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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第三十五章 エルセントへ

福田弘生

 

 鳥の形の王城エルガデールの中は、城壁をめぐる戦闘の様子を知らせる廷臣や、戦闘の準備をする兵士達等で騒然としていた。サルパートの巫女であり聖なる巻物の守護者であるスハーラは、行き交う人々の中で置き去りにされたようにぼんやりとたたずんでいた。ふと気が付くと元気なアーヤと勝ち気なエルネイア姫はどこかに行ってしまっていた。自分と同じサルパート出身の馬と話せる少女エレーデは、馬のフオラが呼んでいると言って姿を消した。
 スハーラはフラフラと城の上階の人気の無い廊下に入り、大きな丸い柱に背をもたれかけて座り込んだ。膝を抱えてぼんやりしていると、やがて目の前が明るくなり、見上げると白い衣の老人が立っていた。スハーラはすぐにそれが誰かわかった。
「エイトリ様」
「そのままで良い」
 スハーラは座ったまま聖なる巻物の守護神の前に頭を垂れた。
「疲れているようだね娘よ」
「どうしたのでしょう、厳しいサルパートの巫女の修行をしてきたはずの私が、このところ何をしても辛いのです」
 エイトリ神が彫りの深い目に知恵の光をたたえて言った。
「私にも正確な理由はわからないのだが、聖なる宝に原因があるのだと思う。クラハーンの覚醒により六つの聖宝の力が融合しつつある。その力のバランスの一時的な崩れがそなたにかかってきたのかもしれない」
「私にはよく理解できません」
「元々聖なる宝は一体のアイシム神の像の手にあった。私達聖宝神はそのアイシム神の像の破片から生まれた、それが元に戻りつつあるのだ」
 スハーラは目を上げた。
「六つの聖なる宝が一つにですか」
「そう、光の本来の姿に」
「でもなぜその力のバランスの崩れが私にかかってるのでしょう」
 エイトリが首をかしげた。
「そなたの目的は何だね」
「私は」
 スハーラは迷った、サルパートを黒い短剣の魔法使いギルゾンと北の将の手から解放するまでは自分にははっきりとした目的があった。しかしその後、自分が何を目標に生きてきたのかと聞かれると答えに困るのだった。
「サルパートの解放後、私はブライスを追ってきました」
「そうだね、ブライスは何を目指している」
「ブライスは」
 スハーラは言葉に詰まった。その時、スハーラの肩に手が置かれた。
「すまないスハーラ」
 大きな暖かい手を見上げると、そこにブライスが立っていた。
「導き手の俺が迷っていた、それが君の負担になったんだ」
「ブライス、もしかしてあなたも」
 ブライスはドスンと床に腰を下ろした。
「失礼しますエイトリ神、実は俺もしんどい」
 癒しの神エイトリが二人の頭に手を置くと、二人は体が軽くなるのを感じた。
「アムロリラ、セルダン、エルネイア、ベリックは強い意志を持ち、目的を持っている。それはこれが彼らの旅だからだ。ブライス、スハーラ、そなた達には別の旅がある。だがまだ早い、この旅を終えてから旅立ちなさい」
 二人はしばらくエイトリ神に癒された。やがて力を取り戻したブライスが目を上げた。
「エイトリ神はどうしてここに居られるんですか、エルディ神はミルトラ神の力が弱まったと言って姿を見せることが出来ませんでしたよ」
「サルパートの戦いはほぼ終わったので、私は私自身がここに来ている。エルディのような力の投影ではないからね」
「と言うといままで姿を見せていたエルディ神は」
「ああ、エルディの一部だ。本人は常にザイマンにいたんだよ」
「なるほど、その神々ご自身の本体がいよいよ動く時が来たってわけですね」
「そう、私には別の使命が与えられたのだよ」
 ブライスもスハーラもそれについて尋ねる事はしなかった。ブライスがエイトリ神に報告した。
「セルダンが黒い冠の魔法使いと共にエルセントを離れました」
「うむ、その決着は着けねばならない。それが次の段階の始まりになるのだ」
 スハーラが驚いてブライスを見た。
「エルはその事を知っているの」
「知っていたらセルダンは一人で行く事は出来なかったさ」
 スハーラはエルネイアが知った後の騒ぎを思うとゾッとして肩をすくめた。
「心配するな、そなた達は皆強い」
 エイトリ神はそう言って静かに笑うと薄れるように消えた。

