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Author Interview

インタビュアー:[雀部]

精霊のクロニクル
『精霊のクロニクル』
> 平谷美樹著/石塚有太装画
> ISBN-13: 978-4-7584-1142-4
> 角川春樹事務所
> 1900円
> 2009.9.8発行
粗筋:
 中学生の瀬田暢は、どこにいても自分の居場所でない感覚――周囲に対する違和感――を覚え学校から遠ざかっていた。彼が唯一心を安らがせることができるのが、大きなブナの木がある小さな公園だった。
 ある日、一人で公園にいた暢は、今までにない感覚に包まれていつのまにか眠りについてしまう。暢が見たものは、旧石器時代と思われる世界で生きていた自分の祖先の一生だった。そのころ人々は精霊と交流し、精霊とともに森の中で生きていた。
 その夢はやがて、旧石器時代から縄文時代、弥生時代まで進んでいき、あまりにリアルな夢なので、暢はこれは祖先の記憶ではないかと思うようになる。

『光瀬龍 SF作家の曳航』
> 大橋博之責任編集
> ISBN-13: 978-4-947752-89-5
> (株)ラピュータ
> 2400円
> 2009.7.7発行
 光瀬龍没後十周年メモリアル。
 大学生時代に菊川善六名義で書かれた未発表習作「肖像」を含む、単行本未収録作品13編(加筆され単行本化される以前の雑誌での初出バージョン等を含む)とエッセイ39編全五章。各章に大橋博之氏の【解題】つき。
光瀬龍

rakra
『rakra 大人のための北東北エリアマガジン』
> (有)あえるクリエイティブ
> 500円
> 奇数月1日発行

『盛岡学 vol.2』
> 盛岡学編集室
> (有)荒蝦夷
> 1500円
> 不定期発行
http://blog.goo.ne.jp/moriokabrand/e/85fa7b8a1293ce7b6b5afe5a7df081a7
盛岡学

『沙棗』
> 平谷美樹著/平谷美樹挿絵
 2008年10月27日(月)から河北新報朝刊で連載中。
 義経の影武者を主人公とし、【吾妻鏡】や【平家物語】【義経記】などに新しい視点の解釈を加えた歴史エンターティメント

河北新報社HP

雀部 >  今月の著者インタビューは、9月8日に角川春樹事務所から『精霊のクロニクル』を出された平谷美樹さんです。平谷さんへのインタビューは、今回で6回目になりました。たびたびお願いして恐縮です(笑)
平谷 >  こちらこそよろしくお願いします。インタビューをしていただくたびに、なんだかホッとします(笑)
雀部 >  では今回は緊張していただくくらいに気合いを入れましょう(笑)
 <河北新報>に『沙棗』を毎日連載されていて、私も毎日楽しませて頂いております。ただ、郵送なので二日遅れなのですけど。
 もうすぐ連載が開始されて一年が来ようとしてますが、まだまだ続く気配が濃厚ですよね。
平谷 >  わざわざ取り寄せてまで読んでいただけるのは望外の幸せであります。
雀部 >  単行本になったら挿絵が見られないので、必然と言えば必然です(笑)
平谷 >  挿絵の美術展をしようという企画も出てます(笑)
 もっとも、全部は無理でしょうけれど。
 望外の幸せといえば、こんなことがありました。
 先日、仙台の河北新報本社のホールで講演して来たのですが、聞きに来てくださった方が『沙棗』を連載第1回から書き写してくださっていたんです。
 『写本』を見せていただいたんでが、綺麗な行書で和紙に書かれていて、和綴じに製本されたものでした。本当に、作者冥利につきます。

