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Author Interview

インタビュアー:[雀部]

回転翼の天使
『回転翼の天使』
> 小川一水著/篠雅律装画
> ISBN-13: 978-4-8945-6753-5
> ハルキ文庫
> 720円
> 2000.9.18発行
粗筋:
  大手航空会社で「空の女」を夢見ていた夏川伊吹がかろうじて就職できたのは、地元の弱小ヘリ会社「ジュエルボックス・ナビゲイター」社。そこで待っていたのは地べた九割・空一割の雑用の日々。やがて伊吹は、ヘリの魅力に目覚め、ヘリ会社にとって必要な要員に成長していく。

『老ヴォールの惑星』
> 小川一水著/撫荒武吉表紙画
> ISBN-13: 978-4-15-030809-4
> ハヤカワ文庫JA
> 720円
> 2005.8.31発行
収録作:
「ギャルナフカの迷宮」
「老ヴォールの惑星」SFマガジン読者賞受賞!
「幸せになる箱庭」
「漂った男」星雲賞日本短篇部門賞受賞
老ヴォールの惑星

こちら、郵政省特別配達課!
『こちら、郵政省特別配達課!』
> 小川一水著/こいでたくカバーイラスト
> ISBN 4-257-01079-7
> ソノラマノベルズ
> 1143円
> 2005.12.30発行
'99年と'01年にソノラマ文庫からでた『こちら郵政省特別配達課』と『追伸・こちら郵政省特別配達課』の合本
粗筋:
 君は深紅の新幹線を見たことがあるか。深夜、ひた走る郵便専用高速列車を。君は、赤いはしご車を見たことがあるか。あれは消防車ではない。激増する高層マンションの住人に、一時でも早く配達するための特殊郵便車両だ。あの伝説の配達集団、郵政省特配課。宅急便など民間の追い上げに対抗すべく生まれた総務省(郵政省)の鬼っ子、特配課。冒頭から、家を一軒運んで、読者の度肝を抜きます(笑)

『ファイナルシーカー』
> 小川一水著/山本七式カバーイラスト
> ISBN-13: 978-4-8401-1490-5
> MF文庫J
> 580円
> 2006.1.31発行
粗筋:
 高巣英治は、同級生と乗ったボートが海に流され遭難してしまう。台風の接近で死の淵に立たされた英治を救ってくれたのは、〈最後の切り札〉として出動するレスキューの最高峰、航空自衛隊救難飛行隊だった。この体験で、英治はやがて救難飛行隊に入り、いち早く遭難者を発見することから『千里眼』の異名をとる救難員に成長する。だがその能力は英治が遭難したあの現場で身についた不思議な力(の持ち主「灯」)だった。
ファイナルシーカー

天涯の砦
『天涯の砦』
> 小川一水著/撫荒武吉表紙画
> ISBN-13: 978-4-15-208753-9
> ハヤカワSFシリーズ Jコレクション
> 1500円
> 2006.8.31発行
粗筋:
 27歳の軌道業務員である二ノ瀬英美は、惑星間航行士の公募に応募したが、最終選考で落第、失意と共に地球と月を中継する軌道ステーション〈望天〉に戻ってきていた。
 そんな矢先〈望天〉で破滅的な大事故が勃発する。虚空へと吹き飛ばされた残骸とめり込んだ月往還船〈わかたけ〉からなる構造体は、真空に晒された無数の死体とともに漂流を開始する。だが、隔離されたわずかな気密区画には数人の生存者がいた。空気ダクトによる声だけの接触を通して生存への道を探る彼らであったが、やがて構造体は大気圏内への突入軌道にあることが判明する……。

雀部 >  今月の著者インタビューは、2006年8月にハヤカワSFシリーズ Jコレクションから『天涯の砦』を出された小川一水先生です。
 小川先生初めまして、よろしくお願いします。
小川 >  よろしくお願いします。
雀部 >  早川書房からは、文庫JAで《復活の地》シリーズと短編集『老ヴォールの惑星』、そして『天涯の砦』と出されたわけですが、やはり早川書房の本と言うと、コアSFを意識して書かれますでしょうか。
小川 >  初めてのころは多少プレッシャーもありました。読者の方から「早川で書かれるようになったので、ようやく(私のことを)SF作家として人に薦められます」などと言われたこともありましたし。でも今では、実験室のように感じています。「まだ実験室でしか合成に成功していない物質」みたいな意味で使われる、実験室。面白いことを思いついたらまずここでやらせてほしい。
