたいと申込み許可される。

ここで一言のもとに断ったら、かの国といえども我が国の敵対国家と認識されるからね。

面会後、少しばかりご当人の意識を読み取り、柔らかくではあるが国連資金やら様々な救援基金の使い込みや大した技術もないくせに中小国家へインフラを無償援助の隠れ蓑で売りつけたり(メンテナンスは有償、損はない)してることを指摘してやると……

初めは怒りで赤くなっていた顔色が途中から青くなってきて……


「そ、そこまでにしてくれ、頼む! これ以上は私の政治生命どころか実際の命すら危険を及ぼす! この情報を公開しないと約束してくれるなら我が国は君たちに敵対しないと確約しよう! 手を出さないことと小規模で良いから貿易をさせてくれると喜ばしいが」


ちょっと薬が効きすぎたかな? 


「分かりました。敵対国家でしたら、そのうち政治的にも軍事的にも叩きつぶす予定でしたが……貿易相手国なら対象の秘密は漏らしませんとも」


握手したが相手の手がびっしょりと汗で濡れていた……


その情報が寄せられたのは、意外にも、こちらの護衛隊や情報網からではなかった……


「本当か? ミネルバ。こちらの製品と同等、あるいは、それ以上の品質の製品が出回ってるって?!」


「はい、シュン様。驚きましたが、その製品と我が国の製品とを同量に扱っている商社からの情報です。なんでも我が国よりも新しい会社で、その製品は一部で我が国のテクノロジーを超えているであろうことも分かりました」


あまりに新会社だから、こちらの情報網に引っかからなかったのか。

しかし、このところ僕は経済情報の最新版に触れていたはず……

それで僕にも、この会社のことが分からなかったとは、この会社は相当にセキュリティと経営情報の隔離が徹底しているな。


「よし、ミネルバ。法律の規制内で、できるだけ、この新会社の情報を掴んで欲しい。もしかすると、この会社ってのは……」


「シュン様、その予測が当たっていた場合は、いかがしましょうか? こちらに比べて小さな会社規模のようですが吸収合併が無理でしたら潰してしまうことも……」


「いいや、そこまではしなくて良いよ。ただ、目は離さないように。これが僕の予測通りなら、この会社の社長、あるいは社長に近い立場の人間は多分だが僕のような人間だろうと思われる」


「え? 少なくとも今のシュン様と同じ力を持っているとは思えませんが。この地下都市にはシュン様のような優れた力を持つ人間を探せるESPレーダーのようなシステムがあります。そのセンサーに引っかかる外部の人間は今の世にいないことは確認済です」


「そうだろうね。僕と同じか、それ以上の人間なら今頃僕はお払い箱だろうから(笑)」


「いえ、言い方を間違えました。バーベール1世様に匹敵するような能力者は今の時点でシュン様のみでございます」


そうだろう。

ただし、テクノロジーの発展にはESPは不要だから、このライバル会社には超天才だけどESP能力は低い人間がいるのかもしれない。


「それで、このライバルとなるだろう会社名は?」


「はい、KT特殊機工株式会社と言うそうで特殊な救助機材や救助用の陸海両用車両、そして強化外骨格と呼ばれる乗用パワーローダーを制作しているそうです。その性能は旧式の機材の比ではなく、その価格の安さもあって世界中から注文が殺到しているとのこと」


「ふーん……我が国の製品とは、まだ競合してないね。ただし、注文があれば新しいものを作り始めるだろうから少なくとも数年後には競合する製品も出そうだ」


しかし、最初が救助機材や救助専門車両とは、またニッチな需要を……

まあ、世界中の反響を考えるならニッチでもないんだろうけど。

その予想は当たった。

数年後、我が国が製作している産業用ロボットの一部、特に乗用の人形ロボットの需要にKT特殊機工のパワーローダー改良型がライバル機種として登場した。

こっちは国家企業なんで戦略的にもかなり安い価格で建設業界へ販売してきたんだが、その価格を大幅に下回る破格の値段で市場に出てきたKT特殊機工。

あそこまで低価格だと、とても原価をペイしないと思われるんだが、なぜかその会社は業績を伸ばし、あっという間に一流企業にのしあがっていった。

僕とミネルバが吸収合併を仕掛けようとしていたんだが、それも虚しくKT特殊機工は、こちらが手の出ない地位にまで登ってきてしまった。

ここまで来ると株価を操作してどうのこうのと言う段階じゃない。

僕は視察と称してライバル会社へ乗り込むことにした……


「ようこそ、KT特殊機工へ! いらっしゃるのを心待ちにしてましたよ、シュン様こと天司俊一様」


え?! 

僕が驚くのは久々だ。

こいつ、僕の本名を知っているということは僕が何者かということを知っているという事か! 


「はっはっは、そんなに驚かなくとも大丈夫ですよ……」


〈私の力は、あなたの力より弱いんです。まあ、私の師匠は、その限りではありませんが〉


テレパシーか! 

それも、かなり強い。

僕の力より弱いと言っているが、かなり肉薄しているのは間違いない。

それに目の前の人物には師匠とやらがいるそうで、その人物に至っては多分、僕よりも大幅に強い力を持っているのだろう。

しかし、そんなことは置いておいて今は通常の会話を続ける必要がある。

マスゴミの目があるから。


「情報が早いですね。確かに私は通称シュンこと天司俊一です。今日は一国家の元首代行として、この視察に来ました。よろしくお願いします」


〈同じエスパーでしたら話が早い。企業を分けるようなことはしないで合併しませんか?〉


「はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします」


〈そのうちには合併も考えていますよ。この星だけじゃない、銀河を巻き込んだ深刻なトラブルを解決したらですが〉


表と裏の会話は、その後も僕と案内役(彼の名は星川郷という)の間で交わされた。

彼いわく、この星のテクノロジーを引き上げる僕の計画には賛成だという。

ただし初代バーベールに問題があり、そのことで密談に近い形で相談したいということだった。


ちなみに星川郷さんの師匠とやらはどこに? 

と訪ねたら今は銀河中央に近い星系にいるとのこと。

そこで古くからの重大トラブルを解消している真っ最中なんだそうだ。


それにしても、この会社の製品は凄かった……

視察途中から完全に超絶テクノロジーの虜になった僕は案内役の星川郷(ほしかわごう)氏に対して質問の嵐を浴びせることとなる。

郷氏も快く答えてくれるが……


「ゴウさん? 僕もウカツでしたが、あまりに突っ込んだ質問にも答えてくれてますよね。それって手の内を明かしすぎてませんか?」


そう、親切とかいうレベルじゃなく製品の特徴と使っている理論まで説明してくれるのだ、この人。

普通、特許とかの問題で説明できないってディープなところまで懇切丁寧に説明してくれるなんて……


「いえいえ、一国の元首代行たるシュン様には、これでも足りないくらいですよ」


えー? 

そこまで僕の地位は高くないんだけど。


「まあ、将来的に合併して一つになることが決まってるってこともありますが。我々としては、この星だけに長期間、関わるのは避けたいところなんです。まだまだ、この銀河の他にもトラブル抱えてるところがあるんで」


え? 

