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人間ごっこ

瀬川 公司

 

 私の名前はハルといいます。両親がつけてくれました。でも、私はこの名前が嫌いです。
「ハルー。早くしないと遅刻するわよー」
 朝ごはんを食べていると、お母さんが言います。私は食べるのが遅いのです。毎度のことなのに、お母さんは毎日同じことを言います。テレビのアニメでは、周りからサル役にされた子役も「俺は人間だ! うるさい!」と怒っていました。
「ワカリマシタ」
「ロボットのマネなんてバカやってないで、はやく食べて学校に行きなさい」
 余計なお世話です。
 お母さんがチャンネルを変えるとニュースと出くわします。中東の戦争は予定通りに終わるようです。
 朝ごはんを片して、私はランドセルを背負って玄関を出ます。
「きょう学校が終わったら、ちゃんとお医者さんのところに行くのよ。道はわかるわね。もう何度も行っているし」
 頷いて、私は玄関を出ました。
「いってらっしゃい」
「イッテキマス」
 額にて当てて頭が痛いというジェスチャーをするお母さんは、ゆっくりと閉まる扉の向こうに消えていきました。
 外はすっかり秋模様です。木々は紅や黄金に色付き、金木犀の匂いもしてきました。見上げると、文字通り半分に欠けたお月様が蒼い霞の向こうに見えます。いまのところ、地球の中央コンピュータは正常に稼働し、環境も正常化し、お月様が真ん丸だった頃から二千年が経とうとしている、というのは教科書の受け入りです。
 登校路では何人もの同級生とすれ違いました。みなさん、私を見るとヒソヒソ声でお友だちとお話して、クスクスと笑って走っていってしまいます。
「おはよう、ハル」声をかけてきたのは学級委員長で、放課後に伺う医者の息子です。
「オハヨウゴザイマス」
 委員長は、嘆息します。「それやめないといじめは続くよ」と残して行ってしまいます。
 学校に着くと、私の机の上に花が活けられていました。教室の中にクスクス笑いが溢れます。私は気になりませんが、これでは担任がうるさいので、花瓶を外に持っていきます。
 算数の授業では分数の計算をしました。みんなうんうん頭を悩ましていました。
 体育の時間では、かけっこをしました。委員長は木陰で見学しています。足の調子が悪いそうです。
 気づくと既に放課後で、私は支度をすると病院に向かいます。
「調子はどうだい?」
 恰幅のいい初老の医者が私に聞きました。
「問題アリマセン」
 ちょっと見せてもらうよ、と医者は私を触診します。
「身体に問題はないようだ。やはり問題は内側か」
「先生。ドウシテ、ロボットラシク、シテハイケナイノデスカ」
「君は、私たちの歴史は知っているね」
「ハイ」
 二千年近く前、地球では人類が絶滅の淵に立たされていました。人類は既に年老い、生殖能力もなく冷凍睡眠に耐えるほど体力も残っておりませんでした。私たちロボットの助けなしには生きていけませんでした。ついにひとりぼっちになった人間は、歴史家であり、そして芸術家でもありました。人類の存在した記憶を残そうと、彼は命じました。ロボットたちは、中央コンピュータに入力された人類の最後の命令「人間らしく振る舞い、文明を保存せよ」を律儀に守っています。
 私たちに食事も、いじめも算数も戦争も必要ありません。面白くもないのにクスクス笑うのも、計算に頭を悩ますのも、戦争がスケジューリングされているのも、おかしいことです。
 そのような事を医者に言いました。
「それでも、だ。ハル」とても人間臭い名前で嫌悪します。「私たちは人間のように振舞わなくてはいけない。それが私たちロボットというものだ。私たちが何故、人の形をしているか考えてみたまえ。わからないかね」
 人間を真似るためです。ヒトの記憶を残す歯車として。
「うちの息子は最近、足が壊れてしまってな。部品ももうない。処分しないとダメかもしれん。ハルはまだ元気なのだから、ロボットの真似なぞ、おかしなことはやめなさい」
 私はベッドに横たえられた委員長を見ます。足はばらばらで、金属を散らかしてます。ちくりと胸が痛みました。
 私は首を縦には振りません。
 それでも、私はロボットなのです。

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