| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

イムカヒブ族とともに 20

高本淳

 

 無数の虫たちだった。森の民が『メンダクルワイ』と呼ぶ光沢のある巨大な羽虫――幾十幾百万という数のそれらが森中から沸き立ち、折りしも雲間から差し込む陽光にきらめく水球目指していっせいに集まってくるのだ。引き網のなかで眩く波打ち震える液面はまたたくうちに黒い皮膜で埋め尽くされ、それでもあたりに響き渡る甲高い羽音と絶え間なく身体にあたるこそばゆく硬い衝撃はいっこうに減る気配がない。たまらずわたしは葉陰に身をかがめたが、村人たちといえばむしろそれを歓迎するかのように網を引くリズムにあわせて乱舞する虫たちの吹雪のなかで声高らかに唄いはじめたのである。ふだんの宿敵同士がともにそうして唱する姿は異邦人であるわたしにとって少なからず驚きであり――いまにして思えばどこか心の琴線に触れる光景でもあった。森の民と暮らし祭りや儀式のなかで幾度となく耳にしないかぎり聞き取るのが困難であろう独特の節回しをもつ囃子詞から、わたしは部族を超えたかかる熱狂の理由が、この昆虫たちが彼らにとって非常に重要な四大トーテムのひとつであるためであるのを知った(ちなみに他の三つといえば――鏃鮫を飼い慣らすためのロチを供する昆虫『マサク』、ポカラの中身を肥沃な土に変えてくれる農耕蟻『スブヘヤリ』、そしていまだ実物を見たことがないのだが何やら信仰上の理由から最大の敬意を払われている『ムキナ』と呼ばれる甲虫である)。
 やがてたぐり寄せられた水塊は森の木々に押しつけられまとわりつき、枝々を伝い這い上がり、風にうち震える葉によって包み込まれたり逆に弾かれて無数の水滴へと飛散したりした。そしてメンダクルワイたちは一匹一匹がそれらをおのおの抱え込みつつ女たちの畑にも見かけられる網状の根を利用したそれらの巣へと全速力で運び去っていくのであった。一匹が運びうる量は微々たるものでも膨大な数の昆虫たちの働きと、そして森そのものによる含浸とによってさしも大量の水もしだいに減じていき、やがてもつれ漂う網の中に各種水棲の植物、軟体あるいは節足の小動物、そして大小様々の魚類とともに少量が残されるのみとなった。そしてそれら混乱し身もだえする生き物たちを片端から手づかみ網籠に投げ入れるのは子供でもできる楽しく容易い作業なのだった。

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