第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター

第四十六話 革命?の星

 稲葉小僧

今日も朝から良い陽射しが降り注ぐ。

早朝、起き抜けの黒茶を1杯……

うむ、今日も良き日となるに違いない、我のために……


なんてな。

格好つけても始まらん、この国じゃ。

今日も1日、重労働か……

ここは某C国、重犯罪者用の強制労働用金鉱。

この国じゃ中程度の殺人犯とかは即刻死刑なんだが、それより厳しいのが政治犯、重犯罪者。

死ぬより辛い、生涯陽の目を見ない過酷な土地に送られる。

太陽光を浴びることは、ここでは憧れと同義語。

太陽光を浴びる代わり、1週間に1時間ほど紫外線や赤外線を含んだ太陽灯を室内でたっぷり浴びる事で病の予防になっているとのこと。

親切心からとは思えない、重犯罪者が死ぬことは救いに近いと国家も分かっているだろうから、これは死ぬ一歩手前まで、いかに犯罪者を追い込むかの実験も兼ねているのだろう。


私は元々この国で作家という職業に就いていた。

空想と皮肉、それをごちゃまぜにした作風で世界で有名になった。

ただ私の本が一冊も売れない国があった。

何を隠そう、この国、我が故郷のC国だけが私の本を出版することすら禁止した……

私は何冊も物語と皮肉集を書いたが、その全てが、この国だけで発禁・出版禁止。

他国ではベストセラーで重版どころか10版にも届く有名作家、それが私。

ただ、この国では誰も作家の私を知らない。

国外メディアは何度も何度も私の特集番組を企画し、どれもが高視聴率を叩き出したが、この国だけが私をメディアすら退けた。

伝手を頼って海外へ亡命する話も何度も出たが家族を捨てることはできそうにない。

で、とうとうこの国の権力者たちが業を煮やしたようで私は在宅で逮捕されることとなる。


罪名は国家侮辱罪。

おいおい、私が何をしたと言うんだ? 

自分の考えや思想、その時の思いのたけを物語や冷笑・皮肉文にこめただけじゃないか。

裁判所の有罪判定が出た。

理由は国家そのもののあり方を痛切に批判し、世に問うたことだそうだ。

出版すら禁止しておいて、その判決は何だろうか? 


まあ、私も疲れた……

死刑になるなら、いっそひと思いに殺してくれと思った……

が、下されたのは無期限の金鉱送り。

予想より国は私のことを高く評価してくれていたらしい……

死刑でも飽き足りないくらいに。

海外メディアが一斉に不当判決だと大騒ぎしてくれるものだから国家として意地になったのか、私は秘密裏に金鉱へと送られる。

独房で就寝して、気がついたら犯罪者用金鉱前。

どうやら一服盛られたようでグースカ寝てるうちに移動させられたらしい。


それから数年……

だろうな、最初の一年ほどは何とか日付も憶えていたが、そのうち役に立たない事が分かって、やめた……

死ぬまで出られない金鉱掘りだ、日付を数えてどうする。

この金鉱、機械を入れて本格的に掘り進めるには金の含有量が少ないとのこと。

だから人力なのか。

ただし、結構大きくて広い金鉱らしく、捨て置くにも惜しいと犯罪者を使って掘り進める形、つまり格好の刑場となったようだ。


ちなみに、ここ、飯だけは腹いっぱい食える。

味は、ともかく。

美味くもなければ吐くほどでもない、食っていれば一応日常作業には耐えられるが、これを好んで食うのは家畜くらいか? 

というレベル。

自殺すらさせたくないと国家の意図が見え隠れするが、まあ、それはそれで。


今日もノルマの一日5m掘り進みは完了。

水を含んだ地層や脆い地層が無いのは安心だが、ともかく岩ばかりの地層で硬い! 

一日一足の手袋と靴下が配られるが、そんなもので手や足のマメは防げない。

ツルハシも数日で折れるレベルの地層を一日数回の交代制でノルマに達するまで掘らせる……

それが刑罰なのだそうだ。

馬鹿げた刑罰だな、ホント。

作業中、疲労からか隣で作業していた奴が倒れた。

すぐさま交代要員が来て倒れたやつは医務室へ運ばれる。


簡単には死なせない、という国の方針で医務室は立派なものがある。

医療器具や薬品も、どこの国立病院? 

というくらいに揃っている。

まあ、魂胆は推測できる。

ここで大量に死者が出てくると海外メディアが早々に嗅ぎつけて、人権無視だとか人命を軽視しているとか喚き散らすからだろう。

不治の病でもない限り、ここで簡単には死なせてくれない……

作業時間が終了し、ノルマには達しているため、部屋へ戻される。


独房じゃないかって? 

違う、作業に支障が出るのと、ここから出るのは、ほとんど不可能なため、中はある程度、快適に過ごせるようになっている。

支給された**の餌(食事のことを現場では**の餌と呼ぶ。最低の味付けで、それでも量は多いから)をかきこみ、胃へと流し込む。

あまり長いこと噛んでいると吐き気が出るので仕方がない。

今日も一日が終わった……

私は、ここで貰える数枚のメモ帳と筆記用具で、今日も日記をつけてから寝る。

ここは地獄? 

いいや人間が作り出した最低の刑場だろう……


今日は世間で言うところの建国記念日のようなものらしい。

早朝、受刑者達が全て集まって今日の労働対象区域の説明を待っている時、ここの所長なる人物が出てきて(ここに来て初めて見た。普段、こんな現地には来ないらしい。どうも私がここに来てから政変があったようで一年前に政治形態が変わり、この国は民主化されたとのこと。それを記念しての建国記念日制定適用が今日なんだと)今日は労働抜きで過ごしてくれとのこと。

大喜びしている回りで私は久々の休養日をどう過ごそうかと考えていた。


と、いつもはムチや懲罰棒を持ちながら我々の服務態度を監視している奴が、いそいそと走ってくるのが見える。

何の用だろうか? 

と考えている私に近づくと、奴が一言。


「囚人No,1414。所長がお呼びだ。俺と一緒に所長室へ行くぞ」


ついでに説明すると私は囚人、重犯罪者なので今までの名前は全て抹消、呼び名は囚人番号で呼ばれている。

数年間、番号で呼ばれていると自分でもロボットか何かだろうと認識してしまう事があるようになった。

看守に対する返事はしない、ついてこいと言われたらついていくだけ。

あれをやれ、これをやれと言われたら自動的に作業指示となる。

いつものように黙って看守について、初めて見る所長室へ。


「初めてお目にかかります、No,1414こと、イザク・ヘイライン先生。それともペンネームのクライ・ストーン先生とお呼びした方が良いでしょうか?」


私は咄嗟に返事が出来なかった。

実名だった名前も久しぶりだが、ペンネームを口にされたのは国内では、ほぼ10年以上ぶりだ。


「おや? 自分の名前もお忘れになりましたか?」


所長が返事を聞いている。

看守の方を見ると、うなずいている……

話しても良いという事だ。


「いえ……失礼しました、所長様。自分の名前や、ましてペンネームなど久々すぎて頭から抜けておりましたので。私に何の御用でしょうか?」


偉い人には逆らうな、が、この国の合言葉のようなものだ。

できるだけ丁寧な言葉で所長へ疑問を伝える……

と。


「あ、そうでした、重大な事が起きましたので、あなたに伝えねばならないと思い、昨夜出たばかりの新政府の指示を伝えに来たのです、先生。ちなみに私のことは普通に、所長でけっこうです。様付は不要ですよ」


