第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター

第四十五話 修羅の星

 稲葉小僧

[ジャールマン帝国]

今日も今日とて、ここは戦場……

北部戦線、異常なし。

などと言うのは軍上層部ばかり……

北のキツネ野郎に焦土戦術を取られ、兵士たちは勝ち戦なのに進めば進むほどに食料も水も補給が細くなっていく。

飢え渇いて、戦場に出るのが初となる二等兵達は粗末な配給でも大喜びしているが……

次の配給が未定ということを知っているのだろうか? 


ここはテラコッタ大陸ジャールマン帝国(わが祖国)に隣接するロールシア連邦を構成するマーム共和国……

であった土地。

精鋭揃いの我が帝国を侮り、北の妖怪キツネが侵略行動に出てきたので追い払ったら、あれよあれよという間に共和国首都まで来てしまい、あまりの逃げ足の疾さに驚いているところだ。

今頃は軍の参謀部だけではなく上層部にまで、これが撤退を真似た焦土戦術だったと報告が届いていることだろう。

ただし、あの阿呆バカ揃いの皇帝直属参謀本部の面々が、その報告を信じるかどうかは別の話。


皇帝陛下ご自身は利発、才気煥発なお方であるが、その周りを取り囲む直属部隊は近衛兵団以外「戦争で儲けよう」という意識を形にしたような奴らばかり。

軍の参謀部より皇帝直属参謀本部のほうが立場は上なので、本来は真っ先に最新情報を把握し、戦いの指針を皇帝陛下にお示し頂かねばならぬところを……

あの商売バカのエセ参謀たちにかかっては、この焦土戦術すら自分たちの利益となす勢いで、工兵部隊に臨時とは言え簡素な町並みまで建築させている(こんな事をやっているから我が軍の進撃速度が最低になるのだ。味方が足を引っ張っている状況ならまだしも、これでは利敵行為としか考えられない!)


皇帝陛下は周りの口車に乗っているのか、


「敵国とは言え平民に罪はない。簡素な住居でも良いから住める場所を作ってやるのが上に立つものの義務だろう。住む場所と配給を与えてやれば、我が帝国に好意的になるやも知れぬ」


とのお達し。

陛下、まことに不躾ですが(ほんと、皇帝陛下の御前に出て意見陳述が許されるならの話だが)


「欲の塊のような宦官たちを今すぐにご聖域から放逐して下さいませ。そうするだけで帝国は、まだまだ勝ってご覧に入れます」


と叫びたい! 

以上の理由で我々最前線で戦う者たちは、行くも焦土地獄、退くことは許可されないという無茶苦茶な状況にある。

わが祖国、我が配下の兵に弱兵はいない。

最前線でも我が部隊における兵員の損耗率は、ほぼ零%。

これも我が帝国が世界のどの国よりも魔導力の研究において最先端を突っ走っているからに過ぎない。


アーメリゴ合州国が我が国に宣戦布告するという噂も有るが、今の状況でそれをやれば世界全てが戦の炎に焼かれかねない(我が帝国にある禁術指定された魔導を使えば、遥か海の彼方に有るアーメリゴ合州国の首都をまるごと焼き尽くすことも可能だ……ただし、魔導軍の重鎮、陸海空の魔導部隊の半分以上が使い物にならなくなるほどの魔導力が必要とされる術であり、完全に共倒れになることは向こうもこっちも知っている……ちなみに同じ事を数を頼みにアーメリゴ合州国側がやることも可能)ので、こいつは噂に過ぎないだろう。


さて……

今日も我が大隊は魔導力を有効活用するために一仕事するとしようじゃないか! 

ん? 

仕事とは? 

と問うか。

決まっているではないか、こいつ(巨大砲列)を使って数十km先の敵陣地を吹き飛ばしてやるのだ。

我々、偉大なる帝国の尖兵として、この巨大なる砲列が有る限り、どこまでも敵を駆逐するだけだ。

まあ、穴だらけになった土地を均し、そこに小さな町を作っているのは工兵達であり、輜重隊が少ない配給を恵み、そして市民の中に潜むレジスタンスを見つけ出して潰すのは歩兵大隊の役目なんだが……


「砲角度調整! 角度固定! 弾こめー……よし。全軍、ぅてーい!」


さて、と。

これで我が軍は、またまた敵地深く前進していくわけだ……

補給線が心もとないと言うのになぁ……



[ジャールマン帝国皇帝の独り言]

この修羅地獄のような世界に私が放り出されたのは何故なのだろうか? 

確かに私は転生前の記憶を持って生まれてきた。

あまりに悲惨な大規模列車事故の犠牲者の一員であった私は、いつの間にか見も知らぬ空間にいた。


「や、唐突だと思うだろうけど、君には生まれ変わってもらうよ……とは言え今度の転生先は地球じゃない。銀河系や周辺銀河でもない、全く別の宇宙とも言えるほどに遠くの銀河に有る星だけど。まあ、君にノルマを課すわけじゃないから安心してよ」


「えーっと……転生という事は私は死んだということですよね。良ければ死んだ原因を教えていただいてもよろしいですか? 神様……ですよね?」


「うんうん、頭の切り替えが早くて助かるよ。他の人たち、自分が死んだってことにも納得行かなくて、早く仕事場へ送れとか商談に間に合わないから何とかしろとか面倒な人たちが多かったんだ。あ、そうだった……君の死亡原因は列車事故だよ。いやー、凄かったよねー、あれは。ATCが誤動作して最高速度に達した夜行列車が正面衝突したんだよ。乗員、乗客、ほとんど満員状態の列車が八両編成同士で正面衝突だからね……生きてる人がいることが奇跡の状況だったんじゃないかな?」


そうか……

たまの連休ってことで贅沢に夜行列車の旅に出たのが災難の元だったか……


「今の状況、私が死んだ原因、全て理解しました。で? この私に何を期待して転生させてくれるんです? 無条件ってことはないと思うんですけど……それほど宇宙は甘くないですよね」


「うっふふふふ、さすがだねぇ、君は。こういう人物を転生させると、あっちの世界への衝撃が大きいだろうな。君を転生させる条件は、だね……実は、あっちの世界は戦いばかりでね。もう百年どころじゃない間、大きかったり小さかったりの戦争が続いてるんだ。君、この戦争を終わらせてくれ」


はい?! 

戦争ばっかりの世界に転生して、戦争を終わらせるってぇ?! 


「無茶言わないで下さい。どこの世界に、転生して赤ん坊からやり直して普通の人生送る運命に有るやつが世界規模で戦争やってる星の戦争状態を終わらせることができるって言うんですか?! 中世の剣と魔法の世界へでも送られて魔王倒せって言われる方が、まだ実現性ありますって。ちなみに剣と魔法の世界じゃないんでしょ?」


「ああ、普通に銃と大砲使って戦争やってる。でもね、魔法あるよ」


へ? 


「魔法が有る世界ですか?」


「うん。正確には魔導力って言うんだけど。その魔導力を蓄積・増幅する装置もあって、君が転生する先は奇妙な科学技術が発展してる。航空機も戦車もないけど、その代わりに魔導力を利用した空飛ぶ魔法使い戦士が空を支配し、ミサイル代わりの大規模魔導力攻撃もある。面白い世界だってのは保証するよ」


へぇ……

って。


「物騒ですね。そんな世界で私が転生したって私一人の力じゃ何も出来ないでしょうが?」


「そのへんは大丈夫。とてつもない権力を持つように転生するからね。ちなみに、魔動力は、けっこう強く持ってるように生まれるだろうから、そのつもりで……まあ、その力は使う機会が限られるだろうけど」


「まあ、せいぜい頑張ってみせますよ。英雄や勇者とまでは行かないでしょうけど」


「いえいえ、そうでもないかもよ……それじゃ、頑張ってねー!」


眼の前が白いベールに包まれたようになっていき……

暗黒の長い道を通り抜けると……

オンギャー! 


「まあ、立派な男の子でございますよ、おひい様」


「この子が次の帝国皇帝になるのね……今は戦いも大きなものじゃないけれど、この子が帝位を継ぐ頃は、どうなっているのやら……」


お母様、実は聞こえているし、理解してるんですよ、この赤ん坊は全てを……


私、いや、言い方を変えよう……

余が帝国の全てを手にしたのが今から5年前……

いやはや、先帝の政治方針は滅茶苦茶だった。

肉親を批判したくはないが、それにしても。

あっちへ宣戦布告し、こっちへちょっかい出し、さらに遠くの国へ陰謀を巡らすという、いやはやなんとも、な父様であった先帝。

せっかく帝国国民が頑張って領土を分捕ってきても、それをうまく活用できない脳筋皇帝で、新しく帝国領土となった地域の人民には過酷な税と人頭割の強制労働を申し付ける始末……

これでは従順な羊も反逆するだろう。

余が幼児の時には、もう周りの者たち(乳母、執事、料理長含めメイドたちまで)は全て余の手駒と化していた。

まあ、1歳にもならずに喋れる、どころか演説に近い台詞まで言える乳児が何処の世界にいると? 

おまけに父親の血筋か(母親は帝国の辺鄙な地方官僚の娘だったらしい。けっこう苦労してきたので父親との唐突な見合い結婚にも我慢して、なんとか夫婦生活と皇族生活を両立させているようだ)カリスマが凄い。

父親たる先帝もそうだが、官僚や軍部、諸国の大使クラスですら魅了されるほどのカリスマ力を持つ家系のようで、余も子供の頃から、このカリスマを利用して貴族の子弟たちを学生の頃から管理・監督する立場に就いてきた。


寄宿学校で5歳から15歳まで過ごし、それからは全寮制大学(貴族や軍部の尉官以上、または財閥の子弟のみというブルジョワジーな学校だが中身は超のつくスパルタ! 専門課程は、ここを卒業したら、そのまま社会へ出ても通用するという実践主義)に。

余は国際法や戦時法、国家間の揉め事を解決する様々な方法やら実例を叩き込まれ(あの教師には感謝しつつ、いつか復讐してやるとも。宿題の提出が遅れたからと銃口を向けられた時には本当に命の危機を確信した)飛び級で卒業したのが18歳……

教師・教授らが驚愕していたが前世の記憶を持つ余には復習でしかなかった。


さて、それから懐かしき帝国宮廷へと戻り、暗躍に暗躍を重ねて先帝の信頼を全てこちらへと移し、仕方がないとは言え取り巻き(補佐官とはよく言うが、己の欲にまみれた、皇帝という大魚のおこぼれを狙う小魚たちだ)の関心を先帝から引き剥がし、2年間の雌伏をもって余は先帝に譲位を迫った。


「父上、貴方のやり方では周囲の国に恨みを募らせるばかりです。力で抑えるだけでは人民は反発するだけ、何故にそれがお分かりになりませんか」


「息子よ、そなたの言いたい事は理解できる。しかしな……そんな事をやっていたら、この帝国そのものが潰れてしまうのだ。儂は、まず全てを叩き潰してから下々の者たちを救おうとしているのだ。お前のような同情など帝国の瓦解に繋がるものだと何故に理解せん?」


「いえ、帝国が瓦解することなどありませぬ。私は慈悲の手を差し伸べて、我が領土となりし土地に住む新しき帝国臣民の信頼を勝ち取ってみせましょうとも」


「ふっ……甘い甘い。しかし、今はそなたの方が強い。私は潔く隠居するとしよう。親子のつながりは強いぞ、お前が困った時には、いつでも父を頼るが良い。しかし、先帝を頼るなよ……皇帝は迷ってはならぬ」


こうして(こんなに、すんなり行ったわけじゃない。すったもんだはあったが概ね順調に譲位はなった)余の時代となったが……

どうして臣民は理解してくれないのだろうか? 

苛烈な先帝の時代では考えられぬほどに税も下げ、領土となった土地の新しき臣民にも変わらぬ税率と衣食住を保証している。

軍の一部では、余のことを「菜食帝」と陰口言って、先帝の二つ名「赤獅子帝」に比べて情けがありすぎると言っているらしいが……

困ったものだ。


ちなみに取り巻きはやかましいが、余は取り巻きに関心は払わない。

信用するのは子飼いの親衛隊指揮官だけだ。

今日も今日とて彼はロールシア連邦からもぎとった新しき土地と臣民たちの動向を伝えてきた。

まだまだ帝国も余も信頼されてはいないようで。

ただ、西部戦線や東部戦線、南部未開拓地での領土開拓や増加臣民たちは、ようやく帝国と余へ信頼の心を少しは持ってくれたようで。

昨年まで多数いたコミュニストや無政府主義者、臣民に隠れた叛徒どもの数は順調に減っているようだ。

さて、余の治世方針は間違っていなかったようなので、もう少ししたら新しい治世方針で行くことにしよう……

なにしろ、大学で学んだ事、そして、宮廷の奥深くに有る禁書図書館で得た知識は、余の常識すら変えかねないものだったからな。

これを実践していけば、きっとこの世界は変わっていけるだろう……

今の争いしかない世界から相互の信頼と援助の世界へ。



[ジャールマン帝国最前線]

いやー、このところの帝国軍、無敵ですな。

などと民衆からは言われている我が帝国軍。

新しい皇帝陛下になり、気弱政策と言われながらも帝国市民の税率を一挙に引き下げ、おまけに占領地の元敵国民にさえも帝国法を適用させて同化政策を推し進めている。

最初の頃は先帝の雄々しき姿が印象に残っていたせいか今の皇帝陛下が惰弱に見えたが、そんなことは非礼であったと今更ながら気づいた。

今の皇帝陛下は先読みが得意なようで、占領地の民衆が抱く反感が弱くなっているのに私も我が部隊の誰もが気づいている。

占領から数ヶ月も経つと何処もかしこも民衆の帝国軍人を歓迎する度合いが高くなるのだ。

酔っ払った農民らが愚痴をこぼすこともあるが、占領直後は帝国への恨みつらみが多いが少し経つと元の国家や政治家への恨みつらみが多くなる。

ついでに、


「帝国、バンザイ! 占領していただき感謝感激です!」


などと叫び始める者まで出る始末。

これほどやりやすい占領政策もあるまい。

しかし、これほど民衆へ施しに近い形で帝国の資材や食料をバラ撒いているようなものなのに、このところ配給品も順調に回ってくるようになったのは不思議だ……

士官たちの集まるバルでの昼食を兼ねた会合でも、その話題で持ちきりだった。

どう考えても何処かの国家から収奪したり占領地を丸裸にしたりするような指令は出ていないらしい。

では、その資材や食料の山……

何処から調達してきたのか? 

3年前まで参謀部で輜重大隊を管理していた者の意見が出たことがあったが、その時には資材も食料も全てがギリギリで、民衆に回すとか占領地へ送るとか、考えられもしなかったと言うのだ。

そう言えば数年前は重砲も兵士の銃すら弾が規定通りの数揃わず、最前線でエコ戦争などという馬鹿げた指示を受けていたが、今は充分すぎるほど、使い切れないほどの銃砲弾が届くようになった。

今の皇帝陛下、どんな魔導力を使って、こんな奇跡じみたことを成し遂げられたのか? 

まあ、私のような陸軍大尉などでは天上のお方の考えることと、そのお使いになる魔導力は想像すら不可能なものなのだろうが。


ロー連(ロールシア連邦という正式名より、今では略称のほうが一般的になっている)の攻略も半分以上が達成された。

焦土戦術を行い、こちらの資材や食料を消耗させるつもりだったのだろうが、アテが外れて今頃はロー連の政治家達や軍の高官たちも焦っていることだろう。

16の加盟国のうち9カ国が帝国に蹂躙され、今では帝国領土は戦争初期の5倍以上になっている。

まあ、これは北部戦線だけじゃなく西部戦線でも東部戦線でも勝利し、おまけに南部の未開拓地域ですら新しい恭順部族が現れて帝国領土が増えているからこそだが。


今日も今日とて我が砲兵部隊は巨大な自走砲集団を率いながらも意気揚々と進軍を続けている。

あと30分走ったら、そこへ自走砲を固定し大規模な砲支援を行い、歩兵の進軍を後押しする予定になっている。

まあ、銃弾も砲弾も、まる一週間撃ち続けても余るくらいの補給が整っているので、これは完全に日課となっているのだが。

さて砲撃のための進撃予定位置に到着したか……

では。


「自走砲、各個に固定作業を開始せよ! 固定作業が終了次第、弾薬をこめて砲撃準備にかかれ……全軍、射撃準備は整ったな。では、射撃準備! 5,4、3、2、1、フォイヤー!」


腹に響く重低音。

こればかりは慣れるしかない。

数十発の特大砲弾が相手陣地に届き、陣地ごと大きな穴だらけにしていく。

ああ、帝国は無敵じゃないか……

皇帝陛下に栄光あれ! 



[ジャールマン帝国皇帝の独り言]

ようやく、余の考えていたように世の中が動き出したな。

まあ、あれだけの物資を送り出したのだ、通常の焦土戦術や消耗戦など、どこ吹く風となるのは決定しているようなものなんだが。

先帝の時代まで歴代の帝国皇帝は禁書に目を通すことはなかったようで、余が最初に禁書を読み解いた者になったようだ。


禁書の中の禁書と言われる、皇帝ただ一人が取扱許可を得ることができる禁書が存在した。

それは今から5年ほど前のこと……

余が皇帝になり、すぐ。

あれは衝撃だった。

余は皇帝の座につくと、すぐに最高の警備と保管がされていると言われる禁書の中の禁書の閲覧許可を求めた。

禁書指定されている書物のはずなのに保管庫から出されてきたそれは、なぜかデータチップであった。

余は転生者であるが故、データチップの何たるかと、それを読み出す方法にも考えが及んだが、普通この時代、この世界に生まれて育った者ならデータチップなど見せられても何なのか理解不能だろう。


「禁書図書館の司書たちよ、これに秘められた情報を見るための物が、どこかに保管されているはずだ。それを持ってこい。多分、使い方は余ならば推測できるだろう」


司書達は、あっちこっちと禁書図書館の中を漁り、数日後にデータチップが挿入できるデータ端末を見つけ出してきた。


「陛下、これは何なのでございましょうか? ここは禁書とされたものを全て収集してございますが、その、でーたちっぷ? とやらに書かれていると言われる情報も、それを読み解くためのものであろう、この得体の知れぬ物体も我々には使い方すら分かりかねまする。皇帝陛下におかれましては、いつ、どのようにして、このような、本ではない本、このようなものをご存知なのでしょうか?」


ふふふ、余は転生者だからな。

しかし、こればかりは言って聞かせても理解不能だろう。


「禁書図書館、司書長よ。それは神に等しき存在に向けて当たり前の事を聞くに等しい。時たまだが余は神の御使いから言葉を賜ることがある。これも御使いから聞かされた秘技の一つ。禁書図書館へ行き、本ではない本を読め、とな」


「そうでございましたか……先帝に比して陛下は神に対する信仰が薄いと勝手に思っておりましたが、実は神の御使いが身近におられたのですね。このように神に愛される皇帝をお迎えしたというのは帝国が世界を手に入れよという神のご意向に違いありませぬ」


司書長が平伏した。

まあ転生してる時点で余は神に愛されていると思ってもよいのかも知れんが。

しかし、そんなことよりも問題は、このデータチップ中に収められているデータだ。

司書長によれば、この最高禁書とされるデータチップと、その読み取り端末は何と800年以上も前に、この保管庫に収められたとの事。

建物そのものが幾度も造り直されて、より良い保管状況と警備状況になっていったが最高度の秘密文書扱いとなるこのデータチップは誰の目にも触れること無く、それこそ神の文物に対するが如き扱いを受けて今まで保管庫にあったのだそうだ。


で、転生者である余は一見しただけでデータチップの差し込み口を持つ端末の使い方も理解する。

数百年もの間、厳重に保管されていたにも関わらず端末は内部電源だけで動き、データチップを読み取り……

表示する。

衝撃を受けた。

そこには転生前の余……

俺が住んでいた頃の地球科学文明すら凌駕する超科学の詰め込みに近いものだった。

ある程度の理数系知識が有る俺だったが、すぐに、そんなレベルじゃ理解不能になる。

データチップを読み解いていくと、そこに「教育機械」と名付けられた、どんなバカアホ低能でも、このデータチップを鼻歌混じりで理解できるレベルに引き上げる一種の超技術の塊の設計図があった。

余は、これを自分の知識の限りをもって書き写し(数日かかった。助かったのはブラックボックス化されている設計図部分のモジュールが読み取り端末と一緒に別梱包で保管されていたことだ)軍工廠でも特殊兵器を開発している部門へ教育機械作成を命ずる。


ブラックボックスに様々な部品を接続するだけのように見えたので、そんなに時間はかからないと思ったが半年は必要だったようで。

複製不可能な教育機械が宮廷へ届けられたのは7ヶ月後。

最初は不安だったが、まあ、これも皇帝の義務だろうと教育機械に入る。

余が自力で出てくるまで誰も入れてはならぬ、勝手に入室したものは問答無用で銃殺! 

