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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第三十六章 三人の皇子

福田弘生

 

 アーヤとエレーデを連れたスハーラは、エルネイア姫の部屋の扉の前で迷っていた。セルダン王子が黒い冠の魔法使いと一緒にエルセントを抜け出した事を知って以来、エルネイア姫は自分の部屋に籠もったままだったのだ。そーっと逃げ出そうとしたエレーデの腕を捕まえながらアーヤがスハーラを急かした。
「どうしたのスハーラ、早くノックしてよ」
 スハーラは肩をすくめて恐る恐る盾の模様が描かれたドアをノックした、部屋の中から怪しげな音がする。アーヤがうんざりした顔でエレーデにささやいた。
「また何か壊したのかしら」
 スハーラが意を決してドア越しに大声で呼びかけた。
「エル、出て来てちょうだい、市民を都市から脱出させる事にしたの。すでにベリックがライケンと交渉を行ったわ、市民はエルセントの南の門から出てミルバ川を渡り、ライケンの軍を通り抜けて郊外に避難します」
 ドタバタと物音がして、突然扉がばたんと開いた。扉の向こうで仁王立ちしたエルネイア姫は、乱れたドレスの裾を握りしめて言った。
「それじゃあ市民達が邪魔になってベロフの軍が到着しても、ライケンを攻撃できないじゃない」
 スハーラが目をパチクリした。
「あらそうね、誰もそれに気付かなかったのかしら」
「もちろんライケンはそんな事は計算済みよ」
 そう言ってエルネイア姫は冷たい石の床を裸足でペタペタと歩き出すと、父親のレンゼン王の部屋に向かった。王の部屋では、ベリックとマスター・リケルとフスツが地図を広げて話し合っている最中だった。そのベリックが王女に気付いた。
「やあ、エルネイア姫。市民の脱出が始まったよ、ブライスが市民達を誘導する指揮をしている」
 エルネイア姫は机に寄ると地図の上を拳でトントンと叩いた。
「ライケン軍の後ろに何万もの市民、その向こうにベロフの軍が到着して、どうやってライケンを攻撃するの」
 ベリックはマスター・リケル、フスツの二人の参謀と顔を見合わせた。
「あれ、気が付かなかったね」
 エルネイア姫がきっぱりと命令した。
「もう、だから男だけにはまかせておけないの。市民の中のバルトール人に命じて、ベロフの軍と避難民をこっそり入れ替えるように指示して」
 ベリックは泣きそうな顔になった。
「はい」
 エルネイア姫の美しい顔は殺意に満ちていた。
「いいこと、ライケンは絶対に許さないわよ。もちろん兄さんを殺したキルティアも」
 部屋の入り口で様子をうかがっていたアーヤがスハーラとエレーデにささやいた。
「あたし残酷なのは嫌よ、エルが暴走しそうになったら止めてね」
 スハーラが小さい女王にささやき返した。
「エルを止められるのはセルダン王子だけよ、彼が無事帰還するのを祈りましょう」
 部屋の中でエルネイア姫が言葉を続けた。
「それからリケル、もう一人セントーン全土に指名手配して欲しい人物がいるの」
 上品なセントーンのバルトール・マスターはその声の険悪さにおののいた。
「はい王女様、どなたをお探しでしょうか」
 エルネイア姫は凄みのある微笑みを浮かべた。
「カインザーのセルダン王子、彼を見つけたら必ず生きたまま私の元に連れて来てちょうだい」
 その声を聞いてエレーデが震えながらつぶやいた。
「セルダン王子が無傷で帰って来ても、無事に済みそうにないわ」