 ・・・・・・・・・・

 ユマールの将ライケン・ジマハールは、ベッドの上で西の城門が破られたという報告を聞いていた。ライケンは、ベッドの足下に気をつけの姿勢で立っているミハエル侯爵に面倒くさそうな目を向けて不機嫌な声で言った。
「我が軍に夜間の戦闘が出来る気が利いた兵がいるか」
 ミハエル侯爵は口ごもった。
「いえ、それは」
「ならば明日まで放っておけ、どうにもならん事を大至急の用事のように得意げに報告するな」
「はい」
 ライケンはブツブツ文句を言いながらミハエル侯爵を下がらせると、毛布にくるまった。もう夜は寒い。

 艦砲射撃によるエルセント南面の城壁への攻撃を続けている間、ライケンは様々な行動を行っていた。
 まずは合流した大軍の再編成である。ユマールから連れて来た兵は少ない、現在率いている兵のほとんどはキルティアの元から離脱してきた兵であり、その中には最初からライケンに合流するためにセントーン戦線に参加した者もいれば、後からキルティアを裏切った者もいる。いずれにしても本国の多くの貴族はライケンの勝利を信じており、早めに恩を売っておこうという考えだった。
 ライケンは最初からライケンの元に参加した貴族の軍を自分の陣営の元に置き、キルティアを裏切った軍を二手に分けてミルバ川を渡った最前線と、後方からやって来るベロフの軍への備えに置いた。ライケンはこれらの兵を信じていないだけだったが、結果的にはキルティア軍本隊には及ばないものの、ある程度実戦を経験している兵を最前線におく事になり、より攻撃向けの布陣となった。
 すでにエルセントの南の城壁は大きく崩れ、後は東の将キルティアが西から攻撃を開始するのに合わせて総攻撃をするだけとなっていた。
 次に本国の同盟者、貴族議会のケルナージ大公、商人ギルドの長レボイム、巫女の長メド・ラザードと連絡を取り合って今後の帝国の支配について意見を交換した。連絡係のはずだった暗殺者イサシは消息不明だったが、もちろんライケンは気にしていなかった。
 もう一つライケンにとって重要な事は、マコーキンの元にいる皇子ムライアックとの仲を修復する事だった。暗殺しようとまでした男だが、皇帝の兄である。機嫌をとっておかないと、今後の帝国内での立場を危うくさせる可能性があった。
 ライケンは暗闇の中で目を見開いて天井を見つめた。
(現在の皇帝ハイ・レイヴォンとはどんな男だろう。まだ少年のはずだが、ムライアックという兄を守ろうとするだろうか。優秀な男ならば、ハイ・レイヴォンの元からハルバルトらを遠ざけて、私が直々に彼の後ろ盾になってしまうほうが早く帝国の実権を握れるかもしれない)
 