と言いおいたが実際に部屋を出たのは半日後……

最初はクタクタだった。


当たり前だが、あれに書かれている理論や原理を理解するには少なくとも数十世紀近い時を経ねば、この星、この世界は、このデータチップを受け入れる基盤自体が無い。

それを、いくら転生者とは言え、まだまだ地球文明の一般市民が超科学を理解しようと思ったら、こうなるのは当然。

数週間後には、ようやく頭の中が整理できてデータチップの内容が全て理解できるようになったが。

で、現在だ。

あのデータチップに入っていたエネルギー=物質相互変換炉という錬金術じみた装置を使い、帝国中のゴミを資材や食料へと変えて前線や占領地へ送っている。

質量がエネルギーへと、そして逆の行程へ移るのは何度見ても常識を疑うしか無い光景だ。

今の所、戦争初期に破壊された帝国発電所跡を使い、秘密裏に物資や食料を製造しているが、いずれはこの炉を大量に作り、世界の標準施設とならねばならないと思う。

宇宙船のデータも有るが、まだ製造は不可能だな。

もう少し、この戦争に余裕が出てきたら宇宙船製造計画も立案するとしよう。



[ジャールマン帝国軍最前線]

あと少し……

もう少しだ。

こちら北部戦線、最前線の砲兵隊、中隊長の大尉……

しかし、あと少しで、この任務も終わりになる。

とうとう敵国であるロー連が保たなくなったのだ。

焦土戦術を使って、こちらの資材と食料を使い切らせ、飢えと寒さで立ち止まる我が帝国軍を蹴散らす作戦が崩壊し、次々と連邦加盟国を奪われて帝国領土とされてしまい、もう連邦の中心であるロールシア共和国のみが存在するにすぎない状況となった。

さすがに、こうなると相手の抵抗も強く、今まで散歩代わりに歩いて行けた前線の押し上げも頑強なトーチカと地下トンネルを巧妙に使う敵工作隊の暗躍で、今までの軍進行速度の半分以下となっている。

まあしかし。

重砲や歩兵銃の性能の差がありすぎて、こちらの銃や砲撃は面白いように当たるが、向こうのは弾薬や砲弾の工作精度が悪すぎるのか、狙っても当たらないどころか、あっちこっちと砲弾や銃弾が、こちらの兵やトーチカを避けていく始末。


一度、我が方の兵が捕虜とした敵兵が持っていた銃を鹵獲品として我が方の工作隊でテストさせてみたことがあるが、酷いものだった。

我が方の歩兵銃は300m離れても(さすがに新兵は無理だが)古参兵になると敵兵のヘルメットに一撃で当てられる。

ところが鹵獲品の歩兵用と思われる銃は確かに銃本体の構造が簡単でホコリや泥、水などに強く、サビサビになっている銃身でも銃弾をジャムることなく発射できる利点は見事と言うしか無い……

が。

銃弾そのものの工作精度が悪すぎる。

我が帝国の銃弾製造時の許容誤差は最大でも0.01mm以下で抑えねば実用上に問題が出ると言われているのに敵の銃弾の工作精度は……

0.1mm位だったら良かった。


何と! 

1mmの上下幅が有るものまで出た。

これでは狙撃銃など作っても無駄になるだろう。

しかし、この敵の銃には見るべきところが多い。

本国へ帰ったら、さっそく軍工廠へ意見書を書いてやるとしよう。

現場の意見を汲み取ることにかけては、軍工廠の方々の誠実さと早さは特筆すべきものがあるからな。



[ジャールマン帝国皇帝の独り言]

一ヶ月後……

ついにロールシア共和国が白旗を掲げた。

まあ、まだ国土は半分以上残っているのだが、我々とは逆に東の海上から猛烈に攻め立てていた東方の小国にして精強な海軍主力国家「陽昇国」が、ロールシア共和国の背後にあるはずだった永久凍土の未踏地帯を奪い、次々と領土を増やしていった事も関係しているのだが。

もうあと数日で、降伏文書への正式調印と終戦に関する様々な交渉が開始されるだろう。

まあ、その席にはロールシア連邦諸国の敗戦国連合と勝者である帝国、及び陽昇国の外交官が出席するのだが。

我が帝国のみで勝てるとは思ったが、背後からの援護射撃は互いに助かるため、これは我が心中にのみ秘めておこう。

しかし、さっき軍港へ行って陽昇国の空母(?)とか射撃統制専門艦(?)と言われるものと、これは余も初めて目にしたが、魔導力を使わず(使えない兵でも)空中に浮いて戦艦や巡洋艦の一斉射撃を弾着観測できる「へりこぷた(?)」なる浮遊機械を見学させてもらった。


陽昇国の魔動力の使い方は独特なものらしく、航空兵として魔動力に優れた者たちを空へ配置するという事は無いようだ。

海軍国家らしく、敵艦隊の事前探知や弾着観測に向けて魔導力兵を養成しているようで、養成所の訓練内容も帝国とは違うようで。

ただし、ごくごく一部ではあるが、特殊な魔導力兵団が存在するのも確実。

魔導力が強く出る若年層に限られるらしいが、魔導力を蓄積・増幅する機能を持った特殊な強化外骨格と言われる鎧を纏った戦闘集団(美女や美男で構成されているとのこと……戦争中に、なんという文化!)もあれば、まだまだ、あくまで試験中ではあるが帝国のような空軍に匹敵する魔導力集団も養成・訓練中らしい。


空の方は帝国が魔導力のみに依存しているのに対し、陽昇国の方は機械的なアシストもつけるらしいとのこと。

どんなものになるか、まだまだ様々なタイプを試験中らしいが、その中には時速500Kmを超えるものも有るとのこと……

もしかして、潜在的なライヴァルになるのは陽昇国かも知れないと感じたのは言うまでもない(あ、こちらは美男や美女ばかりとは言い難いらしいぞ……空高く舞い上がったら、美女だろうが醜女だろうが関係ないからか?)


敗戦国にしては頑強に粘る元ロールシア外交官や政治家達により、我が方も陽昇国も若干、恩恵を削られたが、まあまあ、領土や飛び地、優先的な貿易、人跡未踏地への優先的探査権と、その発見される鉱物や資源の優先権を得ることができて、まあ一安心。

ちなみに、まだ戦争そのものは終了していない。

今まで積極的には手出しをしてこなかったアーメリゴ合州国が、さすがに日和ってる場合じゃないと重い腰を上げたのだ。

それまでは弱小国家への武器輸出で儲けるチャンスとして見ていた大戦争が、これ以上は自分の足元へも火の粉が飛んでくる、どころか、自分たちが戦争の当事者になると思い知ったようで。


まずは我が帝国ではなく小国である陽昇国へ宣戦布告したと聞いた。

その話を、たまたまバルで出会った陽昇国の海軍士官にしたら鼻で笑って、こう言った。


「我が国の奥の手は、まだ見せておりません。大国と言えど、やすやすと負けるつもりはありませんよ。大蛇を倒すのは実は小さいネズミかも知れませんな」


大ボラというわけでも無さそうだなと余は感じた……

陽昇国の皇帝(神皇と呼ぶらしい)は、余のように何かとてつもない力を隠しているようだ。


ああ、余の考えを理解せぬ(理解したくないのか?)やつが多くて困るな。

ようやく主戦場であった北部戦線、ロールシア連邦との戦は終わった。

まだまだ西部戦線と東部戦線は戦争継続中であるが、帝国全兵力の半分近くを割いていた北部戦線が終戦したことにより、西部も東部も確実に勝利できる準備は整った……

と思ったら我が帝国の同盟国である陽昇国に対して、今まで参戦せずに我が方の敵対国家連合へ武器輸出で儲けることのみに徹していたアーメリゴ合州国が宣戦布告を出したと諜報部から報告が上がってきた。

我が帝国に対する宣戦布告をしないのは互いの魔導力合戦に引き込まれて大都市を破壊しあう根比べになるのを恐れるからだろうが……

陽昇国は帝国やアーメリゴ合州国とは違う魔導力の使用法に精通している恐れが有るのだぞ? 

大都市破壊の魔導力とは全く違うものをアーメリゴの首都に使われる危険性を、あのお気らく極楽な別大陸の合州国の大統制官(大統領とか言うらしい)は考えつかないのか? 

余は、あの東の果てにある小国を恐ろしいと思う、正直なところ。

あの国では帝国や合州国のように魔導力に頼るのではなく何か根本的に違う力があるとしか思えぬ点が多い。

もしかしたら、とは思うが余が使ったような教育機械に匹敵するものが有るのではないか? 

諜報部に対し、余はアーメリゴ合州国より力を傾注して陽昇国の情報収集に当たるよう命令を下した。

数週間後、上がってきた報告書は……


「ふむふむ……魔導力そのものは、かの国でも主流では有るようだな。ただし、その使い方と傾向、訓練方法が全く違う、と。空を飛ぶ魔導力部隊も存在するが、その速度は最高で時速500kmを軽く越すと……陸軍歩兵部隊では独特な鎧に身を包んだ数名の実験部隊が首都にて歌や音楽、舞踊の合間に妖や魔のものたちから市民を守っているとのこと……なんじゃこれは?」


余は情報省の武官に対して感想を述べる。

一言で言うと、わけが分からん。


「皇帝陛下、それに書かれているのは全て事実。ただ、文化の違いにより我々、多分ですが帝国にも合州国にも、あの国の本質を理解できるものがいるとは思えません……私も個人的には理解不能な民族だと思うのであります」


「ふぅ、そういう事か。合州国も、あまりに理解不能な国のため先進国とは認められずに遅れた国家と誤認し、帝国よりも組みやすしということで、あの陽昇国へ宣戦布告したのだろうが……バカは、どこまで行こうとバカだな。小国とは言え、かの国の軍備も技術力も、方向は違うが魔導力の大きさも我が帝国に匹敵するものがあるだろう」


「皇帝陛下のご意見、小官も同意いたします。文化が違うからと言って、その国が弱いわけではありません。逆に考え方の違いにより、とんでもない方向へ文明が進んでいくこともありうると確信しております」


「そうだろうな……ふむふむ……かの国の主戦力は海軍であり、空軍や陸軍は、あまり力を入れていないと。それで空軍や陸軍は実験部隊が多いのか……海軍ではヘリコプターなる代物を使い、海中を進む潜深艦でさえも探知しうる技術を持っていると。こりゃ凄いな、このヘリコプターとやら、ぜひとも我が帝国でも研究してみたい。なになに、戦艦や巡洋艦の武装を個人武装化する技術すら持ちうる?! 何じゃ、これは? これを担当した諜報員、頭がおかしいのではないか?」


「恐れながら皇帝陛下。これらの報告書は、我が情報省において精査し、その情報は全て事実だと再確認しております」


「はぁ? 戦艦の武装をした個人が海上を泳ぐとでも言うつもりか?! だいたい武装など重すぎて、すぐに沈んでしまうだろうが」


「皇帝陛下……そこが陽昇国の魔導力の独特の使用法であります。戦艦主砲を積んだ個人が、魔導力と補助機械により海の上を滑るように進むらしいのです。情報官として、かの国に常駐している尉官の言葉ですので間違いはないかと」


「それが事実なら、とてつもない兵力を持つことになるぞ、陽昇国の海軍は。なにしろ一人一人が戦艦だったり巡洋艦だったり駆逐艦だったり……水兵一人が一つの軍艦に匹敵するという事になるではないか!」


「あ、いえ、そこまでの航行距離を持つものではないようで。魔導力の保有量にもよるらしいですが、最高で戦艦タイプが行動時間6時間、最低で駆逐艦タイプの者が行動時間2時間となるそうで……ですから兵員と武装を長距離輸送するために大きな輸送艦や、その護衛艦が必須となるとのこと。近い将来には陽昇国の正規艦隊となるのでしょうが、今は実証部隊に近いものだそうです」


それにしても、とんでもない発想を実現させてしまう科学力と技術力。

アーメリゴ合州国が、かの国と戦って、どうなるか……

余には未来が見える気がした……



[陽昇国]

さて……

どうしたものか……

アーメリゴ合州国より難癖の塊のような条文で固められたナツ・ノートなる文書を数年前に送りつけられた我が国は、それでも二方面作戦を取れないと、あらゆる外交努力を尽くしてアーメリゴ合州国とは戦いにならぬようにと、引けぬ交渉も引き、下げぬはずの頭も下げ、果ては神皇の御一族にまで外交官として合州国へと渡合(我が国では合璃護合州国と表示するため、かの国へ行くことは渡合と言う)してもらい厄介な外交交渉を、それでも3年以上に渡り続けた。


軍部ではナツ・ノートを送りつけられた時より開戦論が巻き起こっていたが神皇陛下が柔和な方であり、戦を好まぬ事は内閣含め、官僚も軍部も全て承知していたこともあり、なんとか宥めすかして抑えてきた。


そして、ついに我が国と同盟を結んでいたジャールマン帝国との共同戦線ではあったが陸を西から帝国が、東を海から我が国が攻め続けた結果、敵対国家連合最大の軍備と領土を持つロールシア連邦に対し完全勝利を収めるというニュースがアーメリゴ合州国の危機感を煽ったようで……


「我がアーメリゴ合州国は、自由と平等、平和とアーメリゴ的生き方を貫くため、野蛮なる東方の島国へ宣戦布告をするものなり……か。ちゃんちゃらおかしいね、あの国が自由と平等、平和だってさ。アーメリゴ的生き方って奴隷制度も人種差別も認めて、白人で革新派の一神教徒であるものが一番になるって生き方だろうがよ! あの裏と表の顔が、あまりに酷すぎて笑うしか無いわな」


私の同僚の吐き捨てるような意見。

しかし我が国では、これに同調するものが多数いる。

かく言う、この私もそうだ。


「伊藤ちゃんよ、その意見にゃ賛成するがね。向こうは超のつく大国だぜ、それも今まで参戦しなかった分、金も資材も武器も満載状態で用意周到だわな。マジに考えて、あそこと戦ったら……負けるぞ」


「近藤さんよぉ、何を情けないこと言うかね。確かに我が陽昇国は神皇一統で数千年続いてるって言う長さでは、どの国にも負けない……まあ、それくらいしか相手にゃ勝てないだろうが。しかし! 我が国には萌を基盤とした超技術の魔導力がある! あれは、どこの国にも真似出来ん!」


「いやいや、伊藤ちゃん、萌の超技術って、ありゃ軍部の一部が趣味に突っ走った結果だろうが。あれが本物の戦争で使えるとは思えんよ……まあ、首都防衛隊の華麗なレビューは向こうでも受けるとは思うがな」


バカ話をしているようだが、私達は、これでも情報省の幹部職員。

私達の掴んでいるネタや敵の戦力評価表はリアルタイムに内閣の会議室へ届けられる。

今日も今日とて下っ端職員が最新情報を仕入れてくれたようでドタドタと廊下を走ってくる音が聞こえる。


「ご注進、ご注進〜! たった今アーメリゴ合州国との戦争状態に突入しましたぁ! 場所はブラックパールポート、こちらで言う黒真珠港です!」


ほら来た。

下級職員から現地から届いたばかりの速報を受け取る。

もちろん暗号文で送っているため、こちらで解読機にかけて平文化してある。


「うん、思った通り太変洋のど真ん中。名もない小さい島ばかりの地点だが、あそこにアーメリゴ合州国が一大軍事基地を構築しているのは我が方の潜深艦部隊の活躍で、とっくに分かっていたからな。基地を完全破壊し、燃料や資材、食料在庫も全て焼いたと……ん? 敵の戦艦部隊は?」


「まあ、次が有るんだよ、近藤さん。なになに……敵の戦艦部隊は港内には見られず。水深が浅すぎるため小艦艇や中型巡洋艦までしか入れなかったのが敵さんに幸いしたか。しかし、これで厄介なことになったぞ……おい、お前。すぐにこれを内閣府の会議室へ届けろ。早くだぞ!」


うーん……こりゃ、ちょいとヤバイんじゃないか? 

まあ、敵のアゴは奪ったが足も手も残ってる状況ではなぁ……

この後の敵さんの反撃が怖い。

序盤で、こちらの奥の手を見せることにもなりかねんぞ、こりゃぁ……


[戦争、初戦へ]

アーメリゴ合州国と、とうとう戦闘状態に入ってしまった陽昇国。

宣戦布告はされているため、不意打ちがどうのこうのと相手国から文句を言われる筋合いはない(そもそもアーメリゴ合州国からの宣戦布告だ)

緒戦は、何とか勝つには勝ったが、相手の機動部隊、なかんずく、戦艦を中心とした部隊を討てなかったことが、この先の戦争に響いてくる。

とりあえず相手の最前線基地であるブラックパール港を焼き尽くし、貯蔵されていた物資や弾薬、食料などを利用させなかったのは良かった。

なんとなれば戦艦や重巡洋艦は燃料を大喰らいする。

バカでかい排水量を持つだけあり、それは海に浮かぶ巨大な砲台。

重巡洋艦すら巨大砲塔を数門持つのに、戦艦ともなれば巨大な副砲が数門、更に巨大な主砲を数門持つ。

こいつが火を吹けば(斉射)下手すると数十km先へも砲弾が飛んでいくことになる。

戦艦の主砲に耐えられるのは同じく戦艦の鋼鉄の防壁のみ。


戦艦はヘビー級ボクサーと同じ。

足を止めて(航行状態からでは撃てない)副砲や主砲を撃てる状態に持っていかなければ主砲を売った反動でひっくり返る事も予想されるくらいだから。

しかし、長い航海の後、最前線で補給が受けられると安心した矢先に港が襲撃されたと報告が入る。

徹底的に破壊しつくされたブラックパールポートは港内部に停泊していた中巡、軽巡、駆逐艦部隊が全滅。

資材や食料、燃料タンク群も徹底的に破壊され補給地どころか島影すら変形しているとのこと。

残り少ない燃料で、どうやって後方基地まで帰投するか戦艦部隊を率いるブルドッグことサミュエル准将は悩んでいた。


「おい、副官。お前の立てた計画通りにやってきたら目の前で燃料や食料、資材を山と備蓄していた基地が焼かれたぞ。何が、隠蔽と欺瞞情報で陽昇国海軍は最前線基地を見つけられないでしょう……だよ、このやろう! 欺瞞情報なんか何にもなりゃしない。敵さんは、しっかりと備蓄基地を見つけてたじゃないか! それも俺達の目の前、あと、ほんの半日でたどり着くってところで、ぜーんぶ、いいか! ぜーんぶ焼かれたんだよ! サントフラークの海軍基地まで戻ろうにも残りの燃料なんか3割もありゃしねーぞ。いっそ、このまま燃料の続くまま突撃して、どっかの島に乗り上げてよー、固定砲台とするか?! 俺達は死ぬか捕虜確定だけどな」


えらい、べらんめえな指揮官もあったものだ。

まあ、これで勇猛果敢な点はあるが下士官や下級兵達から慕われるように自分より下の階級の者たちには優しい親分肌。

まあ、だからこそ敵艦隊に囲まれて絶体絶命という時に真正面への撤退戦などという馬鹿げた、しかし結果的には最高の作戦となった過去も持つわけだが。

最高指揮官に文句を言われた副官にして艦隊参謀、ジャックナイフの如く切れるという思考能力を持つサー・ジョン・リップ大佐が心外だという表情で言葉を返す。


「准将、こんなことは想定済みです。どのみちブラックパールポート基地は水深が浅すぎて戦艦部隊は入港不可能でしたから。少々、ここで待つとしましょう。そうすれば敵艦隊の方から、こちらへ近づいてきますから……アウトレンジからの一方的な主砲の暴力というものを見せつけてやれば良いのですよ。ちなみに大形輸送船部隊が6時間後に、こちらへ来る予定です。敵艦隊を撃ちもらしたら、それこそ輸送部隊がやられかねませんよ、頑張ってくださいね」


敬礼するとリップス大佐は戻っていく。

サミュエル准将は独り言のごとく、


「そういうことかい。あの島自体が、でっかい囮だったてぇわけか」


今度は声を張り上げて周りの者たちに、


「おい、てめーら。戦争の本番は、これからだ。なんとしても敵の先鋒、俺達で潰すぞ! 急げよ、もう少しで互いの識別圏に入るはずだからな!」


あいにくだが准将は気づいていなかった……

陽昇国には魔導力が使えなくとも機械的に高空へ上がる手段が有るということを。

陽昇国も同盟国である帝国の大使や武官以外にはヘリコプターの実機は見せなかった。

将来的にアーメリゴ合州国は参戦してくるだろう、それも敵として……

その予感があったのかも知れない。

ともかく准将殿が配下に号令をかけた時には、もう戦艦部隊は、その位置と全容とを陽昇国の重巡部隊に知られていた。

重巡加山、これは甲板をヘリ発着に特化させた偽装空母とでも言うべきものだった……

かたや戦艦部隊、かたや重巡までだがヘリ部隊をもつ特殊艦隊。

海戦の時は刻一刻と迫っていた……


アーメリゴ合州国戦艦部隊が手ぐすね引いて待ち受けているのを承知の上で緒戦の勝利の格上げで戦艦も! 

