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シャンダイア物語

第四部 打ち捨てられた都
第五章 ロッグの追想

福田弘生

 ベリック達は都市の中に蜘蛛の巣のように張り巡らされている荒れた道をとぼとぼと歩いて、都市の南地区にあるバリオラ神の聖堂跡に向かった。先頭にはベリック自らが立ち、その後ろに魔術師マルヴェスターと吟遊詩人サシ・カシュウ、黄色い衣のバリオラ神の神官ナバーロが続く。さらにその後ろに腹心のフスツとその部下である大男のビンネと小男のバヤンが従っている。人相に特徴が無いクラウロとトリロはベリックのはるか前に先行して人混みにまぎれて危険に備えているはずだった。
 フスツの後ろにはいつの間にかマサズの息子のトンイが見張り役で付き添っていた。この太った道化姿の男はいつの間にか一行について来ていたのだ。トンイは今日は奇妙な化粧はしていなかった。その姿をチラリと見たフスツが声をかけた。
「見張りのつもりか」
 マサズの次男は不快そうな顔をした。
「なぜこの大変な時に黄色い旗をかかげた」
「なんだそんな事か。王家の旗だぞ、王が掲げるに何の不思議があるか」
「ソンタールにここで叛旗をひるがえすような事はするな」
「バルトールは元よりシャンダイアの独立国家だったはずだが」
 トンイはこの言葉を無視した。ベリックはそんな大人達の会話を耳にしながら歩き続けた。ただでさえ雑然とした都市の中に人々がせわしなく行き交い、少年にはむしろ活気に満ちているようにさえ見えた。やがて一行は都市の中心にあるマサズの塔の横を通り過ぎて、聖堂跡まで続く比較的道幅の広いまっすぐな道に入った。見晴らしの良い道があるとかえって寂しいとベリックは思った。
 その道を進んでいる途中で列の先頭を歩いていたベリックはふと立ち止まった。道の右手に石畳の広い空き地があり、その向こうには何かの跡のように中央に向かってなだらかに下る段差の付いたさらに広い広場があった。石畳の中央部は他の場所より綺麗に掃除されているように見え、そこではボロをまとった子供達が布を巻き固めてつくられたボールを蹴って遊んでいる。ベリックはその空き地を指さした。
「ここには昔何があったんですか」
 後ろにいたマルヴェスターが長い髭を二つの束にして顎の下で握りながら答えた。最近、このポーズがお気に入りらしい。
「ほほうさすがに王家の子孫、お前の血のどこかに記憶があるのだろうか。そこはかつてバルトールの王宮があった所だよ」
 ベリックはじっとその広場を見つめた。ナバーロが幼い王の後ろに歩み寄った。
「かつてはたくさんの塔が立つ美しい王宮でした。ここから王の先祖にあたるカベル王子が助け出されたのでしょう。おそらく巫女達の手によって」
 広場を眺めていたサシ・カシュウがつぶやいた。
「戦火で混乱した都市の中を、本当に巫女達だけの手で逃げ出せたのでしょうか」
 ベリックがマルヴェスターを見上げた。
「背の高い、銀髪の男」
「誰の事だ」
「僕がカインザーに着いてから一時期預けられていた男です。ずっと僕のそばにいたわけでは無いのですが、一定の間隔を置いてずっと僕を守ってくれていたような気がします」
「名前は言ったかね」
「いいえ。彫りの深い顔をして銀髪を後ろにきちんとなで付けた、深い響く声の」
 マルヴェスターがベリックの肩にポンと手をおいた。
「デクトだ。そうでは無いかと思っておった。どうやら我々がバリオラ神を見つけ出した後に行く所が決まったようだな」
 それを聞いたフスツが険しい顔をした。
「マスター・メソルの元に時々姿を見せていた男だ。何者ですか」
 マルヴェスターは振り向くと、他の者達にも説明した。
「クラハーン神の神官だ。変わり者だがシャンダイア勢力の中では、わしら翼の神に次ぐ魔法の力を持っている。おそらくカベル王子が助け出されたのもクラハーン神とデクトの力だろう」
 ベリックの顔が輝いた。
「統治の指輪の神かあ。ならばクラハーン神が僕をカインザー大陸に送ってシャンダイア反撃の足がかりをつくったんだ」
 サシ・カシュウも驚いた。
「ついに隠れていた神が動き出したのですね」
「ああ、それでこれまでのおおかたの出来事の説明はつく。聖宝は世界各地に散らばっているが、クラハーン神ならばそれらを連動させて力を引き出せるからな」
 そこまで言ってマルヴェスターは少し浮かない顔をした。
「時が来たと言ってしまえばそれまでだが、これからが大変だぞ。クラハーン神は難しい神だ。協力を得るのにも細心の注意が必要になる」
「なる程、汚された神とも呼ばれていますからね。それでバリオラ神解放後、行かねばならない所とはどこですか」
「もちろん北の果てにあるシムラーだ、クラハーン神はそこにいる。だがその前にすべての聖宝の守護者を集める必要がある」
「指輪の守護者もですか」
「もちろんだとも」
 フスツが少し離れた所にポツンと立っていたトンイを振り向いた。
「今の話をどう思う」
  化粧が無いと意外に色白のトンイが、さらに青ざめた顔で答えた。
「どうもこうも無い。お前達はこのロッグを出る事が出来ないのだから」
「まだそんな事を言っているのか。このままではバルトールは確実に消えるぞ、ソンタールの将軍が一人来ればあっという間に制圧されてしまう」
