第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター

第五十一話 若き戦士

 稲葉小僧

この銀河、数百年前にガルガンチュアが訪れた。


それまでは銀河を東西南北に分け、4つの種族が自分たちの領土を少しでも広くしようと互いに争う果てしない戦争状態が続いていた。

もう戦争がいつから始まったのか誰も知らない。

ただただ敵を殺し、愛する人を奪った仇に罰を与え、奪われては怒り悲しみ、奪ったと言っては歓喜の声をあげ、軍も国民も、国家のトップでさえ戦を終わらせることなど考えもしなかった。


そこへガルガンチュアが介入した。

4つの軍が今しも巨大な津波か雪崩か、というくらいの勢いで一つの勢力が数十万隻という巨大艦隊同士がぶつかり合う寸前! 


《やめろ! 無駄で意味のない殺し合いを今すぐにやめろ! そんなに戦いたいのなら俺達が相手になってやる!》


強烈なテレパシーの宣言が、その戦場にいる全兵士の頭の中に響いたと思うと数秒後、目前に信じられない物体が現れる。

それは惑星に衛星が3つ接続されたという……

言葉にしようとしても何も浮かばないほどに異様な物体。

あまりの衝撃に今のテレパシーと眼の前の物体とが結びつかない全軍。

数分後、ようやく現実が認識できたのか、戦いを邪魔するなとばかり全ての勢力が巨大な物体に向けて攻撃を開始する。

それから数時間後……

全ての攻撃が巨大な物体に届いてもいないと理解した4勢力の代表は、お節介にも登場した物体に向けて通信を試みる。


そして、また数日後。

コミュニケーションが、ようやく成立し、ガルガンチュアと、その銀河を代表する4つの勢力との会談が開催される。

会談内容は全宇宙へ公開されることとなり、その場で恒久的な戦争終結と和平条約の締結、そして銀河を4分していた勢力地図も書き直され、全ての勢力が手を取りあって未来へ進んでいく事が確約される。

ガルガンチュアはエネルギー源として恒久的に使えるエネルギー・質量相互変換炉のシステムを含めた膨大なデータを小さなデータチップに収めて、それを一つになった銀河の管理機構へ渡すと、また次の銀河へと跳んでいく……


ガルガンチュアが飛び去ってから百年あまり過ぎた頃。

この銀河では面白い方向へとテクノロジーが進んでいくこととなった。

最初は個人用の作業用パワードスーツ技術と相互変換炉が結びついた。

高さ5mにもなる、ちょっとした威圧感すら漂わせるほどの作業腕と作業指を備えた作業用ロボットが誕生するのも、そんなに時間はかからなかった。

それから改良や大幅な規格修正などを経て今から数十年ほど前に背丈は3m弱、基本的に搭乗者の動きをトレースし、武器としては基本的にパイルバンカーとして機能もする左右の拳(距離は2mほど。それ以上はバランスの問題で、距離は伸ばせても威力は半減してしまう)のみ。

二足歩行で、水上を行く場合には専用のアタッチメント(ホバー機能で少しは水面から浮く)を装着する。

重さの問題で空は飛べない。

宇宙空間においては、これまた専用アタッチメントを装着し宇宙での活動も可能とする(ただし宇宙用の船外活動パワードスーツより使い勝手は悪いので、宇宙での需要は低い)

軍用のカスタムも存在するが、あまりに性能差がありすぎ、おまけに製造費用が桁違いとなるため一般には出回らない。

最初は器用に物を掴んだり運んだりが可能となるので工事建設、様々な荷役現場に投入された。

費用対効果の面で優れていたため、社会へ素早く浸透するのだが……

厄介なことに使われだす。

それは犯罪。

パワードスーツ代わりに使用され、重い金庫を担ぎ上げるメックアーマー(作業用ロボットの愛称)が、あちこちで目撃されると、それを取り締まる警察機構でもメックアーマー部隊が誕生し、あっちこっちでロボットプロレスのリアル版が繰り広げられることとなる。

で……

現在、社会機構そのものに浸透したメックアーマーは、ちょっとした乗り物に、現地に到着したらクレーンや高所作業車、ブルドーザーの代わりに使えるとあって様々なシーンと場所で目にされるようになる。

当然、娯楽の対象にもなる。

メックアーマーバトルと称し、地方大会はもちろん惑星チャンピオンから東西南北象限の方面チャンピオン、当然だが銀河チャンピオンシップまでが開催されている。

ご近所のバトル大会では参加費用も安いが惑星チャンピオンシップや4象限チャンピオンシップ、銀河チャンピオンシップになると参加費用も目がくらむほど。

当然ながら、そこまで行くには果てしない挑戦と新人たちとの防衛戦が待っている。

ここにも若いながら、その才能と野望の大きさでは誰にも負けないと思っている一人のメックアーマーファイターがいた……


メックアーマーバトルに際して厳格なルールが存在する(ルールを取り払った裏試合もあると聞いているが、それはただの殺し合いと変わらない)

それは引き算と足し算。

何も装備しない素の状態でのメックアーマーが標準となり、そこから試合レベルにより、何を、どこまで、いくつ追加できるのかが決まる。

地方大会や様々な地域予選などでは素のメックアーマーのみの試合とあり文字通り「殴り合い」あるいは「打って離れて」という戦い方が主となる。

地域大会決勝以上のバトルになると追加装甲や武器の所持が許可される。

とは言え、どんな改造や追加をしても良いわけではなくルールがある。

標準機体の装甲を、より軽いものとする代わりに銃器(光線兵器ではない、実弾を使うもののみ)を持てるが、それも減らした装甲の重さまでが最大。

大きな口径(88mm)などというメックアーマー専用銃の最大のものになると、装甲は薄いアルミ箔レベルのものにしないといけない。

追加装甲も同様。

片手のパイルバンカー装置を外し、その代わりに分厚い盾や追加装甲を持てる。

しかし、ここに、とんでもないアイデアを実行しようとしている青年がいた。


「おい……本当に、こんな改造やって良いのか? 機体には影響は少ないだろうがドライバーのお前の負担は酷いものになるぞ」


メックアーマーエンジニア(とはいうものの実際にはパーツを外したり追加したりの作業が多い。まあ、その追加したパーツを操作するための制御プログラムは必要になる)の若い男(少年の匂いを軽く残している、青少年とも言う)が再確認する。


「良いんだ。これで地方大会決勝で勝てる可能性が高くなる。何しろ決勝の相手は新品機体と最新の制御プログラムを自由に使える大金持ちのボンボンだからな。そんな奴に勝とうと思えば、こっちは何かで無理するしか無いだろう」


大きな声ではないが低くてもよく通る声。

答えた男は日焼けした肌に適度な筋肉。

柔軟性を保つための薄い脂肪……

顔は二枚目とは言えないが強い意志と決意に満ち溢れている。


「いや、それは分かるんだが……肝心かなめのフィールドエンジンを取り外すなんて無茶だぜ。急激な動作をした場合、Gや衝撃が全てお前にかかってくるんだぞ、分かってるのか? なあ、悪い事は言わないから、こいつだけは元に戻そうぜ。こいつを外すと自動的にフィールドバリアまで無くなっちまって、パンチやらキック、パイルバンカーの衝撃まで全て受け止めるんだぞ。フィールドバリアがあっても失神するやつがいるってのに、これ外したら、下手すりゃ死ぬぞ……」


「そうだな……死ぬ可能性は高いだろうな。だけど、それでも尖ったカスタムにしなきゃ勝てない。俺は……勝ちたい。勝って勝って勝ち残って、銀河チャンピオンシップに出る。そして、銀河チャンピオンになるんだ! 親父、爺、ご先祖全ての思いを実現するんだ!」


「あー、はいはい、分かったよ。毎度毎度、銀河一撃流だっけ? その悲願が銀河一になるってことだもんな」


「ああ、異端とか邪道とか言われながら血反吐をはく毎日の修行、文字通り命がけの組手試合、何度走馬灯を見たことやら……しかし、ついにメックアーマーの地方大会とは言え決勝へと勝ち上がった! やるぞ、俺、クスノキ・イッキがメックアーマーで銀河の頂点を目指してやる!」


