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ノルウェイ海 12/24/2005

高本淳

 巨大な船体が幸いして『カリーニン』はなんとか衝撃波を乗り切った。だがしつこく追尾してきたロサンゼルス級はこちらほど幸運ではなかったようだ。たぶんバランスを崩して海中でまっ逆さまに転覆したのだろう。同じ潜水艦乗りとして同情を惜しむものではなかったがセルゲイはこのチャンスを歓迎した。メタンハイドレート崩壊で煮えくりかえった海中ではソナーはまるで役にたたない。冷戦時代を含め初めてわが国の戦略原潜がヤンキーどもの探知を完全にはぐらかすことが可能になったのだ。
 とはいえ上級士官室に入る彼の足取りは重かった。ムルマンスク海軍基地との連絡が途絶えて数時間、どうやらシベリア西部に大規模な火災が起こっているのは確からしい。彗星の一部がコラ半島を直撃したと考えるのが妥当なのだろうが衛星放送はすべてアメリカ側がコントロールしているのだから謀略の可能性も捨てきれない。もしもこれが偽装された核攻撃なら艦の任務はすみやかなる報復ということになる。あるいはモスクワの指示なしに核ミサイルの発射ボタンを押す決断を彼自身が下さなければならないかも知れないのだ。
「特別指令コードが適用される状況と思われます」セルゲイが席につくのを待ちかねたように副長が言った。「先制攻撃で指令系統が破壊された場合の手順“Я”です」
「……だがきみは確信がもてるのか? あれがわれわれへの核による攻撃だと?」
 副長は首をふりながらも反論した。「しかしそうでないとも言い切れません。そもそもタスマン海に落下すると予想されたものがなぜ西シベリアに落ちるのです? まるでわが国のミサイル基地を狙い撃ちしたかのように?」
「偶然というやつかも知れない」それからセルゲイはさりげなくたずねた。「きみの出身地はクルガンだったね? ご両親もそこにいるのでは? さぞ心配だろうな」
「ありがとうございます」副長は頬を紅潮させた。「しかし冷静さを失ってなどおりません。あなたは確証が得られないかぎり座してなにもしないおつもりですか?」
「いいや」艦長は肩をすくめた。「とりあえず大西洋にでて南下しよう。民間の気象衛星が利用できればもっとはっきりしたことがわかるだろう。万事はそれからだ」

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