
「BOOTH」にてPDF版販売中
【収録作品】(○が付いていない作品については、ブックレビューがあります。)
六塔掌月 | 「ブラインド・パイロット」 | |
あぼがど | 「セリとナズナとふたりの宇宙船」 | |
新星緒 | 「都を追われてひとり旅(ただしネコもいます)」 | |
○ | 柏沢蒼海 | 「Journey Home」 |
伊和千晶 | 「藤の花をみたら思い出しておくれ」 | |
甘衣君彩 | 「もう一度、ファンタジーを。」 | |
かんな | 「ぼくは明日トマトを買いに行く」 | |
渋皮ヨロイ | 「ほしのもと」 | |
○ | 武石勝義 | 「真字名解記」 |
松田夕記子 | 「黄金の高野豆腐」 | |
○ | 海猫 | 「北緯十七度の幽霊」 |
○ | 平沼辰流 | 「Lebensunwertes Leben」 |
鳥辺野九 | 「オモイ」 | |
秋待諷月 | 「透明な伝書鳩」 | |
○ | Yoh クモハ | 「月経樹」 |
○ | 蒼桐大紀 | 「いつかあの空を越えて」 |
今回の著者インタビューは、いつもとは趣向を変えて、当アニマ・ソラリスの常連投稿者であられる九頭見(小林蒼)さんが、初めてアンソロジーを編まれたということで『東京銀経社アンソロジー いつかあの空を越えて』を取り上げたいと思います。
そもそも、なぜこのアンソロジーを出すことになったのでしょうか?
Xの知り合いであり、日頃仲良くさせていただいている久乙矢さんに提案されました。
私が膨大なウェブ小説読みだということでSF短編だけに絞ってベスト作品が収録されたアンソロジーを作ってみたらどうか? と。
ただ許可を取るのがウェブ小説では窓口がないということで、公募アンソロジーにしてみてはどうだろうかと思いまして、募集要項を作りました。
いつ頃から取りかかって、どれくらいの時間がかかったのでしょうか。
2024年の2月ごろです。締め切りは2024年の10月末日で、結果は次の日くらいには出ていたと思います。
そこから一ヶ月ほどかけてレイアウトをして、11月の暮れくらいには通販を始めました。
締め切りから掲載作を選ぶまでは早いけれど、全体としては結構時間がかかったのですね。
収録作を選ぶに当たって、どういった所に苦労されたでしょうか。
SFとして完成度の高い小説がたくさん寄せられたのですが、エンタメとのバランスを考慮しました。
募集要項ではSF以外も可としていたので思わぬ収穫、ブラインド・パイロットといった百合小説やほしのもとといった変わった小説も収録できました。
アンソロジーの醍醐味といったところでしょうか。
さて、九頭見さまのほかにもWebに詳細な感想を上げられている蒼桐さまにもご参加頂けることになりました。蒼桐さま、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
私からは、先にnoteへ掲載したアンソロジーの感想記事から、各作品の特徴や読書の上での勘所を紹介させていただきます。
ありがとうございます。
連絡が付く作品掲載者さまには、以下の質問にお答え頂いてます。
インタビューに及ばなかった作者の皆様は、今号掲載のブックレビューに収録させて頂きましたので、あわせてお楽しみ下さい。
最初にご登場願うのは、「Journey Home」作者の柏沢蒼海さまです。よろしくお願いいたします。
はじめまして、柏沢蒼海です。
田舎に住みながら色々書いてます。メカとミリタリーとドッグファイトが大好物です。あと肉も大好きです。
これも旅物語です。でも人間の持つイメージの怪奇性が面白かったです。
アンドロイドに求められるというシチュエーションはそんなになかったので珍しかったですし、エンタメとしての纏まりも良いです。
アンドロイドが人間の相手をするという点では「セクサロイド」という造語がありますし、映画『ブレードランナー』にもそうした役割を持つレプリカント(アンドロイド)が登場するのでそこまで珍しくもないと思っていました。
むしろ、アンドロイド系の創作物において『セクサロイド』は一般的……というか、メジャーな感じがしています。――けっして、そういう作品を好んでいるというわけではありませんよ?
身近なところで言うと、〈初音ミク〉や〈結月ゆかり〉をアンドロイドと見なして、人間と変わらないような恋愛関係に至る……という作品はあるらしいです()
アンドロイドが出てくるBLにも色々ありますね。うちのサイトでも、『ラブライフ(仮)』が、そういう作品です。
セクサロイドについては、私らの世代では平井和正先生の『アンドロイドお雪』(1969)からですねぇ(セクソイド・アンドロイド)
描写を抑え出来事を端的に記す文体は、ジョセフの置かれた切迫した状況をまざまざと描き出していました。前提の説明もはぶかれているため、SFとしてはいささか不親切な面もあるのですが、それによってジョセフの感覚がこちらに近づいてくるところがあります。
この作品は、ジョセフというミクロな視点で進行するのですが、描いているのは「彼のいる世界」というマクロな視野です。
ジョセフが孤独であることで、彼が守ろうとしている人々、すなわち人間社会が機能不全におちいっているのでは?と思わせるところにも目を引かれました。社会の存在を意識しているがゆえに、社会を描かないというアプローチとでも言えばいいでしょうか。
蒼桐氏の読解は見事の一言に尽きます。実際は意識してなかった点もありますが、機能させようとしたところがきちんと機能していることがわかって満足です。
戦闘機によるバトルものかと思ったら、思いの外コメディ要素が多い感じがしました。
特に戦場で「いますぐ射精を……」と迫ってくる女性型アンドロイドとの掛け合いが面白い。戦闘シーンよりこちらのほうを書きたかったのではないかと思いました(笑)
本作品の企画は、ライトノベル的な文脈である「ご都合主義的な色恋(ぼかし表現)シーン」を劇中で必要な形で出すにはどうしたらいいか、という思考実験的な企画から始まりました。
ドッグファイトや戦闘シーンは過去に何度も書いてきたため、読めるレベルのものは書けるとわかっていて、今回はそのメタな部分を機能させるための習作です。
シリアスで真面目な話なのに、アンドロイドの発言のせいで変な雰囲気になる……というのを目指しました。結果としては重さの方が勝ってしまったようですね(苦笑)
「アンドロイドの発言のせいで変な雰囲気に」は、まさに狙い通りでしたよ(笑)
お好きな作家のところであげられている作家の方は良く存じ上げないのですが、さすがに賀東昭二先生の『フルメタル・パニック!』、深見真先生の『PSYCHO-PASS サイコパス』あたりは知ってます(汗;)
ググってみたら、深見先生は『機動戦士ガンダム サンダーボルト外伝 MS STORIES』の原作を担当されてたのですね。『ビッグコミックスペリオール』誌は定期購読しているので読んでました。
アニメやマンガとは違うと思うのですが、柏沢さまが戦闘シーンを描くに当たって特に気をつけてらっしゃるのはどういったところでしょうか。
アクションに限らず、映像的なカメラワークを意識していますね。
一人称は視点人物の意識がそのままカメラワークとなるので、何を書いて、何を書かないのかを考えないと『全部書く』ことになってしまうからです。
メカアクション、ガンアクションはそういった意味においては、演出も含めて情報をコントロールすることをに気を付けないといけません。
頭にある知識、見聞きした情報をそのまま文章に落としてしまうと、その筋の人――つまり、マニアにしか判別できない内容になってしまいます。
これをある程度わかりやすく、あえて専門性を落とすような書き方にしています。同じミリタリー・メカ作品である『北緯十七度の幽霊』や『いつかあの空を越えて』のミリタリー・メカシーンを比較してみると、僕とお二人の違いがはっきりとわかると思います。
SFは、作家と読者がある程度共通言語でわかり合っていることが前提とされているジャンルなので。そういう面が……(汗;)
余談ですが、『北緯十七度の幽霊』の〈海猫〉氏と『いつかあの空を越えて』の〈蒼桐〉氏との3人でそれぞれの戦闘シーンの分析をやったことがありますw
個人的には〈海猫〉氏のような硬派な雰囲気の文体に憧れはありますが、自分のモットーは「誰でも読めて、みんな楽しめる」なので……!
