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東海岸沖 01/01/2006

高本淳

『カリーニン』の巨大な船体はじれったいほど緩慢に潜行角度を変えていった。音波探知が使えないいま不慣れな海域で潜舵によるダイナミックダイブは海底に激突する多大なリスクをともなう。とはいえ距離が近ければ接近しつつある相手艦に容易に磁気探知されてしまうだろう。息詰まる数分が過ぎ、やがて副長がほっと安堵のため息をついた。
「どうやら後部発射管を開く気配はないようですね」
「気づかれずにすんだようだ――上げ舵二度。深度百まで惰性で浮上」命じる艦長の額には脂汗がにじんでいた。
「担当官、いまの相手を照会してみろ――米潜にしては妙に甲高いタービン音だった」
「確かに耳慣れない音でした。……旧型原潜でしょうか?」
「艦長――」解析担当士官の口調には困惑の響きがこめられていた。
「遭遇した艦ですが……米海軍艦艇には該当する音響パターンはありません。データに一致するのはただ一隻――中国夏級です!」
 副長は驚いてセルゲイの顔を見た。「夏級? そういえば十日ほどまえ宗谷海峡を通過したやつがいた――しかし、はるばるこんなところまで?」
「十分ありうるかもしれない。中国人たちもわれわれと同じことを考えていたとすれば」
「この海域であんな堂々と音をたてて……。あれじゃまるで自殺行為じゃないか!」
「そのとおりだな、イワン。探知されるのをまったく気にもとめていない様子だった。全速で距離さえ稼げば、あとはどうでもいいということなのか?」海図をたどりながら艦長は疲れのにじんだ声でつぶやいた。「針路にあたるのは――デラウエア湾。どうやら連中の狙いは想像がつく。ニューヨークからワシントンまでが射程圏内か!」
 やがて海中が静まりはじめて数分後、彼らは遠く微かに鈍い連続的な発射音を探知した。
「撃ちやがった!」呆然とした表情で副長は叫んだ。「十発――全弾発射だ。ウラー! 確かに奴らにはその資格がある!」
 しかし肩をおとし艦長は力なく首をふった。「……これを恐れていた。とうとう地獄の蓋が開いてしまったな!」

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