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イムカヒブ族とともに 14

高本淳

 

 狩猟採集の民にとって生活の糧を得るための労働時間はわれわれのそれよりずっと少ない。むしろその最重要課題はいかに無為の時間を退屈せずに過ごすかなのだ。それゆえこの地では寡黙はけっして美徳ではなく、イムカヒブの厳つい戦士たちはなべてわが故郷の乙女たちのごとく噂好きかつお喋りである。
 当然ながら決まり切った日常にわずかなりと変化を与える出来事があれば――たとえそれが恋人同士の痴話喧嘩のごときたわいないことでも――彼らは老若男女や社会的地位を問わずその場に喜んで集まってくる。思うに故郷の巡回劇団のごときがこの地を訪れたならまたたくうちに絶大な人気と名誉と富とを手にすることができるだろう。もっとも浮遊するジャングルの最も価値ある財とはそこで容易に手に入らない岩塩の塊にすぎないのであるが……。
 そんなわけで弩の威力を知らしめるべく部族全員を集めるのに今さら何の苦労もなかった。個人の秘密がほとんどない集団生活にあって、漂いついた異邦人が何やら奇妙な道具を組み立てていることはすでに周知の事実であったのだ。わたしがイムカヒブの盾を標的としてしつらえた時点で、村の広場――すなわち葉と小枝が綺麗に払われた巨大な鳥籠のごとき空間は恐らく乳飲み児を除いたほぼ部族全員によって埋め尽くされているのだった。
 さて、わが手記をここまで読んできた方々の中には森の民に弩の制作技術を伝えることについて眉をひそめるむきもあると思う。その懸念のひとつは楽園で暮らす素朴な種族に殺傷能力の高い武器の使用を教えるのは人道的な立場からいかがなものか? というものであろうし、また逆にかかる蛮族に甲冑をも射抜く強力な武器を与えることは将来祖国に禍根を残すことになりはしないかという怖れであろう。
 それらの問題をわたしも考慮しなかったわけではない。そしてつぎのような結論を見いだすに至った――そもそも彼ら森の民にとって弩は決して実用的な武器とはならない。戦士たちが他の部族と戦闘をおこなう枝の絡み合ったジャングルでは甲冑の類は邪魔になるだけであって、それを射抜くよう工夫された嵩張る飛び道具などそもそも必要ないのである。したがって唯一わたしが期待するのはその心理的な効果のみなのだ。
 同時にイムカヒブに代表される狩猟採集の民が遠い将来われわれの住まう『地上』に弩を並べたうえ攻め入るなどという心配はまずもってない。生活の必要品をすべて森のなかでまかなうことができる以上、そもそも彼らにとって他の土地を侵略するなどという必要性も発想も無縁なのだ。むしろ彼らの暮らす浮遊する森こそ、その珍しい動植物の植生とその生産物の故に他の『文明国』から略奪を受けるかもしれない。そして万一そうした危難が彼らの上にふりかかるなら、わたしは進んでこの部族のために一命をなげうつつもりだ。宙をさまよいあやうく渇き死にかけたところを救われ、のみならず村の一員としてここに住まうことを許された恩にひとりの武人として報いる義務があると思うからである。
 とはいえ――現実とは奇妙なもの。そうした事前の考慮はことごとく無益となり、いざ弩の威力をイムカヒブ族の前で披露してみた結果わたしの予想は完全に裏切られてしまったのだ……。

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