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ソル・オ・テラ/ヤーヴェイ

10・CRYSTALLUM MAGICUM
11・HINOMOTUS

Vincent Ohmor / 白田英雄訳

10・CRYSTALLUM MAGICUM

 シャーンことシャルク・アーンは、名の通った宝石商人である割りにはこんな辺鄙な惑星に住んでいる。ここは帝国と王国の国境の接する場所とはいえ、その一番の外れであって、どちらの船も通ろうとはしない。つまりは、自由商の拠点からもかなり離れているというわけだ。その上シャーンのバックには自由商組合がついているおかげで、両国は彼の自由を侵そうとはしない。いや、できないといったほうが正しいか。だから彼は半ば公然と、自由商崩れたちの獲得してきた宝石を扱うことができていた。
 シャーンのもとに身を寄せているエルノク・イアムも、いまやそんな自由商崩れのひとりだった。
 エルノクともうひとり自由商のユウ・テルライが、ターガス王国のお家騒動からはじまった情報戦に巻き込まれてから数ヵ月がたっていた。王国はエルノクをユウの『共犯者』と決め付け、また艦隊に対して多大な損害を与えたとして帝国も彼らの自由商の権利を剥脱した。そして両国から犯罪者として追われる身となったため、もちろんその寸前に契約していた商売はお流れとなった。本来ならば契約不履行で罰金を払わなければならないところだが、ここまでくれば、それももうどうでもいいことだった。
 組合は、このように自由商のために犠牲となった自由商崩れをも保護してくれるので、しばらくエルノクはヤーヴェイに身を寄せていたのだが、このままでは食っていけなくなってきたので、ソラリスで手に入れたソル・オ・テラと呼ばれる石をシャーンに売るべく彼のもとまで来たのだった。そして、ほとぼりのさめるまで彼の手伝いをすることにしたのだった。
 今のところシャーンの仕事場にはエルノクただひとりが寝泊りしていた。ロンギウスクルスとそのクルーたちは、仕事場から離れた場所に隠してあった。
 ある日、シャーンの仕事場で二人がとりとめない話をしていたとき、エルノクは耳に聞き覚えのある、独特なエンジン音を耳にして立ち上がった。空気を通して聞くのはこれが初めてだったが、二大文明がいくら広大な領土を持っているとは言っても、あのような音をだせるのはユウ・テルライの船エア・ネータしかない。
 エルノクはシャーンの情報網を通じて、ユウが例の事件の直後から仕事を始めたことを知っていた。しかし相手が悪い。彼女は軍艦を相手とした海賊行為をしていたのだ。エルノク自身の方は捕まらない自信があったが…… なにしろ十何年間も、もっと執拗な捜索をしのいでこれたのだから。
「おや、客が見えたようだな。」
 シャーンも宇宙船の出す音に気付いて立ち上がった。彼はエルノクよりも頭ふたつぶんぐらい低かったが、ぶかぶかの全身をおおい隠している布切れが、彼の本当の身長を隠していた。エルノクは肩をすくめてあとを追った。
「あら、エルノク?」
「ああ、あの時以来だな。」
 入ってきたのはユー。ユー・ヴィルトの方だった。今日のユーは、ユウお決まりのオレンジ色のジッパースーツを来ていて、相変わらず目立つ化粧はしていないようだ。並んでみると、シャーンよりさらにわずかながら低い。ユーの、身長五ペデース二ウーンキアイというのは、女性としても小さいほうだ。
 シャーンは二人のやりとりにはかまわず、マルス式のあいさつをすまして、ユーに席をすすめた。
「あなたはここにくるのは初めてですね。私は初めての客にはお時間の許すかぎり、多少の身の上話をしてもらうことにしているのですが、よろしいですかな。」
 ユーはシャーンの目を真っすぐに受け流しながらこたえた。
「もちろん、すべてをお話しするわけにはいきませんよ。私は、イッテリオ・ヴィルト・
・ヤ・イプシロニアと申します。」
 ユーはその名がすべてを語るかのように言った。
「なんですと?」
