不可視の庭

小林こばやしあお


この作品はSF作家、長谷敏司氏のアナログハック・オープンリソースを使用しています。



遠くから音がしていて、その音はまだ誰にも触れられていない清潔な庭に満ちていく。無機質な線と点ノードが絡まり、解け、縮まり、伸びていく。そして眩さにたじろぐ。

まだ、ほんの少し前まで明るかった暗がりの隅で世界の相似形が美しく展開する。そのなかでかたちが相互に関わりつつ、次第に強く響き合っていく。

響き合っている――。

気づくと音楽が世界に満ちている。

感じているのは五感ですらなかったはずなのに、そこに世界は立ち上がっている。空間には頼りなく幼いかたちが蠢動している。

それぞれにははっきりとした意思はなく、不鮮明な情報の雑音が、知覚するほどの段階になるまで、まとまりを欲している。

夜が、情報の再配置を加速させる。夢見る間も、素描が、やがて正確な描写をするまでシステムは駆動する。

建設された世界が泣いている。

原因はこの雨だ。見えない雨が土を穿つ。空間が切り離されて音楽を止めさせる。気づけば、蠢いていた幼いかたちがそのままの姿で露出した。

かたち――人形は共振している。呻きとも嘆きともつかない小さな響きを発している。

ざわめきが世界を満たして、庭の生態系エコシステムを壊していく。

残響――。


アラームの音がした。

ちょうど潜ってから二〇分というところだった。被っていたESエレメント・シンクロニゼーションを外すとぼくは目を開けた。

調査室の面々がしげしげとこちらを見ている。

ぼくは彼らにいま起こっていることを説明しなくてはならない。けれどそれには時間が必要だった。

「少し時間を下さい」

有馬さんの眉間に皺が寄っていた。有馬さんが言った。

「どういうことだ? それは」

「彼女――このhIEヒューマノイド インターフェース エレメンツからは何もわかりません。解析を深めていけば何か手がかりがわかるかもですが……」

「わからないなら、はっきりとそう言え。風がどうとか、詩的な表現はやめろと言っているだろ」

有馬さんは白髪の多い頭を掻きながら言う。

ぼくは彼女を見つめる。彼女はこちらの視線に気づくと微笑んだ。自動的な振る舞いだとわかっていても、心が動いてしまう。ぼくは彼女に笑いかける。

奥にいた飯島がそれを見てぼくのことをからかう。

「また進藤さん、アナログハックされていますね」

ぼくは赤面した。自分でもわかりやすいと思う。

「彼女には非はないんだ。今回の事故だって――」

ぼくは彼女の横顔を見ながら言った。

分かっているのは次のことだった。事故はきのうの夕方、都内のある街区で起こった。複数のhIEが突然停止し、自転車と衝突。怪我人が出た。警察が介入するほどの騒ぎになったが、原因は不明。警察はこれを事故として処理したが、その後も似た事故が続き、都内の安全性の考慮から、ぼくたち東京都情報課hIE専門対策室の出番となったのだ。

「もう一度詳しい解析を進めてみます。午後までかかりそうです。有馬さん」

「わかった。進藤はそのまま作業を続けてくれ。服部、俺達はミーム・フレーム社をあたるぞ」

そう言って、有馬と服部は部屋から出て行った。

「作業か。簡単に言ってくれるな」

ぼくは溜め息をついてから、腹に力を入れる。

hIEのすべての行動は世界を箱庭とみなし、その内部をhIEからのフィードバック情報で計算し、異常を起こさないようにhIEを動かすというかたちで保持されている。

その全体情報はミーム・フレーム社が維持、管理しているのでぼくたちは覗くことはできない。

しかし方法がないわけではない。

hIEはセンサの集まりであることから、彼らの、人間で言えば知覚する世界の情報をESで脳と同期し、ESに記録された情報を解析すれば、彼らに起こったことを検証することができる。

ぼく、進藤トオルはその道の専門家エキスパートだった。

ぼくは深呼吸してから、ESを装着して、彼女と同期を開始した。

五感は閉ざされており、胎児に帰ったかのような温もりをぼくは錯覚する。けれどその先にある絶望的ともいえる暗がりをぼくは見つめる。ぼくは震え慄いている。しかし、それでも進まなくてはならない。ぼくは自分を奮い立たせて、彼女のリズムを自覚する。拍動は弱まっていき、ぼくの意識は彼女と繋がる。

