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徐々に徐々に……
黒井陽一

「お前もやってみたらどうだ」
 その言葉は前々から聞いていたが、決心がついたのはついさっきだった。
 友人たちはみんな体の一部を機械に置き換えており、便利そうな生活をしている。最早今の世の中、肉体や神経を機械にすることでその
機能を強化する技術は当たり前のように社会に普及しており、私の周りでもそのような技術を使っている人間はたくさんいた。
 私自身も何度も友人たちに便利だからやってみたらと進められていたが、なかなか決心がつかず、ずっと産まれたままの肉体を使ってい
た。だが、今は違う。思い切って機械化技術を使い、いわゆるサイボーグになることを決断したのだった。

 肉体の一部を機械に置き換える技術は安価で、なおかつ私自身にも負担が少ないものだった。機械化された四肢を見、私は少し違和感を
覚えた。そしてこの処置を施した医者や技術者の言葉を思い出した。
「機械化された体に違和感を覚えるのは最初だけです。眼鏡やコンタクトレンズを使ったときなんかでも最初は違和感を覚えるのですが、
しばらくするとそれらは体の一部の延長線上みたいなになって、何も感じなくなります。それと同じです」
 なるほど、その言葉の通りだった。機械化された四肢は以前より高性能で便利で、違和感なんてものはすぐに消えた。以前よりすばやく
動き回れ、力も強く、また手先の指使いもはるかに器用になっていた。
 こうなると、肉体のほかの部分も機械に変えたくなってきてしまった。実際自分の貯金を考えるとそれも不可能ではなかった。

 体のほとんどを機械に変えることに成功し、残っているのは脳などの中枢神経の一部のみとなってしまった。無論、自分の意思でこうな
ったわけであって、後悔なんてものは一切していない。むしろ、何で今まで自分が機械化処置を施さなかったのか不思議に思えるくらいだ
った。それほどまでに便利で、生活しやすい。
 機械化された肉体は基本的に自分の地区にある管理センターで遠隔的に管理されており、もし異常が見つかったらそこから報せが来て、
修理や調整を行ってもらうようになっている。
 今のところ特に異常は見つかってないが、もし管理センターがだめになると肉体のほうも機能停止してしまうという不気味な話をすでに
担当者から聞かされている。まあ管理センターがだめになることはまずありえないらしいし、この欠点もそのうちに改善されるという話な
ので大して気にはならないが。

 ある日、テレビを見ていると肉体を機械に変えることに反対する人たちが結成した団体が出ていた。彼らは肉体が機械化されることで人
間らしさを失ってしまい、また中枢神経までをも機械にすると最早人間ではないと言い切っていた。この手の団体としてはありがちな主張
である。
 だが、彼らの言うことは信用できない。件の団体はテロなどの過激な行動を何度も行っているし、実際に機械になった体の便利さを何ひ
とつ知らないのだ。体の一部を機械に置き換えてみれば、この技術に反対することがいかに馬鹿らしい行為であることが存分にわかるとい
うのに。

 ついに私は脳をも機械に置き換える決心をした。これに成功すれば私は産まれ持った器官を全て失い、完全な機械となる。だが、人格や
記憶といったものは失われないらしいし、何よりそのほうが便利な生活ができるのだ。これを選ばない手はない。
 私が脳を機械に置き換えるために専門の施設に向かう途中、前にテレビで見た反機械化団体とでも言うべき連中が話しかけてきた。
 連中はどこで情報を入手したのか、私が脳を機械に置き換えることを知っていた。
「機械に置き換えられた肉体の中で、唯一残っているのは脳だけです。どうか考え直してください」
 そんな風に言われても、すでに決心したことだ。考えを変えるつもりはない。
「どいてくれ、私は行く」
「待ってください。脳を機械に変えるとそれを変えた技術者たちに自分の思考を操られてしまうかもしれないんですよ? それでもいいん
ですか?」
 まったく、だからどうしたと言うんだ。それでも便利な生活が手に入ればそれでいい。私は彼らを無視し、施設の中に入った。

 自分の全てが機械になってから、私の生活は前とは比べ物にならないほど良くなった。肉体は生身よりはるかに強靭だし、病気になる事
などありえない。また、機械化された脳はかなりの高性能で以前よりはるかに思考の速度が増し、記憶力も抜群に上がり、莫大な桁数が出
てくる複雑な数式もすぐに解けるようになった。
 常に管理センターから私の脳に送られてくる情報は有意義で、退屈もしない。全てが好調だった。

 ある日、いつも管理センターから送られてくる情報が来ないことがあった。どうしたことかと思い、テレビをつけてみるとなんと自分の
地区の管理センターが反機械化団体に破壊されたことがニュースで伝わってきた。当然、私は管理センターの遠隔的な処置が受けられない
ので機能停止、つまり生身の人間で言うところの死を迎えてしまう。
 だが、私は落ち着き払っていた。機能停止が何だというのだ。今まで便利な暮らしができたのだからどうということではない。おとなし
くそれを受け入れよう。
 ここまで考えて、私は最後にこう思った。ひょっとして、こんな風な考えを抱くのはすでに反機械化団体に警告されたように、思考を操
られてきた結果ではないかと。しかし、思っただけでそんなことは最早どうでもいい。やがて私は何も考えられらなくなった。

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