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中条卓

それは衝撃波でひび割れた建物のすきまから現れた。黒光りするソーラー・パネルの甲羅を背負った無数の「蟹」がぞろぞろと這い出し、薄日の中で活動を開始した。

放射状に散開し、摂氏30度から40度の熱源もしくは1キロヘルツ前後の断続した音源を探索する。発見したら物理的に接触し、表面における電気活動を観測する。

ほぼ同時に2つのポイントから発信された〈救護対象発見〉の報を受けて、「蟹」の群れは2つに分かれた。瓦礫の迷路をくぐり抜け、半壊した地下室に横たわるオブジェクトに集結する。表面をくまなく点検し、液体の漏洩箇所があればフィブリンの泡を吐いて修復する。超音波検査で下腿の粉砕骨折を見いだした「蟹」たちは損傷箇所を被覆しつつ互いに融合し、外固定を施す。オブジェクトの呼吸と心拍が安定したのを確認すると、「蟹」たちは強力な触手で瓦礫を排除し、場合によってはコンクリートをかみ砕き消化しながら搬出路を作成する。

2体のオブジェクトを平坦な空き地に運んだ「蟹」の群れは瓦礫の中から拾い集めた材料でドーム型のシェルターを築いた。どこかに保管されていた飲料水と非常食も運び込む。

シェルターの中で意識を取り戻した助手は床から半身を起こした。活動を停止した「蟹」が周囲を埋めている。助手は直ちに状況を理解した。傍らに博士が横たわっていた。
「博士、あなたの研究は…」呼びかけたが答えはなかった。(みごとに役立っていますよ)
ふたりは災害救助用の蟹型ロボットを研究していたのだ。自己複製機能を備え、自律的に行動する「蟹」たちが、明日にもここから全世界に広がって復興を支援してくれるだろう。

もう一度呼びかけようとして助手は息を呑んだ。博士の頭部がびっしりと「蟹」に覆われているのだ。重量物の直撃を受けたのだろう、奇怪な格好に歪んでいる。脈拍は微弱で、死が間近に迫っているのは明らかだった。

日暮れごろ、博士は息を引き取った。夜の訪れとともに捕食モードに切り替わった「蟹」たちがまたたく間にその死体を片づけてしまった。

シェルターの片隅で恐怖に震えおののく助手の目前で、「蟹」たちは静かに分裂増殖を始めた。

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