 連載は二年くらいになりそうです。400字詰め原稿用紙換算で2000枚くらい。
雀部 >  和綴じに製本された『写本』とは、凄いです。よほど『沙棗』が気に入られたんでしょうね。
平谷 >  ずいぶん気に入っていただいていたようでした。
 集まってくださった方々も、毎回真剣に読んで下さっていることが、公演後の質問からもうかがえました。
 主催者側も、「講演会は最後に『質問はありますか?』と聞いても、誰も手を挙げないという事が多いんですけど、今回はビックリですね」
 と仰っていたくらい、活発な質問が出ました。
 あっ、小説へのツッコミが入ったわけではありませんからね(笑)
雀部 >  それだけ藤原氏ネタ、義経ネタが地元に浸透しているんでしょうね。
 前回のインタビューの時のお話では、『歌詠川物語2』は、月刊誌の連載ではあったけれど、二カ月に一回、ネタを思いついて書き終わるまでに3日程度かかるということでしたが、今回は新聞連載、しかも挿絵もご自身で描かれていらっしゃいますが……
平谷 >  原稿はすでに1600枚くらい書いています。
 連載開始の段階で1200枚まで書いてました(笑)
 原稿よりも挿絵の方で苦労してます。
 B5版で描いていた時は一枚に1日かかったこともあって。
 現在はB6に落として、だいぶ枚数を稼げるようになりました。
雀部 >  出だしからそれだけストックがあったとは驚きました。
 素人的には、合戦場面ならまだしも心理描写が続いたりすると挿絵には苦労されるんじゃないかと思ってました。
平谷 >  登場人物のアップが多くなりますね(笑)
 風景なども描きたいのだけれど、時間がかかりすぎるんです。
 合戦の場面も大変ですよ。
 鎧の紐を1つ1つ描かなければならないので(笑)
雀部 >  あ、そうですね。鎧の紐を描くのは確かに大変そうです。
 『沙棗』を読み返したときに、挿絵の人物の手の表情が実に豊かなのに気が付きました。挿絵でこういうところに気を付けて描いているというこだわりは、おありですか。
平谷 >  大学時代は漫画研究会に所属して漫画を描いてましたから(笑)
 表情や構図だけでなく手も、ダイナミックな表現ができるんですよね。
雀部 >  漫研に関しては、三好さんとの特別対談企画をお読み下さい。
 平谷さんにとって、鎌倉時代の魅力とは何でしょうか。
平谷 >  鎌倉時代に魅力を感じているというよりも、奥州藤原氏という存在に魅力を感じているのです。
 奥州合戦を色々調べていると、きわめて不自然に鎌倉軍に敗北しているんですよ。
 それから、平泉という保(町)の設計。
 中央に惣社があるんですが、その参道が真北からわずかに東にずれている。
 それは二代基衡か三代秀衡の頃に付け替えられた参道なのですが、それをずっと延長すると藤原経清の墓といわれている五位塚にたどり着くんです。
 藤原経清は謀反人ですから、おおっぴらに拝むことはできない。
 しかし、惣社を拝むと必然的に経清の墓に頭を下げることになる。
 中央から派遣されてきた役人や貴族たちも旅の安全を祈願したりするために、惣社には詣でます。
 彼らもまた、経清の墓に頭を下げることになる(笑)
 国家鎮護という名目で建てた中尊寺に、藤原三代の遺体を納めた金色堂を置いたこともニヤリとさせられます。金色堂には謀反人の泰衡の首級も納められていたのですから、ますますニヤリです。
 表面上、朝廷には貢馬・貢金(くめ・くきん)を納めて恭順を装っていますが、腹の中では舌を出して色々とイタズラを仕掛ける――。ぼくの奥州藤原氏像です(笑)
 『沙棗』でもそういう描き方をしています。
雀部 >  うふふ、ロードマップ数頁をコピーしてテープで繋がれて発見されたのでしょう?(笑)
 『rakra』7・8月号の「平泉夢想紀行」の記事で拝見しましたよ。
平谷 >  『rakra』を読んで下さってましたか!
 あれは北東北3県中心に発行されている情報誌ですから、そちらでは手に入り辛いですよね。
 ありがとうございます(笑)
 平泉に関しては、真面目な研究が色々なされていて、新発見も多いのですが、「斜めから見る」とか、「切り口を変える」という遊びをなさっている方は少ないようで。
 だから、妄想的新発見の宝庫です。
雀部 >  9・10月号の「平泉夢想紀行」では、“高館物怪”の話が出てきて、奥州藤原氏亡き後、彼等の浄土思想を受け継ぎ広く世に伝えるために念仏剣舞が用いられ、村々に伝承しながら奥州を旅したというエピソードがどこで出てくるか楽しみにしています。
平谷 >  奥州合戦が終わってからのエピソードですので、まだだいぶ先です。
 現在執筆しているのが、福島県北部から宮城県南部にかけて行われた「阿津賀志山(あつかしやま)の合戦」です。
 これもまた、色々な妄想が出来て面白い合戦なのです。
 奥州藤原氏は、全長3キロ強の二重の防塁を築いたのですが、【吾妻鏡】によれば、たった1日(防塁付近での合戦を含めると2日ほど)で突破されています。
 大軍を相手に闘う場合の定石をいっさい行わず、「まるで、わざと敗走した」かのような負け方をしてるんですよ。
 藤原秀衡の長男(嫡子は次男の泰衡)国衡も、どう考えても不自然な死に方をしています。馬術が得意だったはずなのに、深田にはまって動きがとれなくなり、討たれるんです。
 その「深田」にしても、合戦の時期が10月。田は刈り取りが終わっていますし、水はだいぶ前に抜かれているはずなんです。
 「深田」ばかりではなく【吾妻鑑】って矛盾だらけなんですが、そう言うところに妄想の入る余地がたくさんあって大好きです(笑)

