
くり返し見る夢の景色を探して旅立つ少年、恋人を取り戻そうと村を出奔する青年、一度は愛した男に裏切られた女、政争と権謀術数の渦に巻き込まれる人々――不条理な運命に翻弄され抗う先に救いはあるのか。キャラクターの濃さとストーリーの構成力を選考委員から絶賛された、日本ファンタジーノベル大賞2023受賞作。
天井からぶら下がった何本もの蠢く管から得られる肉塊が日々の糧である閉ざされた階層。まだ幼い少年は、少女の反対をはねのけ、食料を求めて上階を目指すが……
(インタビュー中に出てきた書籍や雑誌の書影と情報は「武石勝義先生著者インタビュー関連書」にあります)
今月の著者インタビューは、『神獣夢望伝』で、日本ファンタジーノベル大賞2023大賞を受賞された武石勝義先生です。
武石先生初めまして。日本ファンタジーノベル大賞受賞おめでとうございます。よろしくお願いします。
武石先生には、『東京銀経社アンソロジー いつかあの空を越えて』に収録された「真字名解記」のインタビューでもお世話になりました。こちらの方もよろしくお願いいたします。
こちらこそよろしくお願いします。『神獣夢望伝』も取り上げていただけるとはありがたいです。
日本ファンタジーノベル大賞を受賞された先生方には何人かインタビューをお受け頂いているのですが、ここ数年はご無沙汰していて(汗;)
武石先生が日本ファンタジーノベル大賞に応募されたのはどういう経緯からだったのでしょうか。
私はもともとファンタジーと呼ばれる分野にはあまり縁がありませんでした。子供の頃から読んでいた小説もミステリーやSF、歴史小説ばかりで、いわゆる剣と魔法のファンタジーは『指輪物語』ぐらい、他は小説も漫画もゲームもなぜか敬遠してました。そんな私に大きな影響を与えたのが日本ファンタジーノベル大賞初代受賞作『後宮小説』です。
当時好きだった『三国志』絡みで中華風ならということで手に取ったのですが、めちゃくちゃ面白かったのは当然ながら、これもファンタジーと呼んでいいんだという衝撃がありました。架空の歴史をさも実際にあったように書くという手法にも感銘を受けましたね。私にとってファンタジーの入り口と呼んで良いと思います。もちろん『神獣夢望伝』も大きな影響を受けています。
『三国志』(吉川英治)は図書館で読みました。張飛が好きでした(笑)
『後宮小説』面白かったですねえ。その後に出版されて中国で映画化もされた『墨攻』も面白かった(映画はマンガの『墨攻』が元ネタかもしれませんが)。『キングダム』は『週刊ヤングジャンプ』で毎週読んでいるし、架空の中国の後宮が舞台の『薬屋のひとりごと』もアニメを毎週見ています(汗;)
『墨攻』も好きでした。コミカライズもされましたが、私は原作小説の呆気ない味わいの方がより好きですね。歴史小説は中国もの以外に定番の戦国時代や、あとは塩野七生先生なども読み入りました。といってすぐ小説を書き上げたわけではありませんが、ただ架空の歴史物語を書きたいという情熱だけはずっと燻ってました。実際に小説を書き始めたのは7年前からですが、初めて書き上げた小説も遠い未来の人類の歴史を描いたものです。四苦八苦しながらもなんとか書ききった達成感に味を占めて、その後も少しずつ新作を書くようになりました。
その最初の小説というとカクヨムで公開されている『星の彼方 絆の果て』でしょうか。
よくご存じで。『星の彼方 絆の果て』は初めて最後まで書き上げた小説で、74万字にも達してしまいましたが、脱稿したときの達成感は何物にも代えがたかったです。長いし群像劇だし章ごとに登場人物も時代もがらりと変わるという、今考えると初心者が手を出すなって要素ばかりですが、先述した「書きたいという情熱だけはずっと燻っていた」期間、ざっと二十年あまりになりますか、この間にずーっとあらすじを練り続けていたおかげでなんとか書き上げられました。通勤時間にスマホでぽちぽちあらすじを書いていましたからね。スマホがなかったら、私は小説を書いてないと思います。