 トンイが唇を震わせて反論した。
「バルトールは消えてもロッグとその民は残る。二千五百年もの間、民を放っておいた王などにそう簡単に従えるか」
 フスツは怒りの声をあげた。
「今の言葉をもう一度言ってみろ、ここで貴様を殺してやる」
 ベリックは悲しい目でトンイの方を見た。トンイと並んだフスツの左頬の傷が燃えるように見える。
「いやフスツ、トンイの言う事はもっともだ。だからこそ僕は王としてマコーキン軍の前に立たなければならないんだ」
 トンイは大きく手を振ってベリックの前に立ちふさがった。
「そんな事はマサズ様が許さん」
「それは王である僕が決める事だ」
 ベリックはこの都市の権力者の一人にピシャリと言い放つと、背を向けてまた広い道を歩き出した。やがて一行はバリオラ神の聖堂跡に着いた。トンイが広い範囲を囲む低い柵の門の扉の鍵を外して中に一行を導き入れた。そこもまた荒れ地だったが、先程の王宮跡に比べるとずっと規模が小さく平坦だった。かつて聖堂があった場所には何本かの砕けた太い石柱が転がっていたが、ほとんどは風化して崩れ土埃にまみれている。サシが持ってきた箒で足元を掃くと、石畳に彫りの浅くなった美しい模様が現われた。
「老師、ここがバリオラ神が最後にいた場所なのですね」
 マルヴェスターはうなずいた。
「空間は少し違うがな、こことは別の神の空間だったはずだ」
 サシがベリックにたずねた。
「王、どうしますか」
 ベリックはニッコリした。
「掃除をしよう」
 フスツと四人の部下が大きな柱や瓦礫を片付け、ベリックとサシが箒であたりを掃き始めた。マルヴェスターはブツブツつぶやきながら歩き回り、ナバーロは薄れかけた石碑の文字を懸命に読もうとしている。ただ一人、トンイだけはつまらなそうにその様子を眺めていた。
 しばらくして、サシが積み重なった石の下をちょっとつついてから皆に声をかけた。
「どうやら女神の手がかりを見つけました」
 皆が集まって来てサシの指し示す先を覗き込んでみると、鼻の頭がピンク色の小さなネズミが凍りついたように静止していた。
「ガザヴォックでしょう。時を止めてその間に何かをしたようです」
 ベリックは不思議そうにネズミをつついた。
「ちょっと待って、ガザヴォックは止まった時の中で動けるの」
 マルヴェスターが後ろから覗き込んだ。
「それが彼の魔法のとてつもない所だよ」
 サシ・カシュウがあたりを見回した。
「しかしこの空間はバリオラ神がいた空間では無いはずでしょう」
 マルヴェスターは首をかしげた。
「バリオラ神を捕えるのに、時の魔法はいらない。おそらくガザヴォックは神の空間とこの空間の両方に同時に存在していたようだ。神の空間でバリオラ神を捕え、こっちの空間で時を止めて何かをした」
「バリオラ神をどこかに隠したんですね」
「あるいはどこかに連れて行ったかだが、どんな方法を使ったのかがわからん」
 あたりを見回していたベリックが大きな灰色の盾のような物を壁の残骸の下から引きずり出した。少年は拳でコンコンとそれを叩いてみた。
「これは何だろう」
 サシ・カシュウはしばらくそれを眺めていたが、懐から小さなナイフを取りだして削ってみた。すると端のほうが細い糸のように削れた。
「木では無いが、石でもありません。何というか爪みたいな」
 ベリックは面白そうだった。
「爪かあ。ドラティくらいの大きさの怪物の爪だな」
 マルヴェスターがその灰色の板を眺めてうなった。
「この大きさの爪を持つ生き物がこのロッグにいたのは歴史上、ただ一日しか無い」
 サシがハッとした。
「ロッグ陥落の日ですか。だとすれば」
「ザークだ。この場所がその日のままならば、ザークはガザヴォックとバリオラ神と一緒にここにいたのだろう」
「するとバリオラ神はザークが連れ去ったというのですか」
「どうやらそのようだな。ランスタインの雪山のどこかに女神と鬼がいる」
 後ろで見ていたナバーロが東を指さした。
「東です」
 フスツがトンイの襟をつかまえてひきずって来た。そしてトンイの鼻に自分の鼻を押し付けるくらいに顔を近づけてどなった。
「正直に言え。マコーキンは本当にロッグに向かっているのか」
 トンイはワナワナしながら答えた。
「マコーキン軍の直後をイサシが尾行している。ここに向かっていると言ってきた」
 フスツはトンイの胸ぐらを掴んでいた手を離して突き飛ばした。
「なる程な。そうやってお前らはイサシのいいなりに操られるってわけだ」
「イサシはマサズ様の部下だ」
「ならばマサズはイサシに何を命じた。まさかマコーキンと手を結ぶつもりではあるまい」
 トンイは蒼白になった。
「まさか」
「貴様はあの狂った親父をどこまで信じているんだ」
 トンイは震えながらも何も答えなかった。かがんでザークの爪らしき物を調べていたマルヴェスターが腰を叩いて背筋を伸ばした。
「どうやら探していた物は見つかったようだ。さてとトンイ、マスター・マサズが女神を呼ぶ場所に案内してくれんか」
 トンイはホッとしたような表情をすると一行の先頭に立って聖堂跡を出た。ベリック達はトンイの後をついてマサズの塔に向かった。陽はすでに中天に達している。