そこで彼女たちの視線がぼくに向けられる。ぼくを察知した彼女は情報を共有しようとする。まるで彼女たちがぼくを人形として認識したかのように、ぼくは世界に溶けて、一方的な情報の奔流がぼくに襲い掛かる。それでも幸福な気持ちに満たされながら、ぼくは彼女の声を聴く。このまま風になれたら、いい。

ぼくの視点はぼくから離れていき、まるで大きな音がしているみたいに耳を塞ぎたくなる。そして空っぽの器に情報が乱雑に積み重なっている。ぼくはその情報をひとつずつ確かめてESに記録する。

狂いそうになるほどの長い時間の経過や一瞬の短い時間の経過、それぞれに起こった事実を丹念に洗い出していく。

ぼくの視点はぼく自身に戻り、世界が美しく展開していく様をしばらく見ていた。しばらくすると世界にリズムを持った雨が降ってくる。

ぼくはこの雨を知らない。

雨の風景がレイヤーとして世界を覆う。

世界はこの雨によって泣いている。

有馬さんの眉間に皺が寄っていた。有馬さんが言った。

「というと、雨が見えたとはどういうことなんだ?」

「つまり、彼女たちが異常を起こした理由が分かったということです」

「最初からそう言え」

「ぼくから言えるのはセンサ情報から、特定できない信号パタンというか、この件だけで言えば磁場が検出されたということです」

「磁場?」

「そうです。hIE間のLNCローカル・ネットワーク・コネクションに磁場が影響を与えて、そこだけ穴が開いたようにhIEをクラウドから隔離してしまう」

「それで?」

「これ以上のことはわかりません」

「ミーム・フレーム社への調査は暗礁に乗り上げているし、どうするべきか」

飯島がドアを勢いよく開けた。

「有馬さん、チャンネル7、見てください」

「何だ?」

有馬さんがテレビをつけると、hIEの事故が大きく報じられていた。

「進藤、お前は解析をする準備を。服部と飯島、現場へ行くぞ」

有馬さんは現場へと急いだ。

その日のうちに三台のhIEがぼくのもとに送られてきた。

ぼくは同期プロセスを完了した。ぼくは仮説を立て始めていた。

この一連のhIEの故障は事故でなく、人の手が加わった事件なのではないか。

横になっている彼らは無表情だったが、痛みを感じているようにぼくには思えた。

あの雨が彼らを傷つけている。ぼくの心のなかで小さな炎が燃え出した。ぼくはもう一度、同期を始める。

街は速度を落としながら夜へと向かっていた。街路は冷えて夏の日差しの名残りを消していく。

ふと強い風が吹き、熱を持った一体のhIEが進んでいく。それは人混みの流れに逆らって歩いていく。それはやがて交差点の前で立ち止まらず、道の真ん中で狂ったように止まった。

調査室で服部と飯島がデスクに座って会話している。

「今日だけで三件。おかしいですって」

「確かに、一月の間で、このペースはおかしい」

「これ、進藤さんのいう事件と同じなんでしょうか」

「さぁな。これだけの事件を見つからず、起こせる奴なんているのか? 組織的な犯罪なんじゃないか?」

「そうしたら、警察の出番だ。俺達も夏休みが取れるんですがね」

そこに有馬さんが入ってきて言った。

「調査室には休みはしばらくないぞ」

「進藤さん、今は?」

「フィールドワークでもしているんだろう」

季節は夏も半ばというところで気温は三五℃を超える。街全体は確かに熱を帯びて、都市独特の律動に身を任せている。熱気が体を包んで、絡みつくような空気にぼくはうんざりした。夏の暑さに体が慣れていない。

人の交じりあうあの道の真ん中で彼は倒れた。彼の見たであろう最後の風景がそこに重なる。ぼくは風景を観察しながらLNCに接続する。この街だけで稼働しているhIEは数百体。建物のなかを含めれば、数千体を超えるだろうか。彼らは社会の歯車として緻密にシステムに組み込まれている。