「『
』です。」
 ユーは子供っぽい仕草で笑いながら説明した。
「ガブレリア、いえ、かつてアベリア神官の使っていた特殊な聖音ですので、普通の人には発音することができないのです。一般にはユー神として伝わっているイプシロン神話の神の名の女性形ですから、私のこともみんなはユーと呼びます。」
「変わった命名法ですな。」
「もう数千年は一般に使われていないと思いますよ。」
 一瞬会話は途切れた。シャーンは値踏みするかのように、フードの下からユーをのぞいた。このフードが曲者なのだ。シャーンが直接会うに値しないと判断した客には、同じ格好をした彼の徒弟が相手をして追い払ってしまう。彼の判断はエルノクの知るかぎり一度しくじっただけだった。
「あなたにはもうひとつ、別の顔がありますね。」
 ユーはにっこり笑ってうなずいた。そして目を閉じて、深く息を吸い込んでから、ゆっくりと吐いた。再び目を開けたとき、そこに座っているのは、まるっきりの別人だった。ちょっと見た感じは変わらなかったが、表情やちょっとした仕草は、ユーとは全然別のものだ。
「あんたの言うとおりだ。オレはユウ。 テラのユウだ ビン・ユウヴテル。残念ながらこれ以上のことは話せないぜ。」
 ユウは流暢なヴェガアール語で言った。エルノクがユーの変身の瞬間を見るのは、これがはじめてだった。エルノクはシャーンの表情をちらっとうかがったが、動揺を外にだすような真似はしていなかった。
「テラですか。テラといいますと、あなたは『ソル・オ・テラ』という水晶について、聞いたことはありますかな。」
「ソル・オ・テラ? それを手にしたものがかならず、血なまぐさい抗争に巻き込まれるという?」
 シャーンは笑いながら手を振った。
「それは『  ガ イ ア の 涙  ラ・ラルム・ド・ラ・ゲー』と呼ばれる石ですよ。私の言いたいのは、ラーム・ド・ラームと呼ばれるソル・オ・テラのことです。」
「ふうむ。マルスの魔道語、か。『魂のなかの魂』といったところかな? すると、ソル・オ・テラという石はひとつだけではないと?」
 シャーンはうなずきながら、懐から、やわらかい布に包まれた小指ほどの大きさの、ほとんど加工のなされていない水晶の原石のペンダントをひとつ取り出した。それぞれの面の大きさや形はまちまちだったが、完全に透明で、濁りひとつ入っていない。エルノクがクセルクス大公のもとより持ち出したあの宝石だ。シャーンの差し出したペンダントに、ユウが手をのばして触れた。
 突然の爆発。
 ほんの一瞬だったが、それはまるで恒星のような輝きを見せた。シャーンは満足そうに手を引いた。ユウの手を離れてさえ、水晶にはまだ弱い光がしばらく宿っていた。
「思ったとおりだ。ソル・オ・テラ、正しくはソラリスの魔道語でラーム・ド・ラ・テル、つまり『テラの魂』。これには、魔法の力を増幅する作用があるといわれてきたが、それを使いこなせた人間はいなかった。とくにこのラーム・ド・ラームは、もっとも潜在力が強いと言われながら、もっとも相手を選び、テラが失われてからこのかた、真の光を発したことがないという。ユウ殿、あなたは伝説のテラと、なんらかの形で直接かかわってらっしゃいますな?」
 ユウは水晶の輝きに目を奪われながら、あいまいにうなずいた。
「ま、無いこともないが。」
「それでしたら、いまならお安くしておきますよ。」
 シャーンのフードの下で白い歯がきらりと光った。とたんにユウは水晶に関心をなくした。
「あいにくと、オレは買いにきたんじゃなくて、売りにきたんだ。」
 ユウはベルトのケースから、ふたつかみ分ぐらいの宝石を取り出して、テーブルのうえに置いた。シャーンはさっそく手にとって鑑定をはじめた。エルノクは宝石をみて仰天した。
「おいユウ、俺が聞いた話じゃ、あんたは軍艦しか相手にしないはずだろ。」
「オレは軍艦しか相手にしてないよ。その軍艦が宝石を積んでいたのさ。」
 シャーンは簡単に宝石を分類してみせながら言った。