とばかりに気合が入るかのごとく軽快に決戦海域目指して進む、陽昇国海軍、重巡部隊。


重巡部隊とは言え試験的にヘリ空母と言わんばかりの改修をされた重巡加山。

重巡が重巡改を守るという変な構成では有るが、そもそも空母と考えれば納得の編成となる。

試験的では有るがヘリ空母の形をとる重巡加山は、その甲板に主砲も副砲も持たない、特殊な形をしている。

さらにおかしなのは甲板の中心部に、うっすらと筋目が見える。

これは甲板が開いて、中にあるヘリ部隊を甲板へ上げるエレベータがせり上がる部分。

今まさに、その甲板中心部が開き、一機また一機と虎の子であるヘリコプターが甲板へとせり上がってくる。

飛行機のような形ではないので滑走路も不要という、まさに海軍に特化したような用途のヘリコプター。

続々と甲板に並ぶヘリ部隊は陽の光を受けて輝き、これからの活躍を嫌でも期待させる。


さて、そのヘリ部隊。

詳しく見てみると様々な特殊装備を纏っている。

まずは、駆逐艦でおなじみの魚雷発射装置を4門。

そして航空機では不可能なパイロットの正面に位置する大口径の機関銃(あえて連続発射速度を落としている。反動の軽減と、そして照準がぶれるのを最小にするため)が一丁。

武装は、それだけ。

え? 

もっと積めるんじゃないの? 

と思われる方も多いとは思うが、このヘリは2人用の最小タイプ。

ローターの長さ制限のため陸軍などで試験飛行している4人乗りは積めなかったから、これが精一杯。

ちなみにローターは2枚羽の2段タイプ。

上と下のローターは逆方向へ回り、ねじりトルクの問題を解決している最新タイプ。

後部ローターは、なし。

振動が大きいはずのヘリコプターが軍用に採用されるについては民間や軍からアイデアを募集して振動そのものを逆位相振動で打ち消すという見事なアイデアを採用。

試験機を作ってみたら、あまりの乗り心地に即採用となった経緯が有る。


陽昇国が、ヘリコプターに限らず魔導力を極力使わない飛行デバイスに拘ったのには理由がある。

この国では、なぜか魔導力の強力な子供が生まれにくい。

中の中程度や上の下くらいまでなら結構な数が生まれるが、帝国皇帝(魔導力については、もはや人の領域でないとの噂)やアーメリゴ合州国の一部地域の子どもたち(生まれつき、そばにある物を浮かせて遊ぶほどの魔導力が有る)のような人を超えるような魔導力を持つ子供は歴史的にも数えるほどしか生まれていない。

生まれてこないものは、あてにはできない。

そこそこの魔導力でも、いや、いっそ魔導力が無くても使える様々な武器やデバイスが欲しい! 

と、このように考えた政府関係者がいたので、この状況が有る。


神皇陛下は? 

と考える方がいるかも知れない。

確かに、陛下なら魔導力も底知れぬものをお持ちかも知れない……

しかし陛下が戦争に駆り出されるような日が来るなら、それは国が滅ぶ時だと考える国民が大多数なので陛下を軍部に与えるような事態は決して来ないように、そのために、この国は全てを上げて頑張っている。


ヘリ部隊の用意は整った。

燃料も満タン、銃弾も魚雷も満載。

もうすぐ敵の戦艦部隊との邂逅地点。

垂直上昇、垂直着陸はヘリの特徴のため、すいすいと焦ること無く飛び立っていくヘリは異様なる外見と相まって重巡部隊の空を守る、まさに巨大トンボの群れであった。


「これより敵戦艦部隊へ先制攻撃を行う! ヘリ部隊、一斉攻撃準備。水面ギリギリで近づいて魚雷をぶっ放す! 目標は戦艦のみ! 戦艦が大破、沈没したときのみ他へと目標を変えることを許可する! では、ヘリ部隊のお披露目だぁ! 野郎ども、残弾を残して帰ってきたら尻バットが待ってると思いやがれ!」


おぉーっ! 

と無線で大勢の返事が帰ってくる。

後は、ヘリ部隊隊長に、お任せだ。

重巡改加山艦長であり、この部隊の最高責任者となる、これも運命(?)か、加山准将は、勝利を確信しているかのごとく、軍帽を被り直す。

その唇に微笑を浮かばせて。



[陽昇国神皇陛下の独り言]

我が思い、いつか世界に届くのだろうか……

陽昇国の実質最高階級者、神皇陛下は重いため息をついていた。

神皇陛下が今のようになったのは先の神皇陛下が崩御され、その後を継いで皇太子から今の神皇となった時から。

今際の際に先の神皇陛下より枕元にて一子相伝の秘密を伝えられた。

それは神皇一族の住まう地域の一角に有る、太古からの宝物を収めてある聖域にある。

そこに独りででかけ、あるものに触れよと先の神皇陛下は言い残された。

陛下が崩御された後、彼は深夜、たった独り、伴も連れずに1km近く歩いて、その宝物殿に入った。

そこには神皇一族の支配権を裏付けする3種の神機も収められているが今の彼には無関係。

3種の神機の箱を通り過ぎ更に奥へと進む。


これ以上はない、どん詰り。

壁に突き当たると彼は壁に手を這わせる……

何かを探すように。

ようやく何か微妙な取っ掛かりに触れた彼は、そこへ親指を押し付けるようにして、そして押し込む。

ギギギ……木と木が擦れ合う音とは微妙に違う音がして、廊下の一角に穴が開く。

ぽっかりと開いた穴からは、光も何も無い闇だけが漂ってくる。


先の神皇陛下の遺言だ……

継承権第一位の俺がやらなきゃ、誰がやるってんだ?! 

そんなことを思いながらも、ぼんやりとした恐怖に足がすくむのを無理やり押さえつけながら、彼は穴の中に入っていく。

ともすれば転びそうになるほど一寸先も見えない闇の中、彼は2時間近くも、ただひたすらに闇から闇へと続く階段らしきものを降りていった。

果てしなく続くと思われた階段は唐突に終わる。

出した足が空虚な闇に飲み込まれ……

彼の身体は、どこへ続くとも見えぬ闇の中を落ちていく……

10秒も落ちていただろうか……

骨がへし折れるかと思ったら、ふんわりと着地する。

何だ? 

俺の身体、どうなってるんだ? 

不可解なことが続いて彼の頭は混乱していた。

しかし、遺言を思い出し更に先へと歩いていく。

到着したのか? 

突き当り、そこで終点のようだ。


しばらく待つと徐々に周囲が明るくなってくる。

電灯? ガス? 松明? 

いいや、全て違う、完全な面発光の照明である。

そこからは薄明かりに照らされた通路を矢印の現れた方向へ歩く。

およそ30分。

到着したそこには巨大な機械と何かの小さな機械、そして小さな部品のようなものが置かれていた。


巨大な機械が点滅し、座椅子のような物が発光する。

そこへ座れということだろうか? 

半信半疑で彼は座椅子らしきものに座る。

右手が、つるつるした板に触れると……


「新しき神皇陛下、ようこそ。これは最高責任者のみに使用可能な教育機械です。まずは認識版に両手をかざし、個人認証を始めて下さい」


言葉のとおりに両手を板にかざす。


「認証作業終了。新しいマスターと認識します」


教育機械とやらが頭と耳を覆うようなフードを降ろしてくる。

それが彼の頭にセットされると驚きの教育がはじまる。

それは今の時代では考えもつかないオーバーテクノロジーの塊。

3つの物が、それぞれ教育機械、ビューワー、データチップだということも教え込まれる。

一番小さいものが実は一番大切なものだと言うことが徐々に理解できるようになる。


彼の教育は朝まで続いた。

朝になると開放され、また深夜に来るようにと言い渡される。

結局、全ての教育が終了するのに1週間もかかってしまった。

それからはデータチップの内容を読み取るため定期的に聖域を訪れる。

国民や侍従達、政府の者たちには忌み事のための祈りの儀式で独りでやることに意味があると言い渡しておいたので問題なし。

様々な引き継ぎや儀式、文書や法の執行許可など分刻みでスケジュールが組まれていたが、それを縫って異星のテクノロジーを覚え込むのに一年かかった。

彼は喪が明けて後、正式に新しい神皇の座を継ぎ、この国をおさめていくこととなる……

とてつもないテクノロジーと知識を、その頭脳に秘めて……


で、今に至る。


「今までは、時代に合った新技術を小出しにして、それで世の中が回っていた。しかし、これからの世界大戦を勝ち抜くには、これでは不十分だな。同盟している帝国の皇帝陛下は、どうも最終手段で物質=エネルギー相互変換炉を秘密裏に実用化したらしいし……かえすがえすも、合州国に、このデータチップが渡っていなくて良かった。こいつが下手に、かの国に渡ったら、際限なしに超兵器が量産されかねん」


ヘリコプター、強化外骨格、そして今から軍や民間へ公表しようとしている新型魔導力エンジン。

これが実用化されれば魔導力のみの力で空を飛んでいる他国の空軍兵は完全に地を這うアリのごとき速度差となる。


「さて……一足飛びに光波エンジンやフィールドエンジンなんてのは、いくらなんでもオーバーテクノロジー極まるしなぁ……かと言って何もしなければ、お隣の中原帝国のように、低レベルのテクノロジーを持つ蛮族に国が滅ぼされるのを待つばかりだし……はぁ、勝つ方法は簡単なのに、それをやると大変な事になりかねないとは。まさに相反する選択だ……」


深遠な知識を知るひと握りの人間の、つぶやきであった……



[初戦結果]

神皇陛下が、ため息をついていた時、アーメリゴ合州国と陽昇国の初めてとなる海戦は……

終了していた。

ヘリ部隊の強襲による超低空(波がヘリの機体を打つほど)からの魚雷攻撃! 

総本数64本にもなったというヘリ16機からの一斉魚雷攻撃は、さすがの耐久力を持つ戦艦も、その横腹を破られることとなる。

右側中の水面より少し上、そこに多数の魚雷が集中して当たれば、いくら装甲板が分厚かろうが関係ない。

船腹に大穴が空き、ダメージコントロールを行うどころではない。

なおかつ、後から後から魚雷がやってくるのが見えているため艦長以外は早々に退去命令が出された。


「あー、俺も運がないなぁ。陽昇国海軍との緒戦で虎の子の戦艦と共に沈む運命とはなぁ……そもそも、主砲の一発も撃てないのに沈んでしまうとは情けないよなぁ。ま、いいか。沈むまで時間あるんで秘蔵の酒でも飲み干してやるか! 艦長だからな、これでも。避難などした日には本国へ戻ったら即、軍事法定が待ってるのは確実だしなぁ……ブルドッグは、ここに海の藻屑となる……」


後に引き上げられたブラックボックスにあった、ラスト15分の録音テープに残っていた音声は准将殿の愚痴と上層部への批判のオンパレードだったと言う……

かくて故サミュエル准将は政府判断により奮戦した後、戦艦と共に海に沈んだと言われ名誉と共に軍神扱いとされたとのこと……

録音テープは闇から闇に消えたとか消えなかったとか……

ちなみに軍での葬儀時、中将閣下となったのは2階級特進制度だから。


この海戦、陽昇国海軍側の被害は、ほとんどなし。

ヘリ部隊に小破が数機出たくらいで(ほとんどが駆逐艦からの小型砲。しかし、それが幸いして海面スレスレを飛ぶヘリにも照準が可能となった。装甲ヘリのため、ほとんどが被害なしだったが、まぐれ当りでローターが一本折れたものも出た。残り3本のローターで帰投は可能だったが)艦隊には被害皆無。


それに比べてアーメリゴ合衆国側は酷いもの。

戦艦は大破後、沈没。

指揮官兼艦長も戦艦と運命を共にする。

その他の重巡以下の随伴艦たちはヘリ部隊の重機関銃掃射により副砲と主砲以外を沈黙させられた。

駆逐艦部隊は、もっと悲惨。

主力武器の魚雷は空に浮かぶヘリ部隊に通じず。

その他、機関砲も持っていたが早々にヘリ部隊の重機関銃により全て沈黙……

ヤケになった重巡部隊は残った主砲と副砲で。

駆逐艦部隊も各艦に一門だけある主砲で立ち向かおうとするが……


ヘリ部隊に気を取られていたアーメリゴ艦隊は、こっそりと忍び寄っていた陽昇国海軍、潜深艦部隊に気づかず、いいように魚雷攻撃を受けてしまい駆逐艦は全滅、軽巡は大半が中破以上で母港まで帰れそうなのは2割もない状況。

重巡艦隊は言うまでもなく戦艦に次ぐ獲物だったため戦闘が終了した時、海面に残っている艦自体が、ほとんど見えなかった。

半舷沈没、沈没中、大破状態で沈没を待つだけ状態も入れれば、ほとんど全滅。

陽昇国海軍側が、ほとんど信じられないという気分になりそうなくらい一方的にアーメリゴ合州国海軍、それも戦艦を含んだ一個艦隊を全滅に近い形で葬った事は参謀本部と内閣、そして情報省へ第一報が入る。

湧き上がる迎合者たちを横目で見ながらも内閣を束ねる形になった内藤総理は難しい顔をしていた。


(勝ったのはよろしいが新兵器のヘリコプター部隊を使わねばならなかったのが苦しいな……これを戦訓としてアーメリゴ合州国側も空軍を重視するだろう。さて、相手はどんな航空隊を作り上げてくるのやら……超大国だから我が国のようなヘリ部隊じゃなくて、もっと速度のあるデバイスで魔導力を有効利用する物を作り上げてくるのだろうが、それに対する我が国の対抗策が……無いんだよなぁ、これが。アイデアは軍や民間から出てくるが、どれもこれも開発期間と資材をバカ食いする案ばかり。即時に使えるものがないのは資源のない我が国には難しい……)


心の声を聞き取ったのか、そうではないのか。

この時より数週間後、民間から素晴らしい名案が出る。

それは今までとは理論から違う、全く新しいと言える魔導力エンジン。

民間の匿名技術者だそうだが今までの通常エンジンや旧魔導力エンジンと比較すると、3倍以上の出力差。

それと一緒に過給装置というものが案として出されたが試験的に作成してみると5割以上の出力増加は簡単にできるが、高熱と、その出力増加に耐えうる材質が問題となる。

とりあえず強化外骨格と航空部隊の魔導兵に使える台数の新魔導力エンジンは調達できそうなので、さっそく導入することにする。


軍工廠だけでなく民間工場までが細かいパーツ作成に協力してくれたおかげで、計画台数100は、すぐに揃った。

後は首都防衛隊用の強化外骨格に10基ほど割いて(小隊5名だが、ずいぶんと使用が荒っぽいらしく予備用も請求された)あとは緊急の遊撃隊用として空軍の魔導力航空隊に回す。


「うー、新しい強化魔導力エンジンに換装されて今までとは段違いに出力が上がったのは嬉しいんだけど……加速も最高速度も今までとは違う世界に入っちゃったから制御が難しいよねー」


「ああ、我々のような生身に近い形で空を飛ぶのは風の抵抗も含めると激しい肉体的消耗が起きるからな。それもこれも自分の肉体を鍛えることから始めるしか無いわけだ……ちえすとぉ!」


などと今までとは全く違った兵装に違和感を抱く者たちばかり……

それまでは魔導力と機械力の使用程度が半々だったものが、いきなり魔導力2割機械力8割となったに等しいので混乱も理解できる。

しかし、これでアーメリゴ合州国と対等に戦える基礎は出来た。

後は相手の準備が整うまでの時間。

その時間が長ければ長いほど、こちらにも新型魔導力エンジンを量産する時間ができる。

血を吐いてまで競う果てしないマラソンが始まった……


ここは陽昇国海軍、秘匿港(とある大きな無人島を基地化したもの)

ここでは海軍で使用できそうな、あるいは正式に装備化されそうな特殊装置や特殊武器を実戦テストするのが主たる目的。

今日も今日とてテスト要員たちが、そこかしこで新装備になるかも知れない物を試していた……


「やっほー! 新型無線装備、調子良いよーっ! 今までのアナログと違って、でじたる? 無線ってのは聞き取りにくいかと思ったけれど、それほどでもないね。会話の秘匿性が高まるということなんで、こいつはすぐにも正規採用すべきだよ! 雑音が少ないのも利点だね!」


「了解、試験機3号。只今、彼我の距離は50kmほどとなる。もう少し飛んでくれ。計算上、水平線の下へ行った時にどうなるかテストしたい」


「はーい! 了解でーす! ……もう少しで水平線距離に出ます……基地……聞こえ……」


「試験機3号! 了解度悪し、繰り返せ。再度送れ!」


「試験官殿、やはり理論上と同じく一定以下の信号強度となると、とたんに復調できなくなりますな」


「うむ。これは予想されていたことで、交信距離を伸ばすために基地局のアンテナを指向性あるものにするか、それとも飛行兵や艦艇の無線装置を出力アップさせるか……秘匿性が高く到達距離も対雑音や妨害波の性能も高性能だけに悩ましいところではあるな。しかし、装備と武器のジレンマが、これで解決するかも知れぬよ……」


こっちでは。


「ねー、新型魔導力エンジンが、もうすぐ来るって本当? 前にテストした新型エンジン、めちゃくちゃピーキー過ぎて、あんなもの艦艇に使えませんって突っ返したよね」


「今度来るのは、そのへんを改善したものらしいよ。改良とは言ってるけど、ほぼ別物みたいね、聞いた話だと。魔導力を機械力で……実は電気モーターらしいけど、倍加どころか3倍以上のトルク値と馬力になってるみたい。じゃじゃ馬ではないけれど、それこそ駆逐艦に巡洋艦のエンジンを積むようなものじゃないの? 私達の艦、海面を飛ぶかもね」


などと言っているのは人体に艦船武装をつけた異形の者たち。

アタッチメント方式で足に魚雷発射管、腕に機関砲、背中に主砲が……

そして、それが海面に浮いて、別の者たちは海面を滑るように移動している。

これが海軍秘密部隊にして実証部隊、別名かんむす……

いやいや! 

部隊内の呼称とは違う。

正規名称は個別艦装部隊という(マスコミなどの取材を断る都合上、実証隊員は全て女性となっている)

体力的に男性兵よりも弱いため、限界を把握しやすいので実験や実証部隊には女性が多い。

とは言うものの個別艦艇には駆逐艦から戦艦まであるわけで……

戦艦装備を装着した女性隊員には逆らう者はいない……

実力で勝ち取ったお局様の座であろうか。

この実証部隊は試験データも揃い、そろそろ実戦経験を、とまで期待されている部隊である。


それに比べ空軍や海軍航空部隊の実験隊は……


「は、速い! 速すぎるよぅ……息もできないし空気の圧力というか壁で体力が根こそぎ持っていかれるんですぅ! あと、ものすっごく寒い! 高度6000mなんて上がった日には寒くて寒くて、やってられないですぅ! なんとかして下さい! これなら直接の風に当たらないヘリ部隊のほうが戦場向きですぅ!」


と、まあ、このような始末。

艦船の速度と航空機(もどき?)の速度では次元が違うので仕方がないのだが、空は新しい戦場。

まだまだ克服すべき点は陸や海と違って多数ある。


陸軍は? 

と言えば、それは、このような島ではなく、もっと別の広い試験場があり、そこに、テスト要員や試験部隊が配備されている。

まあ、そちらはそちらで別な苦労があったりするのだが……



[アーメリゴ合州国]

緒戦で手痛い敗戦となったアーメリゴ合州国。

しかし今までに参戦した、どの戦争でも首都どころか国家の一部でも攻撃を受けたことがない国家の自負とプライドは大きかった(大きすぎた?)


