第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター

第五十二話 星間戦争

 稲葉小僧

この話は、とある銀河の平凡な、とある星系の、とある星の光景から始まる。

そこは何の変哲もない、ともすれば退屈とも言える日常の光景……


「そこ、何やってんの! 左翼が甘い! 敵に集中的に攻められるって……」


「そ、そんな事言ったってぇー。俺達じゃ何とも防ぎきれないんだってばよー! 助けてくれー」


「ああ、もう! また負けちゃったじゃないの! あんたらが防御に集中してたら負けるはずのない作戦だったのに!」


ここは戦略(今のように戦いの戦略もあれば経済戦争の戦略もある。単に敵を屠るだけでは戦いに勝てない)研究室。

今のは昔に行われた戦いのシミュレーション。

負けるはずのない戦略で臨んだはずが、あっさり序盤で勝負がついてしまったのが不満なグループと、してやったりと笑うグループに分けられる。


「はいはい、遺恨は残しちゃいかんよ、これは、あくまでシミュレーションとしてのゲームなんだから。実際に戦ったのは遥かな昔。それも、大砲も銃も無い時代だったんだ。君らの戦略感覚では、とてもじゃないが信じられないというところだろうな」


はい! 

と、今の敗北が不満タラタラの顔で女生徒が。


「先生、今の敗因、戦略上では考えられないのですが。何か相手がズルをしたとしか思えませんが?」


勝ったグループ全員の顔色が変わる。

怒り、とまどい、不信……

先生と呼ばれたが実際には教授であり、このサークルの顧問でもあるアモン教授が不満に回答する。


「君、ジョシュアーとか言ったね。敗北には必ず原因がある。今の戦いで君らのグループが負けたのは事前準備の段階で完全に遅れをとったからだ」


ジョシュアーと言う名の勝ち気な女生徒は、それでも納得がいかないようで。


「事前準備? 物資も兵隊も、そして後方援護まで漏れなくやりました。それが、何で緒戦で全滅なほどに負けたんでしょうか?!」


完全に納得がいってない。

これで負けるはずがないとでも言いたいほどだ。

確かに彼女が率いる軍勢の初期配置と数は相手の倍以上で、地形も山上の砦を利用して圧倒的に有利だ。

しかし、教授は首を振る……


「君らの軍は戦いにだけ集中した。確かに戦場には先に到着し、その準備も怠りなかった。だが結果はどうだ? 圧倒的な敗北! これが現実だよ」


「だ、か、ら! 何かズルをしたと言ってるんです! そうでなきゃ、こんな結果はありえません!」


ちっちっち。

教授は指を振り、間違いを正す。


「君らと、勝ったグループとは事前準備のやり方と方向が全く違っている。勝った側の戦略は……情報戦だ。まあ詳しくはリーダーから説明してもらうか。さて、出番だぞ、天才」


教授に天才と呼ばれるほどの生徒とは? 

グループの中から、もっさりした(と表現するのが似合うほど普通に、どこにでもいそうな)男が出てくる。


「教授、渾名で呼ばないでくださいと言ってるでしょうが。まあ、彼女も納得しないで負けたのが不満そうなんで解説します」


そう言いながらポータブル黒板を引き寄せる。

ちなみに男子生徒の名前は、スパルタック。

この戦略研究サークルの部長であり実質的なスポンサーでもある(それは、おいおい説明する)


「まず君らの敗因の一つは戦闘にこだわりすぎたこと。まあ、これはこれで悪くはない。しかし相手の情報も何も知らないまま戦いに臨むのは感心しないね」


「う、うるさいわね。圧倒的に有利な地形で圧倒的な戦力差があるなら、そんな事は問題じゃないでしょ?!」


「あー、ダメダメ。ジョシュアー君だったか? だから、負けるべくして負けたんだ。ちなみに僕らのグループは君らの情報を全て手に入れることから始めたよ」


教授が口を挟む。


「うーん……まだ納得してないようだね。仕方ない、情報戦の凄さを知ってもらうか……ほれ、天才、解説だ」


「教授、だから僕は天才って名前じゃないと……しかたがない。ジョシュアー君たちが戦いの準備をしている頃、僕らは君らの戦力を解体してたんだ、裏でね」


「何ですって?! 主従の誓いすら立ててる者が多い我が陣営で、裏切り者なんて出ないわよ!」


「甘い、甘いなぁ、君らは。こっちの戦略は双方の死者や負傷者の数を最低限にし、なおかつ効果的に相手を叩くこと。この時代の常識である下剋上を知らなかったのが君らの致命的な失敗だったよね。実際に戦いが始まったら君らの味方は半分以上、僕らに寝返る手はずになってた。まあ、あれで初戦を戦えたのが奇跡みたいなもんだったよね」


「う、嘘……こっちの手駒は半数以上、そっちに寝返ってたの?!」


「はいはい、納得したようで。ちなみに、この天才スパルタック、このサークルの予算を自分のポケットマネーで出してるんだ。教授である私すらも、この天才には頭が上がらんのよ」


「スパルタック……どこかで聞いたような名前だと思うんだけど……」


「おや? 君は雑誌も新聞も読まないのか? メディアニュースでも、しょっちゅう流れる名前だろうが」


教授に言われて、ジョシュアーは思い出す。


「あ、天才という名を恣(ほしいまま)にする経済アナリストにして戦略家! そうか、あなたがメディアにも顔を出さないので有名なスパルタックね。まあ、あんたに負けたんなら納得よ。経済も国際情勢も、おまけに天気予報まで当てるって噂のスパルタックさん」


嫌味で言ったつもりが当の本人、


「いやいや、長期の天気までは当てるけど短期は無理だ。本当に天気だけは簡単に外れてくれるんだからねー」


当人は真剣に悩んでいるようだ。

こんなやり取りが普通に続くものだと思っていた……

その時までは……


その時は迫りつつあった……

その星から、ちょうど一光年も離れているだろうか。

その宇宙艇……

いや、救命用の小型艇……

は、すぐ近くに宇宙へ出るほどには発展していない、知られざる星系があるのを探知した。


「艇長、未発展星系を確認しました。星図には載っておりません、どの勢力にも未加入の文明が育っている可能性が高い……いえ、発言を訂正! その星からと思われる強力な電磁波を確認! どうやら電波や音波を使えるくらいには文明が発展しているようです」


艇長と呼ばれた者が返事をする。


「了解。とりあえず、その星系の文明圏へ向かえ。宇宙へ出るだけの文明ではなくとも少なくとも我々の味方になりそうな位置にある文明星系だ。やりようによっては一足飛びに宇宙へ出てもらうことになるかも知れん」