 セントーン建国以来、不落を誇ったエルセントの南の城門がついに敵軍の前に開かれた。エルセントの市民達は粛々と避難を始め、夜になってもライケン軍が焚く篝火の中を市民の行列が続いた。セントーンが勝ってもライケンが勝っても市民は戻ってくる予定だったので、各自少ない手荷物と食べ物を持っただけで家財道具などは持っていない。しかし季節はすでに冬に入っており、そのまま南下して各地の町や村に身を寄せる人も多かった。
 ブライスは避難の指揮をしていたが、その人の多さに途方に暮れていた。そして見回りに来たベリックに尋ねた。
「全市民の避難にどのくらい時間がかかると思う」
「ライケンは一週間と時間を切ってきた。ベロフ男爵の軍が三週間の距離まで来ているし、ロッティ子爵も四週間で着くからね」
「ライケンは一週間後からベロフが着くまでの二週間で決着をつける気だな」
「エルガデール城一つ、文字通り最後の砦になってしまったから圧倒的な兵力に物を言わせて力攻めをする気でしょう。ライケン、キルティアあわせて四十万、こっちは兵をすべて城に入れて四万だもの。それにベロフ男爵の軍は情報によると一万程度、どのくらいライケン軍と戦えるかわからない」
「しかし一週間で市民を避難させられるのか」
「エルセントは大都市だけど、城壁の外の農民達はすでに避難してしまっているし、いつも出入りしている他の国の人達もいない。男はセントーン各地の戦場に行ってしまっているので、エルセント市内の人口は通常の四分の一くらいになっている、それでも十万人はいるね。でも実は人を外に出すだけならば三日もあれば十分なんだ。ただ外での宿営の準備をしながら、順次出していくのでギリギリ一週間かかると思う」
「それでも早いな」
「要領のいいバルトール人も多いし、エルセントの市民は洗練されていて万事そつがないからね」
「結局、キルティアは黙って市民の避難を待っていてくれるのか」
 ベリックは首を振って北の方角を指さした。
「いいや、マルヴェスター様とトラゼールの兵が一週間、キルティアの注意を引いてくれる事になっている」

 エルセントの北に布陣するトラゼール勢の先頭で、器用に軍馬を操りながら指揮を続けている魔術師マルヴェスターは、エルセント市民の避難にあわせてキルティア軍の後方から攻撃を仕掛けた。キルティアの軍は戦慣れした強兵だったが、市民脱出のための時間稼ぎという目的を持ったトラゼール兵も懸命に戦ったため、キルティアはエルセントから市民が脱出していくのを阻止する事が出来なかった。市民ごと都市を破壊するのが流儀だったキルティアは歯がみして悔しがり、その怒りが後にエルセントに災いをもたらす事になる。

 ・・・・・・・・・・

 アイシム神の魔法使いテイリンは不思議な運命で旅の同行者となった暗殺者イサシ、魔女ティズリと共に洞窟の中にいた。この洞窟はランスタイン山脈の麓のジェ・ダンの塔の地下にある大地の座から、魔法使いレリーバの故郷タルミの里まで続いているらしい。テイリンとティズリが灯す魔法の光に導かれて一行は歩き続けた。
 前にもこんな事があったとテイリンは思い出した。カインザー大陸から脱出した時も地下の水脈に沿って洞窟の中を延々と歩いた。タルミの里で今回の使命に決着をつけたら、そろそろゾック達の元に戻ろうとテイリンは思った。
 その時、目の前が白く光り、エイトリ神が現れた。神は時々こうして姿を消したり現したりしている、おそらくセントーン各地の様子を調べているのだろう。テイリン達はこの神が意外に気さくな事に気づいていた。テイリンの後ろにいたイサシが神に声をかけた。
「地上はどうなっていますか」
 神は眉をあげた。
「エルセントの市民が脱出を始めた、アムロリラ女王達はエルガデール城で戦うつもりらしい」
 イサシが青ざめた。
「いけねえ、エルセント陥落が近いってわけですね」
「セントーンにとって戦況はきびしいな、カインザーのベロフとロッティが救援に向かってはいるがまだ一月はかかる、エルガデール城だけで持ちこたえるのは困難だろう」
「俺をここから出してくれませんか、やらなきゃならねえ事がいっぱいあるんですよ」
「おそらくこちらの用事のほうが重要だよ」
 童顔の魔女ティズリが用心ぶかく尋ねた。
「キルティアはどうしている」
「キルティアは喜々として攻撃を続けている、しかし魔法使いレリーバと巨獣デッサはエルセントを離れた」
「どこに向かっている」
「私達と同じタルミの里のようだな」
 ティズリはニヤリとした。
「それならばわたしの目的にあう、このままで良い。元々はキルティアの軍の進行を遅らせようと思っていたのだが、戦況がここまできてしまったのならばもう仕方無い。私は昔からレリーバを始末したかった、その思いを遂げてやる」
 テイリンはこの不穏な言葉を何度か聞いていた、レリーバとティズリの間には余程深い因縁があるらしい。テイリンは神に話しかけた。
「エイトリ様」
「何だね」
「私はカインザー大陸にいた時、クライドン神に会うためにライア山の山頂まで行きましたが会えませんでした。それがセントーンで二体の神に会えるなんて驚きです」
「ここに来たからには魔法の性質についてある程度理解しているだろう。私達は魔法そのもので、正確には偉大な宇宙神の力の一部だ、一体も二体も変わらないよ。ところでクライドンに会って何をしたかったのだね」
「戦いの意味について知りたかったんです、そしてこの星と生き物についても詳しく聞きたかった」
「その質問をするのに最も適していない聖宝神がクライドンだな」
 ジェ・ダンがブンとうなった。
(クライドン神に戦いの意味を聞く者だとおらん、お前さん余程の世間知らずだな)
「ランスタインの山奥の育ちですからね」
(まあいい、ゆっくり学べばいい。時間はずいぶんありそうだぞ)
 このジェ・ダンの意見にテイリンはゾッとした、さすがにこの洞窟に飽きだしていたのだ。

