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ファイナル・コンサート

中条卓

正気の沙汰ではない、というならそもそもこの世界のどこに正気なんてものが残っているんだ? と奴はうそぶいたものだ。酒もドラッグもきっぱり絶ったというのも本当だったろう。奴は嗅ぎ当てていたんだ。もうすぐこの世からツアーはおろかロック・コンサートなんてものがきれいさっぱりなくなっちまうだろうってことをね。十年ぶりに奴がクリスマス・コンサートを開くとなれば家財道具を売り払ってでも駆けつけてくるファンがごまんといるだろう。プロデュースしない手はないね。おれも一世一代の花火をどかーんと打ち上げてみたくなったってわけ。

宣伝はすべて口コミ。会場のセッティングはボランティアだ。機材はなにもかも寄付してもらった。盗品も混じっていたろうが、そんなこたあ誰も気にしやしない。最大の問題は電気だったが、かき集めた車のエンジンをめいっぱい空ぶかしして自家発電したのさ。海からの風がなかったら観客全員、津波が来るより先に排気ガスでおだぶつだったかもな。

奴の演奏はそりゃもう鬼気迫るものだったよ。聴いていて鳥肌が立った。観客はむろん最初から総立ちだ。みんなしてスサノヲめがけて拳を振り上げちゃってさ。よくもあんな声を絞り出せたものだよ。白鳥の歌ってのか、血反吐を吐くホトトギスとでもいうか、陳腐なたとえだが、燃え尽きる寸前の炎ってやつだな。

最後の曲はもうこれしかないっていう往年の大ヒット曲 "Big Wave" だ。歌いながら奴は指さし、観客は振り向いた。誰も逃げだそうとはしなかったよ。

奴は胸をそらし、両腕を大きく広げ、それから深々とおじぎをした。それっきりだ。

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