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造花

黒井陽一

 

「いいですか、そもそもこういう類の物は自然の摂理に本質的に違反しているのです」
 造花を指しながら、目の前の男は言った。俺はそれを聞き、内心ため息をつく。
 目の前の男は天然主義という思想を持つ団体に所属している活動家で、こういう風に時々役所に文句を言いにくるのだ。
 この時代、天然とほとんど変わらない養殖の食品や、本物そっくりの見た目や触感を持つ造花などが当たり前に存在し、生活に溶け込んでいる。だが、この天然主義者というのはどうもそういった物が気に入らないらしい。
 養殖の魚介類を育てる業者や、造花などを作る工場に押しかけ、無理難題を言ったり強引に自分の思想を押し通そうとする。当然、役所にも来る。
 この役所に来た場合、俺は担当者として彼らと話し合いや交渉をし、穏便に帰って貰うようにしなければならない。
「そもそも、このような天然と同じようなものを人間が作ること自体、天然への大きな侮辱です。人間はいつからそこまで傲慢になったのでしょう?」
「はい、おっしゃることは分かります。ですが、今の時代養殖品などが無ければ生活が成り立たないのも事実です」
 出来るだけ和やかに、受け答えをする。だがそれが気に入らなかったらしい。
「そんな事実をなくすために私達は戦っているんです! 大体、化学物質が食品や造花といった見て楽しむような物を蝕んでいるから問題なのです! 今後あなたの役所のような行政や政府は、こういった物や化学物質を断固規制すべきです!」
「それを言うなら、人間も化学物質で出来ているでしょう? 人間の存在も規制するのですか?」
 言ってから気付いたが、つい熱くなってしまった。これでは逆効果だ。
「何ですって!」
 今にもつかみかかってきそうな勢いで、顔を真っ赤にする。そして、さらに怒鳴る。
「そこまで言うのなら、あなたに本当の美しさを持つ天然の花を見せてあげましょう!」
 支離滅裂な理論だが、ここで言い返すのは得策ではない。助けを求めようと、後ろを見る。だが、同僚も上司も目を背けるだけで加勢しようとしない。どうも、厄介事は全部俺に押し付けるつもりのようだ。同じ部署の人間なのに、協力してくれない。職場で周りの人間から好かれてない事は自覚していたが、その結果がこれだ。胃が痛くなるが、仕方が無い。
「さあ、付いてきて下さい! あなたに花を見せてあげます!」
 活動家の男は俺を連れて出ようとする。上司に視線を向けると、無言で行ってこいとのアイコンタクトを送られた。泣きそうだ。こんな奴にホイホイついて行ったらどんな目に合わされるか分からない。だが、その場の雰囲気に押されて結局ついて行ってしまった。

 連れて行かれた先は、役所の近くにある公園だった。都市にも緑は必要との観念から、豊富な種類の植物や虫がいる。
「どうです、ここの花は。造花には無い本物の美しさがあるでしょう?」
「はあ……」
 別にここの風景は人間によって作られた物で、決して天然ではない。そんな物、彼らが反対している養殖品や造花とあまり変わらないじゃ無いか。もちろん、そうは思っても口には出さない。こうやって適当になだめておとなしく帰ってもらおう。
 活動家の男は花に顔を近づけ、言う。
「本当の花の美しさがお分かりになりますか? もしそうならこういう物を模して造るまがい物の製造はぜひやめていただくよう、行政としての方針を……」
 その時だった。活動家の男が顔を近づけている花の茎の後ろからハチが飛び出た。そしてその鼻先を刺す。
「……!」
 声にならぬ声を上げ、活動家の男は転がりまわる。これはいけないと思い、俺は一応救急車を呼んでやった。
 救急隊に運ばれていく男に、俺は言った。
「天然の花ならこういう危険もありますが、造花にハチは来ません。さらに、生きている花であっても今の生物工学の技術を使えば虫が寄らないようにする事も可能です。どうか、これを機会に養殖品などへの理解を改めてもらえると幸いです」
 活動家の男は何かを言いたげな表情をしたが、無言で救急車の中へと入れられた。これで、もうあの男が活動家を辞めてくれるとありがたいのだが。

 役所に戻ると、上司が俺を待っていた。
「いいタイミングで帰ってきたね。次はあの人を頼むよ」
 上司は俺に仕事を押し付けた。やれやれとため息をつきながら対象となる相手を見る。
「料理というのは天然に反する行為だ! 行政はそれを規制し、真の天然主義を認めろ!」
 その男はそう言うと、手に持った生肉をバリバリと貪り食った。どうやらさっき来たのより過激な天然主義者らしい。俺は頭を抱えたくなった。どう対処すればいいのだろう? 仮に追い払ったとしてもこういう連中はまた来る。だが、やるしかない。上司を恨めしげな視線で睨み付けた後、俺は対応策を考え始めた。


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