おっとそういう分析もされていたんですね。お三人の違いが出て面白そう。
それにしても、精子採取が目的なら、戦地へと赴く前に済ませておくべきだと思うし、それを疑問に思わない主人公もなんか変(笑) まあ突っ込むところではないのは分かってますが。この疑問はラストで一部解明されます。
疑問に思う→問いただすが、はぐらかされる→実は……という流れにしなかったのは何故なのでしょうか。
作中でクローンとして運用されている『再生パイロット』の存在は極秘扱いです。そのため、当人達も自分の正体を知りません。
この辺は映画「アイランド」をオマージュしています。富裕層向けの移植用臓器を作っていると喧伝している企業は、そのクライアントのクローンを作っていたという話の作品です。
「アイランド」に登場するクローン達は自分達がまさか、臓器提供のために産み出されたクローンとは思っていないわけで、偽の記憶を植え付けられていたりする辺りはそのまんま使わせて頂きました。
なるほど、極秘扱いだったんだ。ちょっと疑問解消です(汗;)
主人公〈ジョセフ〉のキャラクターとしては、「2歩先のことは見えるが、目の前のことは見えない」イメージの性格を想定しています。
行動目標である『生き残ること』を優先しているため、他のことはわりとどうでもいいという感じになっています。そのため、人類に人的資源が少ないという情勢すらも気にしていません。
多分、「言われてみればそうかも……」くらいの認識ですね。視点としての世界観が狭いキャラクターなので。
あと、ミリタリーを少しかじった程度のにわか知識でもうしわけないのですが……
戦場で人員を回収するという「戦闘捜索救難」任務は、通常部隊には非常に難しい内容です。現実でも、撃墜されたパイロットの回収というのは専門の部隊あるいは特殊部隊が担当します。
そういった人的・技術的・資源的に任務として遂行するのが難しいため、人ではなくモノとして回収するという方法になっています。
SNSの感想等で「パイロットをそのまま回収したらいいんじゃないの?」という疑問の声をいくつか拝見し、自分の説明不足を思い知らされました。反省点ですね。
確かに、敵地のパイロットの救助は難易度が高そう。
まあ、それだったら精巣のみを冷凍して回収という手段もあるので、どうしてそうしないかなと思ったのが、前述の疑問の部分でした。
しかし、ブルーが主人公をサクッと殺害し、精巣を切り取るような展開になると全く違うテイストの物語になっちゃうよなとも思いました(汗;)
ジョセフが『研究所育ち』というところも、ミスリードが上手く行っていたみたいですね。
「Journey Home」は元々長編のプロットでした。本来もっと色々な話があるんです。同じ生存者と狙撃戦をしたり、本編よりちょっと前の時間の話とか……
5話に相当するエピソードの構成はもっと別の内容だったんですが、中編としてきちんと終わらせるために今回の内容に変更しました。
最初も4話までの内容だったのですが、〈九頭見〉氏から苦言を呈されたので5話を錬成することに……結果はご覧の通りです。
確かに長編化できる内容であると感じました。
ミケーネ文庫公式ショップから、『Hunter&Swordsman ~狩人の日誌~』を読ませて頂きました。
「神は細部に宿る」とよく言われますが、まさにそのような作品でした。
実在の国のハンターの日記のようでもあり、面白く読ませて頂きました。
購入していただき、誠にありがとうございます。ファンタジー作品ですが手にとってもらえて嬉しいです。
海外の小説・ゲームで有名な『The Witcher』をライトノベルに変換してみよう、という試みで書いた作品です。『The Witcher』に倣って、プロトタイプである短編集から書いてみました。
長編を書くことが決定しているので、これからプロット作りに入ります。
細部を詰められたのは、『The Witcher』という作品が非常に優れたSFのファンタジー作品だからだと言えるでしょう。何もかもに理屈があり、それを論理的に展開している作品はファンタジー多しと言えども比類する作品はそうあるわけではありません。
『Hunter&Swordsman』もそうした「ロジカルなファンタジー」を目指していくつもりです。
おお、ハイファンタジー長編も楽しみしてお待ちします。
武石さま初めまして。よろしくお願いいたします。
はしょると、名家の三男坊がぐれて家から放逐される話ですね(笑)
漢字の名前を与えられて一人前とかの設定も面白かったです。
文章の安定感がよかったです。権時空など世界観が短編ながらあり、読んでいて広い世界に入ったような気持ちになれました。
初めまして、武石勝義です。本作は元々考えていた長編案があるのですが、その設定や世界観の背景を考えている内に、エピソード・ゼロ的なものとして切り出したら面白いかなあと書きだしたものです。短編ながら広い世界を感じられたなら、そういう書き方が影響しているのだと思います。
最初は、ギャップ萌えの話かと思って読んでましたが、なかなか主人公の甘ったれ根性が抜けないのでジリジリしながら読んでました。そのじらし方がとても上手いので、これからどうなるんだろうと更にページをめくりたくなる(笑)
設定や世界観が先の話だったので主人公のキャラ立ては後からだったのですが、思った以上に甘ったれになりましたね。ほっとくとグズだったりうじうじしたキャラを書きがちな私の手癖がわかりやすく出た気がします。
名付けをめぐる物語であると同時に、名付けによる個の規定にどう向き合って生きていくかをあらためて問い質す物語でもあります。
主人公・タケアキラの心情をすかして描かれる神名下の風景は、ひとつひとつの出来事がはっきりと見えて、とても読み取りやすいです。これは、小説を読んでいるうちに読者がいだく「なぜそうなっているのか」「なぜそうなるのか」という問いに対する答えが明快だからだと思います。
最終的にタケアキラが向き合うのは自分自身であると同時に、神名下のこれまでの歴史そのものなのですが、そこに至る流れがとても自然でした。
世話役のサグロが味わい深い人物で、彼が出てくると場面が引き締まるのですが、物語が進むうちにタケアキラも良い味を出すようになっていきます。月を見上げるくだりは、名シーンです。
