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シャンダイア物語

第五部 守りの平野
第十八章 ロッグ

福田弘生

 パール・デルボーン率いる三千の騎兵は、一路リナレヌナを目指して進軍していた。シャイーとゲイルがベーンゼルの町で調達した馬達は丈夫だったが、軍馬としての訓練が少ないために思ったより速度があがらない。パールはジリジリする気持ちで馬を進めた。
 風が強い。乾いた大地に木の枝の固まりのような物が転がってゆく。パールの横を進んでいたシャイーが無言で左の前方を指差した。パールが手をかざして目をこらすと隊列の左側に小さな影が走っているのが見える。パールはまたがっていた魔獣を隊列から離した。
 パールが近づくとルフーの長がぐるりと回って立ち止まった。パールも魔獣を止めた。
「あまり隊列に近寄らないでくれ。この魔獣はともかく、馬達が驚く」
 ルフーの長がグアゥと一声うなってから告げた。
「ランスタイン大山脈のベルターンのオアシスにいたソンタール軍が、地上に降りてリナレヌナにいたシャンダイア軍の防衛線を突破した」
 パールは鞍壺を叩いて喜んだ。
「よし、よくやった。それで損害はどのくらいだ」
「倒された者と逃げ散った者。併せて約三万」
 これにはさすがのパールも驚きの声を上げた。
「おお何と何と何と、恐るべきかなカインザー。あれでもソンタール軍の中では鍛え抜かれた軍隊だったんだぜ。それでペイジ達はどこに向かった」
「北を回って月光の要塞に向かっている」
「それでいい」
「もうすぐテイリン様もここに来る。テイリン様とゾックがソンタール軍を助けた」
 そう言ってルフーは走り去った。パールは隊列に戻ると全軍を止めて野営を命じた。

 その夜、篝火で天を焦がしているパール軍の近くに、空から二千のゾックと巨大な竜がやって来て降り立った。パールとシャイーが駆けつけると、相変わらずの茶色の服を着たテイリンが竜の背で手を振って飛び降りた。
「パール様」
 パールは子供ながら凶暴な風貌の竜を見上げて肩をすくめた。
「ゾックはともかく、竜は遠ざけておいてくれ。兵達ですら逃げ出しかねない」
 テイリンが心で話をするとアンタルはどこへともなく飛び去った。
「ペイジ達が助けてもらったみたいだな」
 テイリンは困ったような顔をした。
「ロッティ子爵の軍に空から攻撃を仕掛けました。騎馬の兵は空からの攻撃に無防備です。もっと被害を与えられるはずだったのですが、深刻な問題を発見しました。バルトール軍の踊る戦陣がゾックの弱点のようなんです。あの戦歌を聴くと祖先の記憶がよみがえるのか、ゾックが戦えなくなってしまう」
 パールがやれやれと頭に手をやった。
「まあいい、これから先にいくらでも戦闘の役に立つ機会があるだろう。それでペイジとヒース達はいつ頃こっちに合流できそうだ」
「ここまでならば三日と言ったところでしょうか。パール様も月光の要塞に戻られたほうが良いと思います。すぐにロッティ子爵の騎馬軍団がやって来る」
 パールは首を振った。
「いや、せっかくここまで出て来たんだ。オレはロッグに近づいてみる。月光の要塞に九万の後ろ盾があれば、少しは安心して動けるようになる」

 翌日、パール・デルボーンは部下のシャイーと共に三千の騎兵を率いて、ロッグ攻略への前哨基地をつくるために出発した。
 その一週間後、疲弊したペイジとヒースの軍八万が月光の要塞に入城し、要塞に残っていたゲイルの七千を加えたソンタール軍が勢揃いした。首都を発進した時に十二万を数えたパール軍で、要塞に入ったのは約九万だったが、この要塞にこれ程の兵が満ちたのは二千五百年ぶりの事である。パールの部下のゲイル、ペイジ、ヒースの三人は要塞の守備を固め、テイリンは引き連れてきたゾックとルフーを近くの山に潜ませた。巨竜ドラティの仔アンタルは自分で何処かに姿を消した。

 ・・・・・・・・・・

 リナレヌナの戦いの後、ロッティ子爵とマスター・トンイは兵の被害が思ったより少ない事に胸をなで下ろした。リナレヌナと郊外の野営地を見回りながら、ロッティはトンイに頼んだ。
「傷の深い者はここリナレヌナで治療させて、軽い者はサルパートのマキア王の所に送ってくれ」
 トンイは意外な言葉に問い返した。
「サルパートですか」
「ああ。マキア王が牙の道に温泉をつくってくれているはずなんだ。兵の治療に役立つ。俺はロッグに先回りして防衛に当たる。パールの軍がどちらに動くか様子を見てくれ、敵がロッグに動くならば月光の要塞を攻め、再度リナレヌナをうかがうようならここを防衛して欲しい」
「わかりました」
「ところでトンイ、一つ不思議な事があるんだ。あの羽の生えたゾックはなぜ一度しか襲って来なかったんだろう」
 トンイは首をかしげた。
「さあ。さっぱりわかりません」
「そうか、バルトール軍が攻撃にかかった事が何か関係があるのかと思ったんだが」
 ロッティ子爵の騎兵一万九千は準備を整えて早々に出立した。続いてエンストン卿の歩兵一万八千が続く。マスター・トンイはバルトール軍二万六千をリナレヌナに留めて体勢を整える事にした。カインザーとバルトールの負傷兵四千のうち二千はリナレヌナで治療を行い、動ける二千は世話役のリビトン老人が率いてサルパートの温泉に向かった。

