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イムカヒブ族とともに 28

高本淳

 

 まずわたしの決心を素直に喜んでくれたのはナヤンであった。一日でもはやくコドリガ乗りとして認められることが若い彼の夢なのだが、世話役をまかされた身としてわたしをひとり村に残していくことへのためらいもあったはずだ。もし戦士となってともに旅にでられるならそのあたりの問題は万事解消するわけだ。
 いっぽうで毎朝顔をあわせるオトネの態度は心持ちよそよそしくなったように見受けられた。彼女の願いを叶えてやれぬ身としてはあからさまに媚びを売られるのも悩ましく正直肩の荷が下りた気もしたのだが、つれなくされればされたで逆に一抹の寂しさを感じるのはわれながら男の身勝手というものに違いないと思う。
 いずれにせよ個人の秘密というものがないこの村でニュースはまたたくうちに広まった。大多数の人々は表面上は礼儀正しく無関心を装っていたが、内心ではわたしの挑戦は大いなる楽しみと受け取られているようだった。なんといっても成人の儀式はイムカヒブ族にとってめったに訪れぬ一大イベントなのだ。わたしの場合は例外的に簡略化されていたが、通常なら母もとから大人たちの居住輪に移り住んだ子供らを主人公にさまざまな催しが延々と執り行われるものなのである。
 しかし当然のことだが割礼前の少年たちの抱くであろう期待も不安もわたしには無縁で、心の中ではそのあとに否応なく訪れる別れへの悲しみがふくらみつつあった。思えばこの地にたどり着いてから生まれたばかりの赤子がいっぱしの少年となるほどの時が経過していたのだ。最初すべてが見慣れぬ異境で手探りで始めた暮らしであったのが今では心やすらぐ日常に感じられるまでになっていた。居住輪の帆(ジュブ)が風をはらむ音、芯柱(ポ=メナハバ)のたえまないきしみの聞こえない暮らしがすでに想像すらできぬわが身であった。寝場所として割り当てられた床を編み上げる蔦のささくれにさえ愛着を覚える自分を思い、人が住まう場所に抱く愛着とはかくもたわいないものかとひとり苦笑もした。たぶんこの後この身を幾多の危難に導くであろう望郷の念さえ同様に儚い執着の類なのかもしれない。しかしそれでもなおわが決意はいささかも揺るぐことはなかった。

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