マイクロノベル50

小林ひろき

「「おはよう」「ベテルギウスなう」「きょうはシリウスからプロキオンへ行って、ゆうやけでホームパイを食べました」 「PS6はクリスマスに届くから楽しみ」「ヘリウム3、きょうはたっぷり獲れた」 そんな声が宇宙に耳を澄ますと聴こえるらしいです。宇宙のさえずりツイートとなって」




「我々が観測した結果、宇宙は不思議に溢れている。なかでも重力波検出で分かったことは、我々の想像を絶していた。 それはブラックホールの合体である。「彼ら」は路地裏の隅でも、どこでも、ところ構わず交雑を繰り返し、続々と増えていく。 そして人の家の玄関に上がりこんでニャーと鳴く」




「さよなら、と帰らない船に声をかける。帰らない人々よ、わたしは不幸だと思うか? わたしは幸せに生きてみせるぞ。 そう決意して男は日が沈んでいくのを黙って見ていた。それから千年経った。異国の船が星を救った。 わたしはまだ生きているぞ。星の向こうでお前達は笑っているか?」




「壁にもたれ掛かって煙草を吸いながら彼は言った。「ぼくらは財布の中身じゃない。ぼくらは仕事じゃない。 ぼくらはスウェーデン製の家具なんかじゃない」私はプリンを頬張りながら言った。 「じゃあ、君は?」彼は、「ここがウィネトカなら、君はジュディ」と言う。「違う、そうじゃない」」




「父の投げるボールはあさっての方向へ飛んでいく。一回目も、二回目も。 ぼくはそれを渋々取りに行って、すぐさま投げ返した。 ぼくと父はずいぶん前からこうしてキャッチボールをしているけれど、お互いの顔や姿も曖昧なのはプランク定数が大きくなったからだ。 でもぼくは届くと信じてる」




「「父さんな、実はなろう作家なんだ」「え?」「だから父さんがなろう作家だったけど、 家族にはナイショな件っていう小説を書いているなんて、言うなよ」「待って情報量が多い」 「これくらい普通だ」「えっと、どこからなろう小説?」「だから! 父さん実はなろう作家と告げたけど以下略」




「天の川銀河の片田舎、とは言っても天の川銀河も宇宙の中心から見れば郊外だが、 そこに惑星「ちきゅう」がある。おれはそこでエージェント008と名乗り、 秘密工作を行っている。きのうもアルテミス合意の文書を《地球外》の合意も含めてという文を各閣僚に同意させた。月は最初から私達の物だ」




「「わたしは遠くに、この声を届けたいのです。だから変調してください。 人間達が振り向かなくなっても、この声が獣しか聞こえないものになっても」そのように送り出された信号は銀河を渡る。 このメッセージを受け取ったものは彼の孤独を知るだろう。埋まらぬ距離を追いかけるように、送信」




「原因はその一突きだった。空手マスターのそれは大気を揺らし蝶が舞い、 嵐を発生させ、アメリカ全土はハリケーンに襲われ、巨大なそれは気候を変えさせ、 海は大荒れになった。そして初期ゆらぎが大きくなり、宇宙はブラックホールで渋滞し、ガンマ線バーストが降った。第七の日である」




「横組み宇宙で縦組みは存在しない。この概念宇宙では鉛直方向に立つということ、 また逆立ちという概念もない。つまりそれは重力がないことを意味する。 この事に先ほど気づいた人々は宇宙遊泳を楽しんでいる。カップは落ちずに中空に漂って浮かんでいる。しかし、人々の多くは寝たきりである」




「土蔵からお爺さんの声がするっていうのは私も知っていました。 ふふ。けれどそれは貝殻を耳にあてるとするノイズみたいなものでしょ。 誰も信じていませんわ。あたし、これから太吉さんと会ってきますね。里子は出掛けていった。 土蔵から視線を感じる。満足そうな年老いた太吉の姿であった」




「ササクレヒトヨタケは酵素で自身を溶かし、溶け出した胞子が雨などに流されることで繁殖する。 狩人の西さんが教えてくれたことだ。実はこの話には続きがあって、 夜中、眠っていた西さんがむくりと起きだして、月光にあたると頭部がじゅわじゅわと溶け出した。ああやって西家は増えたんだな」