「はい。それで私に向けた新政府の指示とは?」


「囚人No,1414、今日付けて釈放です。あなたの無実と冤罪が証明されました。ちなみに、あなたを有罪とした裁判官と政府関係者は揃って終身刑となり、あなたの釈放と同じ今日、こちらへ送られる手はずになっております。あなただけじゃなくて数多くの無実の民を冤罪に陥れた連中ですので終身刑は当然です」


「……と言うことは……私は自由の身?」


言われたことが理解できない自分がもどかしい。

分かっているんだ、分かっているんだが、それを頭脳が拒否する。

不当逮捕から裁判まで私に対する徹底的な洗脳行為。

裁判当日、私は思考能力を奪われ正当な判断能力すらなかったろう。

裁判官と弁護士、検察官、全てがグル。

茶番と言うにも笑えない法廷劇が終わった時、私は有罪で重犯罪者、終身刑の金鉱送りとなっていた。

それが一気に自由の身、釈放、犯罪者の汚名すら消える……

私の目から久々に涙という物が流れ落ちる。

それを止めることも、止めるものもいなかった……


囚人環境からの解放と、冤罪であったためか補償金という名目で大金が、逮捕されてから凍結されていた口座に振り込まれていた。

それはもう、数年間は何もしなくても良いくらいの大金……

まあ、私が書いた著作からの印税のほうが大きかったんだが(逮捕されて囚人となってからも海外からの印税は口座に振り込まれていた。それが数年分、暮らすだけなら数十年は何もしなくても良いほど)

まあ、そんな事も言ってられない。

無駄に人生を過ごすなど私にとって囚人の時よりも地獄だ。

というわけで私は手のひらを返したように柔軟な姿勢になった大手出版社と契約して今までのデストピア状態だった独裁国家から民主主義に構造転換したともいえる大革命をやらかした(それも無血革命というから驚きだ。以前の独裁者(国家最高会議首領とかいう肩書だったな、あの間抜け男))が無抵抗で、その座を明け渡したとは、どうしても考えられなかった……

が。


「ああ、親衛隊と特別警察隊を総動員して、その日に群衆を踏み潰す計画だったんだとさ、実は」


編集長は、こう話してくれた。


「そうだろう、あの自我だけが膨大に膨れ上がった誇大妄想狂は、それくらいやるだろうね。で、結局は無血革命は成功したんだよね?」


私が確認すると編集長は、


「そうだ。最終会談の席で民衆側の代表を撃ち殺し、戦車と装甲車で民衆を轢き殺すなんて計画だったんだが……不思議なことが起きたんだよ。未だに誰もが、どうしてあんな事になったのかと理由を追求しているくらいだ」


「何が起きたんだ? 私は、もうその時には終身刑で金鉱掘りやってたんだから」


「それがな……首領自身が最終通告をする段になって急に発言を変えたんだよ。『私は今まで民衆に対し悪意ばかりを押し付けてきた……今この時、私は潔くこの場から降りて罪を償いたいと思う』これは今でも語り草になってるぞ、あの自意識過剰の豚野郎が初めて語ったマトモな言葉が最後の言葉だったと」


「はぁ? 私が無実の罪で捕まった時、警官たちが何と言ったと思う? 『動くな! お前を国家侮辱罪で逮捕する!』だぞ?! 後で聞いたら、あの糞豚を皮肉った文章が本人の目に止まり、それで怒って私を罪人にしたと聞いたぞ。そんな奴が何故に?」


「今でも理由が分からんのだ。本人にも後で監獄の独房に入ってるところを面会して取材させてもらったんだが憑き物が落ちたみたいな表情になっててな。あの瞬間から何か一枚、べったりと目に張り付いていた厚紙が剥がれたように世の中が輝いて見えるようになったと言っていた。何故、あの瞬間、そうなったかは本人にも分からんそうだ」


聞けば聞くほど何か神がかった介入があったと思わざるを得ない無血革命だったらしい。

それはともかく編集長の指示で私は革命後の街の取材に出ることとなった。


「前体制下で酷い目にあった本人が革命後の街を散策するってのも面白いと思う。特に洗脳までされてしまった過去を持つ者が今の社会を、どう見るか? 自分でも面白いと思わないか?」


編集長は好奇の目で見てくるが、


「まあね、作家として面白いものが書けるとは思うよ。だけど、ある程度の日数と取材費は面倒見てくれよ」


安心しろ、バックアップはしてやる! 

と、編集長の言葉で、私は破格の取材費と、思っていたよりも長い締切をもらえた。


それから取材という名目の精神的リハビリを目的とした散策旅行が始まった。

しかし、分からない。

あの糞豚の元首領が一瞬にしてマトモな考え方になど方向転換するものだろうか? 

人間の心の奥深さとは、とてもじゃないが底なしだなと思わずにはいられなかった……


これから取材だ。

まずは近所をぶらつくとしよう。

前体制では綺麗な町並みではあったが商店など数えるほど。

食料品店も品揃えなど微々たるもの。

この国で主食として食べられている「グリーンバー」という名の、小麦粉に栄養素をこれでもかとブチ込んで焼き固めた、それこそ飲み物がないと一気に口の中の水分を持っていかれる緑色の小さな食べ物……

というか、あれを食べ物と言うと他の食べ物に失礼に当たるか。

あれは「固形食糧」とでも呼ぶべきものだ。

味は……

あの**の餌よりはマシなくらいだったな。

一日三食、あれを食べてた日もあったなぁ、売れない作品ばかり書いてた時は。


薄いスープとグリーンバー。

立派な軍用糧食ではあるし、あれを食べていれば少なくとも栄養失調にはならずにいた。

今、町並みはどうなっているのやら……

私は久々に帰ってきた我が家(刑務所代わりの金鉱から帰ってくるのに丸一日、編集部で契約と詳細を話し合ってたら更にまる一日かかり、実は私、我が家の回りがどうなっているかも見てない)のドアを開け、私は街に出る……


ああ、久々の街歩きだな……

私は、そんな事を思いながら歩き始めた。

まず目についたのは食べ物屋の多さ。

海外の食べ物屋もあるが健康食品として「グリーンスムージー」なる飲み物屋まであったりする(まあ、そこへ入っていくのは女性とか、男性でも健康に留意しているような人々だったりするが)

変わったなぁ、この街。


手近な食べ物屋(鳥を焼いたものを食べさせる店のようだ)に入る。

注文を取りに来るというシステムを初めて経験するが、これは便利だ。

私の知っている配給システムでは一列に並んで順番が来たら、目の前の大皿や小皿を取るだけで選択の自由など無かった。

メニューとかいう紙を渡され、この中から選ぶらしいが、とりあえず私は、この店のおすすめセット、という物を注文する。

しばらく待っていると給仕がやってきて、私の目の前に大皿一枚と、何やら色の着いた飲み物を置く。

受け取ると同時に金を払うシステムのようで、私は小銭を言われた通りに払う。


「ごゆっくり」


という給仕の声を聞きながら私は見も知らぬ色付きの飲み物を凝視する。

でかいグラスになみなみと注がれた飲み物は深い琥珀色の綺麗な色、底から立ち上る細かな泡により、なんとも美味そうな見た目をしている。

香りは今まで私が嗅いだことがないものだ……

少し口をつける。


「!!」


そのまま飲み物を言葉もなく喉へと落とし込む私。

大きなグラスが数秒にして空となる。

飲み物のお代わりを注文して次に大皿に乗った鳥肉の串焼きを食べてみる。

美味い、これも美味い! 