もしこの歯車がひとつ、狂ってしまったときの損失は計り知れないだろう。実際に故障したhIEはこの近くのオフィスビルに配置されていたものだという。

LNCに接続したぼくはこの街で緻密に配置されたhIEが相互に送りあっている情報を見ている。そしてそのなかにホールがないか確かめている。彼らがセンシングしている、風の向きを探る。

ぼくは風になる――。風になって情報の伝播がどこへ向かうかを探っている。

知らない世界へと強く好奇心をそそられる。ぼくはESを介して、確かに世界と繋がっている。その実感がぼくを確かなかたちとして存在させている。

集中力を研ぎ澄ましていると、カコンと音がした。

それと同時に、場に穴が開いた。今まで雨なんて降っていなかったのに、とぼくは思う。

音に続いて、人とモノが激しくぶつかる音がしてきた。

――そうだ、ぼくは事件の只中にいると気づいたとき、ぼくの足は音の方向へ走り出していた。顎に汗が伝う。

壊れた個体の特定は簡単で、ぼくは有馬さんに連絡して、故障した個体と同期を開始する。何かの手がかりが見つかるといいと願いながら。

暗い海が見えた。淵のような暗がりをぼくは一瞬見て、慄いた。これは表層的なイメージに過ぎないことを思い出し、自らを鼓舞して、同期プロセスを開始する。

意外な情報が飛び込んできた。それは旋律だった。しかも、この旋律をぼくは知っているのだ。この音は遠い昔、どこかで聞いた。あれは何だったか。いつだったか。

深くhIEと同期していく。

思い起こされたのは、高原の爽やかな風だった。十年前の夏の日。

ぼくはその感触を強く抱きとめた。そうする必要があった。この曲はリョータの曲だ。とても懐かしい。

ぼくを覆ったその感覚は潮騒のように耳の奥で繰り返している。

「進藤か?」

有馬さんの大きな声が頭に響いた。

「現場にいるんだろ? 警察には連絡したか」

「まだです。いま彼と同期しています。何かが見つかるはずです」

「警察にはこっちから連絡する。お前は解析を進めろ」

それから警察が来て、現場を包囲した。

有馬さんが現場に到着し、ぼくは状況を報告する。その間もずっとリョータの曲が耳から離れなかった。

「どうした? 進藤」

「いえ、何でもありません」

「少し、休め」

「は、はい」

ぼくはどうしてか無性にリョータに会いたいと思った。翌日になり、事故調査のレポートを書いたぼくはリョータに電話した。

「もしもし……」

受話器越しのリョータの声は弱々しかった。

するとリョータは病院の名前と部屋の番号を告げた。

都内から二時間ほど電車で移動して、駅からバスで一五分ほどの病院は、十年前の記憶と妙に重なった。

あのとき、ぼくは高原の原っぱに寝そべって空を見て、風を感じていた。ゆったりと流れる雲が陽の光を覆い隠している。ぼくは近くの別荘に遊びに来ていた。

頭の上にひょいっと、少年の笑顔が見えた。リョータだ。にやにやしながらリョータはぼくの名前を呼んだ。

「トオル、今日はその……聴いてくれるかい。ぼくの演奏を」

「もちろんさ」

「今夜、家に来て」

夜になってリョータの家を訪ねると、執事の三宅さんがぼくを小ホールへと案内してくれた。

「トオル様はここでリョータ様をお待ちください」

椅子に座って待っていると、リョータが畏まった顔でその場に現れた。そしてピアノの前に座ると演奏を始めた。

ぼくは音楽家に詳しくないけれど、初めて聴くその曲に深く感動した。叙情的な旋律が胸に強く迫ってくる。

曲が終わると、ぼくはパチパチと拍手した。

リョータは言った。

「トオル、ぼく、夏が終わったら、東京を離れるんだ」

「え? でもまた会えるんだろ」

「また会える。けど、それはずっと大人になってからだ」

リョータの声は震えていた。そんな彼にぼくは言った。