「諸君、我々は戦争の初っ端から手痛い目に遭った。虎の子の戦艦一隻と、その艦隊をなす重巡、軽巡、駆逐艦隊……無事に母港にたどり着いたものは軽巡たったの2隻! あとは戦闘現場にて沈没、大破後に沈没、なんとか戦場から逃れたものの母港までの航海に耐えきれずに沈んだもの……総数14隻だぞ14隻! はぁ……なんとか、あの精強な海洋国家を凹ませる手段は無いものか……」


アーメリゴ合州国大統領、アーノルド・トールマンがため息と共に感想を口にする。

何と言っても緒戦で4隻しか無い虎の子の1隻、戦艦ドゥナードを沈められてしまったのは手酷い敗北と言える。

軽巡や駆逐艦など何百隻沈められたって一ヶ月もあれば元に戻せる。

問題は重巡と、それにも増して戦艦が沈められてしまったこと。

重巡クラス以上になると、さすがに民間の造船ドックで製造することは無理なので軍の造船ドックを使うこととなる。

軍の造船ドックは数も限られているため戦艦など造ったら他の艦艇が何十隻も製造不可となる(物資の問題も含めて)

……が。

しかし正直、問題は別のところにある。

敵は現在の陽昇国だけではない。

将来的、まあ、ぶっちゃけ言ってしまうと最大の敵国となるのはジャールマン帝国。

今現在、帝国を海に出させないために残り3隻しか無い戦艦の2隻を帝国領海のすぐ近くに貼り付けているからアーメリゴ合州国海軍は他に作戦行動などする余裕がない(自由に動けるのが戦艦一隻という状況では、とても軍事作戦など立てられない)


最初、合州国政府と軍は海の向こうの戦いをチャンスとしか見ていなかった。

陽昇国と帝国、互いに離れすぎているし同盟を組んでも早々に周辺国家に潰されるだろうと読んでいたアーメリゴ合州国政府関係者だったが、あれよあれよという間にアーメリゴ合州国の次に大きな勢力と軍備を持っていたロールシア連邦が西と東から、つまり陸でも海でも負け続けてしまい帝国及び陽昇国の同盟軍に完全敗戦という予測を完全に裏切った形で、あちらの戦争が終結してしまいそうになったから。


陽昇国の場合は敵国がロールシア連邦だけだったため終戦が早かったが、ジャールマン帝国は未だに終戦となっていない。

北方戦線の敵、ロールシア連邦は片付いても、まだまだ東部戦線、西部戦線と弱小国連合ではあるが頑張って戦線維持しているのだ。

ここで下手に帝国に完全勝利でもされた日には、こちらが世界の覇権を裏から握るという計画が台無しになりかねない。

やりたくはなかったがアーメリゴ合州国が大戦に参戦してきた経緯は、こんなところ。

ちなみに、なぜに帝国に宣戦布告を叩きつけなかったかと言うと……

魔導力部隊の消耗戦になることが分かっていたので、まずは魔導力の研究が進んでいないと思われる弱小国家(と判断された)陽昇国への宣戦布告となった。


「閣下、とりあえずは戦訓が重要かと。あの大敗の原因は陽昇国の異形なる飛行機械部隊の存在でした。情報部からの報告では、あれは陽昇国の開発した新兵器「ヘリコプター」なる名称の飛行機械。何と魔導力の全く無い者も搭乗して空を飛べるという代物らしいです。設計図や理論の奪取には失敗しておりますが戦場からの帰還兵の証言で同じような物を我国も開発できるかと……ただし期間が……」


「内務大臣、遠慮せずに開発期間を述べ給え。どうせ戦艦の数が揃わなければ我が国は陽昇国に対して有効な反撃作戦を行えないのだから」


「はっ、すいません閣下。開発期間ですが軍の秘密開発研究所によると、およそ2年はかかるかと……」


「2年は遅すぎる! 仕方がない、研究中であった新型の超兵器、アトミックなんとかという開発集団から半分引き抜け。研究段階のものより開発できそうなものに力を注げ!」


「は、分かりました、大統領閣下!」


ちなみに、これで原子爆弾と言われる超兵器の開発は、ほとんど進まなくなったという……

研究所の中でも腕に憶えのある技術者と工学者が根こそぎ飛行デバイス開発へ引き抜かれたからだ。

彼らは、いつまで経っても理論のみで製作にGoサインの出ない超兵器開発より現実の魔導力航空デバイス開発のほうにやりがいを感じていた。

そして1年後、ようやく新型飛行デバイスの試験機開発に成功する。


「イーヤッホー! これは素晴らしいぜ。加速、最高速、共に従来の魔導力飛行機械に比べて5割増し! こりゃ陽昇国どころか憎い帝国へも攻め込めるぞ、おい!」


この国の技術者たちが開発した新型魔導力飛行機械、正確に表現しようとすると、

「地球で言う戦闘機の後ろ半分を切って、前半分を人体にする」

手短に言うと人間の下半身にプロペラ戦闘機の後ろ半分をくっつけたもの。

推進プロペラは一番後ろに着いている。


ヘリコプターは結局の所、真似ることは不可能だった。

2重反転プロペラの意味とか魔導力を全く使わないとか前提として考えられないことばかりが問題として噴出し、結局の所、手慣れた魔導力飛行デバイスを手直ししてヘリコプターから推進力補助機構としてプロペラを抽出しただけ。


しかし、これはアーメリゴ魔導力空軍部隊にとり画期的な事件となる。

なぜなら今までは魔導力を浮かぶ・飛ぶ・停止する・着陸する、どの段階にも全力使用しなければならなくて、おまけに敵との交戦時には魔導力を全力で使いまくるため、いくら魔導力バッテリーが優秀だと言っても底をつくことが多かったから。

この改良版魔導力飛行デバイスは浮かんでしまえば飛行と着陸には、ほとんど魔導力を使わなくても良いので航空兵が長持ちする利点が大きかった。

軍は、これを数日後には正規の軍用装備として採用し、一ヶ月後には各部を手直しされた量産品が、あっちこっちの大きな民間工場や軍工廠で量産体制を取るように政府命令が下る。

アーメリゴ合州国には大きな魔動力を持つ者たちが多いため一年後には100名を超す航空魔導力大隊が出来上がることとなり、これにより陽昇国への反撃が可能となった……

ちなみに、この臨時大隊はアーメリゴ合州国海軍の巡洋艦を改修して魔導力航空兵を満載した空母のような艦艇に積まれる事となる(一個中隊25名で4隻分)



[二回目の海戦へ]

ついにアーメリゴ合州国、動く! 

内藤総理は情報省からの至急連絡を受け、神皇陛下と2人だけで密談をする。


「陛下、ついに合州国が動きます。もう緒戦のようなヘリ部隊による奇襲は通用しますまい。今回は敵も航空魔導力デバイスを使用してくるでしょう」


「分かった……このための新型魔導力エンジンだ。存分に、やるがよい……しかし、我は心が痛む。両国の兵士が戦争とは言え、また死ぬのか……」


「それは先方が仕掛けてきた戦争ですから。我が国はアーメリゴ合州国には含むところはありませんでした」


「それでもな、我は悲しいのだ。このような戦争、早く無くなれば良いと心から思うぞ」


「その心情、お察ししますが……今は戦時中、心を鬼にしてでも負けるわけにはいきません」


「そうか……兵士たちには我が心をかけていると伝えておいてくれ、頼む」


「はっ! 陛下のお気持ち、必ずや伝えておきます」


ここに両国の戦闘準備が完了する。

アーメリゴ合州国が勝負を賭ける場所として計画したのは太変洋、ほぼ両国の中間地点。

そこへ物量の豊富さを誇示するかのように莫大な物資と燃料、そして土木機械を大量に投入し、通常は水深の浅いサンゴ礁の多島海域を強引にだだっ広い砂浜地帯とし、回りを掘り下げて戦艦でも入港可能な一大基地を作り上げてしまった、それも2ヶ月という期間で。

陽昇国海軍、潜深艦隊も地点と敵行動は把握していたが、あっちこっちに駆逐艦隊の群れが巡回していたため近寄ることが不可能となり、みすみす敵の行動を許してしまっていた。


「諸君! ようやく反撃の一手を打つことが可能となった。今、この時より奇跡の陽昇国は野蛮なる東洋の弱小国に成り下がるだろう! 行け! そして敵を打ち破って2年前に沈められた戦艦部隊の仇を討つのだ! 敵の新兵器だったヘリコプターは、もう我々には通用しない事を身をもって教えてやれ!」


ようやく新造戦艦が完成し、空母改装された重巡4隻を含めた大艦隊が母港を出港する。

祝の言葉となった大統領の言は、どうしても士気を鼓舞するものとなるが新型魔導力飛行デバイスを満載した重巡改が4隻、さらに戦艦1、通常重巡4、後は軽巡10、駆逐艦30の巨大艦隊で、どうやったって負けるイメージなど湧くはずもなし。

意気揚々と母港を出向した大艦隊は、それでも戦艦が足を引っ張るため駆逐艦巡航速度の半分以下となる艦隊速度で、それでも着々と決戦の部隊となるだろう地点の基地目指して進んでいく。


陽昇国は、と言うと、こちらも用意周到。

かんむ……

いやいや、正式には「個別艦装部隊」の実戦お披露目となる戦いとなるので各自、否が応でも力が入る。

緊張してないのは良いが無駄に戦闘前に力を入れすぎても無駄になるだけなので、上長判断で各部隊にお茶とお菓子(鬼まんじゅう。敵鬼を食ってしまえという縁起担ぎか?)が支給され、たまの甘味に皆の余分な力が抜ける。


「よーし、お前ら。あれほどやりたがってた実戦だ。この戦いで海のエースとなり個別艦装部隊が正規部隊となるように尽力しろ! 正規部隊となれば欲しい装備やアタッチメントは、すぐに支給されるぞ!」


きゃーっ! 

やるわよー! 

など、軍とは思えぬ黄色い声が上がり、それでなくとも高い士気が、また上がる。

陽昇海軍の迎撃艦隊も今回ばかりは奇襲は無理と判断し本当に虎の子(戦艦保有は3隻のみ)の戦艦1、重巡改(ヘリ母艦扱い)2、新重巡改(個別艦装部隊母艦)2、軽巡8、駆逐艦10の、これも大部隊で敵基地攻略の重要任務、そして接敵するだろうことは予測済みの敵艦隊殲滅の命令を受けて、これも太変洋を進む。


これより240時間後、互いを認識した両艦隊は、いよいよ敵艦隊との戦いに臨む。

アーメリゴ軍は新型魔導力飛行デバイスを装着した飛行隊の発艦を始める。

ヘリコプターと違い、こちらには離発着に滑走路が必須となるため、通常の重巡に改造工事で長い甲板部を突き出すように改装された。

その滑走路に初の実戦となる新型魔導力飛行デバイスを装着した魔導力飛行兵たちが順番に並び、飛び立っていく。

まずは艦隊の上空援護とばかり、飛び立った飛行隊100名は、そのまま戦艦を中心とした艦隊の上空を飛び回る(空中停止機能は無いので飛ぶしかない)

陽昇国艦隊は、もう秘密でも無くなったがヘリコプター部隊を(前海戦より大幅な増機)50機、艦隊守備隊として空に上げる。


そして今回ついにお目見えの秘策にして奇策! 

個別艦装部隊が、それぞれ武器や装備を身に着けて新型の改装巡洋艦から発艦(?)していく。

ヘリ部隊は空へ上がるため遠方から視認可能だったが、この個別艦装部隊については巡洋艦の背後にある隠しハッチから発艦するため相手から視認されにくいという利点がある。

個別艦装部隊、総数28名。

戦艦や重巡に隠れたようになっているが、その威力は装備した重巡、軽巡、駆逐艦と同じ。

ただし今回は戦艦の個別装備や武器が間に合わなかった(実弾訓練後に整備を要するが、戦艦装備の整備は時間がかかる)ため戦艦女子部隊員は見当たらなかった。


さあ、双方とも戦の準備は整った。

緊張が高まる中、一番槍はアーメリゴ合州国の戦艦。

命中率は低くても戦艦主砲の威力は絶大だと照準ギリギリの距離で発砲! 

ろくに弾道計算もしてないので弾は明後日の方向へ着水したが、その水柱は……


「あれが当たっていたら重巡でもひとたまりもないぞ……」


そう呟く間にも双方の距離は詰まっていく。

30kmを切った時、双方の空中部隊が動く! 

アーメリゴの飛行デバイスは、その速度に物を言わせ、逆に陽昇国ヘリ部隊は自由自在の機動性に望みをかけ……

まず、そのスピードにものを言わせて陽昇国軍ヘリ部隊に襲いかかるアーメリゴ合州国の魔導力飛行部隊。

ヒット&アウェイ戦法を取る相手に対し陽昇国ヘリ部隊は全機空中停止状態で待ち受ける。


「予想された戦法をとってきたな、敵さん。さあ、全機集中しろ! あの座禅からの居合をひたすら徹夜で訓練した日々を思い出せ。お前らには、あの高速飛行隊も空を飛ぶ鳥以下に見えているはずだ。魔導力が低過ぎたり皆無の兵でも魔導力飛行デバイス使わなくても互角に戦えるんだってとこ見せつけてやれよ! いくぜ野郎ども!」


おーっ! 

という返事が無線機より多数返ってくる。

隊長機が見本を見せると言うのか、するりと集団から抜け出すと一機だけで敵飛行デバイスの爪の中へ飛び込んでいく。

しめた! 

と思ったのか先頭を飛ぶ飛行兵が、その速度差をもって一撃で隊長ヘリを落とそうと機関砲を撃ってくる。

アーメリゴ側の機関砲は両翼の中間部にあり、交差するように銃弾が飛ぶようになっている。


タタタタタタタタタタタ! 


軽い音を立てて、7、2mmの銃弾は隊長ヘリに向けて非情な死をもたらそうと襲いかかる! 

その銃弾の到達位置から、すいっと横に移動したように見えた隊長ヘリは、そこから目の前に設置されている一門のみの機関砲、ただし、こちら銃弾は20mm弾。

前回の戦闘で30mm弾の優秀さは理解したが、あれではあまりに弾速と連射が遅すぎて、空対空での戦いに使えないのが分かった。

20mm弾でも弾薬の数が問題になったが30mmよりも4割増しで入るとのことで射手の腕次第と判断され、より小さい12、7mmや7、2mmに換装はされなかった。


タタタン! 


小気味良い音が響き、その射軸上にある敵機は20mm弾は耐えられぬ防弾性能、機体を撃ち抜かれてバラバラになる。

ただし飛行兵そのものは万が一のためにパラシュート背負っているので、もし弾が当たったら即死だが、今回は人体を狙っていたわけでもない隊長ヘリの射撃の腕の高さで助かり、パラシュートで海面へゆらゆらと落ちていく。

これを最初の戦闘と見なしたか、アーメリゴ飛行兵たちは各個撃破の指令を受けたようで、総数100機が総数50機のヘリコプター部隊に遅いかかる。

ヘリ部隊も善戦するが、さすがにヘリ1機で高速で襲いかかるアーメリゴ魔導力飛行兵2機の相手は難しく、あっちでもこっちでも、ヘリが落ちると次は魔導力飛行兵、そのまた次がヘリと魔導力飛行兵……

よく戦ったヘリ部隊だったが撃墜数は味方が65、敵が42


「残り8機のヘリ部隊で、とても艦隊は守れん! ヘリ部隊、退くぞ! 落とされるなよ!」


隊長ヘリが頑張って敵を4機も落としたが、機体のドッグファイト性能は同じらしく総数で勝るアーメリゴ飛行隊が最終的に空を占拠する……

ただし今回のアーメリゴ飛行兵部隊の最大の欠点が、ここで露点する。


ヘリ部隊を相手にすることばかり考えて造られた飛行デバイスのため、ヘリコプターのように様々な武器やアタッチメントを交換することによる空対空、空対艦、空対地などの用途切り替えが不可能だったこと。

つまり……

魚雷発射管を積める機体が一つもなかったことが致命的な事態となる事に気が付かなかった……

相手を圧倒したとも言えるほどの成果を出したアーメリゴ魔導力飛行部隊は意気揚々と母艦へ戻っていく。

陽昇国艦隊は当然の如く空中からの魚雷攻撃が来ると覚悟していたが、いつまで経っても敵機が魚雷を発射する素振りすら見えず、挙げ句のはて母艦に戻っていったのを見て……

力が抜けると同時に、


「各艦へ通達! 敵機は機関砲しか持たない中途半端な集団だった。しかし、空は負けたと言える。次は我々の番だ! 海戦で敵を潰す!」


檄を入れる艦隊司令官。

通信を受けた、かんむ……

失敬、個別艦装部隊は次は私達! 

と張り切るのだった。


空の戦いはヘリ部隊の負けではあったが陽昇国には秘匿部隊あり。

山椒は小粒で小さいがピリリと辛い! 

彼我の距離20km。

戦艦の主砲も届き、必殺となる距離。

次からは海の戦いが主戦場となる……


陽昇国海軍の試験部隊から実証部隊、現在は秘匿艦隊扱いの、かんむ……

うぉっほん! 

個別艦装部隊は、その艦のサイズの小ささを利用し、いつの間にかアーメリゴ合州国戦艦部隊の直近まで近づいていた。

レーダーも初期のものでしか無い時代なので、もっぱら敵艦は目で確認する(双方とも)

よって人体にアタッチメントで武器を装着したような個別艦装部隊は、集団で動くならともかく個別にこそこそ動いていると海面を滑るように動くせいで大きな艦からの視認性が低くて認識されにくいという利点がある。

さすがに同形式の駆逐艦や軽巡、重巡と比べると武器性能は落ちるが個人武装と考えれば圧倒的な破壊力のある砲や魚雷を装着しているので、ここまで接近すれば……


「個別艦装艦隊、攻撃準備! 今だ、ぅてーっ!」


驚いたのはアーメリゴ合州国艦隊。

敵艦隊も視認される距離に入り、さて艦隊攻撃の開始を指示しようとした途端、駆逐艦や軽巡が被害を受けだした。

重巡以上、空母用途の重巡改も含めて大きな艦は被害が小さいが、駆逐艦や軽巡のような装甲が薄い速度重視の艦は手酷い被害を受けている。

何事か?! 

と再度、海面を覗けば何か小さな、それこそ救助艇よりも小さなヨットに近いような物が海面を動き回り、そのサイズでは考えられない武器を使って駆逐艦が爆発、大破するのが確認できた。


「各艦に通達! 俺達の回りに何か分からないが最小サイズの攻撃艦のようなものが走り回っていると思われる。大砲や魚雷では相手の速度について行けないと思われるので機関砲と手持ちのライフルで対処せよ! 可能ならば救助艇以下の小さな小回りの効く小型艇で迎え撃て!」


ここでアーメリゴ合州国艦隊は自分たちが致命的な勘違いをしたことに気づいていない。

しかし、これは勘違いを責める事も無理だろう。

どこの誰が人体にアタッチメント化した艦船装備を着けるようなアイデアを実用化しようとするだろうか? 

世界広しと言えど陽昇国くらいのものだろう。

遅まきながら救助用や揚陸ボートを降ろして謎の襲撃艦を撃退しようとするが……

ことごとく攻撃を躱され、向こうの砲撃や小型魚雷により手酷い被害を受けて退散するか、ゴムボートや小型ボートだと穴を開けられて沈むものが続出! 

1時間後には軽巡以下の駆逐艦は影も形も見えず、軽巡も半数以上が沈められ残りの4割強にも小破以上の被害。

さすがに戦艦や重巡は小破までの被害は受けなかったが、それでも当たりどころが悪かった重巡の副砲が2門、制御不能となる。


「個別艦装部隊、撤退! 雑魚は蹴散らしたんでボスと取り巻きの退治は、お願いするわ!」


との通信を残し、かんむ……

いや、個別艦装部隊の出番は終了。

ここに、ついに艦隊決戦の時を迎える! 

まず火を吹く互いの戦艦主砲。

お互いの重巡が一隻づつ初撃で大破に追い込まれ、2撃目で沈没。

主砲は連続で撃てない(砲の冷却タイム)ので副砲が活躍するが、それでも重巡の主砲より少し小さいサイズとなるので流れ弾でも当たった日には軽巡以下は木の葉のごとくバラバラになり、空中を舞う。

さすがに戦艦同士、相手の砲弾が命中しても甲板や船腹なら、ほとんどはねかえす。

これを覆すのは駆逐艦や軽巡に装備される大形魚雷。


「照準、よし! ぅてーっ!」


陽昇国艦隊、駆逐艦の魚雷発射管より、予備も使ってしまえとばかり全力の魚雷攻撃がアーメリゴ合州国艦隊、戦艦へ集中して放たれる。

その数、なんと24本! 