 翌日、ライケン軍は南の崩れた城壁から、キルティア軍は破壊された西の門から総攻撃を開始した。激しい戦闘の末、ベリック、ブライスの二人の守護者とクライバーに率いられた守備隊の奮戦むなしく、外側の第一の城壁は落とされた。
 それから数日間、第一の城壁と第二の城壁の間の迷路で死闘が繰り広げられたが、第二の城壁を突破されるのは時間の問題と言えそうだった。
 第二の城壁の最大の弱点はキルティアに破壊された西の門だった。その門を今日も死守したクライバーとバンドンが、真夜中になって城に戻って来た。
「ブライス王、ベリック王、さすがに危ないぞ、そろそろ限界だ」
 その夜、セントーンの老王レンゼンの元で会議が開かれた。情報の収集と分析を担当しているマスター・リケルが戦況を報告し、次のように締めくくった。
「というわけで海以外の三面には敵兵がひしめきあっています」
 クライバーやバンドン、フスツ達がそれぞれの意見を述べているのを聞きながら、ベリックは城の窓の彼方に見える暗い海を見つめた。数日前、月光の下をセルダン王子と黒い冠の魔法使いが船に乗って出港して行った港だ。ベリックはそこに繋留されている船に目をやった。
「ブライス、船がたくさんあるね」
 バンドンの巧妙な罠の効用を興味深く聞いていたブライスが顔も向けずに答えた。
「なんだ突然、海上がライケンの艦隊に封鎖されちまって逃げ残った船があるのさ」
 ベリックはその船を見ながら思い付いた。
「外に出そう」
「何をだ」
「エルセントの市民を都市から出しましょう」
 その部屋にいたすべての人が驚いてベリックを見た、ブライスが言った。
「何万人もいるんだぞ、無事に逃がせるはずが無い」
「ライケンと交渉します。ライケンは都市が欲しいはず、でも市民がいなければ都市を手に入れた事にならない」
 フスツが尋ねた。
「市民を市外に逃がして、我々はどうしますか」
「ここ、エルガデール城で戦う、戦えるでしょうレンゼン王」
 レンゼン王が嬉しそうにうなずいた。
「先祖代々、この城も様々な工夫を重ねて改築されておる。これ以上市民を巻き込むより、ここで我々だけで戦うというのは良い考えだろう」
 マスター・リケルもうなずいた。
「長期戦にはならないでしょう。ベロフ、ロッティそれぞれに率いられたカインザー軍が近づいています、一か月耐え抜けば十分です」
 一同は中央に座ったアーヤに目を向けた、アーヤは警戒して険しい目つきになった。
「何よ」
 ベリックがうながした。
「女王のご命令を」
「こんな時にだけ私に聞くのね、いつも全然無視するくせに。もう面倒なんだから、早く市民を逃がして、ライケンもキルティアもあたしたちだけでやっつけてやる」
 翌朝、ベリックは黄色いバルトール旗と紫のセントーン旗をフスツ達に持たせ、自分はアムロリラ女王の指輪の旗印を手にして南の崩れた城壁を出た。遠くからその旗を認めたライケンは楽しそうに大笑いした。
「来たか小僧」
 フスツ達とその部下四人を引き連れたベリックは、恐れる事無くライケンの陣営に馬を乗り入れた。ライケンは短期間に建造されたらしい荒削りだが立派な建物の中で待っていた。ベリックが開かれた扉から入ると、ライケンは椅子の中で嬉しそうな声を上げた。
「待ちかねたぞ、降伏か」
 ベリックはこの冗談に付き合わなかった。
「簡単に言うよライケン、市民を都市の外に出したい。戦いは僕達とエルガデール城の兵だけで行う」
 ライケンは眉を上げた。
「ほう降伏はせんか、まあそうだろうな。市民の事はこちらから提案しようと思っていたくらいだ。これだけの都市を手に入れても市民がいないのでは機能しないからな、もっとも黒い冠の魔法使いはこの都市が瓦礫の山になるとか言っていたがね」
「その魔法使いはもういないよ、セルダン王子と一緒にエルセントを出た」
 ライケンはうなずいた。
「よし、どこに行ったんだ」
「トルマリムだって」
「なるほど、黒い冠の魔法使いは戦いの場をつくるためにあの都市を滅ぼしたのか」
「じゃあ市民の脱出の件はいいんだね」
「私はかまわんよ。ただし、エルセントの周りにはもう一つの軍団がいるだろう」
 ベリックが困った顔をした。
「そのキルティアを抑えられないの」
「無理だね」
「じゃあ市民の脱出は南しかないや」
「おい、私の軍隊の真ん中を通って行くというのか」
「もちろん、よろしくユマールの将」
 ライケンは小声で悪態をつきながら、ミハエル侯爵に細かい指示を行った後に言った。
「ベリック、この戦いはもうシャンダイアの負けだ。負けても死ぬな、俺の臣下になれば命を助けてやろう」
 ベリックは黙って首を振るとライケンの元を去った。

 ・・・・・・・・・・

 南方の港町ダワを奪回した後、エルセント目指して兵を進めているカインザーのベロフ男爵は、遙か北の空を眺めてため息をついた。途中で参加して来るセントーンの兵を集めながら北上しているのだが、それが間違いだったらしい。抜刀隊とカインザー兵だけならばとっくにエルセントに着いていたはずなのに、まだ三週間の距離を残していた。
 サルパートのエスタフ神官長とレリス侯爵のわがままにも閉口したが、こちらは徹底的に無視する事にしていた。
 しかし兵の数だけは順調に増え、いつの間にか四千の兵が一万を越える数になっていた。
 ベロフは抜刀隊に隊形の変更を命じた。こうして移動の最中も訓練をしていかないと、実戦の役には立たないからだ。この増えた兵達が思うように動いてくれれば、何とか戦闘らしい戦闘を行う事ができるだろう。

 ・・・・・・・・・・

 ロッティ子爵率いる二万の歩兵と二万の騎兵合わせて四万の兵団は、セントーンの北方の都市ソーカルスでサルパートのマキア王からの補給を受けた後、破壊されたトルマリムを右手に見ながら南下した。マコーキンとパールからできる限り距離をとったのだ。しかしいくら急いでもエルセントまではまだ一か月はかかりそうだった。

 (第三十六章に続く

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