この『星の彼方 絆の果て』で千年の歴史を書き切って、ますます架空の歴史を妄想する楽しみに取り憑かれました。
『星の彼方 絆の果て』は、九頭見さんに薦められて知りました(恥;)
読み始めると、まあこれが面白くて他のことをする暇が……(汗;)
壮大な年代記で、アシモフ氏の《ファウンデーション 銀河帝国興亡史》や日本だと田中芳樹先生の《銀河英雄伝説》あたりを思い浮かべました。現像機(万能プリンター)やテラフォーミング、異生命体、戦争と政治が出てくるので、林譲治先生の《星系出雲》も。
実のところ、この作品はもっと時間をかけて読みたかったです。新聞小説みたいに一日一話づつ読んでいって、明日の展開を予想しながら毎日読めば半年間楽しめたはず(笑)
あの長いお話を一気に読んでいただいたとはありがとうございます。『星の彼方 絆の果て』は仰るとおり《ファウンデーション》シリーズや《銀河英雄伝説》に思い切り影響を受けてあらすじを練り、小川一水先生の《天冥の標》に触発されて実際に書き上げました。いつかこいつを商業出版化したいというのが、今の私の野望のひとつですね。
おっと《天冥の標》シリーズを忘れてました(汗;)
どこかの出版社が手を上げて下さらないかしら。やはり角川さんあたりが……
神獣の夢の中の世界という設定も面白いですね。大抵の無理は利きそうで。
『神獣夢望伝』の舞台となる神獣の夢の中の世界という設定は、二作目の長編を書くときに思いつきました。二作目を書き終えても、同じ世界観でいくつか話が書けるかもしれないと思って書いたうちのひとつが『神獣夢望伝』です。それまで書いた小説はWEBの投稿サイトに上げていたのですが、『神獣夢望伝』は最初メフィスト賞に応募するつもりで、非公開のまま書き上げたんですよ。で、書き上がったはいいけど我ながらメフィスト賞ぽくないなあ。ほかに何があるかなあ、畏れ多いけど日本ファンタジーノベル大賞しかないかなあ、ええい、出しちゃえ!という具合に応募しました。私にとって日本ファンタジーノベル大賞は『後宮小説』という偉大な作品を生み出した、昔から知っている数少ない賞で、そんな凄い賞に応募してしまって良いかという思いもあったのですが、万が一の可能性があるとしたらこの賞しか思いつきませんでした。
なのでその日本ファンタジーノベル大賞で受賞できたのは本当に嬉しいというか、ファンタジーの奥深さを教えてくれたこの賞の受賞者のひとりに名前を連ねることができるようになって面映ゆいというか、今でも信じられない思いがあります。私自身はファンタジーとかSFとか純文学といったジャンル分けを書き手の方で意識する必要はないという心持ちでいますが、そういう書き手もおおらかに受け入れてくれる日本ファンタジーノベル大賞の懐の深さに感謝しています。
最初に『後宮小説』が受賞してますし(笑)>懐が深い
登場人物がとても活き活き描かれていてモデルがいるのではないかと思ったり、まるで歴史書を読むが如くだったりで、半村良先生の著作(特に『産霊山秘録』とか《嘘部》シリーズ)を思いおこしました。
『神獣夢望伝』は受賞時の講評でも登場人物について、ヤマザキマリ先生が“作中の女がこわい。若い世代には思いつかないような繁殖欲・生命欲の強さを描いている”と評してくれて、嬉しかったことを覚えています。『神獣夢望伝』の登場人物はいずれも完全な善人でも悪人でもない人たちばかりを書いたつもりです。作中ではとんでもない愚か者だったり悪党だったりする登場人物も、ちょっとのきっかけで後の世には聖人だったり英雄と称される可能性もあると思う。逆もまたしかり。そういった可能性の一端は、カクヨムで公開中の『常夢(とこゆめ)の世に変怪(へんげ)が舞う』という作品でもご覧になれますので、よろしければお目通しください。私の中では『神獣夢望伝』の続編的な作品のつもりです。