 ・・・・・・・・・・

 セルダン王子は、月光を浴びて小型艇の船首に立っている魔法使いを不思議な気持ちで見つめていた。この魔法戦争の一つの決着をつける相手がこの優しい顔の魔法使いとは意外だった。セルダンは話しかけた。
「なぜ僕たちは戦うんだろう」
 黒い冠の魔法使いは振り向いた。
「たぶん魔法を消滅させるためだ」
「魔法を」
「本来星は創造神の手から統治の神の手に渡されて、そこで生き物たちが営みを行うようになっている。しかしこの星は創造神が統治の神の手に渡さなかった、だから創造神の魔法がいたるところに満ちている。それを一掃して、あたらしい統治の神の力でこの世界を覆う」
「統治の神って翼の神だろう、翼の神の弟子マルヴェスター様達の魔法の力という事かな」
 魔法使いは首をかしげた。
「それも魔法の一部だとは思うけど、マルヴェスターやミリアの魔法は創造神の魔法に似ていささか破壊的な要素が多い」
「二人を知っているのか」
 魔法使いは笑った。
「ああ、よく知っている。おそらく彼らの魔法そのままではない、何か別の要素が加わるのか、変容するのか、いずれにしても我々の知っている魔法とは違う魔法になると思う」
「魔法が滅び、魔法が生まれる」
「我々黒の神官の間では魔法が滅びた場所をデヘナルテ、生まれる場所をミセルネルと言う」
「すでにそんな場所があるのか」
「ミセルネルはまだ伝説だ。だがデヘナルテは存在する、我々はこれからそこに行く」
 セルダンは理解出来ないといった顔で魔法使いの言葉に応じた。
「魔法が効かなければ僕の勝ちだ、剣と冠では勝負にならない。たとえ君が剣を持っていても僕は負けない」
 魔法使いが振り返った。
「それはやってみなければわからない」

 ・・・・・・・・・・

 元の西の将マコーキンと第六の将パール・デルボーンの元にいる、ソンタール帝国の前皇帝の三男ムライアックは、一見凡庸そうに見えるが激しい権力闘争を生き延びてきた経験で人を見分ける能力を持っていた。また危険にさらされ続けてきたため、常に自分の居場所の安全性を確かめる癖がついている。
(さて、我が身をどうするか)
 様々な偶然が重なった結果、ムライアックは自分が比較的安全な環境にいると思っていた。マコーキンとパールは皇帝に対する忠誠心が極めて深い将軍であり、現皇帝の兄の自分を権力闘争の道具に使う事は考えていないようだった。
 首都にいるハルバルト元帥、ゼイバー提督、魔法使いガザヴォックは皇帝の邪魔にならない限り自分の事など相手にしていないだろうが、反対勢力が自分をかつぎだせば暗殺者をし向けるかもしれない。ムライアックはその反対勢力の顔を思い浮かべた。貴族議会のケルナージ大公、商人ギルドの長レボイム、巫女の長メド・ラザード、そしてユマールの将ライケン。
(とりあえず、しきりに使者を送ってくるライケンには関わらないほうが良いな)
 そこでパール・デルボーンについて考えた。
(間違いなくあれは長兄パルシオスだ。兄が死んだと言ったのはハルバルト元帥、ゼイバー提督、魔法使いガザヴォック、おそらく毒のせいで記憶を失った兄を隠すために嘘をついたのだ。次兄のテシオスを殺したのはパルシオスではないだろう、ならば誰だ)
 ムライアックはアシュアン伯爵、エラク伯爵、マスター・モントの三人を呼んだ。ムライアックはこの三人を信用するしかない状況でもあったのだ。
 