雀部 >  SF作家として人に薦めることが良いのかどうかと言う問題はありますけど(汗)
 ヤングアダルト向け書籍でSF作家と銘打つと、売れ行きが落ちるんじゃないかと心配ですし(笑)
小川 >  SF作家と銘打ったことで売れ行きが落ちたような記憶はありません。上がった記憶もないですが。SF作家として人に薦められること自体は嬉しいです。
雀部 >  頼もしいお言葉ですね。SFファンはもっと自信を持っても良いかも(笑)
 しかし、“実験室”とは言い得て妙ですね。特にSFマガジンにはそういう場がもっとあっても良いのではないかと。主流文学の方でも、そうとう変な小説あるからなぁ。
小川 >  SFマガジンは全体がそういう場だと思っていました。
雀部 >  え、そうなんですか。SFマガジン、30年以上読んでいるんで慣れきって、そんなこと考えたことがなかった(汗)
 『こちら、郵政省特別配達課!』は、そのぶっ飛んだ設定や憎めないキャラとか、大好きな話なのですが、郵政省(今は総務省か)あたりの郵便局の民営化反対勢力から依頼を受けて書いたとかはないのでしょうか?(笑)
小川 >  確か一度、郵便局で働いているという方からメールを頂いたことはありますが、気持ちだけです(笑)
 特配課は、あれを書いたことで自分の好みがよくわかったという点で、エポックな作品でした。乗り物好きとか、大きな組織とか、判官びいきとか、ハッピーエンドなどです。
 でも特配課の後書きですでに書いているんですが、組織好きと判官びいきというのが、もう矛盾している。当時はまだ、矛盾していていいのかな、そんなことじゃだめだろうと思っていたんですが、最近はそんなものだと思うようになりました。人間は、組織人か個人かで割り切れるものじゃないですよね。いろいろな要素が濃淡をもって寄り集まっているのが人間。
 ソノラマ文庫では次に少年向けの冒険物を書かせてもらうつもりですが、今の長編が終わらないのでなかなか始められません。ごめんなさい。
雀部 >  組織の中のはぐれ部署の話ですから、やはり判官贔屓で良いのでは(笑)
 本筋と全然関係ないのですが、作中で岡山名物「吉備団子」が、ちょっとしたモチーフとして使われています。それとG−NETが「岡山―笠岡間で通信不良」になったりしますよね。ひょっとして岡山に土地勘がおありなんでしょうか。地元民としてはとても気になります。
小川 >  岡山は、瀬戸大橋を通るときに通過したことがあるだけで……すみません。
雀部 >  ありゃ、なんか残念(汗)
 『天涯の砦』と通じるところも多い『第六大陸』なんですが、「月面でウェディング」という素晴らしいプランは、どこから思いつかれたのでしょう。実は、松本先生と『宇宙に暮らす』の著者インタビューの際に“2002年末の英国惑星間協会誌に掲載された論文:宇宙資源をさらに利用し発展させるには、宇宙観光(最初は低地球軌道旅行、次の段階は軌道ホテルへの宿泊など)の実用化が、大きな経済・金融的な推進力になる”という話をしていたのですが、ブライダル分野は思いつきもしませんでした。
小川 >  「名古屋人の発想ですね」とはよく言われます。でも私、岐阜の生まれなので、生粋の名古屋人ではないですよ。嫁取り物語みたいな逸話が身近にあったわけでもなし。ああ、でも、結婚した友人が七、八人いますが、ほとんど式場で豪華にやっていたのは確かです。チャペルから披露宴会場までレンタルのフェラーリで移動した人もいました。
 これって全国的では……ないのかな。ないんでしょうね。
雀部 >  全国区ではないでしょうけど、新潟とか富山とかはもっと凄いとは聞いたことがあります(笑)
 『ファイナルシーカー』は、アニメとの連動企画ということで、最初にお題ありきの本のようですが、あちらから要望があったのはどんなところなのでしょうか。
小川 >  『ファイナルシーカー』はバンダイビジュアルの方からお話しを頂いて、始めました。その方が航空自衛隊の救難隊の熱烈なファンで、ぜひこれを広く紹介したい、何度か漫画家の方に頼んだが、今度はメディアミックスで広くやりたいというので、アニメ・漫画・小説の三本立てでやろうと。その時、私が以前書いた『回転翼の天使』という話を読まれていて、ヘリコプターものの書ける作家ということで、メディアファクトリー経由で、私のところにお話が来ました。
 あちらからの要望は特になくて、救難隊の活躍する話、ということぐらいです。最初は架空の基地でもいいといわれていました。でも救難隊というのは、リアルがフィクションを大きく凌駕している場なので、これは下手にひねらない方がいいかな、という気になりまして。小松基地での話になりました。
