2024年10月 月 火 水 木 金 土 日 « 9月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 リンク
-
最近の投稿
カテゴリー
アーカイブ
- 2024年9月
- 2024年8月
- 2024年7月
- 2024年6月
- 2024年5月
- 2024年3月
- 2024年2月
- 2024年1月
- 2023年11月
- 2023年10月
- 2023年8月
- 2023年7月
- 2023年3月
- 2023年2月
- 2023年1月
- 2022年12月
- 2022年11月
- 2022年10月
- 2022年9月
- 2022年8月
- 2022年7月
- 2022年6月
- 2022年5月
- 2022年4月
- 2022年3月
- 2022年2月
- 2022年1月
- 2021年12月
- 2021年11月
- 2021年10月
- 2021年9月
- 2021年8月
- 2021年7月
- 2021年5月
- 2021年3月
- 2021年1月
- 2020年11月
- 2020年9月
- 2020年8月
- 2020年7月
- 2020年5月
- 2020年4月
- 2019年12月
- 2019年11月
- 2019年8月
- 2019年7月
- 2019年4月
- 2018年11月
- 2017年7月
- 2017年6月
- 2016年6月
- 2015年6月
- 2015年1月
- 2014年12月
- 2013年7月
- 2013年4月
- 2013年3月
- 2012年12月
- 2012年6月
- 2012年4月
- 2012年3月
- 2012年1月
- 2011年2月
- 2010年12月
メタ情報
最近のコメント
カテゴリー別アーカイブ: 上田早夕里
『播磨国妖綺譚』上田早夕里著
『播磨国妖綺譚』上田早夕里著、マツリカ装画 2021.9.20、文春e-book(Kindle版)、1700円 舞台は室町時代、播磨国。律秀と呂秀の兄弟は、庶民を相手に病を診て、薬を方じ、祈祷によって物の怪を退ける法師陰陽師。だが、実際に物の怪が見えているのは弟の呂秀だけだった。 ある晩、呂秀のもとに恐ろしい異形の鬼が現れる。鬼は、かつてかつて蘆屋道満に仕えた式神で、三百年以上も新たな主を求めていたのだった。 「鬼は人ができぬことをする、人は鬼ができぬことをする。ただ、それだけだ」 収録作: 「井戸と、一つ火」「二人静」「都人」「白狗山彦」「八島の亡霊」「光るもの」 人間の指導原理は古代から現代において、呪術→宗教→科学と変遷を遂げてきたわけですが、これはまだ呪術と宗教の狭間で暮らしている庶民の生活に寄り添って書かれた物語です。骨太の作品が多い印象の上田先生ですが、これはほどよく力が抜けている感じで広く一般の読者にもお薦めですね。
カテゴリー: 上田早夕里
コメントは受け付けていません。
『華竜の宮』と「リリエンタールの末裔」、『SFが読みたい!2011年版』
『SFが読みたい!2011年版』で、国内編第一位になった『華竜の宮』。上田早夕里さんおめでとうございます。(^o^)/『華竜の宮』著者インタビューは、以下 「アニマ・ソラリス著者インタビュー」 このインタビューで語り切れてないこともあるんですが…… 一つ目は、SFマガジンのインタビューで初めて知ったんですが、和歌山県で発見された「ハテナ」という単細胞生物の記事が「魚船・獣舟」のアイデアの元になってるんですね。(分裂時に、片方は葉緑素を持つ植物型に、もう一方は口を持って動き回る動物型になる。動物型の方は、ある特定の藻類を取り込むと植物型に変異し光合成を行うようになる) 『華竜の宮』の中で、獣舟が「人ならぬもの」を産み出すところがありますが、これはSFファンとしてはとても納得出来るものでした。並はずれた環境適応能力を持つ獣舟が、地球上で一番成功していると思われる人類形態を真似るのは必然でしょう。それと、「ハテナ」と同じく、人間の肉を喰らうことによって、「舟型」から「人型」に変異することも。こういう裏に潜んだ設定を色々推理する楽しさも喜びでしたね。 もう一つは、『SFが読みたい!2011年版』の「SF総括座談会」で鏡明さんが言われている『華竜の宮』ラストに関する“やっぱり最後のあの一文はないと思う。それをなんとかするのがこれまでのSFだったから”という反発。う~ん、たしかに“これまでの”我々オールドファンの読んできたSFはそうだったのですが。ハインラインしかり、クラークしかり。私には、青澄の生き方そのものは、マキのニューバージョンに託されたと感じて、カタルシスを覚えたんですけどね。そういう面から言うと、ハッピーエンドと言えなくもないラストだと思いました。 結局のところ上田さんは、現代文明そのものはそれほど価値のあるモノとは思ってらっしゃらないのではないかという印象があります。小松左京先生あたりだと、人間は間違うかも知れないけれど人類の英知を結集すればそれを乗り越えていけると思われている感じがありますが、上田さんは、人間をそれほど高く買ってない感じを受けてます。特に最近のニュージーランド地震の報道のやり方などを見ていても、ちょっと虚しくなってしまいます。そういう現代文明に対する落胆を前提にすると、あのラストは、また違った意味を持ってくると思うんですよ。マキは思考回路が違うから、当然独自の《心》を持つと思いますし、人間よりは稼働年数も生存範囲も広そうな――しかし青澄に代表される人間の考え方に影響を受けた――思いやりの心を持った電脳意識体と、人間に由来する遺伝子から産み出された適応能力が極めて旺盛な擬似人間(遺伝子データ)。この宇宙に人類が確かに生存したという証として、確かに相応しい組み合わせかも知れません。 今まで大半の現代社会は、環境を変えることによってその繁殖範囲を広げてきたわけですが、魚舟は自己の肉体を変えて環境に適応する能力が旺盛な人間由来の遺伝子を持った生物ですよね。その生物を、人間の欲望から無縁で、肉体的な弱さも持たない人間の良いと思われる面だけ備えた人工生命体が教育して完成する、新しい人類に、上田さんは最後の夢を託しているのではなかろうかと…… 上田さんの最新作として「SFマガジン」2011年4月号に「リリエンタールの末裔」が掲載されてます。真っ先に、マーティンとタトルが競作した『翼人の掟』を思い出してしまった“飛行する”ことに拘った好短篇です。飛ぶことへの憧れと共に、上田さんが語りたかったのは、自分のやったことに責任を持つことの大切さなのではないでしょうか。