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中央海嶺 6/15/2010

高本淳

 作業艇は海底の闇に横たわった死骸の上を通過した。無数のめくらうなぎが腐肉に群がり蠢く光景は気分のいいものではない。オオパは不快そうに観測窓から身をひいた。
「ナガスクジラだ……マッコウクジラではない。やはりやつらは生き延びているんだ」
「どういうことだ? 海洋の食物連鎖が崩壊したのになぜマッコウクジラは死滅しない? ……ほんとうにあんたの言うとおり、例の『謎』のせいなのか?」
「間違いない」キャメロンは確信をこめてうなづいた。
「……マッコウクジラの主食はダイオウイカ。最大で八メートルに達する巨大なイカだ。インパクト前の地球には百万頭の巨大な肉食鯨たちが生存していた。その食欲を満たすためにダイオウイカは海洋全体で最低でも五百万匹はいなければならない。……だが彼らが住む深海は極めて生命が乏しい世界だ。深度二百メートルを超えれば日光は届かず植物性プランクトンは生きてゆけない。したがって食用になる有機物はふりそそぐマリンスノー……つまり海面近くの魚類の排泄物やプランクトンの死骸だけだ。そんな環境では本来ならクラゲのような代謝量の低い不活発な生物しか存在できないはずだ。
 しかしダイオウイカはマッコウクジラと生存をかけて戦えるほどエネルギッシュな種族だ。加えてその巨大な眼と長大な触手は暗い海の中で何か素早く動く獲物を捕捉するために発達したとしか考えられない。つまり海洋生物学最大の『謎』とは……ダイオウイカはその巨体を維持するためにいったい何を食べているのか?という問いかけさ!」
「ふふん、……それで? その疑問に答えればおれたちも助かるってのかい?」
「われわれだけなら熱水礁をまわってシロウリガイやユノハナガニをかき集めればなんとかやってはゆける。硫黄臭の残ったパテの食事に我慢できるならだが。だがそれだけでは子孫を増やしていくことはできない。どうしてもダイオウイカを養っている食料を見つけなければならないんだ。その何者かは植物プランクトンに依存する海洋生態系とはまた別の未知の食物連鎖のなかで生きているに違いない。われわれはその連鎖に入るんだ……」
 キャメロンは言葉を止め、強くうなづきながらオオパの目を覗き込んだ。
「この深海でこの先人間が生きのびるにはダイオウイカの謎を解くしかない」

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