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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第三十九章 二将の会見

福田弘生

 

 魔術師マルヴェスターは、巨大都市エルセントの西の城門の外にトラゼール勢を率いて陣を敷いた。
 深夜、たき火の横で一人丸太に腰掛けて食事をしている老魔術師の元をマスター・リケルが訪ねて来た。マルヴェスターは肉の脂で手をべとべとにしながら声を上げた。
「ほうさすがにバルトール・マスター、戦闘中の城を抜け出す事などたやすいようだな」
 リケルは上品にお辞儀をした。
「老師マルヴェスター」
「じきじきにお主がやって来るとは何事だ」
「大切な事だと王がおっしゃいましたので、私が城を抜け出して来ました。ベリック王から、アムロリラ女王はどうやれば指輪の力を発動できるのか、聞いてこいとの命を受けて参りました」
 マルヴェスターが手にしていた酒を一口飲んで答えた。
「ああ、あの指輪には発動というような大袈裟な固有の力など無いよ。他の聖宝の力をまとめるのが役割だ」
「もう少し詳しいお言葉をいただけますか」
 マルヴェスターは黒いローブで無造作に手を拭いた。
「すべての聖宝が揃い、アーヤが心から願い、クラハーン神の気が向いたら何かの力が現れるだろうという事だ」
 リケルの顔にとまどいが広がった。
「クラハーン神の気が向いたらですか」
「いささか頼りない神だからなあ」
「神のお気持ち次第では仕方ありませんね」
 リケルは困ったような顔をした後、野営している元トラゼール城の兵達を見回した。
「ところでこの兵達はもう少し役に立ちませんか」
 マルヴェスターは袋から乾いた木の実を取り出して、口に放り込むとポリポリとかみ砕いた。
「指揮してみてわかったが、これは根っからの城の守備隊だ。エルセントに入城していれば大いに役に立ったが、平地で野戦の専門家であるキルティア軍と戦うのはいささか荷が重い、知っての通りここまで見事なまでの連戦連敗を続けておる」
「ゼリドル王子を失った事も大きかったのでしょうね」
 マルヴェスターは辛そうな顔をした。
「そうだな、ゼリドルは惜しい男だった、陽が昇る国セントーンの太陽だった。この戦いが終わったら、盛大に弔ってやろう」
「しかしそのためにはエルガデール城が落ちては困ります」
 マルヴェスターは立ち上がって城壁を見上げた。
「今は敵がエルセントの城壁の中にいる状況だ、我々はあの西の城門で小競り合いをしながらロッティの到着を待つ。ロッティのカインザー軍にこの兵力を加えればキルティアに効果的な攻撃を仕掛ける事が出来る」
 リケルは不思議そうな顔でマルヴェスターを見た。
「あなたはなぜ積極的にかかわらないのですか、ガザヴォックに匹敵する能力と言われている力でキルティアやライケンを倒す事は簡単でしょう」
 マルヴェスターはニヤニヤした。
「わしを誘惑するなよ、そんな事をしても何もならん。将を殺しても次の者が後を継ぐだけだからな、まさかわしにソンタール軍に対して大量虐殺をしろと言うのではあるまいな。ガザヴォックが月光の要塞でやった失敗を知っているだろう、魔法で破滅を呼んでもロクな事は無い」
「それではせめて城に来て指揮を執っていただけませんか。聖宝の守護者達は確かに類い希な力を持つ若者達ですが、自らの能力を使いこなせていない。このままでは圧倒的な兵力の差でつぶされてしまいます」
「安心しなさい、あの子達はそれ程弱くはない。この困難な戦いをここまで持ちこたえてきている。ベロフとロッティが到着すれば逆転の可能性がある」
「しかし、マコーキンとパールの軍も来ます。この二人の率いる野戦部隊は強い」
「わかっている、だがそれもキルティアとライケンを先に崩してしまえば意味が無くなる。むしろ問題はセルダンだ、最も予測不可能な戦いに挑んでいる」
「セルダン王子が黒い冠の魔法使いとの一騎打ちに負けたらどうなります」
 マルヴェスターが寂しそうに笑った。
「黒の闇に傾き過ぎた秤は戻さねばならん。その時がわしの出番なのだ、黒い冠の魔法使いの暴走を止めるのがな」
 マスター・リケルはさすがに青ざめた顔をしてエルガデール城に戻って行った。