またたく間に大皿を空にした私は、おすすめセット以外の鶏肉串焼きを数点、注文することに。

飲み物が置かれ、次の皿が全て揃ったところで私は改めて呑み、かつ味わう。


店を出た時、私は、この国が民主化された喜びを感じ取っていた。

これだ、これなんだ! 

飲食の豊富さと満足度は一流国の証だ! 

私は革命前の我が国の貧困さを改めて感じていた。

次の店に気の赴くまま入り、またオススメがあれば注文し、前の店とは違った飲み物を注文する。

流石に私も飲食店での新しい注文方法に慣れた。

とりあえず数件の店を体験し、この世のものとは思えぬ天国の味を体験した後、足元がふらつき出したので家に戻る事となる。


過去とは、あまりに違う食事風景とメニューを満喫した私は、そのままベッドへ倒れ込む。

数十年間、味わうことのなかった深い眠りというやつを私は初めて体験した。

次の朝、飲食店とは違う店を探す。

私の家の周辺は、どうも飲食店ばかりのようで、私の探す店達は少し遠出しなければならないようだ。

探している店のため道順を聞きたくて、そこいらを歩いている人に話しかけるが、どうにも会話が続かない。

私も戸惑ったが考えてみれば当たり前だ……


我が国は革命前は外交下手で通っていた国家のワーストワン! 

そんな国の国民達が同国人とは言え初対面同士で会話が続くわけがない。

仕方がないので街を巡回している警邏に道を聞くことにする。

革命前の警邏は、

話しかけるな! 

の雰囲気があっちこっちから漂う、見るからに危ない暴力集団だったが今は違う。

編集長言うには、


「革命前と後で一番変わった職業は警邏だよ。革命後の警邏は、ともかく力で抑えるのではなく市民と仲良くやるという基本事項に変わっている」


だそうなので、私も思い切って道を聞いてみる。

親切にも途中まで道案内してくれるとのこと。

あまりに私の憶えている警邏と違うので、それを聞いてみたら、


「以前は、やりたくなくても上からの命令で市民を力で押さえつける仕事をしていたが今は市民の喜ぶ顔を見ながらの仕事となっている。今のほうが幸せだ」


とのこと。

何だ? 

あまりに革命前と違いすぎないか? 

違いの差に私は目眩すら起きそうだった。

商店街と言うそうだが様々な店が立ち並ぶ一角へ来た。

私が憶えていた、この一角は政府の広報を作る印刷局とか市民のためとか言いながら監視員がたむろする少々、危険な区画だったが。


おお! 

海外の作品すら扱う書店まであるではないか! 

もちろん、私の著作も並んでいる。

何か底知れぬ感慨に打ち震えながら書店の中を彷徨う私だった……

結局、書店を詳細にチェックしていたら店主に挨拶され、私の著作を示して、


「これは私の書いたものです」


と言うと激しく感動されてしまい急遽、サイン会なるものの打ち合わせが始まることとなり、翌日から数日間、私は読者の求めに応じて著作にサインをしまくった。

腕が痙攣する寸前だったことは述べておきたい……

まあ、嬉しい痛みであったが。


書店で幾日か費やし、このところの流行や読者の好みやらを店主に聞いた。

ラノベ(?)とかいう種類の小説が流行っているらしく、いくつか店主に勧められて読んでみたが……

これがプロの物書きの作品? 

と思われるような物もいくつかあったのは残念だ。

まあ我が国の言語に翻訳する時に間違った単語や言い回しを使った可能性も高いが。

海外の言語に比べて我が国の言語は難しすぎる。

言い回しの違いや同音異義語の多さ、書き言葉の種類の多さと発音の微妙さ。

そんな幾多の壁を乗り越えたとしても日常の言い回しが数年で変わるような言語は私の経験でも他に類を見ない珍しさ。


海外から輸入されたラノベ文化? なるものが我が国に定着するのは、もっと先になるだろう(ここは訂正せねばなるまい……ラノベ文化が我が国に定着するのは素早かった。私の予想を裏切って三年もかからずに絶大な国産ラノベ文化が花咲くこととなった……私が心配していた文章の乱れも受け継いでしまったのは残念だったが)

サイン会が終了し、書店の店主から大盛況だったと感謝され、私もまんざらではなかった。

打ち上げと称する食事会で、またもや、あの琥珀色の弱炭酸飲料を出されたが、こいつの名前は「びーる」と言うのだと教えられた。

鶏肉の串焼きは「ヤキトリ」と言い、びーるとベストマッチするのだと教えられたが、なるほどと頷く私である。

他にも串焼きの種類は豚や牛の肉・内臓などもあるそうで私が驚くと、皿に並んでいるこいつなど豚の内臓だと言われて更に驚く。

私が好んで食べていた串焼きは豚や鶏、牛の内臓部分だったか! 

ちなみに私が内臓の串焼きを食べなくなったかと言うと……

大好物になったと言っておこう。


次の日から書店ではなく別の店を取材することにする。

書店の次は子供用の玩具店だ。

革命前は木のブロックや紙のおもちゃ、高価だけど人気の高いカラフルな熊のぬいぐるみなど店頭にも店内にもあまり商品が無かったが、現在は違った。

なんだこれは? 

パズルのようだが、2500ピースのA1版の大きさを持つものなど、狂っているとしか思えない。

あまり高価でないのが救いだが、そいつをポンポン買っていく子供や大人? がけっこういるのにも驚く。

店主に聞くと、今は革命前と違い洗濯や料理に時間をかけなくとも良くなったので時間が余っている子供や大人が増えているのだそうだ。

時間つぶしに、このような大きなパズルの作成はもってこいなのだと。

まあ、これくらいなら理解可能な領域だが……


子供用だと言って新製品を見せてくれた。

私には理解不能だったが「すまーとふぉん」とかいう名前の商品らしい。

国外では、これ専用の販売店があるらしいが我が国ではこれを売るための地盤(いんふら、とか言うのだそうだ。電線でつなぐのではなく無線電波でつなぐのだそうで)が整っていない現状では子供向けの玩具として売るしか無いのが悔しいと店主は愚痴っていた(これも3年かからず、またたく間にスマホという名称をつけて専門店で売られるようになった。私も愛用しているが私の年齢では細かい字が見えにくいので少し大きめの画面のものを利用している)


最新のテクノロジーとして玩具店の店主が店の奥で見せてくれたのが「いんたーねっと」なる仕組み。

この国だけではなく1つの星単位で巨大なネットワークを構成するというものなんだそうだ。

これは素晴らしいと私も同意する。

国家の境界を、いとも容易くデータは越えると証明している。

その日のうちに我が家に専用回線と端末を用意するように編集長に交渉したのは当然だろう。


いや、今日は久々に興奮した一日だった。

私が金鉱で穴掘りしてた数年、我が国以外ではとんでもないテクノロジーの進歩があったのだな。

革命後の一番の進歩は、とにもかくにも大規模ネットワークの導入だろう。

次は……

食関係の改善か、あるいは書店の自由化か……

それにしても革命から、わずか一年だぞ?! 

どうして世界最貧国に近い我が国が、ここまで豊かになったんだ? 

