Author Interview
インタビュアー:[雀部]
『賢治と妖精琥珀』書影
『賢治と妖精琥珀』
  • 平谷美樹著/nii-ottoイラスト
  • 集英社文庫
  • 720円(税別)
  • 2023.8.30発行
 大正12年、不思議な琥珀を持った男が宮澤賢治のもとを訪れる。ふたつに割れた琥珀の片割れで、もう一方は盗難に遭ったとか。よく見ると中に昆虫が入っているのではなく、妖精と呼ばれるものに酷似した存在が。学生の就職を頼むため樺太への旅に出た賢治に、以前からこの石を追っているという二人組が接近してくる。彼らの話では、割れた片割れの琥珀の力で不死となった怪僧ラスプーチンが、もう一方も手に入れようと狙っているというのだ……

【帯の無い書影とその他の情報については別ファイルにまとめています。】

雀部 >
今月の著者インタビューも、8月に『賢治と妖精琥珀』を出された平谷美樹先生にお願いしました。
 平谷先生、お忙しいところもうしわけありませんが、先月に引き続きよろしくお願いします。
平谷 >
今回は久々にアニマソラリスに合うお話になりました(笑)
雀部 >

ですね(笑)
 私は最近、録画した映画を観るのでも邦画の一般映画が多くてあれなんですけど(汗;)
 巻末の解説は文芸評論家の三田主水先生なのですが、三田先生のブログにもこの解説についての記載がありました。
 最後のところに“奇想に満ちた時代伝奇小説と骨太の歴史小説を並行して手掛ける作者ならではの、不思議で奥深い物語”とあり、全くその通りと膝を叩いたところです。

平谷 >
ありがとうございます。最初の発想は「昆虫の入った琥珀があるけれど、妖精が封じられていれば面白いな」というものでした。で、琥珀なら岩手県の久慈市が一大産地。久慈で採掘された妖精琥珀に絡む話の主人公なら、鉱物の専門で、人工宝石の商売も考えていた「石っこ賢さん」=宮澤賢治――。という風に連想していきました。
雀部 >

それは、本日(8月28日16:00~)ゲスト出演されたFM岩手の「夕刊ラジオ」でもおっしゃってましたね。恒例の朗読もありましたし。

平谷 >

今回の朗読、わたしのパートは一行です(笑)

雀部 >
聞かせて頂きました(笑)
 作中にもでてきましたが、賢治の考えていた人造宝石事業が実現していたら、全く違った人生を歩んでいたのかもしれませんね。京セラのような会社とか。
平谷 >
父親から大反対されたようで。代用瓦の商売はうまくいって、そのお金でレコードなんかを買い込んだようですが
雀部 >
そうみたいですが、当時としてはハイカラな趣味ですね。商売が上手く行ってたら作家としての賢治の創作は無くなりそうだから、それも困ります(汗;)
 ところで、放送を聞いて初めて知ったのですが、昨日(8月27日)は宮沢賢治の誕生日で、来月がちょうど没後90年になるんですね。
平谷 >

実在の人物を書く時には、年表を作ります。一生涯なら誕生から死まで。人生を切り取る形ならピンポイントで舞台になる日々だけ。なので、宮澤賢治については、樺太旅行のみを調べましたから、生没年は意識していませんでした(笑)

雀部 >

そうだったんですね。樺太旅行において史実が空白の時間に今回のエピソードがはめ込まれていったと。
 その他に今回気をつけて書かれたところはあるのでしょうか。

平谷 >
まず時代設定。「この年にあったもの。なかったもの」をできる限り調べました。銃器なんかも(笑)
雀部 >
銃器も調べられたんですね。日本側が軽機関銃を使っているのでググってみたら、この頃には国産化されていたことを初めて知りました(汗;)
 それからクルマも。パッカードが出てきたところはニヤリとしました。
平谷 >

それから樺太の植物相。樺太旅行の間に賢治が書いた詩などに当てはまるような心理描写などですかね。

雀部 >
読み返しました(汗;)花巻あたりでは見られない樺太の植物に夢中になるも、ふとしたことからトシを思い出してしまうシーンが切なかったです。
 放送でも言われてましたが、宮沢賢治フェアで『賢治と妖精琥珀』もたくさん売れると嬉しいです(笑)
 あと、17時からの「夕刊ラジオ」冒頭のリスナーからのお便り(メール)を読むコーナーで、“ウルフ野郎”さんから“サイン本が当たってから「お庸ちゃん」にはまってます。シリーズをさかのぼって読んでいます”との投稿が読まれていて《貸し物屋お庸》シリーズの人気がもっと広がるとうれしいですね。
平谷 >

大和文庫版を読まれているようなので、アナウンサーの阿部さんが白泉社版のことも教えてくださったようです。

雀部 >

なんと、出版社もさかのぼられたのですね。
 本作の主人公(宮沢賢治)は、典型的な巻き込まれ型の主人公だと思ったのですが、これは実際の宮沢賢治の性格に寄せているとかはあるのでしょうか。
 平谷先生の描く主人公は、時代小説にしろ『ユーディットXIII(ドライツェーン)』あたりにしろ、もっと能動的なタイプが多い気がしているのですが。

