|
冴え冴えとした冬の青空を黒い煙が網のように覆った。キルティアに続いてライケンが放った炎がエルセントをなめ尽くし、炎はそそり立つ壁のようになってエルガデール城の城壁を焼き上げた。あまりの炎の勢いに、城壁の上で守備に着いていたベリック達はあわてて城内に退却した。
城の中では、レンゼン王の前でマスター・リケルが街の地図に懸命に書き込みをしていた。街の中にいるバンドンから次々に入る情報を元に分析をしていたのだ。
いくつかの赤い印を書き込んだ後、リケルがため息をついた。
「レンゼン王様、エルセントはほぼ都市としての機能を失いました」
老王は静かにうなずいた。
「我が治世でこの都を灰にする事になろうとは、ご先祖様達に申し訳の無い事だ」
リケルが首を振った。
「王の御代で東の将とユマールの将との戦いに決着を付けられれば、その無念は栄光に変わりましょう」
「多くの市民も失った」
「それでも市民はベリック王の進言で避難させていましたので、死者の数はそれ程多くはありません。ライケンを倒せばザイマン王国がマルバ海の制海権を握れます、海から物資を運べれば都市の復興も早いでしょう」
レンゼン王は微笑んだ。
「バルトール人は強いな」
「私達は王すら失っておりましたので」
そこにアントンとスハーラがやって来て、アントンが王に報告した。
「城の兵達はこの火災に動揺していましたが、じょじょに落ち着きを取り戻しています。まだまだ戦えます」
王はうなずいた。
「うむ、戦わねばならん」
スハーラが心配そうに言った。
「エルネイア姫の様子がおかしいのです、ふさぎ込んで部屋から出てきません」
王は悲しそうだった。
「エルネイアを頼む、もう私には何もしてやれない」
スハーラは悲しそうに答えた。
「今はセルダン王子の帰還が、エルの心を癒す唯一の方法でしょう」
荒廃した大都市の中央に、焼き上げられ血しぶきをあびた白鳥のようにエルガデール城はそびえたっていた。火が鎮まった後城壁に立ったベリックは、空中にただよう白いひらめきに気が付いた。
「雪だ」
雪は薄く大地の汚れを隠すように降ると、すぐに止んだ。城の者達はミルトラ神が、この荒廃を見るのが忍びなかったために降らせたのだろうとささやきあった。
・・・・・・・・・・
セントーンのエイトリ神から伝言を受け取った黒髪の踊りの神バリオラは、真っ白に雪化粧したランスタイン山脈の上空に姿を現した。かつてこの山の中で、大鬼ザークの背に下げられた棺の中に捕らえられていた頃を思い出すと身震いがする。しかし同じ山の中には小鬼の村もある。
バリオラ神はゾックの村に降り立った。人が住む村には管理者のテイリンはおらず、残された村人達も冬には家にこもっている。しかし小鬼の居留地区に足を踏み入れると、革の服を着て顔や手足に布を巻き付けたゾック達が活発に動き回っていた。この生き物達は寒さに強い。そしてバリオラ神は、そこの空気の中に姉ミルトラ神の臭いをかいだ。
（ミルトラの力がこの生き物たちに注がれている）
せわしなく小屋の間を動き回っているその姿には、これから繁殖してゆく種族の息吹があった。
（この種は伸びてゆくのかもしれぬ）
バリオラ神は牡のゾック達に近づき、その心にテイリンのメッセージを伝えた。すると意外な事にゾックの心に喜びがわき上がるのを感じて、神は驚いた。忘れられたと思っていた親からの呼び出しを受けたように、いそいそとゾック達はこの事を伝え会った。村全体に喜びが拡がり、やがて集まって来たゾック達は隊列を組むと、文字通り飛び跳ねるように村を出発した。その牡達を見送る牝達は皆妊娠しているようだった。
バリオラ神はその牝の姿を見て、満足気にうなずくと姿を消した。
・・・・・・・・・・
狼の長レイユルーに率いられたルフーの群れと竜の仔アンタルはタルミの里に近づいていた。空はどんよりと曇り、木陰にはもう雪が積もっている。
（レイユルー）
上空からアンタルが呼びかけた。
（何だ）
（僕はここで別れる）
レイユルーは立ち止まって空を振り仰いだ。
（どこに行く）
（東に）
（何をしに）
（よくわからない、でも行かなければいけないと知ったんだ）
レイユルーは追求しない事にした、狼は無駄な詮索などしない。
（わかった、我々はタルミの里でテイリン師を待つ）
（頼んだよ）
アンタルはそう告げると東に向かって向きを変え、飛び去った。
（第四十二章に続く）
|
