ラブライフ(仮)

1.返金は不可でございます

 たなかなつみ

まあ、考えてみてくれ。こんな辺境の、たかだかφ10kmしかない小惑星にひとりぼっちで送り出され、レアメタルを掘削する単純作業を繰り返すだけの仕事ばかりを、毎日長年続けているわけだよ、おれは。ホームプラネットから送られてくる娯楽ったって、そのほとんどが配信映像だ。たまるばかりの性欲を解消するためにはまり込んだはいいが、綺麗なねーちゃんも色っぺーねーちゃんもグラマラスなねーちゃんも、触ってくれといわんばかりに 3D 映像で目の前に飛び出してくる分、たちが悪い。なぜなら、グローブ越しの手のひらとホールのみという時代おくれのデバイスしかない今の環境では、いくら手をのばしたところで、ぼんやりした触感しか許されないからだ。つまりはっきり言って。

欲求不満の限界だったんだよ、おれは! 

セクサロイドの1体ぐらいボーナスで買ったって、罰はあたんねーだろ。

あたってたまるか。

要するに、注文ミスということで即座に交換できさえすれば、なにも問題はなかったのだ。まさかクーリングオフもできないような悪徳販売業者だとは思わないじゃないか。それをあのへっぽこドロイド業者が送ってきたメール文面の曰うことには。

『ご契約書にも記載しておりますとおり、何分、多品種少量生産のオーダーメイドに近い製品ですから、返品ということになりましてもキャンセル料を頂戴することになっております。お客様にお送りした S-146-K スタイルのキャンセル料は、代金の80%となっておりますが、よろしいでしょうか』

おれはそれを読んで、口をあんぐり開けた。こっちは仕事期間延長契約ボーナスの半分以上もつぎ込んだんだ。必要経費以外のほぼ全額だ。ホームプラネットからの配送にしたって、べらぼうな時間がかかる。今回の発送に関して言えば、ホームプラネット時間で約一年半。それだけの期間を、おれはじりじりしながら待ちに待ち続けたんだ。それを、こんな取り違え商品を送ってこられた挙げ句に、返品しても支払い額の大方をもっていかれてしまうなんて、あんまりだ。

『私どもではお客様のニーズに合わせ、事細かな種別を用意してございます。もちろんその分、お値段も高額になっておりますような次第でございます。特に人気の高い S タイプは顧客層も多様であり、そのなかでも K スタイルは女性の顧客の方がたからのリクエストに応じ、細かなバージョンアップを重ねてきたロングセラーでございます。S タイプのなかではかなり価格を抑えた商品となっており、サービス商品としてご提供しているものでございますので、キャンセルされます際の返金は不可とさせていただいております。他の製品がご入り用の際には、新たにお買い求めいただきますよう、謹んでお願い申しあげます』

おれはその文面を読んで、頭を抱えた。確かに、S タイプの金額設定は全体的にめっちゃくちゃ高かった。結果的に、価格順にソートして、低額のものから比較対照して選択したのはおれだ。けどな、それでもおれにとっては目ん玉飛び出るほど高かったんだ! だって、単なる欲求不満解消ツールだぞ? そんな大金クレジットをほいほい出すのが当然の商品だなんて思わないじゃないか。

……いや、そもそもきちんと契約書を読みもせずに、ほいほいと注文ボタンをタップしてしまったおれの判断が狂いまくっていたんだ。それについては自覚がある。大いにある。だがしかし。

好みの相手が目の前にいて、一刻も早くあなたに会いたい、なんてメッセージを送ってこようものなら、理性なんか狂いまくるもんだろ? ていうか、事実、狂ったんだよ、おれは! 

最初は選り好みをする気なんてさらさらなかった。要はヤルことがヤレりゃーいいんだ。それ以上の機能なんか求めていない。おれはただすっきりしたいだけなんだよ。それだけのつもりだった。そういうわけで、ホームプラネットのドロイド販売業者が配信している映像カタログを眺めながら、金額のみを手がかりに、ただただネクストボタンをタップし続けたのだ。

ところが。

いたんだよ。おれ好みの子が。柔らかそうなショートカットの髪に、すっきりした目もと。可愛い系というよりは綺麗系で、ユニセックスな雰囲気のある、スレンダーぎみで身の丈のあるボディの持ち主。

つまるところ、外見だけでもっていかれた。圧倒的に魅力的だった。

文字どおり、ひと目惚れだったんだ。

繰り返す。後先考えずに注文ボタンをタップしたおれが悪かった。仕事先との契約延長手続きが済んだ直後で、まとまったクレジットが入ってきたのを確認して気が大きくなっていたのだ。それについては何も言い訳はしない。できない。だーけーどー。

おれは、ホームプラネットからの惑星間宅配便で届いたばかりの箱をばりばりと開け、取扱説明書の指示に従い、脚を抱えて丸まった姿で横たわっている S-146-K の柔らかい髪のなかに指をすべらせたのだ。そして、うなじを探って起動ボタンを探し当て個人情報を読み取らせ、その瞳に光が宿ったのを確認してすぐに、いただきまーすと心のなかで手を合わせ、その身体にむしゃぶりついた。ところが。

いつの間にか組み敷かれていたのはおれのほうだったのだよ。なんという鮮やかさ。

しかもそいつは、ヒトの大事なところを遠慮もせずにまさぐった挙げ句に、あれ? と首を傾げたのだ。

「成り余れるところがございますね……」

誰だよ、こいつの人工知能に古事記をインプットしやがったやつは。

「ストップ! ストップだ! ちょっと待ちやがれ、てめー!」

おれの「命令」を知覚し、動きを止めたそいつの大事なところを、今度はおれのほうが、おそるおそる確かめる。

……なんでだ。なんだってこいつにも、成り成りて成り余れるところがあるんだよ……

それでおれはやっと気づき、慌てて仕様書を確かめた。なんのことはない。おれがボーナスをはたいて買った高級セクサロイド S-146-K スタイルは、セクサロイドはセクサロイドでも、ヴァギナのあるオーナー向けの、ペニス付き男性様式だったのだ。

しかも、交換不可のうえにキャンセル料がかかるって何ごとだ。リアルで手がかかる生身の女性相手に費やしてきた金額どころの騒ぎじゃないぞ。いや、それがこのロボットの代金であり、価値なのだ。ヒト相手の恋愛沙汰と同列に比較するのは間違いまくっている。そのことはわかる。そのことはよくよくわかっているつもりなのだが。

大きな期待に胸をわくわくさせて、S-146-K の到着を今か今かと待ちわびていた、おれの擬似思春期における初心で純情な熱い心を返せ。返してくれ。返しやがれってんだ、このやろう! 

(続く)