平谷 >

少なくとも銃を持ってアクションするタイプではないと思います(笑)
 一般人ですから、あのような形が自然ではないですか?
 高校教師がああいう事件に直面して、自分から戦いに飛び込んでいくことはないでしょう。しかも、プロが護衛しているのですから。
 巻き込まれ型で傍観者にしかなり得ない人物って、主人公にし辛いのですが、今回はあえてやってみました。どうやったら主人公として生かせるか――。ある程度成功していると思いますが。

雀部 >
はい、『ユーディットXIII』とは違って、ちっとも自分の思い通りに物事が進まない主人公のやるせなさが良く出ていて面白かったです。
平谷 >

『ユーディット』の主人公は、“職業”ですから能動的で当たり前です。
 巻き込まれ型は、やはり「うまくいかない」ことが描かれなければと思います。

雀部 >
確かに。
 後半の銃撃シーンも迫力があって良かったです。
 特務機関の内藤とマチ子も良い味を出していて、特に盲目で霊能力のあるマチ子が好きです。アメリカが軍事に役立てようと超能力の研究をしていたのは有名ですが、旧日本軍も研究していたのでしょうか。
平谷 >

実際はどうであったか分かりませんが、噂話とか都市伝説的な話はありますね。
 平安時代から怨敵調伏の呪術に頼るような国ですから(笑)神秘主義に手を出していたとは思います。

雀部 >
神風が必ず吹くと信じて(神風を信じるしかなくなって)いたのもその類いですかねえ。
 もう一つの大事な要素は、夭折した妹に対する思慕と追憶の気持ちだと思うのですが、賢治の悲しみはそうとう深かったのでしょうね。
平谷 >

賢治の詩、「永訣の朝」や、トシの死の後に書かれた作品から想像すると、とてつもなく大きな哀しみだったと思います。その辺りの表現は、彼の幻視の場面で描写しました。

雀部 >
「無声慟哭」という詩もありますが、手持ちの宮沢賢治の本をパラパラめくっていると、冒頭(FM岩手の阿部アナウンサーが朗読されたところ)の“自分の部屋の押入に頭を突っ込み、大声で妹の名を何度も何度も叫んだ。”のは史実みたいですね。
 それだけ心が弱っていたのと樺太に行く用事があるということで、“妖精琥珀”が操りやすかったのかもしれません。
平谷 >
賢治の詩は色々と調べて、描写の中に入れました。その他にも探すとたくさん出て来ますよ(笑)
 吹雪の中のマントの少女とか、樺太へ行ってからの幻視の中の海岸で小枝を並べて文字にするところとか。
雀部 >
不勉強であまり気がついてません(大汗;)青空文庫で読んでみます。
 平谷先生の死生観を以前からうかがっている身といたしましては、本作のラストはそれが結実したシーンに思えました。
平谷 >

クライマックスの賢治の心情は、わたしが父を喪った時の気持ちを映しました。

雀部 >
そうだったのですね。SFファンには特に納得のいくラストの描写だと思います。
 最後に、明かせる範囲で今後の刊行予定の本をうかがわせて下さい。あれとかあれとか(笑)
平谷 >
詳しく話せるものがないんですよ(笑)
 今、連載が終わった新聞小説の嫁入り先を探しています。連載途中だけど切りのいいまでの作品も。
 それから、オファーがあって、来年の春頃に出る本の準備もしていました。
 嫁入り先を決めていない作品も2本、準備を開始しています。
雀部 >
ありゃま。色々と楽しみにお待ちしてます。
平谷 >

あっ、9月30日(土)に怪談ライブをします(笑)
 クロステラス盛岡という商業施設です。無料ですんで、お近くの方はどうぞお越し下さい。

雀部 >

おっと、これは岩手の方はぜひにですね。

平谷先生、今回もお忙しいところありがとうございました。

[平谷美樹]
1960年岩手県生まれ。大阪芸術大学卒。2000年『エンデュミオンエンデュミオン』でデビュー。同年『エリ・エリ』で第1回小松左京賞を受賞。14年「風の王国」シリーズで第3回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。近著に《よこやり清左衛門仕置帳》《蘭学探偵 岩永淳庵》シリーズ、奥州が舞台の『柳は萌ゆる』『でんでら国』『鍬ヶ崎心中』『義経暗殺』『大一揆』『国萌ゆる 小説:原敬』『虎と十字架』、電子版のみで100巻超えの《百夜・百鬼夜行帖》シリーズなど多数。だいわ文庫からは《草紙屋薬楽堂ふしぎ始末》と《貸し物屋お庸》シリーズが出てます。FaceBookは、こちら
[雀部]
『虎と十字架 南部藩虎騒動』に続き今回の岩手ゆかりの書は、没後90周年の宮沢賢治を題材にした大正ロマンならぬ、大正ファンタジーです。宮沢賢治の作品、泥縄で読み返しました(汗;)