 なにより【吾妻鑑】には、奥州合戦そのものが「負けるための戦」だったと考えた方がよさそうな場面が多々あって、そこから妄想を膨らませて『沙棗』の執筆に役立てています。
雀部 >  まさに「負けるが勝ち」の戦だったのでしょうか?
 色々な状況が考えられそうです(笑)
平谷 >  その答えが『沙棗』のメイン・アイディアになります(笑)
 「奥州藤原氏はなぜ滅びを選んだか?」です。
雀部 >  あ、やっぱり(爆)
平谷 >  『沙棗』を書く前から思ってたんですが、奥州っていう言葉は蔑称なので嫌いなんですがね(笑)
 『沙棗』では最近執筆した分では、奥州の人々には自国を「出羽陸奥」と呼ばせています。
雀部 >  山陰とか裏日本(これは最近見ないですが)の類ですね。
 そういうネタ話は、『沙棗』が連載されている河北新報社のサイト「ふらっと」(参加無料)の中の「沙棗 義経・平泉〜平谷美樹さんと語ろう」というコミュニティに参加すると現在進行形でたくさん読めます(笑)
平谷 >  「沙棗コミュ」の宣伝、ありがとうございます。歴史妄想爆発で書いてます(笑)

 「裏日本」は、ある作品で使ったら編集さんからチェックが入りました(笑)
 でも……「奥州」は隣の市の名前に使われてます。
 みなさん、蔑称だと判っていて選んだんだろうか……。
雀部 >  一般名詞化しているのかも知れませんね。
 それとは別に、何でも映画製作にも関わっていらっしゃるとお聞きしましたが。
平谷 >  映画と言っても、自主制作映画ですけれど。
 別冊東北学の『盛岡学 第2号』に書いた「黄色いライスカレー」という短編を原作に、友人が監督して作っています。
 ぼくの担当は原作&脚本&美術です。
 現在、クランクアップして編集の作業に入っています。
雀部 >  公式ホームページがありますね>『黄色いライスカレー』
 そういえば、予告編が公開されてました。
 「黄色いライスカレー」も読ませて頂いたのですが、映画作りに参加されていかがでしたか。小説を書く時は、映像が頭に浮かぶという平谷さんだから、「黄色いライスカレー」の脚本もすいすい書かれたのではないかと想像してますが。
平谷 >  「黄色いライスカレー」も読んでくださったんですか!
 ありがとうございます。
 『盛岡学』は東北以外ではなかなか手に入らないので……。
 でも、ハードSF研究会の方に読まれたとなると、冷や汗が出ます(笑)
 SFを読み慣れていない読者対象で書きましたから、SF設定をかなりゆるくしています。それこそ一般名詞化している「タイムスリップ」を、説明なしで使いました(笑)