 ただ、漫画とアニメは救難ヘリのパイロットを主人公に持ってきているんですが、私が見て回ったら、救難で一番大変なのは、ヘリからロープで降下する救難員、メディックのように思われたんですね。そこで、メディックを主人公にしました。
雀部 >  それほど制約は無かったんですね。読ませて頂いていて、ちょっと閉塞感があったんで、どうだったのかなあと思いました。どっちが好きかと言われると、『回転翼の天使』の方が好きなんです。“乗り物好きとか、大きな組織とか、判官びいきとか、ハッピーエンド”全部入ってますよね(笑)
 『ファイナルシーカー』は、小松基地の取材が存分に活かされた感じでリアリティがあり面白く読めました。あと「灯」というキャラが興味深かったです。主人公にこういう能力を与えるとなると、これか超能力かどちらかですよね。自衛隊という組織の閉塞感を「灯」の存在で少し和らげるのかなと思って読み進めていくと、「灯」ちゃんは、なかなか大変なことを具現した存在だったんですねえ。
小川 >  命を扱う現場だから生半可なキャラは出せない、と思いつめていたところはあります。救助現場は、生身の女の子がひょいひょい出て行けるような場所じゃありませんから。でもいろいろと割りきりが足りなかったですね。今振り返ると、灯はもっと活躍していいキャラでした。笑わせたり怖がらせたり、ありえないようなことをやってもいい。基地全体を停電させるとか。
 救助にまつわる苦しさや恨みは別の形で出しても良かったかも。
雀部 >  なんか、一作で終わるには勿体ない企画でしたけど。
 ところで、自衛隊(救援隊)諸氏からの感想はございましたでしょうか?
 遭難者を見つけ出せるなら、俺にも憑依してくれ〜とか(笑)
小川 >  こちらは現場の方からのリアクションはなかったです。うーむ悔しい。
雀部 >  あ〜、返信用葉書同封の『ファイナルシーカー』著者謹呈はされなかったんですか(笑)
 ホームページで、モーターパラグライダーをやりたいと書かれてますが、バイクがお好きということで、やはり空を飛ぶにも風を感じていたいということでしょうか。
小川 >  個人用飛行機、早い話がナウシカのメーヴェにずっと憧れているわけです。いま書いている短編が、ちょうど個人用飛行具の話なので、発表時期が決まったらまた告知します。
雀部 >  『イカロスの誕生日』は、まさにそういう話(しかも飛行具も要らない)でしたが、小川先生が、イカロスのように空を自由に飛ぶ能力(地球上に限定)を得るのと、宇宙船に乗って宇宙を探検するのだと、どちらを選ばれますか。
小川 >  実際にですか。もちろんお手軽なほうです。自分ひとりでもできそうなものがいい。
雀部 >  やはり。知識より実経験なんですね。
 クルマは軽四が多いそうですが、排気量と外寸に制約のある軽四は、ある意味航空機とか宇宙機に通ずる潔さが必要と思っています。ビートなんか一時買おうとしたんですけどね。
小川 >  軽の制約は技術的な必然性から来たものではないので、その設計はあまり楽しいものではないでしょうが、軽自動車自体は、日本人の暮らしに合っていると思います。私も子供がいなければずっと軽に乗っていたでしょう。でも、燃費や耐久性を考えると、ほんとは一リッター強の排気量の車の方が、環境にいいでしょうけどね。
雀部 >  そっちのほうが燃費も良いはずですね。
 奥様用にスズキ・ツインがあるそうですが、なぜこのクルマを選ばれたのでしょう。実は去年、私もツインの購入を検討したんです。結局コンセプトと可愛さに負けて、軽四のスマートを買ってしまいましたが(笑)
小川 >  これはもう、妻の希望です。今では、車検で代車のワゴンRに乗ってさえ、大きすぎて怖いと言っています。
雀部 >  ツインは二人乗りなので、同じ軽四でも長さが違うからかなぁ。
 宇宙船なんかは制約だらけだと思いますが、『ファイナルシーカー』などは現実に基づいたフィクション、『第六大陸』などは近未来の話(資金の問題もあるし)ということで、やはり制約があったと思います。それに比べると『老ヴォールの惑星』は架空世界や遠未来の話で、そういった制約はあまり無いと思いますが、どちらが書きやすいとか好きだというのはありますでしょうか。
小川 >  少し前までは架空世界のほうが書きやすいと感じていました。架空世界では現実に縛られませんから。