 その頃、ベリック達と同じように掃除をしているもう一人の男がいた。ソンタールの竜の将マコーキンである。マコーキンは一万の兵のほとんどを要塞の外に野営させて、必要な数の兵だけを引き連れて月光の要塞の隅々まで手を入れさせた。掃除は数日に及んだ。ようやく要塞が使えるようになると、マコーキンは兵達の出発の準備の指揮をバルツコワにまかせ、掃除後の身軽な服装のままバーンと共に要塞の東にある建物の中庭に入った。準備の良いバーンは、すでに暖かい防寒用の服を着込んでいる。風には冬の足音が忍び入っているが、不思議な事にこの庭には春のようなおだやかなさと静けさがあった。
 マコーキンは山を背景にそびえるいくつかの塔を楽しそうに眺めて、ポツリと言った。
「あの山のどこかにテイリンが大事にしているゾック達の故郷があるのか」
「はい。月光の将がゾックを使っていたのもそのためです」
「なるほど、ここならば彼らも戦力になるわけだ。それにしても」
 マコーキンは大理石で囲まれた泉に目を移して、詩に詠われた事もある泉に歩み寄った。バーンもつられて歩を進めた。
「静謐な庭だな」
「魔法に満ちているのです。魔法が嫌いな私にでも感じられます。ここはかつてソンタール本国に最も近い要塞として極めて重要な位置にありました。あのガザヴォックですら度々滞在していたのです」
「そうか」
 マコーキンは泉の水に指先をつけた。
「ほう、金色の魚がいる」
 魚はじっとしているように見えたが、マコーキンは気にせずに手をひっこめた。
「魔法と言えば、黒い盾の魔法使いゾノボートの配下だったキゾーニはどうしている」
 バーンは意外な質問といった顔をしたが、すぐに答えた。
「一緒に来たがっておりましたよ。あの魔法使いはマコーキン様に忠誠を誓っている珍しい魔法使いです」
 マコーキンは首をかしげた。
「忠誠と言って良いものだろうか」
「キゾーニは特に抜けた魔法の力を持っておりません。カインザーの要塞でも第四位の魔法使いでした。それだけに通常の軍事力の重要さを知っているのです。ライバー様が死に、残った四将の中で自分はマコーキン様につくべきだという事が解っています。ブールを活かせる戦い方を熟知しているので、陣に加えれば貴重な戦力になるでしょう」
「よし。テイリンとキゾーニがいれば他の魔法使いはいらない。早くこの任務を終了させてグラン・エルバ・ソンタールに帰ろう」
 バーンは不思議そうな顔をした。
「お急ぎなのになぜわざわざ要塞の掃除をしたのですか。放っておいてもよかったのに」
 マコーキンは軽く笑った。
「使い物にならない要塞というのが嫌だったんだ。ここならあのカインザーの要塞より遙かにいい戦いができるかもしれない」
「しかしもうここを使う事はもうありますまい。もっともカインザーがサルパートのマキア王を支援してこの地方に攻め寄せて来るのならば別かもしれませんが」
「バルトール人はどうだ」
 バーンは首を振った。
「バルトールには兵がおりません。ベリック王がロッグに入ったという事で探らせておりますが、どうやらあの都市を治めるマスター・マサズとうまくいっていないようです」
「ならば良い、明日、真っ直ぐクリルカン峠に向けて出発だ」
 竜の将はそう言って東の空を振り仰いだ。

 (第六章に続く)

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