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イムカヒブ族とともに 19

高本淳

 

 弩を構えながらも内心舌打ちした。宙に浮かぶ水球のむこう側から見慣れぬコドリガが一艘現れたのだ。船体を貫くその軸柱が真っ赤に染め上げられているところをみるとマサスミのそれに違いない――平穏な村での生活に慣れてしまったあげく武人としての警戒心をすっかり置き忘れていたことにわたしは慚愧の念を噛みしめるほかなかった。女子供を含めた部族のほとんどがこの森のはずれに集まっているいま――状況はまさしく背水の陣であり敵対する種族が総攻撃をしかけるのにまたとないチャンスと考えたとしても不思議ではない。のみならず背後の枝々の隙間にちらほらと不吉な赤い羽根飾りが見え隠れするのすらわたしは断言できた。
「いますぐ村に戻るべきだって? なぜだ?」
 しかしようやく見つけた戦士頭のタウヤヘはわたしの具申を言下に笑い飛ばして言った。
「ああ――奴らが近くに来ているのはわかっている。見ろあの趣味の悪い赤を……相変わらず色づかいの下手な連中だ」
「そうじゃなくて、この状況は危険だと言っているんだ。総攻撃をしかけられたら防ぎようがないじゃないか?」
「なぜそんな心配をする? なぜ奴らがそんなことをしなきゃならない? 引き網をかけるのに少しでも多くの人手がいるってこの時に?」
 すっかり混乱してわたしは沈黙した。どうやらこれら森の部族の対立関係は故郷での隣国同士のそれとはすこし違うらしい。多数の『領土(ファセット)』にまたがる農牧地を要しなおかつ生活の安定のために少しでもそれを拡大したいと望むわれわれと違い、浮遊する小世界では自然を維持するためにすべての住民が――のみならず他の生命までも――否応なく互いに協力せざるを得ないのだ。そしてそれを証明するように二艘のコドリガは互いに叫びあい意志を交換しつつ、また木陰からつぎつぎと姿を現したマサスミの戦士たちもイムカヒブの村人と無言のうちに力をあわせ網をくりだしつつ、一致団結して巨大な水球をすなどる作業を粛々と行いはじめたのである。
 しかしそうした光景を前にほっと胸をなでおろしたのもつかのま、つぎの瞬間わたしは凍りついたのだった。とつぜん森全体がうなり声をあげたかと思うと真っ黒な霞のようなものが人々の周囲を押し包んだのだ。

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