インコがパクリ&あんじゅう2

姪っ子が小学3年生の頃犬が飼いたくて飼いたくてたまらないときがあり、犬や猫はマンションでは飼えないので、妥協案としてセキセイインコの雛をペットショップから買ってきました。買ったときは鼻の色が青かったのでオスだと思ったら、半年たったら鼻が茶色になりメスだということがわかった。オスを欲しがるものだから、ちょうど私の家にいたオスインコをお婿にやって、交尾し放題になりました。そのころからメスインコは発情とともに、気性が荒くなり、手乗りだったので、家の中で放牧して、指を持って行ったら、指をパクリ、インコのくちばしのどこにそんな力があったのかわからないけど、皮膚を通りこして、身まで達する噛み口。小さな傷だし、最初着ず薬を塗ると、皮膚は1日でなおるのですが、2日後、皮膚はなおっているものの身の奥で化膿するのです。一度も使ったことのないとりかえしきの刃を用意して、化膿しているところまでぶしゅっときれこみをいれて化膿している部分に傷薬を塗って、包帯をまいて完治するまで一週間かかります。
それを何十回もやられてしまいました。
オス鳥は高齢だったので、ちょっとしてから死んで。メス鳥が未亡人になりました。交尾の気持ちよさを覚えたのか、いつもけつを上向けて、交尾の格好やっていましたね。それでオスもいないのに、一か月に5~6個の卵を産んで、最後は卵つまりで死んでしまいました。死ぬ少し前にオスと思われる雛鳥を買ったんですが、冷蔵庫に挟まれて死んでしまいました。雛鳥がオスで大きくなっていたら、普通に卵産んで、雛返して、無事にいまだに生きていたかもしれません。

『あんじゅう』宮部みゆき著
第二話 藪(やぶ)から千本
おちかのいる三島屋の隣で針問屋住吉屋の話。この住吉屋は分家になる前に、本家の嫁が双子の女の赤ちゃんを産んだ。昔武家の家や商家では双子の赤子は忌み嫌う。そこで分家の夫婦も子どもがないこともあって、一方の赤子をもらう。双子の赤ちゃんはすくすくと育ち、少女になったとき、本家の子が病で死んでしまった。そこから不思議で悲しい不幸がはじまった。
これは一切幽霊はでていない。最後にちらりと出ていたか。
まあいい。人の業を感じさせる物語でした。

doru の紹介

 私は興味があるものに対しては物凄い好奇心を持ちます。(私の部屋には一千冊程度書物をおいています。普通の家庭の私の部屋にはそれ以上おけません。しかたがないので図書館で書物をかなり借りて読んでいました) また興味をないものには一切関心を示しません。まあそれは誰でも同じだろうとそれなりに理解しているつもりです。 今、私は「山月記」の虎と同じような運命になっています。虎と同じように私にも人間的に欠陥があるだけじゃなく文書にも欠陥がありました。原稿用紙10枚ぐらいなら普通に書けてバブル時代は70~80%(社会道徳上に酷いものもお構いなく投稿していました)の確率で採用されて文書系においてはまさしく賞金稼ぎでした。ただ原稿用紙20枚ならちょっときつくで、新人作家の投稿基準となる原稿用紙50枚ならどうあがいても無理でした。 それに若い頃はかなり怠惰でした。例え文書に欠陥があっても全力で書けばほどほどの作家になっていたのじゃないかと思います。今になって悔やんでももう遅いです。 文章によく出てくるもとくんは、私が20代の頃からパソコン通信&インターネットでメールや掲示板でさまざまな意見交換をしてくれた男の人です。悲しいことに2015年に肺がんで逝ってしまいました。 あるサイトの掲示板に書いたいた私の文書を一部変更して引用します。 「生前もとくんは、私が書く文書は、書いている本人は普通だと思っているようだけど、もとくんや他の人から見れば異常な文書だと痛烈に批評してくれていました」  またそこの私のプロフィールにもとくんが書いていたことも一部変更して引用します。 「偽善を憎むあまり偽悪家を装っているが、毒舌家でもあるのでそーとーきつい言葉を口走ることありますけど根は優しくて正直者。人を裏切るということがありません」  もとくん、私と長い間つきあっていて、文章だけでなく、私の人間的な本質まで見抜いていたのじゃないかと思います。 今は「十億年のうたたね(日常編2003年前半)」だけだけど、命がつきるまで徐々に作品数を増やしていこうと思います。(補足ですが、2003年当時姪っ子は3歳です) ***************************************************************************************************************************** SF作家筒井氏大激怒「まんがを読むより小説を読め」 私はある病気が原因で、体力心身とも絶不調のときがありました。当然物語の質も落ちていわゆる作家のスランプ状態でした。そのとき朝日系のパソコン通信で物語を書いて新人賞(同期にノーベル賞候補になったと噂の川上 弘美先生の「神様」も掲載されていました)と言えるものがあり、もとくんが誘ってくれたけど、私はまともな物語が書けず、仕方がなくその頃見た夢の内容を物語風に少しアレンジして出しました。 だいたいの作家は、もうちょっと工夫すれば外国の誰それ(名前忘れた)の作品に似たものになるのじゃないかとほぼ平均的で好意的な意見をくれました。 ただそのとき審査委員長だったSF作家の筒井氏だけが私の作品を読んで大激怒しました。かなり酷い批評をしました。その怒りは激しくそこの朝日系のパソコン通信の中だけじゃなく怒りは飛び火していました。偶然私が本屋で立ち読みしていた他の雑誌でその朝日系の新人賞の感想を筒井氏に聞いた記事を見ました。その記事には川上 弘美先生の「神様」を大絶賛したのとまったく逆で(私の作品の名前は言わなかったけどを勘のいい私は自分の作品のことを言っているのだなと悟りました)大激怒してかなり酷い批評をして、川上 弘美先生と同じぐらいの行数を使っていたのじゃないかな。その当時コピー代は高かったし、山月記の虎と同じような運命になった私の高慢な自尊心を傷つけられて雑誌を買う気も起こりませんでした。その物語を書いた当時は私も若かったし、表現方法も稚拙だっだし、表面上は薄い紙かプラスティックのようなもので隠していました。でもその本質は、ある病気の一つの要因となった私と親との確執を描いた私自身の魂の物語でした。他の作家は見抜けかったけど、唯一筒井氏だけが見抜き、トラウマか無意識的なものか知らないけど、私の異常性を感じとって、生理的に嫌悪して大激怒した原因じゃないかと思います。 ***************************************************************************************************************************** p.s 11/7現在 1~4はもとくんと姪っ子をかえただけのオリジナルです。1週間以内に少し推敲して編集します。
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