 脚本の執筆は、小説と脚本の違いを痛感させられた体験でした。
 潤沢な資金があるわけではないですから、シロウトでも撮れる場面ということを考えると、カットせざるを得ない場面も出て来ます。
 また、小説の文をそのまま映像にするとしつこくなる場面もあります。
 そういうところはバッサリとカット。
 原作者ですから、本当はカットしたくないのですがね(笑)
 いつも書き下ろしで数十枚、数百枚をカットしていることが生かせました(笑)
雀部 >  カット慣れしてらっしゃると(爆)
 『盛岡学 vol.2』の発行元である「有限会社荒蝦夷」からは、『仙台学』というのも出ているんですね。最初は、タウン誌のような雑誌を想像していたので、あれっと思いましたよ。
平谷 >  民俗学的なアプローチの記事が多いのかな。
 真剣に東北の都市を考えているいい雑誌だと思います。
 地方のメディアというのは、どうしても「我が県」とか「我が都市」を重視しますが、 荒蝦夷にしろ河北新報にしろ、東北をとても大切にしています。
 「仙台を」とか「宮城を」ではなく、「東北を」です。
 そのおかげで岩手在住のぼくも色々と書かせてもらっているのです。
雀部 >  岡山には、そういう雑誌があるのかなぁ、ちょっと聞いてみましょう。
 あと「日本ハードボイルド文学の原点は仙台にあった!」として『X橋付近』(高城高著)という傑作選も出ているとは。X橋には、昔行ったことがあるので読みたいです(笑)
 挿絵つき新聞連載小説を書きながら、自主映画製作に関わり、しかも小説も執筆されていたわけですが、今までの教師+作家の兼業生活と比べていかがでしょうか。
平谷 >  今の方がずっと楽です。
 挿絵つき新聞連載、書き下ろし3本、雑誌コラム、随筆賞選考委員2つ、文章講座その他講演と、今年は、おかげさまで随分忙しくなりましたが、まだ時間的な余裕はあります(笑)
雀部 >  それだけ教師という職業が大変だったということですね。
 随筆賞選考委員2つ、文章講座とはどういったものなのでしょうか?
平谷 >  随筆賞は、「啄木・賢治 日報随筆賞」と「三好京三随筆賞」の2つです。両方とも地元岩手の賞です。
 文章講座は『野村胡堂あらえびす記念館』主催の「あらえびす文章講座」というもので、拙著「時間よ止まれ」の作品解説と、ショートショートの書き方講座を担当しました。
雀部 >  ショートショート講座だったんですか。大阪にも似たような講座がありますが、どちらも受講してみたいなあ……
 最近『光瀬龍 SF作家の曳航』という光瀬龍先生没後10年のメモリアルコレクションを読ませて頂き、同じ道を歩かれているのかなと、ちょっと感じました。私が中一の時『中一時代』に「夕映え作戦」の連載が始まったので、名前を意識して読んだ最初のSF作家が光瀬龍先生なんです。
平谷 >  ショートショートだけでなく、「ショートショートから大河小説まで」という講義になりました(笑)
 「小説を書くだけならば才能はいらない。ちょっとしたコツを掴めば誰でも書ける」
 というお話です。
 “趣味で”小説を書くためのコツのようなものをお話ししたのですが、こちらもとても楽しめました。アンケートでの評価も上々でしたので、また来年もやりたいなぁ。

