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イムカヒブ族とともに 32

高本淳

 

 あきらかにこれは儀式の一部ではありえないと直感し、今度こそわたしは本当に身のすくむような不安を覚えた。むろん儀式を執り行っている人々にも不都合が生じたことはわかるはずであり、ただちに何らかの救助の試みが行われるだろうことは違いない。しかし村の男のほとんどがあの場に集まっていることを考えれば、仮に大至急コドリガの係留してある場所まで戻って捜索に乗り出すとしても、すでにかなりの時が経過した後になるはずだ。あいにく早朝の風は強まりつつあり、その間にわたしが容易に見つからぬほど遠くまで運ばれてしまう可能性も大きい。
 全力で身をもがきいましめをほどこうと試みるもののヒアの細紐は締まりこそすれ到底ゆるむ気配はない。そもそもこの細い紐は見かけによらずあのコドリガの帆柱を固定するほど強靱なのである。くわえてそれは神聖な儀式にそなえ新たになわれたものであるはずだ。そこまで考えたときわたしの心に不穏な疑惑が芽生えた。この丈夫な繊維があれほどわずかの衝撃で切れること自体がひどく不自然に感じられるのである。
 ふたたび一陣の風が森の木々をさわがせつつ吹き通っていった。それはいまや遙かに隔たりつつある居住輪の白い帆をふくらませ、懐かしい構造材のきしみを奏でているだろう。虚空にひとり漂うわたしはとつぜん痛烈な孤独を感じ、そしてこの感覚に覚えがあることに気づいた。
 いまとなっては遠い昔に感じられる、かのベルコーの吊り籠の事故の際、同様にわたしは宙に漂いつつもはや手の届かぬ我が家と妻や子らの姿を心に描いたのであった。いま懐かしい彼女たちのもとに戻るべく異境の村であえて成人の儀式に挑み、その結果ふたたび同じ危機に陥ることになろうとは――あまりの運命の皮肉をわたしは嘆じた。
 ゆっくり回転しつつ気がつけば浮遊する森の全容が見られるほどの位置まですでに流されてしまっている。どうやってもこの身を縛る綱はほどけそうもないと悟ってがっくり力が抜け、同時に心に苦いあきらめが生まれた。もはやどうするすべもない。もしもわたしの生命がこのようにして失われる定めにあるなら、そもそもそれにあらがっても無駄なことではないのか……?
 それでも目には無念の涙が浮かび、ぬぐうこともできぬままそれは溢れて眉間の周囲を濡らした。視野がぼやけ半ばめしいたまま漂うわたしは、しかしつぎの瞬間さらなる恐怖に凍りついた。膝を抱くように縛られ守るすべのない背筋に何者かわからないが巨大な生き物らしきもののなま暖かい吐息が不意に触れたのである!


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