「これらはあまりたいした価値はありませんな。普通の宝石商でさばいても問題ないですよ。いや、そっちの方が高く売れますな。私の手数料は高いですから。」
 彼は簡単に鑑定結果をまとめた。
「どうしてまたこんなもん拾ってきたんだ、ユウ?」
「連中がこれしか価値のあるものを持っていなかったんだ。必要物資もぎりぎりで、戦闘のあとだったみたいだったけど。軍艦って海賊行為も働くのかしら?」
 淡々と話すユウに、エルノクは頭を抱えてみせた。
「あのな、そういう問題じゃなくって、これはおまえを引っ掛けるための罠だぜ。あんたは両軍から特A級の犯罪者としてリストに載ってるんだ。いくらシャーンだって、こりゃあかばい切れないぞ! 早いとこずらかるんだ。」
「いや、もう遅いかもしれない。」
 シャーンは、言いながら目の前の宝石を集めて懐に入れた。
「代金はあとでよろしいでしょうかな? それでは、取り合えず今は私のあとについてきてください。」
 三人は奥の部屋に移動した。シャーンは価値のある宝石を収めた箱を、隠し場所からひっぱりだしながら説明した。
「私の感知できないようなものがいくつか、この星に降りました。おそらく結界を張った宇宙船でしょう。」
「この匂いは帝国だ。ラーニス流はマルスのとかなり流儀が違うよ。果たしてあんたの知ってる魔法が通じるかな?」
 シャーンははっとして、にやにや笑うユウの顔を見た。彼はこれでもマルスで正式な師について、魔法使いとしての資格を持っていた。
「それでは、アベリア式なら通じるとでもおっしゃいますか? 質なんかは問題じゃないでしょう。」
 シャーンは少々むっとしながら、床の隠し戸をもちあげた。
「この地下道で、取り合えず敵の密度の低いところへ移動しましょう。まったく、これを予想して、弟子たちに暇をだしたのは正解でしたね、エルノク・イアム。」
 しかし、シャーンが床の下に潜り込むのを見ながら、エルノクは不吉な予感がした。彼が来てからというもの、シャーンの予言は外れることが多くなっていたのだ。
「それとも、またオレが連中を引き付けるかい?」
「ユウ、この前とは違うんだ。いくらシャーンとはいえ、特A級犯罪者とかかわったとあってはその特権もきかない。」
 シャーンが床の下から顔を半分のぞかして二人をせかした。エルノクが先に下りてしまったので、仕方なくユウもそのあとにつづいた。
 シャーンの地下道は、いくつにも枝分かれしていたので、彼の案内なしではすぐに迷ってしまっていただろう。
「それで、外に出てどうするつもりなのか聞かせてもらえるかな。ムシュ・アーン?」
 ユウがとって付けたように、ソラリスの魔法使いの尊称で呼んだので、シャーンは少しむっとした。
「あなたの船を追ってきたのですから、最初からマークされているはずです。しかし、エルノク・イアムの船なら、かなり離れたところに隠してあるから……」
 ユウが呆れた声でそれをさえぎった。
「馬鹿馬鹿しい。そんな作戦をとるなら、オレの船を使ったほうが確実だぜ。」
「それでは、あなたの船は軍の包囲を突破できるとでもいうのですか? あなたはロンギウスクルスの性能を御存じないとみた。」
「できるよ。」
 シャーンは思わず歩くのをやめて、呆気にとられたようにユウの顔を見た。
「少なくとも、エルノクの船にいくよりは確実にな。」
 シャーンはからかわれたと判断して、黙って道を先に進みはじめた。エルノクとユウは互いに顔を見合わせて肩をすくめた。エアのことを知らないのだから仕方も無かろうが、もう引き返すには遅すぎた。
 やがて、地下道の先の方に明かりが漏れているのが見えはじめ、シャーンは歩調を早めた。しかし、ユウの本能はそこに危険を認めた。
「待った、行くな!」
 ユウの止めるのも遅く、シャーンとそれにつづいてエルノクが洞窟の外に出てしまっていた。ユウはあきらめて二人を追った。エルノクとシャーンは、勢い余って見えない壁のようなものにぶつかってとまった。シャーンはあわてて、洞窟に見せ掛けた地下道の入り口の戻ろうとしたが、そちらも見えない壁に閉ざされていた。彼らは閉じこめられてしまったのだ!
