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イムカヒブ族とともに 10

高本淳

 

 枝や葉をかきわけ飛び込んでいった先には意外な光景が広がっていた。ジャングルが切り開かれ、陽光がふりそそぐ空間がそこに作られていたのだ。伐採された樹木を組み合わせた平坦な足場があり、そこにさらに細い枝が編み目を作るように無数に編み込まれている。その編み目の間は枯葉と苔と――そしてこの森ではあまりお目にかからぬ物質――黒褐色の土が詰め込まれていた。
 あとで知ることになるのだがこの黒土こそ、あの『ポカラ』の中身が最終的に姿を変えたものなのだった。女たちは糞尿をある種の昆虫――やはりイムカヒブの四大トーテムのひとつである『ヨメトゥボダ』と呼ばれる虫のもとへ運び込む。この虫はまさに密林の掃除屋であり、枯葉や他の生物の死骸、あるいは排泄物を熱心に集め自ら巣にはこびこむ習性があるのだ。植物繊維で編まれた薄暗いその巣穴で、なんとこの昆虫たちは自らと自らの幼虫たちのために食用のキノコを栽培している。この白いスポンジ状の『農作物』はまたたくうちに成長し、その過程で汚物を分解し、後に大量かつ良質な土壌を残すのである。いわば虫の農場であるこの巣穴から女たちは、捧げ物の見返りとして栄養豊富な黒土を手にいれることができるわけだ。
 つまりここは女たちの隠された『畑』なのである。主として芋類を育てるためのこれらの耕作地は十人ほどの女たちに共有される形で森のあちらこちらに分散されている。通常円形の『畑』は所有者ごとの区画が放射状の、貝殻や彩色された木の実などで美しく飾られた紐によって分割されている。彼女らは互いに協力しつつも作物のできばえを競い合っていて、たんに収穫の量だけでなく『畑』の見栄えにまで気をつかっているらしいのだ。
 中央には必ず水をたたえた球体――これまた別種の昆虫の巣であることがあとでわかる――筒状の水中茎をもつ蘭の一種の巨大な根塊がある。これがいわば貯水池となって毛細管作用によって畑の隅々まで水分を送りだしている(貴重な土壌を畑に『つなぎ止めて』おくために水分が必要不可欠であることは言うまでもない)。
 さて、わたしがいまだそうした詳細を知らずにこの不思議な広場を眺めやると、ついさっき別れたばかりのナヤンが数人の相手――顔見知りのイムカヒブの女たちに組みつかれ単身奮闘している姿があった。すわ敵対するマサスミの戦士たちに襲われたかと必死の覚悟で駆けつけたわたしは、拍子抜けし気をそがれた思いで呆然とそれを見つめるほかなかった。なぜなら若者も女たちも一見死力を尽くしているようでありながら、どこか敵対心や怒りとはまったくべつの感情にとらわれている節があったのだ。女たちのなかには薄ら笑いを浮かべている者さえいた。ナヤン自身なんとか彼女たちを振りほどき、その場を逃れようとしつつ、一方であまり力づくの乱暴はできかねる様子もうかがえた。
 手を出しかねてしばらくそうしてその場から傍観していたが、やがて若者が奮闘かなわず力つきて組み伏せられ、興奮した女たちの手でその腰帯とペニスサックをはぎとられるに及んで、わたしにも何が起こっているかようやく理解できた。そこで女たちに気づかれぬよう音をひそめてわたしは怖る怖るその場から退いた。
 つまり『畑』は他の部族の者たちのみならず同族の男たちからも慎重に隠されているのだ。男たちはゆめゆめ好奇心を起こしてこの女たちの聖域を探したりしてはならない。これはイムカヒブ族のタブーのなかでももっとも奇妙なもののひとつだろう。この禁忌をやぶってうっかり『畑』に立ち入っているのを発見された場合、その男は女たちからこうしてこっぴどい目にあわされても一切文句は言えないのである。

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