艇長の言葉に頷くパイロット。

宇宙艇は近距離の跳躍航法で目的星系のすぐそばに出る。


「全ての星系内惑星に植民やコロニーを置いているようなこともなし……これは、まだ宇宙へ出るだけのレベルに達していない文明か? 古臭いロケット技術も無いようだと、我々でも手が出せなくなるぞ……せめて自分の星の衛星に行くまでのレベルには、なっていてくれよ、頼むから」


パイロットが祈るような口ぶりで呟く。

この銀河では宇宙文明と、それ以前の文明との交渉や接触を固く禁じている。

これは銀河内での共通憲章のようなものであり、これを破った宇宙船や個人は厳しく罰せられる(また、その上司である政府関係者も含まれるほどの厳しい罰則がある)

少なくとも自分の星から脱出できるだけの速度を得る方法を確立していない文明は宇宙文明との接触を得られない。

惑星に付属する衛星でも良いので、そこに到達するだけのテクノロジーがあれば最低条件には達するので、その限りではない。

宇宙艇は滑るように星系内を飛んでいく(あまりに危険なため跳躍航行は星系内では原則禁止。よほどの緊急時でもなければ許可されることはない)……

数時間も飛べば強力な電波が発信されている星が見つかる。


「よし、この衛星にまで飛べるだけの文明か、調査に入る。衛星に気体は付属していないようだが調査には都合が良い。時間かけても良いので調査開始だ」


艇長が指示して部下のパイロット2名に衛星地表を詳しく調査させる。

数日後、ようやく部下から、


「艇長、衛星にロケット噴射痕とおぼしきもの発見。その傍には明らかに衛星を調査しただろう機器も残されておりました」


部下からの報告に、


「よくやった、見事。これで最低限のテクノロジー段階にある宇宙文明だと確定しても良いだろう。では宇宙艇に引き上げてくれ。あの星に降りて政府関係者と星間戦争への参戦について協議しなければならない」


数十分後、宇宙艇は衛星から、目の前に見える惑星へと飛行目的ポイントを変更する。

しかし彼らは知らなかった……

その星には統一政府など未だに無いことを。

彼らが連絡をとるために大都市を選んで、その宇宙船を着陸させるポイントを明示してくれと通信を送ったが、送られた相手側はパニックに近いものとなった。

全く訳のわからない言葉で強引に救難信号専用のチャンネルで入ってきた通信波。

おまけに、それを送っている相手は、どう見ても宇宙船……

まあ、どう見ても小型船なので侵略用ではなかろうと判断した大統領だが、そこからが長かった。

どの国の言葉とも違う発音と語彙なので共通辞書を作るどころの話ではない。

相手も、こちらの言葉が全然、理解できないようで、これでは挨拶も無理な状況……


ところが! 

ここに一人の天才が登場する。

名前はアダム・スパルタック。

職業、経済アナリストにして現役の大学生。

経済学の天才とも言われる人物ながら未だメディアに登場すること皆無。

幻の天才と言われる人物だと大統領は側近から情報を伝えられる。


「で? その経済学の若き天才殿が、どんな用なのかね? あいにくと我々は君の得意分野の経済ではなく異星からのゲストとの交渉で忙しいのだが」


大統領の遠回しの面会中止宣言にもスパルタックは動じること無く、


「大統領、僕がここに来たのは、その異星人との交渉を始める手助けをするためです。未だに異星人と会話を出来るレベルにも達してないとお聞きしましたが?」


あらゆる分野からエキスパートをかき集めて異星人とのコンタクトを実現させようとしている時に、お門違いの経済学者が何言ってる? 

と言いたい大統領だったが、


「そうだ、その通り、コミュニケーションも出来ない。こちらの言葉と相手の言葉に何も共通性がないから今は完全に手探りなんだよ」


思わず知らず愚痴をこぼす大統領。

しかし、スパルタックは何も表情を変えること無く、こう発言する。


「僕も参加させて下さい。まあ、すぐにとは言いませんが数日で相手とのコミュニケーションを可能にしてみせますよ」


何を言い出すんだ、こいつ詐欺師か? 

とでも言いたそうな大統領の表情……

しかし、発言を現実にしたのはスパルタックのほうだった。

彼は、どんなマジックを使ったのか主語、述語、固有名詞から形容詞、関係代名詞に至るまでの共通辞書を作り上げてしまう。


「ああ、彼の言葉と思考を、こちらの言葉に直しただけです。少しは違っているかも知れませんが通常の会話なら支障ありませんのレベルですね。後、数週間いただけば完璧な共通辞書を作ってみせますよ」


とは若き天才の言葉。

とりあえず政府関係者一同から感謝の言葉と、


「これからの交渉、君も参加してくれないか?」


大統領から懇願され、交渉代表の一員になってしまうスパルタック。

ここからが大事だった……


「……で、ですね。こちらとしては、搭載艇のデータを頂いて、それを量産化したいと思うのですが……いかがでしょうか?」


星間戦争への参戦に関する交渉が今まさに大詰めとなっている。

参戦そのものは各国の賛成を得られて、概ね賛成と言って良い。

問題は遥かに進んだテクノロジーを持つ文明からの技術移転を、どのレベルまでもらえるか? 

この点に尽きる。


銀河憲章にて地上文明と宇宙文明の交流は厳しく制限されている。

まあ、これは過去に、ロケット技術もない地上文明に愚かにも亜光速までの技術情報を渡してしまった宇宙文明が、その後数十年で征服されてしまい、あまりに幼稚な理念しか持たずに大宇宙へ出てしまった若い星間帝国が、その戦闘本能にまかせて周囲数十光年を殲滅する侵略戦を仕掛けてしまい、あわてた高度文明圏が団結して逆に若い星間帝国を殲滅したという事実にある。


あまりに若く、地上で攻撃衝動を満喫して成熟するはずの地上文明に宇宙航行の技術を下手に与えると、とんでもないことになりかねない。

これが銀河の宇宙文明圏が反対意見無しで全会一致した憲章となった。

この銀河憲章を無視するものは自分が犯した罪の結果を自分で摘み取ることが義務付けられている(悪逆と判明した文明は、その親が滅ぼせという事だ)