「いや、お前んとこの道場って格闘技だろ? それも生身の。どうしてメックアーマー格闘なんてものに手を出したの?」


「メックアーマーは別物だ。こいつは大昔の鎧と何も変わらん。ドライバーの動きをトレースしているから、こいつなら我が流派の理想、たった一人で戦艦の腹をぶち抜くなんて事もできるんだよ」


「はぁ……滅茶苦茶だとは思うけど、お前が言うと本気で実現しそうで恐ろしい……」


「さて、と。無駄口叩いてないで、さっさとやる! こいつを外せば人間一人分以上の軽量化になるんだから! これなら最小のトレース遅延ですむと思う。Gや衝撃は俺の鍛え上げた肉体で吸収するさ」


とんでもないことを、さらっと言い流して彼らはオンボロの鉄鋼所の片隅で作業を進めていくのだった。


クスノキ・イッキ。

この話の主人公である。

クスノキ家の歴史は長い。

そもそもクスノキというのは、はるか昔に、この銀河にやってきた異星人から一文字もらって、それを漢字文化のない星で無理やり姓として使用した武芸の流派が本家本元。

イッキの家は本家ではなく本家に近い分家。

総本家のクスノキ道場は今でも己自身の肉体のみで全てをなぎ倒すという、ある意味、格闘技の理想を追求する王道を突き進んでいる。

総本家道場ではイッキの道場よりも厳しい稽古と技の修行を今でも続けていると言うが……


「クスノキ本家は大昔より一子相伝が基本だからな。儂も夢中で修行したもんじゃが本家を継ぐ師範代選考会の決勝戦で弟に負けてしもうた。一応、儂も免許皆伝ではあるが弟は更に上の、命をかけた至上の技なるものを道場主、つまりは当代当主より授けられたとのこと。儂は本家道場を去り、今の分家道場を立ち上げた。儂の理想は鎧を纏った上で相手を負かすことで本家の理想とは少し違っていたから、これで良かったのかも知れんな」


イッキと組手を交わしつつ道場主である祖父は、そう呟く。


「そうかい、爺ちゃん! あいも変わらず俺との組手は鼻歌交じりで呟きすらできるのかよ! こっちは必死だってのに!」


息も荒く、連続で襲いかかる祖父の手と足を防ぎつつイッキは反撃の時を待つ。


「そうかの? お前も最初の頃に比べれば、おしゃべりに付き合うくらいの余裕は出てきたんじゃないかの? まあ、まだまだ荒削りがすぎて隙ばかりじゃがの!」


ひょいと今までのリズムを崩した蹴りがイッキを捉える。

バキぃ! 

と音がして、吹っ飛んだイッキが道場の壁に叩きつけられる。


「ほっほっほ、まだまだじゃの。良いか? 攻撃も受けもリズムじゃ。そして、相手を負かすのはリズムを崩したときじゃ。相手のリズムを捉え、そして崩す。これこそ勝機を掴むということじゃ、分かったか? イッキ」


「ふぅ……身を持って分かりました、爺ちゃん、いや、当代師範。しっかし、いつもながら師範の教えは痛いです」


「いやいや、その身に叩き込まねば身体が憶えんぞ。幾千の言葉より一回の負けと痛みのほうが早く憶えるからの。今日はこれまでじゃ」


「あ、ありがとうございます!」


「ああ、無理に立たんで良い。折れとりゃせんだろうが、秘伝の軟膏でも塗っとけ。明日には楽になるじゃろ」


「ふぅ……もう90歳越えてるってのに、どれだけの修行すりゃ、あんな化物が出来上がるんだろうなぁ……本家道場では、あれに勝つ化物がいるっていうのも恐ろしいが……」


イッキは、しばらく道場の板の間に転がってから、おもむろに立ち上がり、道場の隅においてある古い壺の中に手を入れる。

ドロッとした黒い粘液状のものをすくい取ると、それを酷いアザになっている箇所へ塗りつける。

何箇所も塗るのは、お約束。


「まあ、とりあえず痛みは引いてきたな、さすが秘伝の軟膏。成分に何が入っているのかは聞きたくも知りたくもないが」


イッキは道場から出て自室へ行く。


「さて、明後日はメックアーマー地方大会の決勝。明日は身体を休めて、決勝戦は最高の状態で臨まねば!」


そう言うと、まだ宵の口だと言うのにイッキは寝てしまう。

ベッドへ転がって数秒後に寝息をたてているのは才能だろうが、それほど祖父との組手がキツかったとも言える。

その頃、オンボロ鉄工所の片隅では……


「イッキは身体を休めてもらわなきゃ、な。決勝戦までに、こいつの基本プログラムを書き換えてイッキ専用カスタムとしてチューニングしてやらないと俺も悔やむことになりそうだ。さーてと! 夜食を食べ終えたらシミュレーションやってみて不具合を直さなきゃ」


こっちも最後の戦いを始めていた……


地方大会、決勝戦の当日朝。

イッキと、それより若干若く見える青少年との2人とカスタムメックアーマーは控室で戦いの始まりを待っていた。


「イッキ、そろそろ時間だよ。昨日までに、このメックアーマーの反応速度は限界近くまで速くしておいたんで後は操縦者のイッキしだい。俺としてはイッキの身体が心配だよ。何しろ反応速度を極限まで上げるために犠牲にしてる物が多すぎる。鍛えてるとは言え、こいつにイッキ以外の人間が乗って戦ったとしたら、そうだな……10分は保たない。自分の機体のGだけで10分後には体中の骨が折れても不思議じゃない。なあ、最後に聞くけど本当にこんなカスタムメックアーマーに乗る気かい?」


何を今更、という顔でイッキ。


「くどいぞ。俺は勝つために作戦を練り、勝つためのカスタムを施した。これで負けるようなら俺は死んだようなもの。骨が折れようが血しぶきが飛ぼうが最後に勝つのは俺のメックアーマーだ」


ファンファーレが聞こえ始める。

決勝大会のラスト、決勝戦の始まりを告げる曲だ。


「じゃあな。これからは俺とこいつの独壇場だ。観客も戦う相手も全てが無意味……俺が全国大会への切符を手に入れる事は決定事項」


イッキは傍らに立つメックアーマーを装着し、操縦者として動かし始める(昔の大きかった頃のメックアーマーは「搭乗」するのだったが今のメックアーマーは「装着」すると言う。それほど個人デバイスに近いものになった。言ってみれば車からバイクへ変わり、そのバイクが人形(ひとがた)へと進化したという事だろうか……デザインや機能としては全く別物だがメックアーマーの歴史的には、そう書かれることが多い)


「イッキ……死ぬなよ……」


祈るように呟く言葉、イッキには届かなかった。


「レディス! アンド、ジェントルメン! 只今よりメックアーマーバトル、地方大会決勝戦を開始いたします! かたや地元のメックアーマーバトルチャンピオンとして5連覇を続けるコラヨト商会の御曹司、ナンダ・コラヨトと、その相棒、最新式の相互転換炉とジェネレーター、そして通常の2倍も出力のあるフィールドエンジンを積んだフルカスタムメックアーマーに対するのは、こちらも地元じゃ有名な古流武術を中心とする総合格闘道場、銀河一撃流の、こちらも御曹司、クスノキ・イッキ! 珍しいことに彼は姓が先に来るという事で、クスノキが姓、イッキが名前ということになります。あ、そんな事は知ってるって? すいませんね、これも進行表通りなもんで……ぅおっほん! では、お待ちかね……メックアーマーバトル開始です! ちなみに、この決勝戦だけは今までの予選や準決勝と違って禁止技はありません! その証拠に観客席とバトルフィールドを完全分離するため、大出力のフィールドバリアが展開されております!」


ブゥん! 