 しかし、縛られないということは、自分が全責任を持ってその世界を作らないといけない。これはすごく大変な作業です。最近そのことがわかってきて、世界構築に二の足を踏むようになって来ました。そうぽんぽん量産はできない。やる気ではいますけど。
 現実世界は現実世界で情報量が多くて取り扱いが大変なんですが、説明なしでも読者がわかってくれる、わかった気になってくれる要素が多いので、その分書きたいポイントに集中できる。何を食べて何を着て、ってところは省けますから。だから現実世界も好きです。早川で展開されてるリアル・フィクションっていうのは、そういう路線じゃないかなと思ったりもしています。
雀部 >  世界構築が難しいから、一度作るとシリーズ化しちゃうとか(笑)
 この『老ヴォールの惑星』に収録された短篇は、解説された松浦晋也先生が「ある極限環境と主体の相克というテーマを扱っている」とおっしゃっていますね。これを読むと現在の小川先生のSFに対する立ち位置が分かるんですが、「ギャルナフカの迷宮」からは、ゲームの影響と堀晃先生の「イカロスの翼」へのオマージュを感じたのですがどうでしょう。あと、ジレンマの解決方法は、ゲーム理論(囚人のジレンマ)かなとも。
小川 >  ゲームは私、子供のころからかなりやっているんで、どの作品にも影響は出ていると思いますが、ギャルナフカはむしろゲド戦記ですね。ゲド二巻の迷宮の話。自分の中でどういう文脈でそれが出てきたのかはわかりませんが、松明一本を手に、あるいは松明すらなくまったくの暗闇の中を延々歩き回ったテナーの恐怖と閉塞感を、書きながらちらちらと思い出していた気がします。
雀部 >  《ゲド戦記》でしたか。う〜んそうだったのか。全く気づかず(汗)
 表題作の「老ヴォールの惑星」は、タイムリーでびっくりしました。(ホットジュピターについては、先月の著者インタビューをどうぞ) 特に“フライマたちが繁殖せずに、すべての個体が過酷な環境ゆえに全く同じ形態に育つ”という下りには驚きました。フライマの生態系はよく考えられていて感心したのですが、これはモデルとなる生命体がいますか?
小川 >  いえ、特にはいません。
 あるSF好きの知人から、いくら星が広くたって、繁殖なしで全個体が進化で生れてくるっていうのは無理だろうと突っ込まれました(笑)
雀部 >  そりゃそうでしょう。特に生物学をやった人だと、即座に(笑)
 全個体が同じ形態に育つとか、お互いに光学コミュニケーションが取れるとかいうところも。これらは、そもそも繁殖をしない生命体が共有知識を増やして受け継ぐためには必然の設定ですからしょうがありませんよね(笑)
小川 >  光学器官が発達するのは、ためにした設定じゃないですが……強風の吹く環境では音や匂いでは情報を得られないでしょう。あの星の熱さじゃ赤外線だって使えるかどうか怪しいものだし。可視光に頼るのは妥当な設定だったと思います。
雀部 >  妥当な設定もなにも、他に可能性があるとしたら精神感応くらいでしょう。すべての要素が「ホットジュピーター上で、繁殖なしで全個体が進化で生れてくる」というメインアイデアから演繹されているので感心したわけです。
 「漂った男」は、読み始めて『ファイナルシーカー』の“灯”ちゃんが居たら早く見つかるのにと思いました(笑) 『SFが読みたい!2006年版』の対談を読むと、ちょうど救難対を取材した後だったんですね。これらの四編を読ませて頂いて、小川先生のSFのもう一つのテーマは、“環境と主体の相克”だけではなく、“他の主体(環境を含む)とのコミュニケーションである”と確信しました。“老ヴォール”というかフライマたちも、人類と同じく社会的動物であるところが感動を呼ぶのだと。
小川 >  コミュニケーションを持ち出していい話を作るのは一般文芸の手法なので、多分SFプロパーの人に言わせれば邪道です。人間を書かない方が科学の面白さは出せる。その究極は独自理論で宇宙をひとつ作っちゃうことでしょう。
 老ヴォールは、そういうのを書こうとして、手駒が足りずに人間的知性体を投入してしまった話でした。本当は導きの星に出てくる、ホウキ型宇宙人みたいなのを書ければよかったんですけど。すごくわかりにくい知性体。
 そういうのを書こうとしたのに人間が出てきちゃったということは、やっぱり私、人間なんでしょう。ヒト。