何か、とんでもない台詞が出てきたぞ? 

ゴウ氏の話をそのまま聞くなら、彼らのグループは、この銀河どころじゃない宇宙で活躍していることになる。


「この星は、もしかして、銀河中枢部で起きてるトラブル解消の一つに過ぎないってことでしょうか? あなたたち、どこまでの力と行動力があるんです? ほとんど神の範疇じゃないですか」


僕の疑問は、あまりに呆れた彼らの実力から。

聞けば彼らはノヴァ化寸前の太陽すら鎮めることも可能なら冷えてしまった太陽を再び燃やすことも可能らしい……

どこの宇宙に、これだけの力とテクノロジーを持つ存在がいる? 

はっきり言わせてもらうと彼らはもう人間とかいう存在を超えかけていると僕は思う。

核戦争後の絶滅寸前の星を数十年で緑あふれる星に変えたって話も彼らなら当然だろうと思える。


「じゃあ、ここから核心へ。僕を、ここまで信用してくれるのは嬉しいんですが、その理由と、こちらから提供するものは? あまりに、こちらに有利すぎて逆に信用できないです」


本音を語った僕に対してゴウ氏は、


「なんてこた、ありません。どの星でも、どの銀河でもやってきた方法です。私達には一つの銀河で通用する通貨でも使いようがないんですよ、あっちこっちの銀河を渡って、そのうちに銀河団も渡って将来的に超銀河団も渡る予定なんで……そんな存在に通貨なんて必要だと思います?」


うっ! 

想像すると目眩がするような言葉だな。

目くるめくような宇宙、その広大な普通の生命体には不可能な行動範囲を持つ彼らには、あまりに小さい一つの星。

しかし彼らの目標「すべての宇宙の生命体に安全、安心、平和を」というスローガンなら当然に、たった一つの星すら捨て置けないところなんだろう。


彼らが欲しいのは物資。

とは言っても食料やら資材やらではない。

スペースデブリや宇宙ゴミ、厄介な小惑星帯とか危険な遊星なんてのも物資に入るらしい。

宇宙を掃除してくれて、そのゴミまで有効利用してくれるという徹底した考えが素晴らしい。

彼らと比べてみると僕らの星自体が、いかに野蛮な段階にあるのか思い知らされる。

ここまで精神的に成熟するレベルになるのは、どれほどの時間がかかるのやら……

会社視察が終わって、これからも連絡を頻繁にするという密約を結び、そこを辞する。


「シュン様、そちらの初代様が通常行動可能になられましたら、こちらへ連絡をいただけますか。その時点で企業の合併話も始めることとしましょう」


今まで話に出てくることもなかった初代バーベールの生存を知ってるというのも……

向こうの情報収集力は遥かにこっちを凌駕してるな。

ゴウ氏に、その時が来たら連絡しますと言って別れ、僕は地底都市へ戻る。


「ただいま、向こうとは友好的に提携できそうだ」


「良かったですね、シュン様。こちらの技術研究所で、あちらの製品を詳細に調べましたが、とてもリバースエンジニアリングの対象になるものではありませんでした。中枢部の回路は今の我々の技術すら凌駕して電子顕微鏡すら回路をはっきりと調査できなかったようです」


さもあらん。

ミネルバには将来的には、むこうと合併するんだと話すと驚いていた。

まあねー、普通はライバル会社だからねー。

問題は初代バーベール様だったりするんだけど……

しかし初代バーベールは、なんで向こうの関心を引いたんだろう? 

太古に宇宙船の故障で、この星に縛り付けられた遭難者だろうに。


例の会社を視察後、数年が経った……

今、僕の目の前には、この地下都市を造り上げて、そこに冷凍睡眠装置で数万年を眠った老人がいた。

さすがに冷凍睡眠とはいえ完全な肉体機能の停止を行うことは不可能(完全に肉体機能が停止したら、それは死だ)なので、こうなるのか。

解凍から覚醒、リハビリを経て、ようやく会話が可能となったとミネルバから聞かされ僕が初代バーベール氏の部屋へ訪問したわけだ。


「お初にお目にかかります初代様。私は、あなたの後継者として、この地下都市に呼ばれました、シュンと申します」


まずは挨拶。

何事も挨拶から。


「おお、君が我が後継者か。我が肉体も、ずいぶん老いたようだが、いったい私は、どのくらい眠っていたのかね?」


それにはミネルバが答える。


「はい、初代様。およそ3万年と少しになるかと思われます。5万年を超えますと、お体の老化が進みすぎて眠りから醒めない可能性も、ございました」


危ないとこだったんだな、実際には。


「まあ、この時代に覚醒できたことは良しとしよう。で、子孫よ。我が計画を進める決意と覚悟は出来ておるんじゃろうな?」


ん? 

ミネルバからは、そんなこと聞いてないぞ。


「ミネルバ、初代様が言ってる計画って? 僕は聞いてないよね」


「シュン様、それについては……もっと我が国のテクノロジーと経済支配が進んでから、お教えするつもりでした」


「ミネルバよ、それでは、まだ計画は進んでおらんのか。儂がここまで老いてなければ長年培った能力で進めたものを……仕方がない、我が後継者シュンに託すとしよう……」


なんだ? 

何か悪い予感がするぞ……


「シュン様、初代様の計画と言うか任務は、この星系を含む、この辺り一帯のテクノロジーを引き上げて宇宙へ乗り出させることです」


未熟な文明を宇宙文明への階段を登れるようにしてあげるわけか。

それは素晴らしいが何かミネルバは、その後に続く言葉を言いにくそうにしている。

あ、これ宇宙文明にしたあとに何かあるのか? 


「ミネルバ、それは計画の前半だろう。後半というか、計画・任務の主軸を話してやれ」


初代様の言葉でミネルバの重い口が開く。


「分かりました……そして宇宙文明となった大きな宙域を全て星間連合、ひいては銀河皇国という勢力の尖兵とするのが計画の骨子です。宇宙文明に達していない星や星系には手が出せないのが大銀河連盟の制約なのですが宇宙船の故障や難破で未開発の星に不時着した場合には、その限りではないという例外条項がありますので銀河皇国の一流スパイであった初代様に、この極秘任務が与えられたのです」


ショックだった……

そして何か怒りのようなものが湧き上がってくる。

酷い話もあったもんだ! 

いくらスパイとはいえ一人の人間の一生の大半を奪うような任務……

非人間的で、残酷だ。

任務の内容にも怒りがふつふつと……

僕達、現地の星に住む生命体を何だと思ってるんだ? 