先述の通りエピソード・ゼロ的なものとして書いたので、自分の中でもこの世界はどんな世界なんだろうと探りながら物語を進めました。その書き方が、蒼桐様の言う読者の問いに対する明快な答えに繋がったのだと思います。そういう意味では作者の視線と読者の視線が比較的近いと言えるかもしれません。そうして明らかになった世界の中で、タケアキラのような主人公は何に悩みどのような答えを出すかという流れは、書いている内に自然に見えましたね。タケアキラがこの世界の表の部分を体現するキャラとすれば、サグロは世界の裏を語るキャラですが、私は本作に限らずなるべく一面の見方に対してカウンターを用意することを意識しています。月を見上げるくだりを名シーンと仰っていただけるのは、タケアキラが表から裏まで包摂することになる入り口であることが伝わったようで嬉しいですね。
それから、慣習を通して社会の姿を描いた作品でもあるので、SFの側面も有していると感じています。自然科学の側面からではなく、社会科学の側面から、 “Science”にアプローチしているかたちですね。
これはこれで、完成された短編なのですが、壮大な物語の序章のようにも感じられるところがあるので、「これを長編で読みたい」と感じる人もいるかもしれません。物語のポテンシャルが高いんです。
自分自身ではSFとかファンタジーとかの定義をはっきりと決めていません。一方で読者が自分の作品をどのように受け止めるかについてはもちろん色々と聞きたいので、多分ファンタジーとして読まれるだろうなと思っていた本作からSFの側面を見出してくれた蒼桐様のご指摘は新鮮です。この世界観は自分でも気に入っているので、いずれ長編として改めて書いてみたいと思います。その際は、多分タケアキラたちより百年ぐらい後の時代、「保土祈念碑」をきっかけに始まる物語になるかなあ。
タケアキラのその後もぜひ読ませて下さい。あの性格だから、真人間になろうとしてもたぶん紆余曲折があったと思うので(笑)
タケアキラとサグロが天軸国の周囲を取り囲む外輪十国を巡る珍道中も、確かに面白そうですね。どういった経緯で「保土記念碑」があちこちに築かれることになるのか、その足跡を追うのも楽しそうだなあ。色々と妄想を膨らませてみます。
珍道中(笑)、期待してます。
武石さまに関しては、日本ファンタジーノベル大賞2023受賞作の『神獣夢望伝』著者インタビューもお願いしています。こちらも是非どうぞ!
「北緯十七度の幽霊」は、日本が太平洋戦争で勝利した平行世界(?)を描いた作品ですね。戦闘シーンが読みどころのようにも感じました。
ネット小説の主流である異世界転生ものに、架空戦記をかけたアイデアの良さと文章の安定度、さらに読後感がよかったです。
ありがとうございます。お二人がおっしゃる通り「北緯十七度の幽霊」は日米の勝敗が史実と入れ替わったIFの世界を描いておりますが、執筆の際は「その世界に生きる人間」に主眼を置いて物語を組み立ててみました。架空戦記といえば「史実では幻に終わった超兵器の登場」や「史実とは異なる国家間の駆け引き」といったロマン要素を盛り込む作品が多いかと思いますが、本作はあくまでも、国家やイデオロギーの対立に翻弄され、もがき苦しみ、それでもなお生き抜こうとする人々を描くことに焦点を当ててみました。特に主人公である米軍パイロットは、史実世界から平行世界への転生というショッキングな出来事を経験しつつも、日系という出自とベトナム従軍で抱いた厭世観ゆえに祖国アメリカすら冷めた目線で見ており、最終的には仲間へ銃口を向けて祖国へ反逆する――そんな哀情漂う人物として描いてみました。
冒頭の臨場感溢れる戦闘シーンはどのようにして考えられたのでしょうか。
航空機の分野にお詳しいので、そのへんと絡めてうかがえたら嬉しいです。
そうですね……最初に空戦の風景を脳内シミュレーションしてみて、それを文字起こしするような感覚で描いてみました。自分はあくまで航空ファンの端くれなので自分の知識の範囲内でリアルに描いてみたつもりですが、実はあまり自信が無かったりもします……(笑)
本作はベトナム戦争を舞台として描いているのですが、現実のベトナムでも米軍機と北ベトナム軍機の熾烈な戦いが繰り広げられた上、北ベトナム側がソ連製兵器を活用したため米軍は非常に苦しめられたそうです。
主人公が搭乗するF-4ファントムも当時の最新鋭機として鳴り物入りでベトナムへ実戦投入されましたが、北ベトナムのミグ戦闘機や地対空ミサイルを相手に苦戦を強いられたと言われています。そんな熾烈な「ベトナム航空戦」の雰囲気を出してみようと少しこだわりながら執筆した結果、あの冒頭シーンが生まれましたね。
歴史改変を扱う難しさは、荒唐無稽な発想をいかにリアリティとなじませるかにあると思います。本作は、ターニングポイントの設定、それによる影響、日本の国力の限界とアメリカの強大な国力の評価、ヨーロッパ戦線の推移と戦勝国となったドイツ(第三帝国)の末路、これらをすべてをあり得そうなシミュレート範囲に収めていました。
乾いた文体で淡々と語られる本作は、状況が理解しやすくかつ映像として情景が思い描きやすいです。架空戦記SFとしての完成度もさることながら、歴史改変に翻弄された人々に焦点を合わせ、人間ドラマを描き切ったところに本作の魅力があると言えるでしょう。
過分なお言葉で大変恐縮です。「日本やドイツが勝利し、アメリカが敗北した平行世界」を描く作品と言えばP.K.ディックの「高い城の男」や佐藤大輔の「レッドサン・ブラッククロス」などが有名ですが、本作では「アメリカの強大な国力はそう簡単に切り崩せないだろう」という考えから「日本は辛勝したがアメリカも本土を保った」「ドイツも歪な国家体制ゆえに自壊した」という設定にしてみました。その結果、米ソ冷戦ならぬ「日米冷戦」が始まり、史実同様にベトナムで勃発した代理戦争が数多の人々を巻き込んでいく、という風に妄想を広げていくうちに本作が出来上がりましたね。そんな暗黒世界で主人公は懸命に生き抜こうとするけれど、結局は平行世界だろうと一人一人の人間が国家に振り回される本質は変わらず、自分もその例外ではないと諦観する……いわば「シミュレートされた平行世界で生きる個人の人生のシミュレーション」として描いた節がありますので、自ずと作品全編も感傷や甘さを排した乾いた文体になりましたね。
あと、海猫さんは状況描写と人物の背景にあるエピソードを絡ませるのが巧みなので、状況を実感をもってとらえやすい文章を書かれます。本作ならば書き出し部分が良い例で、最初でぐっと引き込まれる読者は多いと思います。