と音を立てて、見えないバリアフィールドが展開される。


「観客席には攻撃の流れ弾や機体の破片等が飛んでいかないように保護されております。さて……両者のメックアーマーも暖気が終了したようで。では、お待ちかね! 決勝バトル、始め!」


両者、バトルフィールド内へ移動する。

これでバトルフィールド内だけ保護用フィールドバリアの効力が無効化されると、それ以降は自分の機体部分だけがフィールドエンジンの付随効果で守られる。

とは言っても全ての攻撃を無効化してしまうガルガンチュアのフィールドバリアと違い、メックアーマーにはフィールドバリアの強度規定があり、相手の物理攻撃を1割ほど和らげるだけのフィールド効果が許されているだけ。

イッキの相手が使うフィールドエンジンは、イッキの物に比べて2倍のエンジン出力があるが、それでも規定によりフィールドバリア効果は弱体化されている。

バトルフィールドの準備が整ったということで試合開始のシグナルが鳴る。


勝負は一瞬だった。

相手のメックアーマーが装甲を犠牲にしたメックアーマー用マシンガンを撃とうとした時……

イッキのメックアーマーの姿が消える……

いや、あまりに素早い移動のため、操縦者の目が追いつかない。

両方のメックアーマーが一瞬、交差して離れる。

イッキのメックアーマーは相手のメックアーマーの頭部を持っていた。

イッキのメックアーマーより一回り大きな相手の機体は、しばらく立っていたが数秒後に倒れる。

操縦席(メックアーマーという機体には簡易型操縦席があるものと無いものの2種類がある。ちなみにイッキの機体は操縦席なし。立って乗るタイプ)に座る小太りしている5連覇チャンピオンだった男は信じられない物を見たという顔で固まっている。

司会兼レフェリーは、おもむろにイッキの機体を指差し、勝利宣言と新しいチャンピオン誕生を告げる。


観客は大騒ぎ。

イッキの勝ちに賭けていた者たち(極少数)は歓喜の声を張り上げ、前チャンピオンに賭けていた者たち(大多数)は運の神に見放されたことを嘆き、イッキに対して罵声を浴びせる。

罵声と歓声、そして紙吹雪の中、イッキの乗るメックアーマーは静かに控室へと歩いていく。

控室に到着したメックアーマーは、その腹の中から操縦者を吐き出し、その動作を止める。


「イッキ、おい、しっかりしろイッキ! 体中が真っ赤だぞ、大丈夫なのか、イッキ」


その声に、ようやく失神状態から覚めたイッキが、


「ああ、ごめんな。カスタムの実力を舐めてたわ。多分、0.2秒位の間に10G近いGがかかったんだろうと思う。こいつは毛細血管が破れて毛穴から血が吹き出た証拠だ。相手の頭をもぎ取ったまでは憶えてるが、それからの記憶がない……もう少し、このまま寝かせてくれ……鍛え上げた身体でも、さすがにキツかったぁ……すぴー」


普通なら病院送りだが、そこはイッキも普通じゃない。


「勝つには勝ったけどさぁ、イッキ。こんな戦い方してたら、本当に死んでしまうぜ」


この呟き、またもやイッキには届かない……


地方大会で圧勝したイッキと、そのメックアーマーの噂はメックアーマーバトルの業界内では光速を越える勢いで広がっていった。


「あまりに尖ったカスタムだな。全国大会や惑星大会までは残れんだろう……その前に操縦者の身体が保たんよ、こんな無茶なカスタムを施したメックアーマーなど」


という至極真っ当な意見を述べる者もあれば、片や、


「いいや、そうでもないかも知れんぞ。あれだけの負担が大きなカスタムは地方決勝の時だけだと聞いている。と言うことは、それまでは通常のカスタム機体で戦い抜いてきたということだ。地方戦よりもカスタムの度合いが広い全国大会や惑星大会、そして、この西銀河大会と本当の意味での最終戦、銀河統一チャンピオンシップでは面白い番狂わせがあるかも知れんぞ……いや、これは楽しみだわい」


と、イッキの戦いに興味を惹かれたらしい人物も出てくる。


「そうですな……銀河チャンピオンシップまで生き残れるとは思いませんが、あの尖りに尖ったカスタムというのは今までのメックアーマーバトルに無かった要素ですな。今までの者たちはフィールドエンジンの出力を、どうやって配分しようという事のみに考えが固定されていたように思えます。あのメックアーマーの狂ったかと思うほどにぶっ飛んだカスタム内容は確かに一石を投じたと思いますよ。今まで何処の誰が肝心かなめのフィールドエンジンを機体から外そうなどと思いつくのでしょうか。機体が激しく動くGの軽減には絶対にフィールドエンジンが不可欠だと思い込んでいたところがありますよね」


「いやいやいや、それが普通でしょうが! フィールドエンジンを外して例えば物質・エネルギー相互変換炉のエネルギーを通常動力の高効率モーターに接続するとしましょう……そのカスタムを実際にやっていたみたいですがね、あの操縦者は……スタートダッシュを最大パワーでやった日には恐らくですが操縦者にかかるGは10Gを越すものとなるでしょう。これを制御するのは、それ相応の訓練を受けた軍人であっても厳しいと思いますが。将軍、いかが思われますか?」


発言者から疑問を投げかけられた将軍と呼ばれる男は、しばらく考えているようだったが、口を開くと一言だけ、


「いや、無理だろう。あの瞬間的な動きは軍事教練では鍛えられるものではない」


衝撃である。

実際の軍事を司るだろう人物から、あのカスタムメックアーマーは現役の軍人であっても操縦不可能だと断言されたのだから。


「では将軍。お聞きしたい……ああいった尖ったカスタムを施したメックアーマーが、もし敵方の軍に配備されていたら、貴方なら、どう戦うかね?」


この質問には考えるでもなく瞬時に回答がかえる。


「同じ化物の才能を持った操縦者を同じカスタムを施したメックアーマーに乗せてぶつけるまで。数秒後には共倒れしとるから、その後で回収すれば良い」


非情だが確かに作戦として合格だ。


「では、あの操縦者を軍に引き込むつもりかね?」


これには将軍、またすぐに、


「いや、今の所、そのつもりはない。徒手空拳で武装した敵を倒す銀河一撃流は一部の技を軍でも教練に取り入れている。ただし、あの操縦者がメックアーマーバトルで勝ち続け、それこそ銀河チャンピオンシップで優勝するようならば話は別。総本家から手を回してもらい、操縦者を軍用メックアーマーの教官として招く用意はある……そこまで行く可能性は、まあ無い」


「可能性は無いと言いながら、そこまで用意がされているということは……軍も目をつけているということだな。さてさて、我々の興味を一身に受けている彼、クスノキ イッキ君か……成人になってメックアーマーバトルに出場可能な最低年齢にはなっているようだが……これからが注目だな。大会が大きくなるにつれ、あちらこちらからの引き抜きや妨害もあるだろうし……」


「それについては問題ない。裏から手を回して警備体制と保安体制、そして審判についても買収やミスジャッジの無いように圧力をかけている。これは本来、そういう外部の思惑から離れているのが鉄則の大会だからな。実力とメックアーマーの相性、そして運の問題だ」


どうやら将軍も納得の行かない外部の力で勝敗が決まるのだけは許せないらしい。


賭博の胴元やら大手メックアーマー企業からの言葉にも首を縦に振ることのなかったイッキには、あちらこちらからの有形無形のバッシングやら嫌がらせやらが始まっていたが、ある時から、そのバッシングや嫌がらせが全て止んでいた。

イッキたちは知らなかったようだが、その影には軍の思惑があったようだ。


「ふーん……それで、あんた達がここへ来た理由は納得した。俺達に対する有形無形の妨害が突然無くなった理由についてもな。しかし、分からないのは、そこまでする理由だ。これが銀河チャンピオンシップや、その前段の東西南北の各象限大会なら、まだ話は理解できるんだが、これは地方大会から一段登っただけの地区大会だぞ? これに優勝して、まだ全国大会が待ってるというのに今の段階で俺達に軍関係のスタッフが10名以上も参加するなんざ予算の無駄使いじゃないのか?」