虎の子である戦艦をなんとかして守ろうと軽巡で動けるものが魚雷コースを遮ろうと動くが……


「何ということだ! 戦艦を守る盾となる駆逐艦や軽巡が、ほとんど沈められている! これが陽昇国の超小型攻撃艦隊の目的だったか……」


ど、ぅーん! 


腹に響く轟音を響かせながら多数の魚雷が敵戦艦に当たり、戦艦の横腹に風穴を空ける。

それは2年前の悪夢の再現。

大穴を空けられた戦艦は修復もままならず総員退艦命令が出される。

ここにアーメリゴ合州国は2隻もの戦艦を東洋の小国と見下していた陽昇国に沈められたこととなる。

海戦開始後2時間……

互いの艦船総数は、


アーメリゴ合州国:戦艦0(大破沈没)、重巡2(のうち中破、小破それぞれ1)、重巡改1(中破状態だが航行に支障なし、残りは戦艦主砲の弾が当たり、あっけなく沈没、搭載していた航空隊も20機(?)が運命を共にした)、軽巡0(魚雷を自ら受けて残っていた軽巡は全て沈没)、駆逐艦0(個別艦装部隊の攻撃により全滅)


陽昇国:戦艦1(小破。副砲と機関砲2に被害、艦体後部に敵戦艦主砲の直撃を受け大穴空くが航行に支障なし)、重巡2重巡改2(小破3、中破1)、軽巡6(小破4、被害なし2、)、駆逐艦15(小破10)


結果だけ見ればアーメリゴ合州国側の惨敗。

2年前の悪夢の再来だ。

それもこれも陽昇国側の秘匿兵器や秘匿艦隊の実力を甘く見ていたこと。

特に個別艦装部隊の攻撃力を見誤っていたこと、自国の魔導力飛行隊に魚雷装備可能な機体が皆無だったことが致命的なミスとなり、この結果になったと言える。

大統領の敗戦報告を聞いた時の顔色は一見の価値があったとアーメリゴ合州国でも毒舌と皮肉で有名な新聞、ヌヨーク・スン紙は報じ、政府によって当日発行の新聞は全回収となったと噂が……


「我が思い、やはり届かなかったか……この再度の敗北で、かの国は余計に憎しみを募らせるのだろうな……我は、この戦いで亡くなった将兵達の魂が安らかなることを祈るだけ……」


神皇陛下は、この勝利報告を聞いても笑みを浮かべること無く、ただ亡くなった将兵達の冥福を祈ることが重要だと述べるだけだったという……



[アーメリゴ合州国]

「2年前に引き続き、我々はまた戦艦を含む一大艦隊を失った……何故だ?! 物量差は絶対的、科学技術は多少我々のほうがリードしていると言っても良いだろう、超兵器の計画を本格的に国を挙げて推進しているのは情報部の調べでも我が国しか無いという事だからな。生産力は、かの陽昇国と我が国の差は1対5に届くだろうとのこと。これだけの超大国の我が国と、たかが弱小国に過ぎない陽昇国……どうして2度も艦隊決戦で負ける?! それも緒戦のブラックパールポート海戦では相手に戦艦も無しの状態、2度目のミドルアイランド海戦では相手に戦艦はあるにせよ圧倒的に我が国のほうが艦隊構成数で優っていたとのこと。これだけ勝率も要素も我が国が圧倒的なのに戦えば負けるのは何故だ?!」


大統領の怒りの咆哮から始まった合州国議会、対陽昇国戦総括会議(戦争の関連会議は全般的に極秘会議)が開始される。

この怒りの言葉を受けて合州国対外情報部部長(と言えば小さい組織と思うだろうが実際には省庁をまたぐ大きな包括組織)のフリーデン大佐が報告を始める。


「えー……まず私のことを知らない方もお見えになりそうですので自己紹介から。大統領、そんな唸っても何も解決しませんよ」


この一言、氷柱のような静けさと冷たさをもって各自の耳に突き刺さる……

実際には普通の会話時の音量で話しただけだ。

怒りで真っ赤になっていた顔色すら元に戻って、力が抜けたように肘掛け椅子に座りこむ大統領。


「いいですか……私は合州国情報部、部長を務めておりますジャック・ジョージ・フリーデンと申します。親しい人間は私のことをジャックと呼びますが、噂では私のことを氷柱のジャックとか氷の魔王ジャックとか呼んでいるとのこと……まあ、気にしませんが」


抑揚もつけず淡々と喋る情報部長。

よく見ると口元にすら力を入れている様子はなく、とことん冷静な人物。


「では自己紹介も終わりましたところで、過去2回の海戦、2年前のブラックパールポート海戦と、つい先月に行われたミッドアイランド海戦についての総括と、これは事実を申し上げますが相次いでの敗戦、それも戦艦を2隻も沈められた惨憺たる結果に陥った原因と責任追求の場となると思われますので予め覚悟しておかれる方々も多かろうと思われます」


ごくり……

一部の人間から息を呑む音が聞こえるよう。


「まず緒戦のブラックパールポート海戦ですが、これは大統領を含めた、ここにいる全員が、いいですか? 全ての「陽昇国との戦争を決意した人間、関係者、裏のスポンサーを含めた、この国の開戦論者全てがバカで阿呆で短慮・自己愛の塊」に過ぎなかったことが大原因だと推察します」


これを聞いた与党の大物政治家であり、今まで戦争によって利益を上げ続けた武器製造業者にして鉄鋼業の会社をいくつも経営する人物が、さも心外だと声を上げる。


「しかしな君、フリーデン情報部長。あの開戦決定は、ここにいる者全てが、それどころか全国民が賛成した議決だろう。もちろん、君も賛成しているはずだ」


「はい、私にも責任の一端はあると思います……大統領が愚かな宣戦布告に突っ走るのを引き止められなかったのは事実です。参戦決定時と宣戦布告の決定時に私は、この場にいませんでしたから……はぁ、あの時、軍法会議でも何でも覚悟して大統領とバカ丸出しの当時の補佐官をぶん殴ってやればよかったと心底思っていますよ。その前のナツ・ノートですか、あれを陽昇国へ突きつけるという決定の時にも私は最後まで、止めろと大統領に言いましたよね? 開戦決定も宣戦布告も、止めろと何度も言いましたよね? それも報告書の分厚い束を示しながら」


話を振られた大統領は声を詰まらせるように、


「う……そうだ。君は陽昇国が帝国と同じく、ここ一番で常識外の手を使ってくると言い、そんな国と戦うのは愚の骨頂だと何度も執務室に来たな、その氷のごとく冷たい表情と言葉で。だが私は耳を貸さなかった」


「そうです、ナツ・ノートの要求、参戦決定、宣戦布告と3度も反対しているにも関わらずバカ揃いの合州国はカーニバルでもやるかのように開戦へと突き進んでいってしまいました。緒戦で負ける必然性は、この時点で確定でした」


また口調を通常に戻し、


「ブラックパールポート海戦で負けた直接原因は陽昇国の新兵器、ヘリコプターの存在です。あれには私も驚きました。なぜなら陽昇国でのヘリコプターの存在は確認されてはいましたが全てが災害救助や緊急物資配送に使われているという説明を受けていたから……後に調べて事実だと分かりました。民間用のヘリコプターと軍用ヘリコプターは似ているようで全く違うものだそうで、民間での実用実績があったからこそ軍用ヘリコプター部隊を、あれほど短期間で台数と乗員を揃えられたのでしょうな。あれにより戦艦は一発の砲弾を撃つ間もなく、数多の魚雷攻撃で哀れ沈没……ここで停戦協定でも結べば良かったのに懲りもせずに2年後、またも同じ愚行を繰り返すことになる合州国……」


冷静ではあるが、その口調の中に怒りの炎が混じっていることに気付く者もいて反論の声を上げるものはいない。


「緒戦の手痛い敗北から学んだのは結構ですが中途半端な学習能力しか無い低能ばかりでは、どんな高性能な魔導力デバイスを作り上げても無駄なことだと気付ける良い機会だったのでは? 相手のヘリコプター部隊にばかり気を取られて作り上げたのは、ヘリに勝って対艦用装備を持てないおバカな魔導力飛行デバイス……」


誰も声を上げないのを見回して確認し、更に続ける。


「では次に行われて合州国が更に恥を晒した格好になったミッドアイランド海戦。空中戦で陽昇国のヘリ部隊を壊滅に近い状態にまで追い込んだのは良かったのですが、そのまま母艦へ帰投してしまうアホさ加減。まあ魚雷や下方用銃器を積んでいない、積めない機体だったのでは対艦攻撃など不可能でしたからね」


もう誰も声を上げない。

喋る気力のあるものは、ただ情報部長のみ。


「ここまでなら、まだ合州国が勝てる確率は、かなり高かったと思われます。戦艦は一隻づつですが、他の艦艇の数が圧倒的に合州国艦体が優勢でしたから……ここで陽昇国が秘匿兵器を出してこなければ……報告書によると、いつの間にか超小型の攻撃艦艇と思われる艦が数十、合州国艦隊至近距離まで忍び寄ってきたと。ディンギーあるいはカヌーほどの大きさしか無い艦艇は、それでも駆逐艦隊を中心に軽巡艦隊までを食い散らかしていきます。当たるを幸い魚雷や小口径砲、機関砲などを駆使して小型艦艇を狙う作戦だったのでしょうが見事に大当たりでしたね。陽昇国の海軍、優秀な技術者と参謀が揃っているのでしょうなぁ……羨ましい……あ、これは失礼、本音が漏れてしまいました。このせいで結局、合州国艦隊には駆逐艦はおらず軽巡すら4割を大きく切った状況……この意味に、この時気づいた合州国海軍の将官が皆無だったのは、もう運が悪いと言うか合州国海軍はバカばかりと言うか全く嘆かわしい。私なら、この時点で降伏してますな……結局、戦艦の砲撃戦は互角でしたが相手に軽巡や駆逐艦の魚雷搭載艦艇が揃っているにも関わらず、この時点で合州国艦隊に魚雷を撃てる状態にある艦艇が、ほとんどいないという……結果、戦艦は魚雷を多数浴びて大破沈没。軽巡と駆逐艦は残らず海の藻屑、空を制した魔導力航空隊も帰投した母艦ごと沈められて残ったのは10機以下という体たらく……母港へ無事に帰投できたのは、良いですか重巡と重巡改、それぞれ1隻づつであったと報告されています。それに対し陽昇国は戦艦小破ですが健在、その他の艦艇も半分以上が健在で意気揚々と母港へ引き上げたそうです……結局、我が合州国の威信を賭けた2つの海戦で酷いと言うにも愚かな惨敗をし続けたわけですな」


情報部長の総括は、まだまだ続く……

アーメリゴ合州国情報部部長、氷柱のジャックことジャック・ジョージ・フリーデン大佐。

その口調には激昂することも落ち込んだところもないが、その語る内容と冷静極まる口調のギャップは異様極まる。


「その酷い負けを2度、いいですか2度も体験したにも関わらず、です。あなた達は何を考えているんですか? どうせ次に勝って勢いつけて勝手に弱小国だと決めつけた陽昇国を占領できるとか考えているのでしょうが。大統領、次に陽昇国と戦えば、あの国から何が新兵器として出てくるか、この私にも予想がつかないのです。開けてはいけないパンドラの匣、これまでは何とか予想できるものしか出てきませんでしたが次には全開となるかも知れませんよ……もしかしたら、あなた達が、この情報部部長の私にすら隠そうとしている超兵器、アトミック・ボムとやら言う新型爆弾を遥かに超えるものが出てくるかも知れないのです……過去の2回、陽昇国の新兵器は1つづつでしたが次は2つどころか10も20も出てくるかも……その新兵器を阻止することが果たして我が合州国に出来ますかね?」


額に汗を吹き出しつつ、何とか声を絞り出す大統領、


「う……それは何とも言えんだろう。君の予測に過ぎないというのが、ここにいる全員の意見だろうな。ちなみに、さすがに情報部長だけのことはあると褒めておこう。超兵器のことは絶対軍事機密だったから、よほど鼻が良くて噂を集めて整理する能力が高くなければ、このアトミック・ボム計画のことは分からないはずだ」


それを聞いて更に氷の表情となる情報部長。


「そうですか。まだ懲りずに陽昇国との戦争を続けるつもりですか。では大統領……私の仕事はここまでですね。これを提出します」


そこにあるのは辞表。


「おい! この非常時に君は独りだけ合州国を見捨てるつもりか?!」


焦る大統領。

なにしろ、この情報部長は優秀どころではない頭脳の持ち主。

戦争をしている非常時なのに肝心の情報部を統括する部長に辞められては、これからの戦いそのものが進まなくなる可能性もある。

どうしても引き止めなければならないと、そこにいる全員が情報部長ジャック・ジョージ・フリーデン大佐の引き止めに大わらわとなる。

最終的にフリーデン大佐の情報部長辞任は撤回され、大統領自身で辞表が破かれて事なきを得た。

この一件でフリーデン大佐は准将へと昇格し、より高い軍機情報でも扱えるようになる。

しばらく後、フリーデン准将はオフィスにて「特別軍事秘密」の印が押された書類を閲覧している。


「ふぅ……秘密兵器の研究は半分も進んでいない、か……実際の研究所では、もっと進んでいるんだろうがな。しかし爆発効果の予測一覧を読むと、この私でも背筋が凍るぞ。こんな代物、本気で実用化するつもりなのか、大統領は……」


その呟きを捉えた秘書官は准将に対し言葉をかける。


「秘密兵器ですか、夢がありますね。強敵を一発で葬るような爆弾とか空飛ぶ戦艦、深海に潜んで敵国近くまで行ける移動要塞とか。あー、そんなのがあったら我が合州国は無敵! それこそ世界制覇できるじゃないですか」


その脳天気な発言に釘を刺そうとするフリーデン准将。


「おいおい、仮にも合州国情報部の部長秘書たる君が何という事を。あまりに甘い夢を見ると、とんでもない仕返しが来ることになるぞ」


「え? なんですか准将。戦争なんて相手を一発で殲滅させてしまえば理想的じゃないですか。そして、新兵器をジャンジャカ造って敵なんか軽く征服してしまえば良いと思いません?」


「はぁ……君は、どんなサイエンティ・フィクションばかり読んでるんだね。どうせ、世の理を超えた邪神が世界を狙っているとか、邪悪な魔術師と戦う筋肉ムキムキの戦士ファンタジーばかり読んでいるから、そんな発言が出るのだ。いい加減、現実を見つめろ」


「あ、サイエンティ・フィクションと言えば……「死線」ってフィクション作品、ご存じないですか? 世間で話題になってるんですが、何故か、その小説が掲載された号だけ回収騒ぎになってて手に入らないんですけど」


「ああ、あれの事か。軍が本気で開発している超兵器の研究に抵触している可能性があるので小説が載ったメディアは回収、作者は尋問中だ」


「えーっ、准将、サイエンティ・フィクションの書き手は少ないんですから許してあげてくださいよ。それに敵に情報渡すためにフィクション小説なんて書きませんって」


「まあ普通に考えれば、そうかも知れんがな。ただし、あの作品を読んでみたが理論的に間違った事は書いていない。作者いわく理論式として公開されたものを使い、そこから想像を働かせて、どういった規模の爆発と被害になるか考察した作品です、との釈明をしているな……私は個人的に作者は無罪だと思うが、もう我々の手を離れて軍警察の管轄になったとのこと……無事ですめば良いが……」


この星の世界でも、とうとうアインシュタインの理論式、E=m(×Cの2乗)を利用した物が開発されつつある……

帝国と陽昇国は、どう対処するというのだろうか……



[陽昇国]

アーメリゴ合州国が侃々諤々としていながら未だ陽昇国への徹底的な反撃を目論んでいる頃……

当の陽昇国では次にアーメリゴ合州国が打ってくるだろう戦法と戦略を予測して、その対抗策を検討する御前会議が開かれていた。

今までは閣議あるいは総理を主とした軍事会議を開き、その結果を神皇陛下にご裁可いただく形をとっていたが神皇陛下より軍事会議へのご参加の意志があるとのお言葉があり、それからは軍事会議に必ず神皇陛下のご列席があった。


「今日も合州国の動向と次にとってくる戦略と戦術の検討と、その対抗策を話し合うこととなる。今回も神皇陛下のご列席を賜ることとなったのは嬉しい限りだ。では神皇陛下のお言葉をいただき、それから会議に入ろう」


総理は過去数回の時と同じく開会と閉会の時にだけ神皇陛下はお言葉を述べられると思っていた……

が。


「我が思い、未だ理解されておらぬようで我は哀しい。内藤総理大臣、我は、そなたが一番、我が思いを理解していると思っていた。しかし過去数回の会議に列席せてもらい、ここの誰もが我が思いを理解していない事に気づいたので我は発言させてもらうこととした。良いかな内藤総理大臣よ」


思いもかけぬ一言で驚く総理大臣。

内心の焦りは最高潮だが、それでも顔には出さず、


「神皇陛下のお言葉が、この会議にてご拝聴できるのは臣下の喜びでございます。どうぞ、ご遠慮なきご意見を」


それを受けた神皇陛下、


「では、これからの我が国の戦略と戦時方針を述べさせてもらうとする。ただし予め言っておくが、これはこの国の最高主権者としての言葉ではないので、そのつもりで。この会議で出るだろう様々な意見の1つとして聞いてもらえば良い……」


ここで神皇陛下は用意されたお茶を一口のみ、


「まず、これからの戦い、我が国は徹底した防御で臨もうと思う。とは言うが攻める以外、相手を叩き潰す以外に一番確実に味方を守る方法なんてありはしないという意見が出るのは我も承知している……なので我より、この国の科学技術と武器や装備、魔導力装備を含めた、あらゆるものを超えた遥かな未来に発明されるだろう物を2つ、用意することにした。侍従長、あれを持ってきてくれ」


ははぁっ! 只今! 

という侍従長の言葉と共に分厚い冊子のようなものを台に乗せた侍従長と副侍従長が入室してきた。どうやらドアの外で待機していたようだ。


「内藤総理大臣以下、皆で、これを回し読みしてくれないか。これを読んでから、それでも我が意見への反対を唱えるならば我も反対意見に耳を傾けよう」


いつもの会議とは違った方針と内容になりそうだと感じ取った総理大臣以下、会議メンバー達は陛下から提出された小冊子を読み始め……

ざわざわ……

あっちこっちで密かな会話が始まる。

内藤総理大臣は何度も何度も2冊の小冊子を読んだが……

ついに興奮極まって、


「へ、陛下! これは何でしょうか?! こんなもの今まで聞いたことも見たことも、それこそ空想小説でも書かれたことのない内容ではないですか! ? これは本当に実現できるものなのでしょうか?」


あまりに興奮して総理の言いたいことが支離滅裂になりそうだと感じた神皇陛下は、おもむろに……


「これこれ、あまりに興奮すると身体に悪いぞ、内藤総理よ。まずは皆に謝ろうか。過去2度、これに近い超技術とも言うべきものが民間から発表された事があったのは憶えているか? ヘリコプターと新型の魔導力エンジンだ」


総理は、

あっ! 