たしかに冒頭部分の執筆にはかなり労力を割きましたね……私も「書き出しのインパクトで読者を惹きつけたい」という思いがあったので、白紙の原稿と睨めっこしながらどうにか捻り出しました(笑)
伊藤計劃、神林長平、佐々木譲先生方の本は良く読ませて頂いております。この中では佐々木譲先生が異色かなと思いますが、佐々木先生のどこに魅力を感じていらっしゃるのでしょうか。(本棚を見たらざっと10冊くらいあるかな。『笑う警官』とか『夜にその名を呼べば』あたりから読み始めた記憶が……)
佐々木先生の作品ですと「ベルリン飛行指令」と「エトロフ発緊急電」が好きですね。前者は同盟国ドイツへ向けて零戦を飛ばすパイロットの物語、後者は真珠湾攻撃の兆候を掴もうと択捉島に潜入した日系人スパイの物語ですが、どちらも第二次世界大戦下のあり得たかもしれない秘話が史実の隙間を縫って描かれる重厚な作品です。
両作品ともに「祖国に居場所を見出せない」主人公の人間ドラマが繰り広げられるのですが、私はそういう「ナショナリズムが叫ばれる時代下でアイデンティティの拠り所が分からない」人間の物語が非常に好きですし、そんな人間たちの深い哀愁を文学に昇華して描かれる佐々木先生の文体に憧れがありますね。
その他の氏の作品として、日本の終戦工作をテーマにした「ストックホルムの密使」も気になっています。恥ずかしながら未読なので、近いうちに手に取ってみようかなと……。
そうでしたか。確かに佐々木譲先生の作品は重厚な人間ドラマが読ませどころでもありますね。戦争物は読んでなかったのがバレてしまった(汗;)
カクヨムの『成層圏の女王蜂』、読ませて頂きました。「群体」の謎で最後まで疾走する筆力に驚嘆しました。謎解きも“そ、そういう事だったとは!”と驚きの連続でした。
こちらこそ、ありがとうございます!『成層圏』までお読み頂いていたと知り驚きです。
あの作品では「北緯十七度の幽霊」とは打って変わり、世界の分断が叫ばれる現代世界の末路をSF的に想像しながら描いてみました。人類と「群体」の先の見えない戦いの中で、戦闘機パイロットたちが活路を見出そうと死闘を繰り広げた先に絶望を叩きつけられるという、私の趣味と性癖が全開の作品ですね(笑)
『成層圏の女王蜂』では、アフガニスタン→中国→イラク→ミャンマー→イラン→日本と舞台が次々と移動するのも魅力の一つですね。一番気をつけて書かれたところはどこなのでしょうか。
そうですね……群像劇として執筆するにあたり、各話の登場人物の関係性を明確にすることを心がけていました。『成層圏』は回を重ねる度に舞台となる国も時代も変わっていく物語ですが、一方で登場人物の数は少なめ(といいつつ10人ぐらい登場しますが……)に抑えつつ彼らの印象的な関係性を描くことに注力しました。
様々な国や地域を舞台としながらも、特徴的な人物描写や印象的な関係性を盛り込むことで、物語全体で完成する人間ドラマを描くことができたかなと思っています。登場人物のほとんどが女性なので百合っぽい描写も多くなってしまいましたが(笑)
シスターフッドものとしても読めると(笑)
一話完結では、「撃墜航路」のオチがなんとも凄いですね。こんな自衛隊員、尊敬するしか無いです。
ですね。実際、投稿時の作品タグにも「シスターフッド」を設定しておりました(笑)
「撃墜航路」はかなりぶっ飛んだ設定で書いたSFですが、ここまで信念を貫き通せる人間はある意味で化け物ですね、
今後のご予定なのですが、どういったものを書いていきたいでしょうか。もしくは、挑戦したい分野があったらうかがいたいです。
とりあえず当分は航空系・ミリタリー系の作品をつらつらと書いていこうかなと考えていますが、そのうち歴史モノにも手を出してみたいなとぼんやり考えています。
実は私は『アサシンクリード』シリーズのファンでして、最近はその影響で「アメリカ独立戦争に身を投じたインディアンの物語」なんかを空想しています(笑)
考えてみれば「北緯十七度の幽霊」も「20世紀冷戦時代を舞台にした歴史モノ」ではあるので「歴史の大河に揉まれながら生きていく人間の物語」が私の好みかもしれないですね。
謎めいていて、ホラーっぽくて、恍惚とするような読書体験ができたので良かったです。こういう小説を読みたかったと思わせられました。
京極夏彦のオマージュもあって気に入っています。
そう、初稿からゴシックホラーは意識したんです! 読み取って頂けて良かったです。得体の知れなさは本当に大事にしたところで、読み手がページをめくった瞬間、「なんか今からヤベェもん読まされるな」って感じて欲しくて(笑)
まず、冒頭の硬質な生物学的描写が不穏な空気を醸し出していて、何が起こるのだろうという期待感でワクワクしました。この冒頭は相当考えられて決められたのではないでしょうか。
そうですね。作中を通して繰り返される破壊描写にはあまり痛々しさを出したくなかったので、初稿よりだいぶメカニカルな文体に寄せています。
もともと吉野弘の「I was born」を自分なりに換骨奪胎してみよう! というところから書き始めたのもあり、生命活動の冷たさの表現には特に力を入れました。
本作は自身との膨大な会話で織りなされており、なにが現実でなにが幻覚なのか迷うところがあるのですが、それはすべて「LL」という脳波に反応するインプラントの被験者となった“わたし”が語る実験記録なんです。
冒頭の蜻蛉を潰すシーンをはじめとして、グロテスクな描写の多い作品ですが、それは生命活動そのものがそもそもグロテスクな側面を持つことを活写しているからだと思います。
精細な描写と語りを意識した軽快な文体は、難解な印象を受ける内容に対して非常に読みやすく、そのため読書中は思考にあてられるリソースが多く取れます。読み取ったことをじっくり推敲しながら読み進められるので、これは大きな強みだと思います。
この作中において生命活動がグロテスクというのは本当にその通りで、主人公にとって、生きることは電源オンの死骸であり続けることなんです。
だから人間として生きてる自分と死体との差異を実感するために、主人公は派手に死んだ自分を目にしていないと不安定になってしまうんですよね。
結局ただの身体である自分への反抗というか……根っこにあるのが心身一元論の否定だから、この子は思いついたことをノータイムで発露し続けてしまう。
文体の読みやすさもそういう直情的な主人公のアイデンティティにあるのかな、と思います。