ただの手駒扱いかよ。

で、こんな馬鹿な計画を推進するために初代バーベール氏はボロボロの老人になり、あとを僕に託すという。

僕の意見は、これだね。


「このままテクノロジーを進化させて宇宙文明とするのは大賛成です。ですが初代様、僕は、この星を外部勢力の尖兵とするような計画には関わりたくありません。この星の未来は、この星に住む生命体のものです。あなたの一存や他の星の思惑で変えて良いものじゃない」


ここまで言って僕が息を整えると……


〈シュン、よく言った! こちらも根本からのトラブル解消作業が終わった。初代バーベール、あなたの計画と任務も、ここで終了だ! 安心したまえ、故郷の星には帰してやるから〉


強いテレパシーだった。

ゴウ氏、本気を出したな……

やっぱり、あの時は出力を絞っていたのか。



楠見が何やってたかって話なんですが……

シュンと郷が出会う前の話になります。


ーー銀河中央部銀河連盟星間連合部中枢ーー


ステルス機能をフル稼働させ、ガルガンチュアは近距離探知を避けるために星系外、それも数パーセク離れた巨大太陽の近くに停泊中。

楠見はプロフェッサーと共に、この宙域を探査・捜査するために小型搭載艇で情報収集中。


「わが主、少々きな臭いですな」


「そうだな。情報網が張り巡らされているのは問題ないとしてもスパイ活動が活発すぎるな、この銀河。暗号通信を数日分、解読処理してみたけど胡散臭いどころか堂々たる火付けや火消し活動(火付けとは、その惑星での騒乱や暴動等、不穏な活動を誘発すること。火消しとは、その逆)ばっかりだ」


楠見は頭を抱える。

経済活動や政治活動でシンパとなる勢力を増やすのは良いけれど、こういう詐欺まがいのスパイ活動で自分の手先となる勢力を増やしていくのは如何なものだろうか? 


「やっぱり、これは、やり過ぎだと思うんだよな。プロフェッサーの分析は?」


「私も同じ意見ですね、我が主。自分の駒となる手先を増やすだけで対等の友人を増やす策としては愚策です」


「よし、では……これはトラブル案件とする。しかし、こういうのは厄介なんだよなぁ、指先ばかり潰してても埒があかない」


「では、抜本的対策を?」


「そういう事になるかな、プロフェッサー。組織は頭を潰すに限るのさ」


そう言うと楠見とプロフェッサーは再び暗号解読に勤しむのだった……


数日後、とある星の上に二人の姿があった。

大都市と言うには巨大すぎるメガロポリス。

天候すら人工的に制御された巨大都市の裏道を二人はこともなげに歩いていく。


「謀略の中心部ということさえなきゃ立派な街なんだけどな」


楠見が一人ごとのように呟く。

それを聞き取ったのか、


「まあ、庶民と政治家が乖離しているのは当然かと。この都市が繁栄しているのは、どこかの星や星系が搾取され貧困に喘いでいるからなのですが、それを、あえて民衆に知らせない情報誘導しているのは当然かと思われます」


プロフェッサーが何をいまさらとばかり返答する。


「あ、いや。独り言だ、今のは。俺も頭じゃ理解しているんだよ、一部の大繁栄は、それより大きな搾取と貧困に支えられているってのは。それを可能とするのが、この星が中心となったスパイ組織、か……」


それを受けたプロフェッサー、


「星間連合という比較的大きな宙域を支配域に持つ組織ですね。そして、ここは、その中枢部に当たる銀河皇国星系の首都星。ここのスパイ組織の中枢、つまり情報部のヘッドを改心させるか、はたまた、その上の命令機関を潰すか……少しばかり時間がかかりそうですね」


「まあね。数年もあれば相当な発言権を持てるとは思うんだが……問題は、ここが帝国制だってことだ。いくら民間で発言権持ってもトップの皇帝がダメ出ししたら何も変わらない……アンドロメダみたいな形にしようにも、あれはアンドロメダ銀河全体の問題だったから可能だったんで、ここじゃ敵対勢力に有利になるだけ。どうすれば良いかな……」


楠見は、じっくりと考える体制を取り始める。

それから数年後。

星間連合に対する抵抗勢力が奇妙な動きをし始める。

銀河皇国にも、その話は伝わるが、まだまだ周辺国家の内乱に近いものだろうということで火消しが動けば早急に鎮火するだろうと考えられていた……

しかし。

ここは星間連合でも銀河皇国でもない辺境惑星の一つ。

星間連合の、ひいては銀河皇国の発展のため犠牲になりつつある星の一つで住民は過酷な税と労働に疲弊し怒りをおぼえつつも政治的・軍事的に弱いので搾取側に表立っての反抗もできないという典型的な植民地だった。


ところが一昨年前から。

レジスタンス活動が急に活発になり、その活動も巧妙化して生産数に影響は与えずに搾取側に渡す物量だけ減る、見た目には飢饉か天候不良のように見せかけている格好にしている。

その余剰分を活動資金にしているのだろうが、どう見ても、それより資金が投入されているような行動の大きさ。

スパイの本家本元、銀河皇国の情報組織にも理解が及ばぬような報告が上がり始める。

いわく活動が数十年休止していた「草」にレジスタンスの手が伸び、その活動が封じ込められる。

いわく有能で鳴らした一流スパイがレジスタンスに身元が全てバレてしまい、その活動を止めて本国へ帰る事になった。

その他、様々な妨害活動が続き、星間連合では軍の派遣も考えるところまで行く。

実際に大軍の派遣前に中隊規模の宇宙艦隊と地上部隊が派遣されたが、実際の戦闘前に原因不明の小事故が連続して、ついには艦隊が行動不能に陥る……

軍の参謀本部では、まことしやかに囁かれた噂があるという……


「あの星には悪魔がいる。確率を制御できる、ラプラスの悪魔が」


郷はシュンと共に今は自分の船、搭載艇母艦にある。


「ゴウさん、こんな宇宙船持ってたんですね。これで初代バーベール様の星へ行くと?」


シュンが尋ねると、


「それも可能なんだけど、この船の到着予定地は銀河皇国じゃないよ。とりあえず、こいつで跳ぶのは我々の母船と言うか何と言うか……もう航行可能な惑星と衛星と言う方が良いんじゃないかなぁ……まあ、到着すりゃわかるさ」


この搭載艇母艦にはシュンだけではなく初代バーベール氏、ミネルバ、それに加えて地下都市の倉庫に眠っていた初代バーベール氏の個人用宇宙艇まで積まれていた。

初代バーベール氏としては宇宙艇までは要らないと言ったのだが、郷は、どうせ積むんです、荷物にならないので大丈夫ですと問題なし。

シュンとミネルバは自分たちの後釜として養成していた者たちに様々なことを託して、星を離れる。


「ところでゴウさん? 帰ってこられるのは数年後とか?」


「ん? ああ、全て終わってからだから……長くても数ヶ月ってところだろう。基本的には師匠たちが動いてくれてて、もう実質的には君らが最後に近いんだから」


シュンとしては銀河を巻き込んだ巨大な諜報組織の壊滅戦とかを予想していたので、そのゴウの言葉に意外なものをおぼえる。

数時間後……


「到着だ。これが我々の母船……というか何と言うか。母船とか母艦というレベルを越えてるとは思うんだが」


シュン、初代バーベール氏、ミネルバ。

三者ともに目の前に見えるものを頭がなんとか否定しようとしているが、リアルはリアル。


「こ、これは何だ……こんな馬鹿げたものが宇宙にあるなどとは私は聞いたこともない。こんなものを所持している国家や星があったなら、そこが銀河を牛耳っていたはずだろうが! 信じない、私は信じない……信じてしまったら私の生きてきた理由、工作員としての全てが否定されてしまうではないか!」


