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イムカヒブ族とともに 35

高本淳

 

 狩猟採集民独特の自尊心があるのだろう、ムズクハ自身はそれとはっきり言わないもののイクニに見張らせている理由が言葉の端々からわたしにはなんとなくわかってきた。どうやら疲弊した村の長として手元にころがりこんできた他部族の戦士の身代金が欲しいらしいのだ。
 こうしたやり方は密林の部族の間ではめずらしくはない。戦争で捕虜にした者の身柄引き渡しの代償をたがいに求めあう手続きはごくありふれたものだ。たいていはそれらは――イムカヒブは女系の相続システムをとっていることを思い出してほしい――捕らえられた戦士の妻側の親戚によってまかなわれる。ただ今回の場合ムズクハにとって生憎なことにわたしの伴侶は幾千空里も離れた別の土地にいるのだった。
 しかしそのことを説明してもなお村長は諦めるつもりはなさそうだった。村人の半分が飢えているいま長としての責任からも彼がこの好機を逃したくないと考えているのも無理からぬことだ。もし仏心でわたしを手放してしまったらぎゃくに村人の非難が彼におよびかねない。なにより有能な戦士は部族にとって価値ある存在であるから通常かならずその生命をあがなおうとする者があらわれるはずだからだ。これが古くからの彼らのやり方であり、それ故わたしが成熟した男性であるにもかかわらずイニシエーションを通過したばかりだという事実は彼らにとっては大して意味をもたないらしい。
 そうと知って今度はわたしが悩む番だった。戦士の代償はけっして安くはない。このままうかうかと日をすごせばいずれイムカヒブの村のだれかに多大な迷惑をおよぼすことになるだろう。いずれ彼らに別れを告げねばならないと考えているわたしにとってこれ以上恩義を増すのはけっして心休まることではなかった。なんとか自力で自らの身代に値する何かをディングの村に供さなければならない。
 いっときかの弩を作ってみせることも考えたが、すぐにわたしはそれを脳裏から消しさった。いやしくも武人として戦略上有利となるかもしれない道具を競合する他部族に手渡すことなど信義のうえからもできはしない。
 同様な、しかし武器には転用できそうもない故郷のテクノロジーが使えないものか――足音もたてずに影のように従うイクニを連れ、日々ディングの村を歩き回りながらわたしは考え続けた。


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