この星系は宇宙文明としては若すぎて、とても跳躍航法や跳躍理論のデータを渡すことはできない。

出来るとするなら、この文明が百年以内に開発するだろう亜光速までの航法理論とエンジンのデータを与えることだけだ。

搭載艇の乗員たちは自分たちが、若すぎる宇宙文明に歪みをもたらしはしないかと、おっかなびっくり慎重に星間戦争への参戦条件を交渉していた。


「それは構いませんが唯一つだけ、そちらへ渡せないデータがあります。超光速を可能とする理論と、その航法、そして跳躍エンジンという超光速エンジンのデータは、そちらの文明が、しきい値に達しておりませんので絶対にお渡しは出来ません。これは星間戦争の同盟者だろうが誰だろうが、この銀河の鉄の掟です。今回、超光速関係だけ除いた搭載艇の全てのデータを、そちらへ渡す用意はあります」


各国の要人と政府関係者からは、これほど全データの引き渡しを拒絶されるとは思わなかったため、あちこちから参戦を考え直してはどうかという声が上がり始める。


「まあまあ、言葉は悪いかも知れませんが向こうにとって我々の文明は数万年単位で遅れている古代文明のようなもの。我々も古代人に現代文明の銃器は渡せないですから同じようなものでしょう。そんなことより私は亜光速までの理論とエンジン、そしてエネルギー炉のデータが手に入るなら、それで満足するべきだと思うのですが。それにより、ともかく星系……最低でも我が星の守りは固められます。星間戦争の情勢を聞くにつれ、我々は攻撃に出るよりも守備を固めるべきだと思うのです」


某国大統領の演説は全ての者ではなかったが交渉関係者の大半を参戦派に傾けるに十分だった。

その後、参戦派が反対派を切り崩して賛成8割超で星間戦争への参戦が決定されること、そして、その関係で、この星の国という括りをなくし、星として一つの政府になるという事案も賛成多数で可決した。

まあ実際には、ほんの数ヶ国(独裁国家がほとんど)が頑強に反対したが、大国が全て賛成に回ったため今まで軍事と経済で頼っていた宗主国までが自分たちの敵に回ったことを知り、抵抗を止めたというほうが正しいだろう。

ともかく星は一つになり未来テクノロジーとも言える光子帆船、イオンロケット、そして光速まであと一歩という速度まで出せる亜光速機関が搭載艇のデータともに引き渡され、防御システムや攻撃システムも同じく公開される事となる。


データはもらったが、それを量産できるかと言うと、また別の話。

あっちで試作が作られ、こっちで実験されては不具合修正ポイントが山ほど出る。

それを修正して、また不具合が発生して……

の繰り返し。

数年後、ようやく搭載艇の機能を集約して邀撃任務に特化した宇宙戦闘機とも言うべきものが出来上がる。

こいつを搭載できる宇宙空母は、また数年の時間を待つ事となるが。

ようやく名前だけでも「宇宙艦隊」を名乗れるだけの数が揃ったのは異星人との交渉開始から10年どころではない時間が経っていた。


「まあ、それでも、よくもまあ、この時間で遥かな未来と思われていた宇宙軍を組織できたもんです。防衛戦は、まだですが、そろそろ敵に、この星系が発見されてもおかしくないと思われますよ」


とは今や宇宙軍司令となった異星人の艇長さん。

この星に帰化する申請をして名前も「アンドレード」と変え、結婚もして、家族も子供もいる。


今日も星系内をパトロールしている小隊から報告が入る。

今日も異常なし、だが……

これがいつ「敵艦見ゆ!」になってもおかしくない……

アンドレード司令は平和を満喫しながらも敵の侵入に備えることは忘れなかった。


「搭載艇で脱出することしか出来なかった当時とは違い、今では防衛軍もある。座乗してた宇宙巡洋艦を落とされた過去は忘れてはいないぞ……」


一部のものが悪夢とする、そして、また一部のものが待ちに待っていた瞬間が来る。


「艦長、探査反応ありました。この前の戦いで脱出した敵の残存兵がいる可能性が高いと思われます。ただし敵艦の反応としては小さく、宇宙戦闘機あるいは搭載艇のような小型艦だろうと推察されます」


ここは、あの搭載艇で逃げてきた勢力とは敵対している連合勢力の宇宙艦隊。

殲滅したはずの敵艦隊に搭載艇で脱出した者たちがいるようだと戦場検分の結果が出たため、その追跡を行っていた艦隊である。


「複座の宇宙艇だとしても、そんなに多い数は逃げられなかったと思ったんだがな。まあ良い、今度こそ完全に息の根を止めて、この宙域から、あの汚れた奴らを駆逐してやるまでだ」


宇宙戦争は星系と星系の距離の関係もあり、やたらと長い年月の戦争となる事が多い。

この戦いもそうだった。

最初は珍しさと相手の慣習や文明が変わっているのが面白く、互いの交流が活発になるが……

こいつ、マナーも常識も無い社会にいるのか? 

まるで原始人じゃねぇか。

とか、

こいつ、臭すぎて近寄る気にもならん! 

この臭さでは俺の星には近寄れる者はおらん! 

とか通常だったら相手を思いやって隠すような(自分にとっての)悪い点を堂々と相手に言い放つという社会的にもマズイ事態が起き始める。

まあ、まだ星系政府の上層部がマトモな者ばかりなら、こんな最悪な事態にはならなかっただろう。


それは、どちらから言い始めたのか定かではない。

いつの間にか相手星系の悪感情だけが独り歩きしていて、それがついに上層部、政治家のトップである大統領にまで飛び火した。


「もう、我が星にとり、あの野蛮人たちの星は交渉相手にはなり得ないと判明した。奴らは生まれついての野蛮人。それ故、我々の奴隷として教育を受けさせてやるのが愛情ではなかろうか」


などと国家のトップが言い放つ。

売られた喧嘩は買うぞとばかり、


「あの、体臭も臭ければ口臭も臭い、そればかりか、それを倍加しようと臭い匂いのする汚水を身体に塗りたくっている歩く大迷惑な星の人間など一度滅ぼして我々の社会の常識とマナーを教え込んでやろうではないか、諸君!」


と、銀河規模でメディアを発行する会社へ、わざわざ記者を自分の星へ招待させてインタビューを受けさせるということまでやる始末。

互いの文化に「侮辱されたら殴り返せ」という脳筋思想があったのが災いし、とうとう互いに宣戦布告。

互いの近隣星系を巻き込んで大規模な星間戦争が始まって、早や百年……

もう何の理由で戦い続けているのかも知らない世代がいる中、戦争は日常化して、互いの兵には敵は倒さねばならぬエイリアンと刷り込み洗脳をするまでになっていた…

そんな、恨みは深い敵同士が宇宙文明にようやく届いたばかりの星を巡って争うこととなる。


「艦長、跳躍終了予定ポイントに小さいですが宇宙戦闘機の集団らしき小隊が待機しているようです。逃げた搭載艇に積まれていた数とは、とても思えぬほどの多数ですが、これはもしかして、我々の調査が及んでいなかった文明の星系防衛隊では?」


