
「BOOTH」にてPDF版販売中
【収録作品】(○が付いている作品は、著者インタビューがあります。)
六塔掌月 | 「ブラインド・パイロット」 | |
あぼがど | 「セリとナズナとふたりの宇宙船」 | |
新星緒 | 「都を追われてひとり旅(ただしネコもいます)」 | |
○ | 柏沢蒼海 | 「Journey Home」 |
伊和千晶 | 「藤の花をみたら思い出しておくれ」 | |
甘衣君彩 | 「もう一度、ファンタジーを。」 | |
かんな | 「ぼくは明日トマトを買いに行く」 | |
渋皮ヨロイ | 「ほしのもと」 | |
○ | 武石勝義 | 「真字名解記」 |
松田夕記子 | 「黄金の高野豆腐」 | |
○ | 海猫 | 「北緯十七度の幽霊」 |
○ | 平沼辰流 | 「Lebensunwertes Leben」 |
鳥辺野九 | 「オモイ」 | |
秋待諷月 | 「透明な伝書鳩」 | |
○ | Yoh クモハ | 「月経樹」 |
○ | 蒼桐大紀 | 「いつかあの空を越えて」 |
今回のブックレビューは、当アニマ・ソラリスの常連投稿者であられる小林蒼さんが、初めて編まれたアンソロジー『東京銀経社アンソロジー いつかあの空を越えて』を取り上げたいと思います。
今号に同時掲載の『東京銀経社アンソロジー いつかあの空を越えて』の著者インタビューと同じく、編者の九頭見(小林蒼)さまと、Webに詳細な感想を上げられている蒼桐さまにもご参加頂きました。
著者の方には、あらかじめ編者の九頭見さまから、以下をメールにて質問してもらっています。
自殺願望がある麻里は、とあるホテルで冬子と出会いお互いに惹かれあう。盲目になってもパイロットを続けなくてはならない男を描いた映画の意味するところとは……
高いストーリー性と百合作品ということで選びました。文章は翻訳小説を読むような読者にならすんなり受け止めて貰える高い文章力も評価ポイントでした。
もともと応募時にはホテルの設定は宇宙船でSFとして送られてきたものを、改稿されて、現代劇となっていまして、より面白さが引き立ったのかなと思います。
導入から「これはただ事ではないぞ」と引き込む力があり、描写のアプローチや話の運びは海外SF小説や洋画を彷彿させるところがあります。
描写は淡泊で行為をさらっと書いていながら、とても魅せられる小説です。あらゆる商業・娯楽施設を内包したホテルという場の設定と、彼女達がかかえている心の澱が物理的・精神的両面での箱庭になっていて、作中作がそれらを読み解く鍵として作用していました。
最初に『ブラインド・パイロット』があることで、読んだ人に「このアンソロジーは当たりだ」と思ってもらえると思います。
Kindle版で購入できる『暗黒』も百合小説といってよいでしょう。
他人の手足を売り買いしている店の小間使いの少女が主人公です。
高名な父親と母親から疎まれてこの店に売られてきた少女は、毎日「お金さえあれば」と願い、自分の手も顔も捨てたいとも願っていた。ある日、切り離された身体のパーツを見つけた少女は、それが一人の体から切り分けたパーツだと気づき、元の一人の体につなぎ合わせようとするが、そこには頭部が無かった……
14歳のセリとナズナは幼馴染み。しかしナズナは実のところ帝国皇室の皇女殿下でもあらせられるのだ。そして隠されていた宇宙船「戦列艦」を御して敵と闘う……
あぼがどさんが、ノリノリで書かれたのだろうなと思いながら読みました(笑)
もともとはpixivに投稿されていたもので、作者のあぼがど様に公募で送って貰いました。
雀部様も仰っていたように楽しんで書かれているのと、ルビマシマシのジュブナイルSFとして楽しんで読みました。
また読み返してみるとセリの切実なお話としてきちんとお話が進んでいるところも気に入っています。
年頃の(十四歳の)男女が二人きりで、ちょっと子供っぽい冒険に繰り出す。この導入が本作をジュブナイルSFとして読めるように、方向性を示していたと思います。
セリの一人称を通して、冷めているようでいながら心のどこかでわくわくしているのが伝わってきます。こうしたセリの語り口は後の展開への仕込みなのですが、ナズナに向ける視線が十代の男の子らしい生々しさをとなもっていて伏線が上手くマスクされていました。
各所に散りばめられたSFガジェットやメカ描写からは、とくにSFアニメに対する深い造詣が読み取れて、それだけ非常に多くの要素を含んでいるのですが、飽和することなく作品の中に収めていました。
続編が続きそうな終わり方には賛否が分かれるかもしれませんが、風呂敷を広げつつも物語がきちんと閉じられていて、短編としてはあざやかな幕引きだと思いました。
近衛隊長だった俺は、策略にはまり追われるように旅に出た。しかし背嚢にはいつの間にか一匹のネコが。実はこのネコ……
今回のアンソロジーの前半は特に旅物語の変奏として捉えているところがあります。
それが色濃く出ていながらも、女性読者にも楽しい作品であるところですね。