雀部 >  人間と異生命体とのコミュニケーション、もしくはコミュニケーションの不在を扱った名作SFは沢山ありますし、むしろ王道だと思いますけどね。
 確かに人間は書けてなくてもSFとして面白い作品はいっぱいあります。しかしそういう作品を珍重するのは、我々SFファンだけかも(自虐笑)
 異生命体が、解りにくい・理解不能なほど評価が高い(『ソラリス』とか)のも事実なんですが、小川先生には、ぜひ分かりやすくて面白いハードSFを目指して欲しいし、その資質がおありになると思っていますが。
小川 >  でも、ソラリスの海は難しくてわからなかったですよ(笑)
雀部 >  人間に理解不能だからソラリスの海なのであって(爆笑)
 「幸せになる箱庭」は、題材といい手際といい、まさにイーガン的な短篇だと思いました。さらにイーガン氏より分かりやすいという特徴もあります。
 イーガン氏は意識されてますでしょうか。
小川 >  かなりしています。同じ路線でついていくのは到底無理ですが、ああいう話を踏まえて書かなきゃいけないという気はします。同じ路線としては「箱庭」はまだまだです。
 イーガンは前衛ですが、同時に生活感をしっかり書いている人です。オーストラリア人というか、英語ユーザーの感性が強く出ているので、自分としては、それを日本人がやったらどうなるかを書いてみたいです。
雀部 >  それは小松左京氏的な作品になるかも知れませんね。ぜひお願いします。
 イーガン氏の作品は、アイデアと筋立てにはいつも感心するんですが、主人公への感情移入となるとちょっと手薄で、そこらあたりが読みにくさの原因かなぁとも思います。
 小松先生の小説は、そこらあたりの塩梅が上手いので、面白くてためになる。私は、初代の文系ハードSF作家と呼んでいます(笑)
小川 >  文系かなあ。小松さんって一般例としての人間は書くけれど、キャラ立てをしないじゃないですか。日本沈没の小野寺も、さよならジュピターの本田英二も、復活の地の吉住も、全部同一人物でしょう。いわゆる文系の人はもっとその辺こだわるような。
 小松SFは文系理系よりもっと深い一般原則まで届いてるから、広く親しまれたんだと思います。
雀部 >  小松左京先生は、個人より集団としての人間とか、人類の行く末とかを真剣に考えられているから(笑)
 文系というのは、それほど深い意味で使っているわけではなく、ご専門がイタリア文学なので。文系出身でありながら、ハードSFも書かれるという。
 すみません寄り道が多くて(汗)
 『天涯の砦』なんですが、登場人物が多彩ですよね。それぞれ個性があって。
 これ、映画で言うとパニックものの要素の他に、いわゆるホテルものとか空港ものに代表される群像劇の側面もありますよね。
 主人公の二ノ瀬が、宇宙飛行士としては落ちこぼれの軌道業務員というのも、なかなか考えられたうまい役どころで、それだけで身近に感じます(笑)
 登場人物の誰が書きやすかったとか、または気合いを入れて書かれたキャラとかはありますか。私は、田窪医師が良い味出していて好きですが。
小川 >  田窪さんはポリシーのある強引な男性ということで、わりと書きやすかったです。世の中を動かしているタイプの人です。その手の人は異なる人間関係に放りこまれると、浮きまくって怒り出しちゃったりするんですが、そういうときにも浮かない頼れるおじさんとして書きました。基本は嫌な人ですが。
雀部 >  世知辛くてちょっとクールで。SFファンが大好きなタイプですよね(笑)
小川 >  気合を入れたのはご想像通り青少年二人組です。怒ったり憎んだりするキャラはあまり出したことがないんですが、今回はどうしても必要でした。坊さんの集団じゃあるまいし、人間が死ぬかもしれないときに、粛々と合理的な行動を取るわけがない。めちゃくちゃをやるはずです。非合理だとわかっていても暴走して、死んでしまうようなこともあるかもしれない。そういうところを見たくて出しました。
 ただ、書いてわかったんですが、人間の善意がああいう極限状況でどうなるかというのは、まだまだ煮詰められそうです。まだぬるい。もっと逆に、仏のように優しい人を出しても面白かったかもしれませんね。仏陀を窒息させる。本物の仏なら捨身飼虎をやりますけど、生身の人間には無理なので、ギリギリのところでなんか出るかもしれない。何が出ますかね。
雀部 >  それは残念、何が出るのか見せて欲しかったです。