初代バーベール氏の叫びはミネルバに即座に否定される。


「バーベール様が、いくら拒んでも現実にあるものを否定できません。いいかげん現実に戻ってきてください。それとも自分の中に引きこもって出てこないおつもりですか?!」


「ミネルバ、お前、数万年ぶりなのに私に厳しくないか? 私が冷凍睡眠に入る前には、あれほど忠実だったではないか……」


「バーベール様が地下都市全ての機能と地上世界のことを私に放り投げて長い眠りについてから私がどれだけ苦労したと思ってるんですか? 百年以上かかって地底都市の機能を全て把握し、また地上の混沌を鎮めて、ご主人バーベール様の力を継ぐ方を探し待つのが、どれだけ大変だったか……長い眠りから、ようやく目覚められて体調や力も戻られましたようですから、もういいでしょうね。ちょっと来てください。ご主人様に言いたかったことが、どれだけあったか……文句と罵倒、そして……」


ミネルバは長い時を経て再度会えた主人に対する思いのたけをぶちまけたいようで……

引きずられていくバーベール氏が少し可哀想な気もするが自業自得だろう。

シュン、ようやく目の前の現実を受け入れたらしい。


「この宇宙船……というか軌道要塞の惑星版と言うか……で、あなたがたは何をする? あ、宇宙に遍く平和、安全、平穏を、でしたっけ。あまりにものすごい力の象徴を見せられて今までのことが飛んでしまいました」


「シュン君、今からです。ほら、師匠たちが出迎えてくれます」


六人の人影が見える。

一人づつ紹介され、こちらも。


「ゴウさんも凄い力を持ってると思ったんですが、クスミさん、でしたっけ、師匠と言われるだけありますね。とてつもない力を感じます。有機生命体に与えられる力の限界、超えてませんか?」


楠見は、こともなげに、


「数千年も生きていれば、こうなるよ。シュン君だったか、君も大変な目にあったな。下手すると君の星は帝国制になって統一、その君主の君は銀河皇国の手先となって小さい宙域を管理することになっていた可能性が高いね」


「いや、まったくもって酷い話です。まあ、従者のミネルバが教育機械に細工してくれたおかげでしょうか洗脳されて尖兵にってのは免れましたけど」


などと話は尽きない。

楠見の話によれば情報組織そのものは残っているが星間連合や銀河皇国などに縛られてはいないとのこと。

星間連合と銀河皇国の植民地体制は崩壊し今は銀河全体を管理・警備する緩やかな巨大パトロール組織が造り上げられているらしい。

それを担っている大元はRENZ。

これを与えられた者が専用の宇宙船を駆って銀河を跳び回り、あっちこっちでトラブル解決を行っているのだそうで。


「二百年前から組織を拡充していったんだけど、ようやく銀河皇国の諜報組織が潰せたのが三十年前。それからデータや過去の書類を精査していたら君たちの住む星の周辺に手を出した計画の記録が見つかってね。数万年という時間をかけた壮大な計画だったらしいけど頓挫してたようで一安心だ。バーベール氏個人は、もう老いているから罪には問われないだろうが星間連合と銀河皇国は君たちに対してのお詫びに開発援助を行ってくれるそうだ。これから忙しくなるが頑張ってくれたまえ」


一ヶ月後、非人道的な計画の証人として銀河皇国と星間連合の国家犯罪を暴く立場になったシュンは、ようやく自分の星に帰ってきていた。

ミネルバはバーベール氏に着いていくと申し出て、帰ってきたのはシュン一人。

それから数年間、シュンは殺人的に忙しい日々を送る。


「うう、ようやく書類と格闘する日々が終わったぞぉ! ミネルバの優秀さが思い知らされる……秘書も副社長も100人単位でいるのに何でミネルバ一人よりも僕に負担がかかるかなぁ……」


仕方がないとは言うものの愚痴をこぼすのが日常となったシュンだった。

銀河中央部からの「お詫び援助」としてもたらされた技術データと機器の数々。

それを、この星で使えるようにするためシュンの会社は大奮闘! 

最新の教育機械も導入されシュンたちの星系は、ようやく宇宙文明の仲間入りをすることとなる。


「あーっ! 忙しかったなぁ、この40年ほど。来年くらいで社長業を引退して、のんびりやりたいもんだ」


シュンは独り言を呟く。

宇宙へ出るにも多大な危険を伴う時代から、この数十年で銀河系を跳び回れるまでになったのは多大なる銀河皇国と星間連合の救援物資と技術データもあるが、シュンの会社が無かったら、この異星勢力の恩恵も一部の大国に回されてしまったに違いない。

超大国が手を組んで異星の宇宙技術を独り占めしようとしたのだが、シュンとその会社がストップをかける。

この星に向けての開発援助なんで独占しちゃいかん! 

と断固として全ての技術データの公開を実行する。


「……で、ですね。社長の許可を得て、このアニメの企画をやりたいと……」


今、シュンは広告代理店の営業部員の訪問を受けている。

目の前の人物が言うには半分伝説の人物となったシュンの物語を含めたアニメーションの企画を立ち上げたいと言うのだ。


「あまり個人を特定されるのは困るんですけどね」


シュンは、そう注文をつける。

最初の企画では主人公の名前すら俊一となるようだったので、あまりのことに制限をつけたのだ。

スポンサーとして参加することとなり、あまり個人業績を出さないよう注文をつける。

結果として……


「宇宙人の子孫として生まれた超能力者。その名をバベルジュニア。敵は彼に匹敵する超能力者のヤミ。バベルジュニアには頼もしい4つの下僕がいてヤミの巨大組織と戦う……良いんじゃないでしょうか、これで。完全にオリジナルになってますし」


シュンが感想を述べる。

第一話が砂漠にそびえる太古の塔に引きよせられる主人公。

砂嵐と暑さで砂漠の中で倒れてしまうところで引いて終わり。

面白い。

シュンは単純に楽しめる物語が好きなので、これには期待する。


「それで、ですね。これは2クール程を予定してまして人気が出たら劇場版と第二期もあります。それと並行して、こんな企画もあるんですが……」


「ふむふむ……大宇宙を股にかけるトラブルシューター……これ、どのくらいの規模を予定してますか?」


シュンが気になったのは期間やメディア宣伝の問題ではない。


「いえ、この作品の宇宙の規模です。銀河系を端から端まで? うーん……ちょっと小さくないですか?」


シュンの意見にプロデューサーが、


「銀河全体までカバーするのは大変なんですよ。かと言って太陽周辺だけじゃ小さいですし……」


「いえいえ、私が言いたいのは銀河を飛び出してはいかが? ということで。銀河団くらいは飛び回らないと……」


そう言いながらシュンは遠くを見ている。

あの人たちは今頃、何処まで行っていることやら……

今日もトラブル探して、あっちの銀河こっちの銀河と飛び回ってるんだろうなぁ……




****おまけ銀河のプロムナード帝国と英雄の戦い****


とある銀河に、とある皇帝がいたそうな。

でもって、この皇帝、よせばいいのにお隣の銀河を征服したいと欲をかいたそうな。


「余は皇帝である。皇帝の玉璽を持って命令する。隣接銀河を征服し、余の力が及ぶ世界とせよ」


言うのは簡単、行うは難し……

幾世代を重ねたか分からないほどに世代を経て、ようやく銀河帝国が完成したと言うのに、この若いバカ皇帝は自分の銀河だけじゃ飽き足らずに隣の銀河まで欲しいと抜かす……

宮仕えは嫌になるなと自分でも思うが、それでも自分の地位(皇帝直轄軍司令官)を思えば、この思いを吐露できるはずもなく彼は思い足を引きずりながら直轄軍司令室へと向かう。