さてどうなることやら、と読者が展開を見守る導入になっていて、ファンタジーの王道にそって提示される情報から展開が推測しやすくなっています。しかし、安易な予測を過信してしまうとミスリードが生じて、後の展開に驚くことになるでしょう。
実際、すっかり謎解きを読む体で読んでいたので、「これ、ラブロマンスだ」と気づかされたときには驚きとともに深い納得感がありました。構造としてはRPGのシナリオに近く、読み味はコミックに近しいと思います。
気楽に読めるエンタメであると同時に、このアンソロがフォローしているエンタメの広さを感じさせる作品でもあります。
元近衛隊長とネコ、シリーズ導入部分にも思える展開で、続きが読みたい。長編化したらアニメにも出来そうだと思いました。
藤の花が好きだった母を亡くした私は、隣の女が我が物顔で家に入り込んでくるに及んで家を出る決意をした。
そして不思議な楽隊と行動を共にした私は最愛の母を探す旅に出る……
あらすじを一筋縄では語れない不思議な作品でした。伝奇小説なんですけれど、家族のお話の置き換えなので、家族小説が好きと言うこともあり推しました。
幼い“私”の一人称でつづられる小説なのですが、作中から推測される“私”の年齢と大人びた言葉遣い(地の文)の間にギャップがあるので、“私”に感情移入して追体験するのではなく、少し離れた位置から観測する読み方になると思います。
舞台は現代日本と思われる“私”の家からはじまり、雑貨店、神社、舟の上、海上から異国へとうつろっていくのですが、移動するたびに世界が書き換えられていくような感覚に陥りました。この作品における移動(空間/時間)は、現実の変質でもあるのかもしれません。
幻想小説あるいは怪奇小説のおもむきが強い作品なのですが、認知・認識といった側面を深く突いていて、SFも射程していると感じました。
難解と言うよりは、理解されることをこばんでいるような作品だと思いました。その排他的な態度こそが本作の本質、“私”という少女の心なのかもしれません。
わざとわかりにくく書いているのではないかというのは、蒼桐さんと同じ様に感じました。そんな不思議な読後感があります。
小さく纏めた小説のなかでもこれは一際上手かったですね。ファンタジーの役割をうまく掴んでいると思いました。
過去に現実世界と異世界を行き来していた大学生が主人公で、異世界からの来訪者が日常を侵食してくるのですが、どの来訪者もきわめて平和的にあらわれます。
現実世界においては大学の友人、異世界においてはかつて一緒に遊んだ友達との関係を通して自身の在り方を問い、その答えを導き出すまでを丹念に描き出されていました。
そして、ここで言う「ファンタジー」とは異世界のみを指すのではなく、主人公が心のうちに秘めているインスピレーションやイマジネーションに起因するファンタジーを指しているとも思います。
長編でも十分描けるテーマでありながら、この尺に収められていたことで語るべきことが凝縮され、アンソロジー収録作品が秘める可能性を示唆する役割も果たしていました。
思いっきりご都合主義でキャラ立ちしたファンタジーと読めるのですが、本質は私小説ではないかと。様々な自分の気持ちを持て余している少女の自分探しの冒険譚なのではないかと思いました。
戦場の後方で、敵味方が判然としない中パワードスーツに乗って業務をこなす日常。昨日の敵が今日は味方(雇用主)になったりするので、間に合わせに塗ったペイントで区別する有り様。ただわけもわからないまま続く戦争というとオールドファンなら、『終りなき戦い』(ジョー・ホールドマン,1978)あたりを思い出すのではないかと。雰囲気的にはアニメ映画の『スカイクロラ The Sky Crawlers』あたりも。
映画的に進んでいくお話が心地よく、流れも美しかったです。戦争を題材にしつつも人間性の回復といったテーマ性も評価しました。
主人公・ジーンの過去も含めて絶望しか感じられないのですが、本作からただよってくるのは強烈な生の感触でした。登場人物の死についても例外ではなく、「もうそこにはいない」という喪失感を「ここにたしかにいた」という存在の実感が上回ってきます。
複数の登場人物の背景が重層的に作用しており、物語の構造がよく練られていました。本作は人物造形が非常に優れており、短編という限られた尺の中で登場人物それぞれが「そこにいる(そこにいた)」と感じさせる芝居を描いていました。
読んでいるうちは絶望感しかなかったのですが、ラストはこの予感を見事に裏切ってくれました。この作品がアンソロジーのほぼ真ん中に配置されている効果も大きくて、後半の作品に対する期待を膨らませてくれる役割も果たしていたと思います。
カクヨムで代表作とされている「ペンギン・マンデイ」は、ふとした日常に突然出現した、自らを殿下と呼ばせるコウテイペンギンに翻弄される有様を描いたファンタジー。
うん、ちょっと憧れるなあ。私の所にもやってきて欲しいぞよ(笑)
主人公が彼女に「星の素」を飲まされ、順番に惑星を産んでいくお話。