こわい登場人物というと「枢智蓮娥」に「業燕芝」、「景」もかな。こわい(強い)女性はSFファンとしては大好きな存在です(笑)。とくに「旻の女王・枢智蓮娥」は、一人ベネ・ゲセリット(@デューン)とも言うべき存在で憧れのキャラでした。
『常夢の世に変怪が舞う』も読ませて頂きました。時代設定が、『神獣夢望伝』の100年後あたりで、『神獣夢望伝』の続編が読めてうれしかったです。しかし、「枢智蓮娥」の生涯がああなったとは驚きでした。これが武石先生の描きかった歴史なのでしょうけれど。同じ《神獣の夢》シリーズの『天地妄創』は、より深く踏み込んだ構成になっていて面白かったです。
またヤマザキマリ先生が選評で“童樊が理性や秩序・友情よりも個人的な愛に囚われ豹変していく有様には胸が高鳴った”とおっしゃっているのには激しく同感しました。童樊は人間のあり様を体現し、他に選ぶべくもないラストに繋がっていて胸が締め付けられる思いです。
枢智蓮娥はわりと気に入ってくれた読者がいて、その後を知りたいという声も聞きました。彼女の非情に見えて合理的な精神が魅力的に映るのでしょうか。ただ立場のせいもあるでしょうが、周囲に理解を求めることなく突き進むと、ああいう結末をたどるのではないかなあ、と。
童樊は書いてて非常に筆が乗った登場人物でした。人は誰しも童樊になり得ると考えていますので、そう言ってもらえますと書いた甲斐があります。
良くも悪くも人間の性(さが)でしょうね。
それと、<この世は常夢 なべて神獣の微睡>という巻頭のテーマがこの本の根底にずっと流れているように読んでいて思いました。
あのラストへの諦観を込めた展開とそれを夢見る神獣の存在を含めて、「シミュレーション仮説」(人類が生活しているこの世界はすべて、コンピュータ上のシミュレーションであるとする仮説)の影響はないでしょうか。
X(旧:Twitter)で「SF的なメタ構造も感じられる」という感想を見かけたことがありまして、ああ、そこまで読み取ってくれる人もいるんだなあと思いました。『神獣夢望伝』の世界はもしかしたら本当に誰かが一夜に見た夢なのかもしれないという可能性まで感じられたのだとしたら、作者としてはこれ以上の喜びはありませんね。
「メタ的要素の関わらせ方」として森見登美彦先生も選評で、“神獣の存在が、読者や作者の視点と重なってくる”とおっしゃっていますね。
プログラミングされた世界だとどうなるのかも考えましたが、個々の人間の人生までプログラミングするのはタイパが悪いので、細かいところは流れに任せているかなあとも(汗;)
「歴史は勝者によって書かれる」はチャーチルの言葉みたいですが、『神獣夢望伝』のように敗者の側から描かれた歴史のほうに、より人間のドラマがある気がします。
それとラストの詠唱部分は、平家物語のように琵琶の伴奏で聴きたいと思いました。
琵琶の伴奏、いいですね。物語はそもそもは弾き語りによって語り継がれてきたものも多いでしょうから、きっと似合います。私も是非聞いてみたい。
historyとstoryは非常に関連の深い言葉だと聞いたことがあります。私にとってはほとんど同義なので、今後も色んな人の立場から描かれる色んな世界の歴史=物語を書いていきたいです。
歴史=物語というと、既出の『星の彼方 絆の果て』は未来の歴史でもあるわけですが、<精神感応的に《繋がる》人々>がテーマの一つとなっていて、これは他のご著作でも度々取り上げられてますね。真っ正面から《繋がる》ことをテーマとした作品としては『終わりなき平和』あたりを思い浮かべましたが、この作品はさらにスケールがでかくてSFの醍醐味を味あわせて頂きました。