それから、“わたし”の幻視する死のイメージが精細に描かれるため、怪奇小説や幻想文学を思わせるところがありますが、読み味はむしろ神経科学(脳神経学)の本に近い印象を受けました。私が読んできた中では、オリバー・サックス、ディヴィッド・イーグルマン、ジェラルド・M・エーデルマンなどの著書が該当すると思いました。分野は少し異なりますが、ユクスキュルの『生物から見た世界』も併読をおすすめしたいですね。
ただこれは、読む人の感じ方によっても変わってくるので、九頭見さんが仰るように新伝奇の系譜として楽しむこともできると思います。その系統ならば、奈須きのこ先生の作品と親和性が高いと感じました。
直接の文体そのものについては押井守の小説群と、ダニエル・キイスのノンフィクションを参考にしています。神経科学の他ですとエマニュエル・レヴィナスや大森荘蔵の他我論も執筆中は強く意識しました。
蒼桐さんに仰っていただけたように人によって読み方は変わると思います。
自殺を善悪から離れた軸で語っているのが不気味に思えるかもしれないし、あるいはこっそり仕込まれたスラングを見つけて不謹慎に感じるかもしれない。
作者としては、今の自分がどう読んでいるかも含めて楽しんで頂けたら……と。
カクヨムで、「Lebensunwertes Leben」について“自分は「死ぬ死ぬ詐欺」がテーマの小説で参加させて頂きました。”と書かれていて笑ってしまいました。まあご本人がそうおっしゃられるならそうなのでしょうが、私は身体の感覚の描かれ方から、伊藤計劃先生を連想しました。
ゼロ年代最大級のビッグネームを連想頂けて恐縮です(笑)
地の文のスラングの多用や軽い口調の女性の語り手といった部分は、たしかにハーモニーに通じるものがあるかもしれませんね。パロディもたくさん入れているので、そういった「〇〇っぽい」を感じて頂けると本当に作者冥利に尽きます。
カクヨムで代表作としてあげられている『スピナウト・クラッズ』は、「Lebensunwertes Leben」とは全く違ったティストの作品ですが、読み応えがあり面白かったです。緊迫感のある戦闘シーンと、戦闘を支えるロジスティクスの部分、多脚戦闘車輌のパイロットの生きざまが絡み合って読む手を止められませんでした。総てが戦闘シーンを描くために存在しているとも言える構成も凄いと思います。そしてその中で(戦闘を通して)描かれた人間関係も。
おお! ご覧いただきありがとうございます。
じつは本作、改稿前の『スピナウト・クラッズ』の冒頭に入れていたエピソードがベースなんです。その意味では姉妹作なんですね。
え、そうだったのか。ということは「Lebensunwertes Leben」の主人公は『スピナウト・クラッズ』のあの人なんですね。
カクヨムはごく最近に読み始めたのでまだ使い方も良く分かってないのですが、『スピナウト・クラッズ』と同じコレクションに含まれる「我が遍在するイリヤへ」を読んで、ちよっと理解が深まりました(汗;)
まったくその通りです。今回独立した短篇として書き直すにあたって、キャラの性格や設定をかなり変えていますが、変奏曲みたいなマインド(?)を感じて頂ければと願っています。
イリヤについては仕事関連のアレコレも済んでようやく落ち着いてきましたし、そろそろ完結に向けて動きたいですね……。
完結編、期待してます。
もう一つ、『スピナウト・クラッズ』のラストの部分についておうかがいしても良いでしょうか。ラストで、過去にタイムスリップした真紀と、元々過去の住人である健斗が出逢ったという解釈で良いのでしょうか(以下ネタバレにつき、白いフォントで隠してます)
ラストシーンの描写についてですが、主要人物たちが捨ててしまったものへの執着を離れて、(時間軸としても、意識としても)物語のループから脱出したという演出を意図しています。
詩布は次世代の導き手として新しい生を受け、真紀と健斗はお互いを失う痛みを経験した状態でふたり出会ったことで、今後は取り戻すために戦うのではなく、心の傷を癒す方向に物語の筋書きも変わったのではないか……と。
なるほど、そういう流れになっていたんですね。単なるタイムスリップにしては、つじつま合わせをされてないなと感じたのです(汗;)
個人的に、この作品の大きなテーマは輪廻からの解脱だと思っています。
登場人物はすべて大切なものを失った状態から始まって、自身の人生から欠けたものを拾いなおすために動いています。健斗は家族同然だった真紀と詩布、真紀は歩むべきだった平和な人生、詩布はナツミとしてのすべて。仏教的な意味での四苦八苦ですね。
悪役も悪役で、自分で捨てたつもりの人、失くしたことに気付かないフリをしている人と、色んな失い方をしたキャラクタの群像劇にもなっていますので、そうした部分に注目した読み方も楽しいかもしれません。
なるほど、無くした部分にもこだわりがあったのですね。
もともと私自身がロボットアニメが好きなサブカル人間で、そのなかでも榊涼介のガンパレ、高橋作品(特にFLAGは最高!)、それに今野敏や林譲治のガンダム小説で浴びたものをそのまま突っ込んだ作品がスピナウトになります。
本作を読んで何かしら琴線に触れたものがありましたら、カクヨムでは源泉かけ流しの私をご覧いただけるので、お暇な時にでもお気軽にご高覧ください。
おお、今野敏先生。本棚を見たら、SF系が数冊とミステリ系が十数冊並んでます。
平沼さまの作品にミステリの香りがするのはそこらあたりの影響があるのでしょうね。
最後に題名についておうかがいしても良いでしょうか。
「Lebensunwertes Leben」は、かつてのドイツの優生学的思想と関係あるのでしょうか。もちろん何らかの関連はあると思うのですが、それが作品の内容に影響しているのなら、そこもうかがっておいた方が良い気がしてきまして……
ネットで翻訳も当たれますが、数十年ぶりに独和辞典をひいてみました(汗;)
作品タイトルについてはご明察の通り、ナチスドイツの安楽死運動のスローガンから取ったものです。
ナチスが禁止していた耽美的な退廃芸術のタイトルに、このスローガンを引用する……という個人的なジョークのつもりで付けました。
内容に関しては史実の何かしらの事件とはまったく関係はございませんので、読者の皆様にはリスクを恐れず忌憚なく評していただければと存じております。
なんと、個人的なジョークのつもりだったのですね。そうだったのか……
知ってる人にだけ通じればいいや、くらいの感じで選んだつもりだったのですが、同アンソロでご一緒させていただいた松田夕記子先生が収録作のほかに提出された作品のタイトルも、拙作と同じ「生きるに値しない命」だったそうで……シンクロニシティって本当にあるものなんですね。
