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イムカヒブ族とともに 60
高本淳

 この天候の変化は圧倒的にわたしに不利であるように思われた。

 いま現在からくもにらみ合いの状況が続いているのは、ひたすらこちらの弩の射程と速度が呪術師の吹き矢のそれを凌駕しているからにすぎないのだ。ひとたび霧がお互いの姿を隠してしまえばその戦術的な優位性はあっけなく失われてしまうだろう。

 すなわち相手はこちらが吹き矢の攻撃をかわす暇のない距離まで安全に接近できるし、視覚を奪われてしまえばわたしには忍び寄る敵を感知するすべがない。間違いなく霧の中では位置を知られた側は絶対絶命の窮地におちいるのである。

 あれこれ迷っている暇などない。視界が完全に閉ざされるまえになんとかこの場所から脱出しなければならないのだ。だがもちろんそれは容易いことではあるまい。背後を守る巌からひとたび離れればすなわち全身を無防備に敵に曝すことになるし、支えなく宙に浮いた状態では飛び来る吹き矢を俊敏にかわすことなど不可能だ。

 渦巻きながら迫りつつある霧の動きを見つめながらしばしわたしは忙しく頭を回転させていた。もしもこの天然の煙幕がまず相手を先に押し包んで視界を遮ってくれるなら逃げ延びる望みもでてくる−−しかしあの呪術師は必ずしも風上にいるとは限らないのである。おそらくジャングルでの闘いに精通した敵はとうにそれを見越して風下へむかって移動を開始しているだろう。であるとすれば相手がより有利な位置を目指して動いているこの瞬間こそがこちらにとっても絶好のチャンスなのではあるまいか? 

 しかし……。

 いやいや、思い悩んでも仕方あるまい−−自らの逡巡を笑い頭をふった。のるかそるか、この状況では視界がとざされる直前にここを飛び出してあとは運を天にゆだねるしかない。どちらに転ぶにせよこの闘いの決着が近づいているのは間違いないのだ、とわたしは自分に言い聞かせた。

 しかし、そうして決死の覚悟をきめ、左手に矢を装填した弩を持ち、右手で岩塊の表面を這う根のひとつを掴み、身をかがめていざ虚空へと飛び出すべくタイミングをみはからっていたまさにそのとき−−突然、何者かが掴み争っているとしか思われぬ気配−−こすれ合う身体と枝葉の音、はずむ息、小さな悲鳴、はげしくののしる怒声、が森の静寂を破って響きわたったのである。

「−−はやく! ノブジ……あたしがこいつを押さえてるうちに!  う、うう−−あっ!」

 一瞬なにが起こったのかあっけにとられはしたものの、その聞き覚えのある声の主がオトネだと知るやいなや、両脚のすべての力をこめてわたしは格闘している男女がいると思われる方向にむかってこの身を投げ出した。

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