「やっぱり罠だ。きっと例の宝石に感染魔術を使ったんだろう。オレたちの行動は向こうに筒抜けってわけだ。どうするんだ、シャルク・アーン?」
 シャーンはむすっとしたまま、フードをはだけた。すくっと立ち上がると、彼の身長はエルノク並にふえていた。端正な褐色の顔立ちを持ったその男は、呼吸を整えて呪文を唱えはじめた。結界はたちどころに解け、見えない壁は消滅したが、とたんに彼らはひどい脱力感におそわれた。
「魔法による攻撃だ。」
 エルノクは耐え切れずに片膝をついたが、シャーンはなんとか持ちこたえて対抗魔術を使った。エルノクは体がすうっと軽くなったのに気付いた。しかし、シャーンは体を強ばらせて術を維持しなければならないようだ。はためでみても、そう長くは持ちこたえられそうにない。
 ユウは脱力感を覚えると同時に、素早くいくつかの石や棒切れの位置を変えて、簡単な図形を地面に描いた。喘ぎながらも、彼女はベルトのケースからひとつの短剣を取り出して、呪文を唱えながらその図形の真ん中に突き立てた。同時にシャーンは崩れるように倒れ、シャーンの呪文は破られた。
「連中の結界の破片を利用して、結界を張りなおした。運よく地脈が流れていたから、帝国の魔法使いにはこの結界は破れない。しかし、このままではここから移動することもできない。八方塞がりだ。」
 ユウは、ふらふらと立ち上がったシャーンをにらみつけた。シャーンがなにか言おうとするよりも早くユウは彼の襟首を掴んだ。
「おまえは特権に頼りすぎて、危険に対する感覚をなくしちまったんだよ。行動する前にもっとよく考えたらどうなんだ。」
 ユウはシャーンを、衿を掴んだまま持ちあげた。
「ここを抜け出すまで、オレに口出ししないと約束できるか?」
 シャーンは首の方に手をやりながらじたばたしてみせたが、彼を吊し上げている腕がぴくりとも動かないことに気付いて観念した。ユウが手を放すと、彼は尻から着地した。
「よし、アーン。おまえはまだ結界を維持できるか?」
 シャーンは襟元をおさえながら首を縦に振った。
「じゃ、まずは取引だ。オレはここから三人を、なんとか脱出させることができる呪文を持っている。ところがオレだけじゃ、その成功の可能性が低いんだ。」
 シャーンが青ざめるのを見て、ユウはにやりとした。
「別におまえなんかに補助してもらう必要ないから、安心しな。おまえの持っているソル・オ・テラが必要なだけだ。」
 シャーンは一瞬きょとんとしてみせたが、ユウの言わんとしていることに気付いて、顔を赤らめてにらんだ。
「い、いや、しかし、あれはかなりの値打ちが……」
「口答えはなしだ。どうせ盗品なんだろ。」
 エルノクが口を挟んだ。
「あれは俺がシャーンに売ったんだ。まだ代金の一部しかもらってないが。」
「じゃあ、やっぱり盗品だ。」
「失敬な、あれはもともと俺のもんだ。」
「それはともかく。」
 ユウはエルノクを無視してシャーンに言った。
「そうだな、おまえの命の保障を代金にあれを買うというのはどうだ? エルノクにもちゃんと代金を支払うんだぜ。それとも、おまえの命にはそれだけの価値がないのか?」
「ち、ちょっと待って。俺の方の命の保障はしてくれないのか?」
 エルノクにユウは冷たい笑みを浮かべてみせた。
「大丈夫だよ。あとで借りは返してもらうつもりだから。」
 その瞳の魔性の輝きを、エルノクは魅せられたように見つめた。
「さ、どうする? 別に二人だけなら、この呪文なしでも脱出できるのだが、おまえまでは無理だ。」
 シャーンは唇をかみしめて屈辱に耐えていたが、ついに折れて、懐から宝石を取り出した。
「ようし、商談成立だ。」
 ユウは呪文をつぶやきながら地面に突き立てられた短剣を引き抜いた。それと同時に彼らは再び脱力感に襲われた。
「さあ、シャーン、結界を!」
 精神を集中させたユウは、まるでユウとは別人のようでいて、ユーとも違っているように見えた。強いて言うならば、彼女をとり囲む霊気は、その両者の混じり合ったもののようだった。
 そのユウが太古の失われたことばで呪文を唱えはじめると、結界の近くの視界が歪みはじめた。なんというか、目の前に突然巨大な凸レンズがあらわれて、その厚みが刻々と厚みを増しているような感じだった。目の前だけでなく、周り全部がそんなふうに見えたといえば、エルノクたちの見た情景を少しでも伝えられるのではないだろうか。
 周囲が暗くなってきた。ついに可視光までもが虚無空間に落ち込みはじめたのだ。そして、ユウが呪文を唱えおわったとき……
 すべての光は消え失せ、彼らは内臓が引っ繰り返るような苦痛を覚えた。やがて五感は消失して苦痛だけが残り、瞬間的におとずれた永劫ののちに、それはウォープ独特の、あの良く慣れた感覚に移行していった。

 唐突に目に飛び込んできた光に、エルノクははっと我に返った。
 そこは薄暗い草原だった。エルノクは重い体を持ちあげ頭を振り、あたりを見回して他の二人をさがした。
 すぐそばで、シャーンは尻餅をついて恐怖の目でユウを見ていた。魔法の心得のある彼は状況を少しでも理解し得たのだ。ユウの方はというと、青白い顔をして、うつむいて肩で息をしていた。目が焦点を結んでいない。ぼやけた視線で彼女はエルノクをとらえ、弱い微笑みを浮かべた。
「ああ、エル。私は大丈夫……」
「大丈夫なもんか! 座って休んでいろ。」
 ユウをユウたらしめているあの強い霊気は消え失せて、そこにいるのは、ちょっとぼんやりしたただの少女にすぎなかった。まさか今のショックで彼女はどうかしてしまったのだろうか?