と声を上げる。

開発者や研究者が見当たらないのに、どこからともなく圧倒的な超技術が、この数年、2度もあったのを憶えていた。

どうやら、その出処は神皇陛下らしい……


「内藤総理の顔と声で憶えていることは分かった。あれは我が密かに民間へ下げ渡した技術と理論である。我は遥か数千年は進んでいるだろう、こことは違った星から来た者たちから賜った知識が詰まった秘宝を所持している。神皇家は遥かな過去から一系の血筋で、この国に関わってきた。この秘宝がもたらされたのは約800年以上前の事……」


ここにおいて、ついに神皇陛下は遥かな過去に星のような大きさの宇宙船が、この銀河に訪れた事、そして、その時にもこの星には争いが絶えず、あきれた巨大宇宙船とその船長は、その時の全世界的な争いに介入し数週間にして争いを鎮めてしまったこと。

そして、その争いを鎮めた時に死傷者は全く無く、互いの攻撃で傷ついた者たちも特別な手段で傷1つ無い身体となったこと……

その後、その時点で存在していた各国の首脳や国王、帝国なら皇帝、陽昇国では当代の神皇へと特別な星の知識が詰まった物を与えて星から去っていったこと……

を3時間にも渡って講義の形をとって話す。


「というわけで、ここにある小冊子は神の使者とも言うべき巨大宇宙船の船長からもたらされた知識の一端だ。もちろん、これ以上の例えば光の槍とも言えるレーザーやメーザー、それに乗れば光の速さで宇宙を駆けることも可能な宇宙船、太陽の光を非常に高い効率で電力へと変換できる物も、驚くべきことに人力の数千倍にもなる強化外骨格なる代物もある……それ以上の物もな。これら全てを作り出してしまい我が国が全世界を制覇・支配することも可能となる……内藤総理大臣、我は聞きたい。この国が本当に世界制覇を欲するのか? それとも時間はかかるだろうが世界が平和に仲良く、全ての者たちの総意によって星が統一されて我々が1つの種族として宇宙へ乗り出した方が良いのか?」


神皇陛下の言葉は重かった……

今現在であれば我が国が世界制覇して世界を統一するほうが良いと考える国民は多いだろう……

しかし、アーメリゴ合州国との戦争が終結した場合、次に対決する事になるのは同じく星の知識を有する帝国……

泥沼の戦争になるか、それとも一瞬にして互いに全滅する事になるか……


「陛下……恐れながら申し上げます。我が国は目下の合州国との戦い以外、侵略行為としての戦争は好みません。この超技術ともいうべきものは、できるだけ使わず、戦いより平和を希求すると全国民を代表して申し上げます!」


この言葉を言い放った後の内藤総理大臣の顔は晴れ晴れとしていた。

暗い戦争ではない明るい未来が約束された今、この戦争も国を守ることのみに汗を流せば良いと道が示されたから。

陽昇国は今以上の余分な兵器を造ることはせず神皇陛下から示された2つの超技術、物質・エネルギー相互変換炉と、絶対シールドと名付けられた防御装置の研究と生産に力を注ぐこととなる。


奇しくもアーメリゴ合州国で超兵器の実験が成功するのと陽昇国が艦船や魔導飛行デバイス、ヘリコプターに絶対シールドを装備するのとが、ほとんど同時だった。

ちなみに陽昇国は本土を丸々覆える絶対シールドを開発している真っ最中! 

島くらいは覆えるまでの絶対シールドは、とうに完成していた。

アーメリゴ合州国でも再び陽昇国との戦いが始まるだろうと予測していた。


「大統領は最悪な戦法を取るつもりだ……これは、あまりにも卑怯、何の罪もない相手国民を巻き込む爆弾を相手国の首都へ落とそうとは……まあ聞きはしないだろうが最後に私だけは抗議に行かないと。戦後、恥知らずとは言われたくないからな……」


フリーデン准将は重い足を引きずりながら大統領室へ向かうのだった……



[ちょっと時間を跳躍]

時間を少し跳躍する。

これは合州国と陽昇国で、それぞれ図ったように戦争についての会議が開かれていた時より少し過ぎた頃。

大海戦が終わった後も小規模な戦いはあちこちで行われていた。

小さな海戦や思わぬ遭遇戦などの戦いは物量と戦意に勝るアーメリゴ合州国軍の勝率が高く、陽昇国軍の中小艦艇、少しづつ削られていく。

絶対シールドは、まだまだ先産性が悪く、全ての艦艇に設置するには足りない。

勢い戦艦や巡洋艦、大型輸送船等に優先的に設置することになり海防艦、駆逐艦、軽巡クラスへの設置は、まだまだ一年以上先。

絶対シールドより難しい物質・エネルギー相互変換炉は開発に取り掛かったところで完成はまだ先の話。

大海戦にて勝利したおかげで周辺国との貿易は確保できており、そうそう物資や食料が不足する事態には陥っていない陽昇国。


アーメリゴ合州国も、一刻も早く陽昇国に反撃(超兵器の使用は反撃とは言えないと思うが)したいが過去2回の惨敗の結果、戦艦は3隻、重巡は手持ちで20隻に足りず、中巡以下は全盛期の半数以下……

今の手持ちを全て吐き出したとしても陽昇国との決戦はギリギリ同数。

おまけに本当の敵とも言える帝国を海に出さないため、戦艦部隊を帝国の間近に配置し続けなければいけないので、これが陽昇国と全力で戦えない本当の理由。

是が非でも超兵器を完成させ陽昇国に戦争の意志を無くさせてから、本当の超大国となってしまった帝国に対して戦いを挑まねばアーメリゴ合州国という若い国が、これからの世界を導いていく、裏を返せば合州国の思惑通りの未来は来ないという事になる。

自由の国と言うと聞こえは良いが、未だに奴隷制もあれば人種差別も普通に残っている合州国が世界に覇を唱えるには、まず陽昇国、そして帝国は絶対に潰しておかねばならない国であり、それが残っていては自分たちの未来を通せんぼするロードブロックのようなもの。


常識で考えれば、いくら戦争とは言え大量虐殺兵器や大規模破壊兵器など、それを相手国の国土内で使ってしまったら女性や子供、老人、兵士ではない市民の大量虐殺になると考え、やめるのが通常の思考を持つ人間。

しかし現在のアーメリゴ合州国では上記の「普通の思考」を持つ人間は、ごく少数。

その少数代表者は情報部を代表する部長フリーデン准将。

今日も大統領執務室では大統領の大声とフリーデン准将の通常声が火と氷のような対比で争っていた。


「だから、どうしてそう君は私の計画に反対するのか! 君だってアーメリゴ合州国の国民だろうが! 陽昇国が憎くはないのかね!?」


「大統領、自分が何を言っているのか理解していますか? 自分が戦争をしている陽昇国が憎い、つまり個人的感情で未だに陽昇国と戦っていると白状したようなもの。それとも、この戦争を続けなければならない理由があって無理にでも陽昇国を憎むようにしているか? ふむ、その顔色を見るに後者のようですな……はぁ、自由の国とは言い得て妙、この国は大統領でなくとも自由に裏から大統領を操って非人道的な大量虐殺兵器すら使わせようとする自由があるというわけですな」


大統領の真っ赤だった顔色が途端に青ざめる。


「き、君はどうして……いや、切れすぎる頭脳か。さまざまな報告書と我々の行動から影の支配者がいると読んだんだろうが……ここだけの話だ、絶対に他人に話すなよ。話したら君と話した者の全ての親子供友人知人に至るまで刺客が放たれるぞ」


一気に話すと大統領は顔色を普通に戻し、声のトーンを落とし気味にして、


「フリーデン准将。君は、この国が歪だということは理解しているな。政治、信条、宗教、人種、どれについても好き嫌いがあるのが人間、それを踏まえた上で、この国は、それらを問わずに国民として受け入れて、それについて差別や虐待を受けることはないと表向きは憲法で保証する建前だ。しかし実際には国の一部地方で奴隷制が存在し人種差別は首都でも普通に存在するのが、このアーメリゴ合州国というツギハギだらけの国家だと言うことは分かるな?」


頷くフリーデン准将。

大統領は続ける。


「この国の最高権力者は直接選挙で全国民から選ばれて信任される大統領だと国民は思っている。しかしな、違うんだ。私は影の支配者達の傀儡でしかない」


フリーデン准将は表情をかたくする。

これから大統領が話すことは、この国が出来てから300年以上、あらゆる軍事機密よりも上位の国家機密だと確信した。


「我々のような政治家、貴族院や市民院の国民代表者、役人に至るまで表の者たちは裏の支配者がいることにも気づいていない。気づいているのは彼らから時折、指示を与えられる大統領や軍の参謀長、そして君のような優秀を通り越して切れすぎる頭脳を持った者たち、ごく少数だ」


大統領も、フリーデン准将も、余計なことは一切言わず。

ただ、大統領の言葉だけが、その場を仕切っていた。


「彼ら影の支配者は我々に存在を匂わせる事はあっても、その姿を見せることなど無い。私にも影の支配者の構成員や人数、どういう支配構造なのかを知る術はない。ただし今現在の影の支配者からの指令は、この戦争を止めるなと言う事。陽昇国に手酷い打撃を与え戦争継続の意志を奪い、我が国の傀儡となす事を望む、とな」


フリーデン准将は息を呑む。

これは確かに、どんな軍事機密よりも上の絶対的な秘密条項。

これを少しでもメディアに漏らしたら最後、自分の家族どころか漏らしたメディアそのものが破壊され、存在を消される事となりそうだ。


「分かりました……しかし非人道的な大量虐殺兵器、超兵器アトミック・ボムの使用だけは断固として反対ですから。戦争を止める事が不可能なら、そこだけは死守させていただきます」


それからも幾度と無くフリーデン准将の大統領執務室詣では続いたという……

結果としてフリーデン准将の行動が陽昇国の無辜の民、数万人の命を救ったと言える。

この後2年ほどで超兵器の検証実験も実証実験も成功し、後は実戦での投入実験を待つばかりだったが、このフリーデン准将の大統領執務室への頻繁な訪れが超兵器の実戦投入を半年以上、遅らせることに成功した。

後に陽昇国にて、このフリーデン准将の大統領への幾度にも渡る陳情と説得、これが奇跡的に陽昇国を救ったと評判になり映画や歌劇にもなる。

フリーデン准将の名はアーメリゴ合州国での評判は、あまり良くないものだったが戦後の陽昇国では英雄扱い。


「敵国の人でありながら非人道的な大量虐殺兵器には最後まで反対し、言うべきことは最後まで言い続ける正義の人!」


このような歌劇が首都にある某歌劇団にて首都防衛の合間で上演されると、その評判はうなぎのぼりで数年に渡るロングランになったという……



[陽昇国と、帝国]

神皇陛下は焦っていた。

確かに過去2回の大海戦での圧倒的勝利は、その後の陽昇国の経済的衰退を防ぎ、今この時にも豊富な物資や食料が周辺国から続々と輸入されている。

それは良いことではあるが問題は惨敗を2度も経験してしまったアーメリゴ合州国の方。

あの国は絶対に負けを認めないところがあり最終的に圧倒的勝利で自国の立場を証明しないと国民が大統領含めた政権も政治家も見放して国家の一員として参加している州が離反する可能性すらある物騒な政治体制をとっている。


自由主義などと大ボラ吹くのも、その1つ。

自由なのは自国の中でも特定人種、特定職、特定宗教の者たちだけで、その者たちが膨大な領土と経済を牛耳っていると言っても言いすぎではない。

実際に「不自由主義」国家だと言う人たちもいるが、その人たちの声は無視され、あるいは力で潰される事となる。

自国民すら平気で弾圧する国が敵国として指定した国に負けたままで終わるとは到底思えない。

情報省からの報告では絶対極秘という事で自国メディアすら取材不可となるような秘密兵器を開発しているようだ、との事。

それが何かは、どうしても掴めなかったらしいが……

ただし宇宙からの贈り物で未来の知識を手に入れている自分(と、恐らくは帝国皇帝)には薄々、その秘密兵器の正体が見える。

それは、我が国が開発中であり帝国が戦時中に作り上げただろう(しかし未だに自国民にも公開していないし、その存在すらも認めないが)物質・エネルギー相互変換炉の、ずーっと下にはあるが理論は同じものを使った兵器、強力な放射線を放つ自然界でも危険な鉱物(ウランが第一候補に上がるかな?)を用いた爆弾になるだろう。


この爆弾は比較的短期間に開発可能、そして厄介なことにアーメリゴ合州国には、そのウランの豊富な鉱床が存在し自国で材料調達可能……

我が国にも、この分野の研究者はいるが、まだまだ理論段階であり自国内にて材料調達も実験もままならない(我が国では、ごく小さなウラン鉱床が存在するのみで爆弾に使えるほどの量は採掘不可能)

ということで、この超兵器とも言えるウラン爆弾が使用された時、わが国と国民を守るには我が一大決心をして公開した絶対シールドを使用するしか無い。


ところが、この絶対シールド。

作り始めて分かったが、これは宇宙船に使うフィールドエンジンの理論を使い、それを推進ではなく空間自体に影響を与えて補強するようなもの。

つまり、フィールドエンジンのことすら理解してない段階で絶対シールドを作ろうとしても、あっちこっちに無理が出てくるのは当然。

小さな試験品から作り始めて、なんとか戦艦や重巡、大型輸送艦までのサイズをカバーできる絶対シールドは作れるようになったが、その他の全艦艇や魔導力飛行デバイス、ヘリコプター部隊にまで配備するのは時間がかかる。

おまけの試練となるのが直径数Kmを超えると途端にシールド力場が不安定になる事が判明。

原因は簡単に分かった……

単純にエネルギーが足りない。

小さいシールド力場なら少量のエネルギーで大丈夫(戦艦を守るくらい、あるいは中くらいの島なら大型発電機が2台もあれば大丈夫)

しかし、この国をすべてカバーするとなると話は変わる。

要求されるエネルギー量が段違いになり、この国の全発電所の電力を使っても足りない話になってくる。

こうなると、もう望みは物質・エネルギー相互変換炉だ。


しかし、これが難関……

絶対シールドは試作品が一ヶ月で完成したが、こちらは試作品でエネルギー発生や物質還元などやろうものならえらいことになる。

あの科学大国の帝国ですら多分、数年かかって極秘に造ったろうと思われるほどの難物が物質・エネルギー相互変換炉。

完全な超未来の科学技術を、いくら設計図も部品概要も揃っているデータがあるとは言え宇宙に出る手段もない時代の技術で作ろうという方が無理があるのだろう。

内藤総理は国用絶対シールド発生装置をまず作っておいて、エネルギー炉の方が完成次第、接続して使うほうが早いでしょうと提案してきたので承認したが……

果たしてアーメリゴ合州国の超兵器が完成して我が国の上空で使用されるのが早いか、それとも国用絶対シールドが動作するのが早いか……

ギリギリだが、もしかするとウラン爆弾のほうが早いかも……

神皇陛下は内心の焦りを見せぬように毎日の忙しさで気を紛らせていた。


一方こちらはアーメリゴ合州国からも陽昇国からも気になる国とされている、ジャールマン帝国こと帝国の皇帝執務室。

こちらも、あと少しのところで意外に粘る西方戦線と東方戦線が気になる皇帝陛下。


「陸軍国家というのは厄介なものだな、実際。これが陽昇国やアーメリゴ合州国のような海軍主体の戦争が多いものなら、ここまで相手が落ちないことは無いのだろうが……いくら叩こうが、後から後から補充兵や補充物資が運び込まれて、砲撃の合間にトーチカも陣地も修復されて更に分厚くなるときている……ここは停戦条約でも早期に結んで、講和へと持っていくほうが良いかも知れないな」


ということで帝国会議に議題として奏上し、臣下たちに相談することとする。

ところが会議に参加した帝国新貴族や平民出身議員たちからは例外なく、


「あのロー連すら倒した帝国に、もう敵などありませぬ! ロー連戦で使われた、あの秘術を、もう一つで良いので下賜いただけないでしょうか?」


どこからか、皇帝の指示で造らせた物質・エネルギー相互変換炉の話が漏れたようで、あのようなオーバーテクノロジー、もう一つあったら楽にこの戦争は終わると考えているらしい……


「はぁ……この時代とはズレすぎたテクノロジーも問題だよなぁ……とは言うものの、そろそろ陽昇国とアーメリゴ合州国との戦争も、こっちから見てるとヤバイ段階に入ってきてるようだし……情報部からの報告では、どうやら陽昇国も、あのガルガンチュアからの贈り物を使ったようだな。あっちはヘリコプターと新型魔導力エンジンを使った超小型の個人用艦隊装備か……やっぱ、東洋人の考えることは斜め上だわな。特に陽昇国ってのは地球で言う日本のような位置と人種だって言うし……となるとアメリカに似たアーメリゴ合州国が取るだろう手段は、やっぱり最悪の原子爆弾になるのかねぇ……今のあっちの大統領、東洋人種が大嫌いって話だし、歴史をなぞる恐れは多分にあるな……まあ、ちょいと同盟国を援助してやるか」


そう考えた皇帝陛下、おそらく陽昇国が作り始めるだろう物質・エネルギー相互変換炉の最大の問題点と、その解決法を書いた文書を作成し、帝国にある陽昇国大使館へと持たせた……



[最後の戦い、そして]

二度目の大海戦より二年が過ぎた。

アーメリゴ合州国の超兵器開発は順調に進んでいた。

とはいうものの実験と実証には危険と言うにも愚かなほどの気配りと対策が必要で完全な無人地帯で人里離れた広い箇所が必須のため、さすがのアーメリゴ合州国と言えども実験段階から先の事は遅々として進まなかった。

陽昇国の方も同じようなもので絶対シールドの小型版は順調に生産軌道に乗ったが、国を丸ごと覆う絶対シールドは、いや装置自体は完成していたがエネルギー供給の開発が遅々として進んでいない。

物質・エネルギー相互変換炉の開発とは、それほど危険を伴うものだった(これは時代のせい。もっと冶金学が発達している時代なら核の分裂・融合炉ほどの強固さでなくとも開発できるのが相互変換炉。しかし、この時代は一番強固な金属が戦艦の外装だということで……)

両者、ほぼ同じくらいの進捗度だ。

ただし合州国側のほうが簡単なもののため(一言で言えば爆発させれば良いだけ。エネルギーの変換効率アップや封じ込めなど不要)一歩リードしていると言える。


「あー、どうしても最初のプラズマを一秒間保持することが出来ない! 帝国は、どうやって、この難関を越えたんだろうか? はぁ、愚痴るのも馬鹿らしいが、せめてヒントくらい貰えたらなぁ……」


「ぼやくなぼやくな。帝国の科学者陣に出来たんだ、我が国の科学者と技術者に出来ないわけがないだろう。さ、データを見直して見るぞ! どこか見過ごしているかも知れんからな!」


初期実験での相互変換炉シミュレーションで初期に大規模なプラズマが発生する事が分かったが、これを変換炉内部に一秒間、留めておく必要があると分析・確認された。

これが拡散すると、その後の相互変換がうまく行かないと。

その壁は高かった……

この国の最先端の頭脳をかき集めた集団にとっても。

合州国の超兵器開発は、その間に遅いながらも進んでいく。

超未来の技術と近未来の技術、その違いが、わずかづつの差を生んでいく……

追いつけない一歩になるのは、もうすぐ。

しかし、ここで思いがけない助け舟が入る。

そう、帝国皇帝陛下からの親書として通常の書類に偽装されて皇帝陛下の助言が書かれた文書が届いた。


「こ、これは……皇帝陛下、助かります! 同盟国、バンザイだ! 侍従長、帝国からのありがたい助言が書かれている書類である。毀損する事の無いよう注意して、しかし至急、物質・エネルギー相互変換炉の開発者たちに見せてやるが良い。たぶん研究も開発も一気に進むであろう」


帝国皇帝からの親書ということで、まず何を置いても神皇陛下に届けねばとしたところが良かったのだろう、帝国皇帝陛下のアドバイスは見事に陽昇国に届いた。

それからのエネルギー炉開発は早かった。

とは言うもののアーメリゴ合州国の半歩リードを打ち消すくらいの進歩ではあるが。

それから互いには知らないが、互いの秘密兵器の進捗状況は抜きつ抜かれつの競歩のようなもの。

疲れたとか辛いとか言って力を抜いたほうが負ける、まさに国命をかけた競争となる。


「やった……理論通りの爆発力には程遠いが、それでも、この一発で陽昇国の首都を焼き尽くす成果は出せるだろうところまで、こぎつけた……我が国は、この戦争、勝ったぞ!」


やはり一歩先んじたのはアーメリゴ合州国。

研究が秘密裏に始まったのは何と開戦前! 

現大統領の前任者の計画を引き継いで、一時期は停滞したが、ついに超兵器の完成を見た。

後は、これを敵国、陽昇国の首都上空へ運ぶ魔導力飛行デバイスだが……


この超兵器、たった1つの欠点として大きすぎ、重すぎた。

ご存知のようにこの世界、飛行機などという物は無く、魔導力を蓄積して空を飛ぶ個人用の飛行デバイスしか無かった(陽昇国のヘリコプターは別。あれは飛行機械ではあるが、大海原を飛び越えての超長距離飛行は無理)ので急遽、大型の魔導力飛行デバイスを作り上げることとなる。

それは前代未聞の魔導力飛行デバイス。

それまでの魔導力飛行デバイスとは、大きくても、それを装着する人間の2倍が最大のサイズ。

それ以上は制御が難しすぎて飛行デバイスとは呼べなくなる。

個人で制御できないのならグループで制御すりゃ良いじゃないか? 