イッキはサポートとして着任したという軍関係スタッフのリーダーらしき人物に対して質問を投げかける。

サポート隊リーダーは少し困ったような顔をするが、すぐにびしっと背筋を伸ばして返答する。


「いえ、これは正式命令ではありません。言わば軍内部での派閥争いのようなものというか何というか……ともかく我々は軍人ではありますが、この仕事に関しては命令を受けたわけではなく各自の自由意志により参加しております!」


「そう、そこなんだよ、おかしいのは。いくら、うちの総本家が軍の徒手格闘教官になってる率が高いからって俺は傍系だぜ? 本家が、こういう大会には出場しないのは当然だし出てる俺のほうが邪道なのは自分でも分かってる。そんな、本家から見たら邪魔な存在の俺に軍が肩入れしてくれるのは、どんな思惑があるのか? と思ってしまう」


「えー、その件につきましては……自分の個人的意見と断ってですが……良いですか?」


「良いです、それでも。納得できるなら不信感も減るでしょう」


「恐らくですね。イッキ殿の可能性と無茶を承知でやるチャレンジ精神に、うちのところの大将が惚れ込んだのではないかと……まあ本物の大将ではないのですが、我々は、その方の近辺にいるスタッフです。大将は、こういう無茶をやる人間が大好きなんですよ。まあ数百年前に出現した神の御使いのような宇宙船と存在によって、この銀河から戦争は無くなりましたが戦いそのものが無くなったわけじゃありません。特に銀河辺境部の開発には未だに命がけの特殊工作部隊の派遣が連日のように要請されています。イッキ殿のご本家、銀河一撃流総本家の技は実戦で極めて合理的で使いやすい必殺技が色々ありますが、その応用技としてイッキ殿のカスタムメックアーマーに期待してるってところじゃないでしょうかね」


そこまで聞いて、ようやくイッキは納得する。


「そうか、俺とメックアーマーの一体技が見たいわけか……納得したよ。これから、よろしく!」


イッキとサポートチームリーダーはガッチリと握手する。


「イッキよぉ、勝手に盛り上げるのは結構だけどさ。ようやく自由に歩けるようになって、まだ3日だぜ? 次の試合は3日後だってのに、また尖ったカスタムメックアーマーで試合に出るのか?」


このチームの中では一番若いと思われるイッキの親友(そうか、名前を紹介してなかった)でメックアーマーの世界では知る人ぞ知るウィリアム・アットキンソン、通称ウィルが次の試合でまた無茶をしやしないかと心配している。


「ウィル、心配ないぞ。次の試合は新しいサポートチームに任せることにする。俺の希望さえ実現させてくれるなら以前のような相打ちに近いカスタムなど不要だ」


それを聞いたリーダー。


「で? イッキ殿のご希望とは?」


最短で内容を確定した物言いは、さすが軍人。


「俺の希望は……スピードに特化してくれってことだけだ。地方大会決勝のような尖ったスピードは不要だが、少なくともフィールドエンジンでは吸収しきれないほどの速さと加減速能力が欲しい」


イッキは今回も、とんでもない要望を口にする。

が……


「よござんす。俺達が機構系と機体の軽量化に取り組みますんで、ウィル殿が機体制御の最適化を頼んます」


それから2日間、イッキ以外は徹夜仕事。

イッキは、あの血みどろの決勝の痛手を回復させることだけに努めている……


地区予選が始まる……

地方大会を勝ち抜いてきた凄腕達が揃う中、イッキと、その相棒たるカスタムメックアーマーは、その異様な姿を衆目に晒した……


「どうだった、イッキ? 僕らが徹夜で組み上げた新しいカスタムメックアーマーの調子は」


地区大会予選の初戦を終えて控室へ帰ってきたイッキに向けて、サポートエンジニア達が使用感を聞きたいようだ。


「どうって……普通だったな。いや、悪い意味じゃなくて普通に違和感なく使えるってことだ。最高度の加速度にしても地方予選決勝のように重大なダメージが加わるようなこともなかった」


「しかし、最後に決めに行った時の加速は最高度。あれでは、さすがに3Gを越える圧がかかったでしょう。大丈夫でしたか?」


さすがに軍の現役エンジニア。

見る目が確か。


「それは確かにな。しかし、鍛え方が違うんで5Gを越えなきゃ俺の身体には負担じゃない。今のカスタムで準決勝までは確実に勝ち抜けるだろう」


「じゃあ、決勝は難しいと?」


「ああ、さっき帰ってくる時にすれ違った、昨年度の優勝者で象限戦の準優勝という肩書まである奴。こいつには見切られるな、あの加速度でも」


「じゃ、じゃあ、どうするの? これ以上、速くする事は可能だけど……イッキに相当な負担がかかるよ、あの血みどろの決勝みたいに」


「ウィル、それはだな……全体的な反応速度を上げるんだ。機体を速くするのは限界でも、マスター・スレーブ方式の操縦者と機体反応速度の遅れを最小まで縮める事は可能だろ?」


「イッキ殿……簡単に言われるが、それこそが一番の難点です。今でもイッキ殿の使う機体は反応速度が通常の10倍近い速度になっています。言いにくいのですが、これ以上に機体の反応速度を縮めるとイッキ殿の身体に悪影響が出る恐れが高いです」


「それは重々、承知の上だ。軍の実験体とでも思ってくれていいから、今より10倍以上の反応速度にして欲しい。ネガティブなフィードバックがあるだろうというのは予想済みだ」


「イッキよぉ……今度も命がけの決勝になるのかい? 俺、もう見てられないよぉ。イッキが勝ってもボロボロになって控室に帰ってくるのは見てられないんだ」


「ウィル、すまないな。けど、これは俺の意地だ。理想的にはメックアーマーが俺の鎧と化すこと。大昔の話だが機械的なサポートもなく数10kgもの重さの鎧を装着して、大きな剣になると10kg近いもので斬り合いをやってたって記録が残ってる。銀河一撃流の理想は、どんな重厚な鎧を纏っていようが、こちらは身一つで相手を圧倒するというもの。だから俺の理想は機械サポートも不要のメックアーマーということになるな」


「まあ、そういう無茶な話は空想の上だけにして、ですね、イッキ殿。決勝戦までには時間的にかなり余裕があるんで、こちらで実験的に使ってる新しいマスター・スレーブ方式を使ってみようと思うんですが……良いですかね?」


「うん? 今の方式じゃダメなのか?」


「今の方式で反応速度を一桁上げるのは困難ですが新方式なら、かなり容易にできます。まあ、それなりにマイナス面もあるんで、そのへんを機体調整とソフトウェアでカバーできれば面白いものができそうだなと思いまして……ああ、金銭的には無料です。実験段階ですので運用データが取れれば儲けものですからね」


「そうか……なら決定だな。決勝までに用意できるようにしておいて欲しい。サポートチームと凄腕エンジニアのウィルがいれば、そのへんは大丈夫だろう」


「お、おい、イッキ! 軍の研究所でも実験段階の技術を二つ返事で受け入れるなんて無茶だぞ! 何が起きるか予想も付かないんだから!」


「まあまあ、ウィル殿。新規実験段階の技術ではない、ある程度の改良もされているんですから。少なくとも今の段階で操縦者を殺すことはないと断言できます」


「ひ、酷い! そんなもの完全な人体実験じゃないか! イッキの身に危険があるなら……」


それを遮って、イッキ。


「いや、人体実験、面白いじゃないか。良いぞ、リーダー、俺も運用実験に参加したい。待てよ……そこまで新しい方式だとすると機体の加工やカスタムとか言う次元じゃ、すまなくなりそうだな?」


「さすがイッキ殿。メックアーマーバトルの規定には従った物ですが中身は全くの別物になります。マスター・スレーブ方式とは言うものの、今の行動トレース方式とは違う次元の技術ですので」


「で? 決勝までには間に合わせてくれるんだよな?」


こう言い放つイッキに空恐ろしいものを若干、感じる周囲だった。



「今の状態のメックアーマーでも勝ち抜けては、いる。明日は準決勝だが楽勝とまで言わないが勝てるとは思う……リーダーさんよ、決勝に間に合うのか? 新しい機体ってのは」