これを成し遂げた者は人間じゃない。

どう考えても普通の人間に達成できる事業じゃない。

これを達成するための予算もそうだが、一つ一つが大規模事業だ。

事業管理と人員投入すら革命前の我が国の学力の無さ(文盲率が60%台という酷さだった。現在は、それが10%以下にまで低下しているらしい)では、こんな事業に取り組める人員がいないだろうに。

あまりに異常な経済成長とテクノロジーの爆発的発展。

これを成し遂げた人物に私は俄然、興味が湧いてきた。

私の街の散策&取材に、この革命を成した人物への取材も含む予定となる。

幸い、その人物は比較的近い場所に住んでいるとのことで、編集長にアポイントメントを取ってもらい、インタビューさせてもらう事となる。


ピィン、ポォーン……

何だか間の抜けたようなドアブザーの音と共に、ガチャリとドアが開く。


「どなたでしょうか?」


つっけんどんな話し方だが、これがこの国の通常。

この話し方のせいで国際的に不良国家などと陰口を叩かれるが、実は人情的に篤い人が多いのが我が国だ。


「インタビューの申込みをしたものです。実は私、作家もしておりまして、***の星屑とか書いてます」


***の星屑とは私の代表作。

国際的にノベール文学最高賞とかの候補にもなったが、冷笑や皮肉が多すぎると業界人には不評なため、どの賞も候補段階までしか行かない無冠の帝王とか言われている。


「おお! あの名作を書かれた方でしたか! 聞きましたよ、冤罪の件。死ぬより辛い過酷労働、よくぞ我慢されましたね。ささ、中へどうぞ」


まあ、こういう形で、知ってる人は知ってる私である。

私は当の人物の部屋へ入らせてもらう。

偉大なる功績、無血の民主革命を成し遂げたにしては質素な住まいだな……

私は正直に思った事を言おうと思う。


「さて、インタビューに入らせていただたいのですが……偉大なる功績を上げた人物にしては、ここは言っちゃ悪いですが功績と合いませんよね。大変に質素な住まいだと感じましたが」


相手も苦笑して、


「そうですな。革命が終了してから一ヶ月後には、もうここで暮らしているんですよ、私。民衆の怒りの代弁者という事で私が元首領との会談に臨んだわけですが、あの時も今も命の危険は全く感じませんでした。私の力で成し遂げた革命じゃありません。これは誰にも言うなと釘を刺されたのですが、もう「彼」は、この星にはいないのでしょうから喋ることとしましょうか」


軽い口調だが最初から核心に入ったと感じる。

眼の前の人物は本当の革命指導者ではない。

いや革命指導者本人ではあるが、その影には、とてつもない力と能力を持つ、それこそ神の如き存在である「彼」という名の人間の姿をした一種の怪物がいた! 

その秘密が今、明かされようとしている……

私は知らず知らず汗でべとついていた手を拭う。


「それで元革命指導者よりも凄い能力と力を持つ「彼」とは? 一体、どんな人間、あるいは存在なのでしょうか?」



ここより私は自問自答する事となる。

全ての真実を白日の下に晒し、民衆は神の代行者のような存在に救われたと認識させるべきか? 

それとも、この記事を破り捨て、元指導者の質素な暮らしと偉大な業績とを並べて、その人格の高潔さを披露すべきか? 

編集長は、まだ書けないのかと催促のメールを一時間ごとに送ってくるが、もう原稿は、とっくの昔に完成している。


ただ私は真実を曝け出すことが怖い……

こんな存在が宇宙に実在しているなどと知ったら、一部の宗教指導者などは首を吊るか、それとも神の概念を全く新しいものにしかねない。

あるいは宗教戦争が始まってもおかしくないぞ、この原稿を読むと……



未だ私は迷っている。

この原稿、世に出して良いものか? 

とりあえず原稿を、ここへ記そう。

これは私個人の秘密記録である。

原稿が、おかしな組織や個人の手に渡り、あるいは改竄される恐れもあるため、原稿のまま記すものとする。




そうですね。

「彼」と私が最初に遭ったのは私が路上生活者をやってた頃です。

おかしいですか? 

私が路上生活者だったなんて嘘でしょうと、よく言われますよ、喋り方が学問おさめて世間の常識や上下関係もわきまえてる方だと思ってました、とはよく言われますね。

まあ、それも「彼」のおかげなんですが。


私は、その頃は悲惨な生活してましたよ、ええ、ご想像どおり。

貧しい家に生まれ、働いても働いても全て国家に上納するという理不尽極まりない人生を送る両親に、それこそ馬車馬のごとく、あっちで物を売り、こっちで水くみ、はたまた路上で物乞いするかの、どれかを毎日続けてました。


教育など物心ついたときから受けてませんよ。

学校などというものは金と食い物と住むところに余裕がある者たちが行くところで、とことん貧乏な下級社会の家族に教育なんか、はるか上の上の、それこそ一年に一度、配給で首領様からいただける一口大の小さなケーキよりも上の幻想的なものとしか捉えてませんでした、私は。

とある冬の寒い夜、あまりに食べるものがない我が家で親に、


「何か恵んでもらうか、かっぱらってこい! 持ってくるまで家に帰るな!」


と言われ、両親にほっぽりだされた私は薄着のまま道端で物乞いしてたんです。

まあ、あまりに寒くて物を盗むような気力も体力も無かったというのが正直なところなんですが……

だんだんと夜も更けて、あたりに人影もまばらとなり、寒さが一層、身にしみて、もう立っていることすらできなくなる寸前で……

倒れる前の薄ぼんやりした意識で目の前に誰か通りかかったのを感じたんです。


もう、自分の命がかかってますからね、あの時には夢中でしたよ。

その人物にこう言ったんです、ええ、今でも憶えてます。


「助けて……もう死にそうなんだ。もう、半分くらい見えなくなってきてる……お願い、助けて!」


必死でしたね、あの時は。

見も知らぬ子供から、こんな事言われて、あなたならどうします? 

普通、逃げますよね、こんなの放っておいて……

でも「彼」は違ったんです。

隣りにいる、とても背の高いもう一人の人物に喋りかけ、どうしようかと相談してるみたいでしたね。

私が、もうダメだと思って気力も萎えて雪道に倒れかかると……

私をね、抱えて……

それからしばらく記憶がないんです、私。


どうも寒さと空腹と疲れで倒れてしまったようで……

風邪もひいてたんでしょうかね? 

しばらく夢のようなものを見てました。

誰もが空腹を憶えず、誰もが教育を受け、誰もが住みたいところに住む……

そして皆が笑顔で毎日過ごす……

そんな天国のような場所を夢見てたような気がします。


しばらくして私は気がついたんですよ。

自分が夢にも見たことのないようなところで寝ていることに。

私の手には何かの管のようなものが貼り付けてあり、でも、痛くはないんです。

痛くはないけれど、その管を伝って何かが私の身体の中にに入ってきてるのは感じました。

後で「彼」に聞いたら、あれは高圧注射と言って、針もない痛みもない注射器という医療器具だと教えてくれました(まあ、その頃には私もある程度の教育を受けてましたけど)


しばらく横になって寝ていると私が起きたことに気がついたんでしょうね。

「彼」と背の高いもう一人がやってきました。

その時に、ようやく私は気づいたんですよ……

ここが私の住んでいた街じゃないってことに。

なぜなら、こんなふかふかなベッドなんて首都に住む最高階層の人たちしか使ってないはずなんですから。


底辺階層の人間が立ち入ってはいけないのが首都なんです。

あの頃は、そういう規則でした。

私は、それを破ってしまったので警察に捕まる恐れがあり、急に怖くなってきました。


「あの、すいません! ごめんなさい! なんでもしますから、このベッドも、すぐに出ますから、お願いです! 警邏には突き出さないで下さい!」


私がベッドから出ようとすると「彼」が止めるんです。


「ん? 出なくていいよ。君の身体が良くなるまで、ここに居て良いんだ。誰も君を警邏になんか引き渡したりしない……ちなみに、君、ここはもう君の国の中じゃないぞ」


え???? 