 ムライアックは三人に意見を聞いた。
「どうなっているのだと思う」
 エラク伯爵が相変わらず青白い顔で言った。
「その時点ではハイ・レイヴォンはゼイバー提督が保護していて、世間では死んだと思われていた。パルシオス、テシオスが死ねばその時点での皇帝はあなたしかいなかったはずだ」
「私はユマールにいた」
 アシュアンが言った。
「そしてライケンに握られていた、ライケンの暗殺者がグラン・エルバ・ソンタールに潜入したか首都の誰かと組んだかだ」
「首都の有力者の内ケルナージ大公はテシオスの支持者だった。メド・ラザードは死んだ弟を支持していた。するとレボイムか、彼が兄達の暗殺を仕組んだのか」
 モントがパイプの煙をゆっくりとはいた。
「商人ギルドの長レボイムはすでに傀儡だよ、操っている人物が影にいる」
 ムライアックとアシュアン、エラク伯爵は驚いた。
「本当か」
「ああ、レボイムどころか年老いたケルナージ大公すらすでに支配下に置いている可能性がある」
「誰だそれは」
 モントは苦々しげに言った。
「マスター・ジザレ、グラン・エルバ・ソンタールにいるバルトール・マスターだ」
 ムライアックはさらに驚いた。
「グラン・エルバ・ソンタールにもバルトール・マスターがいるのか」
「もちろんだよ、黒の神官達が使うモッホの粉は誰が供給していると思っていたんだね。そういう意味ではメド・ラザードにすら影響力を持っているかもしれないね」
「ライケンはジザレを知っていると思うか」
「ジザレと行動を共にしているイサシが、ライケンの元に出入りしていたという情報がある。つまりライケンはジザレと繋がっている」
「ライケンとジザレは何を考えているんだ」
「ライケンは帝国の支配だろう、しかしジザレはよくわからない人物だ」
 エラク伯爵が奇妙な顔をした。
「マスター・ジザレは、パール・デルボーンが記憶を失ったパルシオスである事を知っているのでしょうか」
 モントが答えた。
「間違いなく知っているだろうな、自分達の仕事の結果は確認しているはずだ」
 ムライアックの直感が何かを告げた。
「ジザレはパルシオスを利用するだろうか」
 アシュアンが尋ねた。
「どういう意味だ」
「つまりパルシオスを皇位につけようとするだろうか、ハルバルト元帥達が擁立したレイヴォンに対抗する存在として」
「可能性はあるな、だがライケンはおそらくパールがパルシオスである事を知らんぞ、しきりにお前さんの元に使者を送って来ているのだろう」
「ああ、ライケンは私との関係を修復したがっている。するとジザレはライケンにも手の内を明かしていないわけだ」
 モントがポンッとパイプの灰を落とした。
「おそらくジザレはパルシオスを皇帝として送り込むつもりだ、そのためにイサシがセントーンに来ている」
 ムライアックが蒼白になった。
「レイヴォンも、私もバルトールの暗殺者に殺される。いや、ライケンも首都の大老の半分も殺されるだろう」
 アシュアンがつばをのみこんだ。
「ガザヴォックが殺されるとは思わんが、ハルバルト元帥とゼイバー提督はすでに狙われているだろうな。しかしジザレとはそこまで大それた事をする男か」
 モントはうなずいた。
「それどころか、すでに神はいらないと言っていた、神無き世を支配するのだと」
「彼の言う神とはどの神の事だ」
「私はバリオラ神だと思っていたが、もしかしたら聖宝神全体を指していたのかもしれない、あるいは」
 エラク伯爵が続けた。
「アイシム、バステラ両創造神もいらないと思っているのかもしれませんね」
 四人はマスター・ジザレと言う、とてつもない怪物が存在している恐怖に背筋を寒くした。

 (第三十七章に続く

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