イッキは本心では焦っていた。

明日の準決勝が終われば決勝まで数日は休憩できる。

しかし休憩などやってる場合じゃない。

新しい機体に慣れるためには数日かかる……

その時間があるのかどうかという問題だ。


「大丈夫だと思います。一応、この機体と地方大会までで使ってた機体のデータは全て研究室へ送ってありますので」


リーダーの言葉はイッキを納得させるだけの確信がないと思われる。


「まあ軍がバックについてくれているんだから間に合わないなんてことにはならんとは思うが……現場調整とかを考えているんだろうかね、全く……」


イッキが文句を言う。


「まあまあ、落ち着けって、イッキ。試作段階ではあるけれど利点が多いってことで特別に機体を融通してくれるっていうんだ。ありがたく使わせてもらおうぜ」


ウィルの言葉は本心から。

中古やスクラップから組み上げた現状の機体と違って新品の(機能と性能的に軍用では無いが)試験用機体を融通してくれるという破格の待遇を利用しない手はない。


「まあな。くれるっていうものを断るバカは、いないさ。後は、こっちへの搬入までの時間だな。性能が良くても俺が使いこなせないんじゃ宝の持ち腐れだ」


そんなこんなで準決勝当日。


「じゃあな、一分以内で片つけてくる」


鼻歌交じりで準決勝の舞台へ行くイッキと、そのカスタムメックアーマー。


「観客の皆様! 猛者たちが集い、そして数多の勇者が散っていった、この地にて、いよいよ、残すこと三戦! 今から、準決勝の第一戦を行います。この勝者と、第二戦の勝者が、決勝にて戦う事となります。ちなみに、この大会の勝者には自動的に惑星チャンピオンシップへの参戦権が与えられることとなります……ただし、これは優勝者のみ! 前年度の優勝者であっても準決勝や決勝で敗退すれば、そこまでです。では……西側! 汚れなき破壊者の異名を持つ、中距離戦のみで全ての対戦者を倒してきたカスタムメックアーマー、大口径ガトリングガンが特徴のリック・スタンピード! 片や東側、そのスピードと徒手空拳の潔さ、そして目にも止まらぬ一撃で今までの勝負を決めてきた独特のカスタムメックアーマー、その異名は瞬きの一撃となりましたクスノキ・イッキ! では……バトルスタート!」


ブォーン! 

とサイレンが鳴り、試合の始まり。

イッキの相手はガトリングガンの使い手。

最初から試合場へ弾丸の雨を降らせる。


ドがガガガガガガが! 


弾と弾の発射間隔が一発ごと微妙に狂っているのも厄介だ。

しかしイッキの機体は、その弾の雨の中を、それこそ目が追いつかないほどの速度で走っている。


一瞬、ガトリングの音が止まる。

あまりに速いイッキの機体を相手が見失ったようだ。

ちなみに軍用の機体ならレーダーで敵を見失うことはないが、これは民間の、それもメックアーマーバトル用の機体だからレーダーは搭載不可。

イッキは、この機体性能に制限がある中で一番の弱点は操縦者の性能だと気づいていた。

目が追いつけない動きでは、どんな必殺の攻撃手段を持っていても、その攻撃が当たることはない。


相手がイッキの機体を見失って、数分の一秒……

ようやく捉えたイッキの機体は自分の機体の、すぐ傍にいた。

ガトリングガンを構えるが、もう遅い。

弾丸が出る前に、その手を叩き潰され、ガトリングガンは地に落ちる。

その手に攻撃手段が何も無くなった機体にイッキの手刀が叩き込まれるのはガトリングガンが地に落ちるのと同時だった……

メックアーマーの頭部が無くなった機体。

その中から、降参だと言わんばかりに両手を上げて座席を立つ操縦者。

司会者は大声でイッキの勝利を告げる。


「まあ、当然と言えば当然。しかし、決勝の相手は厄介だな。俺の動きが全て見えているようだ」


控室にてイッキの言葉。


「だからこそ、もっと素早く動ける機体が欲しいんだよ。異名通り瞬きの瞬間に相手を倒せるような奴がほしいんだ」


イッキの声には切実さが感じられる。


「この地区大会の前年度覇者でさえ惑星チャンピオンシップじゃ準決勝までも残れなかった。俺が目指すのは、この星だけじゃない遥か高みの銀河チャンピオンシップなんだ。こんなところで足踏みなんかしてられるか!」


決勝の日が明日というところまで迫っている。

しかしイッキの顔は晴れなかった。

新しい機体がイッキのもとに届いていないからだ。


「リーダーさん! 何時になったら新しい機体がこっちに届くんですか?! もう調整時間もありませんよ、今日の明日じゃ!」


ウィルが、さすがに焦った顔色で言う。

調整時間が無いのは本当だ。

本来、カスタムメックアーマーの調整には長い時間をかけるのが普通。

天才と呼ばれるウィルでさえ1日や2日では大雑把な調整しかできそうもない。

今の中古機体の寄せ集めに近いイッキのカスタムメックアーマーが激戦を勝ち抜けているのは一つにはウィルの超絶的な調整テクニックがある。

彼の指先と頭脳は、ただの鉄の塊であるはずのカスタムメックアーマーをイッキのノーマルスーツでもあるかのごとく個人的な癖まで織り込んでイッキの操縦をアシストするかのごとく動いてくれる(実際には遅れがあるが、それを感じさせないほどに絶妙なポイントまで追従性を突き詰めたものとなっている。もちろん、こんなカスタムを施したメックアーマーがイッキ以外に使えるわけがない。あまりに機体の反応が良すぎてイッキ以外では普通に歩くのにも苦労しそうなカリカリなチューニングだ)


軍から派遣されてきた運用グループのリーダーは困った表情で、


「実は、こちらも困っているんです。予定では三日前には届いてなきゃおかしいんですけどね。何か輸送中の事故か、それとも何らかのトラブルか……どちらにせよ連絡は取ってますので今は返答待ちです」


と答えるしか無い状況。

少し待つと運用グループの整備兵らしき人間が走ってくる。


「たいちょ……いや、リーダー! 待ちに待った返信ですよ! 機体は、こっちに向かってるところだそうです!」


大声で叫ぶ。

スラム街に近い場所だから監視も緩いのだろうが、こんなことで秘密が保たれるわけがない。

リーダーは走ってきた整備兵を叱りつけている。


「まーったく、お前は! メックアーマーに関しては重要機密に近いものだということが理解されておらん! まあ焦っていた気持ちは分からんでもないが……何何? ……現地調整に関しては何の心配も要らない、だと? カムタムメックアーマーと軍用機体の違いが、まだ理解できておらんのか?! 研究所のやつらは……」


それを聞きつけたイッキが走り寄ってくる。


「リーダー、ようやく待ち焦がれた機体が届くわけだな。ところで現地調整は不要と言ってたが、そんな事が可能なのか? 軍用機体って、そんなに汎用性が高かったっけ?」


イッキの疑問はメックアーマーの操縦者ならでは。

通常の民間機だと汎用性が重視されて多少の追従性の悪化よりも安定性と操縦の安易さを求める方へ機体の調整方向は傾くものだ。

イッキのような数百分の一秒の遅れを問題視するほうがおかしい。

しかし格闘技等で使われるカスタムメックアーマーの場合は別問題。

操縦者のレベルが高すぎるため普通の反応速度の機体だと追従性が悪すぎて勝てない。

まあ通常レベルのカスタムメックアーマーでも使い物にならないと言うイッキのほうが変だというのは確かにあるが。


「あ、イッキさん、そうなんですよ。問い合わせに返事があって、ようやく今日の朝、研究所からイッキさん専用メックアーマーが完成したんでこちらへ送ったとのこと。で、追伸で現地での調整は不要と言ってきたんです。本当ですかね?」


イッキが、


「まあ、時間も足りないし調整不要だと言うのなら信じるしか無い。新しい機体が届いたら、まずは乗ってみて、テストを1時間ばかしやるしかないだろう。それで不満点がでるなら明日の決勝までに改善できるように頑張るだけだ」