と、ある魔導力デバイス学者が考えた……

普通はバカな話と切って捨てるところだが今の状況が、それを拾い上げてしまう……

巨大な魔導力飛行デバイスの中に操縦者が乗り込み、与圧された室内にて制御魔導力を振るう、それも小隊規模(5名)で……

ここに、この星は、ついに(見かけ上)飛行機を生み出すこととなる。

今までの人体装着型とは大違い! 

魔導力蓄積量も、それまでとは桁違いの量となり、この発展型となる超大型魔導力飛行デバイスは理論上、この星を一周する事も可能だと試算される。

まあ試作でしか無い初号機は、これはこれで海を越えて超兵器を陽昇国へ運び、そこで爆発させるという、戦局を大転換させて一挙に陽昇国を無条件降伏させるという失敗できない任務を背負わされて歴史の転換点へと飛ぶ運命を持った機体ではあるが。


操縦者と言うか魔導力のリアルタイム充電器というか……

なにしろバカでかい機体にクソ重たい爆弾(不安定なものだという説明は、あえてされなかった。戦後それについて小隊全員から政府が訴えられる事となる)を抱えて超長距離爆撃を行うのだ。

いくら大型の魔導力蓄積装置を積んでも途中で魔動力を補充してやらねば……

墜ちる、簡単に。

搭乗者は魔導力のできるだけ大きい者たちが数1000人の魔導力兵の中から選抜され、5名とされる。

その部隊名は666小隊。

敵国への悪魔の贈り物を届けるという意味らしいが悪趣味だ。


この試験機にして超長距離爆撃機は、その機体名を「オメガ13」と名付けられた……

悪趣味も、ここまで来ると潔い。

ちなみに、この機体が完成して試験飛行が成功すると部隊は待機を命じられる。

その原因は、ひとえに魔導力の充填に時間がかかるから。

数週間かかって充填が完了して、さあ飛び立ってからも機体内部で毎日、魔導力の充填が必要となるので操縦手以外は魔導力吸引装置にかかりっぱなしという、酷い機体もあったものだ。

およそ一ヶ月半。

ようやく充填が完了して発進命令が出るかと思いきや……


「待て。未だに大統領の作戦命令書にサインがない。大統領は、すっかりその気でいるらしいが情報部部長のフリーデン准将が必死に説得をしているとのこと。まあ、そんなに時間はかからんと思うぞ」


その無線連絡より数日待てば良いかと思っていた小隊員は、それから2ヶ月待たされた……


「ようやく命令書にサインがされた。では、リトルソラー計画、発動だ。これより無線封鎖。自動航行装置により敵国近辺になったら陽昇国近海に潜んでいる潜深艦隊へ合図を出せ。合言葉は「イエローゴーホーム」である。それ以後は無線指令により爆弾を一発放り出して故郷へ帰ってこい。それでお前たちは英雄だ! では、これにて! オーバー! ブツッ……」


悪魔の意志を持った機体が悪魔の爆弾を腹に抱えて今、飛び立つ……

陽昇国の運命や、いかに?! 


アーメリゴ合州国より超兵器(ウラン使用の大規模破壊爆弾)が搭載された試作大型魔導力飛行装置、機体名オメガ13が空軍飛行場を発進する、その数日前に遡る。

ここは陽昇国、秘密兵器研究所。

所員全てが絶望の果てに、かすかな希望を見てから一年余り……

ついに、この日がやってきた。


「理論的には、これで物質・エネルギー相互変換炉の起動に問題はないと確信する。後は起動後の制御なんだが帝国皇帝陛下の書簡にも神皇陛下からいただいた詳細データにも起動後の制御方法が書かれていない。今、神皇陛下にご連絡したところで、お返事が……誰だ?」


研究室に来客があるとのことで所長自らが久々に研究室にお客を伴ってやってきたらしい。


「お久しぶりだな、研究者諸君。今日は神皇陛下が御自ら、この研究所に御来臨くださった。連絡をもらったとのことだそうだが誰かね?」


研究者のリーダーが手を上げる。


「私です。最終理論と試作品の物質・エネルギー相互変換炉が完成しました。後は起動実験なんですが少し疑問点がありまして神皇陛下にお答えをいただきたく、お知らせした次第です」


所長が答えようとしたが神皇陛下が声を上げる。


「良い、所長よ。これは、この装置の理論と設計データを一番良く分かっている我自身が答えよう。疑問点とは何かね?」


「はい、ありがたき幸せ。疑問点は唯一つ。この装置、始動後の制御方法が全くわからないのです。お教えいただければ、と」


神皇陛下、一瞬、何を言われたのかわからないようだったが……


「は、はは、ははははは。よくやったぞ! これで我が陽昇国がアーメリゴ合州国との戦争で負けることは無くなった。ああ、失礼、疑問の答えだったな。何もしなくて良い、だ。負荷に自動的に対応して出力が調整されるようになっているから、始動して数秒後に出力を負荷に接続すれば良いだけだ。遥かな未来の星からの贈り物だぞ、そんなことは書かなくとも常識なのだ」


あっけにとられた所長以下、研究者達と、笑い続ける神皇陛下の光景は数分後に真剣なものとなる。


「では神皇陛下、始動スイッチを」


「分かった。では、物質・エネルギー相互変換炉、始動!」


バチッ! 

という音と共に起動する瞬間に、まばゆい光を放つ! 

数秒後、その光は消えて相互変換炉は安定し、ゴゥンゴゥンという低くて小さな音と共にエネルギーを安定供給する装置と化す。


「……成功です」


その声を聞いて、ようやく事が終わったと安心する神皇陛下。


「この試作機で充分に国用絶対シールドのエネルギー源として使える。これは我が貰って国用絶対シールドに取り付けよう。よくやってくれた、研究者諸君、ここにいる全てのものに神皇として感謝の意を伝えたい。勲章や報奨は後となるので、すまないが一刻も早く、これを絶対シールドと繋がせてくれ」


恐縮しながらも誇らしい気持ちで神皇陛下たちを見送る研究所員達。

神皇陛下は、ここぞとばかり専用車の特権を使用し、警察車両の先導により大通り全てを閉鎖、神皇専用車を時速150km以上で無人の路のごとく飛ばしていく……


それでも2時間以上かかって国用超大型絶対シールド発生装置にたどり着く。

すぐに護衛兵に命令し付近から人払いを行い、神皇陛下自ら接続作業に携わる。

扱うエネルギーが小型や中型とは桁違いのため、慎重に作業を行う神皇陛下。

1時間以上かけて作業表の一行程づつを確認しながら、遅くなっても良いので手順確認と危険予知を行いながらも配線と接続点のチェック、接続後の隔離作業を慎重にやっていく。

ついに作業は終了し後は絶対シールドのスイッチを入れるだけとなる。


「ようやくだな。これで我が国の国土、島、艦艇、飛行デバイス隊の全てが絶対シールドで守られる……数時間前に内藤総理に空を飛んでいるものはすべて地に下ろすように言いつけたが大丈夫だろうな。では絶対シールド、発生!」


パチン、という音と共に、ヒューン……

という甲高い音が数秒続き、そして消える。

シールド発生装置が働いている事を示すのは電源が入ったことを示す小さな電球のみ。

そして、そこに接続された物質・エネルギー相互変換炉も安定している。

ここに、これより一ヶ月の間、陽昇国の空、高度500m以上は飛行禁止となる。

500m以下なら禁止されないが、それ以上の高度に上がった場合、命の保証はないとのこと。


陽昇国の絶対シールドが完成した3日後、悪魔の超兵器、ウラン爆弾を積んだアーメリゴ合州国の大型魔導力飛行デバイスが海を越えて来た。

4日近くも不眠不休で海を越えて飛んできた今現在、たった一機の成層圏飛行可能な大型魔導力飛行デバイスは目指す国が見えた事で、ようやく無線封鎖を解除する。


「こちら、オメガ13、666小隊より。イエローゴーホーム。繰り返す、イエローゴーホーム。オーバー」


「ジジジ……合言葉、了解。そのままの速度で1時間飛び、首都上空7000まで降下したら計画を実行。そのまま進路を変えずに直進し、2時間後に我が国の秘密滑走路に降りろ。その時には、もう戦争は終わっているはず。オーバー」


「オメガ13、了解。指示を実行する。オーバー」


身体も精神も疲労が積もり積もってクタクタになっているだろうに最後の気力を振り絞って、666小隊は大きな機体を再度、成層圏に保つよう高度と速度を確認する。

1時間後、首都近くに来たと判断すると高度を7000まで落とし爆弾槽(燃料の増槽を利用した落下可能の爆弾槽)の落下スイッチを押す。

いきなり機重が軽くなり機体コントロールが外れそうになるが、もう帰投するだけなので魔導力吸収もせず5名全員で機体制御に全力を使い、何とか再び成層圏に上がる事に成功する。

爆弾槽が固定器具から外れて30秒後に爆発するようになっていると聞かされたので、後部を振り返る余裕のある者はカメラを取り出して歴史の転換点となるだろう瞬間を撮ろうとする……

5秒後、地表ではないが首都上空で小さな太陽のような光が閃きキノコ形の雲が沸き起こる……


「あの雲の下は地獄だろうか……もしかしたら我々は死んでも許されぬ所業に加担したのではないだろうか……」


そんな事を呟きながら彼らは目的の秘密滑走路へと向かうのだった……

計画は完全失敗したとすら知らぬゆえ……


「ああ、ガルガンチュアよ、感謝を捧げよう。我が国は最大の悪意と攻撃から守られた……」


神皇陛下は今どこにいるか分からないが実体を持つ神の使いとも言える宇宙船ガルガンチュアに心からの感謝を捧げるのだった……


絶対シールド(国用)が起動されて一ヶ月半。

一発だけで済むわけがないと用心して、最初のウラン爆弾が落とされてからも慎重に慎重を期して絶対シールドの解除日が伸ばされていたが、さすがに周辺国家と軍事演習に問題があるとして、この日に国用の超大型絶対シールドが開放された。

ちなみにエネルギー供給源の物質・エネルギー変換炉は接続されたまま。

いつアーメリゴ合州国からの超兵器爆撃があるかわからないから、という切実な問題からだ。

シールドが開放されても見た目には分からない。

可視光は普通に通す絶対シールドだから。


ちなみに、ガルガンチュアにて使用されているフィールドバリアシステムは、これより数段進歩している。

強度は最高で絶対シールドの100倍以上、ガルガンチュアと小惑星の衝突くらいなら平気で耐えられる(ちなみにガンマ線は最低強度で通過不可となる。フィールドバリアは空間そのものに作用する構造なので有害な放射線を含む超高周波の電波、つまり、可視光より周波数の高い光は全て遮断される仕様)

陽昇国の国内模様(被害程度や爆発の影響)がアーメリゴ合州国に伝わったのは、およそ2ヶ月後。

放射線の影響や超兵器の悪影響を考えると一ヶ月以上は爆心地に近寄るなと厳命された潜深艦隊は、はるか遠くからの潜望鏡観察しか許されず、それも頻度の高い駆逐艦隊と海防艦の巡回航行によって観察任務すら妨害されることが多かった。

ようやくアーメリゴ合州国大統領官邸に潜深艦隊からの陽昇国近況が報告書として届いた。

どんな悲惨な状況になっているかと一部ワクワク、一部後悔に苛まれつつ報告書を開く。


「こ、これはどういう事か?! 爆撃は成功したと報告を受けたし、証拠の爆発を撮った写真すらある。これだけウラン爆弾が爆発した決定的証拠があるのに一ヶ月半後に確認した光景に日常生活そのものがあったとは、どういう意味だ?!」


閣僚、軍部、その場にいる全ての者に説明などできるものは無かった……

いや、たった一人、推測できる人間が。


「大統領、やはり私の言った通りになりましたな」


発言したのはフリーデン准将。


「弱小国と侮ると大変なことになると申し上げたでしょう。陽昇国には、ここぞという時に何が出てくるか分からないと……今回も、さすがに超兵器、ウラン爆弾すら防げるなどという、もう想像を越えたものが出てくるとは思いませんでしたが、やはり我々の知らない知識や装備がありますな。どうします? 大統領……これ以上、陽昇国と戦えば、それこそ一瞬にして、このアーメリゴ合州国そのものを焼き尽くす兵器が出てくるかも知れませんよ?」


その言葉に反対し、まだまだ陽昇国と戦えと言える人物はいなかった……

あの超兵器の爆発すら耐えて無効化したと思われる敵の装備に今さら戦艦の主砲や魚雷が通用するのだろうか? 

これから海戦を行おうとすれば一方的に被害を受けるのは自分たちの艦隊だろう。

嫌な冷や汗が、そこにいる全ての者の背中を濡らす……

そこへ緊急だと飛び込んでくるものがあった。


「だ、大統領! 緊急事態です! 只今、我が国の首都上空、この大統領官邸の真上に10機の変わった魔導力飛行デバイスが飛んできて市民にビラを撒いています。これをご覧ください! こんなものが空から!」


飛び込んできたのは秘書官。

手に持ったのはA4ほどの大きさをした紙、そこに印刷されているのは……


『合州国市民たちよ、立ち上がれ! 君たちの政府は無謀なる戦いを行っている。一ヶ月半前に陽昇国へ落とした非人道的なウラン爆弾は陽昇国のテクノロジーにより国家にダメージを与える前に無効化された。これ以上、戦いをつづけるなら陽昇国の秘密兵器がベールを脱ぐことになる。1つの州を数秒で焼け野原にする兵器もある。この国を焼け野原にする前に考えろ! 』


大統領は頭に血が上り……

そのまま椅子へ倒れ込む。

あまりに興奮しすぎて脳出血を起こしたようだ。

緊急事態に救急車が呼ばれ、そのまま緊急手術となり……

意識が戻るのは当分、先だと医師が告げる。

戦争継続するか否かの判断は保留され、副大統領が、とりあえずの国家指揮の役目を引き継ぐ。


「大統領の意識が戻るかどうか正直、五分五分だそうだ。生命の危機は去ったようだが大統領としての任に耐えるかどうか先生の言葉では一割も可能性がないとのこと。この状況で陽昇国との戦争継続は無理ではないかね? どうだろう……皆の意見を聞かせて欲しい」


副大統領は後にも先にも進めない状況に突然放り込まれてしまい、困惑している。

その間にも陽昇国からのビラまきは続いている……

結局、迎撃用の魔導力飛行デバイス部隊がやってきた時には、もう全てのビラを撒きつくして10機全てが帰った後だった。


「おい、情報部長! 君がここにいるのに何故に陽昇国魔導力飛行デバイスの我が国上空侵入を許した?! もしかして敵国と通じとるのか、貴様ぁ!」


謂れのない罵倒を副大統領より浴びせられた情報部長のフリーデン准将。


「バカなことを言わないで下さい、副大統領。私が敵国、陽昇国に通じていたら、こんな自分の頭の上に飛行デバイスなど飛ばすわけがないでしょうが。まあ、あの魔導力航空隊、敵対意志、というか攻撃の意志など無いように感じましたが。ビラまきに来ただけでしょう……しかし、これで我が合州国が更に敵対意志を示せばビラではなく爆弾の雨が降り注いでも不思議では無いのでしょうが……どうです副大統領。これでも陽昇国が弱小にして後進国だと言いますか? これ以上、あの国に戦いを仕掛けるなら、この国がどうなるか……焼け野原なら優しい方じゃないかと思いますけどね、あのウラン爆弾を、よりによって陽昇国首都へ落としに行った国に対する報復としては……」


これは言った本人も言われた副大統領も改めて背筋が凍る発言だった。


「分かった、信じよう。しかし具体的にどうするかね? 大統領が倒れても、まだ大統領命令は有効だ。それを取り消して平和条約と友好条約を締結するには大統領の直筆サインが必要なことくらい君にも分かっているだろう。あるいは大統領が亡くなるか、だ……意識はないが、まだ大統領は存命しているのだから戦争は続けるしか無いのだ、我々の思想や考えは無視してな」


少なくとも副大統領個人として戦争を続けることに嫌気がさしているのは間違いないだろう。

まあ大統領の作戦命令書も新しく作成することもなく、かと言って小さな戦闘を止める事も出来ず、そのまま一ヶ月が経過して……


「先生、大統領の容態は、いかがでしょうか? 戦いの趨勢を決定するかも知れないのです!」


問われた医師は暗い顔で、


「はぁ、大統領の生命は何とか救えました……が、倒れる前からの状況が酷すぎましたな。血圧が極端に上がったり下がったりと心臓と脳に負担を加えすぎています。半身不随で収めるのが精一杯でした。言葉の発音も不明瞭でリハビリテーションを一年間行ったとしても元には戻らないでしょうな。政治など、もってのほかですよ。次に出血が起きれば即死です」


と、はっきり宣言された大統領は、その時点をもって解任、引退とされた。

戦争中ではあったが新しい大統領を選出する選挙が始まることとなる。

ちなみに陽昇国は大統領選が始まることを知ってアーメリゴ合州国へ停戦を打診してきた。

終戦ではないので期限を指定して(半年)停戦が発効することとなり、とりあえずの戦いは中止される。


大統領候補は数人、しかし頭一つ出ている候補が2人。

一人はジョン・K・ネィディ候補、そして、もう一人、戦争映画の主役を何度も演じたアーノル・D・シュワーツ候補。

丁々発止の選挙合戦は新聞、映画、ラジオと新しいメディアとして登場して来たテレヴィジョン。

テスト放送が終わり実際に各局からの放送が始まるとアーメリゴ合州国の今までの景気の良さが幸いしてテレヴィジョン放送波の受像機が飛ぶように売れ、家庭にいながらにして遠くの景色すら見えるようになった。

各候補とも今までのメディアはできるだけ利用しようとするが、新しい映像と音声を使ったテレヴィジョンに飛びついたのは、やはりネィディ候補とシュワーツ候補。

この二人だけは、あまりあっちこっちへと遊説旅行はせず地方のテレヴィジョン放送局へ見学と称して顔見せに訪れる。

そうすれば地方局では待ってましたとばかりに特別番組を組み、せっかく訪れてくれた高名な候補の話を、これでもとばかりに2時間以上、対談形式で聞きたがる。

おかげで頭一つのリードだった2候補は、いつの間にか他の候補者たちを引き離し一騎打ちの様相を呈するようになる。


「私はね、このアーメリゴ合州国が世界をリードする国家になれれば良いなとは思っていますよ。しかし今の時点で我が国を遥かに凌駕する科学技術とテクノロジーを持っている国は確かに存在します。それは今現在、停戦が発効しており戦いを一旦中止している陽昇国。そして、今もなお隣の大陸で勝利を掴みつつあるジャールマン帝国。この2つの国家は我が国が最初、予想していたような野蛮な国家ではない事が理解されつつあります。我が国が、この先も発展し一流の国家となろうとするならば、この2つの国家と平和条約を結び、将来は統一国家として宇宙へも乗り出す事が可能となるでしょう!」


以上はネィディ候補の主張。

対するシュワーツ候補は……


「俺の主張は簡単だ。軍の秘密兵器だったウラン爆弾でも破壊できない陽昇国との戦争など早々に終わらせて平和条約を締結する。そして友好国を未だに攻め続けているジャールマン帝国への宣戦布告と攻撃・友好国軍への物資や食料援助を行うことだ! 幸いにして陽昇国は守りを優先する国家で我が国まで魔導力飛行デバイスを飛ばしてきてもビラまきがせいぜい。戦うなら帝国だ!」


愛国者とか右寄りとか言われる者たちは未だに力強い事を吠えるシュワーツ候補に声援を送るが、はっきり言って合州国の国民の大半は、どうやっても勝てそうにない戦争など、もう止めたいと本心では望んでいた。

数ヶ月後、大統領選の投票が行われ、数週間かかって全ての国民が投票箱に入れた投票用紙が計算される。

機械化すれば良いだろうと言う声が高いが信頼性とチェックが2重に入る(開票者と、それを監視するダブルチェック)ということで時間がかかるが未だに機械化の許可は降りない作業が果てしないと思われるほどに時間をかけて行われ……


「視聴者の皆様、臨時ニュースです。アーメリゴ合州国の新しい大統領が決定しました……ジョン・K・ネィディ、合州国新大統領です!」


いつものソープオペラの時間に臨時ニュース番組が挿入され、ドラマの現場セットにアナウンサーが登場しドラマはシッチャカメッチャカとなる。

この時代ビデオやファイル化などという技術はないのでドラマもコマーシャルも全て実演。

ちなみに、このドタバタが受けた退屈なだけだったソープオペラ番組は、ニュースと合体するという馬鹿げた発想で視聴者に大受けするギャグドラマを作り上げることになる。

ジョン・K・ネィディ大統領は新任演説にて、


「この馬鹿げた、合州国の誤った認識から始まった陽昇国との戦争は我が国の政治体制が一新された今、即刻、終戦して平和条約と友好条約を締結すべきである。我々は、もう少しで開けてはいけないパンドラの匣を全開にするところだった。少し開けて隙間から覗いたらとんでもない物が出てきた時点で我々は陽昇国との講和会議に移るべきだった」


と、ぶち上げた。

驚いたのは、これを聞いた影の支配者。

着任演説が終わった大統領府にて一休みしている大統領に何処からか入ってきた影の薄い男が呟くように喋る。


「ネィディ大統領、我々は、この国の影の支配者。戦争を終わらせてはならぬ……終わらせたら、お前たち閣僚全ての命は保証しない……」


情報部長より話を聞いていた大統領は少しも動ぜず、こう返したという……


「ほぅ、やれるものなら、やってみたまえ。ただし、これ以上、陽昇国と戦争を続けても我が国の損害が増すばかり。知っているか? 少し前に小規模な遭遇戦があったが、こちらの艦隊の全ての武器が向こうの全艦船、いいか、輸送船も含めてだ、こちらの武器が全く通用しなかったそうだよ。魚雷攻撃と巡洋艦隊の総砲撃を受けても向こうは反撃もせずに速度も落とさずにその場を通過していったそうだ。もう陽昇国の艦隊は我が国など敵と認めていないんだよ。ウラン爆弾を、もう一回落とそうとしても無駄だろう……あの国を本気にさせたのは影の支配者、あなた達だ! 我々を叱責したり政治方針に口を出すのは止め給え! 過去の亡霊共が! 我々は未来へと向かうのだ、陽昇国と共にな!」


男は大統領の剣幕に驚き、逃げていった。


「ふぅ……これで私も暗殺対象だな、ついに。しかし、暗殺される前に絶対にやらなければならぬ事がある!」


大統領は積極的に陽昇国との平和条約&友好条約の締結に進む……


それからのネィディ大統領、行動が早かった。

陽昇国へ至急の連絡を飛ばし、情報部長フリーデン准将の伝手も使って互いの最高責任者会談を行うことを提案する傍ら、平和条約と友好条約も早急に締結できないかと根回しを行う(根回しは情報部長から聞いた方法。会談や討論会がうまく行くように予め主だった参加者たちに主題や討議内容の説明をしておき、できれば仮想問答もしておくことだそうだ)

アーメリゴ合州国民も、あれよあれよと動く事態の早さに驚きつつ、平和になるなら大歓迎! 

