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東海岸沖 12/31/2005

高本淳

 狭い艦内通路を歩く自分の姿を乗組員たちがすがるような目つきで追うのをセルゲイは嫌でも意識した。不安なのだ。祖国の惨状は上級士官以外には伝えられていないはずだが、こうした事実を隠しとおすことなどおよそ無理というものだ。遅かれ早かれ……彼らの心が綻びはじめるまえに……とるべき道を決めなければならないだろう。
「いつでも手順“Я”を発動できます。艦長!」セルゲイの姿を見るなり開口いちばん副長が告げた。「どうぞ、いますぐご決断を」
「性急にすぎるぞ、イワン。まずわれわれにわかっていることを整理してみようじゃないか」セルゲイはあえて辛抱強い口調で言った。
「……四十四分前、中国戦略ミサイル基地のうち数カ所が何者かによって破壊された。通常兵器によるものか核攻撃かは不明だ。もし核なら超小型の局地戦タイプだが、われわれの知るかぎり米国以外はそうした兵器を所有してはいない」
「ヤンキーどもの仕業に決まってるじゃないですか!」激した表情でたたみかける副長を広げた手で制して彼はつづけた。
「つづけていいかな?……ムルマンスクとの連絡はいまだ回復しない。衛星写真から見るところわが国土の大半は黒雲におおわれている。共和国の戦略核防衛システムは現在ほぼ機能していないと思われる……」
「やつらはこの状況につけこむつもりなんだ。つぎは当然われわれのミサイル基地が標的です。猶予はありません。いまは優柔不断に攻撃を躊躇うべき時ではない!」
「冷静になりたまえ、アルセーニエフ副長。核攻撃の最終判断を下す責任はわたしにある。艦長はきみではない」
 一瞬火花を散らさんばかりにらみ合った後、艦長は長い経験でつちかった度量を示して泰然と微笑んでみせた。
「そして、いまわれわれがとるべき道はただひとつ」――ほんとうに他に見落としている要素はないだろうか? セルゲイは心のなかで迷いつつも、ついに最終決断をくだした。
「……手順“Я”の第一段階を開始。いまから本艦は潜望鏡深度に浮上する!」

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