艦長は、敵は憎いが、そこまで自分の感情を優先させるような浅慮な人物ではなかった。


「艦隊、現在のポイントで停止だ。宇宙戦闘機など、この艦隊で蹴散らすのは簡単だが、敵の勢力ではない未知の文明であれば話は別だ。ここはコンタクトを取り、向こうと話しあってみようと思う。うまくすれば逃げた敵の残存兵を引き渡してくれかも知れん」


この時点で宇宙文明最初期とも思えるような星系での戦闘は、とりあえず回避された。

しかし問題は山積み。

互いに相手を許すなどという段階は、とうに過ぎている星系の争いに巻き込まれた格好となったが、それでも宇宙へ出る助けをくれた恩人を裏切るわけには行かず、かと言って見るからに性能差がありすぎる相手の宇宙艦隊に、こちらから攻撃を仕掛けるわけにも行かず……

星系政府の上層部は、ほとほと困り果てていた……

ちなみに、言葉の問題はクリアされている。

戦争をやっていても互いに宇宙文明として発展しているので共通の宇宙語が通じる。

だからこそ文化が違いすぎるのは厄介だが……

宇宙軍司令となっているアンドレード司令、個人的には戦いたいのだが、そうなると星系そのものの滅亡が待つだけなのは常識として理解できる……

苦しい決断だが戦いを避けるためには、


「大統領、私と部下二人、この星に今までお世話になりっぱなしだった3名を敵艦隊へ引き渡してくれ。我々がいなくなれば奴らは、この星系へ手出しする意味も理由すら無くなる」


一大決断ではあるが大統領は否と応じる。


「どうしてだ?! 我々3名が星系を去れば、この星に敵対する勢力は事実上、無くなる! そうすれば、さすがにあの艦長も無法はせんだろう」


大統領は重い口を開く。


「そうして得た平和が、どれだけ続くと? 貴方方との交渉記録は全て公開しているし、我が星系が、あちらの艦隊にとり敵方となった証拠など、いくらでもある。なにより我々の文化が裏切りや変節を許さないのです」


「……という事で、我が星系は貴方方との敵対を決定しております。抵抗は無駄でしょうが、例え小さなレジスタンスでも貴方たちには迎合しないでしょう」


大統領は敵宇宙艦隊に向け、そう話す。

今は小さな力しか無いが、無害だからと放っておくと、そのうち噛み付くぞ、と痩せ犬が吠えているようなものだ。


「理解できないな、大統領。なぜ、そこまでして敵をかばう? テクノロジーを譲ってもらった相手だからか? そこまで感謝するようなことではないのだぞ、若い文明には我々だって様々な技術協力をしている。敵の残存兵を引き渡してくれれば我が艦隊は、そちらを攻撃しないし、する理由もない。その後の交渉で我が星系のテクノロジーの一部引き渡しも可能となるんだぞ」


旗艦艦長は全権代理としての発言を繰り返す。

あまりに若い宇宙文明とわかり、これを攻撃して滅亡まで追い込んでしまうと戦後に銀河大法廷で追求を受けかねない。

正直、さっさと3名の残存兵捕虜を引き連れて基地へ戻りたかった。


「我々の文化が一度決めた同盟の脱退を許さないからです。契約を破るというのは我が星の文化では最も卑劣な行為。それを自分から行なえというのは死よりも恥ずかしいことをやれという意味になります」


そう、この星では契約や同盟など相手のある約束で文書化までされたものを覆すというのは卑劣極まることとされる。

特に恩のある相手を敵方に売り渡すような行為は例え大統領の地位を与えられていようが、それを行った瞬間、地に落ちる。

大統領の名前も吐き捨てるように言われ、スカベンジャー(死肉漁り)と同じ意味になるほどの軽蔑対象となる。

旗艦艦長は、とりあえず監視として数隻の艦を星系に貼り付け、基地へ帰還して上層部の判断を待つと決定する。

上層部の判断次第では、この若い宇宙文明も風前の灯となるだろう……


膠着状態となる、敵艦隊と星系政府。

敵(相手は敵と認識していない。相手の宇宙艦にとっての敵は搭載艇で戦場から逃げ出してしまった敵兵3名のみ)の宇宙艦、実際には駆逐艦数隻に過ぎないが、それでも、この星系の宇宙軍にとっては強敵。

戦いを挑もうにも、こちらの主力は搭載艇の劣化版に過ぎない宇宙戦闘機が10数機。


まあ、相手が本気になったら、またたく間に捻り潰されるのが落ち。

それでも、なぜか相手は強気に出てこないので、まだ星系軍も星系政府も無事(銀河憲章を詳しく読めば理由は分かるが、そこまでの余裕は、星系政府にはない)

両勢力にとり仮ではあるが奇妙な平和状態が訪れる。


「これでは我が方も相手方も動くに動けん。相手の政府に連絡をとって指示待ちということらしいが、それでは我々は何を待つのか? 味方となった勢力の到着を待つ? 超光速通信の手段が何もないのに偶然を待てというのか?」


大統領(すったもんだの状況のため当事者であった経緯を考えて星の統一政府代表となった大統領)は頭を抱える。

打つ手がない。


今は相手方の政府が、どう出るのかが分からないため、こちらが動くための切っ掛けもネタもない状況。


「はぁ……同盟契約は解除できないし、かと言って、民の安寧のために交渉するにせよ相手のことも何も知らないんだよなぁ」


宇宙軍の虎の子である宇宙戦闘機部隊も同じように考えていた。

工廠から出てきた当初、これで宇宙に敵などいない! 

と思い込んでいたが実際に敵の宇宙艦隊が来てみれば、あまりの戦力差に驚くばかり。

ちっぽけな宇宙戦闘機を無敵だと思っていた当時の自分をぶん殴ってやりたい! 