と好意的な目で見ている。

ただし一部の新聞やラジオ、雑誌、テレヴィジョン局も含め、影の支配者の命によって動いていると思われるメディア集団は一斉に新しい大統領の動きを攻撃する。


「偉大なるアーメリゴ合州国が、こんなに気弱な外交をしてて良いものか?! 我々には超兵器、ウラン爆弾があるではないか! 一発で効かないのであれば、10発でも20発でも落としてやれば良い話だ。それが可能なのは我らが偉大なる合州国だけなのだぞ!」


物騒極まりない煽り文句だが喋ってる奴らは至って真面目。

自分の思想が真っ黒いものに染まっているなどとは思いもせず、ただただ偉大なるアーメリゴ合州国の敗戦という屈辱に耐えきれない、いわばヤケクソあるいは自己欺瞞とでも言うべき犯罪じみた言動を繰り返している。

しばらくして。

あっちこっちへと走り回り、2ヶ月後にようやく陽昇国との平和条約締結を含む平和会談が行われる事となった現在、大統領は国内のタカ派を含む影の支配者からの影響を排除する政策を実行する。

議会へ提出した時にはメディアと思想の差別と支配につながると大騒ぎになったが、あまりに酷い発言を繰り返す、ほんの一部のメディアと思想団体を規制するのは別に変でも何でも無い……

現に、これには暴力と人種差別を肯定するKKKK団も含まれている。


今まで、この国は言っていることと日常の行動が繋がっていなかったので言行一致を為すだけだ。

以上、アーメリゴ合州国において初となる人種差別禁止、奴隷制完全撤廃、未成年教育の完全実施(5歳より18歳まで国による無償の完全教育。一部の州では、これが実施されていなかった)と政府機関への就職及び議員立候補の人種と身分選別の完全撤廃……

自由と市民による市民の政治を標榜するなら、はるか昔に達成していなければならない法律ばかりだが、ようやくアーメリゴ合州国は、その身に抱え込んだ闇と決別しようとしていた。


その日が来た。

陽昇国が派遣して来た超大型輸送艦とりふね。

人工運河を通れるサイズではなかったため、ワーシングトン州の軍港へと錨を下ろした。

そこから降りてきたのは内藤総理大臣と神皇陛下。

ネィディ大統領は内藤総理大臣だけが来るものだと思っていたが神皇陛下まで同道してきたので慌てる。

しかし、顔には出さずに陽昇国を支える二本柱とも言える二人を歓迎する式典を執り行う。

様々な式典が終了し後は副大統領と大統領、内藤総理と神皇陛下の4名で平和条約締結への会談を行う次第。

会談が行われる場、回りより少し高台となったテラスへ案内されると神皇陛下がおもむろに……


「大統領閣下、ここは危ないですな。失礼ですが安全策を取らせていただきます……」


脇に抱えた小箱に手を伸ばすと何処にあったのかスイッチらしきものを押す。

小さな高周波音が数秒、そして沈黙。


「これでもう安心です。どうやら我々4人全てが暗殺対象なようで……」


驚く大統領。


「な、何という……何か操作をされたようですが、これで安心なのでしょうか?」


答えたのは内藤総理。


「はい、神皇陛下は少しですが人間の感情を読むことができる能力をお持ちです。我々、陽昇国の者は他国に比べて魔導力の力が弱かったり無かったりと魔導力の恩恵を受けにくい体質なのですが神皇陛下は違います。陛下は周囲の人達の悪意を感じ取ることが可能なのです」


これに驚愕したのは副大統領。


「魔導力とは、そんな事にも使えるのですか? 我々は魔導力とは便利な力、昔で言う魔法のような力だと思っていましたが」


「ええ、少なくとも、この力を自由自在に使えた、大昔に星から来た神の使いは魔導力ではなく「さいこきねしす」と呼んでいたようですが。さいこきねしす、とは力の一種。発現の仕方により、てれぱしー、くれあぼやんす、ぽすとこぐにしょん、ぷれこぐにしょん、と様々な力が発動するようですな。ちなみに今の言葉は、心の通信、千里眼、過去幻視、未来幻視となります」


神皇陛下の解説に、ぎょっとする3名。

さすがの内藤総理も、ここまで神皇陛下が魔導力について知っているとは思わなかったから。

その瞬間、驚きがショックに変わる! 


ズダーン! ダーン! ダーン! 


およそ3方向から、ほぼ同時に大口径ライフルと思われる軍用銃から放たれた銃弾が、周囲から丸見えの高台にいる4名めがけて襲いかかる! 

必中を期してか3丁の銃から3発づつ撃たれた合計9発の凶弾は、ようやく訪れようとする平和の時を戻して憎しみと破壊しかない戦争を無理やり続けさせようと2つの国の最高責任者たちに迫る! 


チン! チン! チン! チン! チン! チン! チン! チーン……


凶弾は4名の周囲2mまで迫ったが、そこで何かに阻まれるように運動エネルギーを吸い取られて地面に墜ちる。

コロコロと足元へ転がってきた銃弾をハンカチで包んで拾い上げた大統領は、神皇陛下に救われたと知る。

あの小箱が戦時中も陽昇国をウラン爆弾から守った超技術の賜物なのだろうとは推測できる。

それ以上、どんな想像も追いつかないだろうとは思われるが。

それより先、何の襲撃もなく、平和会談と、それに続く平和条約と友好条約の締結は問題なく終了した。

数日後、大統領は情報部より意外な報告を受ける。


「財閥の大手、あの巨大鉄鋼会社と大新聞社の会長、そして銃器製造会社の最大手の会長も自殺したって? 古風に毒を煽って?」


「はい、遺書も何も無かったそうですが彼らの顔には絶望しか見えなかったそうです。よほどのショックで心が折れたんでしょうかね? 何もかも諦めて、それでも恨みは深いぞとばかりに死に顔すら安らかとは言えなかったそうです」


「そうか……まあ、これでアーメリゴ合州国は、ようやく過去の亡霊と縁が切れたってことかね。さあ! これで政府も情報部も、いくらでも動けるようになるぞ!」


「いや、大統領……情報部が活発に動きすぎるのは、いかがなものかと思われますが……」



[ジャールマン帝国]

友好条約を締結した両国ではあったが両国共に同盟国の問題がある。

陽昇国の同盟国は、かのジャールマン帝国。

アーメリゴ合州国の同盟国はジャールマン帝国に今しも王手をかけられようとしている西部方面と東部方面(帝国基準)の各国。

とりあえず同盟国としての締結はせず2国間での友好条約となったのは仕方がない。

でもって陽昇国の神皇陛下の仲介によりアーメリゴ合州国とジャールマン帝国、超大国と呼ばれる国同士の会談が行われる事となる。

この会談にも、あっちやこっちから邪魔が入り(帝国と戦争やってる当事国からは必死のお願い。当たり前ではあるが合州国と帝国が友好条約など結んだ日には自分たちは見捨てられかねない)それこそ暗殺まがいの脅しすらかけられたが、その辺りは会談中の停戦という形にして落ち着くこととなる。


陽昇国と合州国との友好条約締結後、三ヶ月ばかり後、ようやく合州国と帝国のトップ会談が開かれる事と相成る。

合州国大統領が帝国へ招かれて首都ジャールマニアの大会議場にて会談が行われる。

その後、大統領は帝国政府よりもてなしを受けるが、そこには兵器廠の見学まで含まれていた。


「いかがですか、ネィディ大統領。我が国では最新の研究成果として、こんな物も試作しております」


という同行している帝国皇帝の案内(破格の待遇だ。もう、陽昇国の総理並)で研究所を見学したりもするが……


「皇帝陛下。一体あれは何ですか?」


不思議な形をした物が工廠の床に置かれている。

それは全くの球形。


「ああ、あれですか。はるか昔に、この星に来た神の御使いが乗っていた物の試作品です。まだまだ不安定で実用に耐えませんが一応の試験機としては使えると思っています」


ここで大統領、ピンときた。


「はるか昔に、この星に来た神の御使い……これは以前にお会いした陽昇国の神皇陛下にも同じことを言われました。もしや帝国にも陽昇国と同じ超科学の技術が伝わっているという事ですか?!」


皇帝陛下、ニヤリとして、


「そうですな。御使いが来たと言われるのが約800年と少し前。その頃、あっちもこっちも野蛮人ばかり、もちろん我々も同様ですが……あまりに凄惨で酷い戦いばかりの星に呆れ果てた御使いは一瞬にして皆を気絶させたそうです。そして、いかなる手段か傷ついた者たちも癒やし元に戻し……切られた足や腕すら元に戻ったとの記録がありますな……その後、眠りから覚めた人々に戦いの虚しさ、愚かさを教え込み、そして未来に必要となるだろう知識を詰め込んだ贈り物を、その当時にあった国々へ渡して星の世界へ帰っていったそうですが……800年以上前から存在している国とは我が国と陽昇国、その他にもいくつかあったようですが滅亡してしまった国が多いのは残念です。侵略者にお国の秘宝は渡せませんので破壊……はされていないと思いますが、もう誰も知らない宝物庫へ隠されているのでしょうな」


ようやく納得した合州国大統領。

超大国と自負していた自分たちが情けない、星の知識は800年以上前から、この地にあった。

自分たちの国は、たかだか建国400年足らずで、とてもじゃないが星の知識などという秘宝を貰っているわけがない。


「それで帝国と陽昇国が星の知識を独占したわけですか。個人的に全ての情報を公開するべきだと思うのですが」


あまりの知識と情報の格差に少し怒りを覚える大統領。

しかし帝国皇帝は少しも動ぜず、


「では我々のもつ知識を、そちらにも全て公開したとしましょう……そちらの国で知識の小出し、時代に合った技術として国を守るだけの発明を出し続けられますかな? おそらくですが、そちらの国では公開を止められないでしょう。これ以上やったら一国のみ生き残って他は滅ぶという選択肢を容易に選ぶのが合州国だと思うのですが?」


ニヤリと黒い笑みを浮かべる皇帝陛下。

一瞬で、その笑みは消えたが大統領には、


『ほら、否定できないだろ? お山の猿大将がお似合いの合州国さん』


と言われて反論できない自分がいた。

証拠は陽昇国に落とそうとした(実際に落とした)ウラン爆弾だ。

あれが普通に効力を発揮していたら……

陽昇国の首都は壊滅的破壊、死者と、後に判明したが放射線の影響で早期に死に至る市民が万できかない数になっていただろうと情報部より報告書が来ていた……

言い逃れは出来なかっただろう大量虐殺を行った国として、いつまでも汚名を背負って生きていく事となっただろう。

大統領は、それ以後、星の知識を寄越せと他国に言うことは無かったと言われる。

会談が終了し、共同宣言が出されることとなった。

とは言え未だ同盟国が戦っている相手国であり平和条約を結ぶなどとは口が避けても言えない。

しかし、ここで帝国皇帝が驚きの宣言を出す。


「我がジャールマン帝国は先日からのアーメリゴ合州国大統領との会談により現在実施している西部方面、東部方面の休戦協定を拡大し互いの国の境界を確認した後は終戦としても良いと宣言する。これは互いの確認によるので不満ならば戦いを再開するのもやぶさかではない」


驚いた大統領だったが、


「皇帝陛下のご英断により、この地に平和がもたらされる道が出来た。私は今すぐにでも同盟国を訪問し、この協定と終戦条約を確認するように各国に伝えようではないか!」


またまた大統領は右に左に走り回ることとなるが、その顔には笑みが溢れていた。

ようやく、この星に戦いのない時代が来る、それが嬉しかった……


強情な国もあったが、それでも一年後。

ついに帝国と各国との終戦条約が締結された。

まあ、国土の半分以上を帝国に占領された国もあったが、その地の住民たちが帝国領のほうが良いと叫ぶため元に戻すことは諦めるしか無かったという……



[大団円]

あの、すったもんだの終戦協定と和平協定、友好条約が乱れ飛び、ほとんどの国家に平和が訪れた(ほとんど、と書かねばならないのは、それでも強情に感情に任せて戦争を継続するという選択肢を選んだ国がいるから。まあ半年も経たずにジャールマン帝国、あるいは陽昇国に対して白旗を上げる事を余儀なくされたが……ごくごく一部、ほんの数国のみ領土どころか首都まで完全占領されてしまい国家として滅んでしまった国もあった。ただし滅んだのは国家政府であり、国民は、より高い水準で生活できる帝国あるいは陽昇国の国民として何不自由なく生活している)


それから40年後の事。

ようやく統一星府として各国が代表を選任し、合議制ではあるが1つの星、1つの政府でやっていける目処がついた。

陽昇国の神皇陛下が初代星府最高統括監となることは、もはや誰も疑わない。

統一星府の最高会議場を、どこに建築しようか? 

という問題になった時、平和の礎を築いた帝国と陽昇国の2国から、ほぼ同時に同じような意見が出た。


*せっかくの統一星府最高会議の建て物を昔のちまちました国家の上に造るのは止めたほうが良いのでは? 


ということで、じゃあ、どこへ造るんだ? 

という話が出ると……


「どこでもない場所、いっそ、海洋のど真ん中に造るのが良いかと思いますな。それも赤道直下で。ちょうどいい、我が国と帝国とが共同で島を造り、そこへ皆が驚くような建物を建ててみましょう。面白くなると思いますよ、そこへ統一星府最高会議場ができると」


と、ちょっと別の意味も考えているような感じで神皇陛下が発言。

予算的には帝国と陽昇国が出すという方向で……

となったため、別に反対意見は無かった。

世界を1つにするという目標の元、最後の国家別事業になるということで帝国と陽昇国のテンションが上がる(俺がやらなきゃ誰がやる! ってところ)


星の赤道上。

安定して工事が続けられるという点では良いだろうが、ともかく暑い。

だだっ広い海上で小島どころかサルガッソー海があっても不思議じゃない海……

そこに、月単位で見ると驚くべき速度で海上構築物が出来上がっていく。

それも通常のリゾート用途に使う浮島のような工事ではない、とんでもない広さの島……

もう、島という方が合っているだろう、海底から伸びる極太の支柱すら数十本の単位で出ている人工島だ。


とりあえずの島ができると、帝国と陽昇国は次の段階へと工事を進める。

島が、どんどんどんどん高くなっていく。

通常の高層ビルの高さを越え、島全体が塔のような形になっているのが、ようやく見えてくるようになる。

どんどん積み重なった人工島の高さは最終的に海面から800mを超える。

こうなると人工島とは呼ばれなくなり、誰言うと無くニューエイジタワーと呼ばれるようになる(元々は1メディアがつけた愛称のようなもの。新時代の象徴と言うことで自然とこの名称になったと言う)


最高の高さとなった時点で島の工事は一時中止。

数週間後、島の上空に巨大な飛行船が現れ、上空へと登っていく。

もう魔導力を使う飛行デバイスの「飛行機モドキ」ではない、これは完全に機械力だけの飛行船。

限界高度まで上がった飛行船は、そこに待機。

ほどなくして薄い大気の、そのまた上からキラキラしたものが降ってくる。

それは薄い、けれど恐ろしく引張強度の高い物質で出来た箔のようなものを縒り、組紐状にしたロープのようなもの。

それを丁寧に扱って飛行船に備え付けられた巨大なドラムのような巻取り機に巻いていく。

ほぼ、目いっぱいに巻き取られたロープは飛行船によって人工島のてっぺんに取り付けられた滑車に通される。

そこで通されたロープの端は、また飛行船の上昇により大気圏ギリギリの高さまで行く。


それから上は? 

飛行船が待っていると小さな、人型をした物が黒い宇宙の闇の中から降りてくるのが見える。

これこそ秘密裏に帝国と陽昇国が打ち上げていた(と言うか球形宇宙船は打ち上げではなく自力で宇宙へ飛び立てる)直径100mの球形船より飛来した宇宙パイロット。

フィールドエンジンは一応の完成は見たが少し不安定なところもあるので、まだドッキングなどの細かいミッションには不向き。

だからこその宇宙パイロットの出番で今回のミッションも強化外骨格を利用したスペーススーツのアシスト機能により、かなり重い超耐張力のロープを鷲づかみにして、また宇宙へと命綱の巻取りにより戻っていく。

少しすると発光信号で「ミッション完了」と光ったので飛行船はそのまま人工島へ降りる。


後は宇宙にいる球形船と人工島にロープでループが造られ……

一年足らずで全世界の人々にも帝国と陽昇国が何を建設中なのか分るようになる。

そう、それは軌道エレベータ。

台風の影響を受けない赤道上(全く受けないわけじゃないが、他の地域に比べて圧倒的に小さい影響)で軌道エレベータを建設すれば建設初期にかかるだろう風の影響が、かなり少ないだろうと思われたが、その通り。

完璧ではないがフィールドエンジンの載った球形宇宙船もあることだし、いっそ、この星の宇宙時代を一気に進めよう! 

という帝国皇帝と陽昇国神皇の2人の陛下の思惑により会議場建設から軌道エレベータの建設へとジャンプアップしてしまった。

この後、人工島内部に会議場を含めた大都市が立体的に造られていた事が判明するのは軌道エレベータが完成披露されて他国のメディアや高官たちが見学に訪れた時。


「宇宙への架け橋である、この地に同時に世界統一星府の会議場があるというのは痛快じゃないでしょうか?」


これより、この星は一気に宇宙開拓時代となる。

まだまだ人々の意識は他者を見下し侮蔑し、差別する……

しかし、もう互いに殺し合う時代は終わった。

この星ではまだ跳躍航法と跳躍エンジンはロックされて使えないが、もう数百年すれば自分の星系を越えて大宇宙の庭先へと出るだろう。

なにしろ神の使徒たるガルガンチュアは銀河どころか、その上の銀河団、そのまた上の超銀河団すら超えるのだから自分たちは、せめて銀河の中くらい自由に飛び回って見せようじゃないか。

およそ1000年の昔、ガルガンチュアの訪問を受けた銀河の小さな星では、ようやく宇宙文明の種が育っていった……