 光瀬先生とは、20年近く前に岩手日報主催の『北の文学』の繋がりで強引に(笑)師弟関係を結ばせていただきました。
 教師→SF→歴史小説。というあたりは『同じ道を歩いてるなぁ』と、文学友だちからも言われます。
 「夕映え作戦」は少年ドラマシリーズを先に見ました。
 その後、原作を読み、次に「百億の昼と千億の夜」を読みましたね。
雀部 >  お、年代の差が(笑)
 『精霊のクロニクル』なのですが、これは古代→鎌倉時代→現代へと続く一連の「歴史」の黎明期として捉えても良いのですか。
平谷 >  『精霊のクロニクル』は原始。『沙棗――義経になった男』は平安末期から鎌倉。
 現在、この間を埋める古代を舞台にした作品を書きたいと思っています。
 古事記、日本書紀の時代ですね。具体的に言いますと、侵略者としてのヤマトタケル。
 それから、邪馬台国。
 基本的に『人間達が魑魅魍魎の存在を信じていた時代は、物の怪が跳梁跋扈していたり、呪術が効力を発揮したりできる』という設定で書きたいなと。
 ただ、『沙棗』は心霊現象などを一切排除しました。呪術は出てくるのですが、心理攻撃であったり、当時は解明されていなかった寄生虫を使った暗殺だったり。
 ですから、『精霊のクロニクル』と『沙棗』は別の世界観で書いています。
雀部 >  そうすると世界観は違えど原始から古代、鎌倉までの時代絵巻が出来上がりますね。
 8月号の著者インタビューが、平谷さんと同じく小松左京賞を受賞された伊藤致雄さんだったのですが、受賞作の『神の血脈』が縄文時代中期から鎌倉時代〜江戸時代末期までが舞台ということでアイヌ語も出てきますけど、精霊じゃなくて宇宙人が狂言回しで登場します。
 また鎌倉時代については、『神の血脈』と続編の『鎌倉繚乱―神の血脈』は【梁塵秘抄】の精神で、『沙棗』は【吾妻鑑】で妄想と(笑)ここらあたりの作家さんによる注目ポイントの違いも楽しいですね。
 キリスト教圏だと、森はそれこそ魑魅魍魎が出現し人に害を為すことが多い場所として描かれることも多いのですが、『精霊のクロニクル』では、精霊たちは居るものの人間と共存している感じですね。これは宗教観の違いもあるのでしょうか。
平谷 >  ぼくはクリスチャンではないので正確な教義のニュアンスは判りませんが、“外側”から見るとキリスト教というのは「自然は克服し、支配すべきもの」ととらえているように感じられます。
 自然も動物も、神が人間に与え賜うたもの――。
 だから、自然“保護”、環境“保護”などという、噴飯ものの考え方をする。
 「地球に優しく」なんて言葉を聞くたびに腹立たしく感じます。
 何を思い上がっているのか、と。

 一方、神道は――稲作以降の天孫族系の神だけではなく、現在はほとんど客神(まろうどがみ)として扱われている稲作以前の神々も含めた――万物に神性があると捕らえ、怨霊の存在を重視し、なだめすかし、お願いをして共存しようとします。
 きわめて原始的ですが、自然に対する態度としては、そちらのほうがしっくりくるとぼくは感じます。
 ケルトなんかも、かなり神道に近い考え方をしますね。
 やはり森の人々だからでしょうか。

 キリスト教徒はケルトの人々を蛮族として追いやりました。ネイティブアメリカンに対する扱いも同様ですね。
 しかし、天孫族系の神々を信仰する人々は、客神という格下の地位に引きずり下ろしはしましたが、土地神を駆逐することはなかった。
 それは、縄文も弥生も、実は根底を同じくする信仰をもっていたからだろうと思います。縄文と弥生の交替は、大きな戦いを生まなかったといいます。発掘からそのような戦いの痕跡は見つかっていないのです。
 縄文と弥生は融合していった。稲作を受け入れられない者たちが北へ去った。
 あるいは、北は稲作に適さないから長く縄文が続いた――。
 日本人が「争わずに丸く収めたがる」のは、そういった原始からの特性かもしれませんね。
雀部 >  人名・地名にアイヌ語を多用されたのは、北海道(と琉球)においては、近代に至るまで本土人との混血が少なく、縄文人の直系の子孫が独自の文化を持って暮らしていたからだと感じたのですが。
平谷 >  アイヌ語を多用したのは、東北にアイヌ語地名が多いからです。
 「大和言葉が入ってきて後も残っている地名=大和言葉よりも古い言語」
  という設定です。また、人名を考えるとき「いい加減なカタカナ名前は使いたくない」と思ったこともあります。
  『精霊のクロニクル』にはアイヌ語だけでなく、沖縄の方言や東南アジアの国々の言葉も使っています。また、ある章の主人公の名前に“ぼくが書いたある小説の主人公”の名前をアイヌ語訳して使っています(笑)
  ここだけでバラしちゃおうかな。
  “ある章の主人公の名前”を現代の日本語に直すと「弓の弦」になるんです。
 「某作品と、同じ世界観ですよ」っていうのを、アイヌ語が判る人だけに知らせている(爆)