と思っているのは間違いない。

ようやく、政府の高官を乗せた旗艦が戻ってきた。


「えー、こちらの要求は敵兵3名の引き渡しのみ、それだけです。それが完了すれば、こちらは引き上げます。跳躍航法も知らない初期宇宙文明の星など敵と認定できません。以上、こちらの政府見解です」


さあ困った。


「そう言われてもだな。同盟を結んだのもあるが、もう、そちらの言う敵兵3名は、実質的に我が星の住民となっている。敵勢力とは別物と考えて欲しいのだが」


苦しい言い分だとは自分でも分かっている。

それでも引き渡しは拒む以外になく、文化としての星の伝統は守る。

大統領は冷や汗が吹き出るのを実感していた。


「どうしても引き渡しは拒まれると……では、こちらも少し譲歩しましょう。敵兵、いや、今は元・敵兵ですか彼らが乗ってきた宇宙艇を引き渡して欲しいのです。まかり間違っても、そちらのような初期宇宙文明に跳躍航法が渡ることのないように我々が破壊します。敵兵3名については技術者ではないと判明しておりますので完全な理論として跳躍航法が伝わることは無いと思われますので実機を破壊すれば良しとします……こちらも譲歩しました。こちらで、お願いしますよ」


宇宙軍としては参考となる宇宙船が無くなるのは阻止したかったが……


「分かりました。我々の文明程度では銀河宇宙を旅するのは未だ尚早、ということで異星の技術で作られた搭載艇はお渡しします。宇宙戦闘機の方は、よろしいですか?」


「はい、こちらの関心は跳躍航法のみ。通常空間航法でしたら亜光速までしか出せませんので提出の必要はありません」


ということで搭載艇は引き渡され、その場で粉々に破壊される。

宇宙戦闘機でも、こんな一瞬で破壊できる兵器はもっていないため星系軍には戦慄が走った。


「これで我々の軍は引き上げます。しかし監視対象となっている星系となりましたので定期的に監視船が巡回します。それはご承知おきください」


敵艦隊は引き上げたが厄介な監視対象として登録されしまった……その後、徐々にではあるが自星系内を開拓したり宇宙戦闘機から宇宙艦へスケールアップされたりしていくが、どうしても跳躍航法の開発は認められない。

監察艦隊が巡視に来ると、その度に跳躍航法開発を指摘されて、その研究成果まで取り上げられる事態が続いていく……



ここで一旦、同盟交渉終了直後のアダム・スパルタックの動きを追ってみよう。

彼は同盟交渉が成立間近になると何故か交渉団を辞任し、フリーとなった。

しかし、大統領より委任状を与えられたスパルタックは個人的に動くこととなる(それが星系と同盟に役立つかどうか、はさておいて)


アダム・スパルタックは現在、惑星上ではなく、その衛星、月の表面にいる。


「星系同盟の仕事として月に行きたいんです。戦闘機も本格的に量産状態に入りましたので一機、お借りしたいのですが」


スパルタックは旧知の仲となった宇宙軍司令アンドレードに、そう持ちかける。


「貸すのは構わないが君は宇宙戦闘機を操縦できるのか? とても軍事訓練を受けているとは思えないんだがね」


司令が渋るのは当然。

経済の天才であろうが何だろうが宇宙戦闘機は別物。

基本的に2次元で動く車両とは訳が違う。

完全な3次元機動を行う宇宙戦闘機を操縦するには基本的に半年以上の訓練が必要。


「大丈夫だとは思うんですけど。ご心配なら同乗して確認していただけますか?」


変な自信のようなものが見受けられる、アダム・スパルタック。

司令は宇宙軍の小隊長の一人に複座宇宙戦闘機で同乗して、スパルタックの技量を確認するよう命令する。


「発進、着陸、様々な基本機動まで確認してこい。少しでも不安な点があれば、その分は訓練期間を設けるようにする」


と言われた小隊長……

宇宙戦闘機から降りてきた直後に、


「司令! こんな天才、どこに隠してたんですか?! 発進から戦闘機動、着陸シーケンスまで完璧ですよ、彼! 小隊どころか中隊以上を任せても大丈夫です」


と興奮した様子。

はぁ……

これを予想していたような司令は、


「座学だけじゃなく実技まで天才レベルだったか……これだからなぁ、天は二物も三物も与えてしまったか」


と呟くと、アダム・スパルタックに単座の宇宙戦闘機を貸し与える。

現在、アダム・スパルタックは、その宇宙戦闘機に乗って月の表面にいる。

大気もなければ水もない、荒れ果てた砂漠の状態に見える月の表面。

スパルタックは何の目的で、こんなところにいるのだろうか? 

しばらく辺りを見回して……


「まあ、監視がいるはずもないか。さて、目指すポイントが……あっちの方向だな。少し歩かなきゃ」


どの方向だろうが何もあるわけがない。

しかし、スパルタックは何かの確信があるような表情で歩いていく。


「もう少し……ここか。周波数は、1300万フルメガヘルツ、モードはデジタル4値で暗号は……よし、設定完了」


スパルタックが発信機を動作させると……

音もなく(音があっても空気がないので伝わらない)地表が開いていく。

扉のようなものか? 

動作するまで地表そのものとしか見えなかった部分だ。

アダム・スパルタックは開いた扉の中に何のためらいもなく入っていく。

まるで、何があるのか、何が待っているのか分かっているような動きで。


少し歩くと密閉ドアのようなものが見える。

スパルタックが再び発信機を動作させると、そのドアが開く。

2重ドアになっているようで背後のドアが閉まると同時に前方のドアが開く。

2重ドアの中は、おや? 

空気があるようだ。

ここから柔らかだが照明も点灯している。

スパルタックはヘルメットも脱いで、通路を歩いていった……

アダム・スパルタックの足取りは、ここに何度も足を運んでいるかのように淀み無く進んでいく。

しばらく歩くと壁がある。

そこで立ち止まると、また発信機を作動させる。

壁だと思ったものは巧妙に隠されたエレベータだった。

突然に縦線が現れたかと思うと左右に開いていく。

そのエレベータに乗り、最下層のボタンを押すスパルタック。

しばらくは、エレベータの動作音のみが静かな空間に響く。


数分後、最下層へ到着したらしく、エレベータのドアが開く。

当然とばかり、しっかりした足取りでエレベータから出るとスパルタックは迷いもせずに廊下を歩いていく。

左右にドアがあるが、それには構わず、目標は決まっているとでも言うかのごとく歩く速度を緩めずに、止まる気配すら無くスパルタックは歩いていく。

10分ほども歩いただろうか。

長い、長い廊下だった。

1Kmどころではない長さの廊下だが、こんなものが月にあるのがおかしい。

いや、それを言うなら自然の衛星だろう、この月に、どうして、いつ頃から、こんな施設があるのか? 

そしてアダム・スパルタックは、どうしてこの施設があることを知っているのか? 

