| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

巡礼者たち12

高本淳

 あるとき王は沼地に横たわったまま虎に変じつつある人間の女にであった。その子供らはすでにアクシス鹿に転身しており思いを断ち切れぬ母親はその森を離れることができなかったのだ。
「何かわたしにできることがあるか?」哀れに思って王が尋ねると女は泣きながら答えた。「王よ、おまえの子どもたちがはるか未来になってもこの出会いを記憶にとどめ、わたしの悲劇を思い出してくれるだろうか……」
「わたしは今日のことを子孫に語り継ぎ、そしてまたわが王国を訪れる旅人たちに語り聞かせることで世界のすみずみまで広めるつもりだ」
「それならわが願いを聞いてほしい。わたしたち人間は神の知恵を分け与えられたがゆえに地に満ち大地を支配し思うがままふるまってきた。天から裁きの星が堕ちた日もわれわれはその知恵によって災厄を乗り越えた。しかしもともと数を減らしていた他の生き物たちはほぼ死に絶えてしまった。女神ガイアはそれを見て人間たちがこれ以上欲望を膨らませ世界を完全に滅ぼすことを恐れた。そこで彼女は神の国の陶工ガダラに命じ人の身体を素材に滅んだ生き物たちを再び作り出すようにした。かくしてわれわれは自らの身体をもって傲慢の償いをうけなることとなった。いまわたしが虎へと変じていくのはそれゆえ宿命であり誰を恨むべきでもあるまい。しかし獣となったあと罪のないわが子らを自らの手で狩りそのはらわたをむさぼり食う因果を思うとたまらなくせつない。どうかわたしが虎に変じたあかつきには、王よ、わが生命をこの場で絶ってもらいたい」
「おまえの願いはわかった。望みのとおりにすることを約束しよう」
 そう聞いて安心した女はそのまま眠りについた。しかしそうして横たわる猛獣を見るうちに王の心に迷いが生じた。いまこの獣の生命を奪おうとするにわが力は十分ではないかもしれぬ。万一しくじったらもはや人としての記憶をとどめぬ虎はわたしを襲うであろう。迷ったあげくついに王は虎をそのままにしてその場を立ち去ってしまった。
 しかし背信はやがて報いをうけることとなった。王の妻と子供たちが森で遊ぶうち、かの虎に襲われ食われたのだ。深く悔いた王はそれ以来王国を通るすべての旅人に自らの過ちを包み隠さず語りつたえるようになったという。

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