 「日本の南北に縄文の遺伝子」ということについては、ぼくもそう感じていたのですが、発掘された骨のDNAと現代の沖縄やアイヌの人々の比較調査などの結果は否定的なものも出ているようです。
 ただ、「文化」ということについては非常に近いものがあると感じています。沖縄と北海道というより、沖縄と東北――かな。
 イタコとユタです。
 イタコというのは青森の言葉で霊媒師のこと。青森以外では「カミサマ」などと呼ばれ、1つの町に2、3人住んでいます。生活の中にシャーマニズムが生きているんです。
 ユタは沖縄の霊媒師。沖縄でもやはりシャーマニズムが日常生活の中で生きている。
 東北では、たとえば「湯=湯っこ」「犬=犬っこ」というように、名詞に「こ」をつけます。
 その法則をイタコに当てはめてみるとイタ+コ。
 イタとユタって音が似ていると思いませんか?
雀部 >  アイヌ語に、ヤ行の"yi"があったとしたら―諸説あるそうですが―「yita」に「yuta」となってますます近いですよね。
平谷 >  言語は中央から発信されて地方へ広がって行く。
 方言に古語が多いのはそういうことです。
 言語は文化。シャーマニズムもまた文化です。日本の南北にはまだ縄文、弥生の文化が残っているとぼくは思うのです。
雀部 >  まさに言語は文化そのものですからね。
 『精霊のクロニクル』のラストあたり、先住民である縄文人が、大陸から海を越えて渡ってきた異民族にまさに飲み込まれようとする瞬間ですが、この異民族が、現在の本土に住んでいる大多数日本人のルーツということで、こういう描かれ方をすると何かショックです(笑)
平谷 >  我々は直接的な縄文人の末裔ではありません。侵略者の子孫なのです。
 まぁ、さらに遡ってみれば、食料を求めて大陸を大移動してきた者たちの末裔なのですから、人類全体が侵略者の末裔であるといえますね(笑)
 某大国の人々は、明確な侵略の歴史があるというのに「自由の国だ」などと豪語しています。
 我が国でも「単一民族の国」などと暴言を吐くエライ人たちがまだいます(笑)
雀部 >  地球人というくくりでは、確かに単一民族でしょうよ(笑)
 時代が下ってからも、アルプス周辺は急峻な山岳域が多いので、稲作に適した平地が少なくそれ以東と関東以北へは進出できなかった。南では、佐賀県西部から長崎県や南九州も同じ理由からなかなか進出できなかったと言われてます。本土人が青森県を除く東北地方と九州全域に序々に広がっていたのは、古墳時代に入ってかららしいので、『沙棗』の時代にも、まだ朝廷なにするものぞの気風が残っていたんでしょうね。まあ話としてはそうであるほうが面白い(笑)
平谷 >  ところが、「日本書紀」を読むとそうでもないんですよ。阿倍野比羅夫が東北に遠征した時、積極的に協力した蝦夷が多くいました。津軽の蝦夷がそうなんですね。
 ただ、「東征」(当時、日本は東西に長いと考えられていたので東北への遠征は「東征」になります)というのは朝廷側のいい方で、実は「交易」あるいは「交易路をひらくための旅」であったという説もあります。
 このことについては、「新説」を考えているのですが、『ヤマトタケル』で書こうと思っているのでまだナイショです(笑)
 『沙棗』はフィクションですから、ちょっと大胆な設定をしていますが、本当のところ奥州藤原氏などは「争わずに丸く収める」ことを考えた人々ではなかったかと思います。
雀部 >  ということは、縄文人の特性である「争わずに丸く収めたがる」精神を受け継いだのが奥州藤原氏で、それを現在の大多数の日本人が綿々と受け継いでるということになりますね(笑)
平谷 >  丸く収める手法は、弥生人や延長線上の大和の人々も使っています。
 戦いはあったでしょうが、征服した側の神話=文化を取り込んでいます。
 一神教の人々がやる、完全な破壊はしないんですよね。
 神社の客人神なんてのもその一例。