と答えたのは、もう時間的に切迫しているからだ。


小一時間してオンボロ鉄工所にメックアーマー専用キャリアを積んだ大型トラックが入ってくる。

ちなみに、こんな大型でロングボディとなるキャリアを積んだトラックが二次元で走ってくるわけがない。

それこそ、この星にもたらされた最大の恩恵と言われるフィールドエンジンで慣性を制御し、この巨体が空中を飛んで、このスラムに近い路地裏の鉄工所へ入ってきたわけだ。


この鉄工所が路地裏で狭い道のどんづまりにあっても原料搬入や製品搬出に支障がないのは、ひとえにフィールドエンジンのおかげだと言っても良い。

ちなみに鉄工所内にもフィールドエンジンは設置されている。

工場が空を飛ぶわけじゃない(まあ、実際に高空で営業している工場や営業所も存在はするが)実は、ご近所の騒音対策だ。

フィールドエンジンを、ある一定上の強さで動かすと、内部と外部の音の行き来が全く不可能となる効果が確認されて以来、この異星人からもたらされた技術は民間にまたたく間に普及した。

どんなにやかましい騒音だとしても分厚い壁でも遮ることの不可能な超低音振動でも、中の音が外へ漏れ出すことはない状況というのは町工場も大企業も喉から手が出るほどにほしかったものだ。


閑話休題。

イッキは、さっそくキャリアにかけられたシートを剥がして新しいカスタムメックアーマーに乗り込む。

しかし……


「リーダー……これ、どう使うんだ? 操縦系統が全くと言って良いほど変わっているんだが……」


イッキが操縦席を見て頭を抱えている。

ウィルがリーダーと共にイッキのそばへ行く。


「どうしたの、イッキ? ……あ、こりゃスゴイ! スゴイけれど、どう扱えば良いのか……」


「どれどれ? あ、イッキさん、これは説明不足でした。そこにある、ヘッドセットを付けて下さい。小型教育機械で操縦方法が叩き込まれます、と追伸にありました」


それを早く言ってくれ! 

とばかり操縦席へ座り(新型機体はシートあり。元は軍用機体の流用だけに、民間用よりも豪勢なシートが載っている)さっそく操縦法のレクチャーを受けるイッキ。

異星人からの贈り物は、この星にも根付いている。

30分後……


「分かった、これは画期的だ。しかし、これは熟練者か、あるいは俺のような格闘技の経験者くらいしか扱えないだろうな。あまりに操縦がピーキーすぎて普通の人間じゃ片腕すら自由に動かせない」


そのイッキの言葉を聞いて、ウィル。


「どういうこと? 反応速度が早くなったのは良いことじゃないの?」


と質問。

それを受けてリーダーは専門家らしく、回答する。


「こいつはね、俺の所属してた整備大隊でも悪魔とまで言われていた機体を元にしたやつです。操縦は筋電位制御っていう筋肉を動かす電位差を感知して機体を制御する最新型の操縦法です。ただし、この制御を完璧に出来る人間ってのが宇宙軍にはいなくてね。テストパイロットが数日単位で変わるんです……大体がコクピット内部でアザだらけになったり、あちこち跳ね回って機体損傷が酷かったり」


「えーっ! そんなのイッキに扱えるわけないじゃないの! 今からでも間に合う、前の機体で決勝に出よう、イッキ!」


言われたイッキ……


「ウィル……不思議なんだ。こいつが数年も一緒にいたような不思議な感覚なんだよ。手に馴染むと言うか長年の親友というのか……俺には分かる。こいつは俺を待っていた! こいつを乗りこなせる奴は俺しかいない!」


「イッキ……そこまでなのか。じゃあ、そこいらを動き回ってみてくれ。それで不具合が出たら、それはその時だ」


ウィルも腹をくくる。

こうなればイッキと一蓮托生だ。


「それじゃ離れてくれ、二人共。試運転だ」


操縦席のハッチを閉める。

ウィルとリーダーは足早にメックアーマーのそばを離れる。


「あれがここで暴走したら、俺達二人だけじゃなく、整備運用グループごと惨殺になりかねませんな……それほど厄介な代物ですよ」


誰聞くと無く、リーダーは呟く。

あの機体が味方を巻き込んで実験場を血の海にした思い出が蘇って、背中に冷や汗が流れる……


「こ、この反応の良さ! 理想的だ。すごい、すごいぞ! 自由自在だ!」


メックアーマーが、ありえない動きをしている。

全長3mの機体が半径60cmで∪ターンするなど本来の機体の動きの性能を超えている。

1時間ほど、狭いはずの鉄工所の敷地を走り回った末、イッキは満足してメックアーマーを降りる。


「いやー、こいつはスゴイぜ、リーダーさん。俺の理想が現実になったような機体じゃねーか」


言われたリーダーは信じられないものを見たような目をする。


「イッキ……あんた、身体は大丈夫か? こいつは俺の知る限り、テスト運転で何人も殺している機体だ。こいつが悪いわけじゃないが、こいつに組み込まれた筋電位制御ってのが難物でな。どんな優秀なテストパイロットが乗ろうと数分後には暴走して、研究所の所員や整備兵を数十人も殺している。開発された部署で殺した数を足すと百人できかないと言われた悪魔の機体なんだぞ?!」


怪物を見ている目だ、これ。

イッキは昔、同級生らから受けた自分の過去の経験から瞬時に理解した。

10年も経たぬ前、イッキは田舎星系ではあるが学校に通う、普通の学生だった。

最初、イッキは自分の素性や格闘技を他人に公表しなかった。

イッキの流派は筋肉をつけるような力で押す格闘術ではなかったため、少し痩せ型と見えるイッキは同級生たちからイジメの対象となる。

ただしイジメられる当人はイジメられているとは思わず毎日の稽古の方がよほどキツイと思っていた。

ある日、イッキは同級生の中でも武闘派で知られるイジメのリーダー、自分で「番長」などと名乗るイカれた奴から呼び出しを受ける。

イッキ自身は子供同士の喧嘩など興味もないのでシカトしていたが相手は舐められたと思い、とある日、下校時間に両腕を取られて自称番長の元へ連れて行かれる。

最初に一発殴ってから言うことを聞かせようとしていた、その大馬鹿者はイッキに全力の腹パンを食らわす……

つもりだった。

実際には殴った自分の腕が岩を殴ったが如く皮がめくれて、しばらく使い物にならなくなっているのにも後で気づいたほどだが(骨折まで行ってなかったのが幸いだった)


「痛え! お前、腹に鉄板でも仕込んでるのか? 卑怯者が!」


自分がいかに卑怯なことをしているのか気付いてないのか? 

まあバカというのは、こういう者だと、ちょくちょく道場まで乗り込んで腕試し(道場破りのつもり? )に来てるやつが病院に担ぎ込まれる事態を何度も見ているイッキは冷静な目で見ていた。


「おい、こいつを甚振ってやれ!」


見るからに三下クラスの数人が自称番長からの命令でイッキを殴る、蹴る。

やられてる当人には何のダメージも無い……

それどころか、殴る蹴るしている相手の手足にダメージが蓄積される。

興奮したか三下の一人が刃物を持ち出す。


「おっと! 刃物はダメだぞ……ひょいっと」


あっという間に取り上げてパッキンとナイフを真っ二つにするイッキ。

その光景に番長以下が浮かべた表情と目が今のリーダーの目と同じだった……


「俺は格闘技に長じているだけの人間だよ、リーダー。化物でもないし宇宙人でもない。伝説の宇宙人と比べようもなく普通人だ」


イッキは静かに言う。

リーダーは気づいた、この人は今まで自分の力を示すたびに怪物や化物扱いされてきたんだろう……

ただただ、格闘技の天才と言うだけで。


「失礼した、イッキさん、これは本気で言いますが、あの機体は、じゃじゃ馬過ぎて扱えるものがいなかったんです。ようやく分かりましたよ原因。人間は自分の身体を自由自在に100%制御できるものじゃなかったんですな。あんたのような格闘技の頂点にまで進めるタイプの格闘家でないと無意識に動く筋肉が誤作動の原因だったわけだ」