突き当りにあるドアに近づくと、また発信機を作動させる。

ドアが左右に開く。

スパルタックは自然な動作で入っていく。


「アダム・スパルタック委員、戻りました。報告書は後で提出いたします。帰還報告を真っ先にと思い、こちらへ直行しました」


敬礼と共にスパルタックが挨拶した相手……

かなりの老齢であると思われるが、その眼光は鋭い。


「ご苦労、アダム委員。どうだ? 下の様子は大変だろう」


余計なことは言うまいとするような口数の少なさが特徴的な上司が答える。


「はい、宇宙時代に突入したのは良かったのですが本格的な跳躍航法の開発や普及は、まだまだですね。それと外圧も相当なものです。仕方がなかったとは言え、あの同盟は失敗でした」


「で? どうするつもりかね? 君の個人的な知識や情報だけでも、あの星を跳躍航法を使う宇宙文明レベルにまで上げることは可能だろう。まあ、ワシの見るところ、あの星に棲む者たちは未だ跳躍航法を受けいれられるだけの精神レベルには至っていないとは思うのだが」


かなり厳しい目で観察しているような上司の言葉。

スパルタックは、それに答えて、


「はい、跳躍航法を得ても、それを上手く使えるレベルでは無いと私も思います。問題は跳躍航法どころか、それ以下の光子エンジンレベルまで規制されそうな今の状況です。外圧とはいえ相手の星系も戦争状態ですからね、要らぬ敵は作りたくないのは理解できますが……今回の帰還理由は、これからの行動指示を頂きたかったからです。あいにくと私はテレパシーの受信能力は高いのですが送信能力は貧弱ですので、あっちにいると連絡が取りにくいのです」


「頻繁に帰還しても、こっちは大丈夫だぞ。ちょっとやそっとの文明レベルじゃ見つからない自信もあるし、見つかっても防衛機構は万全だし。伊達に一万年は経過しておらんよ、この宇宙文明管理機構は」


「私も、それについては何も心配はしておりません。この月基地を攻撃しても、それこそ銀河の半分程度の軍備を持ってこなきゃ制圧すら無理ですから。それにしても、この基地が一万年を越える過去に造られて、未だに、これを越える物が造られていないというのは……ジレンマですよね」


「それは言っても仕方があるまい。これを造った大元、宇宙船ガルガンチュアなど、その当時でも建造から百万年以上が過ぎていたと言うからな。そのマスター、ジェネラルクスミでも一万年を越える年齢だったという話だし。太古の施設が最新科学を越えるなどというのは、この基地を見るまでもなくザラにあるということだ」


そう、過去にあった若すぎる宇宙文明が周辺星域を侵略してまわり制裁を受けたという話はガルガンチュアが解決した一件。

例外のない事態に苦慮したガルガンチュアは、あまりに若すぎる宇宙文明が、ほんの偶然にせよ跳躍航法を発見したり開発したりすることのないように文明の監視機構を置く。

この監視機構を構成する者たちはガルガンチュアの超絶的なテクノロジーにより恩恵を受けて教育機械や超能力開発プログラムなど自由に受けて秘密裏に担当する星に送られる。

ほとんどの星では宇宙開発が盛んではあるが中には危険な方向へ進んでしまう星もあるので、そこで介入したり、裏から手を回して健全で安全な宇宙文明への橋渡しをするように動くのが彼ら「委員」と呼ばれる者たちの仕事であり任務だ。


ただし、この月がある星の場合は、いささか事情が違っていた。

例の侵略宇宙文明を生み出してしまったのが目の前に見える星だから。

あまりに危険な文明だと認識されてしまい監視機構の本部が、ここに置かれることとなる。

通常は委員は各星に一人か二人の派遣しかされないが、この星だけは別で5つの大陸に一人づつ委員が派遣されている。

アダム・スパルタックは5名の特別委員の一人。

本来は裏から手を回して文明を穏やかに宇宙文明へと引き上げる予定だったが宇宙戦争のために同盟を結ぶなどと言う事態になってしまう。


「私は跳躍理論を手に入れる段階には、まだまだだと思うんですけどね。その意味では、この宇宙戦争はマズイ時期に起こってくれたかなと思うんです。同盟の維持に必要だからと勝手に跳躍理論など送られた日には、あの悪夢が再び起きないとも限りませんから」


スパルタックは個人的に、戦争が、この星には悪影響しかもたらさないと思っているようだ。

アダム・スパルタックの報告書が、重苦しい沈黙を会議中の面々にもたらしている。


「スパルタック委員、君の担当は宇宙文明の、ごく初期段階だったはず。それが今現在この月に軽々と行けるようになっているとはなぁ……仕方がないとは言え戦争中の宇宙文明と同盟を結ぶなどとは通常では考えられない事態になったものだ」


上級職にある一人が、やむをえぬ事態とは言え、こともあろうに過去に大失態をやらかした星系が、またも星間戦争という厄介事に巻き込まれていることについて愚痴を漏らす。


「まあまあ、委員。スパルタック委員も悪気があったわけではない。状況的に、あの時点で同盟を組まなければ最悪の場合、完全にどちらかの勢力に組み入れられていた可能性が高かっただろう。我々の為すべきことは、これからどうするか? ということだ」


「そうだな、委員の言うとおりだ。眼の前にある星は遥かな過去にとんでもないミスを犯した。普通なら星ごと全滅になってもおかしくないが伝説のガルガンチュアにより宇宙文明への資格となる跳躍航法の知識とデータ、全ての宇宙船製造技術を剥ぎ取られただけで済んだ。まあ、その後の監視役として銀河文明管理機構が立ち上げられて今の我々がいるんだが」


今まで口を閉ざしていたスパルタックが口を開く。


「そうです。現状は下手をすると跳躍理論と跳躍エンジンが再び幼稚な宇宙文明にもたらされることになりかねません。未だ、あの星に生きる者たちは闘争本能を制御できる段階になっておりません……まあ、それを言うなら戦争している勢力も同様なんですが……戦っている勢力の方は付近にある支部の方々に任せるとして問題は目の前にある星。どうやって星間戦争の嵐から守り、もしくは抜け出せるようにするのか? ということです」


「スパルタック委員の発言は正しい……しかしなぁ、これは難問だぞ。だいたい、どうやって同盟を破棄し、戦争に背を向けると言うのかね? 我々は星の発達に直接関与することを禁じられているのだ。間接的に導くと言っても、こういう急展開は予定になかった緊急事態ではないかね。もっと強力で直接的な文明干渉でなければ、あの星の文明が、すぐにでも星間同盟の相手方から跳躍航法に関する知識やエンジンの技術を与えられてしまうぞ。どうするつもりかね?」