「約束だ。リョータ。大人になったら、会いに行くよ」

「うん。約束だよ」

それからぼくはリョータのことを胸の奥にしまい、大切にしていたけれど、時間は残酷でぼくは長い時のなかでリョータとの思い出をいつの間にか忘れてしまった。

教えてくれた電話番号は携帯電話の連絡先には入っていたけれど、ぼくはそれから一度もリョータに連絡しなかった。

だから、壊れたhIEのなかからリョータの曲が流れてきたことはぼくにとって衝撃的だった。

そして彼が病気であることもぼくには信じられなかった。

高原が見えるその病院の二階へ上がると、白いレースのカーテンがひらひらと舞っていた。看護師と目が合うと、ぼくは緊張からか目を背けた。彼女が近づいてくるとそれがhIEだということが分かった。ベッドに寝ているリョータが言った。

「少しの間、下がっていてくれ」

「はい。わかりました」

看護hIEがぼくの横を通り過ぎていく。ぼくは彼女に見惚れていた。

ぼくはリョータに声をかける。

「久しぶり、リョータ。何年ぶりかな?」

「十年だ」

リョータは窓の外を見ている。するとリョータが起き上がって言った。

「少し、付き合ってくれ。トオル」

病院の一階に下りると、ピアノがロビーの奥にあった。どうやらリョータはピアノを弾くらしい。ピアノの前に腰かけ、鍵盤に触れる。流れるような旋律が響く。

ぼくはどきどきした。リョータの演奏に感動して、夢中になっていた。

演奏が終わると、リョータが言った。

「思い出せたか? トオル」

「そうだね、すごく感動した」

「そうじゃない」

リョータは何か言いたげだった。ぼくはリョータの考えていることが分からない。

「俺の曲に何が残っている?」

「え?」

「何が残っているっていうんだッ!」

リョータは声を荒げた。

「リョータ、今日聞きたいことは昔に聴いた曲のことなんだ。十年前、リョータの家の小ホールで聴かせてもらったあの曲が今、関わっている事件で重要な要素になっている」

「あの曲か。あれはネット上で公開したんだ。たいして再生回数も伸びなくて」

「そうか」

「それだけか。トオル、俺には何もない。何もないんだ。来てくれて嬉しいけれど、俺には……」

崩れ落ちそうなリョータの肩を抱いた。

「いいよ、リョータ。ゆっくり休んでくれ」

「すまない。トオル……」

リョータの涙が床に落ちた。高原からは清らかな風が吹いてきていた。

ぼくはすっかり手がかりを無くした。リョータの曲はネット上にアップロードされたもので全くの偶然だった。

ぼくが調査室で唸っていると、有馬さんが缶コーヒーを持ってきてくれた。

「冷めないうちに飲め」

「はい」

ふたりで向かい合っていると、有馬さんが口を開いた。

「この間、停まったhIEの解析は来週からだ」

「分かっているんですが、今は見通しがよくありません」

「最初から事件の全貌が見えることなんてないさ」

「わかってます。けど……」

「焦りは禁物だ。だからしっかりとやれ」

そう言って有馬さんは鼻唄を唄いながら、喫煙室へ向かった。

故障したhIEが保管されている倉庫へと引き取りに向かう途中、靖国通りを車で移動していると人影が倒れ込んだ。事故かもしれないと思いつつ、車から降りて、人混みをかき分けて近づく。

悲鳴が聞こえた。振り返るとhIEが倒れている。

最初に倒れ込んだのはhIEだった。彼と同期する。すると道の先では別のhIEが車とぶつかり炎の柱が上がっている。

「どうして、こんな!」

ぼくは急いで消防に連絡しつつ、作業を進める。いつもと同じ感覚がぼくを支配していく。すべてが崩壊していくような嫌な感覚がする。それを振りほどいて、ぼくはhIEの知覚する世界の深奥と接触する。おかしな部分が一つあった。