あのときは偶然の一致で面白かったです。
松田夕記子さんの作品のほうは第二次世界大戦下ドイツの超能力部隊の物語を少年のみずみずしい語りで表現されているものでした。
どちらも面白く、結果的には平沼さんの作品を選びました。
スピード感あり、男らしい口調の文体で進むお話で、女達のパレードがニューヨークを闊歩するといった鮮烈なイメージがほかの小説にはない味わいを齎してくれます。
通りの声を聞くというちょっとありえない設定もSFのアンソロジーならありかなと思いました。
男女の非対称性がテーマの一つとしてあります。「ボーイ ミーツ ガール」なのですが、このガールはボーイを振り向かない。どころかガール同士手を取り合って行ってしまう。彼はロクデナシと呼ばれる、男社会からも弾かれたところにいます。通りの声を聞く性質もあり辺境的な存在でガールを守ろうともするのですが、やはり最後には手を離してしまう。男女の話としてだけでなく、地球から弾かれてしまう人間としての哀しみも同時に含んでいます。
女たちが行進するパワーに圧倒されました。民族音楽に詳しくないので的確な表現ができないのですが、読んでいる間ずっと、アフリカのでかい太鼓が刻むリズムが流れているかのような身体のたぎりを感じてました。凄いです。
ありがとうございます。非西洋社会では「ドラムは心臓の音、ハートビート」とされていることが多く、最も原始的な楽器のひとつです。女たちの鼓動だけでなく、通りもまた鼓動をたぎらせていたのだと思います。
小説で現代アートやダンスのイメージを抱いたのですが、Yohクモハさんも何かご趣味でそうしたものをやっていたことはありますか?
N.Y.に滞在していたことはあります。たくさんの舞台やアートを浴びるように体験しました。全部ではないのですが通りを探索したこともあります。
第二回『幻想と怪奇』ショートショートコンテスト佳作「壁抜け女」は、MoMA(近代美術館)に入り浸っていた頃を思い出しながら書きました。
まず、紙面から感じる勢いと圧がすごい作品ですね。読んでいると文章が殴りかかってくるような感じがして、圧倒されますし、圧巻です。
この作品は「通りの声を聞く」という突飛なSF発想やセンセーショナルなパフォーマンスなどに目を惹かれますが、それらを描いている視点の設計がとても巧妙です。
語り部=「俺」の視点と読者の視点の重ね合わせ方を状況によって調節していて、一人称の中で「俺」と読者の距離感が変化する作りになっています。あくまでも「俺」から話を聞かされているのであって、「俺」の体験を追体験しているわけではない、という線が引いてあるんですね。作中で「俺」が感じる断絶にも似た作用を及ぼしていると思います。
そして、この断絶が最も強くあらわれたとき、物語もまた大きな展開を見せて、書き出しからは想像もできない飛躍が読者の目の前にあらわれます。本作はこの飛躍があるからこそのSFであり、パフォーマンスがただセンセーショナルさをもって描かれたのではなく、通りの声や序盤に出てくるフェティッシュな足の話も含めて、それらが呼び水であったことに気づかされます。
深く読み込んでいただき、感謝です。「俺」は限界のある語り手です。「俺」の目の前には聞き手がいて、彼に向かって喋っている。出来事全体から見たら「俺」の知らないところで起こっていることもある。それを補完するためにところどころで仕掛けをしています。仕掛けといっても最後には必然だったという仕掛けです。ただ距離感の揺らぎはあまり計算してはいないのです。喋りのリズムってあるでしょう。熱が入ったり、少し傍観者的になったり。そのリズムに乗って自然と展開していく感じですね。後付けですが、実はこの聞き手にもリアルな実像があり、『御免羅臼』を読んだら、わかるかもしれません。
ご著作の『御免羅臼』に出てくるというと、マッシュなのかなあ。わかってないかも(汗;)
(笑)マッシュならこんなおっさんの話長々と聞かないで~す。蹴り入れておしまい。キャラクターのその後を読んでくだされば、多分わかると思います。「月経樹」はクモハなりの9.11へのオマージュでもあります。
じゃあオレンジなのかな~?←適当(汗;)
マッシュは、けっこう律儀なところもあるから、少しは聞いてくれるのではと(笑)
9.11との関連性は少し感じてました。ごそっと無くなってしまうところなんかは、まさにそうですね。
本作は女性性について深くえぐるように描いた作品なのですが、相対的に男性性も描いています。それはすなわち人間(人類)について描いているということであり、壮大なクライマックスの果てに描かれるタイトル回収は生命の姿ではないでしょうか。
電子版でも文章の勢いや圧を感じることはできますが、是非紙で体験して欲しい作品ですね。
あと、クモハさんがお好きな作家にティプトリーを挙げていて一人納得しました。おそらく一番近いのは、ティプトリーでしょう。
ティプトリーに「愛はさだめ、さだめは死」という作品があります。人間はまったく出てこなくて、異世界の生物の視点で展開していきます。この作品を読んだ時、心底清々して世界は人間だけのものじゃない、このように語りたいと思いました。物語を語るのは人間だけですが、人間以外の視点で語ることができるのも人間です。深く謙虚でありたいです。
その視点は、まさにSFの視点といっても良いのではと思います。
オールドSFファンなら、ティプトリーでいうと「男たちの知らない女」(短編集『愛はさだめ、さだめは死』所載,1987)のスピリッツと、『ブラッド・ミュージック』(グレッグ・ベア,1985)の展開を思いおこすのではないでしょうか。
「男たちの知らない女」最高です。そして「ラセンウジバエ解決法」には心底ゾッとしました。クレッグ・ベアは未読なので読んでみたいと思います。
「ラセンウジバエ解決法」は、人間も単なる生物の一種(しかも害虫)であるという科学者としての冷徹な視点がありますね。
お好きな作家に、スタージョン、ティプトリー、コード・ウェイナー・スミスの名前があったので喜び勇んでインタビューをさせて頂いているわけなんですけど、既出の《御免羅臼》シリーズの題名が、ヒューゴー賞受賞作「オメラスから歩み去る人々」(『風の十二方位』所載,アーシュラ・K・ル=グウィン,1975)に由来していると知り、驚きました。
『御免羅臼』について語っていいのですか!?