 ・・・・・・・・・・

 テイリンはレイユルーと共に月光の要塞の中庭にある大理石で囲まれた泉の前に立っていた。泉の底に金色の魚が沈んでいる。テイリンは興味深そうに水の中を覗き込んだ。
「これがガザヴォック様の罠だと言うのか」
 狼は警戒の色を声ににじませながら答えた。
「あなたがアイシム神の魔法使いならば、その魚に触れた時に罠が作動するのではないかと魔術師マルヴェスターが言っておりました。もしその通りならば、ここはあなたにとって世界で最も危険な場所です」
 テイリンは少し困ったような顔をした。
「その心配はしていないけど、危険を冒す必要も無いだろうな。ロッグにゾックを率いて空から侵入してみようと思う。様子を見てくる」
「バルトールの首都に行くのですか」
「カインザーのロッティ子爵の機動力から言って、パール様が攻撃を始める前にカインザー軍がロッグの防衛を固める事は間違いない。ロッグが戦場になる事がわかればリナレヌナにいるバルトールの軍もやって来る。その前に相性のいい騎馬部隊のほうに何か有効な攻撃が出来ないか考えてみる」
 テイリンは要塞軍の指揮官となったゲイルにその事を告げると、アンタルに乗ってロッグに向かった。

 竜は月光を浴びながら信じられない程の速さで闇の中を飛んだ。やはりこの生き物は夜に力を発揮する。二日目の夜、テイリンは遠くにロッグの灯を見つけるとアンタルを降り、魔法使いの走力でロッグに向かった。

 打ち捨てられた都と呼ばれていたバルトールの首都には思ったよりも多くの灯が灯り、都市の中に入ると酒場や宿の喧噪が聞こえてきた。道にも露店が並び、テイリンはそのにぎやかさに意外な感じを受けた。だが考えてみれば不思議な事では無い。バルトール人は元々商売の民であり、踊りの神の子供達でにぎやかなのが好きなのだ。
 だが光があれば影が出来る。かつて影に生きる事を余儀なくされた民族の首都の、建物の影にテイリンは潜んだ。若い魔法使いは人気に満ちた都市の中を縫うように走り、都市の様子や地形を確かめた。そしてやがて南の地区にある広場に出た。そこには新しく造られたらしい高い塀で囲われた場所があった。
 テイリンは身軽に石造りの塀の上に飛び乗って中を覗いてみた。そこはまだ荒れたままだった。
(なぜここだけ、こんなにしっかり囲ってあるんだろう。中にはまったく手が着けられていないのに)
「何をしているんだね」
 突然、後ろから声をかけられてテイリンは振り向いた。そこには黄色い衣を着た年齢がわからないくらいに年老いた老人が立っていた。テイリンは飛び降りて老人の前に立った。
「ここは何の跡ですか」
 老人は不思議そうな顔をした。
「バリオラ神の聖堂跡を知らぬとはよそ者じゃな」
 テイリンは塀を振り返った。
「もしそうならば真っ先に建て直さなければならない所でしょう」
「ふむ。おぬし何者だ」
「ランスタインの山奥に住む者です。初めてこの地に来ました」
 老人の目が射抜くようにテイリンを見た。
「何者かは知らぬが教えて困る事でも無い。女神がこの場所を不安がっているのだよ、女神にとっては辛い記憶の場所だからね」
 二人は無言で石の塀を見つめた。やがて老人がボソリと言った。
「この地は魔法に満ちている。どこに踏み込むにも、何に触れるにも、細心の注意を払う事が大切だ」
 テイリンは不思議そうに老人を見た。
「あなたはどなたです」
「長い間わしもランスタインの山奥に住んでいた。そこで不思議な体験をした者だよ」
 老人はにっこり笑ってそう言うと、軽くテイリンの肩を叩いてから立ち去った。
 テイリンはしばらくその後ろ姿を見送っていたが、再び塀に飛び乗ると聖堂の敷地内に入った。草木で荒れ果てた敷地の中には、彫りの浅くなった美しい模様が刻まれた石畳が見える。テイリンは静かにその上を歩いた。砕けた太い石柱が何本も脇に転がっている。
 しばらく歩いていると、道の右脇のほうからかすかに奇妙な感じがした。テイリンが近くに積んであった石をどけてみると、そこには鼻の頭がピンク色の小さなネズミがじっとしていた。若い魔法使いは何気なく指先でそのネズミをつついてみた。
 そして黒の大魔法使いガザヴォックの罠が起動した。

 (第十九章に続く

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