今まで沈思黙考状態にあった会議の議長席に座っていた存在が、ゆっくりと手を上げて発言許可を求める。

久々の議長発言に期待する他の委員たちは、すぐさま議長発言を促す。


「発言を許可して頂き、感謝する。報告書を読ませて頂き今までの各委員の発言を聞かせてもらい、私に一つの提案があるのだが……どうだろうか?」


「議長閣下の提案であれば我々の重要案件とも成り得るもの。よろしければ聞かせていただきましょうか」


「ありがとう、委員。私の提案だが、ここまで事態が進んでしまった以上、もう間接的な文明干渉などという手間のかかることをやっている場合ではないと思われる。したがって我々の意志を直接的に反映させるような形を取らねば、あの太古の悪夢を再び再現することにもなりかねない」


「議長閣下、それでは原則を破ることになりますが……まあ、こんな展開は予想していませんでしたから仕方ありませんか」


「そう、かの星の文明は、あまりに早く進もうとし始めている。私の考える手も恒久的なものではない。他の星系の影響を排除した後は今までどおりの間接的文明干渉にすれば良い」


「議長閣下、発言をお許し下さい。一時の直接文明干渉は効果的だと思われますが、それを担うものは大変な重圧となります。私には担当者がミスを犯さずに、この重大な任務を成功させるのは難しいと思われますが」


議長はスパルタックの疑問に答えるように、


「委員、そのことなら心配ない。ここ、銀河文明管理機構の本部には議長となるものだけに入室許可された一室がある。そこにある物でリアルタイムに星にいるものと本部との通信連絡が可能となる」


「おお! そんなものがありますか! しかし通信機では月と惑星との距離が遠すぎませんか? そして通信機は目立つのでは?」


「ふふふ、心配は要らぬよ。通信連絡は思考波、テレパシーだからな。そして、ここと惑星内の建物内部であろうと、これを使えばどこでも、いつでも相互連絡が可能となる。その物とは……RENZ、レンズと言う、超能力、ことにテレパシーを増幅するものだ。で、これを与える者は……アダム・スパルタック委員、君が適任だろう」


「え? 私ですか?! 光栄ではありますが何故に私なのでしょうか? 私は、この銀河文明管理機構では現場対応を主とした下級の委員にすぎません。文明を危機から救うような英雄には役者不足だと思うのですが……」


「いやいや、委員でなくてはならぬ理由がある。委員は長年、あの星で活躍しておる。そして、天才の名もほしいままにしておるな」


議長の一声に反対を唱えるものもなく、アダム・スパルタックにRENZを与えることで新しい任務とすることにして会議は終了する。

数時間後、月から発進する宇宙戦闘機に乗るアダム・スパルタックの手首にはピッタリと張り付くように金属製のブレスレットがはまっていた。


〈議長、これは凄いです。思考波を増幅するというよりも自分の頭の中が澄み渡ったように感じます。思考アシストの効果もあるようですね〉


〈RENZは装着者個人に合わせてカスタムされる。君のRENZが出来た段階で、君が装着者となる事は決定済み。ガルガンチュアの贈り物の一つだが、こればかりは説明書も予備の生産装置もない唯一のものとなる。本部にあるRENZ生産装置が壊れたり故障したりしても修理する方法が無いのだよ。それほどの栄誉だと思い給え、スパルタック委員〉


それを聞いて、自分にかかるであろう重圧と期待の重さが初めてリアルに感じられるスパルタックだった。


RENZを装着したアダム・スパルタックの行動は早かった。

統一政府大統領にかけあい、同盟の再考と交渉を一手に任せてもらうこととなる。


「司令、軍の再編成で忙しいところをすいませんでした。しかし、今の状況では、こちらも、そちらの政府も動きようがないですよね」


アダム・スパルタックはRENZの能力を最大限に引き出した状態で、今は宇宙軍の司令長官になっているアンドレードに、そう切り出す。


「いやいや、君の能力を持ってしても今の状況ではどうしようもないだろう。なにしろ友軍は遠くの星系にまで追いやられてしまい、かと言って跳躍航法を使える宇宙船は、この星にはないんだから」


「そう、今の状況は、抜け出そうとしても動けない泥沼のようなものですよね。いっそ跳躍航法を諦めるって事、考えませんか?」


とんでもないことを言い出すスパルタック。

アンドレード司令は突然何を言い出すのか? 

と不信がる。


「……何を考えている? アダム・スパルタック。君は今現在、何の権力も持ってないだろう。そんな君が何を考えて、そんな提案をするのかな?」


「いや、この状況を変えるのに一番手っ取り早い方法は跳躍航法の技術も理論も手放すことだと気付いたんですよ。貴方たちの敵勢力もそうですが、こちらの勢力も跳躍航法を手放すって宣言しちゃった星系があるなら、そこにはもう手出し出来ないはずですよね?」


アンドレード司令長官、困ってしまう。

確かに、この銀河の基本法では跳躍航法を持たない文明には不干渉を義務付けられる。

しかし、このまま文明が進めば、そう遠くない将来、この星系が跳躍理論と跳躍航法を発見するのは目に見えている。


「このままの状況が続いたとしても数十年後には君らの物理学者あるいは科学者が跳躍理論と跳躍航法を発見するのは確実なんだぞ? それを手放す? 大宇宙へ乗り出す機会を自ら放棄するというのかね? いやまあ、君の言う通りにするなら確かに両勢力ともに、この星系には手が出せなくなるのは確かなんだが」


落ち着き払ったアダム・スパルタック。

脳内では、こんな風になっている。


〈助けて下さい! この後の予定や計画なんて考えてません!〉


〈落ち着け、スパルタック委員。こちらで、これからの予定と計画は、もう既に詳細まで立てている。いいか、表に立つのは君だがバックアップは完璧だから安心して行動しろ〉


このやりとりを瞬時に行い、焦りや焦燥とは無縁の心境となるアダム・スパルタック。

これより未だかつて誰もやったことのない計画が進み始める……

司令長官との会談が終了した後、アダム・スパルタックは政界へと進路を変える。

あれよあれよという間に地方議員から統一政府の重鎮となるのも納得という活躍ぶりはマスゴミにとって取材攻勢の対象となる。

しかし独占取材は決して許可しないアダム・スパルタック議員の行動は常にオープンながらも素早すぎて、さすがのトップ屋も追いつけないほどの毎日が過ぎる。


数年後には次の統一政府大統領の席を得るまでになる。

アダム・スパルタック大統領の一手は星間戦争を行っている両勢力へ衝撃と共にニュースで伝えられる。


「えー、これより我が星系では光より速い宇宙船の開発と、その理論的な研究を一切、放棄することを決定しました。今の現状で我々は星々の世界に出るには早すぎるということを実感している人々も多いはずです。まずは足元から固めましょう。幸い亜光速までの宇宙船や光子帆船など今まで開発されてこなかった種類の宇宙船も多数ありますので、それで自分たちの星系を開発してから光の速度を越える宇宙船を考えましょう」


本気か? 

