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縋る者 1/1/2006

舞火

 異形と化した人であったものが通路を遮り、けいはためらうことなくトリガーをひいた。
 甲高い悲鳴は慣れた耳にはなんの感傷も起こさない。ただ前へと進むだけだ。
 そして、最後の扉が開く──。

 薄暗い部屋でディスプレイが閃光を瞬かせていた。
 そのせいで普段でも鋭利な印象を与える顔が濃い影をつくって、人ならざるもののように変化する。
 外界からの通信は途絶え、電気も地震と共に切れた。今は大容量蓄電池に溜めていた電気をほそぼそと使っている。メタンガス発電システムがようやく稼働を始めたが、主に食料庫の保全に回している。初期の頼みの綱だった太陽電池は太陽が出ないと話にならない。
 それでも、慧の部屋には滞ることなく電気が送られていた。
「慧様、皆が待っております」
 ドアの通気口から遠慮がちな声が漏れ聞こえる。だが慧は振り返りもせずにただ微かに眉をひそめただけだった。
「10分」
 それでも返した感情の籠もらない声に、ドアの外の気配は消える。
 それからすぐに慧の前に最大級の化け物が現れた。反射的にトリガーをひき、着弾音が部屋に響き渡った。

 強固に補強された居住区は地盤が固いせいもあって地震の影響は僅かで済んだ。
 その入口脇に新たに作られたドームに、黒い服をまとって慧はいた。
 黒は白い肌を際だたせ、その怜悧な美貌と相まって慧に神々しさをもたらす。だから着ろと言われていた。
「新しい年は厳しい……だが我らには慧様がおられる」
 傍らで同じく黒い服を着た慧の父親であった者が、朗々と新年の挨拶を皆に聞かせる。
 だが数百人の縋るような視線は、常に慧の元に集まっていた。まして闇に包まれた体から白い輝きが幾つも舞い出せば、人々の目は決して慧から離れない。舞う光が癒しの効果を持つことは皆体験済みで、だからこそ慧は畏敬の対象であり、縋る対象でもあった。
 混沌とした今を生き抜くために慧に縋る。表情のない視線でしか感じられない存在感が慧をより偶像化する。
 そしてよりいっそう縋るべき対象として崇められ、祈りの言葉とともに人の思いが狭い空間で凝縮され、慧の元に注がれる。
 だが当の本人は人々の思念など気に留めることもなく、ただ退屈そうに佇んでいるだけだった。

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