「「山崎まさよさんと米津玄さんが今日のゲストです。 素敵な歌声を披露「」ていただきます」「無茶苦茶な演奏と歌声だね」と語るのは世界最高齢二万二〇歳の大和さん。 大和さんはコタツでみかんを頬張りながら言う。「悲劇は減ったけど、この気持ちをどう表現すればいいかわからないね」」




「世界は生物が生き易いように微調整されている。物理学の様々なパラメータが示している。 「誰がそんなことを?」と尋ねると物理学の博士が言った。 「知らない」「世界に神がいることの証では?」「そうとは言ってない」「パラメータをリセットしたら?」「まず彼女にフラれるでしょうね」」




「君と僕の溝に針を落とそう。どんな音楽が聴こえるかな? その頃、太平洋プレート、 フィリピン海プレート、北米プレート、ユーラシアプレートの四つの勢力が拮抗し、大きな溝を作っていた。 もうすぐ太平洋プレートが限界になるだろう。そのとき、音楽は鳴った。次回、P波とS波のエチュード」




「「いま電子が脳内を移動しています。それが私達の意識そのものを生んでいるとして、 それらは認識系には何の意味も存在していない」ずっと前から電子脳研究に没頭していた姉が帰ってきたかと思うと、 ぼくに触った。ヒヤリとしたアルミケースのなかのぼくの脳、身体はずっと眠ったまま」




「歩いていると、べこべこした感触があって、踏んづけるとピコピコ鳴る。 面白がって踏んづけるとそこに音階があることに気づいた。ならば、と思ってチャルメラの音を鳴らしてやった。 空腹の男達がたくさんやってきて、収拾がつかなくなった。「おれな、ラーメン屋じゃないんでね」」




「「問題です。Hになればなるほど硬くなる物はなに?」「かんたーん。えんぴつでしょ。知っているわよ」 「――ですが、Hが燃えるとどうなる?」「なっ、変態。なに言わせる気よ! 何、 考えてるわけ? 乙女にそんなこと言わせないでよねっ!」「答えは、水になります」「は?」「水です」」




「あの娘の笑顔は太陽のように眩しかった。ぼくは思い出すだろう。 いまは盲いた真っ暗闇のなかにぼくはいる。そして時折、あの娘の笑顔が過ぎる。ダメだ。 眩しすぎる。あの娘の笑顔は太陽のようだから、長く見つめていて失明してしまったよ。音がする。きっとあの娘が近くに来ている」




「今年の太陽の光は眩しすぎる。それでも頑張って仕事に来ているのは愛する家族のためだ。 しかし、楽しみにしていた今日の弁当。にんにくのガーリックソテー、十字架型の海苔の乗ったごはん、 飲み物は聖水。彼女はぼくを殺すつもりらしい。さすがヴァン・ヘルシングの妹だけある」




「ハロウィンの夜、僕らは顔にクリームを塗る。それは塗ってから紫外線を当てると青白く光るのだ。バケモノになった僕らは街を回る。 気色悪い色した顔を並べて。――三〇年前、その化粧クリームの開発には紫外線を当てると光る動物の存在があったと伝えられています。カモノハシです」




「土星のような環の構成物質は主に氷で、海王星の環のアークは「自由アーク・平等アーク・博愛アーク」と呼ばれる。 太陽系外にはこのような惑星が多く存在しており、 とある惑星の環のアークは発見したジャンプ編集長にちなんで「友情アーク・努力アーク・勝利アーク」と呼ばれている」




「「チンパンジーに手を引かれ、連れてこられたのは戦国時代。困ったアイツは木の上で昼寝。 なんでこんなに無性に気になるのよ、いったいどうして? そんなこんなであたし信長を倒しちゃいました」「待って、あらすじが複雑骨折してる」「いいのよ」そう言ってタイピングを続ける夜」




「ゲンシャは待っている。ピントの合い過ぎたような五月の陽気。彼女は今までのことを思い出す。 冷凍睡眠を終えて、いま目覚めたこと、もうすでに家族はいないこと。恋人も死んでしまったこと。 ――画面の奥で笑っているあなた。気が遠くなる日々の向こうであなたは何を思っていた?」




「君は死んでしまって、医師が確認を取り、死亡届を出すとなんだかすっかり虚無になってしまった。 僕は乾いた洗濯物を抱いて、匂いを嗅ぐ。たぶん二度と帰ってこない家庭の匂い。 既読のつかないLINE。火葬で燃やしてしまって読めなくなった思い出の本。ああ、もう君はいないんだな」