過去へ戻ろうなどと本気で考えているのか? 

などと、戦争している両勢力の間でも疑問と衝撃が伝わっていく。


「つきましては過去に結んだ同盟は有名無実となりますので実質的に解消させていただきます。我が星系への干渉も、どちらの星系も不可能となりますので、当分の間、我々は自分たちだけでやっていきます。ちなみにですが宇宙軍は解消しません。これは宇宙での事故を防止する、あるいは星系内での大規模事故や大規模災害の救援部隊とさせていただきます」


前代未聞の政策が始まった……


数年かかった両勢力との交渉。

しかし、そのかいあって同盟も解消し、独立を保つことができるようになった。


「ふぅ……長い時間だった。しかし、やりがいはあった、ということか。外宇宙へ出る扉は締めたが、その代わりに外部勢力からの干渉は締め出した。これからは、じっくりと内政及び星系内開発を充実させないと」


第二期目も無事、大統領に選出されたアダム・スパルタックは交渉相手方から「悪魔に神の知恵を与えたような」と異名を送られるほどの巧みな交渉術により圧倒的有利な交渉を行う。

それでも星系政府の払う代償は大きい。

なにしろ、外部の圧力はあるにせよ今の状況なら跳躍理論と跳躍航法が発見され、開発されるのは確実だから。

それをアダム・スパルタックは、わざわざ全ての研究結果を放棄して外宇宙、銀河宇宙への道を自ら閉ざそうとしてまで外部勢力の干渉を無くそうとするのだ。

交渉の最終時に両勢力から尋ねられた。


「星間戦争を回避したいというのは理解できますが、なぜに自分たちの未来を閉ざしてまで星系の安全と安定を求めるんですか?」


それに対しアダム・スパルタックは静かに答える。


「今は小規模な星間戦争ですが、この星系が参戦すると、とんでもない規模に拡大しかねません。私は強力な宇宙艦隊が恐いんじゃない、自分を含めた、この星系に棲む種族が恐ろしいのです」


理解不能、という表情をする両勢力の代表者。

まあともかく、どちらにもつかない状況なら、そして、どちらも干渉できない状況となれば、どちらの勢力も手出しできないものとなるのだから納得は出来る。

交渉が成功裏に終わって10年後の今現在、アダム・スパルタック大統領は、これで5期目。

銀河宇宙は遠ざかったが、それでも亜光速宇宙船は残り、それを使って、この星系は宇宙開拓ブームの真っ最中。

もともとの種族全体のエネルギー値は高かったため、亜光速でも宇宙船があれば探検にも開発にも使いたいやつは、そこら中にいる。

ラムスクープ方式こそ選択されなかったが、その他の方式で飛ぶ宇宙船は、それこそアイデアの数だけ作られて宇宙へ浮かぶこととなる。

あっちには化学ロケットから進化したイオンロケット、こっちには燃料を使わない宇宙ヨットと、その進化系の大型宇宙帆船。

たった今、宇宙船工廠から出てきたばかりの新品の船は……

これは珍しい、フィールド推進の実験船。

あっちにも、こっちにも様々な宇宙船がひしめき合うような状況を見ながら、


「うん、頑張ってきてよかった。このまま、あと数100年ほど跳躍理論が発見されなければ、ここの星系も他の生命体と区別なく付き合えるようになるだろう……まあ、それでも特別監視対象であることには変わりないんだが」


その後の星系のテクノロジーと科学技術の発達状況は銀河文明管理委員会のコントロール下にて緩やかなものとなり、その星系の開発が、おおよそ完了した頃に跳躍理論が発見されることとなる。

そして星系内開発で様々な生命体の種類を経験していた種族の精神成熟度は、かなりの段階に達していた。

比較的、近い距離だったことが分かった元の同盟勢力とは今度は対等な形で貿易や文化交流することとなる。

ちなみに過去においての戦争相手だった勢力は今ではフランクに付き合う相手となっていたため、そっちとも改めて貿易と文化交流を行うこととなる。

監視対象ではあるが一番の関心事となっていた星系に対する不安が取り除かれたことで、アダム・スパルタックは政治の世界から引退することとなる(アダム・スパルタック本人は銀河文明管理委員会の一員として1万年近い寿命をもつが、政治家の一族として、という形で子孫のアダム・スパルタックが現在も登場している)


「ご先祖のアダム・スパルタック一世から私、アダム・スパルタック二八世……長い政治の世界でしたが、この時点にて我が一族は政界から引退します。これからは宇宙を旅でもしながら様々な世界や星を見回りたいと思います」


様々な星を見回るというのは正直な話だろう……

アダム・スパルタック委員には銀河監視と調停の任務が待っているのだから。


「アダム・スパルタック委員、久々の本部帰還ですね。司令がお待ちです」


「ありがとう、ここに戻ってくるのが待ち遠しかったよ……司令が呼んでる? 何だろうな」


「スパルタック委員。任務完了おめでとう。次の任務なんだが……本部司令を命ず」


「はぁ?! 私より上級委員が、いくらでもいるでしょう?! 例の星系の激務から戻ってきたばかりなんですよ僕は! 他に適任者がいくらでもいるでしょうに?!」


アダム・スパルタックの怒号と叫び声が通路にまで響く。

アダム・スパルタックは知らなかった……

RENZが特別なものであることを。

それを与えられるものが銀河文明管理機構でも極少数であり、装着者は基本的に、その職務から解き放たれて本部基幹の最上級委員以上に上げられることを。

アダム・スパルタックが途中で任務解除されなかったのは対象任務が特別監視対象星系の中枢にいたことで、それ以外なら即座に本部に戻されていたということを……

銀河が平和なのは様々な生命体が様々な場所で平和になるように頑張っているからだ……

その生命体自身に安らぎと平和が訪れるかどうかは別だが……


「騙されたぁ! 呪ってやるぞ、ガルガンチュアぁ! 僕の個人的平和と安らぎを返せぇーっ!」