 翌朝、エルセントの巨大な港から見える水平線に赤い太陽が昇った。冷たい風の中に数十万のソンタール兵の熱気が湯気のようにたち上り、その兵の固まりが、果物を叩きつけるようにエルガデール城にぶつかって、グチャリとつぶれたように壁面に張り付いた。いくつもの櫓とはしごが壁にかけられ、勢いづいた兵が我先にと城壁の上によじ登ってきた。
 ブライスとベリックの二人の王に率いられたシャンダイア軍は、壁面にへばりついた敵兵をこそぎ落とすように丁寧に排除していった。
 エルガデールは鉄壁の城である。あわてて雑な防衛をするより、余裕をもってていねいに応戦すれば良い、それが守りの平野の太守レンゼン王の指示だった。
 その日一日、城壁のほぼ全面にわたって戦いが繰り広げられたが、ついにソンタール軍は一人の兵も城壁を越える事が出来ずに退却した。同様の攻撃が三日続けられた後、ソンタール軍は十二の門の突破にかかった。
 エルガデール城は港の方角に向けて鳥が翼を広げて囲い込むように築かれている。東の将キルティアは城の中央部、鳥の胴に当たる部分にある正門に攻撃を仕掛けた。巨大な破城槌が何度も打ち付けられたが、槌をもつ兵達は矢で狙い討ちにされて退却した。
 五日目、ライケンはキルティアに会見を求め、キルティアはこれに応じた。
 エルガデール城を見上げる石畳の広場で二将は会見した。ライケンは久しぶりに見るキルティアの姿に驚いた。
(前皇帝の死後、数年経った後に首都で会った時とまるで変わっていないではないか、いや心なしか以前より艶めいて見えるぞ)
 キルティアは三つ又の鞭を振り回しながらせせら笑った。
「どうしたライケン、目の前に獲物が山と積まれているのだ、早く狩りに行こうではないか」
 ライケンはその声を聞いてゾッとした。
(なる程、この化け物はセントーンで殺戮を重ねてきた。それで生き生きとしているのだな)
 ライケンはキルティアの前に立った。背丈はキルティアより小さいが、その全身から発する尋常では無い活力はキルティアにも伝わった。キルティアは注意深く尋ねた。
「何をしたい」
「城の南翼、城壁の構造が細くなって飛び出している箇所に攻撃を集中する。あそこの門ならば破れる」
「お前のご自慢の魔法使いと巨獣はどうした」
「魔法使いは剣の守護者と決闘するためにトルマリムに向かった、巨獣はどこにいるのか知らん。これは感謝したほうがいいぞ、あの怪物共がここにいたらエルセントなど真っ黒な炭になってしまう。それよりレリーバとデッサはどこにいる」
「彼女達もエルセントを去った」
 ライケンは心からホッとした。
「よし、我々はついている。セルダン王子さえいなければ城にいる守護者達にはたいした戦闘力は無い。この戦いは単純に力だけの決着になる、魔法が介入する前に終わらせよう」
 キルティアはそう言って去っていくライケンの後ろ姿を見て微笑んだ。
(怪物などいなくとも、都市は炭に出来るぞライケン)

 翌日、城の最南端に飛び出した格好の城壁にある門に向けて、ソンタール軍の総攻撃が開始された。この門を守っていたのはクライバー男爵だった、紅の男爵はマントを翻しながら攻め寄せる大軍を見下ろして高らかに笑った。
「ここが一番攻撃しやすいと思ったのだろう、だから俺がここにいるんだぜ」
 クライバー軍の奮闘はすさまじく、真っ黒に群がったソンタール勢をなぎ払い、突き刺し、け落として撃退していった。それでもライケンは次から次へと新手を繰り出して攻撃を続けた。太陽が中天に差し掛かる頃、息子のアントンが兵を率いて父と交代し、夕方にはベリック王も友人の応援に駆けつけた。
 やがて日が暮れる頃には、さすがのクライバー男爵も壁を背にして座り込み、立てない程に疲れ切って叫んだ。
「ええい、バイルンがいれば、あの男の弓があれば」
 夜になり、城壁から雲霞のような敵の大群の篝火を見下ろしたベリックは、さすがに不安になってブライスを呼んだ。巨体を揺らしてやって来たブライスは、ベリックの横に並んでうなった。
「もう一度ここに来ると思うか」
「キルティアは来ないでしょう、気まぐれな将だから。でもライケンは来ます、そういう嫌な奴なんです」
 横で兵達の介護の指揮をしていたスハーラが言った。
「ここの兵達は明日は戦えないわよ、今日戦闘が無かった北面の兵と入れ替えたほうがいいわ」
「そうだな」
 ブライスはフスツ、リケルの指揮した北面軍を近くの門に配置し、自分が南門の守備についた。ベリック達は北面に向かったが、スハーラはそこに残った。
「スハーラ、場内に戻れ」
 スハーラはキッと顔を上げた。
「いいえ戻りません、エイトリ神はこの戦いがあなたと私の旅の終わりでは無いとおっしゃいました。次の旅に出発するために、わたしはここであなたの戦いを見届けます」
 ブライスはそれ以上何も言わなかった。そして翌日、ライケン軍は同じように南の城門をめがけて攻撃をかけた。しかしキルティアの軍が参加しなかったため、その圧力はやや弱くなっていた。

 その攻撃の間、エルセント市街にある灯りを消した商家の三階からバンドンは都市を観察していた。これ程の兵力を相手にしては盗賊の知恵など何の役にも立たない。バンドンは独自の調査を行ってそれをマスター・リケルに伝える役目に徹していた。バンドンの見たところ、ライケンとキルティアの軍には明確な違いがある。
(ライケンは都市を欲しがっている、キルティアは破壊したがっている)
 そこにバンドンの部下がやって来た。
「お頭、キルティアの軍の動きがおかしい」
「どうした」
「ライケン軍を囲むように動き出した、手にはたいまつを持っている」
 バンドンはハッとした。
「キルティアはそこまでやるか、リケルに知らせろ、キルティアがエルセントに火を放とうとしていると」

 (第四十章に続く

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