 日本史の中で一番野蛮だったのは明治維新だったんじゃないですかね。
 廃仏毀釈なんか蛮行以外のなにものでもない。
 ぼくは、文明開化という言葉にロマンを感じたりして、いい面しか見てきませんでしたが、資料を読んでみると、明治維新ってかなりドロドロしていますよね。
 明治以後、しっかりと足場を固めないまま民主主義を取り入れたために、日本には現在でも歪んだ民主主義がはびこっています。
 義務と権利はワンセットであるということを知らずに「自由、自由」と言う人々が多すぎです。
 おっと、政治的な発言は用心用心(笑)
雀部 >  「自由」のはき違えですね。そういえば、本作中にもそんな描写がありましたね。
 『精霊のクロニクル』では、まるで見てきたように原始時代の生活がビビッドに描かれていて、とても楽しめました。これは、『運河の果て』のナロウボートでの運河下りの描写にとてもリアリティがあったのと通ずるものがあるような気がしました。これは平谷さんのアウトドア経験から想像した部分も多いのかなと感じましたが、いかがでしょうか。
平谷 >  ぼくのアウトドア経験は、非常に「ぬるい」ものですので(笑)
 ただ、東北に住んでいるので、自然の厳しさ、特に冬の厳しさというのは日常です。
 また、山野、川、海が身近にありますので、日常の延長線上で書いたような感じもします。
 食文化などについては、アイヌ民族に伝わる伝統食、東北に伝わる伝統食などの資料を読みました。
 団栗の澱粉ダンゴも食べてみました(笑)。岩手では「シダミ団子」とか「シタミ団子」とか呼ばれています。あまり美味しい物ではないので、戦後にはほとんど消えてしまったものですが、最近、味を改良し“おみやげ物”として売っている所もあるようです。
雀部 >  では精霊が登場するシーンはどうでしょうか。これには『百物語』などで培われたセンスが活かされていると感じましたが(笑)
平谷 >  『百物語』では、恐怖を煽る描写をできるだけ抑えています。『精霊のクロニクル』では自己規制をしなかったので、楽しみながら妄想を暴走させました(笑)
 海の精霊の気味悪さは気に入っています(笑)

 それから、ぼく自身が山や渓流、人気のない海辺などで感じるある種の“気配”を視覚化して描いている部分もあります。
 東北の山や森、川は、現在でも精霊の気配を感じられる場所であるような気がします。
 沖縄の“御嶽(うたき)”なども精霊を感じられる場所だと思います。
 やはり、日本の南北には“原始”が色濃く残っているんですよ。

 精霊との意志の疎通はできるだけ言語的にならないようにしましたが、後半、ちょっと言語で現さなければならない部分で禁を破りました。
雀部 >  小説は言語で書かれている以上必要悪でしょう。
 だいぶ資料も集められたと思いますが……
平谷 >  資料は色々集めました。かなりアレンジしているので参考資料として書きませんでしたが。
 また、「あとがき」にもあるように、埋蔵文化財センターの友人に読んでもらって色々指摘してもらいました。
 「空想した祭器を出す場合、木製の方がいいですよ。土の中で腐ってしまうので、出土することが少ない」
 というアドバイスがすごく印象深かったです(笑)
雀部 >  腐ってしまうというのは良いですね。いくら突飛なデザインの祭器でもあったことに出来る。
 あと興味深かったのが、主人公である縄文人たちが極めて論理的思考をするところ。村の長になるくらいの人物なので、確かに頭は良いはずなんですが。
 これはあまりひねると一般読者――たぶん子ども達にも――に分かりにくくなってしまうからかなと想像したのですが、どうなんでしょう。
平谷 >  今回は読者対象を広げましたから。
 それに、縄文の人々はけっこう論理的思考をしていたと思うんです。
 現代人のように「余計な知識」はありませんが、生きていくための方法を考える思考は、現代人よりも優れていたと思います。
 人間は物事に「因果律」を見つけたがる生物です。
 色々な現象を結びつけ、想像して行く思考力は、邪魔な知識がないぶん、縄文人達の方が現代人よりも柔軟であったろうと。
 なにより「縄文人は現代人より知性が劣る」というような、表現にしたくなかったんです(笑)
 それから、単純な原始時代賛美と現代文明批判みたいな作品にもしたくありませんでした。
雀部 >  全般的な知力は縄文時代のほうが当然上でしょうね。ぼーっとしているような人間は、生き残れないでしょうから。
 若い世代の方が読まれると、同世代感があって感情移入しやすいのでぜひ読んで欲しいですね。そういう主人公達が、死に直面しながら暮らしている姿が新鮮でした。昔は平均寿命短かったですからねえ……
平谷 >  だいたい30歳くらいで死んでいるようです。乳児死亡率も高かったようです。
 満足な薬もないし、外科的な医療の技術もないわけですから、ちょっとした病、怪我が命取りになりますからね。現在よりも死は身近だったと思います。
 ぼくは大病をしましたから「いつ死ぬか判らない」という思いは、ぼく自身の体験でもありますね(笑)
雀部 >  固い物を食べていたので、歯も虫歯になる前にすり減っていたり、歯槽膿漏になる前に死んじゃってましたし。あ、縄文人でも虫歯のある頭蓋骨は出土してるんですが。
 自らの経験を書かれたようにも感じる主人公たちの心の動きは、これは平谷さんの想像力のたまものだと思うのですが、SFを書くときと似てませんか?
平谷 >  縄文時代に虫歯――。歯医者さんがいないから、あの痛みにひたすら耐えていたんでしょうね……。気の毒です。