小川 >  しかし、一番大変だったのは甘海でした。原稿の最初のバージョンでは、人間を限界状況に置いて本性を出させるという都合上、彼女はもっととてつもなく困った人間でした。泣いたり逃げたり、パニクって固まったり、二ノ瀬をめちゃくちゃてこずらせていました。編集さんから、ただ単に嫌なやつじゃないかと言われたので、読み返してみると確かにそう。自分でも「こんな女早く死ねばいいのに」とか思った(笑)
 それで編集さんと相談して、一度エンドマークまで書いてから、彼女だけ書き直したんです。書き手の感覚としては、ビルを建てた後で大黒柱を一本建て直したようなものでした。あの位置にああいう人を持ってきたのはいろいろ難しかったです。
雀部 >  ああ、書き直されたんですね。甘海さんも段々しっかりしてきて可愛く思えましたもの。最初は私も読んでいて、ハリウッド映画だと真っ先に死ぬか、肝心の所で騒いで主人公を窮地に陥らせるタイプだなぁと(笑)
 また登場人物の設定を全体的に考え合わせると、背景となる時代においての軌道ステーションの位置づけが雰囲気として解るように配役を考えられたんだなあと感じられました。
小川 >  雰囲気がわかるように入れたのは、子供たちですね。宇宙がプロの現場から日常的な世界へと変われば、老人子供もやってくるはずなので。主人公の二ノ瀬もか。英雄でない宇宙飛行士。
雀部 >  ここらあたり、さきほどのお話に出てきたリアルフィクションとも関係しますね。昨今宇宙旅行というと、SFやアニメなんかである程度読者側に知識があり、宇宙船の事故だとか、壁の外が真空であるとどういう危険があるか想像できます。しかし反対にSFとして目新しさを出すのが難しく、人間ドラマとしての面白さが重要になりますよね。そこらあたりが上手く書かれているのでとても楽しめました。
 こういうパニックものでは子供を出すのはお約束みたいなものでしょうが、ああこれは宇宙産業が観光資源としてこなれてきている時代の話だなと感じました。
小川 >  しかしながら世界観や家族観は、あまり飛ばすとなんだこりゃと思う人が多そうだったので、かなり保守的に設定しました。2100年に核家族が生き残ってるとは思えませんし、日本人だけのステーションなんてものも多分成立しない。月面基地の発展も疑わしいです。月より先に、小惑星や彗星の開発が進むかもしれない。月には水はあるかもしれませんが、炭素と窒素が全然ないので、生き物が育たない。ある種の小惑星を引っ張ってくればそれがまかなえますから。
 それに、ロボットをぜんぜん出さなかったのもうそ臭いですね。人間自身の機械化はそれほど進まないでしょうけど、インフラのほうは、もっとロボ化が進んでいると思います。ユビキタスももっと進んでるでしょうから、たとえ身一つでどこかに閉じこめられても、手持ちのAIと会話できるし、ネットワークにつなげるんじゃないですか。田窪さんの犬なんかも、本来ならロボ犬かもしれない(笑)
雀部 >  ありゃロボット犬ですか。犬好きとしては、ペテルギウス君は、ぜひ生身のワンちゃんで(笑) ネットワークに関しては、ああいう大事故なので、当然繋がらないだろうとは思いましたが、そういえば故障したとかの言及はなかったですね。
小川 >  ポセイドンアドベンチャーにするために、うそ未来にしたという点はあります。
 でもインドやブラジルの台頭は本当でしょうね。わからないのはアメリカで、あの国は百年先にどうなってるんでしょう。末はローマ帝国かな……私としては崩壊してほしくないんですけど。
雀部 >  インドの教育インフラは相当なものですね。資源小国の日本も、本来ならインドのように教育に金をつぎ込むべきなんですが。
 アメリカは、百年先くらいならまだ威張っていることと思います(笑)
 小川先生は、時代背景とか技術的な設定を考えるのと、キャラ設定とか登場人物をどう動かすか考えるのとではどちらがお好きでしょうか。
小川 >  キャラが勝手に走って物語がどんどん進む、ということが過去に何度かありました。あれはすごく気持ちいいのでまたやりたいんですが、天の時・地の利・人の和みたいなものが揃わないと発動しないみたいです。最近はあまりありません。
 設定を考えるのは好きでしたが、ここ数ヵ月は違う方向でやっています。
雀部 >  なかなか発動しないんですね。どこでも小説の神の降臨はむずかしいようです(笑)
 そういえば『復活の地』を読ませて頂いて、作者が楽しんで書いているのが伝わってきて、あ〜これはキャラが存在感を持って自由に動いているなあと感じたのですが、この作品は違いますか?
