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イムカヒブ族とともに 12

高本淳

 

 この世界の住人が狩猟に弓を用いないことにはもっともな理由があるようだ。そもそも身体が浮いた状態で弦を引き絞り一点に狙いを定めるのは難しいに違いないし、なにより射放つ瞬間反動で身体は必ず回転して矢は狙った的から大きく逸れてしまうはずだ。その点『弩』は――台座の鈎を手近な何かに固定することで――さしたる鍛錬もなしに誰でも容易に目標を射抜くことができる。しかも無重力の環境では飛翔する矢が距離によって落下する割合をあらかじめ計算する必要もない。そうした理由からわたしは密林の戦闘では弩はそれなりに有効な武器になるだろうという確信があった。
 そもそも故郷では長弓に比べて速射性に劣るという欠点があるため弩はあまり好まれない。したがって武人であってもその構造に精通している者は少ないのであるが、わたしがあえてその制作を試みるのはかつて徴税監察官とともにベルコーの吊り籠に同乗し、極青の民のあやつる漁労用の弩を間近に観察する機会を得ていたからであった。かの地の漁民たちはこの強力な弩から引き綱に結ばれた鉄製の矢を幾本となく『大翼』めがけて射込み、最終的に翼長一町におよぶ巨大な飛翔生物を見事すなどるのである。
 これらベルコーの弩はみな強い弦を引き絞るための様々な工夫がほどこされ複雑な構造をもっている。しかし今回わたしが考えているのはもっとも単純な仕組みのものであり、それゆえその設計にさしたる困難はないだろうと思えた。ただ問題は適当な材料が身辺にみつからないことにあったのだ。
 この世界の植物は幸い引っ張り強さは充分にあり、イムカヒブが種々のロープを作るのにつかうヒアという蔦の繊維を利用することで満足できる強度の弦は容易く手にはいった。しかしいっぽうで――疑う余地なく重力を欠いた環境にあるせいだろう――それらは総じて折り曲げに対するコシがほとんどなかったのだ。つまり弩にとってもっとも重要な『翼』の部分に使うための弾力性が決定的に欠けていたのである。

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