「その一人(属性)を見捨てれば、共同体はうまくゆくのか」という問いは、常に心の中にあります。「名前のない少年=イブキ」を見捨てることができない人間の物語が「御免羅臼」です。
「オメラスから歩み去る人々」のカウンターバージョンを書きたいと思うのは、SF作家の性(さが)かもしれません。このシリーズは最初に少年が閉じ込められている空間のビジョンが来て、ゲイコミュニティの話は読者にとっつきやすくするための装置です。でも装置って書いていて面白いんですよ。あとがきでも触れましたが、初めはイブキの物語だったのに人間の部分が増えに増え、イブキとマッシュの物語になりました。
面白さは保証します。いつか出会ってください。
たぶん人間誰しも心の中に多かれ少なかれ「オメラス」が存在しているとは思います。それを意識しているかどうかは別として。『御免羅臼』は、我々一人一人のそんな人間性に対峙する物語でもあると思いました。
現実的には社会で犠牲になっている存在をすべて救うことはできないと思います。せめて、自分の中にあるちっぽけな思いを無視することのないように日々過ごしていきたいです。そして物語にも反映できたらと夢見ています。
コードウェイナー・スミス氏についておうかがいしても良いでしょうか。
《新世紀エヴァンゲリオン》で人口に膾炙した「人類補完機構」なのですが、動物を改造し人間形態にした「下級民」が登場しますよね。ちょっと「オメラス」の【牢屋の子ども】との共通項を感じてるのですが。
久々に読み返しました。スミスの略歴に東アジアでの経験があることと関連があるのでは、と思います。分けられているか名付けられているかは別にしても、近代社会は下積み労働なくしては成り立たないのは事実です。ただしスミスにとって「下級民」は差別対象ではなく、「ク・メル」に代表されるように、人間よりも人間らしい存在として書かれているところがあります。
ですね。為政者側が、日本でいうと非人、インドの不可触民のように身分序列の外に置いた存在。国民を牛耳るのに都合が良いのでしょうが……
コードウェイナー・スミス氏の作品は、全部好きなのですが、特に「スキャナーに生きがいはない」と「シェイヨルという名の星」は格別です。
クモハさんはどうでしょうか。
『鼠と竜のゲーム』を久しぶりに読み返したのですが、好きな作品が多過ぎて絞ることができませんでした。『ショイヨルという名の星』に収められているJ・J ピアス編の「人類補完機構年表」を読んでニヤニヤするのが好きです。全体があって、部分を切り取ってくるような世界観が好きなんだと思います。思いもよらない人物が、思いもよらないところで顔を出すような。「シェイヨルという名の星」にもスズタル大佐が出てきます。
昔のSFでは、年代記ものは確たる位置を占めていたと思いますが、最近は少ないのかなぁ。ずいぶんと読書量が落ちていますのでわかりませんが(汗;)
あと、2020「阿賀北ノベルジャム第一回グランプリ」を受賞された『バッテンガール』と、その姉妹編の『ムービングモス』という王道青春小説も書かれているし、初期短編集『ドグウ in the Box』も面白かったです。『ドグウ』の中ではファンタジー系の「女神の夜」、SF系の「ターン」と「Can't take my eyes off you」が特に面白かったです。
どれもが完成度が高く、小説家「Yoh クモハ」氏を知るには絶好の一冊ではないでしょうか。
ありがとうございます。単行本すべてに言及してくださるとは、雀部さんの面目躍如ですね。ヤングアダルトはてらいなく希望が語れるので、これからも書き続けたいジャンルです。
『ドグウ』はすっとぼけたショートショートと熱の入った短編がごちゃ混ぜなのですが、その中でも熱量の高い作品に触れていただき、感謝に絶えません。
「Can't take my eyes off you」は実験作でした。肉体と存在の乖離は『歌う船』(積読なので内容については…)のように古典から存在します。「my eyes」の主人公たちは現在と地続きで存在する、けれど大半の人の目には触れることのない特質の人たちです。非難にしても賞賛にしても、もう少し反応があるかと思っていたのに、今まで一度も感想をもらえたことがなくて大変嬉しく思います。
余談ですが「Can't take my eyes off you」は映画「ディアハンター」の挿入歌でもあります。
物書きになってインタビューを受けるのが一つの夢でした。叶ってしまってどうしよう!