疑問符ばかりの私に、彼は、ここが、この星の大気圏より上、空気もない、いや、それこそ太陽も見えない遥か遠くの宇宙だよと教えてくれたんです。

私は、その頃、宇宙なんてのは絵本の世界か、はたまたラジオでやってるドラマの世界だとしか認識してなかったんですが、街じゃない、首都でもないと言うことで安心して、また寝てしまったんですよ……


気がついた事が他にもありました。

私、その頃にはシャワーも満足に浴びさせてもらえなくてね。

路上生活者だから仕方ないんだけど、やっぱり自分でも気になるほど汚くて、自分の匂いすら気になるほど。

それが、です。

いつの間にかボロボロだった薄手の服はきちんとしたパジャマに着替えさせられ、ついでに身体の汚れまで綺麗サッパリなくなってた。

寝てる部屋の中が香るんで何か香水でも撒いてるのかと思ったら、違ったんです。

私の身体から香る匂いでした。

ここ、天国? 

私は本気で、そう思いましたね。

お国の中じゃないって言う「彼」の言葉からも、ここは神様たちの住む世界じゃないかと思ったわけ……

後で分かったけど、これ、あながち間違いじゃなかったんですよ。


「しばらく、そのまま寝ていると良いよ。君、あまりに衰弱しすぎていて何か食べさせようにも受け付けられないことが分かったから、まずは身体を元通りにするんだ。しかし酷いな、これは。君、何日、食べてない?」


「彼」が聞いてきた。


「はい、3日前にパンの耳を少し食べただけ、後は水で空腹をごまかしてました。いつものことです」


「まぁ! あまりに酷い! 大丈夫よ、ここなら数日で身体も元に戻りますからね……って、あなた、いくつ?」


年を聞かれたと分かったので、


「俺、今年で10歳。年の割に小さいって、よく言われるよ」


年を聞いてきたお姉さんが言うには、


「いくら何でも小さすぎます! これは根本的に治療すべきです、キャプテン! こんな子供が、痩せ細って背も伸びないほどに食べて無くて……見てられません!」


お姉さん、ライムさんという名前だと後で知ったが憤慨してた。

「彼」は静かに話を聞いてて、


「分かった……じゃあ、この子を使って、あの国の状況を改善させるとしよう。今回、俺達は完全に裏に徹する。ただし使える資材や物は全て使う。そうでもしなきゃ、あの国を劇的に改善させることなんか不可能だ。まずは、この子の体力が回復したら真っ先に必要なのは教育だ。今のうち、プロフェッサーとフロンティアに協力を仰いで、この子専用の教育機械を準備しておいてくれ。最初はゆっくりと基礎の基礎から教えていかないと性急にやりすぎても無理だからな」


私は「彼」が私に対して何かしてくれるのだろうということは分かりました。

でも、その頃の私は何も知らなかったんです。

その恩恵も、その馬鹿げているとしか思えない成果も、そして「彼」が持つ力の、とんでもなさも、ね。


3日後にはベッドから起きられるようになりました。

とてつもないと、その時にも思いましたね。

あの国じゃ風邪をひいたら一週間以上は外に出られず、高熱にうなされながら残り少ない体力と熱との戦いに負けて死ぬ人だっていたんですから、普通に。


それから流動食から食べることになったんだけど、これが美味かったですね! 

どういう味付けなのか分からなかったが塩味と甘み、そして後で知ったんだが、旨味! 

こいつが絶妙だったね。

勢い込んで食べるものだからライムさんに止められました。

ゆっくり食べないと駄目です。

まだ体調が万全じゃないんだから、ってね。

一週間もすると自分でも分かるくらい私は太ってきました。

まあ骨と皮ばかりだったのが筋肉と脂肪が少しばかり付いてきたということですけど。

そのころには、しっかりと立って歩くのも平気。

多少は走れるようにも……

でも、まだまだガリガリの痩せっぽちだから体力が続かなくてね。


一ヶ月後には、しっかりとトレーニングルームでのリハビリテーションプログラムもこなせるようになってました。

今から考えても驚異的。

慢性飢餓状態にあった病人の子供が一ヶ月で体調を万全にし、なおかつ筋力トレーニングすら始められるようになるなんて。

リハビリプログラムを一通りこなしていると「彼」がやってきて私に言うんです。


「さあ、今日から君の教育が始まるぞ。心配しなくていい、教育機械は完璧な教師となるだろう。君の場合、基礎の基礎から教え込むことになるから多少の時間はかかるが、それでも三ヶ月はかからないと思う。君専用のものだから疲れたと思ったら、そう思うだけで今日の教育は中止となる。まあ、焦らずにやればいいさ」


そう言いながら、どこへ連れて行かれるかと思ったら私の(子供の時ですよ)背丈と同じくらいのソファみたいな寝椅子がありました。

そこへ寝なさいと言うので私はソファのようなものに寝っ転がり……

そしたら耳に聞こえるか聞こえないくらいの小さな音が響いてきて、しばらくすると私は睡魔に襲われ、そのまま寝てしまう。


寝てる間、様々な夢を見ました。

あっちでもこっちでも、自分の興味のあることには何でも答えてくれる先生が登場し、私の知らない世界を教えてくれるんです。

いつの間にか私は夢の中で遊びながら学んでいました。

後から聞いたら、それが教育機械って物の真価らしい。

生徒に対し、できるだけ喜びながら知識を身につける最善の方法だと言ってましたね「彼」は。


でもって、こんな感じで私の、実は巨大宇宙船の中での生活が始まったわけ。

何も知らない頃は、ただただ圧倒されたばかりだでしたが、3ヶ月も経つと驚きが知的驚異に変わりましたね。

基礎知識でもあると、どうやったらこんなものの作成が可能なんだろうかと、そっちの驚きになるんです。


その日以降、リハビリと筋トレ、そして一定時間の教育機械というスケジュールが組まれたんですが、私にとって、これは楽しかったですね。

何と言っても飢えも寒さも暑さも雨に濡れるって事も、更に寝る場所すら心配することがなくて、一日中、起きてから寝るまでスケジュールの合間はガルガンチュアの中を探検することだって許されたんですから。


ガルガンチュア、こいつは過去にも未来にも、ただ一隻だろうという超絶の船でしたよ。

宇宙空間、いいですか、辺りに星も見えない(星系の外にいるんだと言ってました。下手に惑星や衛星の中に入ると互いの潮汐力で大変なことになりかねないからだと言ってましたが、そんなもの想像することもできないでしょ? ガルガンチュアそのものが私達の住む星と同じくらいの大きさ、そして合体接続してる他の三隻は夜空に輝く月と同じくらいの大きさなんだそうで……こんなのが宇宙を自由自在に跳んでるんですよ? 馬鹿げた神話に近い、けど事実です)宇宙空間に、でっかい惑星と衛星の塊のような物体が鎮座ましましてるんです。


ちなみにガルガンチュアの内部を移動するとなると、ごく近い場所以外は転送という手段を使うそうです。

転送機の有効範囲は、ちょっとした銀河の半分以上とか言ってたから、もう、この星系の公転軌道は全てカバーされていると思って良いと言ってました。

「彼」に質問したことがありましたよ。

この転送機、僕らの星でも使えませんか? って。

「彼」ちょっと哀しそうな目で私を見てね、



「残念なんだけど、そりゃ無理だね。この転送機は性能が良すぎて君らの星の種族を一気に銀河の星の世界へと連れて行く事になる。その前に光を越える速度で宇宙船を跳ばす、これを跳躍航法って言うんだけど、これは一定以上の精神成熟度に達した文明にしか許されないんだ。君らの星、見かけが自分たちと、まるきり違う生命体を尊敬して付き合うことができるかい?」