司令室へ入ると、ただ一言、


「諸君! 皇帝陛下よりのお言葉と玉璽だ。隣接銀河を併合する!」


参謀本部も指令室にいる副官や通信部、佐官の実働部隊長達も全て驚愕する。


「し、司令官! 本気ですか?! ようやく、この銀河内の戦いが数年前に終了したばかりで、まだまだ反抗的な種族や星系も多数あるというのに……隣接銀河を侵略なんて、そんな余力が残っているわけ無いのは司令官が一番ご存知のはずでしょうが?!」


そうなんだ、内政に力を入れるしかない時期に、こんなお馬鹿な侵略政策ブチ上げる皇帝陛下はクソ野郎! 

ああ、この鬱屈したい思いを誰かに言えれば……


「そうだな、それでも皇帝陛下が宣言して玉璽により命令を発したなら、それは我々軍人にとり従わねばならぬ仕事となる。さあ使える宇宙艦隊と宇宙兵団を徴発しろ! ここは無駄話をするカフェではない、新しい帝国領土を分捕りに行くんだ!」


ここでは私の言葉は自由にならない。

思いと発言が違うのは、いつものことだ……

数週間後、第一侵略大隊が、なけなしの予備兵たちの中から選ばれて、とりあえずの軍事教育を施してから隣接銀河に旅立つことになる……

私がいるのは、またもや(司令室ではなく)皇帝謁見の間。

このバカは、いちいち軍事行動を自分の口から言わねば気がすまないらしい。


「皇帝である余は希望する。早急に隣接銀河の領土を! 司令官、これを早期に実現せよ」


反論も許されず、ここでは発言も許されないため私は頷き、敬礼し退出する。

あのバカ! 

どこまで脳みそお花畑なんだ?! 

侵略船団持っていけば向こうが無抵抗で迎えてくれるとでも? 

戦争してるのは現場だ! 

身体だけは見た目立派でも、あのバカ皇帝の脳みそは小学生のガキ大将から一歩も成長しておらん! 


ああ、いっそ、こっぴどくやられてきてくれないかなぁ……

直轄軍司令官などという名ばかりの指揮官など、いつでも皇帝陛下に叩き返してやるのに! 

今の私は最高指揮官でも何でも無い。

ただの中間管理職だ……

ああ、胃に穴が開くのも時間の問題だろうなぁ……

隣接銀河征服軍、第一大隊は今頃、どこを跳んでおるのやら……


司令官の胃に穴が開きそうな事態になっているのも知らず、ここは皇帝の楽観的希望と司令官の暗い希望の両方がガッチリと乗っかってしまった当の艦隊、旗艦のブリッジ。


「艦隊指令、もう行程の半分は過ぎました。まあしかし、この長征は言っちゃあ何ですが無茶ですよねぇ。この第12.5艦隊……おっと! 改名して第1大艦隊でしたっけ。寄せ集めも良いところの艦艇ばっかしですから」


「副官、もう少し言葉を選び給え。まあ君の正直な発言を期待して私も君を副官に推薦したんだが。何しろ、この艦隊は名にし負う「トンズラ艦隊」と参謀本部では陰口叩かれてるくらいの負け犬……いや違うな。戦の引き際を他より少しばかり敏感に感じ取るやつばかりが揃った艦隊なんだから。倒した敵、沈めた敵艦艇は少ないが、こと被弾数と撃沈された艦艇数は他の部隊を圧倒的に引き離して少ない」


「本音を吐きましょうよ、指令。指令自身が撤退を早期に命令しすぎて閑職に回された口でしょ? かく言う、この私もそうですが」


「逃げ足を誇りますか……まあ、逃げ足は速い御仁が二人も揃ってるんですから。少なくとも、この侵略艦隊が手ひどくやられるわけが無い」


と、艦長すら軽口を叩く。

普通なら揃いも揃って軍法会議ものなのだが、この艦隊を集結させるように指示・命令を出したのは直轄軍司令官その人……

参謀本部すら、

司令官は目が曇られたか?! 

とか叫んだとか叫ばなかったとかいう噂まで出たほどの人事。

そろそろ、お隣銀河の縁に到着しようという時、当該銀河では……



「シュン様、どうされました? お空を見つめて難しい顔を……」


ここは当の隣接銀河の端に位置する田舎星系にある一惑星。

そこでは中央星系からの技術移転に成功した証として大きな宇宙港と軌道エレベータが。

そして、その奇跡を成し遂げた立役者の一人、シュンこと俊一は、その年齢に似合わぬ鋭い視線を、さっきから空へ向けて……

いや、その先、宇宙へ向けて送っていたのだった……


「ふむ……最悪の予想が当たったか……秘書君、ちょっと中央情報局と宇宙軍へ連絡をとってくれたまえ。誰に? 情報局長官と宇宙軍司令長官だ。至急、頼む」


この銀河に戦いの火柱が上がろうとしていた……



「司令……隣接銀河の縁に着きました。指令書では、ここで侵略戦争……じゃない帝国領土拡張行動を起こせと書かれていますが……何をしようにも物資もエネルギーも底をついているのですが……どうしましょう?」


銀河帝国侵略艦隊(正式名称は帝国領土拡張艦隊)第一大隊旗艦の艦長は、やっとのことでたどり着いた隣接銀河に対する武力行動など出来るわけありませんと説明する。

だいたい侵略行動に出るためには補給も考えた戦略が必要なのに今回の長征では補給艦隊などあるわけもなく、ほとんど手弁当だけで往復一年以上もかかる旅に放り出されてしまったようなもの。

直轄軍司令官が何とか常駐軍の予備燃料までかき集めてくれて隣接銀河への片道燃料は確保できたが根本的な物資や燃料不足は解消されるわけもなく行った先で物資も燃料も何とかしろと送り出された名ばかりの侵略艦隊。


「はぁ……まずは向こうとの交渉から、だな。しかし考えようによっちゃ、これは幸運かも知れないな。なにしろ、あの皇帝の目が日常的にある宇宙では交渉するより先に急襲爆撃してから最後通牒を出せと言われたものだ。自分だけが正しいと思いこんでいる最高権力者が名にしおう大馬鹿では戦争すら赤っ恥の連続になる」


