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最後の入浴

中条卓

…ちょっとお兄さん、そう、あんただよ、他に誰もいやしないじゃないか、逃げなくていいよ、何もしやしないから、ちょうどフロが焚けたとこなんだ、よかったら入ってきな、知ってるかい、五右衛門ぶろってやつだ、恥ずかしがるこたないよ、もうここらにゃ誰もいないよ、おれとあんただけだ、あんた、あれだろ、ひきこもりってやつ? もう何年もあすこのマンションにひとりで暮らしてたんだろ、いや、話したくなきゃ話さなくたっていい、あんたのことならよく知ってるよ、悪いけど観察させてもらってたからさ…あんたもネットに入り浸ってたからどんな状況かわかってるんだろ、明日はいよいよスサノヲが最接近するっていうんでさ、このあたり一帯に避難勧告が出てんだよ、おれかい? おれはさ、実を言うとこの星の人間じゃないんだ、今まで定点観測に携わってたんだけど、おれにも退避命令が来たもんで、こうやって何もかも燃やして故郷に帰るところさ、何なら連れてってやろうか、絶滅危惧種ってことで保護の対象になるんだがね、やめとく? まあ、そうだよなあ、せっかく出てきたところだしなあ、あんた、悪いこた言わないから、明日はどこか高〜い山目指して歩いた方がいいよ、体力に自信がないって? 大丈夫、地面からパワーを吸収してどこまでも歩ける靴を貸してやるから、そうだ、着替えもあるし食料も用意しといてやるよ、湯加減はどうだい? それにしてもよく出てくる気になったねえ、え? ネットの宅配もなくなったし、電力の供給も不安定になったから仕方なく? そりゃ大変だったねえ…おやまあすごい垢だ、少し湯を足そうか、外に流しちまおうや、ごらんよ、見事な青空だよ、こんなきれいな星だってのに惜しいなあ…おや、あんた泣いてるのかい? よしよし、好きなだけお泣きよ、どうせフロの中だ、よしよし…

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