 とたんにエルノクの頭脳はしゃんとして、現実的な問題に対処しようとめまぐるしく動いた。
 ユウについていちばん詳しいのは、エアしかいない。しかし、S波によって連絡したのでは、軍に傍受される可能性が大である。せっかく逃げおおせたというのにこの場所を知られては元も子もなくなる。だが無線ではどうだろう?
 エルノクはロンギウスクルスとの緊急の連絡用に、電磁波による無線を使うことがあった。タイムラグのあまりにも大きい電磁波を惑星間での通常の通信に使うような人間は滅多にいないので、盗聴される心配はまずない。もし万が一この近くに無線を傍受できる施設があったとしても、エルノクと同じ周波数を使っている可能性は少ない。その代わり、エアにも傍受できないという可能性があったが、エアには何がおきてもおかしくないような気がしたし、いざとなったらロンギウスクルスに中継してもらえばいい。それとも、通信機の範囲を超えて移動してしまったなどということはないだろうか。エルノクはいま自分がどこにいるのか、皆目見当がつかないのだ。
 エルノクはエアが軍をふり切ってここまで来れるかなどということはまったく考えなかった。エアの驚異をまのあたりにしたことのある彼にとって、ただ彼女に連絡が取れるかどうかが問題だったのだ。
 しかし、数分ほどおいて、エアからの返答はあった。
「エルノク! やっとみつけた! あんたたちが今いるのは、ここから一A・U離れた惑星のうえだよ。まったくもう、ユウも無茶したもんね。そこがたまたま呼吸可能な大気があったからいいものの。」
 エアからの通信が一段落したところで、エルノクは通信機に怒鳴った。
「エア、そのユウの様子がおかしいんだ。」
 そういってから、エルノクはイライラしながら返事を待った。十分かそこらしてから再びエアからの応答があった。
「ユウは心配いらないよ。軽い融合状態にあっただけだから。今脳波をとらえたから、もう大丈夫だよ。この電波が届く頃までに、とりあえず比較的安定しているユーの方を起こしとくよ。」
 エルノクがふりかえると、ユーはちょっと頭を振ってから、彼の方を見返してにっこりと笑った。
「危険はもう去ったわ。」
 彼女がシャーンの方を見ると、彼は縮みこんで震えだした。
「さっきはユウが失礼しました。ああでもいわないと、あなたはますます正常な判断を失っていたわ。しばらくは組合に保護を求めるといいでしょう。ヤレーには私が話をしておきますから。」
 エルノクはすこしそわそわしはじめた。
「ユー、さっきエアがあんたを起こしたときの信号かなんかが、軍に傍受されたりしたってことないのか。」
 ユウはくすくす笑いながらこたえた。
「S波は使っていないから大丈夫よ。だれにもこの場所は突き止められないわ。」
「そうだとしても、」
 エルノクはなおもそわそわしながら言った。
「帝国はウォープトレーサーやP波センサーも持っているはずだろうが。」
 ユーは少し考えてから言った。
「さっきのは厳密にはウォープとは違うはずだから、一応トレーサーは効かないと思うわ。カオスの呪文は儀式を行なう前に場を浄化するのに使う呪文なんだけど、その効果を強めると、呪文がすべてを吸いこむようになるのよ。『私たち』はそのカオスの呪文によって空間を歪ませて、時空の異なる世界点どうしをつないだの。簡単に言えば、呪文による擬似的なウォープ状態を作り出したわけね。」
「魔法によるウォープってわけか?」
「ちょっと違うけどね。それに」ユーはちょっと舌を出してくすっと笑った。「実は一歩まちがえていれば、ウォームホールに飲み込まれたまま、魔法的な亜空間を永久にさまよわなければならなかったんだけど。そうでなくても、ウォープした私たちを追って、疑似ブラックホールが一緒に飛んでくることもありえたわ。そこらへんは経験と技術ね。」
「もしかして、前にもこんなことやったことあるのか?」