艦隊司令が、ようやくまともな交渉からの戦闘行為ができると笑みを浮かべている。

予告もなしの急襲爆撃と徹底的な破壊戦術は銀河帝国を最終的な勝利者にはしたが後が大変だった。

徹底的な破壊からの復興は負けた方には何も残らない。

必然的に勝利者である帝国側からの持ち出しで新しい帝国領となった星へ復興資材と大金が注ぎ込まれていく……

銀河平定後の帝国に資金も資材も燃料も残らないのは自業自得というものだった。


「では司令。これからの行動をご指示願います。とは言うものの、もうすぐ待機ポイントに駐留するための燃料すら尽きますので早急にお願いします」


副官が行動計画を急かす。

彼には刻一刻と減っていく各艦の燃料ゲージが報告され続けているのである。


「よし、まずは早急に補給を確保しよう。艦長、この付近の通信から一番テクノロジー的に高いだろう星を選んでくれ。できれば近い星系が良い。燃料を確保できなければ我々は行動不能になり、戦闘どころか帰ることも不可能になる」


艦長が通信部門へ指示を飛ばして数時間後、とりあえずの目的地が決定する。


「ここなら今の燃料でも充分に寄港可能ですね。では砲艦外交と参りましょうか」


副官が思ったよりも手近な星になったので喜んでいる。

艦隊は、その威容からは想像も出来ない内容(燃料ギリギリ、食料も資材も兵器すら最低限度のものしか無い)で目的地の星へ向かう……



一方、その目的地では一人の老人(年齢的には。見た目には中年というところだ)男性と、こちらは見るからに中年男性二人が深刻に話し込んでいる。


「シュン様、情報局でも数分前にキャッチしました敵対勢力の大艦隊、そのお力で既に察知されていましたか……問題は、この大艦隊が攻撃的なものかどうか? ですな」


情報局長が話を切り出す。

宇宙軍司令長官が後を受けて、


「そうですな。穏便に話ができるようならともかく、出会い一番で主砲を撃ってくるような艦隊ですと否応なしに、こちらも撃ち返す事になります。はぁ……ようやく銀河が一つになって戦争も無くなったと言うのに何で今さら、こんな大艦隊が現れるのやら……それにしても何処からやってきたのでしょうかね?」


その質問にはシュンが。


「まだまだ遠いんで少ししか読めなかったけど、あの大艦隊の司令官? らしき人物が銀河帝国皇帝のことを考えていた……この銀河には、もう帝国制をとっている星も星系も無いから、そうなると答えは一つ。お隣の銀河だろうね……跳躍航法の暴走事故で何隻かこちらで救助した隣接銀河の船があるけど惑星同盟軍とかいう小さな勢力と圧倒的に大きな銀河帝国軍とが未だに内戦やってるらしい。まあ大勢としては銀河帝国側の圧勝なんだろうけど。今回の大艦隊は、もしかすると、こちらへの侵略を目的とするかも……」


双方の内情は分からずとも必然的にぶつかることとなる2つの勢力代表であった……



省エネ航法を余儀なくされている銀河帝国侵略艦隊、それでも徐々に目的星系へ近づいていく……

シュンこと俊一は、すぐに動ける宇宙船を掻き集めて防衛艦隊を作る。

情報部や宇宙軍は動き始めているが組織としての動きは遅い(帝国制度と自由主義制度は組織の動きが段違い)

燃料や物資は軍の緊急用を使用する許可を出してもらっているのでシュンの防衛隊はすぐに動く。


「シュン様、こんな小さな艦隊で、あんな大艦隊と戦えますかね?」


民間の大型船ばかりで構成された防衛艦隊は攻撃力が無いに等しい。

とは言えガルガンチュアからの一部技術移転で高性能エネルギー炉と附帯技術の防御シールドだけは最先端技術で相手方より勝っていた(銀河帝国側にガルガンチュアの技術が無いのは球形艦が一隻も無いことで予想がついていた)


「何とかなるだろうとは思うが相手方の事情の詳しいことが理解できないと何とも……まあ、こっちの防御シールドを最高度にしておけば、そうそう簡単にやられることはないと思うがね。しかし、返す返すも向こうにガルガンチュアの技術やテクノロジーが渡って無くてよかったと心から思うよ。まあ、あんな好戦的な種族ではガルガンチュアが来てたら逆に帝国制が終わってたかも知れんが……」


シュンも防御は完璧だが、こちらの攻撃手段にロクなものがないのは認識していた。

こういうことになると知っていればガルガンチュアでなくともゴウさんの専用宇宙船の武器だけでもデータが欲しかったなぁ、とは後の祭りだと分かっちゃいるが無い物ねだり。

シュンは、できるだけ星系から離れた宇宙空間で邂逅しようと防衛艦隊を急がせる。

こうして目指す相手が自分に向かってきている状況で進んでいれば……



「司令! 見たことのないタイプの宇宙船、具体的には球形艦の一群が、こちらへ向かってきます! こちらの銀河の宇宙軍かと思われますが」


艦長から報告受けると艦隊司令がおもむろに、


「ちょうど良かった。こちらのエネルギーも一部では最低限を切った、交渉で燃料や物資を譲ってもらうか」


と言うことで、まずは通信のやりとり。こちらの目的(お隣の銀河からやってきた銀河帝国からの先遣艦隊。目的は、こちらの銀河を銀河帝国へ吸収合併。しかし強硬策は取りたくないと伝える)と燃料や物資を融通してほしいとのお願いも付け加える←こっちが本命ではあるが

シュン率いる防衛艦隊も相手が攻撃的な侵略者ではないと分かり一安心。

とりあえず一部の燃料と物資を融通して、その代わりに会談の機会を設けて欲しいと交渉する。


「ようこそ、こちらの銀河へ。隣接しているとは言え銀河間を渡るのは大変でしょう。こちらも小艦隊ですので、お譲りできる燃料や物資は少ししかありませんが、そちらが信頼できる相手と分かればドックも使用可能となりますよ」


ここは銀河帝国艦隊旗艦ブリッジ。

消耗品と燃料を持ってきたついでにシュンを代表として交渉団を結成し現在は艦隊司令、副司令、旗艦艦長、副長などの相手方重鎮との交渉会談を行っているところ。


「それは嬉しいですな、シュン殿。しかし、こう言っては何ですが、こちらの銀河ではユニークな宇宙船デザインが流行しているのですか? 球形船というのは確かに理想的な形だと思いますが、他のデザインが無いというのは徹底してますな」


副司令が独特の視点から質問をする。

彼らから見ると(実は民間輸送船ばかりだが)大型艦のように見える直径300mの球形船は脅威と取られる。

旗艦や宇宙空母などから見れば小さいのだろうが大半を占める軽巡洋艦以下の艦艇より大きいのがゾロゾロと目の前にいるのだから。

銀河帝国の艦隊の半数以下と数は少ないが球形艦の運動性は見た目では判断できない。

それどころか前後の区別もないデザインでエネルギー噴射口すら見当たらないので彼らには防衛側の武装や防御力、運動性能も全く予想がつかなかった……


「ええ、こちらの銀河では、およそ50年前からですかね、全ての宇宙船を球形船としております。そちらの宇宙船デザインを見る限り球形というのは試みられたこともないように見受けられますが?」