無意識下の肉体動作まで拾うというのは制御系としては失敗作という。

ただしイッキほどの格闘家は別。

完全な肉体制御を会得していれば、この機体は、ほぼ無敵となるだろう。


「す、スゴイ! すごいよイッキ! これじゃ現場調整が不要というのも納得だね! まあ完全に搭乗者を限定してしまうのが欠点だけど。これ以上に反応速度を上げるなら脳波制御しか無いと思うよ」


リーダーがウィルの言葉に反応する。


「ウィルさん、軍でも脳波制御は候補になりましたが早々に撤退しましたよ。あの伝説の船、ガルガンチュアが脳波制御だったという話を聞いたことがありますが、あれは人間にゃ無理です。完全に機体制御だけに集中した思考なんて普通の人間には無理。あの神の使いと言われたクスミタダス船長と、そのクルーくらいのものでしょう。次善の策として筋電位制御を選択したわけです」


思いもかけず思考波制御の欠点が指摘されてしまった。

多重思考などお手の物レベルのガルガンチュアクルーだからこそ使えるのか。


「不思議だな……この機体に乗ると安心する。勝てるかどうかなど問題じゃない……相手を、どう倒すかが問題となる」


決勝でイッキがバトル前に呟いた言葉だと言われている。

これが噂となるくらい、一瞬で勝負は決まったと後の世まで話のネタになるほどの試合だったと。


「イッキー! おめでとー! これで星系チャンピオンシップに行けるよ! その次は銀河北象限チャンピオンシップ、そして、その次が全銀河チャンピオンシップだ! まだ先は長いけど到達する先がようやく見えてきたってところだね」


ウィルの最大限の賛辞にイッキはなぜか浮かない様子。


「イッキさん、どうしました? 無敵となる鎧を手に入れて全銀河規模チャンピオンとなる可能性が出てきたんですよ? 素直に喜べないですか?」


リーダーに言われて、ようやくイッキの表情に笑みが戻る。


「いや、嬉しいんだよ、嬉しいんだ。それは確かなんだが……機体の性能におんぶに抱っこされていやしないだろうか? などと愚にも付かないことを考え始めてしまった……」


「いやいやいや! イッキさんだからこそ使いこなせるカスタムアーマーですよ。他の人じゃ到底、使いこなせるどころか暴走させる可能性が高い、それほどのじゃじゃ馬だというのに」


リーダーが呆れたように言う。


「それにしても凄かった、決勝戦。試合開始のベルが鳴った途端、イッキの機体が霞んだように動いて、それが収まったときには相手の機体に頭部がなかったと。まさに瞬きの一撃、イッキの二つ名通りの決勝戦だったね」


そう……

決勝の試合時間は一秒も経たないうちに決着がついた。

審判の勝利者コールが響き渡る頃には、イッキはカスタムアーマーと共に控室へと歩いていたほどだ。

優勝パーティーなどというくだらない行事に参加などお断りだとイッキは思っていたが優勝者の義務だと諭されて、やりたくもないカンペ見ながらの優勝インタビューなどというセレモニーにも参加することになるイッキと、その仲間たち。


様々なメディアの追っかけや、にわかファンのサインくれくれ攻撃、果てはストーカーレベルまで高まったファン心理でイッキの自宅アパートにまで押しかけてくる奴まで出現するに至ってイッキの鋼鉄の神経にもヒビが入る。

こともあろうに素っ裸でイッキのベッドに潜り込んでた女性ファンをつまみ出すと、イッキは安アパートから超のつく高級マンションへ引っ越す。


「セキュリティが無いに等しいアパートより金はかかっても安心して寝られる場が欲しいだけだ。修練やトレーニングなど、どこでも可能だから」


イッキは言うが銀河一撃流の稽古だけは自分の道場へ向かう。

ただし道場でも入門希望者を選別するのに手一杯で今ではイッキと祖父だけの稽古などと言う贅沢な環境など望めない。


「はぁー、やりすぎたかぁ……有名になるのも良し悪しだな、こりゃ」


それでも時間は過ぎていき、イッキの駆るカスタムアーマーは順調に勝ち進む……

と言うか相手が遅く見えてしまい秒殺の試合ばかりが続いていく。

とうとう、イッキの望む舞台が登場。

銀河統一チャンピオンシップ、その決勝日が決定される。

銀河の中から選り優られた機体と操縦者だけが上がれる決勝舞台。

ここで勝利して文字通り「銀河一撃流」が、この銀河で最高にして最強の流派だと証明するのがイッキの夢だった。

機体はメンテナンスも完了。

あとは操縦者のイッキの体調が万全かどうかという問題のみ。


「負ける気はしないが……決勝の相手の情報が何もないってのは、どういうことなんだ? 軍の情報部でも掴めないような辺境の出なのか?」


イッキの不安点は、それだけだった。


「いや……それがですね。情報部は何か掴んでいるようなんですが出てこないんです。上からの指示だとか言ってましたんで、こりゃ絶対に情報統制ですな」


リーダーが悔しそうな顔で言う。

ここまで来るとサポートチームとは言え気持ちは一心同体。

イッキの優勝を願うのは皆、同じ。


「まあ、よほどのことがない限り、イッキの優勝は間違いないけどね。ただしボクも決勝で当たる相手の前の戦いを見たんだけど……イッキと同じ無手なんだ。銃も剣も槍も持たず、自分のスピードとテクニックで一撃! ってのはイッキと同じようなんだけど、その点ではイッキのほうが一歩上を行ってるよね。あの機体の性能差は埋められない。でも一つだけ不安な点も……」


ウィルの一言が気になるイッキ。


「機体性能が違うなら、そこまで心配することもないだろ。何か不安点があるのか? ウィル」


「うん……準決勝で初めて披露したんだけどね、イッキの相手が……投げ技使うんだ。カスタムアーマーで投げ技? と思ったんだけど、あまりに鮮やかでね」


「おいウィル! 投げ技と言ったな? どんな技だったか分かるか?」


「うん。格闘技の延長みたいな投げ技だったよ。相手の腰に手を回して……」


「そのまま後ろへ投げて舞台に頭から叩きつける……か?」


「え? よく知ってるね、イッキ。スロー再生でも霞むくらいのスピードだったらしいけど。それまでイッキの機体に比較すると遅いスピードで反応してたんだけど、そこだけが瞬時に動いたような反応速度だったって解説者の人が言ってた」


「そうか……やはりな。決勝戦は想像通りの死闘になりそうだ。出てくるとすれば……あの人かな……」


ウィルが心配そうに、


「イッキ? もしかして知り合い? 同じ格闘家なら苦戦するかもね」


そのままイッキは黙ってしまった……

そして、ついに決勝戦の幕が上がることとなる。


本当に銀河一を決める決勝戦が始まった。

司会の言葉である。


「この試合をご覧になる皆様は本当に幸運です。なぜなら、ここに立つ2体のカスタムアーマーの乗り手は、どちらも地方予選から地道に勝ち上がってきた挑戦者! 昨年の優勝者やベスト4までの猛者たちは全て、この二人に叩きのめされました。本当の意味での銀河一のカスタムアーマーと、その乗り手が、これから決定されるのです。それでは紹介しましょう……こちら、南銀河を代表して幾多の試合を勝ち進みながらも、その実力は秘められていると言われる、流派不明の実力派、リョーイチ・ナガレ! その二つ名は、カスミの一撃!」


「そして、もう一人、こちらの二つ名は光速の一撃! 両者とも奇しくも似た二つ名になりましたが、どちらも必殺の一撃にて相手を倒しております。こちらは目にも止まらぬ動きで相手の攻撃を全て躱しつつ必殺の一撃で勝負を決める、イッキ・クスノキ! 流派は銀河一撃流! さあ、どっちに勝利の女神が微笑むのか? では……勝負、開始です!」


バーン! 