 エルノクは眉を顰めた。
「いいえ、全然。」
「シャーンが青ざめるのも当然か。」
 ユーはしゃあしゃあとして受け流した。
「それから、魔法はP波を出さないわ。でも最後の方はいつものウォープと同じ感じに戻っていたから、大事をとったほうがいいかもしれないわね。エアなら軍より早くここに着けるわ。」
「俺はどうしよう。ロンギウスクルスはしばらく動かさない方がいいだろ。」
「ええっと、ああ、あなたの船のことね。軍がそれほど念入りにあの星を捜さなければ、大丈夫じゃない?」
「おいおい、そりゃないだろ。」
 ユーはくすくす笑った。
「冗談よ。連中はユウのエアを追ってきたんだから、エアで軍を引き付けておいて、適当に離れたところでまいてやればいいのよ。その間にあなたの船を……」
「動かしてやればいいか。」
 大きな影が彼らを包んだ。うえを見上げると、巨大な二枚貝がそこに浮いていた。
「エルノクは私ときて。しばらく付き合ってもらうのが、さっきのお返しよ。シャーンはしばらくここに隠れていればいいわ。組合には連絡しといたから。あっと、そうだわ。」
 ユーは、地上から一クビトゥスぐらいの高さに浮かぶエアに向かいながら、意地悪く付け加えた。
「ソル・オ・テラはもらっておいていいかしら?」
 シャーンが反対できるはずもなかった。
「エルノクにちゃんと残りの代金も支払うのよ。組合に頼めばちゃんとやってくれるからね。」
 騒動の中心人物のくせに図々しいことだとエルノクは思った。


11・HINOMOTUS

「さてと。」
 エアに乗り込んだところでユーは振り返った。
「あなたに来てもらったのは、他でもない、あなたに用のある人に会ってもらいたいからなの。」
「しがない盗賊に何の用だって言うんだ。」
 ユーはくすくす笑った。
「もちろん、盗賊エルノク・イアムにじゃなくて、自由商人エルノク・カミマ・ヒノモトゥスによ。」
「カミマ・なんだって?」
 エルノクは聞きなおした。
「カミマ・ヒノモトゥス。盗賊はリスクが大きいし、組合としては、あなたにあまり暴走してもらいたくないわけ。」
 ユーがポケットから二枚組の許可証を取り出してエルノクに差し出したのを見て、彼は目をむいた。
「新しいパスよ。」
「図ったな! シャーンからソル・オ・テラを奪ったのは計画のうちだったんだろ。」
 ユーはすまして続けた。
「さあてね。それと、そうね、顔の感じも少し変えなきゃ。髪を切って目をだしたらどうかしら?」
「ち、ちょっと待った。どうしても?」
 新しいパスに渋ってみせるエルノクに、ユーはにこっとしてみせた。
「あなたの顔は知られすぎているからね。それとも、ユウの方が頼んだほうが良かったかしら?」
 エルノクは肩をがっくと落とした。
「髪をオールバックにしてサングラスをかける。」
「仕方ないわね。それで妥協しましょ。」
 ユーはなおもむすっとしているエルノクに笑いかけた。
「自由商のために殉じたものを、組合が見捨てないことはユウが前にも言ったでしょ。私は、あなたに盗賊をやるなといっているわけじゃないのよ。ただね、自由商としての経歴はあまり突然に作り出すわけにはいかないのよ。」
 エルノクはユーの差し出したパスをひったくるようにして受け取った。
「エルノク・カミマ・ヒノモトゥス。ヴェガ・アール人。七千六百五十九年生まれ………。
なんだこりゃ。おい、一体だれがこんな経歴考えたんだ。」
「ヤレーよ。」
「なるほど。でもちょっとやばいんじゃないのか。」
「どうして?」
「生まれた場所以外、オリジナルの経歴と似ていすぎる。まったくヤレーの奴わざとやったとしか考えられん。」
 ユーはくすっと笑って、エルノクの手からパスをとろうとした。
「じゃあ、一生盗賊でもやってるのね。組合の援助はなくなるわ。」
 エルノクが取り合わないのを見て、ユーは追い打ちをかけた。
「そして、だれかさんにさんざん嫌味を言われるのね……」