「はい、銀河帝国では角型を基準としております。このほうが工廠で大量生産しやすいのですよ。球形船は大量生産に向かないのでは?」


旗艦副長が科学主任も兼ねているためテクノロジー関係のほうへ質問を変えようよする。

交渉や会談は相手の本音を引き出しやすく、またフェイク(嘘)に関しても様々な点から見抜きやすい。

しかし帝国側は肝心なデータを知らない。

交渉のリーダーとなっているシュンという人物は強力なエスパーである。

特にテレパシーは、こちらの銀河では敵うものが見当たらないくらい。

普通に会話を楽しみながら、この艦隊にいる様々な階級の軍人たちの情報・データを吸収していく。


「球形船を大量生産するのは割と簡単ですよ? ただし多種多様な艦種とかは無理ですがね。少しお聞きしたいことがあるんですがガルガンチュアとかマスタークスミとかいう名前、言葉を、そちらの銀河で聞いたことはあるのでしょうか?」


「いいえ、そのような単語は聞いたこともありません。何処かの方言でしょうか?」


艦隊司令が代表して答える。

シュンは満足して会談を終え、自分の船に戻る。



「ふふふ、テクノロジーに関しては一部を除き相手方が数段階リードしているな。しかし肝心なエネルギー炉と防御シールドに関しては、こっちが完璧に上だ。ちなみにコンピュータテクノロジーの方も相手が上なんだが……あっちは個性どころか自意識の芽生えすら感じられない。こいつは、ちょいとしたトラップを仕込めるぞ、ゴウさんに教えてもらったやり方で……うふふふ……」


悪い笑顔をしたシュンを、またやらかす気だよ……

と、呆れ顔で見る幹部たち。


「ほぅ……この銀河では、ここまで災害救助がスムーズなのですな。我が方の銀河では、どうしても領主や代官が救援を求めたがらないものですから被害が拡大してしまうんですよ」


ここは、シュンたちの銀河の一星系。

巨大な小惑星が星を直撃したが直後に宇宙救助隊が出動し今は瓦礫の撤去作業中。

救助可能な生命体は99.9%まで救助済。

それでも直撃を受けてしまった地域の死傷者数は凄かったが……


「司令、我が銀河では天災は避けられないとしています。災害後、いかに素早く救助の手を伸ばせるか? それが重要だと認識しています。ただし、これが可能なのは我々の銀河が身分的に全て平等なため。あっちは救うが、こっちは救わない、などと取捨選択する手間を無くしているので、このように素早い救助が出来得るわけです」


シュンの説明に艦隊司令は一応の納得はするが全面的に肯定など不可能なのは帝国制だから。

初めての会談から、もう数週間が経っている。

現在、帝国艦隊は修理や整備、燃料補給のためにスペースドックへ入渠中。

もちろん、シュンの息のかかった会社が運営・管理しているドックだ。

乗員も、半舷休息どころか全面的に宇宙艦から退去し、これもシュンの会社が株の大半を持っている高級ホテルへ分散して宿泊している。


「う、うーむ……帝国で、これをやろうとするなら様々な理由で地方貴族たちの反発を買うだろう。救助隊は、いつでも発進可能となるが救助要請が遅れてしまうわけだな」


司令官が、もし、このシステムを銀河帝国に導入したらと頭の中でシミュレーション……

うまくいかないと、すぐに結論が出てしまうのが情けない……


「すまないな、シュン殿。装備品などは我が銀河帝国でも使えると思うが救助体制と救助要請が遅れに遅れてしまうだろう。皇帝陛下の思惑、貴族連中の見栄や意地、さらに言えば救助隊となる部隊の品格など様々な要件が違いすぎる」


今までは、こちらの銀河を帝国より下に見ていたが艦隊司令は、それが大間違いだったと判断する。

身分が無い、誰もが同じ銀河市民というのは、このように災害時に有利に働くこともあり得る。

帝国制が何でも勝っているというのは幻想に過ぎない……

まあ自由主義が劣っている点もあるが。


「シュン殿、ありがとう。さまざまな星を見学させてもらい最後に災害救助の現場まで見せてもらった。我々が今からこの銀河を制覇しようとしても決して上手くは行かないだろうと理解した。まずは友好と貿易を最優先とするように皇帝陛下に奏上するつもりだ。しかしなぁ……これは恥となるのだろうが今の皇帝陛下は脳筋、いや戦争バカに近いからなぁ……本当なら隣接銀河を征服するなどという余裕すら今の我々には無いと言うのに……」


本音を、ついに吐露する艦隊司令。

侵略行動を取るとして、ここまで対応力の高い組織があることを見せられると土地勘すら無い帝国艦隊が迎撃に出てきた艦隊に引きずり回されて消耗させられるのが目に見えている。

そして予想通り、こちらの球形艦の運動性は、こちらの科学班の予想を超えるものだった。

10Gを超えるだろう回頭や軌道変更をしても乗員に何ら負荷がかかったような風には見えない。

ちなみに銀河帝国艦隊の最大負荷Gは5Gまで。

形状が長方形というのもあるが、あまりに高いGは艦そのものが耐えられないのだ。

そういう事情もあり帝国艦隊の跳躍航法も、こちらの銀河の宇宙船に比べて短い。

あまりに大規模な跳躍をすると艦体と乗員が跳躍時のショックに耐えられないから。

隣接銀河(一番近いところで数千光年しか離れていない)だから、ここまでの軍事行動が可能になったのだろうが皇帝陛下に隣接銀河侵略の提案をした人物を絞め殺してやりたいと艦隊司令は思っていた。


「それなら救助機材のデータを差し上げましょう。こちらからの友好の証です。さすがに球形船のデータはお渡しできませんが。では帰りの燃料や食料、資材も積み込んでおきますね。あ、再度来られても分かるように部分的ですがこの辺りの星図もデータに入れておきましょう」


シュンは至れり尽くせりの歓待をする。

それから一ヶ月後、すっかり打ち解けた両者は名残惜しそうにスペースドックを離れる。

燃料は満タン、省エネに徹さなくとも順調に故郷の銀河に帰れる帝国艦隊。

艦隊司令は侵略は何も進まなかったが得るものは大きかったとご満悦。

片や、シュンは……


「さーて、と。あの帝国艦隊に仕込んだトラップは、うまく働いてくれるのかね? 働かないようなら艦隊司令が上手くやったんだろうしトラップが働けば自動的に帝国制は終了……まあ、あの艦隊司令や一部の平和派軍人たちは助かるだろうけれど皇帝と貴族の大半は追放・幽閉・流罪ってところだろうなぁ……どうなるのやら、お楽しみってとこだね」


ガルガンチュア譲り(クスミではなくゴウから教わった)のコンピュータへの強制的な自己認識付与方法。

整備中に銀河帝国の宇宙艦制御用コンピュータをチェックしてみたところ案の定、高性能ではあるが自己意識も何もない。

便利なデータベース検索装置としてしか使われていないものが突然に自我を持って自己主張してきたら……

シュンは笑いをこらえることが出来ずにいた。



シュン達は待った、更なる侵略艦隊の来訪、または襲来を。

しかし5年待っても10年待っても15年待っても第二次侵略艦隊は来なかった……

もう来ないのか? 