「園児がぶんぶんゴム風船を振りまわし、いつか弾けるんじゃないかと冷や冷やしながら見守っていると、 ゴムは五〇センチほど伸びて、弾けずに回転し続けた。不審に思ってそれを取り上げるとそれはコンドームで問い詰めた。 「こんなもの、どこで?」「拾った」「すぐ手を洗いなさい」」




「しし座流星群が見えると聞いてきましたという人が多いんだけど、ここから見えるのは、 いのしし座流星群で、落下した流星を鍋にすると美味いんですよね。 わたし昨日からここで待っているんですけど、山から餌が無くて降りてくる、いのしし座流星群のこと、話していましたっけ?」




「475ページだったと思います。面白くなくなったのは。確かに90ページまでは抱腹絶倒、 痛快無比なのですが、そこから182ページで奇奇怪怪、面白くない。 わたしの勘違いでしょうか? でもこうして読書会で話せてよかったです。えっと? 476ページから先を見ろ、快刀乱麻を断つって?」




「きょうは眠らない、眠りたくない――それがきょうは眠れない、眠りたくても眠れないに変わったのはちょうど五年前。 一緒に寝ていた旦那の鼾、ゲームの音、おなら、あれから二〇年。私の隣にいるのはふかふかしたビックフット。 寝ていた旦那はしばらくそっと。一緒になって肉を食べよ」




「「カムチャツカの若者が朝をリレーするって詩があるじゃん」「うん」「でも日曜日はさ、 ラグビーみたくパスしていくと思うんだよね」「その心は?」「月曜日が来るから」 「だとしたら月曜日には負の引力が働くと思わないかね、ワトソン君」「誰がワトソンだ、俺は伊藤だ」」




「それは一つのバリエーションにしか過ぎなかったが、四億五千年、その形を維持し続けた。 これを進化の道程で無視し続けるのは無理があった。最初はなんらかの不具合であった。 しかし不具合も不具合でユニークな道を辿った。それは認識システムとなり、いま意識と呼ばれる機構なのだ」




「「何度も振り返って」そう言って君のことを思い出したいけれど、何度も何度もそれに失敗して、 もうアホなんじゃないかと思えてきて、ふらりと寄った画廊で君に再会した。君は絵の中にいた。 君はイマジナリー・フレンド。乾いた笑いが出て、それから君のことを夢に見ない。さよなら」




「昼休みが終わると、机の中に手紙が入っていた。急いで待ち合わせの校舎裏にいくと学校一の美少女が待っている。 照れた表情、交じり合う視線、高鳴る鼓動、あとすこしで触れ合える距離、 彼女の手には一本のナイフ。ナイフ? 「岩陰から見ていたけど、ずっと前から隙でした!」」




「「釣れますか」姫昌は呂尚に尋ね、殷が滅んだ。「ここ、割り勘できますか」店員に尋ね、 恋路が途絶えた。「これ試着できますか」彼女は店員に尋ね、服が裂けたと言います。もうしばらくお考えください。 ファーストコンタクトにてきとうな言葉を考えていますから、大統領。待って」




「耳かきをしてくれると彼女が言うので、してもらうと、彼女が「せーのっ!」って言うので、何をしているんだと聞く。 「耳のなかに小人がいる」と彼女。「そんなことないだろ」と僕。指を耳に入れてかき混ぜる。 すると、確かに緑色の液体と小さな手と目玉がべっとりとついていたのだ」




「きみは歩く。ぼくは歩く。きみは止まる。ぼくは止まる。きみは少し速く歩く。 ぼくは少し速く歩く。きみはウサイン・ボルト。ぼくはカール・ルイス。きみは最速の男でぼくも最速の男だった。 ふたりはいま出会ったことを思う。きみはアキレスのように速い。ぼくはアキレスに似た亀」




「先生は先生だから先生だと言うので卵は卵にしか過ぎないので卵と言う。 偉い人は偉いから偉いと言うので鶏は鶏だから鶏なのだと言う。 仕方ないので鶏と卵も焼けば美味いと言うと先生も偉い人も話せば尊いと言う。 先生は先生で雑司ヶ谷に消えると言うと卵は鶏になるではないかと言う」