 『精霊のクロニクル』も『沙棗』も、歴史資料や発掘品などから色々推理を巡らせていく過程が、科学理論などの隙間に独自の仮説をはめ込む作業によく似ていると感じました。
 主人公たちの心の動きについては、もしかすると自分の経験を書いているのかもしれません。
 いや輪廻転生なんて話ではないですよ(笑)
 ぼくは、多くの作品で「マイノリティー」や「疎外される者」を描いてきました。
 それはぼく自身の投影でもあります。
 「転校生」とか「東北出身者」。そのほか、社会の色々な集団の中で自分自身がマイノリティーであると感じる瞬間は多いです。時に反発し、時に迎合し、時に素知らぬ振りをして過ごしていますが。
 その感覚は大なり小なり、多くの人が感じているものだろうなとは思います。
 もし、ぼくが描く主人公たちに共感していただけるとすれば、読んで下さった方の心の中にも、やはりその感覚は存在しているのだと思います。
雀部 >  確かにその感覚はありますね。
 も一つ、SFファンなので常にマイノリティは意識してます(笑)
 SFファン向けに、現代とは思考回路が異なった太古の部族の物語を書いて欲しいなぁと思いました(笑)
平谷 >  注文があればSFを書きたいんですがね(笑)
雀部 >  やはりSFの注文ないのですか。残念ですねぇ(泣)
 じゃあ、ホラー系の注文はあるんですね。
平谷 >  ホラー系とかファンタジー系とか、歴史物とか。
 コラムやエッセイも書いています。
 まだまだ告知できませんが、冒険小説系の作品にも動きが出てきましたし。

 どれも書きたいジャンルなので、いつも楽しみながら執筆しています。
雀部 >  他に執筆中の作品とか近刊予定はございますでしょうか。
平谷 >  河北新報の朝刊に連載中の歴史小説『沙棗――義経になった男』はまだまだ続いています。
あと1年くらいかな。
 10月23日に竹書房から『怪談倶楽部 廃墟』という本が出ます。
 『百物語』とはちよっとテイストの異なる怪談集です。どこが違うかは読んでのお楽しみです(笑)
 それから、来年用の長編プロットを制作中です。
 先日オファーをいただいた作品についても企画を練っているところです。
 うまく行けば、来年は4〜5冊くらいは本が出ます。
雀部 >  4〜5冊とは楽しみです。
平谷 >  あとは、『沙棗』が来年の今頃、連載が終了していれば、来年中に単行本になるかも(笑)
 しかし――。インタビューをしていただける作品が出るかどうか(笑)
 SF、書きたいんですけどねぇ。
雀部 >  角川春樹事務所さん、よろしくお願いしま〜す。←特にSF系(笑)
 あ、ハヤカワSFシリーズ Jコレクションさんも希望します(爆)


[平谷美樹]
1960年、岩手県生。大阪芸術大学卒
2000年『エンデュミオン・エンデュミオン』で作家デビュー。同年『エリ・エリ』で第一回小松左京賞受賞。以後伝奇ホラー、本格SF小説、実話怪談シリーズを執筆。
2007年、中学教師を辞して専業作家となる。
ブログ《平谷美樹の歌詠川通信》 
[雀部]
伊藤致雄先生へのインタビューから歴史小説づいてます。特に鎌倉時代前後には、少し詳しくなりました(笑)
平谷美樹先生の非公式オンラインファンクラブの管理人もしてます。興味のある方はぜひご訪問を。


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