小川 >  この話ではかなりキャラが走りましたね。
雀部 >  やはり(笑)作者が楽しんで書いてらっしゃると、読者のほうも楽しめます〜。
 “痛い”SF小説では、秋山瑞人先生という絶妙な方がいらっしゃいますが、小川先生は“痛くない”(笑)方の代表と思っております。
小川 >  痛いって、身体的苦痛のことですか。私、溺れて窒息したり、放射線で皮膚がただれたり、デブリを食らって穴だらけになったり、けっこう痛いシーンも書いていますよ。それとも別の意味?
雀部 >  読者の心が痛いというか。秋山先生って、主人公をこれでもかと虐めますよね。
小川 >  でもあれも愛だと思いますよ。紙人形みたいなキャラをいじめても楽しくないわけで。
雀部 >  虐めがいのある素敵なキャラをつくられていると(笑)
 これまた全然関係のない話なのですが、数多くの出版社から本を出されていますが、これは何か理由があるのでしょうか。
小川 >  仕事の話をいただくと断れないものですから。それと、長期連載を持ったことがないという理由もあります。
雀部 >  それは、プロの小説家として編集者からの評価も高いということですね。
 今回はお忙しいところインタビューに応じて頂きありがとうございました。
 最後に近刊予定とか執筆中の本がありましたらご紹介下さいませ。
 ソノラマ文庫で予定されている少年向けの冒険物は、SFでしょうか。
小川 >  SFかどうかはわかりません。でも今度は世界観が膨らむような話を書くつもりです。
 しかしそれより前に、角川春樹事務所の長編をやるつもりです。もう三年ぐらいずーっと待ってもらっているので、これが済まなければ他の長編は書けません。
 しかし書けませんでは食べていけないので、短編をやらせてもらっています。
 徳間書店のSFジャパンの春号に、中編「グラスハートが割れないように」を発表予定。
 早川書房のSFマガジン四月号(2月24日発売)に、中編「千歳の坂も」を発表。
 四月発売の某雑誌にて現代物の中篇を発表予定(情報リリースは三月)。
 他一社の短編を発表予定。
 現在は、ポプラ社の月間頒布誌[asta*]アスタで、「妙なる技の乙女たち」第8回を執筆しているところです。
 それと、小説サークル・プログレッシブの夏コミ本に参加する予定です。
雀部 >  「千歳の坂も」読ませて頂きました。
 こういう不老不死ネタがあったとは。確かに生きる目的を維持し続けるのは難しいに違いないです。羽島の存在があってこその安瀬眉子ですよね。
 では、角川春樹事務所の長編、お待ちしています。


[小川一水]
デビュー作は、96年の集英社ジャンプノベル小説・ノンフィクション大賞受賞作『まずは一報ポプラパレスより』(河出智紀名義)
1975年、岐阜県に生まれる。男。愛知県在住。妻1、男児2。
2006年10月現在、宇宙作家クラブ(SAC)会員。日本SF作家クラブ会員。
2004年8月、『第六大陸』で第35回星雲賞日本長編部門賞を受賞。
2006年7月、「漂った男」(『老ヴォールの惑星』所載)で第37回星雲賞日本短篇部門賞を受賞。
他に、『群青神殿』『導きの星』など。
ホームページは、小川遊水池(http://homepage1.nifty.com/issui/)
[雀部]
小川先生の著作との出逢いは比較的新しく『ここほれONE−ONE!』なのです。地下を舞台としながら、宇宙の広がりを感じさせる素敵な話で、慌てて過去のご著作を買い求めました(汗)
ぜひとも小川先生には、キャラの立ったハードSFを書き続けて欲しい!

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