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イムカヒブ族とともに 63
高本淳

 たちこめる濃霧のなかで枝ごと葉が押しやられる音がした。それがふたたびはね戻り、つぎに別の枝が押しやられることで近づいてくる存在が決して小動物などではないことがわかった。

 音のする方向に身構え、ぐったりしたオトネを背後にかばいつつ何か武器になるものをとわが身をさぐるがツマヤクに勝利した証の吹き矢の筒をのぞけばすべてあの格闘のさいに飛散し失われていた。

 森の深層部に住まう悪霊たちはいま直面している困難ではまだ足りないとでもいうのだろうか?−−かつて迷信を笑い飛ばしていたわたしも、いささかすてばちにそう考えざるをえなかった。

 そうして待つほどもなく気配は近づき、やがてすぐ目の前の枝をなぎ払う音とともに黒い影がぬっとあらわれた。それは見まちがえようなく抜き放った山刀を手にしたひとりの男のシルエットであった。

「何者だ?」そう呼びかけ息を止めてわたしは万一の攻撃にそなえじっと待った。とはいえほとんど自らの勝ち目を期待してはいなかった。この霧の中で確実なその動きは熟達した森の戦士を感じさせたからだ。

 あるいはオトネが言っていた呪術師に力を貸しているという村人かもしれない。だとしたらツマヤクが破れたいま彼がわたしに敵対する理由はないはずだが−−いまだその敗北を知らないということもありえた。

「吹き針にやられたのか?」  

 とつぜん聞こえたその声の主が誰であったか、確かに記憶があるにもかかわらず一瞬混乱したわたしは思い出せなかった。

「その毒はやっかいだ−−でも一時しのぎだが効き目をやわらげる薬ならここにある」

 霧をわけて現れた相手の正体がわかったとたん安堵のあまりわたしはその場にへたり込みそうになった−−もっとも重さのない世界でそれはやりたくてもできなかったが−−かつてディングの村でわたしの見張り役であった無口でありながら有能なあの戦士イクニだったのだ!

「イクニ? なんで……こんなところに? 」
 いささか呆然としたままのわたしの質問に相手はこともなげに答えた。
「命じられたんだ」
 相変わらずぼくとつなその喋りを聞いてわたしは身内の緊張がいっきにときほぐれるのを感じた。

「何にしても助かったよ。ありがとう……怪我人を抱えたうえにこの霧で方角がわからずほとほと困っていたところだ」
「礼はムズクハに言ってくれ」
「村長の命令できてくれたのか? −−しかし、ムズクハによく今度のことがわかったな?」

 手早く水筒を回転させてオトネの口に丸薬を流し込んでいる彼にわたしはたずねた。

「女たちさ。……森中の噂になってるよ」

 わたしは納得した。狩猟のための縄張りの存在によって対立している男たちと違いジャングルの女たちは畑仕事の合間にしばしば他部族の女たちと農作物を交換したりしながら世間話にうち興じていると、いつかオトネは教えてくれていた。

 たぶんこの”女のネットワーク”はすでにずっと以前からわたしと呪術師の対峙という興味深いゴシップを森のすみずみまで語り伝えていたのだろう。そしてついに最終的な決闘となったことを妻の口から聞いたムズクハは村の恩人たるわたしを助けるべく助太刀に村いちばんの戦士をひとり送ってよこしたというわけなのである。

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