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イムカヒブ族とともに 13

高本淳

 

 居住輪の心棒として大切に保管されている予備の丸太――おそらく重さのある世界からはるばる運ばれてきたものに違いない――を横目で眺めつつ、できればそれらのごく一部だけでも利用できないだろうか?とわたしはおそるおそるナヤンに尋ねてみた。
 ポ=メナハバ――『心棒』を傷つければそれに宿る偉大な精霊の力を殺ぐことになる。長老たちは一部なりと切り取ることを到底許してくれないだろう。宙に放り出されたくなかったらそんなことは考えないほうがいい――厳粛な表情でそう告げたあとで若者は付け加えた。
「何かは知らないけどあんたの作ろうとしているものにはコドリガの帆柱は使えないのかな? それらはいちばん腕力のある男でも簡単に撓ませられないほど頑丈なんだが……」
 しばらくの間黙ったままでわたしはそのあまりにも明白な事実に思いいたらなかった自らをはじていた。
「なるほど……そういえばきみたちコドリガ乗りはどこから帆柱の材料をもってくるんだい?」
「もちろん自分たちで造るのさ――樹皮をむいたシジの太枝をニェカプの樹液を煮詰めたものに浸した布袋にいれまっすぐになるよう古い帆柱を添え木にして強く縛り付ける。そして呪術師のツマヤクに呪文を吹き込んでもらいながら赤い陽が十過ぎるまで待ったら袋から出し曲がりを修正しながら乾かすんだ。その工程を三、四回ほど繰り返せばいい……」
 ナヤンのこの貴重な助言のおかげで肝心要の部分について目鼻がついた。そこでいよいよわたしは『弩』を作り上げる計画を実行にうつすことにしたのだった。予想どおりこの村の人々の樹脂含浸技術は高度に洗練されたものであり、若者の協力もあって充分な強度を持ちしかも美しい曲線を描いた理想的な弓とまっすぐで弾力にとんだ矢がらとを――イムカヒブ族の基準で――比較的短時間のうちに、ともに制作することができた。
 同様にして丈夫な台座と、さらにムサの葉の繊維をそろえニェカプ樹脂で固めたもので矢羽根が造られ、残るは鏃のみとなった。もちろん鉄で作れば申し分ないのだが、木製品の制作にこそこの部族は侮れない技量をもつものの、さすがに金属の加工方法は知らないようだった。彼らの所有する金属製品はコドリガ交易でもたらされた蛮刀と装飾品のたぐいのみであり、この村で鉄製の鏃を鋳造する手段は皆無だったのだ。
 とはいえもともとわたしも森で手にはいる材料のみでこの武器を作りあげるつもりであったから金属の使用は最初からあきらめていた。替わりに動物の骨や森で採れる堅い木の実などを幾種類か試したのち、最後に陸生の巨大な貝の分厚い殻の破片を鏃にもちいることでそこそこ満足できる矢を作り上げることができた。
 最後に残った部分――引き金を仕上げるのにとりあえずわたしは帯剣用ベルトの留め金を分解し石で適当な形に叩き伸ばしたものを流用した。この地で入手できる材料という当初の原則には反するのだが、ここに至って一刻もはやく弩を組み立てて威力のほどを試してみたかったし、またこうした微細な部品を木を削って正確につくりあげる自信と根気がいまのところなかったのだ。ちなみにこのベルトは剣を失い衣服はぼろぼろとなっても武人の誇りとしていまだ大切に身につけていたものである。とはいえあえてイムカヒブ族の一員に加わろうと決意したからには故郷の装束にこだわってもいられまい。
 こうしてまがりなりにも完成した弩はほぼわたしの予想どおりの性能をもっていた。弦から放たれた矢は十紐ほどの距離をうなりをあげて飛び、イムカヒブの籠細工の盾を貫通して背後の樹皮に深々と突き刺さったのだった。

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