侵略を再開するか諦めたのか、それだけでも知りたかったが……

第一次銀河帝国侵略艦隊が去ってから20年目。

ついに隣接銀河からの新艦隊がシュンたちの銀河にやってきた……


「シュン様! 隣接銀河からの大艦隊です! およそ1500隻にも及ぶ大艦隊、しかし……」


通信士から歯切れの悪い言葉が出る。

シュンは、


「どうした? 何かおかしな点があるのか?」


シュンの疑問に答える通信士。


「は、はい。その艦隊は全て我々の主力宇宙船となっている球形艦です。それも、こちらの主力、直径300mよりも一回り以上大きな直径500m艦ばかりで構成されています。今回ばかりは、どう足掻いても勝てないかと……」


しかし、それを聞いてシュンは大笑いする。


「く、くくく、くくくく……は、ははははははは! あーっはっはっは! やったぞ! 見事にトラップが発動したんだ! あれは和平の使者としての艦隊! 侵略なんかじゃない! わーっはっはっは! 勝ったぞ、我々は一発のミサイルも一回のレーザー砲も撃たずに見事に勝ったんだ!」


笑いが止まらないシュンを尻目に他の防衛軍関係者は何が起こったのか理解不能という顔でシュンを見つめている……

隣接銀河からの大艦隊は前回渡した星図通りにシュンの住む惑星へと進路をとってくる。

今回はシュンの意向で迎撃艦隊は出さず充分に近づいたところで通信回線を開く。


「ようこそ再度の訪問を歓迎します、隣接銀河の兄弟となりし方々よ」


シュンの歓迎文は横で聞いている者たちには理解不能。

しかし、


「歓迎ありがとう。前回の大きなお土産のせいで我々の銀河帝国は崩壊し数年で銀河連邦と化しました。今では帝国時の抵抗勢力すらも仲間となり平和で高度な自治体系を築いております。今回は、こちらの銀河にも連邦に加盟していただこうとのお誘いのための行動です」


へ? 

通信室ではシュン以外、頭にクエスチョンマークの特大版が浮かぶのだった。

お隣の銀河帝国ではシュン以外、誰も分からない劇的な変化があったようで……


宇宙港が、いくら広大とは言え1500隻もの500m球形艦隊を着陸させるスペースなど無い。

代表艦に着陸してもらい詳しいことを協議して、こちらの銀河連盟に図ることとなる。


「シュン殿、お久しぶりです。いやー20年前には、えらい目に会いましたよ。まあ全てが良い方向へ転がったので不満は申しませんが……しかしシュン殿も人が悪いですな、あんなトラップを艦隊旗艦のメインコンピュータに仕掛けるとは」


「お久しぶりです司令……いや、今は銀河連邦の全権大使殿ですね。秘密のお土産が役に立って本当に良かったです」


お互い他に言いたい愚痴も嫌味もあったりするが、この会話で全て水に流すことに決めたようだ。

侵略艦隊帰還後の詳細を聞くと、とんでもないことになっていたようだ。


「一戦も交えずに、それも侵略する相手から整備やら資材、燃料も貰って帰ってきたことが皇帝陛下の逆鱗に触れたようでして。我々、第一艦隊の乗員全てが軍法会議と即決でした……ただし、そちらから貰った救助資材や機材のデータ・マニュアル等がコンピュータのデータに入っていると聞くと新しいもの好きで独り善がりの皇帝陛下には興味を惹かれたようで」


「ふんふん、それで、旗艦のコンピュータを内緒でハッキングしてデータだけ盗みたくなったと?」


「そうですな、その通り。しかし、まさに、その瞬間! トラップが発動して旗艦のコンピュータが落ちてしまい制御不能となって……しかし数秒後に自動的にシステムが立ち上がったら更に驚くべきことにコンピュータが自我を持っていたことです! 我々は軍法会議にかけられていたので、その光景は見られなかったのですが後から聞かされて……命が助かったと同時に、こんなことが出来る人物がいるなどというのは、この銀河だけだろうと思いましたよ」


「んー、まあ、あのトラップと言うかコンピュータを計算機械から自己意識を持つ機械生命体と化す方法というのは実は私が思いついたことじゃないんです。この銀河には遠い宇宙からの来訪者が過去にいましてね……」


「そうでしたか! 理由が判明しましたな。そうですか、ガルガンチュアという巨大な合体宇宙船……一隻でも衛星や惑星に匹敵する大きさの宇宙船が数隻合体しているという……想像だにしない超科学・超技術の塊ですな。もし銀河帝国へガルガンチュアが来ていたら……早晩、帝国が瓦解する未来しか思い浮かびませんなぁ、あははははは!」


現在は皇帝や貴族は身分抹消の上追放。

手配書は全ての連邦加盟星系に渡っているため皇帝や貴族は未開拓の無人星へ行く他に選択肢がない。

新しい銀河連邦は宇宙軍を解体し災害救助と紛争解決のみに特化した防衛救助隊という大組織に変化した。

その組織の使う宇宙船は全て球形船。

今までの帝国の科学力で一番大きくて量産可能な船体が500m艦のため、工廠を手直しして民間も含めて全てが球形艦となるのに時間はかからなかった。

あっちこっちで数年間は反乱(帝国の生き残りとか帝国時代の抵抗勢力であった惑星同盟の首班←こいつ誠実そうに見えて実は自分の手に銀河を握りたいと野望に燃える悪人だった)勢力が狼煙をあげたが一気に鎮圧される。

理由? 

今まで自由自在に使ってたコンピュータに自己意識が芽生えているため平和を乱すものにはコンピュータは沈黙する……

ただそれだけで反乱が立ち行かなくなるのは自明の論理。

妙に面白かったのは新しい、軍に代わる防衛組織の人員選抜。

旧帝国軍や小さいけれど頑強だった惑星同盟軍の、いわゆる「日和見主義」とか「逃げ足だけは速い」とか悪しざまに言われる者たちが組織の中核に選ばれる。

積極的に戦いを好む者たちは末端の現場へ送られるか、それとも組織から弾かれるか。

20年近くも経てば組織には無謀な行動をする人物はいなくなる。

組織全体としては、より効率の良い運用が可能となり救助も紛争調停も事態が起こればすぐに駆けつけられることになる。

銀河内が安定したため、ではお隣の銀河にも……

ということで、この船団となったわけ。


「今すぐとは行きませんが至急、この連邦加盟に賛成できるように議会を動かしますよ、大使。まあ、見てて下さい」


シュンの一言は、その銀河の未来を予言するものとなった……

銀河連邦が2つの銀河だけではなく周辺銀河も飲み込んで宇宙平和を急速に拡大させていくのは、それから一世紀も経たない……