僕はアイドルグループのライブ映像の編集をこなしながら淡々と惑星を産んでいく。
荒唐無稽なお話なのに完成度の高い小説で面白かったです。ジャンルレスで子どもでも楽しいんじゃないかなと思います。
本作はまさしく“すこし不思議”な作品と言えるでしょう。
物語を俯瞰したときに感じるのは「形容しがたい不思議さ」なのですが、それはこの物語が読者と非常に近しいところにあるからだと思います。“僕”の日常の手触り感は、ほしのもとによって産んだ惑星の実体感を補強し、両者がひとしく物語における現実なのだと伝えてくれます。
収録作の中でもSFやファンタジー、怪奇、歴史などといったジャンル的なレイヤーを通さずに読める作品なので、最初ですんなり入れれば一番読みやすい作品なのかもしれません。
『もやしもん』の石川雅之先生にマンガ化して欲しい(惑星が人の姿で登場する『惑わない星』というマンガあり)
凍って固い高野豆腐が頭にぶつかる話。まあそこから話が始まる(笑)
鎌倉時代の僧侶で、仏法への憧れが強く天竺へと渡りたかったが果たせなかった明恵上人が俺に取り憑いたのだ。
短くて軽い読み物といった印象でしたがバカSFとして面白かったです。神話のようなお話も好きです。
表層的には笑って楽しめる喜劇として展開するのですが、その根底にあるのは「悟り」と「輪廻」の物語です。作品を通して輪廻について掘り下げつつも、作中において「輪廻」や「転生」という言葉は一切もちいられていません。それでいて、仏教的な意味での輪廻というとらえ方を知っていれば、おのずとその事に気づけるであろう作品構造を持っています。
仏教SFとしての資質は確かなのですが、なにより手軽に読める良質なコメディであり、エンターテインメントに徹した小説だと思います。
カクヨムで代表作とされている「私が占い依存になったワケ」は、不倫関係から本妻になろうとする女性が、色々と苦労する話です。副題が「不倫占いに250万円費やした女の物語」だし(笑)
一番面白かったのは、カクヨムからは消えている「金玉獣遊記(きんぎょくじゅうゆうき)」です。
絶世の美少年、金玉が、月の女神、嫦娥に呪いをかけられ、女性ではなく男を惹きつけてしまうようになるというBL作品です(笑)
昔《SFバカ本》シリーズというバカSFに特化したアンソロジーがありました。世が世ならこの《SFバカ本》に収録されてもおかしくはない作品だと思います。
突如平行世界に転生(?)したフルヤおじさん。この世界でフルヤが持っている特殊能力とは何なのか……
ダイナミックに動きのある小説です。映像化したら映えそうです。ただ状況に圧倒される、ワンアイデアながら隙がない小説でした。
ワンアイデアで構築されたSF短編ですが、アイデアの活かし方が奔放で短い作品ながらも広大なスケールを感じさせられます。
作品の構成、設定、キャラクターの魅力、といった基礎力が高く、それらが十全に機能していました。SF短編における大切なことが詰まった小説と言ってもいいかもしれません。
カクヨムで代表作されている「東京ダイダラボッチダイラタンシー」は、「X」への毎日の投稿を日課としている女性—しかしフォローもコメントも拒否している—の変な話。
「回転投擲プロトコル」は、全宇宙布団投げ選手権大会の話。鳥辺野九さんも《SFバカ本》掲載候補ですね(笑)
非侵襲型の脳・マシン・インターフェースが一般的になり、人はフリーハンドで情報交換が可能になった近未来。未だに慣れないサラリーマンの木上は、今日もレスポンスが遅いと課長から叱られる始末だ……
SFとエンタメのバランスがいいと思いました。主人公のコンプレックスに寄り添いつつ、物語を展開させていて、感情移入を誘います。
MTの設定も無理なく説明されていて良かったです。
物語の構造自体は非常にオーソドックスでなのですが、最初に提示される世界の姿がいささか奇抜なので、そのオーソドックスさがドラマチックな演出を導き出していました。オーソドックスということは、構造が堅牢ということでもありますから。ここに優れたバランス感覚を感じました。
社会の変質に対する適応問題を提起しつつ、言語コミュニケーションを主題にすえたコミュ障SFであり、なにかにつけて言葉のやりとりがせわしない昨今においては刺さる人が多いのではないかと思います。人の善性を信じたくなる作品でもありますね。
「機械仕掛けの愛・ママジン」(業田良家、ビッグコミック増刊号で連載中)というマンガが好きなのですが、同じテイストを感じました。
カクヨムでは、代表作の「不老不死の窓口」は、長期生命維持睡眠の受付担当者が主人公。
最新作の「テレポートターミナル」は『虎よ、虎よ!』(アルフレッド・ベスター、1956)のように、瞬間転送を扱った作品。まあこっちは転送装置でのテレポートですが。
そんなターミナルで突然火災警報が鳴ります。こちらも、事件を処理するターミナル職員たちが主人公です。
収録作の著者の方々におかれましては、今後も更なるご活躍をお待ちしています。
編者の九頭見さま、的確な評を頂いた蒼桐さま、大変ありがとうございました。