この言葉、ショックでしたよ。

子供ながら、自分たちは、まだまだ宇宙へ出るどころか自分たちの星の中でも殺し合いやら差別、奴隷制まである国が残ってるし。

ちなみに「彼」タダスクスミというのが本来の名らしいんですが発音が難しくて私は「彼」と呼ぶことにしてます。

人種としては私と「彼」そしてゴウさんという人は太古の昔に始祖種族という星を渡る種族が居て、そこからの移民らしいのでご親戚とも言える種族らしいんですが、ライムさんや、もう一人のエッタさんは全く別の生命体と言うことで、そんな彼らをサポートしてるのが宇宙船の頭脳体四名と、「彼」の古くからの付き合いであるプロフェッサー、彼らも人工生命体(メカノイドと言うらしいです)という種族ですね。


私は自分では他の生命体を認める広い心があると思っていたが、まだまだでしたね。

ライムさんが、実は……

と言って身体を溶かしだした時には逃げ出しました。

どうやら不定形生命体という種族で、どんな姿にもなれる種族らしいんですね。

エッタさんは今の自分は始祖種族と同じような生命体だけど大元は精神生命体と言って身体を持たない種族だったらしいと……

想像もつかないんですが。


信じられます? 

見た目は普通の少女みたいな風なのに、どろどろに溶け出したり実は肉体のない生命体とか……

幽霊やお化けとか、そんな絵空事じゃない、本当に、実際に、この宇宙には、そんな生命たちが大勢いるんです。

水素やメタンを呼吸する生命体も獣と人が混じったような獣人という生命体も果てはシリコン生命体とか言う岩そのものが生きてるって生命体も。


君、君はジャーナリストでもあり作家でもありますよね。

私よりも、もっと上手く書けるでしょう、描写なら。


今より、ずぅっと未来。

私達の子孫は、どこまで行けているんでしょうね……

銀河の果てまでは行っていると思いたいですよねぇ、私達よりも広い大きな優しい心を持った子孫たちが……


あ、脱線しましたか。

ともかく、ガルガンチュアの船内は、やたらめったら広かった……

いや、惑星と同じ大きさで内部が居住空間やらエンジンルームやら工場やらの区画に分かれていると言うんですから普通の惑星よりも効率的に使えるはず。

迷子になったことも数知れず。

そんな時は一定時間になると転送機のビーコン発信装置が私の体内に入っているそうで、それを元に私の部屋へ転送させられて、はい今日の遊びはおしまい! 

とかだったんでしょう。


色々なものを見ましたよ……

辺り一面、大型の搭載艇、こいつは直径500mクラス、こいつがずらーっとならんでいる光景とか、何をどう使うか理解不能だけど災害復旧や救助に特化した機材群とか、「彼」の専用ギアだそうだけど、それに着けるアタッチメント装備とか……

もう見るもの聞くもの触るもの全てが宇宙サイズというかガルガンチュアサイズと言うか、あれに慣れたら、どんな生物(例え大昔の恐竜のような巨大生物だろうと)でも可愛いものだと思うでしょう。


あ、ちなみに彼ら……

もう最低でも2万年は生きているらしい。

寿命とかいう概念がおかしくなりそうなんです、彼らを見ると。

見た目は「彼」が中年、ゴウさんが青年、エッタさんやライムさんは少女……

まあミドルティーンと言ったところでしょうか。

人工生命体の5名は見た目には青年だが背丈や性別は様々。

自分の好みで定期的に変えたり、ずーっと数百万年変わらぬ姿を保つ人もいるようで。

あ、このへんは曖昧にしたほうが良いかも知れませんね。

世界の宗教観が激変してしまう恐れがあるんで……

自分で言っちゃって何だけど。


それからも私は宇宙船ガルガンチュアの中で過ごしてました。

一度、両親(のようなもの。生んでくれた両親は、とっくの昔に別れています。路上生活する時の親代わりってやつですね)はどうなっているの? 

と思ったけれど、ライムさんいわく貧困の極みで亡くなったとのこと……

あまり可愛がっては貰えなかったけれど、それでも雨露しのげる場所にいられたのは彼らのおかげだったんだよなぁ……

と、少しは心が痛みましたよ、少しはね。


ガルガンチュアで学んだり、訓練してたのは数年くらいかな? 

途中から時間の感覚が分からなくなってくるんですよ、あの船の中。

なにしろ百年千年なんて時間は普通に計画に組み込むってチームなんだから(銀河を変えようなんて計画する時には千年単位でプランを立てるとのこと。聞いてて自分の頭がクラクラしてくるのが分かりますよ、あれは)普通の時間感覚で物事を考えようとか毎日を正しく生きるとか、そんなものはガルガンチュアにあるわけがないんで。


結局、私が自分の星、自分の国に帰ってきたのは18歳の誕生日が近づいた頃。


「君、いやもう名前で呼ぶか。ジョニィだったかな、名前は」


「はい、ジョニィと呼んで下さい。ガキとか浮浪児とか呼ばれてましたが、自分で決めた名前のほうが良いです」


そう、私は名前がなかったんですよ。

赤ん坊の頃、貧乏な村で子供を売ったんだと後で聞いたんですが、そういうわけであだ名とかガキとしか呼ばれてなかったんです、私は。

ガルガンチュアに居た頃、クスミさんに、


「そろそろ名前で呼ぶとしようか。君、名前は?」


と言われたんで正直に名前はありませんと答えたら、じゃあ、今から自分で決めてしまえ、となって……

ジョニィって名前にしたんですよ、こら笑わないでくれ、昔のメディアスターだろうって元ネタは承知してるんだ、私だって。


「じゃあ、ジョニィ。今から君を国に戻す。安心してくれ、俺たちも一緒だ。今から色々と準備に入る。君は様々な人たちと会うことになるだろうから、そのつもりで。仏頂面や不機嫌な顔は厳禁だぞ。何と言っても君は奇跡を起こす偉大な人物になるんだからな」


そう言われても私にはいまいち理解できなかったんです……

当たり前なんだけど革命を起こして私がその旗頭になるなんて未来が予想できるはずがないでしょ。


「あ、はい……でも大丈夫ですかね、僕みたいな若造で……」


「全て我々にまかせなさい。マスターの計画なら絶対に間違いはありません」


フロンティアさん、一番大きな船の頭脳体だけど、かるーく言うんですよ、これが。

後で考えると、あのバックボーンとなるエネルギーと技術、力があれば何をやっても、たとえ力押しでも成功するだろうって理解できるんですけどね。

私と彼らは、ついに国を変えるために動き出したんです……


最初は、まず実績作りということでガルガンチュアから転送されてきた救助用機材をいくつか特許登録することとなったんですが。

登録するにも金が必要なため、クスミさんいわく、


「そこいらの大気中から金や銀の微粉末を集めて固体化しただけ」


と簡単に言ってたんですが、あれは凄かった。

傍目で見ていると錬金術師が呪文もなしで空気中から金や銀を無限に取り出しているような不思議な気分になったもんです。

その金塊、銀塊を専門業者に売って特許登録料と、ついでに様々な事に使えるようにと会社を作ることにして、その登録も済ませることとなりました。


最初は小さな会社だったんだけど……

うん、そうですね。

今じゃ世界中、誰も知らぬものがないほどの巨大企業に成長してしまってる。

はぁ……

普通の人間の私に、あんな巨大複合企業の総会長なんか務まるわけがないでしょう。

革命までは私が辞めちゃったら途端に会社が国に吸収されてしまうからって理由で悲鳴あげそうになりながらも社長や会長してたけど、革命が成功して逆に会社が成長する重荷が取れちゃったら途端に爆発的に大きくなっちゃって、あちらこちらの中小企業をやたらめったら吸収合併しちゃったもんで、とてつもない巨大企業に成長しちゃって……


はぁ、政治家だけでも精いっぱいだってのに何してくれちゃってるんでしょ? 