精神感応的なものに限らないのですが、人と人との《繋がり》は私の中に刷り込まれているテーマなんだろうと思います。『星の彼方 絆の果て』では様々な《繋がり》を描いてみたつもりですが、まだまだ書き切れないですね。今後もSFであったりファンタジーだったりそれ以外でも構わないのですが、思いつく限りの《繋がり》を描いていければ良いなと考えてます。
色々なジャンルの繋がりがありそうで、楽しみにお待ちいたします。
そういえば、カクヨムの《星の彼方 絆の果て》シリーズで読める「Unconnected man」も、ナノマシンによる繋がりに抗う主人公の話でした。現在、精神感応的に他人と繋がりたい人はたぶん少数派だと思いますが、遠い未来にはどうなるのでしょうか。見てみたいけれど寿命があれなので、武石先生のSFを読んで想像を広げます(汗;)
『いつかあの空を越えて』収録の「真字名解記」だけを読んでた時に、著者紹介(進行中の別記事にリンク予定)を拝見して、お好きな本に“『三体』劉慈欣、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』アンディ・ウィアー”があり、おおっ!と思いました。両作品共に星雲賞受賞作だし、特に『プロジェクト・ヘイル・メアリー』はハードSFの傑作でもあり、大好きなSFです。ググると、作者は武石先生と同い年みたいですね。
アンディ・ウィアーは私と同い年ですか! それは知らなかった。面識のある作家さんは私より若い方の方がよほど多いので、そう言われると親しみが湧きますね。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』はネット上の評判だけでなく、会社の同僚にも勧められて読んだのですが、面白すぎてあっという間に読み切ってしまいました。映画化も決まっているそうですから、今から楽しみです。
映画『オデッセイ』(原作:『火星の人)、出色の面白さでしたので期待できますね。
雑誌等に掲載された短編の中では、「クライマーズ・ドリーム」(『シメオンの柱 ~七つ奇譚~』所載)が一番好きです。
武石先生は、こういうシェアワールドのように制約のある小説と、制約の無い小説ではどちらが書きやすいのでしょうか。
あまり深く考えたことはありませんが、短編は制約がある、テーマが決まっている方が書きやすいかもしれません。実際、短編はそういう状況下で書くことが多いかな。お題に基づいてという書き方は今まで考えたことのない世界に踏み出すきっかけになることも多いですし、楽しいですよ。一方で長編の場合はそこまで制約のかかった書き方はまだしたことがないですね。といって商業ではまだ一本しか出したことがないですし、それ以外の長編はWEBばかりだから当たり前と言えば当たり前ですが
そうなのですね。制約のある中でお書きになったSFも読みたいです。
制約と言えば、カクヨムの近況ノートに“『宇宙大将軍侯景SFアンソロジー 梁は燃えているか』に参加します!とあったので、おっ、故野田昌宏宇宙大元帥閣下のことかと思ったのは秘密です(汗;)
宇宙大将軍は実際に中国史上でそう名乗ってドン引きされた実在の人物をネタに、色んな作家さんが好き勝手にSF小説を書くという試みです。半分冗談の応募をたまたま見つけて、「宇宙大将軍」の響きに惹かれて思わず手を上げてしまいました。思い切り遊ばせてもらったので、発売されるのを楽しみにしてください。
宇宙大将軍って、なんか冗談みたいな名前ですね(笑)楽しみにしてます!
現在執筆されている作品、または執筆予定の作品がございましたら、可能な範囲でお教え下さい。
ただいま長編二作目に取りかかっています。今回書いているものはスペースオペラのつもりです。ちょっと時間がかかってしまってますが、なるべく早くお披露目できるよう頑張りますので、よろしくお願いします。
新作、首を長くしてお待ちいたします。