と盛大な爆発音で勝負開始がコールされる。

イッキと、その相手、リョーイチ・ナガレは互いの機体を滑るように近づけ合う。

まずは序盤戦……

かと思えばイッキが勝負を仕掛ける! 

機体のスピードを利用して相手の後ろに周り、一気に手刀を叩き込む! 

しかし、ぬるり、という感触で躱される。


「やはり、そうだったか……本家のリュウイチさんだろ、あんた。なんで流派を隠して偽名まで使って、こんなカスタムアーマーの格闘技大会になんかエントリーしてるんだ?! あんただったらアーマーなんか乗らなくても生身で銀河中の格闘界を制覇できるだろうが!」


イッキには憶えがある。

紙一重で相手の攻撃を躱し、必殺技を叩き込むのは本家本元の銀河一撃流宗家の基本だが、これを実践出来るのはイッキの祖父か、あるいは宗家の次男で格闘の神に愛された男と言われたクスノキ・リュウイチの二人しか現在ではいないとまで言われるほどの天才格闘家。

そのまま長男に代わって道場を継ぐのかと思いきや、銀河を巡って様々な格闘技を知りたいと手紙一枚残して10年以上前に家出した、父親から勘当されているという不肖の次男。


「久々だな、イッキ。道場の隅で泣いてた泣き虫イッキが、ここまで強くなってるとは……ようやく銀河一撃流の才能が開花したか。あれから10年以上だものな……」


「やっぱり! リュウイチおじさん!」


「おいおい、まだまだ俺は若いぞ。それにな……中央部じゃ知られてない様々な流派と、その技を会得してきた。俺は銀河一撃流を、もっと強い流派にしたい。そのためには、イッキ! お前であろうが立ちはだかる壁は貫いて行くぞ。それでもやるか?」


「……それでもだ。俺も、この試合にかけている。あんたに負けるわけにはいかない、背負っちまったものがあるんだ!」


「そうか。では互いの技と力で示すしか無い……これからは本気で仕掛ける。イッキ、お前も本気で来い!」


「おうよ……たとえ死んでも本望だ! この戦い、俺も全てを出して燃え尽きる!」


その後、互いに言葉はない。

正拳の打ち合い、蹴りの打ち合い、全て互角。

速度ではイッキの機体が勝り、しかし、最終的な反応速度ではリョーイチ・ナガレことクスノキリュウイチの機体が勝る。


互いが一歩進み、次の瞬間には一歩下がる。

乗り手の実力は完全に互角。

機体性能も、ほとんど変わらないと両者共に自覚する。

濃密な打ち合いの5分間……

互いの機体ダメージは相当なものになっている。

これ以上の打ち合いは相互破壊になるだけ。


「あと、もって一撃……」


お互いが同じ結論に達する。


「行くぞ、イッキ」


「おう、こちらも行くぜ、リュウイチさん」


紙一重で速かったのはイッキの機体。

リュウイチの機体の胸部にイッキの機体の手刀が突き刺さる。

突き刺さったが、そこでイッキの機体が保たなかった。

手刀が突き刺さった状態で機体の右腕は手首から折れる。

その一瞬を見逃すリュウイチではなかった。

手刀が突き刺さってエネルギー供給系がやられているので、あと数秒で動かなくなり、負ける……

しかし、その数秒間が勝機! 


リュウイチはイッキの機体の背後へ。

後ろからイッキの機体を一瞬で背後へ叩きつける! 

リュウイチの機体はイッキの機体を投げた後、動かなくなっている。

イッキの機体も頭部から叩きつけられたため、同じく動作停止。


ジャッジの判定は……


「勝者、リョーイチ・ナガレ! 銀河統一チャンピオンシップ、最終勝利は無名で初エントリーのリョーイチ・ナガレとなりました!」


互いに機体は動作不能となっているため控室には操縦者のみが帰る。

勝者の目にも敗者の目にも涙が光る。

しかし、どちらもすがすがしい顔をしていた……


決勝戦の賑わいが一段落した後、リュウイチとイッキの会話。


「それにしても最後の技、あれには驚いたな。あれ、うちの爺ちゃんが使う「異次元スープレックス」じゃなかったか? 本家でも使える人のなかった秘技に近い技だけど、リュウイチおじさん、使えるようになったのかい?」


「あのな、何度も言うが、おれは「おじさん」じゃない。まあ、若い頃には「リュウイチおじちゃん」とか言って俺の後ばかり追っかけてたよな、イッキは」


「おっ、俺は追いかけてたわけじゃない! おじ……リュウイチさんに憧れてただけだ。俺が出来ない技を、いとも軽々とこなすリュウイチさんは俺の憧れだった」


「よせやい、背中がムズ痒くなる。年齢から言えばイッキのほうが凄いぞ。俺がイッキの年には、まだまだおじさん……イッキの爺さんだが……には全然、勝てる気がしなかった。あの頃は、おじさんが本家を継ぐと思ってたよ。それが何を思ったか、いきなり新しい道場を……なんて話になるもんだから。まあ今になってみれば、うちの親父に本家を継がせたかったんだろうなとは思えるが」


「それにしても、だ。異次元スープレックスは、うちの爺ちゃんでも数十回に一回しか成功しないと思ってたんだが、リュウイチさんも使い手だったとはね」


「いや、最初は俺も使えなかった。他流の門を叩きながら苦労して様々な流派の技を取り入れた成果だ。知ってるか? この宇宙には投げ技しか使わない格闘技もあるんだ。そこで一年、毎日のように投げられて体得したのが、あの技、異次元スープレックスに似てるけど少し違う俺のオリジナルだよ。ちなみに、お前んちの爺さんが使う異次元スープレックスとは威力もタイミングもずれているのは承知の上だ。しかし、あの勝負は本当なら俺が負けていた。少なくとも、お前の機体が軍用のものだったら俺が投げを打つこともできなかっただろう。民生用のカスタム機だったんで勝てた。誇っていいぞイッキ。お前の操縦技術は、この銀河で一番だ。少なくとも俺では、あの機体をあそこまで動かせない」


「そうか……じゃあ、俺の夢は半分は叶ったってことかな?」


そこで二人の会話は終わったとされている。

リュウイチは、その後、本家に戻り師範代として数々の伝説を残し、一時期は無差別格闘の選手としても無敗を続けたという……

結局、無敗で引退したそうだが。


で、イッキは? 


「おーっし! 準備運動、終了! それでは軍用アーマー特殊部隊の訓練に入る! いつものように歩く走るジャンプの複合をグラウンド3周! もちろん、それぞれのアーマーに搭乗しての話だ。俺のアーマーが先頭を走るんで、それについて来られるなら、ついてこい!」


イッキが個人用の軍用カスタムアーマーに乗る。

あの伝説の戦いと言われた銀河チャンピオンシップの決勝戦で使われた機体ではなく、あの機体の基となった軍用アーマーを、さらにイッキ用に微調整した化物のような速さを持つアーマーだ。

ちなみにイッキの指導している部隊は軍のアーマー運用部隊の中でもトップクラスの成績を持つ者たちを集めたエリートのアーマー部隊だ。

そのエリートたちもイッキのアーマーが普通にやっている、歩いて走ってジャンプして……

の操縦がゴチャゴチャになっている。


まあ当たり前と言えば当然ながらイッキの機体も部隊全員の機体も筋電位制御のカスタムアーマーだったりする。

それ以外の機体制御方法では物足りないほどに優秀な反応速度を示した者たちばかりだが筋電位制御は難問中の難問とみえる。

イッキは鼻歌交じりで3周をこなし後の者たちを待つが、いつまで経っても1周目を終われるものが見えてこない。

逆に歩いて走って、などとういうのはやさしい方で。

飛び跳ね回って制御不能になるもの、走ろうとしても速度が全然上がらないもの、スタートから全然動かないもの、その他。


「こいつは、ながーい目で見ないとダメだな……」


頭をポリポリかきながら明日の訓練メニューを考えるイッキであった。

この銀河で筋電位制御が万人に実用的なレベルになるのは、それから数十年もかかるとは、さすがのイッキも予想していなかっただろう……