会社作って特許登録して3ヶ月も経つと特許についての話がしたいって企業が、あっちからもこっちからも来ましたよ。

その頃は、まだまだ私の出番は少なくて、クスミさんやプロフェッサーさん達が応対してくれました。

受付はエッタさん、ライムさんが担当してくれてて、明らかに脅し、たかり、その筋の方々は受付が適正に対応してましたね。

ただ、これは意図的にやってたんだろうと思うんですが我が国の官吏が時たま査察という名目で来訪することがあって……


これは明らかに「袖の下」要求だと思うんですが、それも適正に対応してたようで……

いえいえ、賄賂を渡すとかではなく力づくでお帰りいただくって方面で。

最初は官吏に睨まれたら不味いと思ったんですが、それも徹底的にやって何ら不正が無ければいくら官吏や政治家がやってきても気丈に接してて大丈夫だと言われましたよ。


初めは特許関係、そして経済関係、次は政治関係の人たちと会合を重ねるようになりました。

で、思い知らされたんですが、この国、革命前ですが、ひと握りの国家頂上部にいる人たち以外は例え軍部だろうと将官以外の扱いは同じようなもの。

搾取と命令の対象でしかないんです。

大多数の人間が、ごくごく少数、そうですね、革命前の一番酷い頃だと多くて数十人ってところだったんでしょうか、命令を与える少数に支配されている……

そんな歪な支配形態が長く続いている事自体、変だと思う国民がいないんですよ……

どう考えても、おかしいですよね。


私は、ようやく自分が洗脳されていた事に気が付きました。

個人の貧困、国が貧しい、でも国家指導者が贅沢の極みにあってブクブク太り、国政にも関心を示さずに自分たちの権限を強めることばかりに暗躍している……

これじゃ、貧困のスパイラルまっしぐらでしょう。

当たり前のことが当たり前に悪いと思われないことそのものが異常だと私は気づきました。

まさに衣食足りて礼節を知る、ですね。

あまりに貧しいのは心まで貧しくなるということです。

これが分かるようになったのもクスミさんのおかげ、教育機械のおかげなんですが。


それからも、私の会う人物は増えて行きました。

国内だけじゃなく国外からの人物にも会うようになり、私は段々と、この国には未来はないと思うようになりました。

でも、まだまだ私自身の力は弱く、この国に革命を起こせるようなレベルじゃなかったんですが。


洗脳状態を解かれた私は、今までは他人事のように思っていた国家革命を、いつしか本気でやらねばならないと思うようになりました。

まあ、後で考えると「彼」らが裏で手を回して、私が会う人物全てが現状に不満を持ち、革命の旗印となってくれる人物を探しているような人ばかりだったと思うことはありますが……

これが官吏側とか支配してる側の人とかに会っていれば、また違ったのかも知れませんが幸運にも私の会う人物、話す人物は全てにおいて自由と平和、そしてより良い生活を望む人ばかりだったわけです。


「彼」らが立ち上げた企業は、あっという間に世界へと進出することとなります。

当然、私が会社の代表となっているわけですので国外の企業の代表と会うことも頻繁になって来ます。

ここで、こちらをたかがポッと出の弱小企業だと思っていた政府も、あわてて取り込みに来るようになります、当然ながら。

私の会社が政府系と繋がれば甘い汁を吸えるだろうというのは分かってるでしょうから。

規制や法律で縛ろうとしていた初期の頃とは違い、今度は資源の輸送優先権や工業団地への入居を優先的にしてやるからと甘い言葉を持ちかけてきましたね。

しかし、そんな腹黒の輩は全て受付あるいはプロフェッサーさんのところで止められまして、私に会うことすら不可能となりました。


え? 

国家の役人を追い返して大丈夫だったのか? 

ですって? 

それがねぇ、笑えることに、エッタさんやライムさん、プロフェッサーさん達と話していると彼らの本心が引き出されてしまうんですよ、いつの間にか。

当然、その会話は録画してありますので、怒りの表情が悲惨な顔になって、すごすごと帰る欲深の官吏達は見物でしたよ。

政治家だろうと同じでしたね。

会話には一日の長があるはずなのに、いつの間にか本心を吐露してしまい、こちらに政治生命を握られるような形になってるんです。

ちなみにね、この官吏や政治家たちにも使い道があったようで「彼」らが裏で手を回したんでしょうが、この国では普通じゃ認められない高度な工作機械を輸入・設置・可動しまくってましたね、あっちこっちの地方で。

さすがに首都は首領一家の目があるんで無理でしたが。


だからですよ、革命一年足らずで、あんな社会インフラが劇的とも言える変わりようをなしたのは。

少しづつ少しづつの変革なんてやってたら国民が飢えて死に、残るは100人もいない支配階級ばかりって悲惨な事態が迫ってたんですから。

地方官吏なんて所詮は木っ端役人ですからね。

支配階級の気に触ったら、すぐに首が飛ぶ政治体制では、こっちの要求を飲むほうが向こうにとっても有益だったわけです(だって劇的に美味い食べ物が味わえるようになるんですよ。その他の物資も豊富に、裏からですが回してやることも可能ですから)

これで、こっち「革命支持派」の数が地方では急激に増えましたとも。


で、その後は皆さんご存知の通り、ついに国外にも名の通った偉大なる作家さえも首領の悪口を書いたという聞きしに勝る冤罪の極地で投獄という事態に。

はっきり言って、この国は、もう救いようがないと確信しました。

革命を、どうあっても成功させ、バカで無能の首領を倒し、この国を根本から変えるしか、国と人を救う方法がないと思いまして……

確実に、そして一気に政治体制をひっくり返すため、私と「彼」らで、首都を除く地方議会のメンバー全てを革命派へ寝返らせるようにしていきました。


長かったですよ、これに5年もかかったんです。

で、ついに立ち上がったのが、一昨年の暮れも近い日曜日。

首都を除いて一斉に革命の狼煙を上げたんですよ。

民衆も議会も全て革命派ですからね、あっという間に地方議会は全て革命議会となりまして……

全地方議会の結論として、


「今の独裁政治が全ての元凶! 首領と、そのシンパは全ての公職及び利権と権力を剥奪、今までの悪行の現行犯で即刻、逮捕!」


とブチ上げましたよ。

いやー、あなたにも見せたかったですな、大衆と地方政治家、地方官吏すら反政府のプラカード掲げて首都へ行進する姿。

まあ、薄々は首都にいる支配者たちも予想はしてたようですが、これほどの大規模だとは思いもしなかったようで。

しかし、ヤケになったんでしょうかね、軍の一部を動かそうとした者もいたようで。

ほとんどの軍は相手が民衆と分かると武器を放棄して命令を無視したようですが、さすがに近衛軍は武器を取ってしまったみたいです。

ただね、あの時に確かゴウさんと「彼」とエッタさんとライムさんが近衛軍に立ち向かったんですよ。

メディアニュースに、その映像が残ってるんです……

不思議な映像が……


エッタさん、ライムさんの方は彼女達が近衛兵達の方へ歩いて行くと前の方からバタバタと兵たちが倒れていくんです。

見ると、彼女たちは手に小さな物、筒状のものを両手に持ってるんです。

でもって、それを近衛兵たちに向けるとバタバタと眠るように倒れていくんです。

麻酔銃を撃ってるんじゃないのは確かです。

何か、妙な力が小さな筒から発しているようでした。


でもって、もっと妙なのはゴウさんと「彼」の方。

お二人とも素手で筒のようなものも持っていません。

あまりに無警戒で近づいてくるんで何か恐怖を感じたんでしょうか? 

