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星間戦争

下巻:火星人占領下の地球
第5章 静けさ(承前)

H. G. Wells / 中条卓訳

 

私はそうとう長い間覗き穴のそばに寝そべっていた。穴をふさいでいる赤い草をどかすだけの勇気がなかったのだ。一度か二度、犬があちこちを駆けているようなぱたぱたという足音がずっと下の砂地から聞こえてきたし、鳥の鳴き声らしきものも聞こえたが、ただそれきりだった。いつまでも続く静寂に勇を鼓して、私は外を覗いてみた。

隅の方にはたくさんのカラスがいて、火星人の餌食になった死骸の上を跳ねては奪い合っていたが、窪地の中にはほかに生き物の姿はなかった。

さらにあたりを見回したが、自分の目が信じられなかった。機械が一台残らず消えていたのだ。片隅に山と積まれた青灰色の粉、何本かのアルミニウム棒、黒いカラスの群れ、そして死骸…残っているのはそれだけで、あとは砂に穿たれた空虚な円形の窪地があるばかりだった。

私はそろそろと赤い草の間から這い出してがれきの山に降り立った。背後すなわち北の方角以外の全方位を見渡してみたが、火星人たちのかげも形もなかった。窪地は足元から急に落ち込んでいたが、がらくたをたどれば斜面を登って穴のふちまで行けそうだった。ようやく脱出のチャンスが訪れたのだ。私は身震いした。

しばしためらったのち、やけくその覚悟を決めた私は、心臓をどきどきさせながら、これほどの長きにわたって私を生き埋めにしていた盛り土の上へと急いだ。

そこで私はもう一度あたりを見回したが、北の方にも火星人の姿はなかった。

シーンのこのあたりを最後に陽光の下で見たときには、住み心地のよさそうな赤や白の家々がまばらに並んだ通りがこんもりと茂ったたくさんの木々を縫っていたものだった。今や私が立っているのは粉砕された煉瓦と粘土と砂利の山にすぎず、そこにはサボテンに似た赤い植物が膝の高さまで生い茂るばかりで、覇を競おうという地球の植物は一本も見あたらない。近くの木は茶色く枯れているし、遠くの方にはまだ生きている木があるものの、その幹はすでに赤い糸の網に絡め取られている。

近隣の家はすべて倒壊していたが、焼けてはいなかった。ところによっては2階の高さまで壁が残っていて、そこに割れた窓と砕けたドアが穿たれている。屋根を失った部屋の中にも赤い草ははびこっていた。眼下に広がる窪地ではカラスの群れが争いながら屑をあさっている。他にも何羽か別の鳥が廃墟をはね回っていたし、ずっと向こうにはやせた猫が身をかがめるようにしながらこそこそと壁伝いに歩いている。だが、人間の姿はなかった。

閉じこめられていた日々とはあまりに対照的な日差しは目もくらむほどで、空は青く輝いていた。むき出しの地面をすべて覆い尽くした赤い草が絶えずそよ風に揺れている。そして、ああ、この空気のうまいこと!

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