「「まずオイルを塗ります。大さじ2ですね。つぎに唐辛子エキスです。小さじ2。岩塩、少々。 これを加熱します。弱火で5分。いいですか? 裏表しっかり火を通しましょう」「――裸体の男の死体が発見されたのは午後10時。 死亡推定時刻は午後9時です」「間違いない、山猫軒の仕業だ」」




「コヤスタケヒトノコエはアジアに分布する陸生生物でとても地味な色をしていますが、 鳴き声は美しく、愛玩動物として人気の高い種。此の頃、密輸されることが社会問題化して、 空港で発覚することが多いといいます。鳴けば、主に女性達が反応するので、密輸は困難とされています」




「すると雪が降ってきて、この結晶の名は? と聞かれるとする。きみは答えられない。 気象予報士なんだからそれくらい答えてみてと言う。ところで夏はとても暑かったとする。こういうのって何ていうのと聞く。 きみは答えた。するとそこに雪が降ってきて尋ねる。この結晶の名は?」




「「宇宙の大規模構造、ここではダークマターの構造を可視化していますが、とても驚くべきことに何かに似ています。 なんでしょうか?」准教授は指差しながら言った。とある医学部の学生が「脳のニューロンの構造に酷似していますね」 「思考するのは脳だけじゃないんですね」ざわめき」




「「ニューロンに酷似していたとしても、そこに電気信号が通っていなければ思考しているとは言えないのでは?」別の学生が声を上げた。 「確かにダークマターは見えませんし、電気が通っていない。私達が睨んでいるのはグラビトンです。これが量子的な作用をもたらしている」どよめき」




「「――だったとして、それは私達の言う思考とは別の事象なはずです」と学生は食い下がった。 「それはそうかもしれない」と准教授。「それが私達の脳活動と同等でないにしても、 それは私達が迎える新たな地平なのです」「何を考えているのですか?」「新世界を見たくはないですか?」」




「たけのこの里で、生まれ鍛え抜かれたきのこの戦士たちはきのこの山をよじ登ると、 きのこの山の、きのこたちの嘲笑の的になった。柄までチョコレートがついていたからである。きのこの戦士たちはその日から、 教会に立てこもって、祈りを捧げ、誓ったのだ。さぁ、革命の始まりだ」




「どこまでも青信号の未明の空に、わたしは思いを馳せる。 黄色か赤のサイドミラーに映りこむ過去の群れ。わたしはライフログに残った彼の痕跡を追って横浜の埠頭に流れ着く。 群青の空、青黒い海、彼の網膜に映った最後の景色。涙はもう疲れきって出ずに、日が昇るのをひとり見ている」




「この文章は二四時間後に消えるので、忘れないでいてください。 そしてこの文章の続きは二四年後に発表されるので忘れないでいてください。 そしてこれが本になるのは二四世紀後なので忘れないでいてください。 そしてこれがあなたの目に届くのはもっと遠い未来。だから忘れないでいて」




「後方かかえ込み2回宙返り3回ひねり、縦向き1/3前移動直ちに縦向き2/3移動ひねり、 前転とび前方かかえ込み三回宙返り、後方かかえ込み2回宙返り1回ひねり下り、アナザーディメイション、 スターダストレボリューション、スターライトエクスティンクション―――――――――ッ! !」




「秋山小兵衛の家にその老人が連れを従えてやってきたのは半刻前のことだった。 聞けば火付盗賊改方の長谷川平蔵が盗賊を捕まえたという話であった。 「私の出番はありませんでしたがね」とその老人は恭しく笑ったという。秋山小兵衛の話ではこの老人は越後の光右衛門と名乗ったという」




「加齢パンなるものが売っていたので買ってみる。一口食べるといまは平成かと聞き、 二口食べると、電話はガラケーか? などと言い、三口目で黒電話か? と言う。 あまりの美味さにどんどん止まらなくなり、四億五千年が過ぎ身体に鱗がつき尾鰭が生え始め、最後の一口で真核生物に――」




「いま:いまは五〇番目。ここ:五〇番目の頭。これからどこへ行こうか。 いま:いまが更新されました。ここ:五〇番目の中ほど。その道は誰も知らない。 道をよく見て、小景がいくつも過ぎ去っては生まれていく。いま:いまが更新されました。ここ:五〇番目の尻あるいは五一番目の頭」