近衛兵の一部から銃が撃たれた……

ように見えたんですが、二人は止まらないんです。

ついに機関銃の発射音が聞こえましたが、それも気にしていない様子。

後でメディアニュースの記者が確認してるんですが、確かに弾丸は発射されてるんです……

でも、二人の回りに何か透明な壁でもあるかのように潰れた弾が二人の回りに数百発も落ちてたそうなんです。

ついに2組がたどり着いたのは、近衛兵達の指揮所。

そこにいる近衛兵の指揮権を持つ、あれは陸軍大将だったかな、その人物に話しかける「彼」。

怒り心頭になってた大将は、そのうち意気消沈して「彼」の足元で泣き崩れてましたよ。

あれ、何を話してたんでしょうか? 


「彼」と大将……

革命後にも当の大将は決して話の内容を話す事は無かったと聞いています。

その人物は、ひっそりと退役して今は小さな農園を経営してるんだとか……


残るは首領の公邸のみ。

「彼」から、


「最後の最後は英雄のご登場と行かなきゃ話が終わらないだろ。ほら出番だ、ジョニィくん」


ということで私が先頭に立って群衆と共に首領と直談判するって事に。

首領は最初、私が青二才だと分かった時点で懐柔しようとしたらしいですが背後に控えてる「彼」やゴウさんを見て表情が変わりました。


「我には分かる。そこの二人、明らかに異形の力の持ち主。我にも少しばかりの異形の力があるが、とても敵わないのは本能的に分かる。これは我の時代の終わりということであるな。しかたがない……圧倒的な力の差が分かってしまうがゆえに我の命が失われる前に降伏する」


私が話をする前に実は全て終わっていたんです、革命は。

後でメディアが英雄の前に崩れ去る首領とか伝説みたいな持ち上げ方してたんだけど、違うんです。

私がやったのは革命を始めただけ。

お膳立てからバックアップ、無血になったのも首領が敗北したのも、みーんな私のせいじゃない。


重要なポイントを言うよ、ここから。

いいかい、この世には本当の意味で人の良い、そして本当の意味で力を持つ存在がいる。

その存在の目に止まったら、その時に自分がどういう存在なのか身にしみて理解することになるだろう。

その存在は、やろうと思えば一撃で、この星すら潰せるだけの力を持つが、その行動原理は全ての人間、全ての生命を救うことにある。

その存在を「神」と呼ぶか、それとも「彼」と呼ぶか……

肝心なのは命を慈しむ人は必ず報われ、命を軽んじるものは必ず報いを受けるという事だ……

ゆめゆめ忘れるなかれ。



以上、一字一句間違いなくコピーした。

しかし、今読み返しても、これは宗教論争を巻き起こすだけの記事のような気がする……



インタビューから一年……

本人と何度も連絡を取りながら、あまりに宗教的問題が大きなところは脚色し、ようやく革命手記の出版と相成った。

しかし私は知っている(私と革命指導者本人は)……

真実はフィクションを飛び越えてしまっていると。


色々あって、革命10年祭。

ひっそり暮らしてた元革命指導者を無理やり引っ張り出して革命記念祭の中心に座らせ、本人にとっては苦痛と恥の上塗りにしかならない革命の最終シーンを語らせるという茶番を強制するメディアと言う名の影の支配者たち。

私も参加させられたが(冤罪の証人として演説させられた)メディア側が本心から善意で行動しているため、とても止める気になれなかった……

善意の攻撃は防御不可能と心底思った。

4年前に民意で選ばれた大統領が民主革命の意義を語り(まあ、彼の瞳の輝き。真実を知らないと、こんな純真になるんだな)民主会議議長の祝福の言葉や海外からの招待客(高官や大臣クラス)の言葉等、順調にプログラムが進んでいく。

最後に最新の技術成果として意外なものがお披露目される。


それは宇宙船。

それも過去には造られたこともない球形船。

直径50mほどの球形船は、それでも他に成層圏より上に飛び出せるような代物はミサイルしか無い状況では他を圧倒して大きな印象を与える。


「元革命指導者、現在は全世界的規模の複合企業体会長、ジョニィ氏の会社工場で先月ようやくロールアウトした1号宇宙船を、ここまで飛ばせてもらいました。皆さん、過去の革命前には予想もしなかったテクノロジーの成果が、これから次々と現れてくるでしょう。そして我々は、この星を故郷とする宇宙をも手にする事となるのです!」


司会の言葉が消されるくらいに大きな声が上がる。

民衆の歓声だ。

辛く、哀しく、飢えにも悩まされ、その日の食べ物にも寝る場所すら苦労する時代は、すでに過去のものとなって久しい。

これからは、この星ばかりじゃない隣の星、また隣、そのまた隣と惑星だけでも7つもある。

衛星や小惑星も入れれば、もうそれこそ限りない数の星が待っている。

新しい未来が待ち受けているのだ、我々を……



一方、こちらは昔ながらの代替監獄、大金鉱。

少しは機械化されて楽になったが、もとよりここは犯罪者の懲役のために造られたもの。

あえて機械化せずに人力でやらせるのが肝心の穴掘りだ。

ここに、もう収監されてから10年目になる元首領と、その血縁者達がいた。


食べ物は昔ながらの味。

改善できるが、あえてやってない(これも罰の1つ)

喉に流しこなまいと吐きそうになるくらいの不味さは昔も今も変わらず。

首領の家族や血縁者、つまりは革命直前まで贅沢の極みを享受してた者たちは今の境遇に嘆き、いつか支配者階級に復帰するという幻想を抱くようになる。

そうでもしなければ、あまりの落差に気が狂いそうになるから。

しかし、ここに一人だけ、元首領ただ一人は、この境遇にホッとするものを感じていた。


「昔は私一人が特異能力者だと思って、たくさんの人の心を思うがままに操ってきた。しかし、あの日、革命指導者として私の前に立つ若造の後ろに立つ2人……1人は、まだ私より強大だが目標となるくらいの力の差だった……問題は、もう一人の男……あれは灼けつく太陽よりも巨大な、いわば精神エネルギーの巨大な塊が身体という衣を纏っているような印象だった。あんな存在が実在するとは……あれを見た瞬間、私の中の特異能力、他人の心を操る力が消え失せたのを感じた……小さな虫が太陽に近づきすぎて燃えるようなものだったかなと今になって思う。今は、あの存在が近くにいると感じることはないから私も気楽になっている。あれの前に立つなどという恐怖に比べれば今の境遇など天国だ……」


小さな声で呟いて、またノルマの消化のため作業に戻っていく。

昔は偉大だったその背中、今では小さく丸められ、他の犯罪者達と何も変わることはない……