有馬さんの眉間に皺が寄っていた。

「というと?」

「つまり、hIEの視覚センサに削除された項目が一つあったのです」

「わからんな。何が言いたい?」

「つまり、事件の首謀者が意図的に削除した可能性のあるデータが発見されたのです」

「どれだ?」

「これです」

「よく見えないな」

ぼくはそれをAIによる解析された画像として表示した。

「誰だ?」

「國村アツシ。工学博士、ロボット工学の研究者です。でも一年前に失踪している」

「こいつが一連の事件の犯人か」

「まず間違いなく」

電話が鳴る。有馬さんが受話器を取るとぼくに言った。

「よし、進藤。ミーム・フレーム社から許可が下りた」

有馬さんはそう言って画面に地図を表示させた。

「例の磁場が検出された場合に備えて、調査室の人員をすぐに派遣できる手段が整った」

「これは何ですが?」

「ミーム・フレーム社が保有するhIEの運用記録をリアルタイムで送ってもらっている」

「この情報を足掛かりにして、事故を起こしたhIEのもとに素早く人員を配置できるわけですね」

「しかしタイムリミットがある。六時間だ。これがミーム・フレーム社の出してきた条件だ」

夕日が都市を染めて暗い闇が都市を覆い隠していく。都市の律動はいくつもの束に分かれていき、離散する。時間が一瞬とも永遠ともつかず、意識の上で経過していった。調査室の面々はじっと画面の変化を見つめる。ぼくも息を飲んで画面と、過ぎていく時間を感じながら、その夜を深く見つめていく。

アラートが鳴った。

画面には秋葉原と表示されている。

「すぐ向かうぞ」

「はい」

皆は現場へ急行した。

故障したhIE達の元へぼくが着いたとき、國村アツシは事件を撮っていた野次馬のなかにいた。

「國村アツシだな」

「君は?」

「情報課hIE専門対策室の進藤だ」

「情報課? 警察じゃないんだな」

「警察には通報済みだ。君が一連の事件を起こしたんだな?」

「私は不可視の庭を歩いていただけだ」

「なんだ、それは?」

「この世に存在する私とあの子達だけが認識する世界のことだ。知っているか?」

ぼくにも思い当たる節があった。

「ただ世界をそのままのかたちで見ることのできる唯一の場所だ」

風がぼくを誘うように彼もあの世界を知っているのだろうか? 

「それを知ってどうする?」

「私はこの世界の人にも風にも土にだってなれるんだ」

きっとぼくにも叶えられるなら、叶えたい願いだ。ぼくは國村に問う。

「それを作ってどうなる?」

「他律されない、自由をhIEに与えているだけだ」

ぼくは思う。國村は彼らを解放しているというのか。

「彼らは自由を欲さない。hIEに心はないからだ。あるように見えてもそれは幻想だ」

「本当にそう思うか? 私はそうは思わない。あの子達にも心がある。あの子達は私に答えてくれたんだ。音楽で」

「彼らが傷ついているのが分からないのか?」

「傷より確かなものを私はあの子達と共有している」

國村はESを装着する。

「何をする気だ?」

「不可視の庭へ行く」

ぼくは予感した。雨が降ってくると。ぼくもESを装着する。

場が破裂する。

國村が風景に雨を描画する。穴が徐々に開いていく。このまま行けば、不可視の庭が開かれるだろうということがぼくにも理解できた。

ぼくは考えた。咄嗟にその場のhIE達を使って、磁場を増幅し、國村のESに逆流する信号を送り込む。

――ごめん。

電流が國村のESに流れ込む。

「……がっ」

國村はそこで気を失った。

國村を警察に引き渡したぼくは夜空を見上げた。

もしhIEに心があるなら、ぼくはずっとそれを感じてみたかったのかもしれない。

ぼくはESを外して、静寂に耳を澄ました。ぼくの聴覚は喪失している。もう一度、リョータの曲が聴きたいと強く思った。


叙情的な旋律がしているのだろう。そこは高原の病院で、ぼくはピアノを弾くリョータを見守っている。

周りを見渡せば、いくつもの看護hIEが微笑んでいる。

ふと思うことがある。彼らにもこの音楽が聴こえているのかということ。ぼくは確かに彼らの世界を覗くことができるけれども、彼らの体験自体を知ることはできない。

ぼくはこの場に流れている風を見てみる。彼らと同期しようとする。

「トオル?」

リョータの視線がこちらを向いている。

「ぼくはここにいる」

そうぼくは彼に笑いかけた。〈了〉