自作を含め大好きな作品について読み返したり、思い返したりするだけで楽しかったです。
これからも思考の辺境から作品を届けたいと思っています。
『ドグウ in the Box』はいくつかの書店のオンラインで購入できます。お尋ねください。
高いリーダビリティがあり、現実から離れた世界観を読めるのはSFの醍醐味です。トリを飾るにふさわしい作品でした。
なにより読後に良いものを読んだと思えるさわやかな読後感を目指したので、集めた作品のなかではこれがいいんじゃないかなと思いました。
もともとは別の企画に向けて書いた作品だったのですが、落選後に九頭見さんにお伺いを立てたところ「出してもいいですよ」とご快諾をいただき、応募させていただきました。それがまさか、表題作になるとは思ってもいませんでした。
あと個人的にこういう世界観のものが好きというのもあります。
宇宙・戦闘・少女・愛・人工知性体とくれば、九頭見さんの大好きなジャンル(笑)
リーダビリティが高いのは私も感じました。
ありがとうございます。
本作の執筆にあたって強く意識したのが、かつて熱心に読んでいたライトノベルでした。内容や作風を寄せるのではなく、そのとき熱中させられた感覚をなぞることに注力しました。
世界観については、執筆中にたまたま九頭見さんと雑談する機会がありまして、その折に新海誠監督の『ほしのこえ』が話題に上りました。そのとき「ああ、これってセカイ系なんだ」と気づいて、世界観のチューニングができました。
リーダビリティについては、そのように目指したこともありますが、なにより作家仲間に下読みしてもらったことが大きいですね。情報の出し方、描写と一人称視点との整合性の確認など、わかっているつもりで見落としている部分を省みる良い機会になりました。
作家仲間で下読みされているんですね。それはブラッシュアップに良さそう。
最初、異種生命体の侵略から地球を守るために闘う男女というとエヴァっぽい話かと思いました。しかし、闘うために生み出された少女が、地球上空で敵を殲滅するというと『イリヤの空、UFOの夏』のほうがより近いと感じました。で、お好きな作家に秋山瑞人先生のお名前があったのでやはりと。
秋山瑞人先生、大好きですからね。
本作については、書いている間ずっと『鉄コミュニケイション』と『おれはミサイル』を頭の隅に置いていました。あと、SF的な世界へのアプローチ方法は、荒巻義雄先生の『ニセコ要塞1986』や、奈須きのこ先生の『Notes.(鋼の大地)』からの影響が大きいです。
これらの作品は、自分のかなり深いところに根ざしているので、いつかそれらに対する返歌みたいなものを書きたいと思っていました。今回はそうした作品から受けた影響を隠さずに、むしろ積極的に出していこうと思って書いていましたが、結果的にうまくまとまったと思います。
ここで荒巻先生のお名前が出るとは。「ぼくは明日トマトを買いに行く」を読んだ時に『ニセコ要塞1986』を連想したんですよ。私らの世代だと『終わりなき戦い』(1978)からの『戦闘妖精・雪風』(1979~)や《要塞シリーズ》(1986~)への流れですね。
私の場合は、中学生の頃に塾の先生が佐藤大輔先生の『目標、砲戦距離四万!(文庫版)』を貸してくれたのがきっかけでした。その時点で、SFやメカ描写のある作品は大好きだったのですが、このとき架空戦記(仮想戦記)というジャンルを知って、好んで読むようになりました。
その流れで、荒巻義雄先生の『旭日の艦隊』を手に取ったのですが、シリーズを追いかけているうちに『ビッグ・ウォーズ』や『要塞シリーズ』の存在を知り、そこからSFを読むようになりました。
高校生になるとライトノベルが読書の主体になるのですが、傾向的にはあきらかにSFに向いていましたね。光瀬龍先生編の『全艦発進せよ!』や山下いくと先生の『ダークウィスパー』が収録されている『サイバーコミックス』を古本屋で見つけて、繰り返し読んでいたのもこの時期です。
この流れがあって、秋山瑞人先生の作品と出会い、神林長平先生の『戦闘妖精・雪風〈改〉』を読むのですが、あまり体系的に読めていないのがバレバレでお恥ずかしい限りです。
十分体系的だとは思いますが。好きな作品からその周辺に広げて読み進むのは、いわば王道でもあります。
ストーリーでいうと、ラストのほうで、鐸冶と真宙との会話から、二人の関係性が人類と人工天使のそれに広がっていく感じが凄く良かったです。あ、SFだなあと。
ありがとうございます。
じつはあの展開はプロットにはなくて、書きながら考えたところでした。
ひとの姿をしたひとではない存在を描いていくと、「ひととはなにか」という問いにぶつかるので、おのずとその回答を示さなければならなくなったんですね。
このとき、鐸冶(人間)と真宙(人工天使)、空(戦場)と地上(日常)というように、関係性を相対化して見せることができたので、ミクロな視点からマクロな視点へのアプローチが可能になりました。
あ、SFになった、と確信したときでもありますね。
もう一つ、ストーリー上の疑問をうかがってもよいでしょうか。
冒頭で、鐸冶がヴェルダを排天砲で迎撃しようとした際に、ある予感があり撃つのを躊躇うシーンがありました。この予感とは何だったのでしょう?
熟練兵としての勘(直観)です。鐸冶の実年齢が年若い外見と一致しない、という防空戦闘員の背景を見せておく意味合いもありました。
神林長平先生の「妖精の舞う空」(『戦闘妖精・雪風〈改〉』所載)に「人間の直観は精密ではないが正確だよ。めったに故障しない」という台詞があるのですが、あらためて言語化するならまさにこれです。
あとは、佐藤道明先生の『海溝要塞1996イラストストーリー』における予感の描き方が心に染みついているからだと思います。
なるほど、直観にしたがって人類と人工天使の新たな関係を担うことになったのか。
ところで、ホームページから音源も聞かせて頂きました。作詞いっぱいされてるんですね。特に『Lyrical Lovery Witchcraft ~恋色マスタースパーク』『砕月~天零萃夢 Re:A&Re:nG Ver』あたりが好みです。
ありがとうございます。照れます。
やはり『砕月~天零萃夢』は強い……。作詞家としての私は、いまだにこのときの自分を超えられません。
『砕月~天零萃夢』は人気なんですね。私の感性も、まだそれほど老化してないのか。ちょっとうれしい(笑)
短編では「それでは、ダンスをご覧ください」が好きです。これからの展開(続き)が読みたいですねぇ。
『それでは、ダンスをご覧ください』は、古賀コン7のときに1時間で書いた作品ですね。「続きが読みたい」という感想は、ほかにもいただいているので、機会があったら続きを考えてみようと思います。あるいは、世界観を共通する連作短編とかですかねぇ。
追加でお願いしたいのですが、「それでは、ダンスをご覧ください」の続編は蒼桐さまの楽曲(作詞)つきでお願いしたいです。ダンスを踊る箇所にマウスをあわせる(指で触る)と楽曲が流れるとかで。
あわわわ……、それは想定していませんでした。が、如月メイカのモデルはボーカロイドのMEIKOなので、楽曲制作自体はやりようがあります。小説閲覧と楽曲再生を両立させる公開手段がネックではありますが、忘れていた自分の引き出しに気づかされた思いがします。
冷静に考えてみると、『それでは、ダンスをご覧ください』は即興で書いた作品なので、続きを書くにはあらためて作品と向き合って内省するところからはじめないといけません。即興作品のやっかいなところ(おもしろいところでもあります)は再現性のなさなので、あのときどういう道筋で自分が書いたのかとか、なぜここで「ひとの姿をしたひとではないもの」を題材に選んだのかとか、そういった自分自身への問いかけとそれへの答えですね。地道にやっていこうと思います。
ありがとうございます! 嬉しいです。
『あおとりどり』は自分の名刺的な位置付けで、こういう作家ですよ、と自己紹介できる本を目指しました。大々的に売る作りにはしていないのですが、実際作ってみるともっと売れて欲しいなぁ、と思います(笑)
『ペンギンSFアンソロジー』購入希望アンケート、回答しました! 一冊ずつですが(汗;)
ありがとうございます。ペンギンSFアンソロジーはカクヨムの自主企画がもとになったアンソロジーですがお楽しみ頂けると嬉しいです。