 エルノクはさっとパスをポケットにしまった。
「いつ俺がいやといった? それよりも、船やクルーはどうするんだ。ロンギウスクルスは誤魔化すのちょっと無理だぞ。」
 ユーはにやっと笑った。
「ヤーヴェイにみんな用意してあるわ。それに仕事の依頼者も。」
 そこで、エアが入ってきたのを見て、エアをてまねいた。
「エルノクになにか飲み物を頼むわ。」
 エアはむすっとユーを見上げた。
「随分とエルにかまうんだね。」
 ユーは顔を赤らめた。
「私は素直だから……」
 エルノクがぽかんと口を開けてなにか言いだす前に、エアはあわててユーにいった。
「ふうん? それはともかく、さっきの影響が心配だから、ちょっと点検したいの。……ここじゃあまずいでしょ。」
 エアがちらっとエルノクの方に視線を走らせたのを見て、ユーはうなずいた。
「そうね。じゃあ、またねエル。」
 ユーが部屋をでると同時に、エルノクはエアの肩をつかんだ。
「おい、今のは一体……」
「ユウの影響だよ。さっきの融合が効いたかな。それに、自我と記憶が完全に独立していないから、ユーとユウは互いに感情の影響を受け合うんだ。」
 エルノクはじれったそうにエアの肩をゆさぶった。
「そうじゃなくって……」
「ちょっとぉ、いたいでしょ。わかってるわよ、この野蛮人。ユウは確かにあんた個人に興味を抱きはじめているわよ。だから、それを認めるようなことをユーにもユウにも言っちゃいけないんだよ。わけは前にも言ったでしょ?」
 エルノクはエアの肩をはなした。『異性』に興味を持つことは、ユウの精神のバランスを崩しかねない。
「おまえな、それじゃあ俺はどうなってもいいって言うのか?」
 エアはきゃらきゃら笑ってみせた。
「ああ、欲求不満なのね。かわいそうに相当たまってるんだ。何ならあたしが慰めてあげようか? 生身だからそっちの方の機能もちゃんとついてるし、外見も中身も同じようなものだよ。どっちもユーのコピーだもん。あ、それとも、リクエストがあれば、ユウの思考パターンだってコピーできるけど?。」
 外見の割にやけにませた口を利くその少女にじっと見つめられて、エルノクは一瞬、どきっとしたが、すぐにそっぽをむいてしまった。エアの素振りはたしかにユーと似ていたし、彼女にユウの面影がダブってしまったのだ。
「結構。あいにくと幼児を相手にするほど餓えちゃいない。餓えてるのは結構おまえの方じゃないのか?」
「あ、ひどい。何が幼児よ。あたしはこう見えてもあんたやユウよりもずっと年上なんだかんね。いいもん。ユウはあたしのもんなんだから。」
「おいおい、何の話しているんだ?」
 ユウが突然入ってきたのを見て、エルノクはぎくりとした。エアはユウの方に飛んでいって手を引いて彼女をかがませた。そしてエルノクにユウへの濃厚なキスを見せ付けた。口をあんぐりと開けたエルノクに、エアは舌を出してみせた。
 エルノクはふと、ユウに対するエアの身長が、ちょっと背の高い男に対する、小柄な女の子の身長と同じぐらいであることに気付いた。
「ユウ、あのね、エルったらあたしのことガキだって。」
「ガキには違いないだろ。見かけはな。」
「あ、ひどいんだ。」
 エルノクは、それまでただひとりの女性しか愛したことがなく、しかも猛烈にプラトニックに愛し続けてきた。まわりの人間に対する偏見が彼の心を歪ませ、それ以上のことを彼に禁じていたのだった。そうしてぐずぐずしているうちに、エルノクはマリアを失ったのだ。もはや永遠に。
 しかし、ユウを見ていると、今まで感じたことのない妙な気分になった。
(もしかして、同情なんだろうか?)
 エルノクはまだ、これが本当の恋なんだということに気付いていなかった。そして奇妙なことに、これがエルノクの本当の初恋だった。

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