| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

イムカヒブ族とともに 15

高本淳

 

 引き絞った弦を止め金具にセットすると、的にむきあいわたしは慎重に照準をあわせた。枝に結びつけたその籠細工の盾までなにしろ半町もない距離なのであるから射損じる心配はまずないと思われたのだが、この晴れがましい舞台で万が一にも失敗はしでかしたくはなかったのだ。
 引き金に軽く指を触れるとヒアの弦はびんと唸り、するどく風を切る音とともに放たれた矢は一瞬の後見事的につきたっていた。その瞬間ざわついていた人々はぴたりと静まりかえり、わたしは深い満足感とともに得意満面の笑みをうかべつつ群衆を見渡した。
 やがて起こった驚愕のどよめきのなか、用意した三本の矢を撃ち尽くすやいなや――誇らしいことにはすべてが的を射抜いていた――わたしは押し寄せてきた村人たちにもみくちゃにされた。ある面この素朴な連中は子供のように無邪気でおよそ大人びた遠慮や奥ゆかしさとは無縁であったから、その騒動のなか数個月かけて苦心さんたん作り上げた弩はたちまち好奇に満ちた無数の手によって奪いさられてしまった。それには例えば細い糸をさし渡した手作りの照準器のようにデリケートな部品もついていたのだが、わたしはまったく気にとめなかった。たとえ誰かが下手にあつかって壊してしまったとしても、ほどなく器用なイムカヒブ族はそれを参考にして数段高性能の弩を作り上げるはずだという確信があったからだ。
 しかしその後の事のなりゆきはわたしの願いとはおよそかけはなれた方向へむかった。村人たちの関心をひいたのはどうやら弩そのものよりそこから撃ち出された矢のほうらしかったのだ。なにより吹き矢にはついていない『矢羽根』の存在がいたく彼らの興味をひいたようだった。射抜かれた盾の周囲に集まりこの斬新な工夫について口角泡を飛ばしつつ議論するいっぽうで、肝心の弩は最初のうちこそ人々にたらい回しにされていたものの(あきらかに彼らにとって見慣れぬ仕組みであったためだろう)まもなく群衆のかたわらでむなしく宙に置きさられる仕儀となった。
 そしてがっかりしたことには、半刻ののち広場は盾を的にして男たちがかわるがわる矢柄を投げ合っては腕前を競う即興のダーツ遊技場と化していたのである。

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